心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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86話 10/31:心の軌跡

 

 

 《多重駆動》。その可能性に気づいたのはクロスベル。魔人ギデオンとの戦いでだ。

 本当に偶然だった。通信として使えるARCUSとENIGMAを、必要だったから同時に持っていた。

 窮地に放った水砲撃(ハイドロカノン)。同じ属性だから白の波とはならなかったが、異なる戦術オーブメントが同時に駆動し、まったく同時に二つの魔法を発動させていた。

 そうしてサラとの模擬戦で試し、この駆動法を意図的に発動できることを理解した。

 カレイジャスでトヴァルに相談した。それぞれの駆動時間の誤差を限りなくゼロに近づけるため、第四世代とENIGMAを高速駆動ができるよう改造してもらった。

 そうして今。すべての条件が整った。

 複数の戦術オーブメントの同時駆動。それは並戦駆動を扱えるカイトだからこそ可能なものだった。

 カシウスが速攻と言わんばかりに突進し、カイトに襲い掛かる。先の夢想覇斬で斬り裂いた肩の反対側を破壊する。木偶(でく)人形のように吹き飛ばされる少年。

 それでも、宙に浮きながらカイトは魔法を発動していた。

 ティア・オル。アースグロウ。ガリオンタワー。

 数多の傷を即座に完治させ、さらに治癒を持続させる。その上で、幻魔法によって巨大な尖塔が出現する。無数のエネルギー砲をカシウスに向け放った。演習場は瞬く間に戦場と化す。

「──舐めるなぁぁ!」

 カシウスが激昂した。コンマゼロ秒で襲い掛かる、砲撃。並みの魔獣を簡単に屠れる爆発力を疾風の連撃で断ち切り続ける。

 尖塔が消失した頃、回復した少年を殺すために動く。リシャールすら置き去りにするような最速の接近だった。剣聖の実力は健在。

 傷は癒した、だが失った血液はまだ戻っていない。カイトの動きは緩慢だ。避ける術はない。

 なら、避けなければいい。

「──させませんよ」

 白い波が拡散する。

 カシウスの攻撃が、身体が、薄暗い檻に阻まれた。直後檻に纏う重力場と濁流、水刃。

「なっ」

 突進が殺される。それは既存の導力魔法には存在しない現象。それを成したのは、少年に他ならない。

「……何をした」

「魔法を()()()()……それだけです」

 アースガード。ダークマター。グランシュトローム。

 アースガードは受けた最初の攻撃のみを抑え、その後吹き飛ばされた衝撃などは防げない。だからそれを──自分ではなく敵であるカシウスに発動する。そしてそのカシウスにダークマターとグランシュトローム──発動時間の長い攻撃魔法を仕掛ける。

 カシウスを、絶対防御の檻の中に閉じ込める。言うなれば地の牢獄(アースプリズン)

 そして、セラスを発動する。全身の血管収縮や組織の興奮を促す身体活性の魔法。あと少しの時間だけでいい。体を無理矢理に動かせるように。

 ダークマターとグランシュトロームが収まり、カシウスが突破してくる。緋空斬を躱し、連続で放たれた紅葉斬りの斬撃を受けてしまう。

 血走る眼はお互い様。絶え間ない連続攻撃、そして連続魔法。互いに憎ましく思う。

 カイトは転がり回転し、白い波を纏って今度は一つの弾丸を込めて放った──ハウリングバレット。

 その爆発を避け、カシウスはカイトの脚を狙う。カイトも避ける。身のこなしはさすがの一言。

 近距離。カイトの拳はあっさりと掴まれ、大きく投げ飛ばされる。それでも魔法は止まらない。

「──駆動」

 エアロストーム。マグナブレイズ。グランシュトローム。

 それはこれまでの同時発動とは違った。風・火・水というそれぞれ異なる属性の魔法。濁流が熱せられ水蒸気へ──熱と水、風の刃が全て、竜巻によって一瞬で膨張し拡散する。

「ぐぅお……!」

 音速を超える爆発力の前には、さすがのカシウスもダメージを受けた。熱気、風の刃、苦痛。

「さすが……お前の魔法は驚かされる、カイト」

 遠く、距離を取ったカイトに向けて口角を引き上げた。

 カシウスはカイトの戦いを直接見たことがなかった。だがトロイメライやリシャールとの三つ巴、ヴェスティア大森林でのテロリストとの攻防、中枢塔や影の国での顛末──他の仲間たちも含めて、戦いの様子は聞き及んでいた。

