──13:45
学院祭二日目のメインイベント。講堂を使用しⅠ組とⅦ組のステージ。
Ⅰ組のオペレッタ。Ⅶ組メンバーは、その始まりから終わりまでを講堂二階エリアから観ていた。
帝国の歴史は古く、その伝承は様々なものがある。この古典劇は獅子戦役の前後を舞台にしている。
今も帝国には貴族制度が残っているが、今よりもなお貴族の立場が強い時代だ。そんな時代を貴族らしく演じることができるのは、Ⅰ組の生徒を除いてこの学院にはいなかっただろう。
パトリックが演じる男爵家の青年。フェリス演じる皇族の少女。旧き時代、彼らは本来相容れない存在だった。大貴族や、あるいは皇族からすれば、当時の男爵家など平民と変わらないみすぼらしい存在。
力もない青年は、本当に偶然、皇城バルフレイム宮で過ごすことになる。立場もなく、秀でた武芸もない……何者でもないが故に自分を出せない青年は。
将来を約束されたが故に、自分が望む何者かになれない少女と出会い、逢瀬を重ねていく。
絶対的な立場は変えられない。二人の違いだけでなく、彼らを取り巻く様々な人物が。価値観の違いが。宮廷の政治劇が。近づく二人を遠ざけていく。
それでも、二人は諦めなかった。
やがて、青年と少女は……。
──14:37
「……すごかったな」
一階席から轟く惜しみない拍手喝采。二階エリアのリィンの声は、近くに立つⅦ組メンバーにしか聞こえない。
アリサも普段の淑女のような所作を忘れて、呆然と呟いた。
「ええ。フェリスたち……あそこまで気合が入っていたなんて」
カイトも感動していた。
「……ちゃんと劇を見たのは二回目だけど、うん。負けてなかった」
《白き花のマドリガル》に負けていなかった。時代考証も、価値観や時代という抗えないものの中でもがく主人公たちの姿も。そして、それを精一杯演じようとする役者の輝きも。
カイトはリィンに語り掛けた。
「パトリックも変わったよね」
「ああ、そうだな」
「パトリックの役、貴族だけどさ。四大名門のパトリックとは全然違うタイプの貴族だった」
「ああ」
「むしろ、リィンみたいな役だったよな」
「ああ」
最初は典型的な貴族の御曹司だった。
平民や下の貴族を見下して、自分の存在が絶対であることを疑いすらしなかった。
実技テストで衝突した。ガイウスの問いかけがきっかけになったのだろう。
旧校舎では、なんの偶然かクロウやカイトと共にリィンの力を知ることになった。
自分たちⅦ組が変わったように、パトリックもこの半年で変わったのだ。
「オレたちも見せないとな。変わったところを。成長したところを」
「ああ……!」
先頭にいたリィンは振り返る。Ⅶ組全員を見る。
「泣いても笑っても本番だ」
リーダーとして、重心として、鼓舞した。
「Ⅰ組の舞台装置が撤去され次第、セッティングを始めよう。俺たちのすべてをぶつけるぞ……!」
一階には観客がいる。だから大声は出さない。
その代わりに。全員が同じ目をして、リィンを見た。
気持ちは、ARCUSがなくても伝わっていた。
──14:52
舞台袖の控え室。全員がステージ衣装に着替えた。
数人の一年の有志の手伝いもあって、ライブに使用する全ての機材をセッティングし終えた。
演出の最終チェック。クロウとエリオットを中心に話す。
そんな中、来客が訪れる。
「リィン君たち、失礼するね?」
扉から現れたのはトワとジョルジュだった。
「なんだなんだ、陣中見舞か?」
そうクロウが問えば、ジョルジュが間髪入れずに返してくる。
「はは、似たようなものかな」
「──失礼するよ」
そうして聞こえた声は、訪れた二人のものではない。サラの声でもない。
ハスキーな女性の声。Ⅶ組全員、誰の声か知っている。
アリサが声を裏返した。
「ア、ア、ア、アンゼリカさんっ!?」
見慣れたライダースーツではない。オフショルダーのトップスに深いスリットの入ったロングスカート。それはいかにも大貴族の令嬢として恥じない、そして美しさを兼ね備えたドレスだった。
アンゼリカは不敵に笑った。
「なんとか間に合ったみたいだね。パトリック君たちの舞台を見逃したのは残念だったが」
