心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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いやあ……長らくお待たせしました……


37話 翼の守護者たち②

 

 紺碧の波。水属性を象徴するその波は、まさに水底の揺らぎのごとく清涼で、そして力強い《何か》を秘めている。

 悪意ではなく、覚悟。純粋にカイト・レグメントが持つ、敵である自分たちを凌駕するという覚悟。

 殺気ではない。けれど、斧槍を振りかぶるルーク・ライゼンは、そこに悪寒を確かに感じた。

 ルークが並戦駆動というものを見るのは、これが初めてだった。それはおかしいことではない。この駆動法を()()()()こなす人間なんて、そうそういないのだから。

 眼前に迫る銃弾を難なくかわしつつ、しかし絶えず動き回る少年を視界から外すことはできなかった。小さな獣のように激しく動き続ける少年は、紺碧の波を尾のように引いている。

 二対一という、純粋に考えればルークとオルテガに優位な状況。にも関わらず、カイトは回避の一手を選択し、簡単には捕らえさせてくれない。

 オルテガが静かで速い柄突きを繰り出すと、カイトはその分だけ後退した。斧槍の勢いをそのままに回転させて放たれる斧刃の斬撃、それも側方に避けて受け流す。その大きな挙動を見逃さないルークだが、大振りの一閃はカイトの全身を使った斧身の柄弾きに食い止められた。余裕のない表情の少年だが、ルークの更なる追撃は広範囲に煌めく蒼の波に視界を遮られることで阻まれる。

 オルテガの流麗な、エステルにも劣らない斧槍さばき。そしてルークの苛烈な斧槍さばき。それらを少年は起動力を持って対抗する。

(そういや、《あの時》からすばしっこさだけは一人前だったな……!)

 ルークとカイトの、正面切っての邂逅は一度だけ。エルベ離宮開放作戦の時だ。

「来るぞ、ルーク!」

 オルテガのいつにも増して強い号令にハッとする。目前に構える少年に、拡散していた蒼の波動が収束する。ダイアモンドダスト、巨大な氷塊が頭上より出でて、周囲の熱気を瞬く間に奪っていく。

 かじかむ手、こわばる体を抑える。無理やりその冷気の場から離れるルーク。その眼前を、突風を纏った弾丸が切り裂いた。

「くっ、野郎……!」

 カイトが手にしているのは、それまで使っていた二丁拳銃ではなかった。それよりも大柄な、導力機構が見え隠れする銃だ。

 常に、冷静に、確実に兵士二人を追い詰めてくる。もう、そこに怒りにさらされるだけの少年はいない。

 身体能力や数字的な実力そのものは、カイトは特別秀でているわけではない。だが並戦駆動というアドバンテージと、そしてオルテガとルーク以上の強敵たちと戦い抜いた経験が、少年の《生きる力》ともいうべき感覚を研ぎ澄まさせている。そして、その激戦の数々は少年の心の在り様もまた変えたのだ。

『オレだって戦争は憎い! あの時オレの両親を殺した、帝国が大っ嫌いだ!!』

 はっきり、帝国を恐れて行動クーデターを起こした自分たちと同じ呪詛を振り撒いた。

『あんたらの覚悟がどれだけ凄くても、オレたちはあんたたちを倒さなきゃならないんだ!!』

 それでも。少年は身を割くような相反する感情に駆られても、決して諦めるとこなく向き合い続けたのだ。

 ルークが雄叫びを上げて、カイトへ向かう。カイトは即座に琥珀の煌めきを拡散させた。

 大部屋の床とは似ても似つかない、硬い岩の槍がせり上がり、ルークの勢いを殺す。その隙にカイトはオルテガに向き合い、正面から二丁拳銃を乱射した。オルテガは回避を余儀なくされ、さらに近づいたカイトと斧槍以上の近距離戦を始めることになる。

