心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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39話 またいつか会うために③

 アニマ=ムンディを倒した。ケビンが己の葛藤を乗り越え、自らの影を受け入れ、そして決別する。何よりもその心の在り様が反映された勝利だった。

 万華鏡の世界が変貌する。わずかもない足場は解け崩れ、けれど仲間たちの姿勢は崩れず、落ちることもない。気が付けば、そこは幻影城の終点に戻っている。

 カイトはため息をついたが、それはエステルとヨシュアにも伝播する。

「はぁ、戻ってこれたか」

「ええ、私たちの勝利よ」

「それも、全員無事でだ」

 誰一人欠けることなく、全員で。少なくともこの五人はそれができた。

 そして、他の門へ進んだ仲間たちも同様だった。ルフィナを騙っていた聖痕を対峙した時とは違い、大広間には三つの通路が繋がっている。そこから、仲間たち全員がやってきたのだ。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん!」

「ティータ!」

「よかった、無事だったか」

「カイト!」

「カイト君、無事だったかい?」

「姉さん、オリビエさん」

 他の人たちも声をかけてくる。負傷している者はいるが、誰一人欠けていない。それができたのだ。当たり前の結果であり、何よりもほっとした結果だった。

 そして、声をかけてくる仲間たちが近づいたとき、彼らはその事態に気づいたのだ。

「ちょっ……二人は大丈夫なのかよ!?」

 アガットが狼狽して、三人は気づく。そういえば、ケビンとリースの反応がない。と思って、それぞれ後ろを振り返ると、三人の中心にケビンとリースが倒れていたのだ。

「んな!?」

 予想外すぎて少年少女も狼狽しすぎた。慌てて二人の様子を確認する。どうやら気絶しているようでその他の生命兆候に問題はないようだが……いずれにしてもあの激戦の後だ。心配にはなる。

「ケビンさん……! リースさんってば!」

 肩を揺らさず、エステルが二人に大声で呼びかける。

「しっかりしてください!」

 ヨシュアの呼びかけも、仲間たちが近づいてくることで靴音の音に紛れる。幸いにも、その時には二人も身動ぎを起こし始める。

「あれ……」

 ケビンが顔をあげ、次いでリースが目をこする。

「ここは……」

「私たち……どうして」

 カイトを中心に、仲間たちは二人に説明した。戦闘は終わった直後。他の仲間たちも無傷。二人だけが気絶していたのだと。

「もしかして……二人でイチャイチャする夢でも見ていたのかな?」

 オリビエのにやけた冗談は無視して、ケビンとリースは驚いている。どうやら、仲間たちの説明に納得がいっていないようだが。

『恐らく、《彼女》が築いた領域に精神だけが招かれたのでしょう』

 助け舟を出したのは、例によってセレストだった。幻影城の始点で待っていた彼女は転移を用い、この場までやってきたのだった。

『つい先ほど……私の力が完全に戻りました。ケビン殿、いったい何があったのですか?』

「ええ……さっき、カイト君たちとともにアニマ=ムンディを倒しました。そしたら……」

「姉様と、話すことができたのです」

 カイトたちが戦闘を終えた後の記憶は、仲間たちの所在を除けば今の景色のままだ。

 対してケビンとリースのそれは違ったという。気が付いたとき、二人はレーヴェと戦った場所にいた。そして……()()のルフィナと会えたのだという。そして、影の国を支配していた聖痕が完全に消滅したことと、そして本当の意味で彼女との別れを経たこと。

 偽物としての彼女は、仲間たちにとって紛れもない敵だった。その一方で、ケビンとリースから伝え聞く本物の彼女は偉大な存在だった。エステルにとってのカシウスであり、ヨシュアにとってのレーヴェのような。

