十月二十四日。士官学院祭二日目。
賑わう校舎や敷地の中、Ⅶ組は午前中に講堂で最終ミーティングを終えた。Ⅶ組のライブは午後。Ⅰ組のオペレッタが終わった後に開始する。
昨日以上に来場客が訪れ、中には学院関係者の姿もあった。特に今日はⅦ組関係者の多くが訪れている。常任理事の三名をはじめ、《光の剣匠》に《赤毛のクレイグ》、ガイウスの弟のトーマなども。
午前中、Ⅶ組は完全自由行動だ。それぞれが家族や馴染み深い人物を案内する予定でいた。それはエリゼを案内するリィン、そしてアリスを案内するカイトも同じだ。
女学院の面々が来る十一時までは自由行動だ。カイトはⅦ組と別れ、一人学院をぶらついていた。
「……とりあえず、無事に二日目も始められてよかった」
浮かれた空気の学院を練り歩いて、つくづく思う。昨日の無粋な試練のために学院が閉鎖することにならなくてよかった。
あの異変やⅦ組に課せられた試練が、自分たちにとってどんな意味があるのか。
《リベールの異変》を乗り越えてきたカイトにとっては、どうしても封印区画が頭をよぎる。リシャールが持っていたゴスペルによる《輝く環》を封じ込めていた第一結界の解放。そして複製されたゴスペルと四輪の塔による第二結界の解放。浮遊都市の出現。
カイトは一つ、思い至った。
「……《七の至宝》か」
かつて女神が古代人に与えた強大な力を持つ
あの灰色の騎士人形は、どこかそれに近しい、この世のものとは異なる空気感があった。
「……確か今、ジョルジュ先輩があれを解析してるんだよな」
旧校舎の異変は解決したが、騎士人形は放っておけない。ジョルジュはこの学院祭、裏方に回っていたので当日の出番は少ない。技術部部長という立場もあって追加調査を任されている。
「……話を聞きに行くか」
校門から学院図書館の前を進む。旧校舎へ向かうためだ。だが技術棟前にいた三人を見て、カイトは立ち止まることになった。
「サラ教官。それに……トヴァルさん!」
「よう! 久しぶりだな」
「おいおいガキんちょ、俺を無視するんじゃねぇ」
「いや、ミヒュトさんとはちょくちょく顔を合わせてるじゃないですか」
サラとトヴァル、そしてミヒュト。この組み合わせだと、サラとトヴァルは遊撃士として、ミヒュトは情報屋としての立場として来ているのだとわかる。
「たしか、アルゼイド子爵閣下も来てますよね。一緒に来たんですか?」
「おう、今日はサラたちと情報交換に来たってわけだ。それに、お前さんに渡すものもあるしたな」
「あ……それって」
ミヒュトが制した。
「おいおい、まずは先に情報を話させろや。こちとら忙しいんでな」
「……その話、オレも聞いてもいいですか? 遊撃士としての情報交換ですよね」
ミヒュトは肩をすくめた。トヴァルはいつもの快活な笑みでいる。サラは教官として今日のライブに集中してほしいという気持ちもあるのだろうが、反論はしない。
喧騒の中、ミヒュトは学院の塀にもたれかかって、神妙な声で言った。抑え気味な声で、周りの賑やかな空気と隔絶させようとしているのは明らかだった。
「……クロスベル方面の生の情報だ。お前たちにとっちゃきつい事実だが、心して聞けよ」
「もちろんよ」
「わかってます」
「早く話せよ、オッサン」
クロスベルの情勢。カイトもラジオを通して把握している件だ。その情報が出てから一日と少し。状況はさらに緊迫しているということか。
「情報はクロスベル独立国や国防軍の人選についてだ。ちょうど今頃演説をやっているみたいだが、報道各社には事前に情報が入ったらしい」
ミヒュトが続ける。
「独立国の初代大統領にはディーター・クロイスが就任した。これはある程度予想してたよな?」
「まあ、妥当なところだな。国家独立の提唱をしたのも、資産凍結を指示したのもクロイス市長だったんだろう」
トヴァルの言葉には同意するカイトとサラ。特にカイトからすれば、共同代表のマクダエル議長が主導して動くとは天地がひっくり返ってもあり得ないと思った。
「国防軍については? 普通に考えれば、警備隊がそのまま軍隊として再編成されたんでしょうけど」
「サラの言う通りだな。戦車すらないあの小さな自治州に、予備戦力があるわけがない」
警備隊。ノエル・シーカーの顔がカイトの脳裏に浮かんだ。カイトは続けて聞いた。
「クロスベル警察の情報はありますか?」
