第三の試練場、影の国の中で《レイストン要塞》を模した鉄壁の要塞。その中で立ちはだかるは、白隼を冠する小国の守護者。
司令室は、もはや一目見て司令室だとは判断できないほどのありさまだった。辛うじて部屋であることが判るが、これも《影の国》という異空間の特性がなければ部屋の体裁を保てていたかも判らない。
嵐のごとき攻防。カイトの並戦駆動によるエアリアルが、戦場の瓦礫もろとも竜巻に飲み込んで、そしてその中心にいる剣聖を打ちのめさんとする。
「……!」
呼気など必要なかった。ただ、体を回転させて大上段から棍を一撫でしただけで、それで竜巻の一部に文字通りの風穴があく。
その風穴に入り込んだのはヨシュアだ。いつになく無茶な軌道を経て、黄金の覇気が明滅する父親に向けて、限りなく力を入れた一撃を打ち込んだ。
「支える籠手の真髄を学んだ。それを《白面》の暗殺術と組み合わせる心構えも生まれた。ならば、お前が進むはその先だろう」
カシウスの百烈撃。それをヨシュアは筋繊維が擦り切れるほどの速度で迎え撃つ。
後ろに仰け反る。地面がでたらめな凹凸に変形しているから、結果として彼は膝をついてしまう。それでも、最初のリシャールのように完全に壁に激突する、ということは防いだ。度重なるカシウスと仲間たちとの攻防の末、まともに吹き飛ばされて下手にぶつかれば突き出た鉄に背中を穿たれてしまうかもしれない。
ヨシュアは葛藤する。今の自分では、カシウスには勝てないと。
剣聖と同じ域に立つレーヴェに、かつて自分は仲間と力を合わせて超えた。それは、教授仕込みの暗殺術と遊撃士としての心得を組み合わせた結果だ。それを持って、剣帝という修羅を超えることができた。
ならば剣聖を超えるにはどうしたらいい。同じ遊撃士や軍人という正道の理に立つ人間を超えるには、同じ正道の価値観では量ができない。
なんだ。僕が先へ進むため、このつたない両手に持つべき心は。剣帝になく、剣聖にもない、自分だけの心の強みとは。
カシウスはヨシュアに向け拳を振りかぶるふりをして、棍の逆側で今まさにカシウスの背後を狙おうとしていたユリアのレイピア立ち向かう。
一度目の剣戟は防がれるどころか負けた。真正面からがダメなら、背後から。
「勝てないのならば今までにない戦法で。それは悪いことではない。だが、お前にとって正しい方法か?」
まったく背後に目を向けず、ヨシュアを正面で後退させつつ、ユリアの攻撃を弾く。まだ、カシウスを動かすには至らない。
刹那、エステルがユリア面に加勢に入った。一人じゃない、仲間がいる。それは確かにエステルたちの強さで、ユリアたちの強さでもある。
だが、それでもカシウスは動かない。
「『一がダメなら二』ではない。『一は全、全は一』、お前に教えた剣術はそうだっただろう?」
リシャールが再びカシウスに迫る。六人の仲間たちの内、近接戦を主とする四人の同時攻撃。
思い出してしまうのは、先の並走駆動時の攻防。魔法駆動のイレギュラーがあれど、根本的にはカシウスの《残月》に攻撃を跳ね返されたことに変わりはない。
「先と同じか? これでは」
「いえ、違いますよ准将」
再び全ての攻撃を受け流され──否、リシャールだけは違った。特攻隊長エステルの一撃を流したカシウスに向けてリシャールは一撃を与えんとし、その攻撃をやはり流される。三人目、ヨシュアの攻撃もまた弾かれ──そしてカシウスは頬に一撃を受けた。
「ぐっ」
ヨシュアの斬撃ではない。螺旋の理で勢い事あらぬ場所へ飛ばされたリシャールが、転がりながらも体勢を立て直した。そして剣聖を超えるために手加減を一切しないで顔面への一撃を放ったのだ。
普通、例えばカイトなどではまずできなかった挙動。それはリシャールが《残月》をカシウスに近いレベルで理解しているからこそ放てた《残月》限定のカウンターとでも言うべきか。
一瞬すら永く感じるほどのわずかな隙。四撃目を放つユリアの助けとなり、親衛隊仕込みの超速突きがカシウスの肩を抉る。