「さすがだな、少年。もう、港で戦った時のようにはいかないか」

「そうだよ、オルテガ・シーク。オレはここまで強くなれた。信じてくれた甲斐はあったか?」

「ああ、この上なくな」

 カイトの拳がオルテガの胸を打ち据えた。決定打ではないが、老兵は確かによろめく。

 ここまで変わるのか、とルークは舌を巻いた。エルベ離宮の時、カイトは奇襲を除いては二人になんの痛手も与えられなかったのに。

 疑問と、少しの悔しさをにじませて、ルークは口を開いた。

「教えてくれよ、カイト・レグメント」

「……なんだって?」

「今はもう、祖国に刃向かおうなんて思わねぇ。一生を賭けて罪を償うって、女王陛下の御恩に報いるって決めたつもりだ」

 それはルークが……()()()()()()が持つ想いと同じだ。

「それでもな、心にしこりは残るんだよ。『どこで間違えた?』って。『本当にこれが正しいのか?』って」

 ルークには、憧れがあった。目標と、希望があった。

 王家に反逆を企てること、そこに含みを感じつつも、結果としてルークは情報部の一員となった。ルークが、恐らくはリシャールの計画に参加するだろうということを見越してリシャールが誘った、というのもある。

 オルテガの隣に立つようになったのは、確かに得意とし、扱う武器が同じ斧槍だったからというのもある。だがそれ以上に二人を並び立たせたのは、二人の呼吸を合わせたのは、二人の境遇故だった。

「なぁ、教えてくれ。このうずきを消すのに、俺は何をすればいい?」

 オルテガは、百日戦役で家族を失った。そして、それはルークも同じだった。

 あのオルテガさんを変えたお前なら、判るのか?

 空気に乗らない疑問。だが、かつて王都の港でオルテガと心をぶつけ合ったカイトだけが、その問いの意味を理解できた。

 おそらく他の者たちが聞いたとしても、判らなかっただろう。

「……正解なんてない」

 今、カイトはブルーインパクトの水槍と魔導銃の炎の弾丸を順に放ってオルテガの姿勢を崩し、最後に体術でオルテガの斧槍を弾いて見せた。奇をてらった攻撃でも、オルテガが動揺したわけでもない。苦戦しつつも純粋に、ルークを牽制しつつオルテガを制したのだ。

 これが、今のカイトの嘘偽りのない実力だった。

「正しい道を選ぶんじゃない。選んだ道が正しいと思えるように頑張るんだ」

 カイトはルークの身の上を知らない。オルテガのことは港の戦いで聞いたが、それだけだ。

 それでも、カイトは自分の言葉の選択に一切の迷いを見せなかった。

 オルテガを諭したのと同じように、カイトは半ば夢中になって言葉を投げかける。

「一人が寂しいのなら、隣を見ればいいんだ。きっと、誰かが手を差し伸べてくれる」

「……そうか」

 オルテガが膝をついた直後、ルークは三度カイトに接近した。

 その苛烈な斧槍裁きを、カイトは紙一重で避け……そして懐で魔導銃を炸裂させた。風属性の弾丸、それはいつかのエアストライクのように、無防備な人間を打ち据えて、そして地面に伏せさせる。

 一瞬の静寂の後、ルークは腹をさすりながら苦笑いを浮かべた。

「ああ、くそっ……こりゃ、所長に鍛え直しててもらわないとな。最近、事務仕事で手一杯だったんだ」

「なんだ、それ。言い訳はないよ、オレの勝ちだ」

 カイトの面白おかし気な声には、オルテガが返した。

「ああ、そうだな。今度こそ、完璧に負けたよ」

 カイトは即座に他の仲間たちを援護しようと、踵を返す。本当に油断というものをしなくなった。

 その背に向かって、ルークは言葉を投げかけた。

「いつか本物の()に会ったとき、同じことを伝えてくれよ。俺は覚えているか判らねぇからな」

「……判った。けど、隣に立つことなんて、あるのかな」

「あるだろ。少なくとも、一度は結社相手に共闘したんだからな」

「あ、そっか。でも、今二人はどこにいるのさ?」

「そういや、今の俺たちのことを言ってなかったな」

 視界が白くかすむ。それは自分を中心に光の陣が現れたからで、どうやら自分たちの役割も終えつつあるようだ。

 人の想念が反映され、そして自分たちは駒として呼び出された。それほど長くない攻防だったが、勝敗を決した、と判断されたのは何よりオルテガとルークの心境によるものだった。