「ああ。警察も国防軍の下部組織として取り込まれるらしい」
「……」
無言になるカイト。サラもトヴァルも、カイトのクロスベルでの旅路は知っている。関ったことはないが、特務支援課の存在も知っていた。
「おいおい三人とも。メインの情報はそこじゃねぇよ。まだお前たちの度肝を抜く情報じゃねぇ」
ミヒュトは頭をかく。
「ディーター大統領は、そのまま国防軍を指揮する国防長官を任命した」
つまりは軍のトップ。リベールにおけるモルガン将軍であり、帝国におけるかつてのヴァンダイク元帥と同様の立ち位置だ。
「その人物は──アリオス・マクレイン」
三人の思考が一瞬停止した。すぐには理解できなかった。
「……冗談、じゃないの? まさか、あの人が?」
「俺は情報屋だ。残念ながら事実だよ」
「おいおい、マジかよ……!?」
「ハン、予想通りの反応だな。こりゃ、この情報はすぐに広まるな」
S級への昇格も打診されているA級遊撃士、アリオス・マクレイン。《風の剣聖》。クロスベルの守護神。カイトがクロスベルで最も世話になった遊撃士。
クロスベルの国家独立。二大国の緊張を考えればあまりにも非現実な道。情勢に詳しい遊撃士だったら、手放しで喜ぶ者はいないだろう。
加えて、軍人は遊撃士にはなれない。
「つまり……アリオスさんは遊撃士を辞めたってことですか?」
「だろうな。国防長官の情報が事実である以上は」
カイトの心臓がうずく。サラやトヴァルにも気づかれない程度の、ほんのわずかな息苦しさだった。
「そんな……信じられない。わたしたちだって何度もお世話になってるのに」
「こりゃ、ミシェルの旦那に何とか連絡を取らねぇと……!」
サラとトヴァルの言葉も、大して耳には入らない。
国防長官の情報は事実。是非を考えている余裕はない。そしてアリオスの行動が、望んだものか何者かに脅迫された結果なのかはわからない。
けれど。
(……これで、二人目か)
一人目はレイラ・リゼアート。
カイトが知るなかで、納得いかないかたちで支える篭手の紋章を捨てた人。
カイトは自分の頬を軽く叩いた。小気味良い音が、トヴァルとサラの動揺をかき消した。
「ミヒュトさん、教えてくれてありがとうございます」
「おうよ」
「真意は直接聞けばいい。今日は無理でも、必要があればクロスベルに跳んで行ってやる」
話す四人の中で、最も若いカイト。にもかかわらず、どこまでも冷静に努め……そして心の内では燃え盛っている。
「お前さん、ずいぶん落ち着いてるな」
トヴァルが聞いた。
「昨日のことに比べれば平気ですよ」
「昨日のこと?」
「はい。色々ありましたから」
詳細は聞いてこない。トヴァルは目を細めて笑った。
その後も、ミヒュトから細かい情報を聞いていく。クロスベルだけではなく、カルバード共和国の情勢も。
やがてミヒュトは去って行く。もともと情報料はサラやトヴァルから受け取っていたのだろう。
「……さてと」
トヴァルはこちらを見た。
「カイト。さっき言いかけたが、お前さんにも渡すものがある」
トヴァルは懐からそれを取り出し、三つをカイトに渡した。
以前、オルディス実習の時に相談した内容に関するものだ。
「要望には応えたと思うぜ。意味を成すかはお前さん次第だが」
二つは、カイトが自身で依頼したもの。だが、三つめは。
「トヴァルさん、これは……」
「いつかのクイックキャリバーSと同じく……俺からの餞別だ。苦労したんだぜ? 探すのによ」
「トヴァルさん……ありがとうございます。オレはまた強くなれると思います」
「確か、サラと互角に戦ったんだって? やるじゃないか」
サラは面白おかしく笑った
「あくまで模擬戦でね。まだ負けないわよ」
「でも……負けてられませんよ。例え教官にだって、A級遊撃士にだって」
それは、カイトの覚悟だ。
「今オレたちは……激動の時代にいるんだから」
────
サラたちと別れたカイトは旧校舎へ向かう。ただし一人ではなく、リィンと旧校舎の前で鉢合わせることになった。彼はジョルジュへの陣中見舞いのためにダークチェリーパイを持っていた。
異変が収まった後の旧校舎は、少なくとも地上階は平和そのものだった。地下に向かうための昇降機は変わらず動き、どの層も魔獣はいる。しかし《巨イナル影ノ領域》という異空間は消えうせて、直接最下層の終点に向かうことができた。
淡い光があるのも、最奥の扉の中に灰色の騎士人形があるのも同じだ。
