心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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85話 10/31:剣聖

 

 

 レイストン要塞。かつて起きた百日戦役で、王都のアーネンベルクと同じく、帝国軍の侵略を防いだ難攻不落の要塞。

 カイトが準遊撃士ですらなかった情報部クーデターの頃は、エステル、ヨシュア、アガット、ティータがラッセル博士を救出するために秘密裏に侵入したこともある。それ自体は当時の変則的な導力技術によるものであって、警備の不手際というより侵入した者の裏技のようなものだった。

 とかく、レイストン要塞は鉄壁の二文字を飾り付けても反論する者はいない。

 そんな要塞の広範囲を占める、芝生が敷かれた演習場。基礎的な兵法訓練から遊撃士や特別講師を招いた指導まで、様々な形で軍人が強き意志を養う場所。

 今。帝国の内戦に共和国の恐慌、そして独立国となったクロスベルの影響が大陸中を脅かすとき。

 その演習場の中心付近には、一人の軍人と一人の遊撃士が対峙していた。

 

 D級正遊撃士、カイト・レグメント。

 リベール王国軍准将、カシウス・ブライト。

 

 立ち合いを受け持つことになったのはレイストン要塞の守備隊長、マクシミリアン・シード大佐。

 彼はこれから始まる戦いを前に、一般兵たちに注意を促した。

「カシウス准将の仕合だ。無用に立ち入ることは、その身を消すものと心得よ」

 部下たちの返答を聞いてから、シードはカシウスに一つの得物を差し出した。

「今この場にあるものでは、これが最も業物になります。准将の《迅羽》には及びませんが」

「構わないさ。それにあれは、もうアネラスに託した。お前の得物を借りちまってすまないな。一暴れするだろうから、事後処理と見届けを頼むぞ」

「は、承知しました」

 渡したのは太刀だった。カシウスの今の得物である棒術具ではない。敵を断つための太刀。

 試みに太刀を振り、具合を確かめる。そうして、やがてカイトへと向き直った。

「さて……そろそろ始めるが、構わないか? カイト」

「ええ、問題ありませんよ。オレも準備万端です」

 カイトの表情は固かった。緊張で萎縮しているわけではない。けれど剣聖との戦いはすぐ目前にまで迫っている。その恐ろしさを考えられないほど、カイトは弱くはない。

 そう、これから始まるのだ。カイトとカシウスの一騎打ちが。

 シードは、誰にも聞かれない声で呟いた。

「まさか、この二人が仕合う時が訪れるとはな」

 結果の見え透いた勝負だ。挑戦するのはカイトで、迎え撃つのはリベールの守護神カシウス・ブライト。どこをどう足掻いても、少年に勝ち目はない。

 それはカイトもカシウスも承知の上だ。自分と相手の実力差はよくわかっている。

 また、カシウスはリシャールやエステル、クローゼといった関係者から影の国の顛末を聞いている。カイトを含めた六人がかりで、カシウス一人に辛くも勝利した現実を知っている。

 クロスベル入りを考えているカイトに対し、カシウスは覚悟を理解してもまだ許容できなかった。その心配を払拭するための、不可能を可能にすることができるかを見極める戦い。

 単なる勝ち負けで互いの意見を通すとは、カシウスもカイトも口にしていない。けれど、それくらいのことをしなければ、クロスベルに行くことをカシウスは認めない、ということ。

 指南ではなく、達人相手の手合わせ。余りに無謀すぎる。

 無意味に見えるこの勝負の行く先が、どのような領域へ向かうのか。それはまだ、誰にも判らない。

 空気がひりつく。観戦を求めた兵士たちは壁際へ。立ち合いのシードさえ、通常の稽古であれば考えられないほど遠くでその行く末を見守っていた。この二人の戦いが、どのような規模に収まるかがわからないから。

 構える。カイトは二丁拳銃を。カシウスは太刀を。

「カシウスさんは……八葉のどの型を修めたんですか?」

「壱の型《螺旋》の皆伝を。それに(なな)の型《無》も修めている」

「漆……リィンと同じか」

「だが、お前の友人も同じだろうが……八葉は修行の段階で全ての型に触れ、学ぶ。一つの型だけ、とは思わないでもらおう」

「……」

 明らかに、普段のカシウスの空気ではない。影の国で見せた守護神としての構えとも違う。

 カイトはそこに、どこか銀髪の剣士の姿を感じた。

 