だが、快哉を叫べるユリアではない。彼女はまだ、自分の力でカシウスに一矢報いてはいない。仲間に頼ることを否定しているわけではない……絆と共に、信じるべきもう一つの存在。自分自身を昇華させた力でなければ、仲間と力を合わせたとしても、この剣聖には勝てない。
なんだ、今昇華できる、自分の力は。磨き上げた細剣術は、カシウスの力添えもある。主を守ると決めた覚悟か、それは今既にある、迷いながら歩き続けることそのものだ。
『一は全、全は一』
カシウスの言葉。全ては繋がっている。自分がユリア・シュバルツであるためには、自分の『一』を昇華させなければならない。
ならば、自分が放つべき自分は、なんだ。
「ぐぅぉ……」
激戦の中やっと放てた一撃だが、それでも剣聖は負けない。
「──ぬぁああ!!」
最も至近距離にいたユリアの視界が、剣聖の放つ金の明滅でいっぱいになる。
カシウスの棍が肩に刺さったままの細剣を弾き上げる。それによって肩先が抉られるが、カシウスは負けることなく棍を地に叩きつけた。
その風圧に圧される四人。後方にいたカイトとケビンは、気は熟したと言わんばかりに空中で無防備のカシウスに攻撃を仕掛けた。
デスパニッシャーと魔導銃の連弾が剣聖を滅多打ちにするが、まるで意に介さず、カシウスは再び棍を叩きつける。
狙いは──全員。
叩きつけたその衝撃波が仲間たちを襲う。一直線に進むその波動は、強く、高く、激しく、速い。避ける暇もない足元からせり上がる衝撃。
「今度は……こちらの番だな」
麒麟功の明滅と共に、迸る赤色の熱気を纏い、カシウスが笑った。
カイトは咄嗟に琥珀の波を収束させた。この状況で仲間たちを守れるのは、並戦駆動を使える自分だけ……!
掛け声と共に跳ぶカシウス。その身に不死鳥の覇気を纏わせる。
カシウスの衝突と、アースウォールの発動、そして仲間たちの着地。全てが同時だった。
「鳳凰──烈波ぁぁぁあ!!」
二度目の奥義が空間を破壊する。衝撃と爆風。硝煙と礫。
アースウォールの防壁は、最初の突進の前に砕け散る。さらに波状に襲い掛かる覇気。
全員、爆風の前に成す術もなかった。リシャールは太刀を突き立てその場にとどまるが、爆発並みの衝撃を受ける。ケビンは後方にいたため、軽くよろめくで済んだ。ユリアも吹き飛ぶが瓦礫に突っかかって転ぶ。
体重の軽いカイトと、エステルを庇ったヨシュアが大きく壁にぶつかり……突き出た鉄材に背を打ち付けられる。
「ヨシュア君! カイト君!」
ケビンの見据える先で、二人は声にならない呻きをあげながら倒れこんだ。背中には、運悪く肉を抉られた痕すらある。
超速の攻撃やカバーリングに長けたヨシュア。そして並戦駆動でサポートに回り、カシウスにすら魔法を放てるカイト。二人を失うことは、この戦場では敗北と同義。
それが自殺行為だとしても、ユリアとエステルは一刻も早い戦線の建て直しのため、少年二人の回復に回らずにはいられなかった。
その手に星杯の紋章を携えて、四人を庇うようにケビンが仁王立ちをとる。読む詠唱は、仲間を護る防壁を作るためのもの。
ただ一人、弟子が師の前に立ち塞がる。
「仲間を守るか。だが一人で俺に立ち向かうと?」
カシウスは、未だ余力に満ち溢れている。それどころか、さらに牙を研いでいる。
その表情に笑顔は消え失せている。もう、完全に本気を出している達人の風貌だ。
だからこそ、リシャールは力なく笑ってみせた。
「准将も人が悪い……私は今、一人ではありませんよ」
仲間たちがいる。だから自分は、一人でありながら強く在れる。
「情報部時代の私には……仲間と言える存在はいなかったかもしれない。カノーネ君、オルテガ殿、ルーク……たくさんの同志たちを、私は立場故でなく象徴として配下に置いてしまった」
先頭に立ち指針を掲げるのは、指導者として当然のこと。だがあの情報部は違う。違ってしまった。
リシャールの志を通して、愛国というだけの曖昧な理想に特務兵たちを走らせてしまった。自分たちを特別な存在とする偽りの神話。愚かな免罪符を作り上げてしまった。
