人形兵器の一体一体は、二人にとって大した敵ではない。ただ、数が多すぎる。それに本来の目的は民間人の安全にある。その民間人自体が、この極限状態において冷静でいられるはずがない。これはカイトたちにとっても少なからず目的達成を遠くさせた。
どちらにせよ、カイトたちは人形兵器を無力化し続けるしかない。
「そろそろ……刃こぼれしちまうっつーの!」
ルークが斬月を応用したカウンターでファランクスを切り刻む。即座にカイトが白い波を拡散させた。闇にあって光っていたカイトが消えると、直ちに三つの光源が代わる代わる現れた。
プラズマウェイブ。ゴールドハイロゥ。シルバーソーン。翠、金、銀という三つの光が拡散し、それぞれの魔法が相乗効果となって溢れる。
圧縮したエネルギーが一気に拡散し、一種の嵐を巻き起こした。シャオリンや他の遊撃士が民間人を避難させてくれている。そうして人もまばらな空間にならなければ、カイトも大規模な魔法を使えなかった。
辺り一帯の人形兵器はあらかた倒し切った。その頃には、二人とも息を切らしていた。
「くそっ……数が多すぎるって。結社、どれだけ開発してんだよ」
ルークの予想通り、人形兵器を使役しているのは結社ではなくそこから購入したテロリスト。それにしては膨大な資金を持っているようにも感じる。そう判断できるくらいには、カイトとルークは二人で人形兵器を倒し続けた。
それでも、見えぬテロリストはまだ戦いを終わらせてくれない。
再度、爆発音。それにガラス片が飛び散る残響。
二人して振り返る。やはり人形兵器。けれど、共和国入りしてから相対したどのシルエットとも異なる。
たった今、そいつはビルから窓ガラスを突き破って降りてきた。四つのガトリング砲を備え付け、空中を浮遊する陸戦兵器。戦車には劣る体躯だが、それでも人間と比べればあまりにも巨大な威容。
ルークが苦笑した。
「ベイルアバッシュ。王都を蹂躙しやがった奴か」
戦火の王都を思い出す。中型・小型のように一撃で屠れはしない。
それでも戦う他ないのだ。
カイトとルークが各々構えた。
ベイルアバッシュが砲身を二人に構えた時、その背後に重い衝撃が襲い掛かった。
「助太刀助かったぜ、お前さんたち」
攻撃の主は、背面から突進する鉄山靠を仕掛けた、熊のような大男だった。
味方。けれどまさかの人物に、カイトは驚くしかない。
「なっ」
男はそのまま正面を向く。揺れるベイルアバッシュに対し、すぐさま踏み込んで肘の一撃を食らわす。
さらに、とどめの正拳突き。
「──天魁拳」
静かな一撃。にも関わらず、一瞬のためを生んだ攻撃は、先のシャオリンの掌底よりもずっと破壊的な結果をもたらした。ファランクスよりもずっと重いベイルアバッシュを、完全にショートさせ、破壊し、ひしゃげさせる。そのままコンクリートの道路に削り跡の軌跡を残しながら、やがては欄干を破壊して川に落ちていった。
再度静寂が訪れる。新たな乱入者の気配はない。
「ふぅ……一段落だな」
カイトたちを助けた大男は、一汗かいたように腕をぬぐった。白と黒が映える東方の武道着を身に纏い、無精ひげが似合う彼は豪快に天を仰いだ。
振り向く大男に、カイトは笑みを抑えられなくなる。激動の時代。失意の中、帝国を後にすることになった。クローゼに続いて二人目の、かつて冒険を共にした大切な仲間たちとの再会だった。
大男──A級遊撃士ジン・ヴァセックは、リベールや帝国を旅した時と変わらない頼もしさがあった。
「お久しぶりです──ジンさん!」
「おう、久しぶりだなカイト。また会えて嬉しいぜ」
「こちらこそです! いきなりジンさんに会えるなんて!」
「ははっ。お前の活発さも変わらないらしい。だが……」
ジンは辺りを見渡した。人形兵器の残骸。全て、カイトとルークが二人でなしたことだ。
「あの時より、もっと頼もしくなったな」
ジンはカイトの肩に手を置いた。情報部のクーデターから、リベールの異変まで。ジンはどれだけ少年の迷いを見て、そして導いてきただろうか。
今、カイトは紛れもなく一人前の遊撃士になって、意志と目的をもってジンの故国にいるのだ。
『いつか、俺の故郷でも一緒に仕事をしようじゃねえか。待ってるぜ』
安穏としていられる状況ではないが、それでも二人はいつかの約束を果たしたのだ。
