心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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39話 またいつか会うために①

 

 

 影の国の第一星層、《翡翠回廊》に鎮座する偽物の高速巡洋艦《アルセイユ》。

 今、《白き翼》は仲間たちの願いを受けて、輝きと共にその機体にエネルギーを宿すことに成功した。

 仲間たちは歓声を上げる。その高揚した空気と共に、アルセイユは翡翠回廊から羽ばたいた。

 仲間たちの狙い通り、アルセイユは動いてくれる。目指すは星層の外側──影の王が待ち受ける、影の国の荒野の一点へ。

 臨時クルーは艦長ユリアを筆頭に、ミュラー、ジョゼット、ヨシュア、リシャール、ティータが引き受ける。残る仲間たちは万一の補佐に備えつつ、ブリッジに集まっていた。

 仲間の他にいるのは、隠者セレストと、そして巻き込まれていたギルバート。この場にいるのは彼自身が不服なのもあったが、彼も生身の人間である以上ケビンたちと道を共に行く必要があった。

 アルセイユは依然進み続ける。やがて星層の境目付近に辿り着くと、世界は七色に色彩を変える万華鏡のような景色へと変貌した。

 その頃、ジョゼットが驚きの声をあげた。彼女が管理しているアルセイユの飛行速度が、見る見る間に限界速度を超えていったのである。やがては現実での限界である時速三千六百セルジュを超え、時速六千セルジュもの規格外の域へと至った。星層と呼ぶまでもなく、世界の模様が星屑のように流れ去るそれは、この危機に反して幻想的な光景だった。

 主砲も用い、星層の壁を破壊する。やがてブリッジの窓全面に現れたのは、文字通りの闇色の空の下に広がる不毛の荒野だった。

 見渡す限り、本当に何もない。水源も、草花もなく、ただ瓦礫とひび割れた大地があるのみ。「まるで東の大地のようだ……」というジンの呟きは、カイトだけが耳にすることができた。

 無事アルセイユで目的地に行けそうだ。だがこれまで絶望的な試練を与えてきた影の王は、そう簡単には行かせてくれなかった。星層領域から結社が開発したトロイメライ=ドラギオン、黒銀の守護者が追ってきたのである。短期の飛行速度なら今のアルセイユにも引けを取らない機体だ。

 後方甲板に出れば、アーツなどで仕留めることも不可能ではない。カイトが言い切る前に名乗りを上げたのは、まさかのギルバート・スタインだった。

 エステルに疑われ、リースに休息を進言された彼は余裕の表情でブリッジから出る。一分もたたずに、彼は影の国の法則に従って、自らの愛機《G-アパッシュ》を顕現させたのだ。

 そのままアルセイユに先に向かうよう叫ぶギルバート。「自分の役目はここで敵を食い止めること」、その姿にカイトが少しだけ見直したのだが、孤児院の一件もあって彼の中では《ギリギリ小賢しい敵》に昇格しただけだった。

 彼の意志を無駄にせず、アルセイユは後ろを振り返らずに羽ばたく。

 そして──

「みんな、目的地が見えてきた! モニターに写すよ!」

 ジョゼットが焦りと共に操作盤を忙しく操作する。

 不毛の荒野にただ一点。遥か後方にある星層を背にすると、まるで待ち構えるように正面にそびえている。地平線から姿を現したその時からはっきりと姿が観察できるのは、その《城》が現実では建築できないほどに巨大すぎるせいだった。

 地に構え、三角錐のように中心にそびえるような、そんなグランセル城やバルフレイム宮とは本質から違う。(つぼ)型のように、不安定な下部構造、中層が最もでっぷりと膨れ上がり、そして最上層は天を指し示す。

 果たしてどこが重力下なのか判らないほどに、上下関係がでたらめな配列がうかがえる部屋の数々。果たしていかなる機構で動いているのか判らないほど、自律的に開閉や動きを繰り返す扉や大時計。

 まさしくこの世のものとは思えない、幻影に(そび)え立つ城。

「ケビン殿」

「ユリアさん。どうか、そのまま入ったって下さい」

 城は大きすぎた。アルセイユが小鳥に見えるほどに。城の中腹にはドックのような場所があり、その扉もまた自動的に開かれた。アルセイユが腹に飲み込まれるように、その中へ侵入する。

