心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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38話 帝国を穿つ閃③

 

 

『その通り……《罰》を受けたがっているのさ』

 男にしては高く……女にしては無機質な声。仲間たちから遠い始まりの地の一角、そこに闇の渦のような鳴動が響いて、そしてその人物は現れた。

 《影の王》。エステルやカイト、そしてクローゼにとっては二度目の邂逅だった。

「影の王!」

「くそ……この忙しい時に」

「随分と、こちらの神経を逆撫でしてくれますね」

 ケビン、そしてリースと異なり三人は武器を構える。にも関わらず、影の王は悠然と最初の二人に目を向ける。

「よくぞここまで来たな、《指し手》と《駒》たちよ。これより先は《第七星層》。私が生まれ出でた場所にして全ての星層の礎となる場所さ」

 それはケビンが予想していたことと大差なかった。確かに、この紫苑の家は敵も現れず、守護者もいない。しかしケビンはまるで知っているかのようにこの先の展開を述べていた。それが意味するところは、つまり。

「それでは改めて問うとしようか、ケビン・グラハム。そなたは本当に私の素顔を知りたいのかな?」

「答えるまでもない。とっととその悪趣味な仮面を外そうか。なあ……《ルフィナ・アルジェント》!!」

「ハハハァ、いいだろうっ!」

 影の王は……影の王だったその人は、高らかに仮面を脱ぎ捨てる。露わになったのは、リースと同じ桃色の髪、青色の瞳。

 リースより溌剌そうな印象ながら、より大人びた雰囲気の女性だった。五年前に亡くなった姿のままの女性は、確かにケビンとリースを動揺させていた。

 正騎士ルフィナ・アルジェント。

「久しぶりね、リース。そしてケビン……よく私の正体を見破ったわ」

「いや……答えは最初から明らかやった。今まで確信できんかったんは……俺が気づきたくなかったからや」

 気づきたくなかったから、気づけなかった。その相反する状況は、すでに一度あった。ヨシュアは言ったのだ。レーヴェがヨシュアの想念によって黒騎士の仮面と外套を纏ったように……ルフィナもまた、ケビンにとってこの影の国の王であってはほしくなかったのだ。

「そうね、貴方は昔から弱虫だったから。……さあ、貴方はここまでたどり着いた。なら私の目的は判っているのでしょう?」

 影の国に巻き込まれた仲間たちが、ずっと考えていて理解できなかったもの。影の王いやこの世界に顕現されたルフィナ・アルジェントが求めた結果。ずっと、ケビンが核だとはわかっていた。それでもケビンの過去を知らない仲間たちは、今のケビンに至った核心を知らなかったリースは、どうしても気づけなかったのだ。

 条件は整ったのだろう、ルフィナが正体を現したことによって。だからこそ、ケビンは今明かしたのだ。

「……覚悟はできてる。とっとと連れて行ってくれや」

 だが、その回答は予想外だった。仲間たちの誰にとっても。

「待って、ケビン……何を言っているの?」

「ふふ……貴女も判ったのでしょう? ケビンはね……罰を受けたがっているのよ」

 その言葉、罰と言う先ほども出た言葉。受け入れられない、だが思考ができない仲間たちではない。

 ルフィナが既に亡くなっていたレーヴェが影の国に現れたのは、ルフィナによるものだった。では、ルフィナが呼び出されたのは……。

「私はケビンに罰を与えるためにこの地に生み出された存在なのよ」

 ルフィナはそう断言した。つまり、ケビンに罰を与えるという想念に従ってルフィナは影の国をセレストから奪い作り替え、そして仲間たちを招いたのだという。

「そうなった原因ははっきりとは判らんけど……姉さんの説明が真実なのは間違いない」

 影の国は盤上のゲームだった。ケビンという指し手をもとに駒を集め、ルールブックをあてがい、そして守護者との戦いを果たした。それも真実だが、もう一方の真実があった。ケビンを罰する……ケビンの仲間たちを不幸に陥れるという目的が。

