心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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32話 魔の都市の遊撃士③

 

 

「アレックス・ダドリー……捜査官っ?」

 視界には、未だ縦に重力の法則がねじ曲がった地面と、その身分を証明する黒革の手帳だけが存在感を発揮している。体は後ろ手と腰を押さえつけられ動けず、焦りながらも男の言葉の意味を考えるほかに行動のしようがなかった。

「そうだ。これで、ようやく貴様の置かれている状況が判るのではないか?」

 捜査官。クロスベル警察の。一瞬それが本当かどうかを考えたが、物理的な証明はできなくとも何となく理解はできる。

 まず自分を床に組み伏せた体術。これは明らかに対人戦を想定しており、なおかつ一見して演舞などのような観客に魅せる技術とは離れていたように感じた。自身の流派を持つ先輩遊撃士の武術とは違う、敵を静かに制圧するためだけの体術。

 そして男の身なり。ともすればクロスベルらしいビジネスマンのようなスーツ。少なくとも下手なならず者やチンピラが手に入れられるようなものではない。ついでに某結社のような変人の巣窟出身でもなさそうだ。

 何より、警察という治安維持組織の身分。遊撃士とは違い、どちらかといえば軍人に近しい事件の捜査をする組織。不審者の捜索というのは――ほんの一瞬過去の対話から違和感を呈したものの――実行しても何もおかしくない行動。

 極めつけは、今の自分の立ち位置。今日初めてクロスベルに来た、住民の全員と初対面のよそ者。一見して子供とはいえ、住宅街の住民でない、ひっそりと存在する市が管理する扉に数時間前に入ったまま出てこない若者。

(……控えめに言って怪しさ満点だよこれ)

 正規の手続きを踏んでここまで来ているので決して違法行為ではない。だがいかなる経緯か自分の存在を駆けつけた捜査官が、こうして張り込んで戦闘技術を持つ自分を抑え込む理由はわかってしまった。

「理解してもらえたようでなによりだ。そろそろ、署までの同行を願おうか?」

 ミシェルから提示された三つ目の依頼である不審者の調査のための行動をしていた自分が、あろうことか不審者として疑われている。

 だが理解できるとはいえ、納得したくはない。一体いつ自分が悪事を働いたというのだ。

 そろそろ地面に押さえつけられた体も冷えてくる。さずがに苛つきも覚え始める。

 まったく、どうして飛行船の後ろの席の男性といい、クロスベルへ来て半日もたっていないのに嫌な人間にぶち当たるのだろうか。

「オレは……カイト・レグメント。遊撃士だ」

 憎々しげな声色を抑えきれず、地面に向かって吐き捨てる。

 自分を組み伏せる男──ダドリー捜査官は数秒たってから、なおも変わらず淡々とした威圧感でもって制圧を続ける。

「クロスベルに現在常駐している遊撃士は五人だと聞いているが?」

「今日クロスベルに来たばかりなんだ! 遊撃士の紋章に、手帳だってある! ポーチを見てみろよ」

 地面から体の前面に伝わる冷感と対になって、ダドリー捜査官が少年の武装を物色する物音。やがてそれが静まる。

「……カイト・レグメント。準遊撃士への就任、正遊撃士への昇格はともにリベール。現在G級、新人か」

「……判ったら一旦どいてくれない?」

「わざわざ怪しげな場所へ踏み込む理由はなんだ」

「ジオフロントには依頼があって入ったんだ! 遊撃士を知ってるならそれぐらいなんとなく判るだろ!」

「フン」

 ようやく、雑に、後ろ手が解かれた。視界の黒革手帳と入れ替えに遊撃士手帳が置かれる。

 やっと地面から体を引き剥がし、発散できない怒りのままに、胡座をかいて座り込む。

「くそ……」

 未だ自分の正面で立ったままの男を見上げた。

 落ちつつある夕陽はカイトの視界に逆光を産むが、その中でも男の存在感は明らかだった。

 既に見た青のスーツ、緑の短髪、眼鏡に威圧感ある瞳。総じて仏頂面。おまけに長身、体もかなり鍛えられている。

 先程背後に感じた銃の感覚を頼りに見てみれば、スーツの裏には、大型の軍用拳銃が携えられているのが同じ銃使いとして辛うじて見てとれた。

(そんなデカイ銃を住宅街のど真ん中で構えたのかよ……)

