心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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83話 Guns of The Lost Ones③

 

 

 帝都へ向かう鉄道。割れた窓ガラスから吹く風が、高速で動く列車によって轟々と音をなびかせる。

 カイトは、車両の最後方でボックス席に隠れていた。クロウからの反撃を警戒し、一射必殺の機会をうかがう。

 だが、カイトだけでなくクロウもまた二丁拳銃の使い手だ。Cとして嘘と偽りにまみれて暗躍したクロウだが、開戦の時に叫んだ「今、双刃剣(ダブルセイバー)はない」という言葉は嘘ではないと感じた。

 最初の乱射以降、互いの出方を伺う。

 カイトは叫んだ。

「銃も、双刃剣も扱える──どっちが本当のクロウなんだよ!」

「武器に関して言えば、どっちも本当だ」

 カイトの頭上を弾丸が閃いた。クロウの牽制だ。

 数発それを受け流して、カイトは顔を上げて二発放った。こちらもあえてクロウの周囲へ威嚇する。背丈はクロウが高く、身を潜ませるのはクロウが不利だ。

(とはいえ、悠長にはしてられない)

 帝都までこの状況を維持すれば、鉄道憲兵隊がクロウを拘束できる──そう考えていたカイトだが、この状況を狙ったのがクロウであるなら話は別だ。

 協力者がいる。考えてみれば当たり前の話だ。その誰かも凌駕する形でクロウを捕えなければならない。難易度は跳ね上がる。

(おせっかいな魔女。何者だ──)