『なるほど、資質は資格へと昇華したというわけか』

 

 思い出す。中枢塔の頂上で剣帝から言われた言葉。

 今、カシウスが自分を見定めようとしているのも同じなのだろう。帝国入りを認められた資質。それが、果たしてクロスベルという場所に立ち向かう資格を持つのか。

 資質とは何なのか。何をもって資格と呼ぶのか。

 どうすれば、不可能を可能に変えることができるのか。

 いずれにせよわかるのは……この戦いが、自分自身の試金石になるということ。

 中枢塔の、剣帝。影の国の、幻の剣聖。根源区画の、能面の天使。幻影城の、世界の意志。

 絶望的であっても、仲間と共に乗り越えた戦いとは違う。自分一人の力で成し遂げる、正真正銘の試練。

 自然、拳銃を構える手に力が入る。

「剣を持った剣聖は、オレが戦ってきた人たちの中で文字通り最強です。その壁……乗り越えて見せる」

 決意の宣言。それすら、カシウスは足蹴にするように冷えた目線で返してきた。それがあくまで雰囲気であって、カシウスの本質が穏やかであることを理解できていても──背筋が凍るような恐ろしさ。

「お前は、まだ戦うことの意味を判っていない」

「……え?」

「お前は、何のためにその銃で敵を穿つ? 何のために、その拳で敵を打つ? 何のために、その魔法で戦場を駆け抜ける?」

 影の国でも、幻のカシウスは激励をしてくれた。リシャールを筆頭に、全員に。

 けれど今は。カイト一人を、敵として見ている。

「力は所詮、力でしかない。必要なのは、何かを成そうとする己の意志だ。心に刻んだ、不可侵の意志。俺の剣もお前の得物も、所詮は心の続きにあるものに過ぎない」

「それは……単に、剣を持ったカシウスさんに勝とうとするだけじゃだめだ──ってことですか」

「……見せかけの剣に囚われているなら、お前は絶対に俺に『勝つ』ことはできない。そんな資質は、資格にはなりえないだろう」

 カシウスが抜刀する。周囲に黄金色の明滅が集まる。白き波動が雷のように迸る、《麒麟功》。

 理の領域が広がる。風の動きがまるで目に見えるように、《麒麟功》との境界線が火花を散らす。

 

「さあ来い、カイト・レグメント。全てを賭けて、俺に挑め」

「……っ!!」

 

 圧力に呑まれそうになる。それでも、カイトは己を奮い立たせた。

(やってやる。カシウスさんに成果を見せなきゃ、貴族派も、クロウも、結社にも渡り合えない──!)

 黒い波動を纏いながら走る。カシウスは、まだ殺気を放ってその場に立っているのみ。まるでリシャールの居合のような静けさだった。

 カイトは剣聖の周囲を走り、クロックアップの波を自分に纏わせる。影の国では、六対一の状況でようやくカシウス相手に囮を成せた。今はどこまで通用するかもわからない。自分の素早さを最大限利用しなければ。

 決意が魔法を滾らせ、微かに残像を残す。一般兵はそれでも驚愕していた。

 続けざまに銀色の波を纏う。カシウスの背後に回り込んだ時、唐突に銃撃を加えながら突貫。

 ルミナスレイが発動。銀の閃光がカシウスへ。

 それを──カシウスは。言葉もなく。動きすらカイトには見せず。

 銃撃と閃光を同時に斬撃一つで消滅させた。

 チン、と納刀の音は遠くで聴こえる。

 静寂。剣聖と遊撃士の初撃にしては明らかに小規模な一合だった。

 それでもカイトは冷や汗を覚えた。今の一撃は、魔法と銃撃とカイト自身を同時に攻撃していたから。

 剣聖の、どんな名刀をも凌駕する無名の一刀。今、オレは躱したのか、躱せたのか、それとも躱さされた。わからない。

「一撃だけで終わりか?」

 背後から声。振り返る。

「今度はこちらから行くぞ」

「っ──」

 来る。カイトは琥珀の波を纏った。

 カシウスの技は──紅葉斬り。

 突進し、すれ違いざまに振り切る。カイトの脳裏に写るリィンの挙動と全く同じだった。

 打ちのめされる。洗練された所作はリィンとカシウス、どちらも遜色ない。ただ殺気と、理に至った故の万能さ。それがただの戦技を奥義に変えていた。

「ぐぁ……!」

 遅れて防御魔法(クレスト)が発動する。転がりつつ、すぐにカイトは立ちあがる。大腿部に閃撃が走り、激しい痛みを覚える。それでもカシウスに向かい走る。再び琥珀の波を纏いながら。