「マジで来たのか。相変わらず破天荒じゃねぇか」
「おやクロウ、悪態がらしくないな。そんなに私が来たのが嬉しいのかな?」
「……けっ。しかしなんつーかお前、そんなに美人だったか?」
それは、クロウの同輩への最大の愛情表現なんだろう。
「私としてはスーツの方が好みなんだが。学院祭に行くために、父に取引してね」
結果、アンゼリカはいくつか見合いを受けることになったのだという。ドレスもそれ用として着ることを条件とされたのだとか。
自由が信条のアンゼリカとしては屈辱に近いものだろう。それでも、アンゼリカは条件をのんでこの学院祭に来てくれた。トワやジョルジュも、Ⅶ組も。アンゼリカの気持ちが何よりも嬉しかった。
一通りのスキンシップを終えて、アンゼリカはⅦ組全員を見る。
「君たちのステージ、楽しみにしている。気負う必要はない……一緒に楽しもう。この学院祭を」
トワとジョルジュも
「今の君たちを──Ⅶ組のすべてを、ステージにぶつければいい」
「頑張ってね、みんな……!」
異口同音に、声が響いた。
『……はい!』
──15:00
『お待たせしました』
トワの司会進行。
『まもなく、士官学院一年、Ⅶ組のステージが始まります』
幕が上がる。けれどステージは未だ暗闇のまま。
戸惑う観客たち。旧き伝統の残る帝国では、こういった音楽ステージでもっぱら輝くのはオペラだ。
その舞台では、こんな沈黙と暗闇の長い演出はない。
そんな中。暗闇の中に一つ、スポットライトが。
脚光を浴びたのは、リィン。
いつもと違い白いタキシードを着た彼は、少なからず黄色い声を浴びた。太刀ではなくギターを構える。
ざわめき。リィンが講堂を穿つ。
「──この半年間、俺たちⅦ組は、様々な壁を目の当たりにして、そして抗ってきた」
何かを始める時。いつも、リィンが号令をかけた。彼はⅦ組のリーダーだから。
「拙い力でも、諦めずに、周りの助けを借りて。そうして今、この帝国で《ロック》なんて風変わりなことを──貴族や平民や、留学生と一緒に始める」
だから今日、この日も。リィンがすべてを切り開くのだ。
「俺たちの軌跡を、一緒に観てください。一曲目は──」
大きく息を吸う。そして吐き出す。
自分たちの手で、苦難に満ちた帝国の現状を切り開くために。
──15:03
「《碧い軌跡》!!」
瞬間、ステージの光が戻る。
輝きに満ちた空間。
スティックを叩くリズム。ギターの尖ったかき鳴らし。確かにサウンドを支えるベースの低音。爆音が清々しく鼓膜を揺らして、講堂が轟いた。
ラウラが、堅実な練習で身につけた演奏を披露する。アリサが手拍子を合わせ会場を巻き込む。その隣でリィンは演奏に集中し、エリオットは後方でキーボードを演奏しながら全体を俯瞰する。
そして両サイドから同時にステージに上がった、二人の貴公子。
リィンの時以上の歓声。それもそうだ。性格は正反対で、犬猿の仲。けれど二人は顔立ちも整っていて、女子からの人気もそれぞれあった。
その二人が、背中合わせになって歌っている。
(よし、上々だ──!)
カイトはまだ舞台袖にいた。演奏を見て、そしてマキアスとユーシスのパフォーマンスを見て確信する。
二人の声には張りが出ていた。ラウラ、アリサ、リィン。練習を重ねたメンバーも伸び伸びと演奏ができている。エリオットは言わずもがなだ。一人として固くない。
マキアスとユーシスが交互に歌う。嫌がっていた空気なんて一つも見せない完璧なボーカルだ。
《碧い軌跡》。外国で流行った曲が、遅れて帝国にも進出したものだった。
暗い感情を重ねながら、それでも誰かと一緒に一歩一歩進んでいくという魂が込められた歌詞。
何もかもが違う境遇で集まったⅦ組だからこそ、そんな他人の曲が相応しい。
それを歌うのは、帝国の身分制度によっていがみ合うことになった喧嘩仲間。
(これ以上ないくらい、おあつらえ向きじゃないか!)
これまで交互に歌っていたマキアスとユーシスは、一番の盛り上がりどころで同時に歌う。
その瞬間、カイトが飛び込む──!