 速度を落とし、アルセイユは無事に停止した。その中から招かれる客が、仲間たちが幻影城へ入り込む。

 ドックからそのまま進むと、仲間たちの目の前には、巨大な四つの門があった。左右の門、中央の門、中央の門の両脇から階段で上がった先にある、一際大きな門。

 その様子を呆然と見ている仲間たち。ケビンが一人、叫んだ。

「姉さん! いや……《影の王》!! お望み通り来てやったで!!」

 その声は震え、口を噛み、無様にわめくように聞こえる。だからこそ正直で、誠実で、頼もしかった。

「俺はもう逃げも隠れもせん!! ここで決着をつけようやないか!!」

『いいだろう。ようこそ、我が《幻影城》へ』

 虚空に声が響く。

『右門。立ちふさがるは《金の巨人》』

 向かって右側の門が、重々しい軋轢(あつれき)音と共に開いた。

『左門。立ちふさがるは《黒の幻想》』

 左側の門が開いた。

『正門。立ちふさがるは《紅き聖獣》』

 中央下層の門が開いた。

『そして大門。立ちふさがるは……《世界の意思》』

 冥府の叫び声のような金切り音と共に、上層の大門が開いた。

『贖い人はその魂に、()()の力を携え大門へ。駒たちは等しく三つの門へ』

 四つの門から、轟々と風が吹き荒れる。

『それぞれの終点には、趣向を凝らした出迎えもある。それをもって、雌雄を決するとしよう』

「ああ……望むところや」

『さあ、最後の遊戯版を始めよう!』

 そのまま声は途切れた。風と圧力はそのまま止むことなく、依然として仲間たちを叩きつけている。

 ジンは言った。

「どうやら……奴さんは最後までゲームにこだわるようだな」

 リシャールが続けた。

「それこそが、彼女が《影の王》たる所以なのだろう」

「なら、皆さん。最後までそれに付き合ってやりましょうや」

「ケビン……」

「大門は、俺とリース……他に三人。それ以外の門は等しく四人。そういうルールらしい」

 金の巨人。黒の幻想。紅き聖獣。どれも心当たりある称号だった。レンやアガットなどが特に、それぞれ自分の直感を信じて、自分が行くべき扉を決める。

 そして大門、《世界の意思》。ケビンという魂に、その道を共にする四つの器を。右腕たるリースと、彼を助ける左手と、進む足を生み出した両の足として。

 そして大門はケビン、リース、カイト、エステル、ヨシュアの五人が引き受けることになった。

 もう、庭園の時からそれぞれ準備はしていた。武器の調整も、心を落ち着かせ昂らせることも。

 ケビンは仲間たちを見る。

「ここまで来たから、もう何をとやかく言うのはやめにします。でも……これだけは言わしたって下さい」

 仲間たちは何も言わない。なにも言う必要はなかった。隣にいる人の、正面に立つリーダーの、全員の考えることはもう、判りきっていたからだ。

 だから、真の意味でリーダーになった弱虫な青年の言葉を受け取るだけ。それだけで、仲間たちは奮起できるから。

「皆、後でな……! 試練を乗り越えて……またみんなで会いましょうや!!」

『──おおお!!』

 誰もが快哉をあげる。もう、迷うことはなかった。十七人全員が、それぞれ向かうべき巨大な門を、導かれるように潜る。

 セレストだけは、ここに残ってそれを見ていた。仲間たちの行く末を、誰一人見逃すことなく目にとどめて、誰一人欠けることのない未来を願う。

 そして、全ての門が閉じられた。

 

 

────

 

 

 大門へ突入したケビンたち五人は進む。

 幻影城の中は、ひたすらに広大だった。封印区画や中枢塔のような通路ではなく、リベル=アークの屋外のような天空の下でもなく、およそ三階建ての高さの巨大な空間の中に、立体的に通路が形成されている。

 荒野の一角に聳え立ち、外界とどこかで繋がっているらしい城の内部は、常に轟々とした風が吹き荒れている。ヨシュアの元執行者としての身体能力を考えても、跳躍して移動することはできそうになかった。

 現れる魔物は、やはりこの世のものとは思えない。それどころか、各星層で現れた亡霊や人型とも違う。機械仕掛けの天使のような能面の者どもが、剣を弓を杖を持って襲い掛かってくるのだ。