 カシウスが迎え撃ってくる。その一刀は地に飛び込んで辛くも躱せた。発動する方石圧潰(グランドプレス)。カシウスを全力で押しつぶす。

「──斬」

 夢想覇斬。巨大な方石がただ一振りでバラバラに砕かれる。いや、あの一瞬で何十もの斬撃を浴びせてきた。カイトの攻撃は牽制にもなっていない。

「……化け物」

 改めて実感する。誇張でも悪ふざけでもなく、目の前の剣聖は戦略級兵器そのものだ。

 自分ごときただの遊撃士が叶うはずもない、たった一つの圧倒的な個。

 英雄。

(それでも……!)

 英雄は一人ではないことを知っている。

 小さな力を束ねる、その一人一人が確かに英雄であることを知っている。

 だから諦めない。諦めたくない。

 カイトは銃で牽制する。さらに蒼い波を拡散させてグランシュトロームを放った。出現する間欠泉。濁流をカシウスは余さず受ける。避けることもなく、全く足を取られない。

「──緋空斬」

 襲い掛かる水刃は緋色の斬撃で斬り刻み、霧散させる。

 カイトは見たことがなかったが、八葉の(ろく)の型だった。

「お前の攻撃はその程度のものか?」

「そんなわけ──!」

 十字衝撃洸(エクスクルセイド)。演習場の大地を穿ち、他の兵士たちにすら剣山で全身を撫でるような圧力を与える。それすらカシウスは意に介さず、一歩引き、体を回転させる。遠心力と共に振り切った太刀筋は螺旋を生み、導力のエネルギーと礫を巻き込んで相殺する。(いち)の型、螺旋撃。

「くそ……」

 掌の上で転がされている。まるで、ヴェスティア大森林でのクロウとの戦いのように。

 

『貴様に判るか? その意味が』

 

 圧倒的な力を持ちながらも、すぐに勝負を決するわけでもない。こちらの何かを試すような言葉と覇気。

 

『そんな虚ろなものを掲げて、諸君らは何を成す?』

 

 クロウもそう言っていた。

 カシウスは厳かに言い放つ。

 

「この程度で俺に勝とうと、不可能を可能に変えようとしているのか?」

 

 言葉は違う。けれど、どこまでも同じような問いかけ。カイトは何も言い返せなかった。

「答えられないのなら──その身体に聞くまでだ……!」

「くっ」

 初撃を躱し、カイトは翡翠の波を纏いつつ銃撃で牽制する。それでもカシウスは意に介さず。高速でカイトの後ろの周り、大上段から炎を纏った斬撃を撃ち込む。リィンも打った業炎撃。カイトは炎に飲み込まれた。

 カシウスはカイトを認めている。それでも、この激動の時代の根源に乗り込むには足りない。だからこそ問いかける。意志も善も悪もなく、ただ結果をもたらすものを。

「必要なのは、不退転の決意」

 波は霧散し、カイトは青の波を放つ。ティアラの魔法は焼け石に水にしかならない。

「その上で自分を見失わずにいること」

 ティアラの直後、夢想覇斬がカイトの片手の拳銃を弾き飛ばし、上腕を一閃し、肩口を大きく斬り裂く。いつか、影の国でリシャールが受けたような一撃。

「ありのままの自分と、燃え盛る意志を共有させること」

 カシウスの言ったことは、カイトのいない場所でリィンも教えを受けていた。《光の剣匠》に、恐れを抱えて立ち上がれと。

 天然自然。彼は我、我は彼。そう──

「己を形成する()()を。それなくして、世界を変えることはできん」

 度重なる衝撃で、カイトは宙に浮いた。視界が揺れる。もう防ぐこともできない、反撃に翡翠の波を拡散させる。

「お前がこれから戦うのは、混迷を生み出した結社だけではない」

 ラグナヴォルテクス。大蛇のごとき雷の大砲はわずかな抵抗にしかならない。カシウスは魔法を余さず受け、強かに痺れる。だがそれだけ。痺れる腕を厭わずに、螺旋の理を体現する。

