モルガン将軍をはじめとする王国軍の精鋭たち。彼らを跳ねのけたリシャールたちは、装備を整えてから再び探索を再開した。
すでに一同はレイストン要塞の中枢部に近づいており、リシャールとユリアの先導もあって司令部につくのに大した時間はかからなかった。
司令部に近づくにつれて、彼の気配もまた容易に感じ取れるようになってくる。普段の平時であれば、こんな圧気など放たないだろう。殺気でなく、いっそ暖かいとも言えるかもしれない覇気は、荘厳で、茫洋で……それほどまでに存在感を放っている。
リシャールが先頭に立ち、司令部の扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
先ほどの大部屋ほどではないにしても、司令室もまた広かった。そして影の国が生み出したからだろう、配置されているはずの大きな机も、本棚の類も、多くの品が消え失せている。
「みんな、来たようだな」
ただ一人、群青の棒術具を持つカシウス・ブライトだけが、いつもと変わらない表情でそこに立っている。
まだ、辿り着いた仲間たちは誰も武器を構えない。リシャールが重い口を開いた。
「……お久しぶりです、カシウス准将」
「ああ。まさかお前がエステルたちと共にいるとはな。知ったときには驚いたぞ」
「ええ。私も、まさか彼らと共に行くことになるとは思わなかった……ですが、さすが准将のお子さんたちです。私もまだ、成長できるのだと知れた」
「いや、違うな」
カシウスは頭を振った。
「俺の子供だから、ではない。エステルとヨシュアだから、だ」
リシャールは、面喰ったように目を瞬かせる。が、ふっと笑った。
「ええ、そうでした。まだ、貴方に殴られた時の自分がいるようです」
「人間というのは、そういうものさ。過去の自分を捨て去ることなどできない。だからこそ、変わることができる。誰かに代わるのではなくな」
そして、カシウスは自分の子供たちに向き直る。
「さて……いろいろと言われているぞ? エステル、ヨシュア」
「えへへ……ちょっと面映ゆいけど、私も少しは自信になったかな」
「父さん、久しぶりだね」
「まったくだ。今は確か帝国方面にいたんだろう? 女神の至宝の凄まじさを痛感するよ」
カシウスはため息をついた。そんな不良中年の息を気にせず、呆れ声をあげたのはケビンだ。
「あはは……さすがですねぇカシウス准将。まさか再現されただけの貴方がそこまで気づくとは」
今までのどの守護者も、自分の役割に理解はしつつ、どうして自分が再現されたのか、という真相には辿り着いてはいないようだった。にも関わらず、他の守護者と同じはずのカシウスは状況を理解したうえで頭を抱えている。
「俺の力じゃない。この世界と、ケビン神父たちと戦わなければならない制約。君たちが実体を持って召喚されているという状況。ありのままを見つめただけに過ぎない」
「八葉の《観の目》、ですか。まったく俗世の人間が末恐ろしいですわ」
ケビンにしては、ずいぶん投げやりで失礼な言い方だった。
「俗世か……ならば、騎士団の方は予測していたのか?」
「いえ、お偉方も恐らくも予測すらできていなかったでしょう」
「だろうな。……なあ、ケビン神父」
「はい?」
「俺も、君も、騎士団の上層部さえも。一人の《人》に過ぎないんだ」
「っ……」
「そうだろう?」
「……ええ、そうでした。だからこそ、この場にはエステルちゃんたちも、カイト君もいる」
待ちきれないように、カイトは手をあげた。
「お久しぶりです……! カシウスさん」
「ああ。エステルたちが帝国で、お前さんはクロスベルか。どうだ、魔都での遊撃士の仕事は?」
「いやー、もうね……」
カイトは、思わず膝に手を当てる。
「書類業務が終わらないんですよ! 影の国に巻き込まれたときだって、夜の八時くらいに最後の報告書類とにらめっこしてたんですよ!? 無事帰れても残業確実ですって!」