 エステルの戦術オーブメントを用いて魔法を扱えたこと、《並戦駆動》という超高難度の駆動法を扱えること。これはもう、魔法における稀有な才能という他にない。カシウスのような武術における理とも、剣帝の修羅とも異なる……けれど少なからず両者と重なる縁を持つ力だ。

 エステルの旅路に食らいついていき、やがては故郷から離れて世界へ飛び込んだ。そんな少年だ。必ず大成するとは思っていた。

 それがまさか、複数の戦術オーブメントを同時に駆動するなんて荒業までやってのけるとは。

「そんなものは俺でもできない。間違いなくお前は天才だよ」

 そもそも導力技術自体が五十余年、戦術オーブメントの開発となればさらに最近だ。戦術オーブメントの世代も最新で第五世代。扱う人間も限られ、『戦術オーブメントの同時使用』は研究対象ではあっても実践者はいなかった。カシウスはそう記憶している。

 導力技術の発達によって明らかになった、カシウスとは異なる逸材。

 そんな自分への誉め言葉。カシウスは笑っていたが、カイトは努めて冷静だった。

「天才でも、資質に過ぎません。それが資格足り得るかを見極めるための戦い……でしょう?」

「ああ、その通りだ……!」

 疾風、絶え間ない連続攻撃。アースランス、ファイアボルト、ルミナスレイ、ブルーインパクト、スパークル、ソウルブラー……瞬間的に駆動できる初級魔法を雨霰と乱発して対応する。

 戦場が様々なエネルギーで溢れかえる──その中をカイトは疾駆した。一対一で、カシウス相手にフェイントが通用するはずもない。それでも、縦横無尽に動き回ることで敵を翻弄し、絶え間なくアーツを敵にぶつける。それがカイトの戦いの真骨頂だ。霧や時の波動によって揺らぐ視界の中で、カイトは再びクロックアップとクロノダウンを同時に発動した。その上でラグナヴォルテクス──雷の大砲をカシウスへぶつける。

 電撃を浴びるカシウスは、殺気をさらに膨れ上がらせていた。カイトによる上級魔法。それはカシウスにも確かにダメージを与える。致命的とはならない。時に剣気で魔法を抑え、斬撃で魔法そのものを切り刻み、体裁きで魔法を躱す。剣聖はやはりリベールの守護神であり、英雄の代名詞。

 ただ、確かなのは……カイトの致命傷を辛くも避ける戦いと、三種、三方向からの──あるいは絶え間ない魔法の連続。そして時に魔法の複合は、これまではまったく異なる現象を打ち出している。

 カイトは、勝てなくとも間違いなく剣聖と渡り合っている。いつかのリシャールのように。

 アルテアカノン、巨大な神のごとき巨大な掌から破壊の光線が降り注ぐ。それをカシウスは避け、緋空斬で掌そのものを吹き飛ばした。既にその頃にはカラミティブラストの駆動が完成していて、黒い稲妻が演習場を焦土と化していく。

「カシウスさんは、理に至った達人だ。だからオレが勝てるなんて思ってない」

 カシウスは稲妻の中を駆け、カイトに狙いを定め肩から足までを真っ二つに両断した。疾風の速度で放たれた業炎撃。しかしそれは幻影──アクアミラージュによって水中のように自分を揺らめかせ、ホロウスフィアによって姿を消したカイトの囮だった。ご丁寧にアースランスを用いて実体があるかのように見せかけて。

「でもこれは貴方を納得させるための戦いだ。オレが不可能を可能にするための試練」

 カラミティブラストが解けた頃、戦場には新たな影が。カラミティエッジによる死神の大鎌がカシウスの喉元に迫り、頭部を跳ね飛ばす。しかしそれも囮に過ぎない。カイトの魔法とは違い、純粋な残像だ。

 本物のカシウスはカイトの後ろに迫っていた。一撃を仕掛ける。それを──カイトはアルテアカノンとアトラスハンマーの組合せによって抑える。天から放たれた波動が、集積しつつあった岩石を破壊し、石礫を散弾のように張り巡らす。たまらずカシウス自身、逃れるほかない。

 カシウスもカイトもダメージを受けた。絶え間ない激震が収まる。

「だから、正面切って受けてください。カシウスさん」

「……」

 カイトも、カシウスも、ここまでの攻防で理解していた。剣聖であるカシウスは、カイト一人など歯牙にもかけない実力を持つ。《並戦駆動》と《多重駆動》を持つカイトは、絶え間ない魔法で自分の隙を見せない。