 影の王の最後の試練。道中の手先でさえ、苦戦は強いられた。一撃では屠れず、魔法でも簡単には倒れず、ケビンを筆頭とした五人は連携を駆使し、なんとかこれを乗り越える。

 苦しいことには変わらない。死はすぐ目の前にある。だが、五人の表情は明るかった。何故なら、隣には仲間がいるから。大切な人たちがいるから。

 それに、この城のどこかでは、隣にいない仲間たちも一緒に戦っているからだ。

 数々の苦難を乗り越えてきた。激動の時代の前震と言えるかもしれないリベールの異変を。苦しいことも、悲しいこともあった。それでも乗り越えてきたのだ。

 さらには、敵対していた者たちさえも、共に戦っている。これほど頼もしいことはなかった。

 広大な城を、上下左右に進んでいく。休憩を挟んで、長い時間を駆け抜けた。

 やがて五人の前に、最初に潜った大門以上に荘厳で力強い大門が現れた。つまり、《幻影城》の終点だ。

「姉様の気配がする」

 リースが言った。逸る気持ちはあるが……ケビンは後ろを振り返った。そこには、この旅路を共にした三人がいた。

「リース、ちょっと俺に時間をくれないか」

「……うん」

「三人とも、ここまで付き合ってくれて、ホンマにありがとうな」

 ケビンの唐突な礼だった。向けられた三人の中でエステルとカイトは、それぞれらしい言葉でにやりと笑う。

「どうしたの? ケビンさん」

「みんなの前で『言うのはこれだけ』って言ったんだから、今更言葉も不要だと思いますよ?」

「はは、勘弁な。でも相手は《影の王》……この世界の理を自在に操れる究極にして至高の存在や」

 少しの身震いか、ケビンは言葉を止めた。エステルやカイトのブレーキ役だったヨシュアは、あくまで優しく言う。

「そうでしょうね。おそらく、すべてを賭けて挑む必要がある」

「そうや。だから、すべて言い切りたい。三人にな」

 すぅっと息を吸った。エステルを見た。

「エステルちゃん、ヨシュア君、カイト君、ありがとうな」

 ヨシュアを見た。

「仲間たち、全員感謝しとる。ぶっきらぼうで頼れるアガットさん、頼れる可愛いアネラスちゃん、可愛くて優しいティータちゃん、姉御肌に兄貴分のシェラ姐さんにジンさん」

 カイトを見た。

「しっかり者の姫殿下に、ムードメーカーな皇子殿下、二人と仲間を支えるミュラーさんとユリアさん、ツンデレでも面倒見のいいジョゼットちゃん。陰日向に支えてくれるリシャール大佐。おっと、おっかないけどその実おませなレン嬢ちゃんもな」

 ケビンはこれまでの旅路を反芻する。その両肩には、全員の手が、確かに添えられている。

 そして、目の前にいる三人は、ケビンにとっての希望だった。

「でも、エステルちゃんが太陽の輝きを教えてくれたんや。ヨシュア君が、俺に羨ましさを教えてくれたんや。カイト君が、人が変われることを証明してくれたんや」

 この両肩にのしかかるたくさんの手は、これから出会うだろう人々の幾千の手は、重荷ではない。

「みんなのおかげで、三人のおかげで、リースのおかげで、ルフィナ姉さんのおかげで、俺は《外法狩り》から人間になれた」

 共に世界を護ることのできる、頼もしい掌だ。

「どうか、あと少しだけ。俺に力を貸してくれ」

「モチのロンよ!」

「モチのロンでしょ!」

「じゃあ僕も……モチのロンです」

 少年二人が悪ノリし、エステルが怒って二人を追いかけまわす。

「ちょっ……なんで真似するのよー!」

 まだ十七歳の少年少女だ。ケビンとリースは笑った。赤裸々な想いを語ったのに、三人はさも当然のように受け入れている。ケビンの恥ずかしさは倍返しで襲い掛かってきてしまった。

「はは、ホンマ頼りになる仲間やで」

「うん、そうだね」

 この仲間たちと一緒なら、きっと。女神さえも乗り越えられる。

「それじゃ……行こうか」

 ケビンが意志を示した。少しふざけていた少年少女も、リースもそれに続く。

 その意志が重なると、一人でに大門が開いた。

 どこか、中枢塔の根源区画のような、長い長い通路だった。下層には歯車のような白く光る円盤が無数にちりばめられている。何故か、この幻影城の動力源なのだと理解できた。

 進む先は終点と判る。教会の大聖堂のようなステンドグラスを背にし、しかしミサができるような長椅子などなく、祭壇であるべき場所のは虚空が広がる。一息に落ちればそのまま世界から消えることができそうだった。