「ちょこまか動かねぇなんて、らしくねぇじゃねえか」

 声は先程よりも近くから聞こえた。クロウは既にボックス席を飛び越えて接近を始めていた。

「くそっ」

 一足飛びに席を変えて、同時に魔法を駆動させる。アクアブリードの水塊を牽制に、カイトも銃弾を放つ。

 カイトの苦し紛れの攻撃は当たらず、クロウの銃弾はカイトの(もも)をかすめる。

 そうして、また状況が膠着する。互いが銃使いだから。

「狙い通りだろ。列車の中じゃ、お前の魔法もそこまで脅威じゃない」

 互いが席に背を預ける。数アージュ離れた、とはいえ一瞬の油断でどちらも懐に詰められる距離感。

 背を向けたままの会話。

「言ってろよ。女子たちに初級魔法でノックアウトされたくせして」

「そりゃメイド服は男の夢だからな。命を賭けたくもなるさ」

「シャロンさんは」

「あの人に掌で転がされるのが俺の本望だ」

「……」

 カイトは身を乗り出した。射撃。当たらず。

 クロウは腕だけを露出させて射撃。当たらず。

 互いが隙を見せるまで精神の削り合い。埒が明かない。

 カイトは並戦駆動で魔法が扱えるが、クロウに手の内はばれている。有効打にはならない。

 不意に視界が暗くなった。トンネルの中に入ったのだ。撃ち合いの中で割れてしまった導力灯もあって、列車の中は暗闇と光が同居している。

「来ないなら、こっちから行くぜ」

「……っ」

 言葉を聞き届ける前に、カイトの座席の窓が飛び散った。クロウの弾丸だ。これは明らかに狙った一撃。

 破片が散り、風と共にカイトの身体に襲い掛かる。一瞬目をつぶってしまった。

 さらに魔法が跳んでくる。エアストライク。席の木枠を打ち付けてくる。

「しまっ」

 クロウがさらに近づいてきた。こちらに手が届く位置まで。

「迷ってないで──」

 カイトの胸倉をつかみ、浮かせ、通路の真ん中に叩きつける。クロウは二丁拳銃をホルスターにしまっていた。

「支える篭手に懸けて、本気で来いよ!!」

「ぐぁっ──」

 肺から空気が絞り出される。衝撃、嗚咽、苦しさ。けれどこの程度の痛みは、何度も食らった。

「なめ──るな!!」

 すぐさま身をひるがえす。双銃を手から離し、体を回転させ跳ね起こそうとした刹那。脳裏によぎったのはC──クロウとの一度目の戦い。

 あのとき、同じ状況でカイトは頭の横を双刃剣で突かれた。同じ轍は踏まない。

 双刃剣ではなく正拳突きを繰り出そうとしていたクロウの手を弾いた。空いた鳩尾に掌底を食らわせる。クロウは苦悶の表情となる。

 様々な制約で全力を出せないのはどちらも同じだ。

 通路の真ん中、わずか二アージュの距離。二人は拳を構えて相手を見る。

CQC(近接格闘術)はオレが上、それを躱してカウンター食らわすのはお前の方が上」

「……」

「なんつーか、面白いくらいにチグハグだよな。俺たちは」

 Ⅶ組男子の中では不真面目寄りの二人。同じ二丁拳銃。学院生となる前からの縁。

 二人の間柄を語る言葉はたくさんある。

「クロウ……本当に、なんでこんなことしてんだよ」

「わかるだろ。俺の本分はC。学院生、クロウ・アームブラストはただのフェイクだって」

「嘘だ」

「この状況でそれを言うのが、支える篭手のすることか?」

「オレは遊撃士で、クロウの仲間だ」

 クロウから返事は返ってこない。

「Cのじゃない。クロウの仲間だ」

「だから俺を()る気にならないってか?」

「そんなじゃない」

「あのときも言ってたな。目的を聞いてないから、本気を出せないって」

 あのとき。ヴェスティア大森林でクロウに叩きのめされたとき、今よりはるかに弱かったカイトが時間稼ぎでまくしたてた言葉だ。

「今は違う。言い訳はしない。それでも気になるんだ」

 クロウの真意がわからない。勝ったうえで、クロウの真意を聞き出してやると。

「だったら──とっとと来い!」

 クロウが一歩を踏み出す。カイトも呼応して前へ。

 クロウの蹴りがカイトを捉えた──が、カイトは直前で突進を止めた。攻撃をわざと受けて後方に飛んだ。そこにあった双銃を拾い、即座に撃ち込む。

「チィッ!」

 クロウは避ける。すぐさま二丁拳銃を取り出して反撃に出た。

「あの時とは違う──舐めるな!」

 カイトが叫んだ。漆黒の波を纏い、突っ込んでくる。

 クロウは次の魔法を予想する。そのために、銃弾を散らしつつカイトの殴打を身構える。

「いいぜ──来いよ!」

 だが。そうして意識を前方へ向けたクロウの後方から、時の波動(ソウルブラー)が襲い掛かった。

「ぐっ!?」

 ブレて、世界が二重に見えるクロウの視界。けれど魔法の威力はクロウの脚を止めない。魔法を受けながらも、カイトのタックルを受けた。それで大きく後退、クロウは側方の窓ガラスを割る。

 ちょうどトンネルから抜けたところだ。クロウは空いた窓の縁を掴んだ。カイトの銃撃を躱しながら体を畳み、窓の外へ身を乗り出す。列車の屋根の上に飛び乗ったのだ。

 クロウにとって、それは一瞬の迷いと逃げだった。カイトの魔法が想定していたもの──瞬間的な超加速を得るクロノバーストではなかったから。

 あの状況、二丁拳銃を構えるクロウにカイトは正面から突貫した。身のこなしに自身があるとはいえ明らかな自殺行為だ。それを跳ねのけるなら自己へ駆ける魔法しかないと思った。

 が、結果は違った。しかしカイトはクロウの銃撃を躱していたようにも見える。

(なんだ? 今の違和感は)

 クロウの嗅覚が、一時退避を選択させた。実際クロウはカイトの実力を評価している。

 そして、クロウの足元、左右から窓ガラスをぶち破る音が立て続けに響く。

「……の野郎っ。いい度胸じゃねぇか」

 音からして、車両のほぼすべてのガラスを割りやがった。どこからカイトが昇ってくるかわからない。

 風の音と共に聞こえる、カイトの声。

「問題だ、クロウ! 右と左、どっちからオレが昇ってくるか!」

 

──さて問題。右手と左手、どっちにコインがある?

 