 第一印象は最悪だ。

「ともかく、オレが不審者じゃないってことは理解してほしいよ」

「手帳も紋章も本物。新人遊撃士が来るなどこちらの耳に入っていなかったが、認めるしかないようだ」

 さすがに仲もよくないのに自分が来ることなどを伝えられても困る。それとも何か、警察と遊撃士には見えないパイプでも通っているのか。

 いや、それよりも気になることがある。

「警察は《住宅街の不審者》について、動いていないんじゃないのか? 市庁舎でそう聞いたけど」

 前二つの依頼の情報を集めるにあたり、市庁舎で幾人かの職員と言葉を交わした。そのなかで「警察は不審者について取り合ってくれなかった」と聞いている。

 ようやく立ち上がろうとするカイトをなおも見下ろし、ダドリー捜査官は言う。

「その通りだな。被害も見受けられないたかだか不審者を一々追いかけていられるほど、警察は暇ではない」

「むっ」

 鼻につく物言いに息が漏れるが、カイトは続けた。

「でもその優先度が高まるほどの件かもしれない。だからアンタが動いてるってこと?」

 本題を問う。元々カイトが引き受けたのは単なる──不審者の時点で『単なる』とは言えないが──不審者の、その様子などを調査するだけだった。未だその人物がなにか犯罪に関わったと判明した訳でもなし、情報を集めて終わりだった。

 だが、予想が正しければそれだけでは終りそうにない。

 口調は少年らしいが突然の詰問。これにはダドリー捜査官も驚いたか、一瞬呆けた後に解説を入れてくる。

「概ね正解だな。正確には、この件単体ではなく別の事件の関係者の疑惑だが」

「そっか。転属早々に重要案件に当たるって、怖いなぁ」

 市民が言った通り、警察も今までこの不審者のことを聞いても長いこと放置していたらしい。だが最近警察が取り締まる事件に関係するかもしれない。

 それが判ったのも昨日今日のことで、ダドリー捜査官が住宅街近辺を調べ始めたのも今日になってからだとか。先ほども考えたが、そういった過程を経て自分がジオフロントに入っていくのを嗅ぎ付けたなら、確かに自分を雑に組み伏せるのも辛うじて納得できる。その重要案件が、どのようなものかは知らないが。

(さて、どうするかな)