「もし、仮に。准将のように、己を通して同じ目線で、部下たちに言葉をかけれたら。不安を煽り
リシャールは、部下である仲間たちに声をかけれなかった。自分が神話の預言者と、そして部下たちを神話の奴隷とさせてしまった、そのはてなき苦しみを理解できなければ、預言者はただの
「……やっと、判ったようだな。俺が拳でお前に語った言葉が」
「はい」
百日戦役の時のカシウスにできて、クーデターの時のリシャールができなかったこと。それは、誰も神格化しないこと。誰にも自分の理想を押し付けないこと。天然自然であること。
そこにいる
「はぁ……今ならお前に俺の席を渡せると、思ったのだが」
「准将。それだけは、否と言わせていただきます」
リシャールは抜刀した。たった一人で……いや、仲間たちの心と共に。
「あの時の間違いがなければ、私は今この場にいなかった。仮初とはいえ、貴方を超える瞬間に立ち会えなかった。クローディア殿下やエステル君や……皆を助けられることはなかった」
それは、自分に必要なものだった。情報部では、王国軍では気づけなかったことだった。カシウスではなく、エステルたちでなければならなかった。
「貴方の拳の重みを、絶対に忘れません。犯した罪があるからこそ今がある。教えに感謝します」
皮肉なことに、カシウスが軍を離れて守るべきものを守れるようになったように、リシャールもまた。
今だからこそ気づける。軍にいようがいまいが、カシウスと一度繋がれた縁は切れない。自分は、どこにいてもどんな立場でも、彼から学べることがある。継げるものがある。
だから、己が勝つために。剣聖を超えるために、己が受け継ぐべきものは……。
「参ります!」
「意気やよし!」
リシャールは駆けた。カシウスに向かい、剣を振りかざす。
カシウスは棍で弾き、回転させながら即座に返した。本気となったカシウスの連撃、今まではそれで終わりだった。
だが、それをリシャールは打ち返す。
カシウスは達人だ。その事実に驚きすらしない。即座に打ち返す。
そこからは、誰にも目視できない剣戟だった。斬り、弾き、打ち、弾き、躱し、弾くの連続。
やるな、というカシウスの声が聴こえる。
まだまだです、というリシャールの声が聴こえる。
よくぞ八葉の剣をそこまで昇華させた。
それでもまだ足りません。仲間たちを護るには。だから、貴方を受け継いでみせる。
いいだろう。技術は全て教えた。それを自分のものとしてみせろ。今、この場で俺を倒してみせろ。
そして、唾ぜり合う。リシャールの太刀とカシウスの棍が、今初めて静止した。
「ぬぅ……」
「くっ……」
技術が今飛びぬけたわけではない。心の在り様に気づけても、それで勝ちとなる夢物語ではない。
それでも。カシウスと切り結ぶという結果は今、ここにある。
八葉の伍の型。相手が誰であろうが、先に斬撃を当てるその精神は変わらない。
そして、カシウスが剣聖であることもまた、変わらない。
「俺を……舐めるなぁ!!」
カシウスの、この場における初めての怒号。そして、リシャールの剣を半ば強引に弾き、そのまま身をかがめて棍を太刀のように上段へ。
そして突進。雷光撃が放たれ、初撃はリシャールが何とか凌いだ。だがこの戦技は他の仲間にも届く。仲間たちをその身で守ろうとするケビンへと照準を合わせ──
「やっと本性見せたわね、この不良中年!」
カシウスの横合いからエステルが飛び込む。三度、朱と群青の火花が散る。
カイトとヨシュアがゆったりと起き上がっていた。だからこそ、エステルはカシウスに向かうのだ。
腕力は、どうあがいてもカシウスに軍配が上がる。生み出した力を大波に変える術も、カシウスが勝る。リシャールとの攻防によってそがれた構えだけが、エステルの優位性だった。
「負けず嫌いは……父さんだけじゃないのよっ!」
一度弾かれるも、エステルは地を踏みしめる。
負けない。負けられない。
朱色の棍が縦一閃、大上段からカシウスへ。それを不味いと見たから、直線的な特攻だったカシウスはここで軌道を変え、肩からエステルに体当たりをかます。