「第七星層とは、この俺を罰し続けるための地。母を見殺しに、姉さんを殺した俺に相応しい場所。俺がそこに堕ちさえすれば……皆、現実世界に戻れるやろ」

「……え?」

 カイトを含め、ケビン以外の四人があっけにとられた。

 何を言っているのか? この男は。そんなことを思ったカイトは、同時にその怒りにも似た感情をエステルたちも感じていると確信する。

 だが、状況はにわかに切迫し始めていた。明確な敵であるとはいえ、相手はケビンの心の深層を知るルフィナ・アルジェント。カイトたちには、どうしていいかも判らない。

 そんな中、リースが驚くべき行動に出た。有無を言わせぬ勢いで法剣に手を伸ばし、そしてルフィナに攻撃を仕掛けたのだ。その攻撃事態はルフィナの瞬間転移によって無為に終わったが、一番攻撃にためらいそうな彼女が動いたのだ。

 ルフィナは笑っている。

「あらあら、どうしたの? 姉さんに向かってそんなお痛をするなんて」

 リースは必至で頭を振った。

「黙りなさい、幻影! あなたが姉様のはずがないでしょう!?」

「リース、お前……」

「ケビン、貴方は私に……姉様が悲しむようなことは絶対にしないって誓った! 本当に自分が罰を受けて、姉様が喜ぶと思っているの!?」

 ルフィナが反論する。

「どうかしら? 確かに私は本物ではないけれど、限りなくルフィナに近い存在よ。ケビンが罰を望むのであれば、叶えたくなるのではないかしら?」

「そんなこと、ない!」

 リースは再び、たとえ避けられると判っていても、ルフィナに立ち向かう。

 彼女は本物のルフィナを知っているから。本物の姉なら、ケビンの望み通りに殺すという()()は出さない。

「リース……もうええんや。もう、ええから……」

「ケビン、思い出して! 絶望していたケビンを、姉様は絶対に許さなかった! 問答無用でチョコレートを食べさせて、こちら側に連れ戻した!」

 烈火のごとく、声を滾らせる。なおもルフィナは哂っていた。

「驚いたわ。貴女がそんな物言いができるくらい成長していたなんてね」

 ルフィナはリースを小馬鹿にするように、周囲を転移してはあざ笑うことを繰り替えす。

「だから黙りなさい! 本当の姉様が、そんなことするはずない……これ以上姉様を侮辱するのは許さない!」

 それは、頼もしい言葉だった。確かにケビンは今、精神的に危ういところにいる。油断できない影の王。カイトたちは、どうしてもその因縁には入りきることができない。

 だから、ではなかっただろう。傷心のケビンも、仲間たちも、向こう見ずなリースにも、きっと原因はあった。仲間たちを切り裂くという最悪の結果に至るには。

 突如、全員の四肢が拘束される。クローゼ以外の全員が、《白面》の魔眼による拘束だと理解した。

「ぐぅ……!」

 ケビンが叫んだ。

「リース! リース!!」

 今、リースだけが、魔眼の拘束のままに、ルフィナが手を振るって顕現した地面の亀裂に飲み込まれようとしていた。

「気が変わったわ。ケビンの代わりに貴女を招待する」

「やめろ姉さん! リースは関係ないやろ!?」

「さあ、どうかしら? この子が貴方の代わりに苦しめば……さぞ素晴らしい罰になることでしょうね」

 リースは息も吐けなかった。見る見る間に飲み込まれ──そして、手も。

 飲み込まれる直前。リースの翡翠の瞳は、ただケビンだけを見つめていた。

「リースさん! くそ!」

 カイトはもがき、それでも動けない。エステルにも、カイトにも、クローゼにも、この状況を打破できる《異能》は持ち得ていなかった。

 ただ一人、ケビンだけは違った。

「ぉぉぉおおおおあああ!!!」

 いつものお気楽な突っ込みでもなく、殺意がこもる冷徹なささやきでもなく。

 今までのどんな時よりも、誰よりも。あの中枢塔での決戦すら上回るほどの咆哮だった。

 背に聖痕の紅い紋様が炸裂する。その勢いのまま、かつてのアスタルテの時のように、ケビンはその魔眼の結解を打ち破って見せた。

「ケビン、さん……!」

「なにを……!?」

 そのまま仲間たちには目もくれず、ケビンはリースが消えたその裂け目へ飛び込む。リースのように耐えたのではないので、ケビンはもがくこともなくそのまま落ちていった。

「あらあら……まさかケビンも一緒に落ちるなんて……困った二人だわ」

 誰も何も言えない中、なおも響くのはルフィナの嘲笑だ。クローゼは家族への非情な仕打ちに言葉を失っている。

「貴女は……」

