84話 10/30:故郷へ
それは夢でありながら、現実の風景だった。
『このギリアス・オズボーン、帝国政府を代表し、陛下の許しを得て──今ここに宣言させていただこう!』
十月三十日。鉄血宰相ギリアス・オズボーンの演説。
それは方々が予想した通り、自分たちの支配下にあると確信していたクロスベルの暴挙に対する、どこまでも
クロスベルを非難し、自分たち帝国が被害者であることを演じ、因果に対する応報を唱える。
打倒クロスベル。堕ちた属領に血と鉄による贖いを、と。
『正規軍・領邦軍を問わず、帝国全ての力を結集し……クロスベルの悪を正し、東からの脅威に備えんことを──』
その声は、最後まで発せられることはなかった。
『言わせるかよ』
演説場所であるドライケルス広場。そこから十セルジュ、ヴァンクール大通り沿いの建物の屋上に、C──クロウ・アームブラストはいた。
うつ伏せ、バイポッドで固定したのはCとしての得物の一つ、
淡々と、引き金を引く。
あっけなくクロウの復讐は果たされた。成し遂げたクロウ自身、大した感傷はなかった。
ただ、気になったことが一つだけ。
演説中から、狙撃の瞬間、そして体勢を崩し倒れるまで、その全ての状況をクロウはスコープ越しに見ていた。
『見事だ、C──クロウ・アームブラスト……』
倒れる直前、鉄血宰相がそのように口を開いたのは、気のせいだったのだろうか。
────
鉄血宰相が銃弾に倒れたという報は、導力ラジオを通じて瞬く間に広がる。ただ、直接その瞬間を目にしたのは、その瞬間帝都にいて、ドライケルス広場やその近辺で成り行きを見ていた人々だけ。
だが、それ以外に──トールズ士官学院の生徒と教官陣は、鉄血宰相が倒れた後の帝都の景色を目にしていた。
歌声が聴こえる。
──響け 響け とこしえに
──夜のしじまを破り
──全てのものを 美しき世界へ
《蒼の深淵》の秘術、『
結社第二柱、ヴィータ・クロチルダの歌。
トールズ士官学院という場にいた人間と──そして意識を失ったカイト・レグメントに対し、幻術によってその景色を見せていた。
突然の暗殺に慄き叫ぶ人々。
西の空から現れた銀色の影。二百五十アージュ級、空中飛行戦艦──貴族連合軍・旗艦《パンタグリュエル》。
その白銀の巨船から降下し、帝都の石畳を踏みつけたのは、ラインフォルト第五開発部が作り上げた現代の騎士。
突然の侵略に対して、第一機甲師団、帝都守備隊が応戦する。けれど、横流しした鉄鉱によって組み立てられた鋼鉄の騎士は、戦車部隊を赤子の手をひねるように圧倒する。
そしてクロウは、機甲兵ではない蒼色の騎士人形に乗って、東へ去って行った。
────
歌い終え、クロチルダは
『クロスベルの鐘は鳴らされ、こちらの準備も完了したわ』
『《オルフェウス最終計画》が第二幕、《幻焔計画》──第二楽章を始めましょうか』
『そしてカイト君。大切な仲間たちの結末を──ちゃんと見届けてね?』
クロウは、青色の騎士に乗ってトリスタへ向かった。始まった貴族派と革新派による帝国の内戦。帝都に続けて、正規軍や革新派の関係者もいるトールズ士官学院を抑えるために。
まず、西側から来た機甲兵にはサラをはじめとした教官陣が対応した。サラ以外にも、ヴァンダイク学院長やナイトハルトもいるトールズの守護者たち。それでも全長七アージュを超える鋼鉄の騎士を完全に抑えることはできず。東側から来た機甲兵にはⅦ組が立ち向かった。
東からの侵入者。それは機甲兵を操る帝国解放戦線の幹部S。Ⅶ組メンバーは一時機甲兵一機をしのいだが──それでもⅦ組は機甲兵に圧倒される。絶体絶命の時、現れたのは──灰色の騎士人形。
旧校舎地下に眠っていた灰色の騎士──《灰の騎神》ヴァリマール。Ⅶ組自身、わからないことも多かった。それでもリィンがヴァリマールを駆り、Sは撤退を余儀なくされた。
そして最後に、クロウが駆る《蒼の騎神》オルディーネが、リィンの前に立ちはだかった──
────
