心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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83話 Guns of The Lost Ones①

 

 

 十月三十日。学院祭──いや、ガレリア要塞消滅から六日が経過した。

 この数日間、エレボニア帝国はかつてない緊張に晒されることになった。

 帝国時報に掲載された、ガレリア要塞が巨大な球状にくりぬかれた報道写真は、それを読んだ人間を戦慄させるに十分なものだった。クロスベルの領地から撮影され、国防軍から帝国はおろか全世界に拡散されたその脅威の報道写真──帝国時報、リベール通信、タイレル通信──ありとあらゆる導力通信網を通じて、大陸最大の要塞が一瞬にして()()した事実を告げていく。

 帝国人にとっての衝撃はそれだけにとどまらない。真偽は定かではないが、ここ数日で帝国正規軍の機甲師団が幾度となくクロスベルに侵攻し……その都度、あっけなく撃退されたという噂なども広まりつつあった。

 そして、IBCの資産凍結により帝国経済にも混乱をきたし始めていた。このままでは倒産する企業が現れ、帝都など大量の失業者が出かねない。焼け石に水かもしれないが、帝都庁は帝国政府と協力して事態の収拾に動き始めていた。

 そんな中、帝国人の間では帝国軍の侵攻とは別の《噂》も流れ始めていた。

 

 ──宿敵カルバード共和国が、クロスベルと結託し、帝国に侵攻してくるかもしれない。

 

 確かな事実は、帝国は東の防壁を喪ったということ。にもかかわらず、帝国政府は対外政策の一切を公表していない。

 そんな不自然さが、帝国を包み込んでいた。

 Ⅶ組のクラスでも、緊張感はぬぐえない。HRが始まる時間になっても、サラが姿を見せない。律儀に席に座るのも疲れてしまって、リィンの席を中心に十人が集まった。

 十人が、である。残るクロウとミリアムは、どうしてかこの時間になってもクラスに姿を見せていなかった。

「……信じられないな。あのガレリア要塞が()()してしまったとは」

 沈黙に耐えかねて、ガイウスが何度も確認したはずの出来事を口にしてしまう。

 アリサが返した。

「正確には、一部を除いてらしいけど」

 帝国時報に載っていたのはガレリア峡谷をクロスベルのベルガード門の側から撮った写真だった。ほとんど同じ場所から、カイトはガレリア要塞を見ていた。けれど、威容を放っていた列車砲も今は消えうせている。

「しかし、いったいどんな兵器が使われたのだ……? とても人の手によるものとは思えぬのだが」

 ラウラの言葉に即座に反応する者はいない。導力技術といえばこの場で最も詳しいのはアリサだが、そもそもが導力技術をもってしては不可能としか表現できないのだ。

 それでも、ただ一人、超常の現象を知っている人間はいるが。

古代遺物(アーティファクト)……七の至宝(セプト・テリオン)なら」

 カイトは呟いた。

「カイト……それなら、あのガレリア要塞を()()させることができると言うのか?」

「わからないよ、マキアス。ただ、オレは見たことがある。リベールのヴァレリア湖に、封印を解かれた浮遊都市が()()したのを」

 それは『消滅』とは逆の現象だが、空間を掌握するという意味では同様のことにも思える。正確に言えば封印していたのはリベール王国全土を利用した封印術式によるものだったが──古代には、そういった現在の技術力では到底太刀打ちできない力が存在していたのも確かだ。