「『酷い』とでも? 言ったでしょう? 私は本物のルフィナだって。ケビンが望むことをしてあげる、彼の家族だって──」

「違う」

 愉悦しそうなルフィナをカイトが遮った。ルフィナはリースに迫るほど怒気の込められた少年の声に、振り向かざるを得なかった。

「どうしたのかしら、坊や?」

「あんたが本物のルフィナさんと同じかはどうでもいい」

「あら、そう」

「少なくとも、あんたが二人の家族として『失格』だってことは言える」

「……なんですって」

「オレの家族は、家族が泣き叫んでたら、優しく抱きしめてくれる」

 火事で家を失った日。あの夜、テレサ先生は自分に何をしてくれたのか。

「オレが自暴自棄になってたら、怒鳴りつけてでも正してくれる」

 怒りのあまり自らの腕を魔獣に差し出した後、クローゼはどんなふうに自分に接してくれたのか。

「それが家族だ。大切な血の繋がりだ。心の繋がりだ」

 そして、心の繋がりは、家族だけではない。

「オレたちの大切な仲間を、弄んだ……! 絶対に、ケビンさんとリースさんの前に向けて謝らせてやる!!」

 未だ、カイトもエステルもクローゼも、魔眼に支配され動けなかった。それでもマグマのようなその怒りは、確かにルフィナに届いた。

「……ふふ、威勢のいい子がいるものね」

 ルフィナは手をかざした。途端にカイトたちの拘束が解かれた。思わずたたらを踏む三人を見届けて、ルフィナは宙に浮く。

「ここは影の国。貴方たちは駒。指し手は私とケビン。全てはルールのままに存在している」

 そして、そのまま出現した闇に消えていく。

「二人は《煉獄》に堕ちた。まだ戦うというのなら、早く《指し手》を見つけることね」

 ルフィナが消えた。気配や言い知れない不安すら去って、彼女が本当にこの領域から消えたのだと確信する。

 ここに魔獣はいない。ひとまず構えた武器を納める三人だが、安穏としていられる状況ではなかった。

「どうしよう、姉さん、エステル」

 数秒考えて、もはや一人前となったエステルは答えた。

「ケビンさんとリースさんを助けるのが第一目標。でも、どこに行ったのかも判らない。まずはみんなに知らせましょう」

 ルフィナは二人が《煉獄》に落ちたと言っていたが、それだけでどこにどう行けばいいのか判るはずもない。

「それじゃ、急いで転移で……」

「まって、カイト」

 逸るクローゼが止めた。

「《方石》がないと、庭園への転移もできないよ」

「あ」

 隠者であるセレストの力の欠片である、今回の事件の象徴ともいえる方石。それは今、ケビンの元にある。

「それじゃ、今から第六から第一まで戻らないといけないのか?」

『いいえ、それには及びません』

 現実の肉声よりもくぐもった、けれど同じ声質の影の王と比べると明らかに受け入れやすい涼しげな声。

「始祖様!」

『すみません、到着が遅れました。方石の気配が消えたので来たのですが、状況を教えていただけますか?』

 力をある程度取り戻したセレストには、そのような能力もあるらしい。それはケビンの方石がセレストの力の及ばなくなる場所まで落とされたことを意味する。そのことに言い知れない不安を感じつつも、三人はただ起きたことを伝えるしかできなかった。

『……ともかく、一度庭園へ戻りましょう』

 セレストが地に陣を描く。促されてその中に入ると、三人の視界が瞬く間に白一色に覆われる。

 数秒の浮遊感の末、気が付くと庭園の石碑の前に転移していた。そして、既に仲間たちが集まっている。

「エステル! 無事だったかい!?」

「ヨシュア」

「ユリアさん、皆さん、集まってくれていたのですね」

「ええ、殿下。セレスト様が異常事態を伝えてくださったのです」

 戻ってきたのは三人だけ。その時点で仲間たちも何かしらの異変が起きていることはわかっている。

 ヨシュアやユリアと同じように、カイトの前に出たのはオリビエだった。

「お疲れ様だね、カイト君」

「オリビエさん」

「納得いかないことはあるだろう。でも、まずは君たちが無事に戻れたことを喜ぼう」

「……」

「そして話し合おう。これからどうするのか」

「……はい」

 守護者の試練を戦った者たち、特にヨシュアやリシャールはまだ全快とはいかない。だが庭園まで来て話を聞くぐらいはできた。

 《紫苑の家》から戻った三人は仲間たちに経緯を明かした。ケビンやリースの深層については大っぴらにしてもいいのか悩んだが、ひとまずは影の王の正体であったルフィナと、ケビンたちが亀裂に落とされたことについて。