この場にまったく似合わない社会人の悲哀だった。エステルやリシャールや、真面目なユリアでさえもカイトの姿に引いている。
「あんた……この場に来てまで何言ってんのよ」
「はっはっは。クロスベルの情勢は俺としても興味深い。遊撃士の目から、クロスベルを見続けてくれ。少なくとも自分にできることがあると、諦められない限りは。
カシウスは、ユリアに向き直る。
「お前さんには、何かを言う必要はなさそうだな」
「……ええ。もう、覚悟はできています」
ユリアは、カノーネとの戦いで一皮むけた。戦いの実力ではなく、己の好敵手と対峙することで、心の成長を遂げた。
その成果を最大の強敵を相手に示すとき。
「再会は嬉しく、武者震いもある。意志は、己の剣を持って語りたい。私は、彼女を護ると決めたのだと」
「そうか……では」
カシウスは、群青色の棍を悠然と構えた。娘のエステルと重なる、八葉の《螺旋》を取り入れた構え。
「モルガン将軍たちはお前たちやクローディア殿下のため、采配をしてくれた。それを無駄にしないため、俺たちもこれ以上の言葉は己の力を持って語るとしようか」
大地が震えた、そう感じた。カシウスの構えの一つが、それだけで大きな圧を放っている。
仲間たちは、遅れてそれぞれの武器を構えた。
誰もが、手の慄きを抑えるのに苦労した。
「もう分かっていると思うが……俺が第三の《守護者》だ」
立ちはだかるはリベールの英雄だ。帝国軍を跳ねのけ、多くの魔獣を打倒し、数々の偉業を打ち立てた剣聖だ。
判っていても、緊張は隠せない。
「俺を倒さなければ、お前たちがこの世界から脱出することは未来永劫叶わない。それは判っているな?」
「うん、もちろんよ」
「全力で、越えさせてもらうよ」
ブライト姉弟が呼応した。それでも、二人の声もまた、強張っている。
既にに司令室はカシウスの圧が充満していた。茫洋たる覇気は、徐々に仲間たちを巨大な壁で圧するほどになってきている。
「今の俺は手を抜くことができん。だから勝つために、全力でかかってこい」
動くこともできる、諍うこともできる。それでも、
それでも、自分たちは勝たなければならない。試練を乗り越え、影の国の謎を解き明かし、元の世界へ戻るために。
誰かが滴る汗をぬぐった、その時。
「そんな弱気でいてどうする!?」
英雄の咆哮。今度こそビリビリと、肌が焼け付くような意志。
「思念が現実となるこの世界でその調子では、俺を倒すことはできんぞ!!」
一同は、その身が揺らぐような衝撃を覚える。だが、かつての教授が仲間たちを虐げるような悪寒はない。
それは怯える同志に手を差し伸べ立たせる一喝だ。
「俺は世間では剣聖だ、守護神だなんて御大層な渾名を呼ばれている。それは認めたくなくとも紛れもない事実だ。確かに俺は飛空艇作戦を立案して帝国軍を跳ね除け、遊撃士となって国際事件を解決し、S級遊撃士となる『結果』を得た」
聞いたことがなかった。カシウスと最も近しいエステルも、養子となってから深い相談を続けたヨシュアも、その背中を追い続けたリシャールも。
「だが、それは一つの結果という側面でしかない。事の『始まり』に志したことはお前たちと何も変わらない。『信頼できる仲間と共に、己の力を発揮する』……ただそれだけだ」
誰もが聞いたことのない、英雄の本心。追われ、信望され、祭り上げられた者の心の在り様。
「確かにお前たち一人一人は、単純な力量では俺に勝らないかもしれない。だが、それがなんだ?」
カシウスは、一同から目線を外した。右を、左を見る。
「俺を見ろ。俺は今、一人だ」
そして再び、若者たちを見据える。
「自分たちの隣を見てみろ。激動の時代を共に歩く、何よりも心強い仲間たちがいる」
これは