ARCUSを駆動させ、金色の奔流を纏いながら飛び跳ねる。体を捻りながら後方へ宙返り。マキアスとユーシスの間に着地した。
灯った光に色彩が混じり、カイトのARCUSが発動する。渦巻きながら黄金は拡散し、ゴルドスフィアの球体が講堂の天井で弾ける。
歓声。それでもボーカルは止まらない。ボルテージはそのままに、黄色い声を受けて歌声は響く。
カイトも止まらない。続けざまに琥珀の波を纏いながら前進を独楽のように回転させる。
《碧い軌跡》の曲調は激しい。オペラとはまるで違う。だから、カイトもその激しさを担う。
飛び跳ね、一瞬の片手倒立、さらに前方宙返り。同時に発動させたARCUSが、アダマスシールドのきらめきを拡散させる。
(今なら、オレも活躍できる──!)
観客が見える。悦んでいるオリビエや、満面の笑顔のアルフィン。興奮しているアリスやエリゼも。これまでの旅路で出会ったたくさんの人の驚いたような表情も。
演奏を続けるリィンや、アリサの隣までスキップで近づく。それぞれの間奏の合間にハイタッチ、あるいはエリオットのソロパフォーマンスに合わせてタップダンス。
今でこそ自分の戦い方に誇りを持っている。けれど最初、カイトは自分の無力さにコンプレックスを持っていた。
今はどうだ。自分がいたからこそ、Ⅶ組のライブに新しい風を吹かせることができたんだ。
Ⅶ組随一の身のこなし。《並戦駆動》ができるからこそ魔法を演出に利用できた。
この現状を、後悔なんてするわけない──!
──15:07
《碧い軌跡》を歌い終え、汗を垂らすマキアスとユーシス。エリオットは余裕でいる。ラウラやガイウスは集中している。
予想外の演出に観客が盛り上がる中、深呼吸で息を整えたカイトは、キーボードから離れたエリオットと交替のハイタッチ。そしてカイトがキーボードへ、エリオットは脇に準備していたバイオリンを持つ。準備は完了している。
一曲目、ボーカルの二人の役目はここまでだ。けれど最後の仕事が残っていた。
リィンほどには赤面ものの台詞を吐けない二人。けれど、さすがにこの土壇場でやけくそに面白がっているのはあるだろう。互いを見て、ふっとニヒルな笑みを浮かべ合う。
この二人は、ここまでたくさん喧嘩をしてきた。この笑みそのものが、このⅦ組最大の成果だ。
「二曲目!」
マキアスが観客席を指さし叫んだ。これ以上ないくらい決まっていた。
ユーシスが舞台袖を指さす。そこにいるのは、今日女神の恩寵を受けて下界に降り立った歌姫だ。
そして、貴公子は若者らしく、あふれ出る熱を隠さずに叫んだ。
「《明日への鼓動》!!」
出だしはカイトのキーボード。赤毛の猛将の鬼のような訓練によって何とか形になったソロパート。
その静けさは一瞬のタメ。リィンとアリサのギター、ガイウスのベース、ラウラのドラムが一斉にはじけ飛ぶ。
ボルテージが観客にも伝播する。その歓声の中、退出するデュオとは異なる方向から、光と共に歌姫──エマがやってくる。
特に男子の轟轟とした咆哮が。それをかき消すように、エマに纏わりつく金色の翼。セラフィムリング──舞台袖からクロウが発動させたものだ。
中央まで進んだエマがそっとマイクを口元へ。
あなたには──
最初、エマの声はどこまでも静かだ。曲の激しさは楽器隊にゆだねられている。
けれどすぐ、沈黙があった。最初のフレーズの直後だ。その瞬間を見計らい、フィーとミリアムが飛び込んだ──!
男子の咆哮に、女子の黄色い歓声が混じる。十五歳に十三歳、明らかに士官学院の年齢にそぐわない。だからこそ、この二人は学院でもマスコットのような存在だった。
そのちびっ子二人が女神と見まがう歌姫の脇を固める。男女問わず、興奮しないわけがない。
後方、全体を見るエリオットは最も得意とするバイオリンを伸び伸びと奏でる。
(うん、二曲目も順調だ)
全員、致命的なミスもない。多少のミスはエリオットがカバーし、歌声でフォローする。観客も巻き込んでミス上等と奏でる一つの音楽に快感を覚える。音楽院に入っていたなら、ここまで大切だと気づけなかったかもしれないことだ。
(委員長も大丈夫。蒼の歌姫にだって、負けないよ!)