 すべきことは決まっている。ケビン達を救出すること。そこに迷いはない。

 だが、方石もない自分たちに何ができるのか、それは判らなかった。

 ケビンについて、仲間たちは知らないことが多すぎた。紫苑の家での出来事を除けば、彼が守護騎士であることを知ったのでさえ、影の国にきてからだ。

 エステルは、たった一つ、ルフィナとの会話の中で気になる単語が出ていたことを覚えていた。

「セレストさん。影の国の中で《煉獄》に関係する場所とかってない?」

 『ケビンたちは煉獄に落ちた』とルフィナが言っていた。ルフィナはまだ、影の国のルールにこだわっている。指し手なくして勝負は始まらない。駒であるカイトたちに向けて、ある種ヒントを出したのだ。

 黙考の後にセレストは言った。

『……ケビン殿が話していた、彼を罰するための《第七星層》。星層は、この庭園から断層のように広がる領域です。なら、きっと探し出すことは不可能でありません』

 煉獄という言葉は、ここに言えるほとんどの人間が日曜学校で教わっている。悪いことをすれば、女神の居られる天井ではなく、悪魔が蔓延り、地獄の業火に焼かれる煉獄に落とされるのだと。

 考えてみれば不思議なことばかりだった。影の国で出現する魔物は、ケビンやリースをして教会の聖典から這い出てきたような存在だった。

 影の国には、《輝く環》のサブシステムとして人々の想念が現実となる法則が働く。だからこそこの異界にもカシウスや、果てはレーヴェのようなもう亡くなっている者たちまでが実態を持って現れたのだ。

 影の国は、想像の産物でさえ実体を伴って顕現させる。だから悪魔やルフィナでさえ顕現した。

 ならば、異界化した王都やル=ロックル峡谷が出現したように、煉獄と言うこの世の果てが顕現してもおかしくはない。

「なら……オレたちはどうすれば?」

 いずれにせよ、頼みの綱はセレストただ一人だった。教会のこと、ケビンこと、それぞれを知らない自分たちに、何ができるでもなかった。

 それでも、仲間を救うことを諦めるわけがない。誰もが、今自分たちにできることを探し求めている

 セレストは言った。

『ケビン殿を罰し続ける場所であれば、そこには本当に多くの苦しみや、それこそ悪魔も待ち構えているでしょう。仲間を文字通りの煉獄から救い出すため……あなたたちは今こそ、英気を養ってください』

 仲間たちは、皆神妙な顔になって頷いた。少しの沈黙の後、まず最初にジンとオリビエが石碑から離れ、仲間たちがぞろぞろとそれぞれの場所に向かう。

 アガットやジンはいつも通り鍛錬に。ヨシュアやリシャールは、全力を出すためにはまだ休息が必要だった。ティータやジョゼットなどは、自分の得物を調整していた。それぞれがそれぞれの方法で、セレストの言った通り万全を期そうとしている。

 ケビンか、あるいはリースがいない停滞は初めてだった。第一層から第六層まで、仲間たちは常に進み続けてきた。だから仲間たちの中には集中しきれていない者もいる。

 ケビンとルフィナの会話を見た者の中で、特にカイトはそれが顕著だった。カイトは元々戦闘を想定して紫苑の家に向かった。既に銃と戦術オーブメントは調整済みだ。上昇志向はあるが、こんな時まで鍛錬するほどアガットのように戦闘狂ではない。