夢から覚める。カイトの眼に最初に飛び込んだのは、知らない鉄製の天井だった。
「ここは──」
体を起こす。首に鈍い痛みが走ったが、それだけ。カイトはゆっくりと上体を起こした。
「……」
自分の手を見る。
起きかけの状態。とはいえヴィータによって夢を見せられていた。だから、どうして自分が意識を失っていたのかはわかる。
鉄血宰相の演説。クロウの正体に気づき、単身彼を問い質すために鉄道に乗った。そこでクロウと戦い、彼を出し抜きはした。けれど、現れたヴィータ・クロチルダに敗れ、幻術をかけられた。
そして、ここは──
「起きたか、カイト・レグメント」
部屋の中。既に隣にその人はいた。丸椅子に腰かける男性。帝国正規軍の軍服、左官を示す服装だとわかる。
「貴方は……タイタス門の副隊長」
「久しぶり、と言っておこうか」
覚えがある。初めての実習でタイタス門の門壁上に上るのを交渉した人物たった。
「つまり、ここはタイタス門……?」
「その通りだ」
「今日は何月何日……何日ですか?」
「十月三十日、午後五時だ」
クロウと戦ってから、それほど時間が立っていない。
寝かされていたベッドから立ち上がろうとしたとき、副隊長はカイトを手で制した。それだけで、副隊長がカイトを歓迎していないことがわかる。
「君は帝都からの貨物列車に
「オレを拘束するということですか」
「弁明はしないのか?」
「意識を失った理由は覚えてるけど、どうしてその列車に乗ったのかがわかりませんから」
「……真相はわからない。だが素直で結構なことだ」
副隊長は立ち上がった。
「私と君は面識があるし、所持品も確認させてもらった。リベール出身、トールズ士官学院生、そしてクロスベル支部所属の正遊撃士。少なくとも身分証明にはなる」
「……」
「本来であれば地下牢に拘束、日を改めて尋問し後に簡易裁判となるが──君を釈放する」
「え?」
カイトは副隊長を見た。
「君が気を失う前にどこにいたかは知らないが……帝都の話は知っているか?」
「はい」
言うまでもなく、鉄血宰相暗殺の件だ。副隊長の声がこわばっていることからもそれがわかる。
「帝都──いや、帝国は五時間前より内戦状態に突入している。身分と人柄が保証されている人物の、たかが
「オレとしてはありがたいことですけど」
「ただし、君はリベールに帰ってもらう。異論は一切認めない」
その言葉については予想外だった。目線で疑問を投げかける。
「言っただろう、内戦状態だと。君の帝国における所在はトリスタ。戻るにはセントアーク、もしくはバリアハートを経由する必要がある。革新派のタイタス門から貴族領へ、外国人を、身分を保証しつつ移動させる。そんなリスクを抱えるのはまっぴらごめんだ」
トリスタへ、仲間たちの下へ戻りたい。そんなカイトとしては納得しかねるが、情勢を考えれば理解はできた。タイタス門の役目はリベール国境の防衛で、後ろから叩かれることには慣れていない。加えてタイタス門があるサザーラント州は穏健派のハイアームズ侯爵だ。わざわざ無用な火種をくべたくないということだろう。
「それじゃあ、オレがトリスタに戻るのは……」
「許可できない。納得できないなら拘束する。この状況で、学生かつ外国人の君を自由にさせるわけにはいかない」
諦めるしかない、ということだった。
「わかったら、リベールに帰りたまえ。余計なことをすることなくな」
そして、カイトはタイタス門を南の門から出ることになった。既に日は落ち、夜の帳が降りている。導力灯の光だけが寂しく存在を放っている。夜の国境線など、早々歩く人間はいないだろう。
拘束されず、荷物も全て返された。それだけで喜ぶべきではある。
それでも、カイトは名残惜しく後ろを振り返った。
「……」
帝国での半年間。さまざまな経験をして、仲間たちと絆を深めて、自分の立場も確立させてきた。
自分は、トールズ士官学院特科クラスⅦ組、カイト・レグメント。
それなのに、内戦状態の帝国から背を向けて離れることしかできない。