「このっ……!」
エステルの表情が歪む、まるで久々の親子喧嘩のような取っ組み合い。エステルも負けじと押し合う。
「ふぬぁぁあ!」
カシウスが吠えた。さすがに耐えきれず、エステルが無様に地を転がる。
「充分だ、エステル君!」
その反動をリシャールが見逃すはずがない。
再びリシャールとカシウスが鍔競り合う。太刀がガチガチと揺れた。既に何百回となされた打ち合いに、カシウスの群青の棍はボロボロだ。中身の真鍮が顕になるほどに。
「まだ……俺を出し抜くには早いぞ!」
「そうでしょう、私は陽動です!」
リシャールはわざと膝を曲げた。
それで剣聖の重心を崩せるとは露ほども思わない。カシウスが自分に攻撃を受け流され、背後によろめく未来などない。カシウスは自らの体を巧みに操り、その場に静止した。
至近距離で向き合う師と弟子。カシウスは仁王立ち、リシャールは片膝立ち
お互いの力量をよく知っている。共に得物を振るわなければ、体を破壊されるか、斬り裂かれる距離感。
カシウスがリシャールに棍を振るったのは悪手でもなんでもなかった。当然の選択だった。
斬り裂かれるか、打ち据えられるか。選んだのは後者。
「やるな、リシャール……エステル!」
「隙ありー!!」
カシウスが本気でリシャールに棍を振るったと同時。何度でも立ち上がって見せると叫ばん勢いのエステルの渾身の一振りが、ついにカシウスの腰に命中した。
今のリシャール相手に、カシウスは意識の全てを払わなければならなかった。その隙を付いただけ。だが、値千金の一撃だ。
受け流しもできなかった娘の一撃。たまらずカシウスは自ら身を飛ばし、転がって、膝をついて苦悶する。
「はぁ、はぁ……どうよ、父さん!!」
自身も疲労困憊寸前で、それでも目を輝かすエステル。戦場さながらの攻防は一度止まる──わけもなく、エステルは再び果敢に父親に向かう。
方や、苦悶の表情ながらも即座に棍を構えなおすカシウスは、今度は冷静にエステルを弾き飛ばす。その直後に続くリシャールの太刀を、そう簡単に越えさせはしないと確実に受け止め、さらに連続突き──百烈撃。
リシャールはなおも食らいつき、それでもカシウスに押し負ける。
一瞬の判断。カシウスは戦場を睥睨した。
向かうは、三つの殺気──カイトが放った炎の大槍、ケビンが駆動した時の衝撃波、そして遅れて向かうユリアの細剣。
ヨシュアも立ち上がっていた。全員、復活したのだ。
「──笑止!」
それは自身に向かってか。完全にカシウスが殺気立っている。
「父さん、今度こそ自信をもって言うわ。私たちは父さんに勝てる」
カイトの魔法と銃弾、エステルの棒術、ヨシュアの暗殺術、ケビンの法術、ユリアの細剣術、そしてリシャールの残月。全てが途切れることなく、雨あられとなってカシウスに降り注ぐ。
その中の一つの役割を担うエステルは、ある意味この場の誰よりもボロボロになって、あられのない格好になっても……それでも、決してカシウスへ向かう事をやめない。援護に回るカイトとケビンも、曲線的な立ち回りのユリアも、常に背後を狙うヨシュアも、超高度な連撃を繰り出すリシャールも。誰もが行わない、ある種能無しとすら言えるかもしれない動き。
だが、それでもなお、エステルは歩みを止めない。
「私、皆のことを疑うことなんてなかったよ。クーデターの時も、異変の時も、いつも同じだったから」
仲間たちの連撃で切り開いたカシウスの隙を、再びエステルが動く。仲間たちが、支えてくれる。
「でも、なんでかな」
カシウスの周囲を回り、不意に突進を繰り返す──太極輪。
「父さんを超えるのだけは、ちょっと躊躇っちゃった。武者震いじゃなくて、怖かったんだ」
巨大な人形兵器も、猟兵たちも、執行者も……レーヴェとの対峙でさえ、こんな恐怖は感じなかった。
白面との、アンヘル・ワイスマンとの戦いで感じた恐怖。これも違う、あれは死への恐怖だった。
「皆、覚悟ができてなかったんだと思う」
開戦前の問答の時もだ。