嬉しい。それを二人は実感した。
ジンはルークにも向き直った。
「それにお前さんもいるとはな。確か……ルーク・ライゼンだったか?」
「へぇ、エルベ離宮で一回、しかも仮面で会っただけなのに。さすがはA級ってところか」
「あの時の戦いは俺にも印象深かった。忘れはしないさ」
ジンも元特務兵の現在を知っている。ルークがいても驚きはしない。ただ、それがカイトと一緒に、となると話は別だが。
「鉄道が動いているわけじゃないし、クロスベルなんてもってのほか。リベールから歩いてきたんだろ?」
カイトとルークは頷く。
「こんな時勢だが……歓迎するぜ。ようこそ、カルバード共和国へ」
────
一夜が明けた。まだ、バーゼル市街は緊張に包まれている。
カイトとルークは、ジンと共に職人街の遊撃士協会に顔を出していた。
「いきなり人形兵器が来たもんだから驚きましたよ。一体全体、どういう状況なんです?」
支部は閑散としていた。支部受付はいたが、ジン以外の遊撃士はいない。正確には、シャオリン他数名の遊撃士は既に市街へ出ていて、地元警察と連携して哨戒に当たっている。
「それで……昨日、シャオリンさんから《真なる憂士団》のテロだってのは聞きましたけど」
とにもかくにも、まずはお互いの持っている情報をすり合わせなくてはならない。三人は受付近くの机に腰を下ろした。
現在、このバーゼル支部でまとめ役を担っているのはジンだ。カイト・ルークと唯一旧知の仲でもある。話し合いをするにはうってつけの相手だった。
テロリスト《真なる憂士団》のテロ活動が、経済恐慌に乗じて活発化しているというのはわかる。しかし、首都でもない、リベールに近いバーゼルでいきなり出くわすとまでは思わなかった。それゆえのカイトの驚きだ。
ジンの方は、カイトがテロリストの名称まで知っていることに感心したようで。
「そういや、お前さん通商会議で奴らに出くわしたんだってな? キリカから聞いたぞ」
「キリカさん? あの人、今は《ロックスミス機関》の室長ですよね」
「ああ、そうだが」
「割と遊撃士とも仲良くやってるんですね。それとも、ジンさんと良い仲だから?」
「なっ……お前さんもそう言うのは止めろよ。ずいぶん食えなくなったらしいな」
「影の国の後も、クロスベルとか、帝国にいました。最近は遊撃士としての活動こそしませんでしたけど、ずっと戦ってきたつもりです」
「なるほどな、もう先輩後輩では話せんか」
「それでも、オレにとってジンさんは頼りになる先輩ですよ」
二人して苦笑した。
咳ばらいをして、ジンは姿勢を直す。
「改めて……共和国に存在するいくつかの都市の中でも、バーゼルはテロ活動が激しくてな」
《真なる憂士団》は、共和国における《反移民政策主義》を掲げる者の一派だ。
旧カルバード王国は、元々は帝国やリベールと同じく《西方人》が中心となり興した国である。だがゼムリア大陸の中央にあるカルバード共和国は、東からの移民を多く抱えている。
東方系移民──例えばクロスベルのツァオ・リーは東方の血を受け継いでいて、ジンも極東の文化に馴染み深く、またその血が混ざっている。
中東系移民──主に大陸南東に多く、またその人種による国家、エルザイム公国も存在する。
北部系移民──大陸北東、自然と共に過酷な環境を生き、独自の文化や価値観を持つ人々だ。移民というくくりとは異なるが、カイトにとってはノルドの民であるガイウスが馴染み深い。
共和国に元から暮らしていた白人系人種は、必然移民の波を前に危機感をあらわにする。共和国全体として移民を排斥してはいないが、それでも一部の過激派が存在する。それが《反移民政策主義》に他ならない。
ジンは顎をさすった。
「そうなるとな、そういった移民が多い地域で、テロが起きやすくなるのさ」
「共和国東部で、じゃないんですね? 東方移民なら文字通り東の方が人が多いと思いますけど……」
ルークがはっとする。
「なるほど……ハミルトン博士をはじめとした中東系移民が多いから、ってわけですか」
「察しがいいな、さすがR&Aリサーチ。その通りだ」
リベールのラッセル博士。帝国のシュミット博士。もう一人、導力技術の祖C・エプスタイン博士を師と仰ぐ三高弟がいる。