言いようのない悔しさがあった。
タイタス門からハーケン門へ連絡があったのだろうか。カイトがリベールの大地に戻った頃には、リベール王国軍の兵士たちが多数カイトの帰りを待ちわびていた。
中には、カイトが知る人物もいた。
「久しいな。カイト・レグメント」
「……モルガン将軍」
リベール王国軍の司令であるモルガン将軍。白髪を蓄えた老人ではあるのだが、ヴァンダイク学院長と同じようにたくましい体つきは年齢を感じさせない生命力がある。
直接話した機会はないに等しかったが、国境線交渉や祝賀会で面識はあった。影の国の戦いは本人ではないから数えない。
「お久しぶりです」
「珍しくタイタス門から直接連絡があった。遊撃士を一名
「はは、相変わらず遊撃士には微妙な態度なんですね?」
「ふん……カシウスの子供たちではない癖にしゃらくさい」
「それで……将軍がわざわざオレを迎えてくれた。一体どういうことなんですか?」
「わかっているだろう。クロスベルの独立に連動して生じた帝国の内戦。そこに近しい場所にいたお主を、王国としても野放しにさせるわけにはいかんと」
一呼吸おいて、モルガン将軍は言い放った。
「カシウスからの伝言だ。『レイストン要塞へ来るように』と。詳細はそこで話すといい」
────
カイトは十月三十日の夜をハーケン門で過ごした。
一夜明け、十月三十一日。カイトはハーケン門近郊に停泊したリベールの軍用飛行艇に、数名の王国軍兵士に連れられて乗り込んだ。リベールの異変の中心にいただけあって、カイトの顔は王国軍の中でもそれなりに知られている。顔見知りの兵士もいる。
ただ、現在は王国を飛び越えて西ゼムリア全体が激動に晒されている。そしてカイトが動く理由を考えれば、安穏とした雰囲気でいられはしない。
ハーケン門からレイストン要塞へ、ヴァレリア湖を南下する。五大都市を経由する飛行客船の空路とも重ならない。到着するのに大した時間はかからなかった。
レイストン要塞の発着場では、王国軍大佐であるマクシミリアン・シードと再会を果たした。モルガン将軍よりは温厚な人物だが、彼もまたそれほど会話を経ずにカイトを案内する。
レイストン要塞の司令室。
かつて、影の国によって再現されたこの部屋は、けれど元の部屋とは違う環境となっていた。
そしてカイトは、仲間たちと一緒にリベールの英雄を跳ねのけた。
扉をノックして入る。シードは部屋の外で待機するようだ。
「──久しぶりだな、カイト」
「そうですね、カシウスさん。一年ぶりくらいかな?」
司令室にいたのは、案の定の人物だ。元S級遊撃士、現リベール王国軍准将。リベールの守護神、カシウス・ブライトその人が、カイトの中の想像と変わらず飄々とした顔つきで座っている。
「エステルとヨシュアも、一時的に戻っては来た。だがこの情勢下だ、今は王国中を走り回っている」
「そっか……そうなんだ。確か、レンを連れ戻したんでしたっけ?」
「ああ。鬼ごっこを終えたらしい。二人についているはずだ」
カシウスの表情は変わらない。一方カイトのそれは、言葉の軽さの割には固い。
カイトは激動の真っ只中にいた。《異変》当時のリベールのような状況の中に。その情景を思い返せば無理もない。
カイトはカシウスに対して大きな恩があった。結社の足取りを追っていたときの提案がなければ、少年が帝国に抱いていた恨みの念はいつ途絶えたのか分からない。
その恩人にさえ緊張を隠せないほど、カイトの心は一つの方向を向いていた。
「リシャールやクローディア殿下、ユリア。彼らからお前さんの近況は聞いたよ。オリヴァルト皇子の誘いに乗って士官学院に通っていたんだったな」
「はい」
「内戦の狼煙は帝都で上げられた。学院の場所を考えれば、お前もその渦中にいたということか」
カイトの服はクロウと戦ったときのものだ。破かれた場所もあれば、汚れてもいる。そもそも士官学院の制服でないということが、平穏な帰郷ではないことを物語っている。