 単なる依頼が、ちょっとした事件を予感させる。なんだか結社の影を追ってきたことを思い出させる。

 と、何も言えずに黙っていると、ダドリー捜査官は踵を返して立ち去ろうとするのが見えた。

「あ! ちょっと!」

「確認もせずに抑えつけたことは非礼を詫びよう。だが、多忙な遊撃士殿と語らう時間はないのでな」

 一々言い方が鼻につく。単に公的組織と民間団体のいがみ合いというより、どこか複雑な想いがあるような。

 いや待て。それよりもだ。自分が支える籠手の一員なら、やれることもある。

 まだ時間は五時を過ぎたばかり。残り数時間、できることはあるかもしれない。

 カイトは腰をあげ、革靴を鳴らす捜査官の背に言葉をもって攻めこんだ。

「不審者の調査に来たんだろう? 目的が同じなら、協力もできるはずだ!」

 カイトの言葉に、男が不意に止まる。

 わずかな沈黙がカイトを不安にさせるまで続いてから、男は口を開けた。

「協力、だと?」

「そうだ。オレは情報を持ってる。とても小さなことだけど、調査の面倒くささを一つは省けるはずだ」

「貴様ら遊撃士と、我々警察が協力だと?」

 繰り返される協力という言葉。まだ、アレックス・ダドリーは振り返らない。

 なんだ、何が気に入らない。

 ようやく振り返ってくれた。だが、その目には今までとは違う感情が見える。怒りというより、『やるせない』。

 捜査官は言った。

「お互い、視るものが違う。裁くものも違う」

 それはリベールでもよく考えさせられた、お互いが守れる存在の領域。守るべきもの。

 リベールでおきた古代龍事件。その時カイトは帝国にいたが、事件にかかわったエステルやアガットが教えてくれたのだ。リベール王国軍将軍、モルガンが彼らに告げた言葉を。

『遊撃士は人を守る。我ら軍はそれに加え、《国》を守らねばならん』

 軍隊と警察。違いはあれど同じ公的な組織。ダドリー捜査官が言う意味も判る。

 恐らくダドリー捜査官が言う『我々が追っている事件』とは、人身に直接被害が被らない、遊撃士が例え人民保護の原則を掲げたとしても動くことができない事件だ。

 今までカイトが経験した緊迫性のある事件はいずれも遊撃士が何かしらの形で堂々と動くことができていた。恐らく、今回はそれがない。

「遊撃士は、人に害が及んでいない犯罪者を捉えられない。そもそも貴様がこの件に首を突っ込んでいること自体が異質なのだ」

「そんなことくらい、依頼を受けた時から判っているさ。だから今回の件はあくまで『調査』なんだ」

 そもそもこの依頼はダドリー捜査官が追っていた事件とは別の騒ぎだった。最初は調査だったわけで、直接遊撃士が解決できない可能性もあった。それでもカイトに出番が回ってきたのは、それまで警察が動かなかったからという理由もあるだろう。それなのに、何故今更我が物顔をするどころか協力さえしようとしない?

「その調査対象は我々が追う『遊撃士では追えない』件に繋がった。今更でしゃばられたところで足手まといだ」

 加えて、こちらが思った罵倒を正面から返されては、怒りもそうだし困惑だってする。

「待てよ! 事件を解決するのが目的なら、ちょっとくらいお互いを利用しようとは思わないのか!?」

「必要ない。貴様らは、我々の負う事件に関与できない」

「だから、あくまで《調査》として協力ができるんだろ!」

「我々を甘く見ないでもらおうか。質の違う《推理》を前にして、素人を頼るほど追い詰められているわけではない」

 カイトもカイトで、自分が我が物顔でしゃしゃり出ようとしているわけではない。あくまで事件解決のための協力をしたいだけだが、アレックス・ダドリーにとってはその無知が気に入らない。

 最後に、そもそもの前提を言い切った。

「それとも、クロスベルへやってきて一日にも満たない今の貴様が、我々に協力することで事件がスムーズに解決するとでもいうのか?」

「う……」

「貴様にできるのは、せいぜい元の依頼の通り住民への聞き込みをすることぐらいだろう」

 実力的にも、規則的にも協力は不可能。そして、かつてのエステルのように気持ちを買って協力を容認してくれるわけでもない。正真正銘、理屈で跳ね除けられた。

 再びダドリー捜査官が踵を返す。

「適材適所。私から言えることはそれだけだ」

 逆にカイトは何も言い返せなかった。ダドリー捜査官の真意がわからなくても、言われていることの意味は判る。正遊撃士になったのだ、いつまでも子供ではいられない。

 けれど、子供と言われても自分の中の最善を模索すること、それを止めたくはなかった。

「……ジオフロントB区画の最奥付近に、人が何日か住み着いてた形跡があった!」

 だから最後にその言葉だけをダドリー捜査官のいかつい背中に投げつけて、彼が去っていくのを見えなくなるまで見届けた。

 夕陽が、少しずつ落ちようとしている。

「……顎がいたい」

 一人ぼやく。最初に組み伏せられた時に地面に打ったものだ。街中で無警戒だったとはいえ、完全に流れるような体術。軍用拳銃に騙されてしまいそうだが、体術のほうが得意なのではないかと思わされるほどの技術だった。全員が全員彼ほどではないだろうが、治安維持組織なのだから修めていて当たり前だろう。

「クロスベル警察、か」

 初日から衝撃的な出会いの数々。いったい、これがどれだけ続くのだろう。

 

 

────

 

 

「なるほど。顛末については了解したわ」

 午後七時。カイトは遊撃士協会クロスベル支部にいた。

 目の前にはミシェルがいる。彼は、たった今カイトが報告した三つの依頼達成の経過をまとめていた。

「ふぅ……近々財団の最新式導力器が届くからいいけど、やっぱり手書きはめんどくさくなりつつあるわね」

 何やら事務作業についてぼやいているが

「とりあえずお疲れ様。経過報告を介して貴方のことも大雑把には理解できたし、遊撃士としての能力も知ることができたわ」

「とはいっても、急にハイペースな依頼の連続には困りましたけどね」

 乾いた笑いを続けるカイトだが、ミシェルやこの支部で毎日のように働く遊撃士からすれば当たり前のことなのだろう。これからのことを考えると、少し戦慄もしてくる。

「貴方はリベール育ち、あそこは質はともかく量だけで言ったらゆるい場所だから。貴方がこの支部でどれだけ耐えられるのかは知りたかったし。だからこその今回の依頼内容だったのよ」