「……っ」

 一瞬顔をゆがめて、けれどクロウはすぐさま平静を取り戻した。

「さて、どっちだろうな。どっちでもないかもしれねぇしな」

 右か左か、それとも車両後方の車掌室からか。

 答えは三秒後に訪れた。右から殺気。ファイアボルトの火球が窓を介して飛んでくる。

 火球をクロウは宙返りでよけ、四つ這いになって見た。必然警戒するのは左──

 左側からニードルショットの石片が。そして右からカイトの声が。

「隙ありだ──!」

 ファイアボルトの軌跡を追うように屋根の上へ移動したカイトが、クロウの隙をついて肘鉄を食らわせた。

 クロウの顔面に衝撃が走る。青年は背後に倒れた。

 カイトとクロウ──Cの戦い。隙をついただけの、あまりにもあっけない決着だった。

 クロウはへたり込んで、鼻を抑える。カイトはクロウの前に仁王立ち、銃をクロウの脳天に構えていた。

 いつか、Cだったクロウがカイトに王手をかけた姿勢と同じだった。

「オレの勝ちだ、クロウ」

「はっ……銃じゃお前の勝ちか。でもずりぃだろ、魔法の()()使いやがって」

 カイトは何も答えない。

「今のファイアボルトとニードルショット……並戦駆動が使えたって、あり得ない魔法の連発だった。お前の実力は良く知ってるからよ」

「……イカサマ上等のクロウに言われたくない」

「教えちゃくれねぇか。まあ、戦いじゃ手札を全部使うのが当然だな」

 Cとして、あるいはクロウとして戦っても、場所によってはクロウが勝っていたかもしれない。カイトも、クロウとCの実力は知っている。

 けれどあくまで列車内で、互いの得意とする力を抑えての勝負。それはクロウが選択したことでもある。

 知恵と()()を使い、カイトは確かにクロウに一矢報いた。

 カイトは言い放った。

「訂正してもらうぞ、クロウ」

「何をだよ」

 クロウはへたり込んだまま答える。

「情が移ったわけじゃない……そんな奴が、通商会議行きを止めようとしたり、内戦前に故郷に帰らせようなんてしない」

「……」

「本分は確かにCかもしれない。鉄血宰相を恨む理由があるのも、きっと事実なんだろ。でもな……!」

 カイトは双銃をホルスターにしまった。敵の前で隙を見せる動きだとしても、激情を抑えられなかった。

「オレたちと過ごした時間が、嘘になるわけがないだろっ!!」

 クロウの胸倉をつかんだ。

「トールズは、オレたちは、復讐の糧なんかじゃないっ!!」

 半年間、いろいろなことがあった。カイトはクロウの姿を見てきた。不良生徒であっても頼もしく、先輩と楽し気に過ごすクロウを。

 クロウの背につかまってバイクに乗った。

「どんな気持ちで、先輩たちとバイクを作ったんだ!?」

 暴走するリィンを一緒に助けた。

「どんな気持ちで、オレとリィンを助けたんだよ!?」

 聞きたいことはたくさんある。

 何よりも、どうしてトワが自分がいたのに。

「なんで……オルキスタワーを吹き飛ばそうとしたんだ……!?」

「……」

「お前にとって……オレは! Ⅶ組(オレたち)は! いったい何だったんだよっ!」

 クロウは答えない。列車の振動だけが体に伝わる。胸倉をつかむ腕が重い。クロウの上体に力が入っていない。

 風に揺れる銀髪のせいで、クロウの瞳がしっかり見れない。

「言えるかよ」

「ふざけんな、クロウ──」

「言えるわけねぇだろうがよぉっ!」

 いきり立って、逆に胸倉をつかみ返される。押される。踏ん張って耐える。立ち上がったクロウの眼は、真っ赤に燃え盛っていた。

「お前らと鉄血は違うっ!」

「……クロウ」

「言っただろうが! 嘘と本当を混ぜたって!」

 カイトを騙すための策略。けれどクロウは、どこまでが本当でどこまでが嘘かを答えていない。

 カイトはクロウの眼を見て思い至る。

 生い立ちも抱える思いも、状況もまるで違うけれど、思い至る景色があった。

 

 ──レーヴェ自身が、自分に嘘をついているからだ。

 

 浮遊都市の頂。世界で最も女神に近い場所。道を分かち、けれど重なることができた兄弟を思い出した。

 

 ──カリンは特別だ! あんな人間がそう簡単にいてたまるものか!

 

 銀髪の剣士が修羅に堕ちる前の本心。慟哭が目の前の青年と重なった。

(クロウは、本当は……)