自分たちは今、急速に力を得たわけではない。力は、常にそこにあった。数々の試練を乗り越えた仲間たち。彼らは、剣聖を超えうる資質をすでに持っていた。
なかったのは覚悟だった。剣聖を超えること、その領域に踏み込むことで、世界が仲間たちに求めることを知る覚悟。
「でもね、今父さんと戦って判ったんだ」
カイトがここ一番で、グランシュトロームを放つ。仲間の間をかいくぐって襲い掛かる水刃を、カシウスは跳躍からの裂甲断で大地ごと穿つ。
「父さんも、私たちと何も変わらない」
着地したカシウスは旋風輪でヨシュアとユリアの攻撃を無に帰す。その合間を縫うデスパニッシャーの大槍に棍の軌道を狂わされ、カシウスは大槍を破壊しにかかる。
「私とヨシュアの父さんで、カイトの元先輩で、リシャール大佐とユリア大尉の上司で……ケビンさんと異変の時に悪だくみした仲」
大槍を砕き、エネルギーが四方にはじけ飛ぶ。その余波を食らうカイト、リシャール、ケビン。
ユリアが棍に立ち向かい、ヨシュアが背後に回りカシウスを戦かせ、そしてエステルの渾身の一突きが肩口をかすめる。
「父さんだって私たちと同じ、一人の《人》で、リベールの仲間なのよ」
父娘の視線が交錯した。
「それを思い出したの」
突きだした手で娘の肩を掴み押し退けると同時、リシャールが放った飛ぶ斬撃──緋い横なぎの一閃に対処するカシウス。気合いと共に振り払われた棍の一閃もまた、縦一閃となって斬撃同士が衝突した。
ヨシュアが超速を持ってカシウスに向かう。絶影の二連撃が膝を捉えた。
「だから私はまだ、父さんには勝てないかもしれない。でも……
実力は伸びたとしても、未だ届かない剣聖の領域。でも、それでいい。少なくとも、今はまだ。
だって、私が見つけたのは……。
「カシウス准将っ!!」
叫んだのはユリアだった。カイトとケビンの殺気のなか、エステルの特攻からリシャールの斬撃を経て、ヨシュアの暗技によって生み出された、カシウスの明確な隙。
だが、半端な攻撃では、決定打とはならない。ユリアは突っ込む牽制を入れつつ、鋭角に方向転換。やがてその軌跡に淡いシアン色の光が揺らめきだす。
それを五回。トリニティクライス、ユリアが放つ三角形の光陣ではない。
通じなかった剣術を変えるのではない。通じるまでに極めた自分の力そのものだ。
自分が放つ自分は……自身を証明するこの剣術。
「父さんっ!」
ヨシュアが吠えた。今までの優し気な自分を破るがごとく、ヨシュアは再度超高速に体を乗せて突進する。
ユリアの攻撃の直後、しかし細剣術をその心を持って昇華させた戦技に、カシウスは防御姿勢のみを取らざるを得なかった。
ヨシュアの突進攻撃もまた、カシウスは剣聖の維持を持って弾き──
「心だけじゃない。技も、受け継がせてもらう」
反転、ヨシュアはその軌道を何度も変え、絶影の突進を繰り返す。
「お前……!」
カシウスは呻いた。これは《雷光撃》だ。
レーヴェに対して、暗殺術と支える籠手の精神の果てに倒したなら、カシウスを相手にどう立ち向かうべきか。
本当に窮地の時に、自分を活かした過去の遺産を恐れないこと。
リシャールが言ったことと同じだ。あの血みどろの過去があるからこそ、今がある。その過去を、半身を、半心を認めなければ、己の力をすべて引き出せるわけがない。
だから僕が持つべき心は……邪道を恐れない覚悟。
「……師よ!」
リシャールが高らかに告げた。見据えるは、ヨシュアの雷光撃にぐらついた師。それでも、彼はなおも虎のごとき生命力をぎらつかせる。
先の二人は大技直後の硬直に襲われた。カシウスの至近距離に残るは、リシャールとエステル。
カシウスを除いて、この場においては、やはりリシャールが最も《理》の領域に手を伸ばしかけていた。カシウスすら、激戦と疲労と酩酊の果てに本能的に排除するべき相手を探し出していた。だから、必然隙のあるヨシュアとユリアに目を向けず、リシャールに棍を構えていた。
その構え、右肩をリシャールに向け半身となり、まるで棍を太刀のように持っている。