「こんなものは、前口上にすぎん。……一つだけだ。指導者である俺がお前たちに伝えるのは、お前たち成し遂げてない未知を説くことだけ。それが何なのかは……判るな?」
その言葉に戸惑いはない。一同はそれがなんであるかが判るから。
仲間とともに力を合わせること。それはどんな形であれ、今までに何度も成し遂げてきたのだから。
「だからな、カイト、エステル、ヨシュア」
息子と娘、そしてその友。遊撃士としての後輩たち。
「ユリア、ケビン神父……そしてリシャール」
軍属たちと、この事件の鍵となる青年。一人一人の名を呼んで、棍を眼前で回す。
再び、轟々と揺れる司令室。でももう、誰も体を震わせることはなかった。
仲間たちは、今度こそ、己の武器を、己の遺志で、己と仲間のために振るうのだから。
虚空へ一閃、カシウスは棍を振りかぶる。
「俺に勝ってみせろ。以上だ」
それが、開戦の合図となる。全員が、口々叫ぶ。
英雄との、戦いが始まるのだ。
カシウスが跳躍した。一息に後ろへ下がると、加速をつけてこちらに来る。
それは、今度こそ紛れもない殺気。
「そら……そらそらそらぁ!」
体を回転させ、エステルがそうするように渦を巻く。それがまるで
「あれは……」
「まずい、いきなりか!?」
ヨシュアとリシャールが叫ぶ。
「《鳳凰烈波》……! まずいわ、みんな散ってー!!」
全員が散開。その刹那、荒ぶる鳳凰の慟哭が、仲間たちが一秒前にいたその場所に降り注ぎ──その場所に、鉄の床に大きなクレーターを作った。
突然の天変地異に仲間たちは震えた。だがそれは、勝てないという畏怖ではない。これほどの敵を相手に、今から自分たちは勝利するのだという武者震い。
「行きます、准将……!」
リシャールが圧倒的な速度で近づき、残心を続けるカシウスの背中に一撃を与えんとする。
「甘い」
まったく体幹の姿勢を変えずにカシウスは腕だけで棍を背面へ。リシャールもまた達人の腕前だが、それ以上の敵を前に神速の一閃は受け流された。リシャール姿勢が崩され、あらぬ方向へ膝をつきかける。
「リシャールをかばいつつ、連撃を続ける。ならば適役はお前に他ならないな」
大技直後の硬直などなんのそのという、カシウスの螺旋を駆使した体裁き。言葉の通り、ヨシュアが神速ではなく超速の滑り込みを持ってカシウスの反撃を抑える。
だが、まるで軽く手を振るだけのような攻撃に、ヨシュアの双剣は弾かれた。はるか遠くの壁へ突き刺さる。
さらに、カシウスの連撃を──
「今日こそ超えて見せるわ、父さん!」
エステルが真っ向から棍を構えた。朱と群青の棍が火花を散らす。
「ぐぅ……!」
「ふん……!」
父娘。そして剣聖の指導を直に受けた。だから、ヨシュアよりも直感でその一撃を防ぐ。
一瞬のため。
「一人前となっても、道は無限に続く……」
「そうね……!」
「まだまだ、俺に勝つには早い!」
「父さんも言ったじゃない! だから──みんながいるのよ!」
カシウスの両側面からカイトの魔導銃の炎弾と、ケビンのゴルゴンアローが飛んでくる。
それをわずかな挙動のみで躱すと、続けざまにカイトのブルーインパクトとユリアの連続突き。
ブルーインパクトは躱せず、カシウスはそれを膝に受ける──が、その程度で剣聖は倒れない。カシウスはユリアの突きを、同じように棍の突きで防いで見せた。
一瞬の静寂。
「思い出すな。演習場でお前に稽古をつけたことを!」
「ええ……ですが、私もあの時とは違う!」
絶え間ない連続攻撃。両者は後方に飛び、カシウスのその着地点に再びリシャールが襲い掛かる。先のモルガンの時と同じ、仲間たちによる連携の果て。
「──斬!」
今度は純粋な残光破砕剣。だが何とか繰り出した斬鉄剣は、今度は失敗に終わる。
刹那の連撃だった。再びリシャールの斬撃を受け流した後、返す要領でリシャールを弾き──