 そして、その虚空の祭場で、ルフィナ・アルジェントは待っていた。

「よくぞ試練を乗り越えてきたわ、ケビン、リース」

「姉さん、来たで」

「……姉様」

 ルフィナは影の王の外套を纏ったまま、変わらずリースに笑いかける。

「あら、リース。貴女は私をルフィナと認めないじゃなかったかしら」

「確かに、貴女は本物の姉様じゃない。でも、私たちを惑わして、ケビンの心に宿っている。それが偽物でも、確かに貴女は姉様だった。それだけよ」

「そう。《煉獄》でのやり取りは観させてもらったわ。まさか《白面》の誘惑に耐えきれるとは思わなかった」

「正直、リースが一緒じゃなかったら判らんかったけどな。その意味では俺はヘタレで臆病なままかもしれん」

「その割には、随分と穏やかな目をしているわね。そんな自信の無さでいいのかは、判らないけど」

 ルフィナはカイトたちに向き直った。

「貴方たちも、ケビンの四肢として。歓迎しましょうかしら。ねえ、坊や?」

「ああ、そうだな」

 カイトはしっかりと返す。紫苑の家の時のように、ぶっきらぼうではなかった。

 この場においては、カイトたち三人はケビンの駒だった。だがそれでもいい。

 カイトははっきりとルフィナに啖呵を切る。ヨシュアもエステルも、それに続いた。

「難しく考えるのはやめた。アンタは確かにルフィナさんで……でも、ケビンさんやオレたちの障害なんだ。だから、アンタを倒す。ケビンさんと一緒に」

「僕はケビンさんのおかげで、ワイスマンを乗り越え、レーヴェと分かり合えた。その恩返しをするだけです。貴女を倒し、貴女とケビンさん、リースさんが手を取り合う景色を見る」

「ルフィナさん。私、お母さんの夢を見たことがあります。覚めなきゃならないから苦しいけど……でもとっても幸せな夢だった。家族でいるって、とても苦くて暖かいんだって。だからね、ルフィナさん」

 三人は構える。棍を、双剣を、双銃を。

「あなたの辛さを、少しだけ分けさせてください。家族じゃないけど、私たち、ケビンさんの仲間だから」

「随分と頼もしい仲間に恵まれたのね、ケビン?」

「ああ……俺なんかにはもったいないくらいや」

「あら……そんな自信のないことでいいのかしら? 貴方が私を止められなければ、この影の国は止まらない。そのことはわかっているのでしょう?」

 弄ぶようなルフィナの口調だが、ケビンは努めて穏やかだった。ケビンはルフィナの脅しを肯定する。

「そうやな。そして影の国の影響は、()()()()にも及ぶ。そうなんやろ?」

 まったく無警戒の一から頭を叩かれたような衝撃を、ケビンとルフィナを除いた四人は覚えた。

 ルフィナは言う。輝く環の力によって人の願望を取り込みすぎた影の国の密度は限界に達しているのだと。だからその内圧を解き放つため、現実への浸食を始めるのだと。

「輝く環がそうしたように、異界化のようなプロセスで少しずつ侵食することはできる。最終的には現実に亡者や悪魔があふれ出るでしょうね」

 それは、リベル=アークの出現以上に恐ろしいものだった。しかも、それはリベールだけにとどまるとは限らない。ここは影の国なのだ。オリビエやジンやカイトは、リベール国外から強制的に巻き込まれたのだから。

 ルフィナは哂った。

「でも考えてごらんなさい? それは人の願いが反映される世界でもある。皆が平和と幸福を望むなら……いっそ受け入れてしまうのも選択肢の一つではないかしら?」

 輝く環を持って、人を進化させる。かつて対峙したワイスマンとは逆の主張だが……それでも仲間たちは、首を横に振った。

「そんな単純な話やないことは、ここにいる全員が、今も戦ってる仲間たち全員が判ってるんや」

 輝く環の一件と同じだ。女神の至宝の恩恵があってもなお、古代人は破滅を避けられなかった。機械仕掛けの神を前に、思考を止めてすがってしまえば同じことの繰り返しだ。

「そのことは、姉さんが一番よく判ってるやろ? 騎士になっても力に頼らず、思考と努力を惜しまずに、より良い結果を求めた姉さん。それは、この世界が決して俺らに都合のいいものじゃないってことを知ってたからこそできたことや」

「うん、そうだと思う」

 ケビンだけではない。ルフィナのことは妹のリースもよく判っている。

「ただ一つ、人が人に働きかけて一緒に歩もうとすることで、世界の在り方をやさしくできる。きっと姉様はそう思っていた」

「リースと一緒に煉獄に落ちて、俺はやっと気づけた。そして……今までの自分がなんてちっぽけな存在だったんやって、思ったんや」

 姉が自らを省みずに救った真意に気づけず、母親から逃げ出して何ができたかを考えず。ただ罰を求めることで、それだけで許されようとしていた、生み、育てて救った彼女たちが繋いだ(たすき)を放棄しようとした。