 それは、クロウは絶対に言わないだろうが、クロウにとってカイトたちⅦ組は間違いなく──

「それでも俺は……俺の本分は! 復讐者、《C》なんだよ!!」

 息絶え絶えになって、クロウは息を吐ききる。

 カイトもとっさに返せない。言わないまでも本心を感じて、クロウをどう説得すればいいかわからなくなった。

 その一瞬が分岐点だった。目の前の青年は嘘と本当の狭間で揺れていたとしても、間違いなく人生を復讐にささげた男だったから。

 たった三秒足らずの沈黙で、クロウは意識を入れ替えてしまった。憑き物が落ちた、空虚な様子だった。

「だからよ、これで終わりだ。お前の勝ちだ。でも、目的は果たさせてもらう」

「何を──」

「出番だぜ。ヴィータ」

 クロウが言った。同時に、カイトの後ろから気配が生じた。

 悪寒を感じてクロウと距離を取る。それでも気配の主は車両の最後方にいるから、カイトとは距離があった。

 双銃を構え、後ろを見た。

「貴女は」

「ごきげんよう、カイト君」

 その女性のことは知っていた。ただ、手に携えた蒼結晶の長杖だけは覚えがなかったが。

 太腿も顕わな大胆なスリットは妖艶さを、胸元の開いた青いドレスは優雅さを、それぞれ脳裏に刻み込む。薄黒の長髪、蠱惑的な紫の瞳。

 《蒼の歌姫》、ヴィータ・クロチルダ。

 ミスティとして出会った帝都以来の再会。

「ミスティさん……『おせっかいな魔女』は貴女のことだったんですね」

「フフ……さすがに気づくかしら」

 カイトの背後でクロウが立ち上がった。武器は構える気がないらしい。カイトを舐めているわけでも、形勢逆転と(おご)るわけでもない。

「クロウ……貴方の言う通りね」

「ああ。厄介な奴だろう? だから、ここで退場させる」

 カイトは双銃を構える。だが動けない。

 クロウの実力への警戒はある。だがそれ以上に、クロチルダから発せられる空気に恐ろしさを感じた。

 カシウスやアリオスのような強さとしての気配や、シグムントのような獣の圧力でもない。

 心から凍り付くような空気が、クロチルダへの恐怖を倍増させていた。

「……協力者が増えたって、止めて見せる」

「うふふ、ずいぶんと自信家なのね。さすがに私の正体には気づかないか」

「正体……?」

「わからない? 武術や法術ではない異能──《福音計画》の渦中にあった君なら」

 カチリと、思考のピースがはまる。

「まさか──結社か!?」

 

「ご明察。私は使徒第二柱、《蒼の深淵》よ。どうか、ご贔屓にね?」

 

 リベールを混乱の渦に陥れた結社《身喰らう蛇》、そして浮遊都市を出現させた《福音計画》を主導したのは、使徒第三柱《白面》のワイスマンだった。

 やがて訪れる《激動の時代》の中で、結社が再び行動を起こすことは想像に難くなかった。それを食い止めることも、世界を旅する理由の一つだった。

 だが、帝都やユミルでの怪盗紳士との接触が霞んでしまうほどの衝撃だった。

 あの教授と同格の存在が、いきなり現れて目の前にいる。

(いや違う)

 脅威はずっと傍にあった。クロウやミスティという仮面をかぶって。

「クロウは、それでいいのか。お前が組んでるのは」

「わかってるよ。人を誑かしちゃ喰っちまうような魔女だからな」

 後ろにいるクロウの顔を見れない。声色で冗談めかしているのもわかった。

 けれどあの《白面》を知っているから、魔女から視線をはずせるわけがない。

「あら、酷いじゃないの、クロウ。私と貴方の関係なのに」

「……」

「なんてね。ごめんなさい、カイト君。そんなに怖い顔しないで?」

 魔女ヴィータは、変わらず妖艶な笑みでいる。カイトの額から汗が滴った。

「するに決まってるだろ。《白面》がリベールに何をしたか、忘れたとは言わせない」

「ひどいわ。あれは教授の独断。私が主導すれば、()()()()()優雅に事を進めたのだから。君とも敵対するつもりはないの」

 言葉の一つ一つが、神経を逆なでしてくる。リベールの異変を乗り越えてきたから。あの苦しさを知っているから。

「ふふ……第一の計画を知る貴方には、特別な開幕を用意してあげる」

 お断りだ、とは心の中でしか言えなかった。怒りや反抗心が行動に出る前に、カイトの視界いっぱいに、氷や導力の刃が出現したから。

 それを成したのは言うまでもなくヴィータ。魔法の駆動もない、詠唱もない。ほぼ一瞬で顕現した、《蒼の深淵》の力の一端。

 すべての刃がカイトに向けられる。

 ヴィータが告げた。

 

「《幻焔計画》の第二楽章を。自らの手で、物語に入るという体験を」

 