 この戦いは、終わらない。

 けれど、この戦いの本懐はカイトの《力》を測るもの。

 だから。

 

「──オレの《最後の》攻撃を……!!」

 

 カイトはあえて、仁王立ちとなって魔法を駆動させた。

 少年を中心に膨れ上がり、風に乗って空へと泳ぐ、何色にも穢れることのない純白の奔流。

 使用するアーツの位によって鮮やかさを増す駆動時の波。それらが合わさった白色が、強く輝きを放っている。

 そして少年の瞳を見て……カシウスは笑った。

「これで、決着をつけるか。行くぞ……!」

 周囲の気がカシウスへ収束する。演習場の空気を熱し、大気を焦がす。《麒麟功》の黄金の輝きと交わり、金赤色のスパークが弾け飛ぶ。

 カイトの脳裏によみがえる影の国の光景。あの時目にした《鳳凰烈波》が、カイトただ一人に、棍ではなく八葉一刀流の奥義として放たれようとしていた。

 

 ──我が理は無にして螺旋──

 

「受けてみろ、カイト」

 カシウスが二連。斬撃がカイトの両側を駆け抜ける。消失しないそれは不死鳥の両翼のような軌跡をたどり、カイトの両側への退路を断った。

 すぐさま体を回転、螺旋の一撃。うねりながら上昇、カイトへと向かい降りる衝撃波は、鳳凰を象り赤く輝く。

 そして自ら生み出した鳳凰と共に、太刀を後方に構えながら大地を駆け向かってくる剣聖。

 カイトも座してそれを見はしない。琥珀の輝きを弾き飛ばしながら、白の奔流が収束した。

「複合アーツ……」

 大地が光り激震する。カシウスの奥義の範囲をさらに包み込み、輝き吹き出す奔流が。そして、鳳凰の進路を防ぐように生じた白虹色の超巨大なエネルギー。

 カイトが叫んだ。

 

「プレッシャー……エクスプロージョンッ!!!!」

 

 カシウスの脳裏に蘇る、リベールの古代竜。彼が眠る前に剣の修行として挑み、その時に放った、空間を操り暴虐する古代の魔法。

 空間が一気に膨張する。恐らくは第四世代の空属性魔法(テンペストフォール)を中心に、暴虐の魔法を組むことで生じる始原のごとき超新星爆発。

 それでも、カシウスはカイトの魔法に飛び込んだ。

 試練として、剣聖として。カイトを試し、全てを斬り拓くために。

 

「鳳凰──烈波ぁぁぁあ!!!!」

 

 鳳凰と共に、カシウスは夢想覇斬を扱う。『無にして螺旋』を体現した、まさにカシウスの軌跡たる奥義が。衝撃波と閃撃を、同じ一撃としてカイトに──カイトの魔法にぶつける。

 二人の奥義が衝突した瞬間。

 三秒の無音の後、鼓膜を貫く轟音。

 レイストン要塞が激しく揺れ動いた。ヴァレリア湖の水面を激しく揺り動かした。要塞内にあったありとあらゆる固定されていない備品が吹き飛び、壁に散らばった。

 演習場は、もう誰も何も見えない。硝煙に炎に吹きすさぶ風に土煙。呼吸さえ、まともにできはしない。上空にはきのこ雲が形成され始める。

 爆発に次ぐ爆発。風圧に次ぐ風圧。それらが要塞を覆いつくした。戦いを見守っていた一般兵士の中には気絶する者もいた。シードまでもが爆風に耐えきれず、膝をついて腕で顔を覆った。

「確実にツァイスの人々が驚いてるぞ……!」

 過去、未熟な遊撃士だった少年がカシウス相手にここまでの立ち回りをするとは思わなかった。シードは驚きつつ、現実的な言葉を洩らし、未だ煙が晴れない戦場の中心部を見据えた。

 十数秒がたった。

 誰も見ることができないそこには、傷だらけで軍服も腹部と大腿部が大きく破れたカシウスがいた。

「……っ! 流石に効いたぞ……」

 いかに剣聖であっても、あれだけのエネルギーを浴びて無傷ではいられなかった。加えて大技の余韻が残り、息を切らしている。

「カイトは……どこだ?」

 試練として殺すつもりでかかる。それでも、鳳凰烈波の一撃はカイトのアーツに向けて放たれた。それでもカイトは斬撃の届く範囲にいたうえ、巻き起こった爆発がカシウスと同じように襲いかかったのだ。正直、無事でいるとは思えない。