 とはいえシェラザードやレンのようにトランプ遊びに興じれるほどの余裕もない。

 結果……カイトは区画間の通路で手持ち無沙汰となっていた。通路に腰かけ、夜空をぼんやり見上げている。

「カイト君、どうやら集中できてないようだね?」

 と、そんな少年に声をかけたのは漂泊の詩人だった。

「判りますか? オリビエさん」

「姫殿下ほどじゃないが、機微には聡いつもりだよ」

「はぁ。でも、別に追い詰められてるわけじゃないんですけど」

「いいじゃないか。僕も銃の調整が済んだ。少しぐらい君とも付き合いたいんだよ」

「ミュラーさんはいいんですか?」

「やだなぁ、彼の穏やかな寝顔は毎日拝んでいるんだから」

「うわ……」

 ミュラーが出汁に使われる、仲間内では珍しくもない会話だった。

 見れば、ミュラーはユリアと何事か話しているようだった。この影の国にきてから、王族に仕えるあの二人が一緒にいるのをよく見ている気がする。カイトはヨシュアと違いそこまで朴念仁ではないので、二人の様子を見れて少し嬉しい気持ちになった。

 少年はオリビエに向き直った。

「で、オリビエさんは世間話のために来たんですか?」

「そんなんじゃないよ。僕はケビン君たちを救出したら、君と一緒に未来を語るんだ……」

「え、なにその不安な決意……」

「君に話したいことがあるのは確かでね。でも君はいつになく集中しているようだし、恩を売ったら話には付き合ってもらえると思って」

 オリビエはカイトと同じく通路に腰を下ろして、足を夜空に投げ出して座った。

「聞けば、君は影の王……ルフィナ女史に啖呵を切ったそうだね?」

「まあ、はい」

「『本物のルフィナさんじゃない、ケビン君たちの家族として失格だ』……様々な家族の在り方を知っている君らしい啖呵だと思うよ」

「えっと……話が見えてこないんですけど」

 いったい、今の自分に売る恩とは何のことだ。

 オリビエは続けた。

「迷いはないけど、気になることがある。そんなところかい?」

 相変わらず彼の思い通りにされるのは少しばかり癪に障るが、さすがにお互いの遺志をぶつけ合った仲間だった。

「確かにルフィナ(あの人)が偽物だってことに迷いはないですよ。現に妹のリースさんもそう言ってたわけですし」

 ルフィナとの邂逅は、仲間を傷つけたという意味でカイトの怒りを生んだ。リースが言ったように偽物である以上、ルフィナだといって遠慮する必要はない。仲間たちのように、彼女と面識がなければなおさらだ。

「でも……《本物》と《偽物》って、どうして決まるんだろうって思って」

 だが、実際のところケビンはルフィナにトラウマを持ち、そのトラウマによって偽物であるはずの影の王(ルフィナ)に対して動揺していた。そこに本物か偽物かという違いは関係なく、ケビンはただ目の前の存在と自分自身との戦いを迫られたのだ。

 影の国に召喚されたカシウスは間違いなく本物ではない。だが彼は確かに子や弟子たちの成長を喜んで、仲間たちは彼と心を交わした。その時間は確かに本当だった。

 ケビンも、あの偽物のルフィナに本物を見ている。

 では、再現された彼ら自身は自分のことをどう考えているのだろう。

 リースが断言したように、仲間たちが考えているように、再現されたとしてもそれはその時点で本物ではない。本物の存在ではないという自覚がある時点で、それは本物とは絶対的に存在の自覚が異なる。

 例えば自分がカイト・レグメントの《偽物》だったとして、その自覚があるとして、その時自分は何を思うのだろう。『自分はカイト・レグメントであって、しかしカイト・レグメントではない』という矛盾に苦しむのだろうか。『カイト・レグメントではない何者かになろう』とするのだろうか。それとも、『自分を殺して自分が本物になろう』と反逆するのだろうか。ただ本物になろうとする行為こそ、自分が偽物であることの何よりの証明にはならないだろうか。

 少なくとも守護者の試練として呼び出されたカシウスたちは、その役割を規定させられていたからこそ、戦うことになった。

 なら、自らを『本物に限りなく近いルフィナだ』と断言した彼女は、何のために、何の感情とともに、この事件を進めているのだろうか。

「《本物》と《偽物》か。確かに興味深い問いだね」

 オリビエは普段は酔狂なくせに、帝国皇子だけあってこういう時の顔は端正に見える。思索にふける表情は、一見して崇高な学徒と遜色なかった。

「守護者たちはあくまで記憶は消去されるというし、役割に殉じている。実際は僕たち以外にその認識はないし、現実の彼らには影響は何らないだろう」

「オレたちさえ藪蛇をつつかなければ現実のカシウスさんたちには問題にもならないということですか?」

「ああ。だが……確かに偽物であると自負している彼女の思考は気になるところだね」

 本物を超えようとして本物とかかわりのあるケビン、リースに手をかける意図のあった彼女は、果たして度よような立場で《ルフィナ》を名乗っているのか。本物と信じて疑わないのか、偽物だからこそなり上がろうとしているのか。