「政治的正しさと信念をもって、世界情勢を変えたクロスベル」

 螺旋撃。炎の渦が金色の覇気とプラズマを纏って、渦となり収束──カイトに全て注ぎ込まれる。

「怨恨と憤怒を研ぎあげ、迷いのない一振りとした復讐者。そして膨らみ続けた怨念で戦火を撒く貴族派」

 大音響。衝撃。圧気。それらが開放され、爆発。カイトは大きく吹き飛ばされる。受け身もとれず、ただカシウスを睨むことしかできなかった。

「独立を願う大統領の意志は全てが悪か? 復讐者の持つ怒りは不当か? 内戦の原因、鉄血宰相は全く悪ではないか?」

 カシウスが脚に力を込める。()の型、疾風。何重もの突進と斬撃がカイトを弄ぶ。カシウスの赤い瞳は、灼熱のように盛っていた。

「勧善懲悪ではない世界で、己の我を通さなければならない。全てをもって」

 疾風を終え──攻撃は終わらない。振り向き、最後の一撃。カイトを断つ。

「剣聖と言えど、今の俺は一つの駒だ。この程度──」

 それは──秘技、裏疾風。疾風の終わりに最速最強の斬撃を放つ。カシウスのそれは──鳳凰のような凄烈さを伴っていた。

「この程度跳ねのけずして、世界を変えようと思うなぁ!!」

 鳳凰烈波を幻視する一撃。カイトは余さずくらい受け、穿たれるまま、要塞の壁まで後退して激突、沈黙した。

 戦場も沈黙する。剣聖カシウス・ブライトの戦い。シードを含め、その場の全ての人間が空恐ろしさを感じていた。

 誰かを守る意思の象徴である棍でなく、敵を断つ刀を持って、剣聖という圧倒的な力として立ちはだかる。

 これまで見たことのない、カシウス・ブライトがそこにいた。

 壁に激突して数秒。体に襲い掛かる衝撃が和らぎ、カイトはズルズルと崩れ落ちる。

 立ち上がれない。

「かて、るわけ、ないだろ……」

 何とか意識を繋げて最初に呟いたのは、そんな絶望的な台詞だった。

 圧倒的すぎる。当然だ。相手は剣聖なのだ。

 守護騎士のケビン、理の一歩手前にいたリシャール、王国軍精鋭のユリア、元執行者のヨシュア、太陽の娘エステル。

 仲間たちと協力してやっと勝てたのが、目の前の剣聖だった。

 わかっている。不可能を可能に変えるのだと。どんな方法でも、相手を出し抜くのだと。

 けれど、どうすればいい。圧倒的な敵を前に、仲間のいないこの状況で。

 遠く、カシウスが冷徹に告げてくる。

「どうした。俺はまだ大した手傷を追っていない。それがお前の全力じゃないだろう」

「……」

 口を開く気力もない。

 カイトの強みは並戦駆動による圧倒的な魔法攻撃と、敵の攻撃を躱すことができる身のこなしにあった。

 だが一対一のこの状況。達人相手では、魔法攻撃は攻撃力足り得ず、相手の攻撃を躱すこともできない。

「お前の力は単純な武術じゃない。旅を経て、力がなくとも仲間と肩を並べるために培った戦い方のはずだ」

 オリビエと協力した魔法。剣帝に勝つために生み出した戦技や、強敵と渡り合うために受け継いだ並戦駆動。

 カシウスの言う通り、カイトの力の根源はたくさんの縁にあった

「お前の力は、その心の軌跡そのもののはずだ。お前の心の軌跡は──その程度ではないはずだ」

 だからこそ、カシウスは戦いをもってカイトの全てを確かめようとしている。

 まだ、カイトが見せていないものがあると。

 その意志を感じて、カイトは。

(……アレを使えば)

 カシウスの考えの通り、一つ手があった。カシウスに勝てないまでも、今よりは抵抗することはできるだろう、という力が。

 だが、大事なこの局面であってもそれを使わなかったのは、ためらいがあったから。

 サラの言葉を思い出す。九月、補修の模擬戦で試したものだったから。

 

『使いどころは弁えるべきだと思うわ。君が……そうね。魂をかける時とでもいうか』

 