 カイトの覚悟。荒ぶった、疲弊した気が感じられない。気絶でもしたのかと結論しかけたその時だった。

 突然の銃撃が二発、カシウスの顔面と太刀を持つ手に向かってくる。

「くっ!」

 驚きと疲労が、剣聖の反撃を銃撃のみに限定させた。次いで煙の中から現れた拳に対処した直後、カシウスは現状を把握した。

 体術に負けはしない。けれどカシウスも疲労していた。カイトと違ってセラスは使っていないから、動きは確かに鈍っていた。

 数秒後。カシウスは敵の脇に太刀を突き付けて動作を終える。

「プレッシャーエクスプロージョン……レグナートの魔法の再現だ。三つの戦術オーブメントの複合かと思ったが」

 やっと視界が晴れてきた。そこには煙に全身を汚しながらも無傷で、カシウスの喉元に双銃を突き付けたカイトがいた。

「まさか、敢えて二つのオーブメントを合わせて、残りの一つで完全防御を同時発動するとはな」

 カシウスの言は当たっていた。

 放った魔法は、エクスクルセイド、テンペストフォール、そしてアダマスガード。

 カイト自身の魔法が強力であるが故に、二種の空属性魔法はそれだけで破滅的な威力を持っていた。カシウスの攻撃のエネルギーも合わさって、先の天変地異となった。

 カイトは、カシウスの初撃をアダマスガードによって防いだ。技名を叫んでカシウスの記憶を刺激して、三種の複合アーツと誘導させるために。『最後の攻撃だ』と、奥義であることをほのめかして。

 当然、爆風の衝撃までは防げない。けれどこれだけの攻撃の後なら、土煙に紛れて少しでも回復し、()()()()()()()その場に留まるであろうカシウスの背後に回り込むことができた。

 カイトは呟く。

「オレはきっと、百回戦ってもカシウスさんには勝てない」

「……」

「オレの隣には、今誰もいませんから。けど千回挑んだなら、一度ぐらいは負けないでしのげる」

 両者はともに相手の死路をとっている。互いに動かず得物を構えたままだ。

「不可能を可能にする。カシウスさんはその象徴としてオレに向かってきた。でも勝ち方とか、カシウスさんが剣聖であることとか、本気で来るとか……そんなことはどうでもよかったんだ」

 奇跡みたいな出来事は、いつだって地道な努力と、縁と絆によってなされる。それはエステルたちが証明してきた。カイトもそれをよく知っている。

 リベールの異変。影の国事件。黒の競売会(シュバルツオークション)。Ⅶ組の各地での実習。人一人で成し遂げたことなんて、一つとしてない。

 だから、影の国でカシウスと戦った時のように──勝つ必要なんて、どこにもなかった。

 証明するのは、心構えだった。

 必ずしも成功する保証のない、求めるもの。そのために、自分の銀色の意志を胸に、仲間や自分の力という金色の翼をはためかせて、進んでいくという心の軌跡。

 なんてことはない。これまでも、ずっとやってきたこと。

 戦いの前、カシウスは言った。

 

『証明しろ。過程ではなく、結果を出すことで』

 

 技術が今飛びぬけたわけではない。心の在り様に気づけても、それで勝ちとなる夢物語ではない。

 それでも。カシウスと互角を演じたという()()は今、ここにあった。

「オレは今、結果を出せたと思います……どう、ですか?」

「……ふふ。もともと『俺に勝て』とは言ってないさ」

 カシウスが笑った。殺気が消える。太刀を収める。

「ずっと未熟で、誰かに守られてきた。悔しさを胸に、それでも諦めずに進んだ……国を超えた数多の旅を経て、お前の軌跡はお前だけのものになった。お前にしか生み出せない力だ」

 戦いは終わった。カイトは耐えきれなかった。膝の力が抜けて、腰が落ちる。

「帝国もクロスベルも、間違いなく難所だ。けれどお前のその力……いや、力を生み出す軌跡を忘れずにいれば。諦めなければ、必ずや勝機は見える」

「それじゃあ──」

 カシウスがカイトに、手を差し伸べた。

「依頼主がここまで大立ち回りを演じて互角だった。お前の言い分を否定もできんさ。言って来い、お前の護りたいもののために」

 

 

────

 

 