カイトは、その人の名前を口にした。
「ハミルトン博士……」
カイトはラッセル博士としか面識がない。シュミット博士とも未だ。
果たして、どちらと次に会うことになるのか。
L・ハミルトン。彼女もまた中東系移民の血を継いでいて、昔からバーゼルは中東系移民との交流も深かった。
それ故に、テロ活動でも破壊工作の標的となっている。
「昨日爆発があったビルも、ヴェルヌ社の支社ビルだ。露骨にそこを狙われたってわけさ」
IBCが資産凍結を宣言した10月23日から、まだ2週間ほど。どちらかと言えばジンたち遊撃士協会やキリカたち諜報機関の分析によるところが多いが、実際にその予想は当たってしまい、既にいくつかの都市でテロ活動が報告されている。
ジンは三つ指を立てた。
「特に被害が大きいのは、三都市」
まず、共和国中央、首都イーディス。移民政策を掲げる共和国政府の居城。
次に、共和国南方、煌都ラングポート。東方系シンジケート《黒月》の本拠地があり、また最も東方系移民が文化を形成している場所。
最後、共和国南西、工学都市バーゼル。つまり、この都市だ。
「オージュ峡谷の入り口に人形兵器が置かれていたのは?」
カイトが尋ねた。
「それは初耳だったからな。倒してくれて助かった。ま、斥候の可能性が高いだろう。『バーゼルにいる愚か者共を押し込んで、リベールからの救援を防ぐ』ための」
「てことは、俺たちが倒したせいでバーゼルのテロを過激化させちまいましたね」
「勝負は下駄を履くまでわからんさ。お前さんたちからすれば障害だったんだ。叩きのめす以外の選択はない」
「だといい、ですけど」
「さて、それじゃ次はこっちが尋ねる番だ」
ジンは手を合わせた。不動から見て、カイトとルークの実力は高い。その二人が、立場が異なるにも関わらず共に行動している。
「しかもカイト、お前は帝国の士官学校にいたんだろう? なのにこうして経済恐慌下の共和国に来てる。今はどこも自国のことで手一杯だから応援要請をしてないしな」
ジンたち共和国の遊撃士にしても、内戦が始まったという帝国の状況は伝え聞いている。
「その状況でお前さんたちがここにいるのは、当然興味しかない。なんといってもあの旅を共にした後輩もいる」
カイトはルークを見た。ルークは肩をすくめてみせた。
今回のカシウスからの依頼、機密性は高いものだ。だが同じ遊撃士でもあるし、ジンが言う通りカイトとジンは《仲間》だ。
「実は──」
カイトはジンに明かした。
カイトが帝国からリベールに帰ってきた理由。カシウスからの依頼内容。クロスベルと帝国への潜入を計画していること。そのために共和国を経由する必要があること。
「なるほどなぁ、ずいぶん高難度のミッションだ。このカルバードを素通りさせるとは。リシャールの旦那も、二人のことを信頼しているらしい」
一通りを聞いて、ジンは深く息を吐いた。
「今、共和国は平時通りには動けんぞ。数日前から、鉄道には規制がかかっている。ましてや、アルタイル市はクロスベルの隣だ。アルタイル市、首都イーディス、バーゼル、そしてその三都市を繋げるマルテ市も……この時期にそこを通過する人間が治安機構の監査を受けずにはいられん」
クロスベル独立国は、ガレリア要塞を消滅させた。これによって大陸横断鉄道は文字通りその分断されている。物理的に無事かどうかはともかく、アルタイル市‐クロスベル市間も同様。
そしてアルタイル市に軍師団が展開しているが、陸路での輸送手段は首都イーディスを経由した鉄道網だ。そもそも民間人の移動も大幅に制限されているし、その空白を共和国軍が利用しているわけである。
こうなると、カイトたちが簡単に鉄道を使えるわけではない。
「もちろん覚悟の上です。オレたち、徒歩や水路を使って移動するつもりでしたし」
「バーゼルを通る側の上流はクロスベル自治州にも繋がっている。そこを通るのはどうです?」
ルークが尋ねた。バーゼル、あるいはマルテ市から導力ボートでエルム湖に北上する経路だ。
「勧められんな。下流から上流、流れに逆らうことになるから陸路の方が速い。それに……何度かテロリストの潜伏場所として使われたこともある」
ルークはため息を吐いた。
「そうか……さすがにそこまでの情報はなかったな」
「はは、さすがに地元の遊撃士として負けられないさ」