 オルテガの助けを受けて、ルークは何とか立ち上がる。そして、立ち止まるカイトを見た。

「《R&Aリサーチ》顧問、オルテガ・シークだ」

「同じく《R&Aリサーチ》の社員、ルーク・ライゼンだ。依頼があったら、特別割引で対応してやるよ」

 真っ白に染まる視界と、夢幻に消えるような思考。

 もうすぐ、この世界から消える。けれど怖さも何もない。カイトの実力を、肌で感じることができたから。

 消えゆく意識の中で、カイトの頼もし気な声だけが響いた。

「判った。その時は、よろしく頼むよ」

 

 

────

 

 

 大部屋の中心で、まるで地獄絵図のように、大氷山が顕現する。コキュートスの魔法は先ほどカイトが生み出した氷塊など一笑に付すような大きさだ。それらは、未だ激闘を繰り広げるモルガン、ブライト姉弟、リシャールたちに影響を与えようとしていた。

 それを、再び顕現したロアの魔槍が、完膚なきまでに砕き散らす。

 先ほどから、ずっとシードが何かを画策してはケビンがそれを防ぐ、の繰り返しだった。単純な戦闘の実力はケビンに軍配が上がるが、組織単位での戦術眼は間違いなくシードが上。ロアの魔槍をはじめとして大きな攻撃力を持つケビンとしては、それが一つの有効な作戦だったともいえる。

「なるほど。一対一では勝てずとも、仲間を信じて互角に持ち込んだ君の勝ちか」

 ケビンの奮闘によって二対一の状況を保ち、その実力を持って正面から特務兵二人を制した少年が今、ケビンの隣にやってきた。カイトは、その身に風色の波を纏いつつ、魔導銃を構えて残る戦線に影響を及ぼす。

 シードは確信した。エステル・ブライトをはじめとする仲間たちは、この一年間の旅路を経て、リベールの英雄と呼ばれるに相応しいほど成長した。自分たちも軍人として簡単に負けはしないが、彼らの実力は本物だ。試練ではなく、自分たちは障害、と言うべきなのかもしれない。

 シードとしては、モルガンと違ってエステルたちに対する実力の不安はない。単純に影の王によって、立ちはだかる試練の一つとしてここにいる。

 カノーネとユリアのような、あるいはカイトに対するルークとオルテガのような、果たさなければならない因縁はシードにはなかった。

 だが、心残りが全くないわけではない。シードは一人の人物に目を向ける。

「本当に、つくづく貴方が軍に残ってくれれば……」

 シードとリシャールは、共にカシウスの後継者でもある二人だった。リベールの英雄である剣聖から、軍略、組織運営、剣術、心構え、多くのものを受け継いできた。

 リシャールは一時謀反を起こしたとはいえ、根本に愛国心を宿している。アリシア女王の恩赦もあり、元情報部から王国軍に復帰した兵士もたくさんいるのだ。リシャールもさすがに元の左官クラスとはいかないだろうが、それでも有能な一人の軍人として王国軍に残ることはできたはずだ。

 それでも、軍にはリシャールは残らなかった。民間調査会社として、軍という枠組みの外から国に尽くすことを決めた。

 その選択を蔑むことなんてない。だから余計に未練が残る。

(……だが、それも無駄な憂いでしかないか)

 これでリシャールに対して未練を示せば、それこそカシウスという英雄の光に囚われたリシャールの二の舞だ。

 この影の国に実体をもって召喚されたのは、ケビンを中心としてエステルと共に旅をしてきた者たち。その中に、過去エステルの敵として立ちはだかったリシャールはいた。

 カシウスに対する少なからぬ思いがあったリシャールを、本当の意味で救い、自立を促すことができたのは、王国軍ではなかったのだ。

 そして、本当の意味で強くなりつつある剣聖の後継者とその仲間たちに、自分たちなどという試練は、どこまで必要だったのか。

「……私も、カノーネ君も、オルテガ殿もルークも、モルガン将軍でさえも。我々にこそ、これは《試練》だったのかもしれないな」

 未練を断ち切るための試練。リシャールたちにとって自分たちは、障害の一つでしかなかった。彼らにとって、心にも体にも正真正銘試練たりえるのは、自分たちの後ろに控えるただ一人のみ。