 そして、《輝く環》と融合したワイスマンが展開した《絶対障壁》。

「この世界には、想像もできない何かがあって──それを使おうと目論んでる奴もいるんだ」

 ユーシスが鼻を鳴らした。

「そんな兵器を、今まで属州扱いしてきたクロスベルが所有している。帝国正規軍も躍起になるはずだ」

「ユーシスは、侵攻の噂は本当だって思ってるんだ?」

「フン……プライドの高い軍が動かないわけがないだろう。少なくとも、数度は侵攻しているはずだ」

「なるほど」

 エリオットがおずおずと尋ねた。

「えっと、噂と言えばさ。共和国が侵攻してくるっていう噂のほうは、本当なのかな……?」

「ないと思う。クロスベルは、あくまで帝国と共和国の両方を敵としてみているし」

 あくまで予測だが、カイトは告げた。

 いずれにせよ、真実は己の眼で確かめるしかない。

 教室の扉が開いた。

「待たせたわね」

「サラ教官。HRを始めますか?」

 エマが尋ねたが、サラは首を横に振った。もう生徒たちを席に着かせるつもりもないらしく、その場で答えた。

「今日の授業は中止よ。帝国政府から通達があったの。本日正午、帝都ドライケルス広場でオズボーン宰相が声明を発表するわ、それも、エレボニアの全国民に向けてね」

 この情勢下で発表される声明など、どう考えても笑顔で聞けるようなものではない。だが、まずは事態を見極めなくてはならない。そうでなければ、どう進むかを決めることはできないのだから。

 声明はそれぞれの教室でラジオ中継を流すことになったという。リィンなどは自分の部屋で聴いてもよかったが、Ⅶ組は全員が教室に集合することになった。

 そうして正午までは、学院か寮で各々待機することになった。部活動がある面々はそれぞれに顔を出すことになり──それがないカイトとリィンは、屋上で時間を潰していた。

「……とんでもないことになったな」

「そうだね。十中八九、宰相の声明はクロスベルへの全面侵攻だと思う」

 カイトは屋上の風にあたりたくなってきて、欄干に肘をつけて思索にふけっていた。眼下には中庭が見える。

 そこに、ミリアムとクロウを探しに来たのだというリィンがやって来た。視界を遮るものもない屋上、ミリアムがいないのは明らかだったが、リィンはカイトの隣に立ってすぐには動かなかった。

「カイト、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」

 ガレリア要塞の消滅──クロスベルの反抗。状況はわからないが、クロスベルも帝国と同じような緊張に晒されているだろう。あの小さい自治州で「帝国の要塞を滅ぼしたのだから無敵だ」などと気の大きくなる一般人がいるとは考えにくい。国防軍の人間はともかくクロスベル市内、アルモリカ村、マインツ鉱山町、聖ウルスラ医科大学──それぞれの場所の現在の雰囲気は想像に難くない。

 同時に、そこにいるアルスやシズクはどうしているのか。ロイドたちはどうしているのか。心配事もある。

 それをわかっているから、リィンはカイトに気を使った。リィン以外の全員がカイトのことを気にしていた。

「もちろん、心配だし油断もできない。けど……振り回されるつもりもないんだ」

「カイト……なんか、変わったよな」

「そうかな……?」

「ああ、変わったと思う。オルディスの後かな。迷いがなくなったように思う」

「オレだけじゃない。リィンも含めて、きっとみんなも変わったよ」

 オルディス実習の前後で、レイラに関するいくつかの迷いが晴れた自覚はある。それだけじゃない。巨大な影と戦ったあの戦いで、なにか憑き物がとれたような不思議な軽さもあった。

 自分以外のみんなもそうなのだと、Ⅶ組全員がおぼろげながらに感じていた。

「ただでさえ、クロスベルと帝国の連絡は絶たれて、世界規模の経済低迷が起き始めてる。クロスベルと帝国の争い……どう転んだって、影響がなくなるわけじゃない」

「……カイト」

「士官候補生だろうが、遊撃士だろうが。王国人だろうが、帝国人だろうが。やるべきことは、きっとあるんだ。立ち止まってる暇はない」

「そうだな」

 今朝、Ⅶ組全員──クロウとミリアムはいなかったが──で決意したことだ、噂やデマに踊らされず、己の目で真実を見極める。実習を重ねて、あるいはⅦ組同士でぶつかり合う中で、何度もやって来たことだった。