「カイト君は、自分が《偽物》だったら、どうするんだい?」

 あまり笑えない冗談だ。先も少し空想はしたが、そもそもここにいる自分は本物と言えるのだろうから、偽物の気持ちになれと言われても判らない。

「それって、他に本物の《オレ》がいるってことですよね? そもそも考えたくないですよ」

「いや。自分が《偽物》だからって《本物》がいるとは限らないだろう」

「え?」

「同一の存在、という意味での本物と偽物じゃない。自分に与えられた評価や称号が、自分に見合うか否か……そんな本物と偽物もいるだろう」

 それは盲点だった。だが納得のいく話だ。

 ここには遊撃士から軍人、技術者、果ては結社の執行者までたくさんの人間がいる。それぞれ立場としての求められる姿があるだろう。

「ルフィナ女史はケビン君とリース君の姉君だ。彼女自身も優秀な星杯騎士だったという。もし影の王に『本物のルフィナだ』という自覚があり、そして本物と同じ思考力があるなら……」

「きっと、今の自分に苛立っている?」

「あくまで可能性の話しだ。役割に殉じているのなら、そんな葛藤も意味はないのかもしれないしね」

 カイトから見たルフィナは仲間を誑かす敵という認識でしかなかったが、少なくともルフィナ・アルジェントという存在の表裏一体であることは間違いない。

 ケビンはきっと、今も彼女の影に苦しめられている。カイトにとって、ルフィナを敵とは言い切れない存在として認識できたことは幸いだった。

「ありがとうございます、オリビエさん。答えのある問じゃないけど、少し整理はできたと思います」

「それは何よりだ」

「ただそうなると……はぁ」

「どうしたんだい?」

「オリビエさんの話を聞かなきゃいけないのかぁ」

「その仕打ちは酷くないかい!?」

 と、その時。

『皆さん、石碑の前へ。ケビン殿たちの所在が分かりそうです』

 セレストの声が庭園中に響いた。気配察知を探索手段としていたからか、意外に早かった。

 オリビエとの会話で気持ちの整理もついたからか、カイトは身軽な様子で立ち上がって、オリビエに背を向けた。

「今のは冗談ですよ、オリビエさん。聞きますから、ケビンさんたちを助けた後で」

「君こそ不安な決意じゃないか……」

「さあ、行きましょう。大丈夫ですって、ちゃんと聞きますから」

「シクシク……絶対だからね!?」

「どんな口調ですか………」

 やいのやいのと言い合いながら、二人は石碑に向かって歩いていく。

 カイトには、まだ考えていることがあった。

 ルフィナについては整理できた。新たに思うのは、ケビンの今の心境について。

 あれだけ頼もしく仲間たちを導いてきたケビンが、その心はボロボロに傷ついていた。

 ケビンは罰を望んでいた。それはルフィナが言ったことだが、ケビン自身も肯定したことに間違いはない。

 そんなことを考えたことはなかったが、ヨシュアもまた自分を殺しかねないほどに思い詰めていた時期がある。

 その人の過去が軽い、重いなど口が裂けても言えないが、人は耐えられない重圧に自らを貶めようとすることがある。それはヨシュアやケビンだけではない。誰もがそうなってしまう可能性を持っているのだと思う。

 当然、自己犠牲はよくない。リースも、『安易な道だ』といってケビンに活を入れようとしていた。そして自分たちも同じだ。リースがいて、仲間たちとの縁があるケビンを見殺しにはしないし、きっと今のケビンならヨシュアと同じように光の世界に戻ることもできるはずだ。

 それでも、覚悟しなければならないと思った。考え続けなければならないと思った。自分や、頼もしい仲間である誰かが、いつか煉獄へ落ちようとしている時のために。

 

 








いざ、仲間を救いに。
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