「聞かせてもらおうか。お前がここに来たまでの道程を」
カイトは頷いた。
「鉄血宰相が、テロリスト《帝国解放戦線》に暗殺されました」
公に知られるであろう事実、ヴィータに見せられた幻術、帝都の状況、そして士官学院とⅦ組のこと。あらゆることを詳細に伝えていく。
ギリアス・オズボーンの安否は不明。貴族派は巨大戦艦と機甲兵をもって帝都を占領。革新派との内戦が始まった。
ぽつぽつと、機械的に粗方の時事を説明し終えたカイト。カシウスは、溜め息を吐いた。
「リベールでの危機が去っても、ここはゼムリア大陸だったな。動乱の余波はやはり免れないか」
「リベールも、今は非常事態なんですか?」
クロスベルは独立を果たし、エレボニア帝国では内戦が勃発した。
そしてカルバード共和国ではIBCの資産凍結に端を発する経済恐慌が生じている。カイトは移動中に王国軍兵士からそう聞いた。帝国にいるだけではわからなかったことだ。
カシウスは顔つきを微妙なものに変えて肩を竦める。
「隣国がこんなに社会の天変地異を迎えようものなら、リベールも当然悪影響が出る。しかし王国自体が危機な訳ではないからな。暴力沙汰は今のところ抑えられているさ」
「そうですか。よかった……」
少年はようやく、年相応の力の抜けた顔を見せた。最近まで帝国で暮らしていたため頭から離れていたが、自分はリベールの人間なのだ。故郷がそれほど危険な状況にないと分かればこその気の抜けようだった。
そんなカイトを見て、カシウスは目を細めた。
「オリヴァルト皇子の提案は、正解だったみたいだな」
「え?」
「帝国で得るものがあったということだ。異変の時よりも、逞しい顔つきになったもんだ」
カシウスの声色は優しかった。ただ単に理に至った、それだけが英雄と謳われ、慕われる理由ではないのだ。親として、大人として、先人としての若者を見守る姿勢は、彼を形作るものとして外せない。
カイトは頬をかいた。
「まあ、色々ありましたから」
カイト自身、帝国での生活の中で自分の中の何かが変わっていったという自覚はあった。昔の自分を知っている剣聖にそう言われると、感慨深いものが溢れてくる。
けれど、それで手放しに喜べる状況ではないというのは、カイト自身がわかっていた。
「ありがとうございます、カシウスさん。ちょっとだけ、元気が出ました」
「待て、話を終わりにするんじゃない。情報を得るだけ得て、まるで俺が人使いの荒い人間みたいじゃないか」
「事実でしょ。Ⅶ組のことだって、リシャールさんを通じて調べてた癖に」
カシウスが眼を瞬かせた。
「驚いたな。そこまでわかるか」
「というより、カシウスさんも隠してはないでしょ。リシャールさんと再会すれば、どうしたって意識はしますよ。カシウスさんの影を」
帝都でリシャールと再会した時のことだ。リシャールを通じ、カシウスはあの時点で帝国の情報を探っていた。情報局の監視網もあっただろうに、その中で元大罪人であるリシャールを動かすというのは豪胆としか言いようがなかった。
「とはいえ、七月の件はリシャール自身が提案したことでもあったがな。お前さんに会いたいからとも言っていた」
「それは……嬉しいことですね。で、カシウスさんはオレをどうしたいんですか?」
遊撃士として。あるいは帝国に縁を持つ士官候補生として。カイトは複数の立場を持っている。
そしてカシウスはその実力も知っている。
「カイト。これからどう動くつもりだ?」
「帝国に戻ります」
即答した。カシウスも驚きはしなかった。
「だろうな。一つ、依頼を請け負ってもらいたい」
「内容は?」
「詳細は追って伝えるが、帝国内での情報収集だ。非公式にはなるが、王国軍からの依頼になる」
「構いませんよ。遊撃士が王国軍の差し金で帝国に潜り込んで──ってのはちょっとグレーだけど」
「はは、お前さんも遊撃士稼業が板についてきたじゃないか。なにも機密情報を盗めってわけじゃない。帝国内の生の情勢を知りたいってだけだ。ジンやアネラスにも頼んだ依頼と質は変わらん」
帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件の再調査。あのときも、カイトは帝国を旅した。準遊撃士という未熟すぎる立場で。
「難易度は、あのときよりずっと高いですけど」
「そうだな……心配はしていない。内戦下の帝国に足を踏み入れる、それでも『できることをする』という気概を感じるからな」
現実的に考えれば、カイトが帝国に戻っても遊撃士の力は通せない。革新派と貴族派の争いという、リベール人にはどうすることもできない問題だ。
恐らく目下敵対するのは貴族派になるだろう。クロウをはじめとする帝国解放戦線もいるし、なにより暴力的な方法に訴えてきた。事実、Ⅶ組を捕らえようと動いている。
その貴族派は、機甲兵という前代未聞の戦力を持っている。並大抵の力では蹂躙されてしまう。ただ遊撃士で戦闘ができる、あるいは士官候補生として戦える……そういった表面的な力では太刀打ちできない。
かといって、漫然と革新派に与することはできない。共通の敵がいれば協力するだろう、それでもカイトは、暗殺された鉄血宰相を──その意志を受け取った革新派を警戒してしまう。
カイトがⅦ組の一員であることを引き合いにしても
それでも、『足りない』というのはあくまで客観的な評価に過ぎない。カイトは、いやⅦ組メンバーは、Ⅶ組という枠組みを何よりも誇りに思っている。
それだけで、帝国に行く理由にはなる。それだけの絆を育んできた。カシウスもわかっているようだ。だから止めない。
だが。
「ああ、そうだ」
次にカイトが伝えた言葉は、カシウスにとって少なからず予想外だった。
「言い忘れてました。帝国に戻る前に寄る場所があるんです」
「……それは?」
「クロスベルに行きます」
嫌な沈黙が司令室に流れた。
「一応聞くが……どうしてクロスベルに?」
「安否を確かめたい人がいるんです。それに今回の大陸情勢の中心ですし」
クロスベル独立国の動乱に巻き込まれているであろうロイドたち特務支援課。彼らの無事を確かめたかった。
そしてアリスの弟で、カイトも友人と思っているアルス。ウルスラ病院から離れられないだろうが、彼の声をアリスに届けたかった。
だが、カシウスの分析はカイトの気迫を落ち着かせるものだった。
「はっきり言って、クロスベルは危険すぎる。今、
「いえ……それは」
「《ゼムリア大陸諸国連合》。クロスベル独立国大統領、ディーター・クロイスが提唱する国家連合だ」
それは二大国の争いによってこれまで緊張し、アルテリア法国による権威が一体感をもたらしていたゼムリア大陸において、事実上初となる国家主導の多国間連合体の提唱だった。
絶対不可侵の力を持つクロスベルが盟主となり、全ての戦争を否定し、自由な経済活動を保障する。
同じ
「あまりに強引すぎる手法だ。レミフェリア、アルテリアはもちろん、リベール──アリシア女王陛下も異議を唱えている。だがクロスベルに超常の力がある以上、どうしても流れと主導権はクロスベルにある。今の情勢が続けば賛同せざるを得なくなっていくだろう」
「そんな……」
「お前が行こうとしている場所は、そういう所だ」
事実、クロスベルに向けて帝国軍・共和国軍は何度か侵入を試みている。帝国内では噂でしかないそれは紛れもない事実だった。侵入する度に敗走していることもまた。
「お前が士官候補生だろうと、遊撃士だろうと、リベール人だろうと。クロスベルの領地に入る時点で侵入者となる。それは帝国入りすることとは比べ物にならん難易度だ」
「……」
理解はしていた。だが、他ならぬカシウスの鬼気迫る言葉によって実感する。
この情勢下、自分の持つ立場という足場がどれほど脆いものなのかを。
「ただでさえ、内戦下に帝国入りをさせるのは荷が重い。まあ、……お前は放っておいても行くだろうがな」
「もちろんです」