 カイトが予想したとおり、三つの依頼は考えなしでなく今回のカイトに適切なものが選ばれたようだった。いずれも単純な能力だけでなくマルチタスクなどの複合的な能力もあるのかどうか、ということだ。

 主には手配魔獣と捜索物の依頼がそれにあたる。そしてカイトにとって三つ目の依頼は、別の印象が植え付けられる依頼となった。

「えっと……三つ目の依頼、希望の調査のみ行いましたけど、いいんですか?別の事件と繋がっているかもしれないのに」

 結局、カイトは当初の予定通り不審者の情報を近辺の住民から聞き出すに留めた。その殆どの人から感謝をされたのだが、最悪な第一印象となったあの捜査官とのギャップに困惑が隠せなかった。

 住民たちから聞くことができたのは、住民の誰とも知り合いではない男がいたことや、その男が決して警備隊や警察・遊撃士のように人前に出れるような身なりではなかったということなど。特に小さな赤髪の男の子から男の挙動について聞けたのは僥倖だった。

 それらの情報から不審者の行動指針を決めるには至らなかったが、確かに住宅街で何か悪事を企むような動き方ではなく、その行く先は別の街区にあった。そしてそこから先は、恐らく警察の手に委ねられる。残念ながらカイトができたのは住民に安心感を与えることぐらい。それでも支える籠手の存在意義はあったのだろうが、大勢に影響を与えるものではなかったことについてカイトは少しの悔しさを覚えている。

 そんなカイトの性格をミシェルは早くも理解したのか、彼は落ち着いた声で諭した。

「判っているわ。でも、私たちが現状できるのはここまで」

「そういうものですか……」

「この依頼は遊撃士と警察の関係について、さわりだけでも知ってもらえればと思ったのよ。警察が関与しない事件に遊撃士が関わることでね」

 大まかにでも感じるカイトの違和感は、既にミシェルも知っているものだった。この消化不良感が、クロスベル特有の遊撃士の悩み事か。

「まさかアレックス・ダドリーが出張る事件と関わっていたとは予想外だけど」

「有名なんですか? あの人」

「クロスベル警察の中でも花形の捜査一課、そのエリート捜査官よ。どうにも堅物で扱いづらいのだけれど、実力は本物」

 実力が確かなもの、というのは判る。先ほど感じた体術もさることながら、カイトを捉えたあの眼。遊撃士への感情、それ以上に焼き付いた正義感という意志だ。

 そういったただ単に下っ端の兵士と遊撃士が睨み合うのとは違った複雑な状況が、このクロスベルにはある。

(違和感は感じるけど、判らないな)

 足元を見つめながらブツブツと呟いていると、自分の世界に入りかけた少年にミシェルが声をかける。

 パンっと手を叩く音。カイトは顔を上げた。

「ま、今日はまだ一日目。その違和感の正体は、またの機会にでも教えてあげるわ」

 今までとは違う、どこか優し気な声だ。

 そう、まだ一日目。判らないことを解決する時間はいくらでもある。

「今貴方が感じている違和感。それを自身の中で、あるいは結果として多少なりとも落としどころに持っていけたら、クロスベル支部の遊撃士としては一人前になったと言える。そこを目指して、頑張ってちょうだいな」

「まあ、はい」

「今日は貴方が三つの依頼をこなしてくれたおかげで、先輩遊撃士たちも早めに帰ったし、顔合わせは明日以降でいいでしょう。貴方も変える頃合いだわ」

 ちなみに、この時間帯まで遊撃士が残って業務をこなすことはそう珍しいことではないらしい。非常時はともかく日常でそれがあるというのは、やはり少し戦慄してしまう。

 ともあれ、一日目も終わりか。そう思って姿勢を正そうとして、ミシェルが正面からこちらを見ているのに気付いた。

「えっと、なんですか?」

「最後に一つ、聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「ええ、そう。どうして、正遊撃士の資格を得てそう時間もかけずに、このクロスベルへやってきたを」