自分が主に学んだのは八葉の伍の型のみ。だから、他の技はほとんど見聞でしかないが。
ああ、これは《剣術》だ。カシウスですら極めていないという、七の型《無》。
「──斬」
世界が遅くなる。カシウスが棍を握りしめ、
もはや言葉は必要ない。己が受け継ぐべきは、天然自然のこの精神。
リシャールは迎え撃った。教えられたすべてを持って。
かわし切れないカシウスの一撃を、リシャールは避けようとし、そして自身も抜刀する。
桜花斬月でもない、残光破砕剣でもない、けれど確かに培ってきたもの。
無名の一刀と無想覇斬が、カシウスとリシャールの左肩を切り裂き、破壊した。
両者、あまりの衝撃に文字通り吹き飛び、それぞれ壁に背から激突した。幸運なことに背中は穿たれず、不運なことに肺の空気がすべて押し出される。
「ま……だ……っ」
それはリベールの頂点としての矜持であり、意地だった。自分が倒されれば、それは順にリベール王国が蹂躙されるという重圧。それが遊びであれ、敵国であれ、犯罪者であれ……自分が導いてきた者たちでさえ、絶対に負けられないという鋼鉄に鍛えられた
ならば、それを解き放つのは
「この……不良中年!!」
エステルが疾駆した。カシウスは今、部屋の最奥に追い詰められている。そして剣聖は目一杯息を吸い込んで。
「こぉい!! エェステルッ!!!!」
最後の《麒麟功》が爆砕──それを無慈悲に排除する、翡翠の煌めき。
カシウスから遥か遠く、ケビンとカイトが駆動させた二つのエアリアル。二重の竜巻が、もはや最初のように風を切り裂く余裕のないカシウスの動きを縛る。
その間だった。エステルが跳躍した。一息に後ろへ下がると、加速をつけてカシウスに向かう。
カシウスが驚きをあらわにした。エステルはその父親の瞳を見続けた。
リシャールとは違う、仲間たちがいなければまず開けなかった道。それも、意識の外から襲い掛かる不可避の魔法、そして先達たちの援護の果て、用意された道。
それでも、私は誇りをもって、私が強くなったと言える。私たちが強くなったと言える。だって──
「鳳凰……烈波ぁぁぁ!!」
私が見つけたのは、強さを生み出す《絆の在り処》だから!
体を回転させ、カシウスがそうしたように渦を巻いたのだ。太極輪の回転の中心を、敵ではなく己とする。そうして生み出したのは、覇気に宿った一匹の不死鳥。
カシウスが驚きをあらわにした。威力は自分のものほどではないが、それでも確かに《鳳凰烈波》だった。
「──ぁぁあああああ!!!!」
刹那、荒ぶる鳳凰の慟哭と、カシウスの咆哮が重なった。螺旋の衝撃がカシウスの立つその場に降り注ぎ──塵と硝煙が広がる。
仲間たちは動けなかった。最後の爆発を境に、カシウスと、そしてエステルの覇気と殺気が消え失せたから。
煙の中にいる父娘。気配すら読むのが困難な静寂。
疲労困憊だった。もはやリシャールは言葉も出せず、一番遠くで壁にもたれて戦場を見るだけ。ユリアとヨシュアは膝に手をついている。カイトとケビンは比較的まともだが、それでも膝はすでに震えていた。
恐らく、十秒か、二十秒か。果てしなく永い時間の果てに、ゆっくりと、視界が晴れてくる。
エステルは、小さな少女のように跪いていた。遊撃士としての一張羅はボロボロで、見る影もない。息も嗚咽するほどに絶え絶え、手も傷だらけ、その手がつく床は荒れ果てた大地。
それでも、棍は手放していなかった。
「……見事だ」
カシウスも、跪いていた。両膝も、両手も地へ。四つ這いのように。父と娘は向かい合わせとなり、お互い額をつけることによってその姿勢を保てている。
そして、その手に棍は握られていない。群青の棍は、真っ二つに折れてカシウスの左右に散らばっている。
続けて、カシウスがつぶやいた。それだけが、すべてだった。
「お前たちの……完全な勝利だ」
決着。
こんな強敵相手によく勝てた……
まさに死闘、戦闘参加者軒並み負傷してますが、休息を挟みつつもまだまだ守護者は控えている……
次回、今度こそ?「帝国を穿つ閃」