 魂をかける時。その言葉が、引っ掛かっていた。

 遊撃士となって、リベールの異変を駆け抜けてから、遊撃士稼業を通して人々を守ること。そこに全力を──魂をかけることに迷いはないと思っていた。

 ただ、サラが言う『魂をかける』はどこか違っていた気がした。だからオルディスでも、《巨イナル影ノ領域》においても使ってはいなかった。

 今が、その時なのだろうか。魂をかける時なのだろうか。

 さらに、過去の旅路を思い出す。

 

『強さも弱さも概念も、全ては手段でしかない』

『その中で自分をも駒として利用し、己の命題を達成する。それが我々の戦いだ』

 

 鉄血宰相に復讐するため、善悪も大事なものも、全てをかなぐり捨てて一発の銃弾のために動いたクロウ。

 

『正直に言うよ、カイト君。矜持も建前も関係なく……君に助けてほしい』

 

 帝国を混迷に落とす鉄血宰相を止める。そのために、あらゆる絆を繋いだオリビエ。

 

『未熟な自分には、王国全てを背負える自信も力もありません』

『でも、そんな私にできることを、可能性があることを皆さんが教えてくれました』

 

 自分は未熟だと震えながら、それでも仲間の声を支えにして立ち上がったクローゼがいた。

 

『勝っても負けても……大成功でも大失敗でもいい。俺たちが……学院生全員が切磋琢磨してきた全ての証を残すために──』

『どうか俺たちに、明日を掴ませてもらえませんか……!?』

 

 二大派閥ひしめく帝国の中で、最後までその本質から逃げずに立ち向かおうとしているリィン。

(ああ、そうか)

 魂をかけるのは、間違いなく今だ。いや、これからずっとだ。

 必ずしも成功するなんて思えなくて、それでも自分が信じる何かを糧にして進んでいくとき。

 糧は仲間だったり、力だったり、怒りだったりするかもしれない。

 けれど、そんな不安を押しのける自分の意志に突き動かされて、動く。

 これから自分が行く激動の大地は──そんな化け物共が盤上の駒を動かす世界で。

 だからきっと、自分も夢中になって、恐れと共に行く。保証もなくて、でもその中で、なにか信じれるものを胸に戦う。

 なんてことはない。これまでも、ずっとやってきたことだった。

(ずるいなぁ、カシウスさん。本当は影の国の頃から言ってること、変わらないじゃないですか)

 それでもこうして試練として立ちはだかってくれたのは。クロスベルに行くことの現実を説いてくれたのか。ここ数日の激動を前に高揚している自分を一喝してくれたのか。

 あるいは、自分がこの《力》を使う時に感じた少しの()()を感じて、向き合うように助けてくれたのか。

(いや……そんなことはもう、どうだっていいんだ)

 帝国の内戦を、たかが一人の遊撃士である自分がどこまで止められるかなどわからない。使徒第二柱も、クロウも、貴族派も、どうすれば彼らを抑えることができるのか。

 それでも、大切なもののために夢中になって動く。それが、オレができる、昔からやってきたたった一つのこと。

 だから使おう。サラ教官にも話したあの力を。

 

 《多重駆動》を。

 