違うのは騎士人形を調べる機材があり、それを操作する人間がいることくらいか。
「ジョルジュ先輩……それに、クロウ?」
リィンが気の抜けた声を出した。
「やあ、リィン君、カイト君」
「なんだ、お前らも来たのかよ」
「気になるでしょ、この光景を見たら」
「俺も同じくだ。ジョルジュ先輩、差し入れを持ってきました」
リィンはダークチェリーパイをジョルジュに渡した。
「おお、それは嬉しいね。ちょうど甘いもので糖分補給がしたかったんだよ」
ジョルジュは喜んでダークチェリーパイを食べ始めた。恰幅から考える予想を裏切らない食べ方だった。
一息ついて、リィンとカイトは灰色の騎士人形を見上げた。クロウがにやける。
「はは、よっぽど気になって仕方がねぇみてえだな」
「ああ……正体はともかく、単純にすごいなって思ってさ」
淡い翠色の光の中にたたずむ騎士人形は、それだけで心の奥底を震わせるような威容を誇る。
クロウはカイトに尋ねた。
「リベールじゃ、浮遊都市が出現したんだろ? こういった馬鹿げた機械もあったんじゃねぇのか」
「……大きさで言うなら珍しくないけど」
《輝く環》に使役されたトロイメライや、ジェニス王立学園の旧校舎の人馬甲冑も古代の技術の産物だ。それぞれ強敵だった。今でこそ仲間たちと乗り越えることはできたが、人の身で考えれば恐怖の対象に他ならなかった。
目の前の巨大な騎士に、恐怖を感じることはない。
「それで先輩。何かわかりましたか?」
リィンに尋ねられ、ジョルジュは口の中のものを呑み込んでから答えた。
「調べれば調べるほど興味深い人形だよ。もちろん、単なる像じゃなくて複雑な可動機構を備えている。未知の金属素材も使われているみたいだ」
ジョルジュが言うには、金属と陶器の性質を併せ持つすさまじく強靭な素材なのだという。
カイトの脳裏に閃く、二つの金属があった。
(……戦術殻)
クロウはジョルジュではなく、カイトに言葉をぶつける。先の質問の続きのようだ。
「古代文明の遺物である……なんてことはねぇか」
「どうだろう。浮遊都市にあった機械とか、居住区とか……そういったものとは、雰囲気が違うけど」
「僕も同意見だ。古代遺物とはちょっと違う気がするんだよね。この人形はあくまで職人や技師のこだわりを感じる。装飾や、関節部分なんか特にね」
「……なるほど」
「せめて乗っていた人の手がかりがわかればいいんだけど」
呟いたジョルジュの言葉。カイトも、リィンも予想外な言葉だった。
『
ユーシスとマキアスでもないのに、話す言葉が完全に被った。二人して顔を見合わせる。「測定したら、どうやら胸部に空洞があるみたいなんだ。それもちょうど人間がひとり入れるくらいの」
この騎士人形を、人が動かしていたかもしれない。
パテル=マテルは──あれは結社の技術によるものだが──レンが動かしていたが、どういう絡繰りか、意思疎通をしていたという話だ。
だが、人が乗り、操っていた。人が人型を動かす。
黙るリィン。不思議な感覚を覚えるカイト。そんな二人を放っておいて、クロウは肩をすくめる。ジョルジュの話が信じられない、という態度だ。
「はー、こんなのに乗って動かしてたかもしれないのか。ゼリカのやつが知ったら目を輝かせて喜びそうだな」
「そうだね……結局、今年の学院祭に来るのは難しいだろうけど」
ジョルジュの声色が明らかにしぼんでいた。
「先輩……」
「おいジョルジュ、そこで妙にテンション落とすなよ。午後から出も来るかもしれないだろ?」
「はは、クロウの言葉は信用できないからなぁ」
「いや、今日くらいは信用しろっての……!」
「励ましかい? 気持ちだけ受け取っておくよ」
「……ったく」
アンゼリカが学院を去ってしまった。共に時間を重ねたカイトやリィン、他のⅦ組にとっても寂しいものだ。きっとクロウとジョルジュ、そしてトワにとっては。
「……リィン、そろそろ時間じゃないか?」
「……ああ。そうだな」
クロウとジョルジュ。この二人は、二人だけにした方がいいと、そう思った。
「なんだなんだ? ナンパにでも行くのか?」
「いや、クロウじゃないから。これから妹を案内するんだ」
「オレはアリスをね。ジョルジュ先輩、オレたちそろそろ失礼します」
「ああ。そうだね。楽しんでくるといい」
リィンとカイトは、そうして旧校舎を後にする。