「ケビン……」

「けど今はそれでいいと思う。このクソみたいな道があったから、姉さんが立っていた場所が見えたから。そこに向かって、少しずつでも歩いていける自信ができたから。……だから俺は、やっと今の俺自身を認められそうな気がするんや……!」

 晴れ晴れとしていた。戦闘技術などで示せるものではない。何よりも、人が人であるために求められる、自身の存在証明を、ケビンは宣言することができた。彼の心の軌跡が今、爛々と輝いていた。

 臆病だったケビンを惑わし、弄んできたルフィナ(影の王)。彼女は、なお哂い続ける。

「どうやら……お灸が効きすぎてしまったようね。でも、そんな風に《私》を過大評価しても……いいのかしら!?」

 轟々と、風が嵐のように打ち据える。

「ここは《影の国》! 想念が世界に影響を与える地! 今の貴方が私に届かないならば……私に勝てる道理もない……!」

 仲間たちには、今ルフィナが強大で絶対的な存在に見えた。かつてレーヴェとも落としどころを見つけたという、《千の腕》と称される正騎士ルフィナ・アルジェント。きっと彼女が生きていれば、いかにケビンが強大な聖痕の力を奮っても、いかに仲間たちが数を利にして襲い掛かってきても、きっと負けない戦いを成し遂げて見せるだろう。

 そして、その限り自分たちに現実世界に帰る明日はない。

 だから、ケビンは笑っていた。

「その通りや……貴様が本当にルフィナ姉さんを再現しただけの存在ならな!!」

 目を見開くルフィナ。彼女の強大な姿が今、自分たちと同じ背格好に戻った。

「もう、貴様の正体は判っとる!」

「ぐっ」

 ルフィナが呻き、彼女の周囲に瘴気が立ち込める。

「半年前、影の国にコピーされた存在。この世界が自律的に存在するための核にして理!」

 苦しみ、悶え、彼女は後ろに下がる。しかし断崖に侵入しても落ちることはなく、浮遊し続ける。

 ケビンが、ケビンの意志が、彼女の存在の正体を叫んだ。

「姉さんという《概念》を纏った……俺の《聖痕》そのものや!!」

 直後、ルフィナの姿が霞に消え──そして、()()が現れた。

 空間そのものを埋め尽くすような、巨大な大きさの二重の円。中心円から均等角に三つ、二又槍が突き出たような紅く脈打つ紋様。

 それは確かに、全員が、見たことのあるケビンの聖痕そのものだった。

「相手が貴様なら……俺は負けるつもりは微塵もない!」

 ケビンがボウガンを構える。その背中に、今までと形は同じでも、神々しくて清冽な、青い光が透き通るように迸る、本当のケビンの聖痕が現れた。煉獄でケビンが見つけることのできた、聖痕の光の側面だ。

「貴様が図々しく利用しとる姉さんを解放するためにも……全力でぶちのめさせてもらうわ!!」

『ハハハ、いいだろうケビン・グラハム!』

 仮初の聖痕が、おどろおどろしく脈打ち、男でも女でもない叫び声を響かせる。

『オリジナルたるお前を喰らえば、我も真の意味で完全となる!』

 ケビンたちは知る由もなかったが、偶然にもその時、他の仲間たちが同時に、それぞれの試練と激突した瞬間だった。

『貴様たちの存在そのものを飲み込み……《影の国》の糧としてくれよう……!』

 その時、景色が変わる。幻影城の終点ではない、星層を出るときに見たような、星屑が流れる万華鏡の世界。

『我が名は意志(アニマ)……世界(精神)を律する核にして理なれば!』

 その意志と意志の相克。己と己の戦い。果てることのない無限の領域に、魂と四肢が降り立つ。

 カイトが叫んだ。

「望むところだ!」

 エステルが叫んだ。

「思いっきり、暴れさせてもらうわ!」

 ヨシュアが襟を正す。

「レーヴェに会えたこと。今、倍にして返す……!」

 リースが法剣を鞭のようにしならせる。

「私たちは絶対、貴方に勝ってみせる!」

 そして、ケビンが宣言する。

「オレが俺自身を認めてやるためにも。そして全員無事で再会する約束のためにも!!」

 臆病だった俺を認めるために。あの人が立っていたその場所へ、いつか辿り着くために。

 

 









最終決戦
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