 カイトは緩慢に立ち上がった。

 カシウスは待ち、改めて待っていた。カイトの眼が変わったことを一息で気づいた。

 カイトは、ゆっくりと歩く。激痛があっても、確かにしっかりとした足取りで。まだ、魔法を駆動はしない。

 仕合開始と同じ場所まで、カイトはたどり着いた。

「覚悟はできたか?」

「そう、ですね」

 二丁拳銃の片方を探す。遠くに見つけた。

「どこかで聞いたことがあります。カシウスさんは、護るための象徴として棒術を選んだって」

「ああ、そうだ」

 強きを挫き、弱きを(たす)けるための象徴である棒術。それはエステルにも受け継がれている。

「そしてカシウスさんは今、剣を持ってる。オレを試す……そんな状況や心境に、一閃を投じる剣が合っていたから」

 それは、結局心の在り様。想いの在り様。そして魂の在り様に過ぎない。

 剣だろうが、棒術だろうが、カイトがすべきことは何も変わらない。

「なら、オレも見せますよ。オレの魂を乗せられると思った力を」

 レーヴェという修羅に身を投じた剣帝から受け継いだ、並戦駆動という在り方。

 カシウスという理に至った剣聖から投げかけられた魂の在り方。

 理と修羅。いや、それを継ぐだけではない。

 ここまでの旅路の全てを魂として型を作る、カイトがカイトとして生きる力。

「その意気や良し」

 カシウスが再び太刀を構える。戦いの第二局。

「だが、俺がみすみす回復させると思うか?」

 剣聖の冷徹な視線は変わらない。

 対してカイトは。

 淡々と、平坦と言ってのけた。

「大丈夫ですよ。貴方に邪魔はさせないから」

 カイトの周囲に実体を持たない、可視の波が纏われる。それが戦術オーブメントを駆動した証であるのは間違いなかった。

 そう、溢れ出る導力の波が拡散していることは間違いない。しかしカイトの周囲に流れているのは。

 

 今までカシウスが見たことのない、透き通るような()()の奔流だった。

 

 カシウスの眼が見開かれた。

 剣聖の逡巡は一瞬、カシウスの身体は合理的に動いた。魔法を発生させないための動き。再びの疾風。カイトはそれらを全て受ける。

 死に体になる、それはもう覚悟の上だった。四肢を全て斬り裂かれ、泣き叫ぶような苦痛を覚える。最後の一撃によって大きく後退する。

 それでいい。欲しいのは、魔法を発動させる時間だったから。

「──駆動」

 ボロボロになりながら、カイトの魔法が発動する。

 カシウスの視界に薄黒い輝き。時を遅くさせる──減速魔法陣(クロノダウン)

 それだけではない。カイトの身体に纏う白銀の輝き──全能力上昇(セイント)

 そして同時。大地が光輝く。

「まさか──」

十字衝撃洸(エクスクルセイド)

 放たれる十字の墓標。吹き上がる力の奔流。魔法が得意なカイトによって放たれた──カシウスを滅するための一撃。

 当然、カシウスはこの程度で倒れない。予想外の攻撃魔法、そして遅くなった体。まともに受けた導力エネルギー。けれど意に介さず、カシウスは未だ瀕死のカイトにとどめを刺すべく疾駆する。

 一息、神速の一振りで紅き斬撃を飛ばす。ほぼ同時に紅葉斬りを仕掛け、十字の攻撃をカイトへ仕掛ける。

 カイトはそれを躱す。夢うつつのように。忘我のように。セイントとクロノダウンによってようやく躱せる。

 さらに、駆動。再び纏う()()の波。

 次の攻撃を──カシウスは止めた。

 太刀を手に取った者として、敵を滅するため動くべきという思考。今眼の前で起きている、()()()()()()()()現象を目に焼き付けるべきだという高揚。どちらも真実として、カシウスの胸中にはあった。

 戦術オーブメントを駆動するとき、溢れる導力がオーブメントを介して体から吹き荒れる。それは可視の波となり、駆動する魔法によってその色と鮮やかさを変える。

 地、琥珀。水、紺碧。火、紅蓮。風、翡翠。

 時、漆黒。空、黄金。幻、白銀。

 だが、今カイトが纏うのはそのどれでもない。純白の波。

 導力魔法、そして属性は七つ。それがこの世界の理だ。何者にも捻じ曲げることはできない。

 そして、先のカイトの魔法駆動。高速駆動の比ではない、()()()()()()()()()()

 それが意味することはすなわち。

「《多重駆動》──複数の戦術オーブメントの同時使用か……!」

「ご明察──!」

 白色の波が収束する。

 第四世代より、ボルカニックレイブ。

 ENIGMAⅡより、ダークマター。

 ARCUSより、再びのエクスクルセイド。

 煉獄を生み出し、引力で締め付け、地を吹き飛ばす。それぞれ異なる魔法のエネルギーが、カシウスを中心に暴虐を働かせる。

 カイトの魔法攻撃は並の遊撃士のそれを遥かに凌駕しているが、一対一の状況であればカシウスにとって大した障害ではなかった。実際、影の国でカイトの魔法攻撃は足止めに止まり、そこから続く仲間たちのとめどない()()()()によって勝つことができた。

 今、三種の異なる同時攻撃によって、ようやく辛うじてカイトの魔法がカシウスに届く。

「カシウスさん。見てください──オレの軌跡を!」

「やってくれる──!」

 カシウスは嗤った。

 戦いは……試練は、ここから始まる。

 

 

 







次回「86話 10/31:心の軌跡」

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