 カイトとカシウスの大立ち回り。レイストン要塞の被害は尋常ではなかった。

 要塞内は広く、結果生じたのは外の備品の破壊、発着場の飛行艇の点検、荒れた演習場の舗装、気絶した兵士の介抱等々──カシウスが自分の責任において起こした仕合なのは確かだが、後日モルガン将軍から苦言を呈される程度には後々に響いた騒動だった。

 何より、カイトもカシウスも丸一日疲労や傷の回復に回ることになった。カイトに至ってはカシウスの太刀によって少なからず失血していたから、その血を戻すにはどうしたって時間がかかる。

 カイトは、カシウスがどうあがいても数日は自分をリベールに留めるつもりだったのだと、後々気づくこととなった。

 そして一夜明けた。十一月一日。カイトはまだレイストン要塞で療養中だが、そこでもクロスベル・帝国入りに向けてできることはあった。

 レイストン要塞の司令室。

「さて……改めて、お前に依頼する『帝国内での情報収集』について、詳細を説明するぞ」

「はい」

 カイトは頷く。目の前には、執務机に座るカシウスがいた。

 カイトはただ帝国に行くのではない。カシウスの依頼によって動く遊撃士でもある。以前カシウスからこの場で依頼を頼まれたときは、クローゼとの関係もあって頭に入らないことも多かった。ジンやアネラスがいて助かったとも言える。

 今回は、カイトが遊撃士としての責任の全てを持つ。もちろん、この数年でカシウスからの依頼を受けるだけの実力は得ている。

「ま、半年ぶりの遊撃士の依頼ですから。しっかり聞かせてもらいます」

 軽く冗談めかして笑って、カイトは後ろを振り向いた。

「ところで……なんでリシャールさんがここに?」

 そこにいたのは、言わずもがな。R&Aリサーチ所長、アラン・リシャール。

 カイトは依頼の主催を聞くためにこの司令室を訪ねたが、その時、既に司令室にはカシウスと共にリシャールがいたのだ。

 リシャールは穏やかに笑った。

「カシウス准将から依頼を受けているのは、遊撃士だけではないからね」

「ってことは、R&Aの人もゼムリア各地に……?」

 以前からカシウスの依頼で様々な地域に派遣されているとは聞いている。加えて七月にはリシャール自身が帝都にいた。

「お察しの通りだ。君の依頼にも関わることだからね。同席させてもらうよ」

「なるほど……リシャールさんと一緒に戦えるんですね」

「影の国のように直接隣で、というわけではないがね。だが君をはじめとした《仲間たち》と肩を並べるのも二年ぶり……腕が鳴るというものだよ」

 自然二人が握手をする。

「昨日は准将相手に互角の戦いをしたと聞いた。リベールを護る翼としても心強い」

「搦め手と裏技でズルしたようなもんですけど。本気で真正面から斬り結んだリシャールさんの足元にも及びませんよ」

「私も似たようなものだよ。本気で准将に勝てるとは思っていない」

「まったくお前らと来たら、結果を出してる癖に謙遜しやがって……」

 カシウスは咳ばらいをした。元後輩と後継者、それぞれがカシウスに向き直る。

 そして、依頼内容を告げた。

 

「繰り返しになるが、カイト。お前に頼みたいのは帝国内の情報収集──特に革新派と貴族派、それぞれの動向だ」

 

「革新派と貴族派……二大勢力ですね」

 カイトは頷く。

 ただでさえ様々なものがリベールよりも勝っている帝国だ。平時で情報収集を目的に動くことは困難を極めるのだろう。その前提で行くとリシャールの行動は全力で矛盾しているが。

 現在は内戦下。リベールの諜報員を除けば、カイトは確かに動きやすい。それでも危険であることには変わりはないが。

「革新派と貴族派……それぞれ情報を集める理由は?」

「開戦の狼煙を上げたのが貴族派とは聞いている。だが相手は鉄血宰相……二年前にはリベールにも手を伸ばしかけた時代の傑物だ」

「それは……もちろん」

「クロスベルの通商会議で、共和国大統領(ロックスミス大統領)と共にクロスベルを搾取しようと手を回していたのも聞いている。暗殺されたとしても……彼が残した火種は革新派に広がっているだろう。無視はできん」

「だから……革新派の情報が欲しいと」

「ああ」

 実際、鉄血宰相は軍の七割を掌握している。あの炎に当てられ、宰相の仇を討つためにと動いている兵士は多いだろう。

 加えて、鉄血の子供たち(アイアンブリード)もいる。

 氷の乙女(アイスメイデン)かかし男(スケアクロウ)白兎(ホワイトラビット)