 現実世界で、こうも正面切って心のしこりを取り除くために戦える機会なんてなかっただろう。本物の自分たちが、おそらくはこの記憶を保持できないことが悔やまれる。

 それでも、この場にいる全員が、試練を乗り越えたという結果だけは残る。ならばもう、迷いはない。

 思考の合間も、攻撃の手は一切緩めなかった。それでも、カイトとケビンの二人による魔法連携は止められなかった。シードの生み出したアークプロミネンス、煉獄とも見紛う劫火をカイトのグランシュトロームが相殺した。一瞬の間すら与えず、ケビンが漆黒の波を外套のごとくはためかせ、そして収束させる。

 雷のような衝撃波、四方八方に明滅する。時属性の最高位魔法、カラミティブラストだ。

 シードは前を見据えた。相対した神父との距離は遠いから、聞こえることもないだろう。

 それでも、この言葉を紡がずにはいられなかった。ケビンとシードは、始まりからずっと、お互いを見据えていたのだから。

「私の負けだ。君ならば……必ずや殿下たちを、元の世界に戻してくれると、確信しているよ」

 ケビンの瞳は揺れつつも、それでも強い意志に満ちていた。

 白き衝撃が目前に迫る。

 満足げに、シードは目を閉じたのだった。

 

 

────

 

 

 剣戟が閃く。

「私の勝ちだな。カノーネ」

 シードとケビンの勝敗が決する数秒前、ユリアもまた、己の戦いに終止符を打っていた。

 文のカノーネ、と言われる彼女は途轍もない強敵だった。少なくともユリアにとっては、紛れもない強者だった。

 お互い、長所も短所も違う。だが総合力は互角だ。だから単純な立ち回りとか、読みの違いとか、そういうものが勝敗を決めたのではない。

 ただ純粋に意志の力で勝ったともいえる。だが、一歩間違えば結果が違っていた、と言うのもまた真実だった。

 レイピアの切っ先を、倒れるカノーネに向けるユリア。

「……ふん、精々閣下をお助けすることね」

 カノーネは、ともすれば無様といえるような大の字で倒れたままだ。

「カノーネ」

「言うことなど、何もありません。精々、本当の試練を前に、足を震わせないようにしなさいな」

 お互いの心はこれ以上ないほどわかっている。お互い、忠誠を尽くす相手がいる。その尊敬する者の末路は、どちらも違う。二人はそれぞれの迷いを秘めている。

 けれど、二人はもう覚悟を決めていた。だから言葉は不要と、その決着をただ一つの戦闘にゆだねたのだ。

 これ以上の言葉は必要ない。だからユリアは最初のカイトと同じように、残る戦いを制するべくカノーネに背を向ける。

 だが。

「ユリア」

「なんだ」

 カノーネの言葉を促した。

「閣下を……どうか、よろしく頼んだわよ」

 これだけは、答えなくてはならないと思った。

「……ああ、任された」

 言葉はもう、返ってこない。振り返ってももう、そこには誰もいなかった。

 一つ、大きな呼吸をして、ユリアは戦場を見渡す。

 残る戦場は、あと一つ──

「はあぁぁぁあっっ!!」

 怒号が。怒号が響く。ついで、大部屋の床を抉らんばかりの衝撃が、戦場を二分する。

 モルガンと戦うリシャール、エステル、ヨシュアの戦線。そこはもう戦争状態といえるほどに苛烈を占めていた。

 リシャールが神速の一閃を放てば、それをモルガン将軍の導力爆弾にも比肩する一撃を持って相殺してくる。負けじとエステルが対人地雷のような連続突きを放ち、ヨシュアが機関銃ばりの連続攻撃をモルガンに放つ。