「ぬあぁぁ!!」
桜花無双撃が温く感じるほどの連続突き──百烈撃。そのまま腹に一撃を受けたリシャールは、遠く吹き飛ばされる。
「ぐぅお……!」
「リシャール殿!」
彼の同線にいたユリアも巻き込み、二人は遠く壁へ激突した。
「二人とも!」
カイトが振り返るが、ユリアは動じなかった。
「構うな!」
カイトに一括を入れる。仲間を頼り、そして助け合いながらも、過剰な心配をしている場合ではない。
「カイト君、ぶちかますで!」
「はい!」
ケビンは、背の聖痕を解放させる。禍々しいまでの二又槍の紋様。
同時、カイトは紺碧の波動を生み出して動き始める。
「勝負です……カシウスさん!」
カイトが波動を漂わせたまま、カシウスの背後へ。これはケビンを守るためでもあり、カシウスの鼓舞に心を震わせた後輩遊撃士の意趣返しでもあった。
ただ、馬鹿正直に真正面から向かっても勝てないのはレーヴェとの戦いの時から判っている。カイトは至近距離を保ちつつ、あらん限りの銃弾をぶち込む。
「身体技術は娘と同じくまだまだ。だが……大きくなったな。それが全てだ」
最初の一撃を受けたのがカイトの魔法だからか。カシウスは、それこそ魔法のような鮮やかな棒術さばきでカイトの銃弾を弾いてみせた。
今のカイトに、攻防の中で言葉を交わす余裕はなかった。代わりに、笑顔を向けて見せた。貴方を、笑顔で越えてみるという意思。
カイトは剣聖の百烈撃を辛くも躱し、カシウスに次の一手を強要させた。同時、エステルと戦線復帰した復帰したユリアが再びカシウスを狙う。ヨシュアは、吹き飛んだ双剣の片割れを回収している最中だった。
カシウスの次なる一手は、《雷光撃》。リシャールを上回る、圧倒的な対集団の連撃。それはこの場ではカシウスとリシャールの身が実感している、八葉の二の型《疾風》を彷彿させる攻撃だった。
カイトは、ユリアとエステルと共にその一撃をまともに食らう。三人とも吹き飛ばされ、致命傷ではないものの数瞬の間を作ってしまう。
一人、正当な武術系統の者でないカイトは腹に重い一撃を喰らわざるを得なかった。思わず膝をつき、痺れる腹部に酩酊を覚える。
だが、彼の気迫と集中力は確かだった。二撃目を続けようとしたカシウスに向け、魔法を駆動して見せたのだ。
ブルーアセンション。突如として出現する巨大な水塊。カシウスはその水に飲み込まれ──しかし、陰圧による内部爆発は防ぐ。娘に伝えた旋風輪のような──否、円盤のような二次元の軌道ではなく球体を描くような三次元の軌道で、ブルーアセンションの理想的な水の流れを狂わせたのだ。
水を滴らせながらも、カシウスの眼の光は全く揺らいでいなかった。それどころか楽し気に、後輩の成長を喜ぶように口を開く。
「ティータの絆が込められた魔導銃に……何より、《剣帝》を継ぐ並戦駆動か。俺も負けて……られないな!」
油断できず、じりじりと距離を詰めるエステルとユリア。ヨシュアも戦線に復帰して両腕の剣を構える。カイトは何とか立ち上がりながらも腹部を抑え、リシャールはたった今ティアラを自分にかけた。仲間たちが何とか稼いだ時間でできたのは、一人の回復の時間を作ることだった。
再戦。そうして誰かがまた剣聖に挑もうとしたその時、不良中年は楽し気に笑い、そしてその身に黄金の揺らめきを放出させた。
「《麒麟功》!? それにしては……」
エステルが言葉を濁した《麒麟功》は、カシウスが最大の、破滅的な力を放出するときの様を誰かが名付けたものだ。娘は父親の本気をあまり見たことがないが、しかしその技術と心構えは伝え聞いている。
なのだが、エステルには違和感があった。その答えはすぐにカイトが明かした。
「違う。空属性の魔法だ」
ようやく喋れることになったことに一息つきつつ、カイトは滴る汗を抑えれられない。剣聖が覇気の本流ではなく、魔法を放とうとしていることに。