 クレア大尉は、鉄血宰相に敬意を持っていたように感じる。レクター大尉とミリアムが、鉄血宰相が暗殺されただけで己の役目を放棄するようには思えなかった。

 カシウスの言った通り、鉄血宰相の火種は残っている。

「知りたいのは帝国正規軍の動向だ。情報を盗めとは言わん。正規軍が現在敵対し警戒しているのが本当に貴族派だけか──その分布を探ってくれ」

「この先正規軍が勝利した……その牙が周辺諸国へどう向かいうるかを予測するため、ですね」

 カシウスは頷いた。

 帝国を旅し、仲間たちと合流する中で、少なからず正規軍と接触する機会はあるだろう。目下敵対しうるのが貴族派である以上、それこそクレア大尉や、エリオットの親──赤毛のクレイグとも協力するかもしれない。

 犯罪は起こさない。あくまでどう動くかを調べる、それだけでいい。

「もちろん、正規軍が勝つだけが可能性ではない。貴族派の情報も必要だ」

 カシウスは一息ついた。

「具体的には四大名門筆頭のカイエン公爵、及びカイエン公爵家の動向。あるいは、もし貴族派内で序列に変化が生じるなら、その可能性も探ってほしい」

 暴力的な手段に出ていることに加え、帝国正規の組織ではないからだろう。カシウスの指示もどこか鋭利に聞こえる。

「場合によってはカイエン公爵の情報だけでいいんですか?」

「もちろん、情報は多いに越したことはないが」

 リベールと国境を接するサザーラント州のハイアームズ侯爵。カイエン公爵と序列争いをしているというアルバレア公爵。北方にも通じるノルティア州のログナー侯爵。それぞれ情報を得る価値はある。

「だが現状、貴族派を動かしているのは筆頭たるカイエン公爵……その動向を知ることが大前提だ。仮に貴族派が帝国の実権を握った場合、再びリベールへ侵攻することはあり得る」

 司令室の空気が変わった。カシウスの言葉の後、リシャールがカイトを見た。

「カイト君。百日戦役で帝国軍が投入した戦力について、どこまで知っているかね?」

「いえ、全然……」

「帝国正規軍であるのは間違いないが、当時はまだ貴族派の影響を受けた師団もあった。騎士階級や男爵家をはじめとした下級貴族が率いた部隊も多かったのだ」

「……え」

 内戦を始めた貴族派。ワイスマンが明かした後がない主戦派。

 いやな妄想が頭をよぎるが──

「あくまで、元大罪人の情報さ。客観的に受け止めてくれるとありがたい」

「は、はい」

 いずれにせよ、得るべき情報は。

 

・帝国正規が警戒する貴族派以外の存在

・四大名門筆頭カイエン公爵の狙い

・貴族派の主導権を握ろうとする何者かの存在

 

 これらに集約される。

 カイトは内容を咀嚼した。

「そしてこれらの情報を掴んだうえで、帝国内のR&Aリサーチの社員と合流してほしい」

 合理的な内容だ。先の会話からも、リシャールの部下が既に帝国内にいることは理解できた。リシャール曰く、内戦下でR&A社員──元情報部特務兵が動きにくくなっているのも事実だという。故にカイトを頼り、独自の連絡手段を通じてカシウスに情報を提供するのだ。

「……わかりました」

「それと、クロスベルの情報も提供してもらえるとこちらとしては助かるな」

「あれ? さっきの話だと、クロスベルにも社員さん派遣してるんじゃないですか?」

 リシャールが首を振った。

「社員がいるのはクロスベル市内──今はクロスベル市を中心に結界が生じて、一切の連絡が取れなくなっている。市外の情報は提供されるに越したことはないのでね」

「なるほど……」

 クロスベル市内のリベール諜報関係者。果たして、それは自分がこれまでに接触したことのある人なのだろうか。

 いずれにせよ腕が鳴る。遊撃士として、これまでで最も難易度の高いミッションかもしれない。

 カシウスが手を叩いた。

「さて……それでは、次だ」

 次の話題。

 それは、依頼内容の説明に続く重要な事柄だった。

 

「お前がクロスベルを経由して帝国へ向かうルート……それを話し合うとしよう」

 

 

 







次回、inter mission②のラストになります。

87話 11/1:激動の時代を

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