 ミシェルはいよいよと言うように聞いてきた。少なくとも表面上の理由では、ミシェルはすでに自分のことを知っているのだから。それに国ごとに多少の文化風潮の違いはあれど、本来遊撃士協会にそんな新人を拒否するような手合いなど存在しない。それはミシェルがも同じだ。

 ミシェルが知りたいのは、カイト自身の心の在り方だった。道を選択した理由だった。

 今日来たばかりの時の、カイトという存在を確かめるようなものでもない。依頼を渡す時や先ほど報告を聞いているとき、また疑問について回答を述べるときのような事務的なものではなかった。

 純粋に同じ道を目指し、同じ場所で働く同志としての問いかけのようなもの。

 カイトは、偽りなく答える。リベールの異変、自分の道を決めた時、そして大切な人に道を歩むことを告げた時のことを思い出しながら。

「……オレ自身の、目標のためです」

「へぇ?」

「オレには目標がある。不可能に近くて、できないって判り切ってて、でも遊撃士として絶対に諦めたくない目標が」

 それは、カイトが旅の中で培った史上の命題だ。だが。

「確かに遊撃士としての理想像があるなら、常在戦場なこのクロスベル支部に身を置くのはいい選択ね。でも、選択肢はここだけじゃないわ」

 ミシェルは続ける。

「遊撃士自体が動くに動けない今の帝国なら、一から遊撃士の存在意義を模索することができる。民族問題というデリケートな事象を抱える共和国なら、特異なバランス感覚を養う事もできるでしょう」

「大国独自の強さに立ち向かう遊撃士の力ですね」

「総本山のレマンなら遊撃士の真髄を学ぶことも研修を受けることも、エプスタイン財団の地域派遣団として辺境を知ることもできる」

 支える籠手の紋章を掲げ、民間人の安全を第一に考えて行動を起こすのが遊撃士だ。人が人である以上、人が人として発展する以上、遊撃士の需要というのはどこでもあり得る。ましてや、国ごとにそれぞれ問題を抱えているのだから。そのどこに身を置いたって、考え方次第でどのようにも成長はできる。

「そういった数ある、貴方にとってプラスになる選択肢の中で、あえてクロスベルを選んだ理由は?」

「……それは」

 カイトは少し考えた。

 正直、クロスベルそのものを選んだ明確な理由があるわけではない。むしろ、共和国には一緒に仕事をしようと誘ってくれた先輩もいる。レマン自治州の研修は同僚も経験していたので、興味もあった。なので目標や感情から言えば、クロスベルは否定する要因しかない。最近は単純な仕事が多かったので、同じような単純でかつ難しい依頼が続く、常在戦場と謳われるクロスベル支部にはむしろ寄り付きたくないというのが、カイトの不真面目な面で抱いている感情でもあったりする。

 けれど、判り切った嘘をついても仕方ない。目標と同時に、自分の想いを言うことにした。正直に。

「勘です。いや、予感って言ったほうがいいかもしれない」

「うふふ」

「ここに、オレが必要とする何かがある。オレを必要とする誰かがいる。そんな、変な予感がするんです」

 カイトは気づいてはいなかった。彼の心境を変えることになった帝国での旅路、そこで何度も聞いたクロスベルという場所に、めんどくささに勝る何かに引き付けられているのを。

 そんな、カイトの決意を感じたのか。ミシェルは、今度こそ頼もしい笑みを浮かべた。

「判ったわ」

 そうして、カイトに向けて右手を差し出した。

「遊撃士協会クロスベル支部は、カイト・レグメントを歓迎します」

 カイトも右手を差し出した。そうして、これから降りかかるであろう困難な情景を、楽し気に予想して。

「ようこそ、魔都クロスベルへ。たぶん、リベール以上にバラエティー豊かな仕事が舞い込んでくるだろうから、楽しみにするといいわ」

 

 

 

 







ダドリーのカイトへの呼び方、『貴様』で違和感ないかなあ……『お前』だとロイドに言っているっぽいし、『貴方』とか最初以外の『遊撃士殿』はどこかずれてたりするし。

クロスベル編におけるプロローグ、終了。
次回、第33話「Crossbell Diary」です。

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