決定的なことが一つあった。どんな実力者でも、機械的な改良を施さなければ魔法ごとに決められた駆動の時間は
油断なく棍を構えるカシウスの周囲にある本流は、間違いなく駆動に時間がかかる高位魔法であることを示す、迸る黄金。高位魔法はセオリーでは仲間の援護によって守られて、長い集中の末に放たれるものだが、今のカシウスはただ一人。
さらに、カイトに放った『負けていられない』という言葉。これが物語るのは、つまり。
「並戦駆動……!? できるの、カシウスさん!?」
カシウスは、まだ動かない。返答は不良中年のこれでもないくらい空恐ろしい笑みだった。
「呆けててる場合じゃないよ、カイト」
ヨシュアが隣まで出てきて、かつてない緊張感をもって少年に告げた。
「父さんを超えるために。僕たちはどうすればいい?」
カイトがいる以上、並戦駆動の恐ろしさはよく知っている仲間たち。そして、その長所も弱点をも知っているのは、駆動法を扱う張本人であるカイトだ。
カイトは自身も黄金の波を纏い、そして快活さを殺した雰囲気で口を開いた。
「並戦駆動の魔法は、相手を気絶でもさせない限り防げない。できることは、一つ……!」
カシウスを見据え、悔しさと共に叫んだ。
「カシウスさんの物理攻撃を、止めろっ!」
魔法駆動を止められないなら果てない連続攻撃で並戦駆動の意味を殺すのみ。
エステルが、ヨシュアが、ユリアが、リシャールが、四方からカシウスへ駆ける。一撃の重さよりも速さに重きを置いた、カシウスの動きを殺すための動き。
仮にも達人たちの高度な連携。どうあがいてもカシウスの目論見は防げる、はずだった。
だが。
「──そこだっ!」
カシウスが息を吐く。一瞬だった。エステルの一閃を巧みに素手で掴んで流し、その力を利用して遠心力でヨシュアの手の甲を蹴り上げて防ぎ、力場を失ったエステルを棍ごと流してユリアにぶつけ、棍を遠慮なくリシャールの太刀の切っ先にぶつけた。
致命傷ではない、けれど全員の攻撃が防がれた。紛れもない、理に通じる達人の体裁き。
迂闊に連撃をしては今度こそ殺されかねない。ここまでの実力を、仲間たちは改めて感じとる。実際のところそれは仲間たちがカシウスの実力に近づきつつあることの証拠なのだが、喜ぶ余裕など一リジュたりともなかった。
カイトが呻いた。
「本当に並戦駆動を……化け物かよ、この人」
「失礼な。レーヴェと同じくらいだよ」
他人の父親に対して失礼な言い草だった。ヨシュアもフォローになっていない。
それを冷静に読み解くのはカシウスの後継者たるリシャール。
「いや、あれはカイト君の並戦駆動とは違う」
「リシャールさん?」
カイトが聞いた。カイトが並戦駆動をよく知るのなら、リシャールには彼にしか知らないことがある。
「あれは、八葉の伍の型……私も使っている《斬月》だ。そして彼の《螺旋》の型と棒術を組み合わせ、あらゆる姿勢、あらゆる状況からの所謂カウンターを可能にしている」
《斬月》は居合斬りを主とするが、その本質は相手の攻撃や性格、戦況、あらゆる要素を利用して敵の攻撃より先に一撃を当てるための技術。リシャールの剣術も速度や居合斬りが目立つが、やはり本質は『より先に敵を斬り伏せる』所にある。
そして《斬月》は、受け身の型としても扱える。動かず、構え、相手の攻撃に合わせ抜刀する。つまり苛烈な攻撃ほどは
「准将のあれは恐らく《並走駆動》だ。さすがの准将でも、君や彼の剣帝の真似はできまい。だが《斬月》との組み合わせで並戦駆動に近い挙動を生み出している」
説明の間も、ユリアやヨシュアがじりじりと場所を変えて反撃を試みているが、まったく隙を見いだせていない。
エステルがカイトに悪態をついた。
「何やってんのよカイト! 父さん、強くなっちゃったじゃないの!」