「だからこそ帝国入りをお前に頼むんだ。代わりに、クロスベル入りはエステルたちに頼むつもりだ」
カイトの目が大きく開いた。
聞けば、エステル・ヨシュア・そしてレンの三人がクロスベル入りするための算段を立てているのだという。カシウスからみてまだその隙はないらしいが、逆に言えば隙さえあればすぐに娘たちを戦力として投入するつもりでいる。もちろん、エステルたちは納得しているだろう。
「王国と大陸の安定のため、お前たちのやる気と能力を加味した采配のつもりだ」
「それでも、オレは──」
「オリヴァルト皇子と、そしてお前の学院の仲間がいる。そのために帝国へ行く。クロスベルは他に任せる。十分な理由にはならないか?」
返答に詰まった。
カシウスの言う通りだった。
けれど。納得はできなかった。
「カシウスさん。前にオレに言いましたよね。『この世界に大切な人がいるなら、その人たちを守るのが至上命題だ』って」
「ああ……言ったな」
祝賀会の夜のことだ。
「もちろん、仲間のために帝国に行きます。けどそれだけじゃない。一緒にいるって、約束した子がいるんです。あの子の心を救うって、決めたんです」
それは、単に命を救うだけじゃない。
大切な人を守って、それで終わりではない。
「その人が大切な何かを守りたいと思う……その気持ちを支えることこそ、きっと心を救うことなんだ」
その言葉は、かつて、封印区画でエステルがリシャールに説いたことと同じだった。
カイトはそれを覚えているわけではなかった。それでも、ここまでの旅の全てがカイトの血肉になっている。だから、自然同じ言葉が出た。
「単純すぎる理由だけど、それが遊撃士になった理由で、世界を旅するって決めた理由なんです」
子供の頃から一緒にいた、孤児院の家族や義姉を守りたい。そして、出会った人たちを──全ての国の全ての人々を守りたい。
「子供っぽい信念を本気で叶えようとする……この気持ちにしてくれたオレを、オレの大切な人たちを、オレは誇りに思います」
帝国には、オリビエがいる。Ⅶ組の仲間たちがいる。アリスがいる。
クロスベルには、特務支援課がいる。アルスがいる、
「帝国もクロスベルも、もう大嫌いでも無関係でもない。他人じゃいられない場所なんです。だから」
クロスベル国家独立国紛争。エレボニア帝国内戦。それだけじゃない。きっと、これから関わる全ての人たちのために。
「全て、オレは助けます」
努めて冷静に。不退転の決意で。カイトは言い切った。
カシウスは、カイトを頼もしく見ていた。
初めて出会った、準遊撃士ですらなかった頃のカイト。実力も心も未熟で、それこそ自分の『助けたい』という想いをエステルたちに支えてもらってきた。
今は違う。正遊撃士としての立場を得て、人を守れる強さを備えている。そして、誰かの想いを支えようとするからこそ生まれた想いを持っている。
「お前の覚悟はわかった」
カシウスは立ち上がった。
「だがそれでも、ガレリア要塞を消滅させたクロスベルに入る……それはただの強さじゃない、不可能を可能にするような《力》が必要だ。武力だろうが、知恵だろうが、運だろうが。それを証明しないことには、とても二つ返事で許容はできない。お前自身が身を守ること。依頼主としても、マーシア孤児院やクローディア殿下の気持ちを考えてもな」
カイトがぐっと詰まった。決意が揺らぐことはないけれど、痛いところを突かれた気持ちだった。
「なら、どうすればいいですか?」
「証明しろ。過程ではなく、結果を出すことで」
カシウスがカイトを見下ろす。言いようのない圧を感じた。
「力。知。縁。絆。その全てをもって、俺を納得させてみろ」
「それって、まさか──」
たじろぐカイト。カシウスからの返事はない。
ただ、影の国で対峙したときと同じ殺気を放つ剣聖がいる。
リベールの守護神が、カイトただ一人を、敵として見据えていた。
次回「85話 10/31:剣聖」
描かれるのはもちろん、カイトVS. ──……
※12月はちょっと更新増えます。