 両陣営、ためらいなんてものは一切ない。一瞬でも油断すれば負けると、お互いが知っていた。

 すでに息は切れかかっている。それでも、先に勝利した仲間たちを簡単にはその領域に踏み込ませないすごみがあった。

 王国軍の将軍と、その部下だった男と、部下の子供である義姉弟。この場において、もっとも強い因縁がそこにあった。

 ここまでまったく互角の四人。息切れまじか。三人の若者と、一人の老兵。決着の時は近かった。

「まだ……負けんわぁぁ!!」

 モルガンがエステルの棒術具に吹き飛ばされたかと思いきや、その反動で壁を蹴り他面の壁へ飛ぶ。勢いそのまま、モルガンはヨシュアへ一撃を叩きこんだ。

 金属と金属の衝突音。下手をすれば腕の骨折は免れない衝撃。ヨシュアは、正面から受け止めて見せた。

「ぬぅ!? ハーケン門で出会った時は小童だったが、随分と成長しおって……!」

「もったいない……お言葉で、すっ!」

 ガチガチと、双剣の刃が激震する。

 その刹那、ヨシュアの恋人がモルガンの背後を襲撃しする。

「その棒術も……カシウスとはまた一味違って昇華させおったなぁ!!」

「将軍……怒ってるのか褒めてくれるのか判らないわよっ!!」

 今の疲労困憊の状況で、まともに受ければ一撃でさえ危うい。だからこそモルガンは跳躍して避けたのだが、ヨシュアの攻め込みもあって着地点を考える余裕などなかった。

 そこに構えるは、剣聖の後継者アラン・リシャール。

「散り行くは群雲。咲き乱れるは桜花」

 太刀は鞘に納めている。だが、それは決してリシャールが攻勢を逸したわけではない。

 八葉一刀流の正統ではないが、リシャールはカシウスから八葉の真髄を学んでいる。

 その居合は、神速にして、圧倒的な一振りだった。

 かつて、カイトを地に跪かせた一撃、残光破砕剣よりも(はや)(つよ)い、《桜花斬月》。

 気づいたときには、すでにリシャールはモルガンの遥か遠くにいた。その使いこなした太刀を振り切り、再び鞘に納めながら。

 チン、と乾いた音がした瞬間。モルガンが握りしめる大斧が、その斧身から真っ二つに分かれる。

 恐ろしいまでの斬鉄剣。それがリシャールの真髄だ。

「さすがリシャール大佐!」

 快哉を叫ぶエステルに、リシャールは大きく息を吐きつつ答えた。

「助かったよ、エステル君、ヨシュア君。将軍の隙をつけたのは、君たちがいたからこそだ」

 一対一では、間違いなく武器破壊などさせてくれなかった。やはり、仲間たちがいたからこそこの強敵に勝つことができた。

「ぬぅ……これでは、もう負けたも同然か」

 観念したように、モルガンは斧の残骸を地面に置く。

 そして、モルガンは周囲を見渡す。すでに戦闘を終えていたカイトが、ユリアが、ケビンが、リシャールに近づいてきている。

「……こちらは完全に敗北したか。おぬしら、やるではないか」

 先ほどまでは獣のように荒ぶる姿を見せていたモルガンは、頼もしさこそそのままだがすっかり落ち着きを取り戻している。

「少しばかり、安心させてくれたな。これならば……」

「《彼》にも、届きうる。ですか? 将軍」

 リシャールが、モルガンの言葉を遮った。その言葉に示された《英雄》の存在に、もはや畏怖するようなリシャールや仲間たちではない。

 モルガンは見た。直接戦ったリシャール、エステル、ヨシュアはもう考えるまでもない。父と師に、挑戦しうる資質を持っている。

「……そうだな。あやつとて人の子。必ずや光明は見い出せるであろう」

 ユリアのこともまた、モルガンはよく知っている。仕える主との関係性に悩んでいたようだが、そこに迷うはあっても怖気づくことはなさそうだ。そうでなくては困る。この影の国にいる限り、そしてこれからの激動の時代を前に、そうでなくては主を守ることはできないのだから。