エマも、固さはない。やけくそになっているのかもしれない、それくらいに練習中の姿とギャップがあった。
歌いながら、エマは遥か遠くを見る。緊張はⅦ組で一番だった。夢中になって練習した。
エリオットの想像とは裏腹に、エマの脳裏には別の心配事があった。
昨日の出来事。Ⅶ組全員で受けた旧校舎の試練。自分は、あの概要を知っている。
といっても、全てを理解しているわけではない。エマ自身戸惑うこともあった。どうして
試練の前、カイトに問われた。委員長の方は覚悟はできているかと。
それがきっかけだったのかもしれない。
(私は……部外者なんかじゃなかった)
それは戸惑いがあって……何よりも嬉しい。
嬉しくてたまらない。この半年間で、自分もⅦ組の一員になっていた。
先のことはわからない。この後、きっと自分は仲間に話していくことになる。自分のことや、あの旧校舎の謎を。
迷いはない。きっと話せる。話したい。Ⅶ組の一員として。
だから、そんな明日へ向かって高鳴る鼓動を感じながら。
(このライブも──全力で歌いたいっ!)
会場が盛り上がる。奏でる音も、響く声も、反射する光も。
ちいさい猫と兎が、可愛さを増し、軽やかに跳ねる。だからこそエマはあざとさを消して、どこまでも真摯に、全力で力を込めて歌い抜く──!
観客たちへ、手を伸ばす。
未来へ──
エマが喉を絞りきる。リィンとアリサのギターが最高に激しさを増す。ドラムもベースも、バイオリンもキーボードも、最後の一瞬へ駆けあがっていく。
そして、残響。一気にステージが暗闇に包まれた。
音はなく、けれど振動が余韻となって心地いい。
──15:11
『これにてⅦ組のステージを終了します』
静寂の中、トワの声が聞こえた。
Ⅶ組のライブが終わる。それはこの講堂での出し物が──学院祭のメインイベントの全てが終わることを意味していた。
祭りは非日常だ。非日常はいつまでも続かない。やがて全員が日常へ戻っていく。
でも、もう少しこの余韻に浸っていたいから。
『皆様、ご清聴ありが──』
──アンコール!──
だから、観客からそんな声が出るのもおかしくはない。
──アンコール!! アンコール!!──
質実剛健な帝国人とはいえ、ここには若者も多い。Ⅶ組の始動から約半年、赤色の制服は常に注目の的だった。
学生たちは、その雄姿を見続けたいと思った。
トワも驚いてしまう。単純な拍手喝采じゃないから、どう場を収めようか迷った。
そんな瞬間に。暗闇から突然スポットライトを浴びたクロウが現れた。
『ふぇっ!?』
半身になって、マイクを構えるクロウ。一曲目、二曲目ともに不在だった青年の登場。
同じ二回生たちはわかっている。クロウはトワが戸惑うのをわかったうえで、仲のいい元同窓生にこの演出を頼んだのだ。
「皆さん──ご声援ありがとう」
その言葉使いは静かで、一応は真摯に聞こえて、まるで最初のリィンのようだった。
けれどその本質はリィンの気真面目さとは違う。どこまでも面白いものを求める不良学生そのもの。
「アンコールにお応えして三曲目、行かせてもらいます」
再び暗闇となる。けれど二秒後、中央のエマに向けて光がさした。
そして楽器に頼らずアカペラを始める。
それが何の曲かは、声高々に唱えなくてもわかっていた。
I swear……──
そして光が戻る。一曲目、二曲目を歌い、あるいは踊り演奏したⅦ組の全員が壇上にいた。
エリオットが静かにキーボードを奏でる。エマだけではなく、クロウ、ユーシス、マキアス、そしてカイト、ミリアム、フィーの全員が声を合わせる。
人によってバス、テノール、アルト、ソプラノを分ける。
最初の二曲で観客を巻き込む。そもそもが即席のライブだ。多少のミスや粗なんて気にしない。
何より、この瞬間、一緒の会場で出会った、立場も何もかもが異なる人たちと、一緒にこの時間を楽しみたいから。
クロウがマイクを会場に向け──叫んだ。
「さあ、皆さんもご一緒に!」
徐々に、徐々に声の質量が増していく。
オリビエが、アリスが、エリゼが、アルフィンが。
パトリックが、フェリスが、ジョルジュが、アンゼリカが、たくさんの学院生が。
ヴィクターが、ルーファスが、カールが、イリーナが、たくさんの学院関係者が。
全員が一緒になって、一つの曲を奏でていく。
Ⅶ組は全員夢中になっていた。最初の二曲を終えた達成感や疲れ、高鳴る鼓動。もう全部どうでもよくて、でもやけっぱちなんかじゃなくて、楽しくて、楽しくて、それでいて演奏する手と歌う口は不思議なくらいにしっかりと動く。
最後まで、歌い続ける。
曲名は《I swear…》。誓うという宣言。
誰かが思う。
どうかこの歌が、帝国の動乱を消し去る助けとなりますように。