「カイト」

「なんだよ? 改まって」

「もちろん、今のカイトは迷ってないと思う。ただ……一歩を踏み出せてないようにも感じるからさ」

「それって」

「同じ場所にいること、それだけがⅦ組の証明じゃない。だから、いざとなったら迷わず動いてくれよ。カイトがⅦ組に飛び込んだのと同じように」

 カイトは一息ついて、欄干から手を離した。リィンを見る。

「それこそが、きっとオリヴァルト殿下がカイトに求めたⅦ組の資質じゃないかって思うんだ」

 リィンの目は自信に満ちていた。気づいていたのだ。カイトはもう、いくつかの情報を持っている。それにクロスベルにも縁がある。

 その状況の中で……この数日間でカイトに「学院の外で動かなければならない」という遊撃士としての考えが生まれていることを。

 自然、握手を交わす。

「わかった。リィン……オレたちは、かけがえのない友達だ」

「だな。それに、無二の仲間だ」

 そして。

(オレ)たちは、特科クラスⅦ組の一員だ』

 ARCUSを通して始まった、それがなくても理解し合える絆。

 カイトもリィンも思う。Ⅶ組に入ることができて、仲間たちに出会えてよかったと。

「……さて、俺はミリアムとクロウを探しに行くよ」

 今朝の時点で教室に現れなかった二人。サラにも聞いたが、曰くミリアムは学院で会ったらしい。クロウのことは「あの不良生徒が姿を消すなんていつものことだ」と気にしてもいなかった。

 この状況だ。ミリアムが情報局から呼び出されたのかと邪推したが、「別に何も言われてないよ?」と呑気そうに言ってたとのことだった。

「わかった。必要なら手伝うから、連絡してくれ」

「ああ」

 校内へ戻るリィンに手を振る。しばらくして、カイトは天を仰いだ。

「まったく……こんな時にクロウもミリアムも何やってんだか」

 こんな時まで、リィンに苦労をかけるんじゃないとため息をつく。

「にしても……ミリアムについては学院にはいるんだよな」

 リィンはカイトが遊撃士であることを尊重してくれたが、ミリアムもまた学院生以外の立場を持っている。この状況下だ。彼女の所属する情報局が活発に動かないわけがない。

 しかし、彼女は今日まで行動らしい行動を何一つしていない。

「今日、オズボーン宰相の演説がある……宰相が直接動かせるミリアムが動いてない。予定通り、とでも言いたげだなぁ」

 通商会議の時、机を挟んで対峙した時代の傑物の自分を呑み込もうとする笑みを思い出した。

 そこで、頭をかすめる言葉があった。

 

 ()()()()……?

 

「え……ちょっと待てよ」

 予定通り。

 自分は今、誰の予定通りだと冗談めかした?

「宰相のだ……」

 なんで予定通りだと思った? ミリアムが慌てていないからだ。

 なんで、自分はその冗談を冗談で流せなかった? それは前例があるからだ。

「通商会議……」

 《赤い星座》を雇い、自分の命を狙うテロリストを利用して、オズボーン宰相はクロスベルの権益を奪おうとした。猟兵の実力を信用していたとしても、テロリストの出現から逃亡まで、首脳陣を守ったのは現地の人間たち。一歩間違えれば、鉄血宰相は本当に命を落としていた。

 鉄血宰相は、自分の命すらも駒にして盤上を動かしている。

 だとしたら。

「まさか、まさか……」

 

 クロスベル独立とガレリア要塞の消滅という異常事態まで、利用している?

 

「はは、そんなまさか……いくら時代の怪物っていったって」

 現実問題、帝国は今未曽有の緊張に晒されているのだ。列車砲すら簡単に無力化する兵器を、帝国を凌駕する国が生まれるのを知っていながら放っておく理由なんてどこにもない──

 

 ──宿敵カルバード共和国が、クロスベルと結託し、帝国に侵攻してくるかもしれない。

 

「──あった」

 