 ケビンを見る。現実でも直接話したことはない。軽口が飛び出る男の裏には、暗いものがある。だからモルガンはリベールの異変の当時、ケビンを《同志として》信頼することはできなかった。今も、身を挺してまで守るべきクローゼや、部下の子供たちを率いていることに、心配がないわけではない。だが、それこそ主や太陽の娘たちがいるからこそ、そこまで心配する必要はないのだろう。

 カイトを見る。彼もまた、直接話したことはない。だが一見どこまでも気弱そうなこの少年を、クローゼはどこまでも信頼していた。それは今も変わっていない。ならば、大丈夫だとも思える。オルテガとルークを下した実力は本物だ。

 そんなちっぽけな少年が、仲間たちと共にここまでたどり着いて見せたのだから、きっとケビンも大丈夫だし、リシャールたちも乗り越えるべき壁を乗り越えられる。

 そう、納得した。

 モルガンは、自分の体の感覚が曖昧になるのを感じる。敗北し、役割を終え、この世界から消える時だ。

「見い出して見せるがいい。そうでなければ、おぬしらを鼓舞した我々も立つ瀬がない」

 リシャールは返した。

「任せてください、将軍。私たちは必ずや、あの大きな壁を乗り越えて見せる」

 リシャールは思う。モルガンは百日戦役の前から、王国軍の重鎮だった。そこで、英雄も、リシャールも、シードもユリアも、たくさんの部下たちの行く末を見てきた。だからこそ彼らに対する期待も、次に立ちはだかる壁を乗り越える困難さも知っている。だからこそ、カノーネよりも、シードよりも、他の誰よりも感じる不安は強かった。

 だが、今。自分たちの戦いを示して、きっと目の前のモルガンを、安心させることはできたはずだ。何より、自分たちが、因縁ある者たちと戦うことを通して、《彼》に挑む心構えができた。

 光に包まれるモルガンは、激励を置き土産としてくれた。

「立ちふさがるは至高にして最強。乾坤一擲の覚悟で臨むがいい」

 軽い静寂。モルガンが消えるのを、一同はその眼に焼き付けた。

 最初に口を開いたのはカイトだ。

「……行っちゃったか」

 それにケビンがいつものようにつっこむ。

「そんな、カイト君。死んだわけじゃないんやから」

「……なんか、みんな私たちのことを励ましてくれたみたいだったわね」

「そうだね、エステル。考えなくても判る。それだけ次の相手が手強いということ」

「そうだな……この場の誰もが、世話になった相手だ。私とて、剣術の指南をしていただいたことがある」

 影の国。誰もが、想像すらしなかった騒動だ。だが、隣にいるのは絆をはぐくんだ仲間たちだ。だから怖くはなかった。

 その中において、ある者は自身の影と立ち向かったり、過去の自分を省みたりと、様々な心の葛藤を経ることになった。すでに無職の学び舎や鏡の迷宮で、仲間たちが因縁ある者たちを乗り越えて自身の力を実感したように。

 だから、次の試練も同じだ。今までにない強敵で、まさかこんな状況で相対することになるとは思わなかったが……それでも、自分たちがやるべきことは変わりない。

 一人一人が英雄なのだと。仲間たちと共に、リベールの異変を乗り越えてきたように、これからも降り注ぐ災厄に立ち向かうのだと、証明する。

 レイストン要塞。その入り口に来た時と同じようにリシャールが号令をかけた。

「行くとしよう。我々のすべてを賭けて、この試練を乗り越えるために」

 決戦の時は、近い。

 







10月初めに創の軌跡をクリアしました。本当にお待たせしました……
いろいろネタバレになるのでここでは控えますが……すごい満足感でしたね!

とまあ、いろいろ考察記事を他で書いていたら、こっちに戻ってくるのが遅くなりました……orz

2020年11月1日付の活動報告に外部サイトリンクを張らせていただきました。ネタバレありでいろいろ考察しているので、良ければ見ていただけると嬉しかったり……

↓活動報告URLになります。良ければよろしくお願いします!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=249255&uid=60159



次回……いよいよ、あの人物との戦いです。
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