「さすがは《不動》。カルバード共和国の重鎮ですね。確か部下たちのまとめ役として動いているとか?」
「後輩が優秀で助かってるだけさ」
ルークがわずかに情報網を披露している。カイトとしても知らないことだった。ジンはリベールの異変の後も、遊撃士として活動し続けている。
カイトは手を挙げた。
「だったら、何とかしてアルタイル市を正面突破になるかな」
ルークは返した。
「いや、折衷案がいいだろうな。時間を取られるのは避けたい。地図を見てみろよ」
「つまり、アルタイル市までは街道を通って、そこから先は川沿いを行くってこと?」
「そういうことだ。アルタイル市で何とか導力車とボートを手配して、共和国内はテロリストの目を、国境沿いは共和国軍の目を避けて──」
と、二人で方針を固めていく。その様子を見て、ジンは思わず吹き出してしまった。
カイトは困ったように笑いながら尋ねた。
「ジ、ジンさん?」
「いや、すまないな。なんでもないさ」
つくづく、若者の成長は著しい。
ジンが初めて出会ったカイトは、帝国への恨みを膨れ上がらせていた一人の少年に過ぎなかった。武術も半人前、そもそも準遊撃士ですらなかった。
実際、何度も何度も、カイトは自分の心の壁に打ちのめされそうになった。
それがどうだ。あの苦しい旅を乗り越えて、カイトは世界へと旅立って……こうして今、一人の遊撃士として大陸を股にかけて戦っている。
ジンは、少なからずカイトを気にかけてきた。ジン自身知る由もないが、カイトの帝国に対する感情を克服する最初のきっかけになったのが、ジンなのだ。
ジンは、ただ、嬉しいと思っている。
けれどそれに口を出すことなく、ジンは言った。
「アルタイル市から行くつもりなら一度イーディスによって遊撃士協会を訪ねるといい」
ルークは疑問を呈した。
「イーディスか。首都だと、一度アルタイル市から遠ざかることになるけど」
「それでもだ」
ジンの言では、今はアルタイル市付近からクロスベルに睨みを利かせるための師団が展開しているから、遊撃士でも紹介がなければアルタイル市入りすることや付近に行くことも難しいだろうということだ。
「アルタイル市の付近にも、ですか?」
「ああ。むしろ、逆襲を恐れてアルタイル市内よりもその郊外に展開してるんだ。その軍の間を通り抜けるには、共和国でも名の通った奴に頼るのが一番だろう」
「ジンさんは……難しいですよね、今頼るのは」
「すまんな。俺は今、抑止力としてここにいなきゃならん。それに、バーゼルの攻勢も続いているからな」
ジンは続けた。
「そうだな……エレインを頼れ」
「エレイン?」
カイトは繰り返した。覚えのない名前だ。そもそも、共和国人で知り合った人間自体が少ないのだが。
「エレイン・オークレール。まだC級だが、頭角を現している有望株の遊撃士だ。共和国の各地で活躍しているから、軍も耳を貸すだろう」
「なるほど……」
「支部を経由して、お前たちの力になるよう伝えておく」
次の方針はこうだ。
バーゼルから、街道を経由して首都イーディスへ。そこからエレイン・オークレールと合流、助けを借りつつアルタイル市に入る。そこからは、カイトとルークが思案したように、導力車とボートを使ってクロスベル自治州南、エルム湖に入る。
「ジンさん、ありがとうございます。色々助けてもらって」
「いいさ。俺とお前の仲だ」
「ですねっ」
カイトははにかんだ。けれど、目は真剣なままだ。
「それで、オレたちは何を手伝えばいいですか?」
「ん?」
「結局、バーゼルを出るにはテロリストの活動網を突破しなきゃならないですし……」
拳を合わせる。ジンと比べれば華奢な体のカイトは、けれど自信をもって続けた。
「遊撃士として、この状況で手伝えないのはちょっと後悔が残りますし。一発かましてやりますよ」
ジンとしても、頼るつもりではあった。カイトが快く応じるとも思っていた。
(そろそろ、二つ名がつく時期かもしれないな)
やはり頼もしくなったのだ。カイト・レグメントは。
「なら、手伝ってもらおうか。ルークもいいか?」
「ま……必要なことですしね。当然手伝いますよ」
「そうか」
ジンは立ち上がる。
「出発も早い方がいいだろう。さっそく、作戦を練ろうじゃないか」