 存在した。この状況で、帝国の利益になっていることが。

 ガレリア要塞は壊滅し、帝都ではデモも起こって混乱している。正規軍はダメージを受けて、領邦軍との均衡が崩れている。オリビエが危惧した内戦の可能性すらある。

 そうなれば、共和国の侵攻もあり得るのに。

「共和国の侵攻は、ない」

 カイトは断言した。今朝、エリオットに説明したよりも説得力を持って。

 ガレリア要塞を消滅させた超常の兵器。あれが共和国にも向いているとすれば、遥か東の共和国も、帝国と同じ状況になっているだろう。

 ガレリア要塞が消滅したにも関わらず、クロスベル独立国そのものが防壁となって共和国からの侵攻を防いでいる。

 カイトは頭を抱えた。そうして顔を掌で覆った。そうしなければ、視界を遮らなければ思い当たらない、そんな空々しくて、寒気がするような恐ろしい妄想。

 けれど、その妄想が現実になるような恐ろしい考えと行動力を、あの鉄血宰相は持っている。

「……だとしたら待てよ」

 クロスベル独立の維持による宰相の目的が共和国侵攻を防ぐことなら。それが共和国以外のことに集中することなら。

「こんな時にやれることなんて、考えられるのは貴族派の駆逐しかないじゃないかっ」

 だが、先にリィンと話したように、今日の声明はあくまでクロスベル関連の内容となるはずだ。あの狡猾な鉄血宰相が、人々の度肝を抜いて一方的な貴族派への宣戦布告をするはずがない。通商会議の時のように、リベールの蒸気戦車の一件のように、状況を利用し自分たちが正義であると知らしめた上での行動となるはずだ。

 だとすれば、開戦の狼煙を上げるのは貴族派になる。

 なら、その狼煙の上げ方は……?

 

「宰相が、危ない……?」

 

 自然、脚が動く。

 どうすればいいのかはわからない。けれど、何もしないわけにはいかないから。

 眼下、中庭にリィンがいた。ミリアムとクロウを探している途中だろう。旧校舎に向かって歩いていくのが見えた。

 歩きながらARCUSを手にする。自分の思考の結果をリィンにでも話すべきかと思った。

 その時。

「……クロウ?」

 屋上は四階相当の高さにあって、見晴らしもいい。学院はトリスタの街よりも高い位置にある。当然、トリスタの街並みも見渡せる。

 どうしてだろうか。遠く、街並みの中に、バンダナを額に巻いた銀髪の青年の姿が見えた。

「………………」

 カイトの視力は悪くないが、何度も来た屋上でトリスタの街並みを意識することはほとんどなかった。どうして、今、視えた。

「……欠席も多い、不良生徒クロウ・アームブラスト」

 呟く。

 悪寒が走った。

 カイトの頭の中に、走馬灯のように過去の情景が映し出されていく。

 かつて彼と交わした心の数々が、一瞬の閃きを生んでは爆ぜていく。

『オレもルーレに行くんだ。お互い、面倒な事に巻き込まれちまったモンだな』

『セントアークの方はどうなんだよ? カイト後輩』

『お前はトワを護りきれよ。何があってもな』

『そんな悲しい話は、するなよ』

『ケジメをつけてから故郷に戻る。そうすりゃたぶん、俺が何者なのかがわかる』

『俺が借りたミラを返すのは相当珍しいんだぜ? 素直に受け取っておきな』

 たくさんの言葉があった。そして、決定的な言葉もあった。

 

『お前に明かしたのはよ。賭けみたいなもんだ』

 

 カイトは理解した。理解してしまった。不思議すぎるくらい、少しの違和感もなく納得した。

「ああ、そういうことなのかよ」

 押そうとしていたARCUSの通信用ボタンから手を放す。戦術導力器をしまった。

「お前は……お前が──なのか」

 校内へ戻る。授業が中止となった学院、静かなのに異様な緊張感が漂う空間を、階段を使って降りていく。

「……ふざけるなよ。なんで──なんてやってるんだよ。たくさんの人を傷つけてるんだよ」

 正面玄関から学院を出る。誰もいない。坂を下れば、トリスタの街が見える。

 屋上から一階に降りたからか、それとも動いたからか。もう、カイトの目線からは銀髪の青年は見えない。

 けれど。

「どうして、今までそれを隠してたんだよ。オレたちに」

 意を決して走り出した。

「絶対に……逃がさないっ」

 ただ、ひたすらに前へ。クロウがいる、その場所へ。

 

 

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