「し、知るかよ! ありゃ人の形をした戦略級兵器だよ!」
重ねて他人の父親に対して随分な言い草だった。
いずれにせよ……カシウスの駆動の時は来た。
収束する黄金の波動。駆動短縮のクイックキャリバーの恩恵で、カイトの黄金の波動もまた、同時に収束した。
カシウスはテンペストフォール。カイトはロストメビウス。
原始の爆発という外側への暴力。空間を圧し破壊する内側への暴力。
異なる方向へのそれぞれの攻撃が、高位魔法同士のぶつかり合いがでたらめの方向へエネルギーを促し、地面に、壁に、天井に……無数の亀裂や軋みを生み出す。人間にも敵味方を問わず無音の衝撃を与えてくる。
少なからず痛手を受ける仲間たち。そしてカシウスも同じはずなのに、彼は威風堂々たる構えを崩していない。
カイトは苦虫を噛み潰したように、奥歯に力を入れてしまう。
「くそっ。時間稼ぎのための駆動だったってのに! これじゃ──」
「いや、十分やでカイト君」
青年の声が聞こえた。今まで、ずっと仲間の後ろに隠れていた青年の声だった。
カイトは先の雷光撃の時、ケビンをかばう立ち回りをしていた。だからこそ、ケビンのこの大技は何とか発動を保つことができたのだ。
顕現する大槍の群れ。かつて《深淵》のアスタルテに放った超破壊の法術を、カシウスただ一人に向けて放つ。
「砕け──時の魔槍!!」
今度はカシウスも魔法を放つ余裕はなかった。鳳凰烈波を繰り出す一瞬の間さえない。
仲間たちも、その破滅的な暴風を前に進むこともできなかった。ただ、カシウスの行く末を注視するだけ。
刺突と爆発の連鎖。赤黒い波動。それが終わり、まさに戦場の中心と言える場所には、硝煙の煙が立ち込める。
そして、静寂は一秒もたたずに打ち砕かれた
「さすがの圧倒的な技か。
カシウスはなおも立っていた。彼が立つ地面だけが、抉られた地面の中で唯一表彰台のように元の姿を保っている。
「さすがだな。超常の力と己の才を活かした魔法の連携。凄まじいの一言だよ」
ニッカポッカの黒ズボンはところどころ焼け焦げ、深緑の軍服は風さえ穿つ刺突によって割かれている。血も流して顔を汚し、煤にまみれても、不良中年の生命力は未だ健在だった。
「カイト、ごめん。うちの父さん化け物だわ」
エステルは嘆息し……そしてカイトは場違いにものんびりエステル流し目で見た。
「……だよね?」
「レーヴェだって防げるってば」
一方のヨシュアはまだ兄貴分を引き合いに出すが、ユリアが冷静に突っ込んだ。
「ヨシュア君……剣帝も恐らく怪物だよ」
改めて仲間たちは気を引き締める。それは、カシウスに集まる気が再び大地を震わせ始めたから。
「だがまだだぞ。大きな力を跳ねのける、絆が生み出す可能性はこんなものではないはずだ」
カシウスは覇気を顕わにし、丹田に力を籠め、そして戦場を睥睨する。
「ケビン神父にカイト。それぞれの力を見せてもらった。成長と発見。それぞれの軌跡が判る一撃だった」
再びカシウスの周囲に集まる黄金色。だが、それは先ほどと同じ魔法駆動ではない。今度こそ、カシウスが本気を出すために生み出す達人の
「お前たちもだ。エステル、ヨシュア、ユリア、リシャール」
そして、魔法のような鮮やかな流れの波ではなく……黄金と白き波動が雷のように周囲へ迸る《麒麟功》。
「さぁて……ここからが本番だ」
もはや空気が告げていた。ここからが理の領域だと。
硝煙が明滅によって吹き飛び、その中を剣聖が棍を構えて歩いてくる。
戦いは、まだまだ終わらない。
VS剣聖
カイト視点の空の軌跡3rdも佳境に入ってきました。
ケビンのような心の葛藤はない。だからこそ彼を助ける仲間たちの一人として、そしてまだ見ぬ軌跡を辿ろうとする一人の少年として、一つ一つの戦いと対話を確かな意味を持って重ねていく。
そんないいことっぽいこと言ってますけど……勝てんのこれ?