 それが合図となった。全ての刃が一斉に向かってくる。大小さまざまな殺意が、大きさに見合わない破壊力を伴って。

 《蒼の深淵》の攻撃を。カイトは辛くも避けた──そう誘導された。

 後ろに飛ぶしかなかったのだ。クロウの眼の前にしか、安全地帯がなかった。

「終わりだ、カイト」

 クロウの拳がカイトの腹を穿つ。避けることはできなかった。

「うぐぁ……」

 今度はカイトが地に伏せることになった。腹痛だけじゃない。血の気が引いて、めまいが襲い掛かる。吐き気がする。

 抵抗できない。クロウが体を抑えるのを。ヴィータが近づいてくるのを、ただ受け入れることしかできなかった。

 ヴィータが杖を振る。カイトの意識が朦朧とする。

「君はもう、単なるⅦ組だけじゃ収まらない。君がいたら、リィン君たちの物語がどう転ぶかわからなくなる」

「……っ!!」

「けれど君は物語の中にいる。這い上がるなら、進んでみせなさい。騎士たちの立つ、戦場まで」

 視界が暗くなる。意識も遠のく。

 精一杯の抵抗で、顔を上げる。そこにあるのは、クロウの腕。顔は見えない。

「じゃあな、カイト。だが戻ってくるなら──」

 声は、どこまでも優しかった。

「這い上がって来いよ、腐れ縁の悪友」

 

 

────

 

 

 同日、正午。

 エレボニア帝国、帝都ヘイムダルにて、演説中の宰相ギリアス・オズボーンが()()()()暗殺された。

 同時に、西の空から全長二百五十アージュ級の白銀の巨船が現れ、同船から降り立った巨大な鋼鉄の騎士人形が帝都の守備隊を一掃した。

 白銀の巨船は言うまでもなく貴族派のもの。帝都は阿鼻叫喚の戦地へと姿を変え、帝国各地でも貴族派が一斉に動き出した──鋼鉄の烽火が上がった。

 誰もが可能性を感じ、けれど起こることもないだろうと眼を背けていた二大勢力の衝突。

 

 エレボニア帝国の内戦が始まったのだ。

 

 鉄血宰相暗殺から四時間後。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ああ、わかった。報告感謝する」

 司令室に控えるただ一人の人物。カシウス・ブライトは椅子に座り導力通信を使用していた。

 通信相手から受け取る情報は、エレボニア帝国内戦勃発の報。

「……ああ。予定通り、ハーケン門には第一種警戒態勢を敷く。帝国南はタイタス門とセントアーク……どちらも戦闘は好まない気質だろうが、万が一もあるからな」

『──』

「難局だが、気負うことはない。リシャールに言付けて、もう一人くらいはそちらに派遣させるつもりだ。お前さんはそれまで潜伏を継続してほしい。女神の加護を」

 通信が切れる。五秒もしないうちにまた通信機がけたたましい音を立てた。カシウスが再び器械を耳に当てた。

「こちらレイストン要塞……」

『私だ。モルガンだ』

「おお、モルガン将軍。ちょうどリシャールの部下から通信がありましてな。将軍にも報告を──」

『概ね把握はしている。それは改めて聞くとして、まず伝えなければならんことがある』

「それは……将軍がおられるハーケン門こそ、ということですな?」

『ああ……遊撃士、カイト・レグメントが戻ってくるぞ』

 カシウスが眼を瞬かせた。

「などほど、そういうことですか」

『言付けはあるか?』

「ええ。『レイストン要塞に来るように』と、そう伝えてください」

『よかろう。すぐに向かわせる』

 通信が切れる。恐ろしく端的な会話だった。

 カシウスは席を立った。司令室は窓一つない。優雅に外を眺めようとはならない。王国軍きっての知将が見据えるのは、壁に貼り付けられた西ゼムリアの地図。

「……《激動の時代》か」

 クロスベルの独立。始まった帝国の内戦。混乱に乗じて動き出す勢力。

 来てほしくなかった、けれど不可避の季節がやって来た。

 リベールはすでに前震を受けた。だが事は大陸の趨勢に関わる。他人事ではいられない。

 だからカシウスは種をまいてきた。

 たくさんの可能性を見て、子どもを育て、後輩を指南し、部下たちを鍛えてきた。

 それと同じように、リベールの異変を乗り越えた後輩に目をかける。

「カイト。お前の力も、頼らせてもらうぞ」

 リベールから飛び立った、カイト・レグメントという翼。

 信頼できる仲間(カイト)と共に、己の力を発揮するために。

 

 









今回で、83話、そして「12章 鋼鉄の咆哮を求めて」が終了しました。
閃Ⅰの終了、そして内戦の始まりです。
物語としても、戦闘としても、なかなか晴れやかではない状況。
それでもこの苦難の季節を、覚悟や決意と共に、カイトも歩いていきます。

次回「intermission②~駆ける翼~」
「第84話 故郷へ」

よろしくお願いします。

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