振り返りたくなるようなことはたくさんある。別れのことも、大陸の情勢も。
それでも、自分たちは前を向いていく。Ⅶ組として、やるべきことがあるから。
兄として、友人として、やるべきことがあるからだ。
「エリゼ、アリスさん。お待たせ」
エリゼとアリスはそろって校門の前で待っていた。二人して振り向く。
「兄様、カイトさん。今日はありがとうございます」
エリゼとはユミルぶりだから、そんなに間も空いてない。楽しみにしていたということはあっても、気楽なものだった。
「リィンさん、お久しぶりです」
アリスが頭を下げた。帝都の件もあって、アリスのⅦ組への態度も柔和になって来た。リィンにとっても妹の先輩という相手だし、自然優しくなるのだろう。
「アリスさん。オルディスのことはカイトたちから聞いたよ。お疲れ様」
「はい。カイトさんやⅦ組の皆さんのおかげで、私は今ここにいます」
「そうか。Ⅶ組冥利に尽きるよ」
頭をかくリィン。エリゼが眼を細める。
「兄様、どうしたんですか? 少しお疲れみたいですけど……」
「はは、エリゼはわかるか。昨日色々あってさ」
「色々って……」
兄妹はあっという間に二人だけの空間に入っていった。それを微笑ましく見守る。
「アリス、久しぶり」
「とはいっても、一ヶ月も経ってないよ?」
「状況が状況だったじゃんか。心配にもなるよ」
オルディスでカイトたちがジュノー海上要塞に向かったが、そこでアリスと別れた。その後カイトたちは領邦軍に拘束されることとなったし、アリスとは会えなかった。アリスが女学院に戻れたと聞いたのもユミルでエリゼ伝手だ。その後、学院に戻ってカイトが手紙を出したのが久しぶりの意思疎通だった。
「でも、女学院に戻れてよかった」
「うん、それは私も思った。戻れるなんて思わなかったし」
「……だな」
「うん……」
リィンとエリゼが隣で談笑する横で、カイトとアリスは次の言葉が出なくなってしまった。
カイトは困ってしまう。
(あー……どうしよう)
通商会議のごたごたやオルディス実習を経た。今日、緊迫した情勢とも関係ない学院祭で。
カイトは、どこかアリスを正面から見ることができない。
「……とりあえず、行こうか? リィンとエリゼちゃんも、二人で回りたいだろうし」
「ふふ、そうだね」
リィンとエリゼに断りを入れて一足先に学院祭を回っていく。
「それで、どこに連れて行ってくれるの?」
「そうだなー。まずはⅡ組の屋内庭園なんかに──」
昨日も仲間たちと巡った学院祭。案内することは簡単だった。
Ⅱ組による屋内庭園。Ⅲ組による《ブレード》のコーナー。Ⅳ組の東方喫茶。Ⅴ組の《みっしぃパニック》。二年の馬術レース。
Ⅶ組の仲間たちも親族を連れて歩いていた。時々再会を喜び、世間話を交え、そして別れる。
カイトとアリス。二人で会って、話すことはそれまでもあった。けれどなんの事件も問題もなく、のんびりと歩くことができる。それは本当に久しぶりで、準遊撃士時代に初めて会った時以来かもしれない。
ウルスラ病院での再会も、
ゆったりとした時間。カイトの中にある懐かしい時間を思い出した。
記憶の中にある思い出を引き出しながら過ごしていく。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
やがて午後一時になる。Ⅰ組のオペレッタ、Ⅶ組のライブの準備に入る時間だ。
再びの校門前。エリゼとリィンともう一度合流する。
同時、クレア大尉に護衛されたオリヴァルトとアルフィンもやって来た。常任理事と同じく、緊迫したクロスベル情勢に不安を覚える人々を安心させる意味は大きいのだろう。オリビエを知っているカイトとしては、普通に面白がって来たのも大きいだろうが。
アリスとエリゼはアルフィンたちに預ける。カイトはともかく、リィンは特にエリゼの身を案じていた。どうやらパトリックがエリゼにちょっかいをかけたらしい。さすがの超ドシスコンだった。
別れ際、カイトはアリスに声をかけた。
「アリス」
「なに? カイトさん」
「学院祭の後、後夜祭があるんだ。アリスも残るよな?」
「うん」
「ならさ。結局渡せなかった誕生日プレゼント。今度こそ渡したいんだ」
そして一言。
「また後で話そう。会える?」
帰ってきた言葉も、また一言。
「……うんっ。待ってる」
そしてアリスは、笑っていた。