 だから、仲間たちは溜め息を吐くしかなかった。

「とても……強い方ですね」

 クローゼは目を細めた。本当に、最後まで諦めなかった。想念の存在になってさえ、弟と妹の行く末を案じていた。

 クローゼの祖先たるセレストも同様だ。

『彼女とは直接、話す機会は遂にありませんでしたが……せめて一度だけでもお会いしておきたかったですね』

 ルフィナ・アルジェントが影の国の管理者として存在した時間は、聖痕とセレストの間のわずかな時間に過ぎない。ただその間に成し遂げたただ一つのことが、これ以上ない功績でもある。

 ただ、仲間たちにはその先達の偉大さに浸る時間はなかった。

『しかし、そうなるとあまり時間はありません』

 セレストは言う。影の国の核となっていた聖痕が消えた以上、この世界は再び不安定な状態に戻る。幻影城も、元から存在していた《隠者の庭園》を除く政星層も同様だ。

 驚く仲間もいればレンのようにその事象を当然の帰結として理解していた者もいた。

 そうなれば早くアルセイユで脱出すべきなのだが……セレストは『それには及ばない』と言う。

「今からここで《天上門》を開きましょう……影の王と同化していた彼女が用意してくれていたものです」

 煉獄からケビンたちを助けた時に開いたのは《煉獄門》だった。それと対となる、現世と展開を結ぶ門。どちらも聖典に記されているものだ。

 セレストが転移し、ルフィナを騙った聖痕が待ち構えていた先へ。上へ飛び、軽く片手を掲げる。一瞬にして、、巨大な何重もの円の紋様が現れ、さらにその紋様の中に、光の門が形成される。即座に光の階段も、王城の正面階段ほど広い規模で形成された。

「現世への……出口」

 リースが呟いた。これを通れば、元の世界に帰れるのだ。

 仲間たちは、影の王が始めた遊戯盤に勝利した。その結果として、誰もが求めたことでもあった。

『各自、取り込まれたときにいた場所の近くに戻れるかと思います。飛行船などに乗ってきた方は船内のどこかに現れるでしょう』

「そっか……」

 ケビンが小さな声で言った。

 元の世界に戻れる……それが何を意味するのか、仲間たちには判っていた。

 「お別れ、みたいね」とエステルが。「……そう、なんですね」とクローゼが。「え……もうですか……!?」とティータが。

 誰もが実感が湧かなかった。願っていた結果なのにだ。それでも、リベールの異変から約半年。久しぶりに再会した仲間たち。この時間はかけがえもないものというのも、また確かなのだ。

「……早いなぁ、本当に別れはいつだって突然だ」

 カイトがため息をついた。喜びと哀しみが同居したものだった。カイトも、突然に襲い掛かる縁者の変化というものに、戸惑ってきた。悲しんできた。

 少年の言葉にオリビエが頷く。

「そうだね、最後に祝宴をあげる暇もない。……だが、本当にそういうものなのだろう」

 そしてオリビエの口舌にはシェラザードが続いた。

「ふふ……そうね」

 別に守護者たちのように、記憶がなくなるわけではない。この場は、この影の国での冒険は、なかったことにはならない。

 異変から半年。仲間たちはそれぞれの道を進んでいる。いつか来るかもしれない、同じ旗の下に集う時。口裏を合わせたことはないが、それでも誰もがまだ見ぬ未来のために、今は道を別つことを決めたのだ。

 だから、この影の国に迷い込んだことは予想外だったし、命の危険があったし……楽しかった。

 仲間たちは沈黙していた。誰もが動けずにいた。あの門を潜ったら、何が待っているかを知っているから。

 けれど、それでも、仲間たちは、動けなかった。だから、二人は動いた。

「はは、どうやら気持ちは同じ様ですな、大佐」

「そうだね、ジン君。まずは我々から行かせてもらうとしようか」

 ジンとリシャールが、仲間たちの空気を振り切って、光の階段の前へ。

 驚く仲間たちを前に、武術家と元大佐はあっけらかんとして笑う。

「このままだと、名残惜しくて誰も戻れそうにないからな」

「ならば我々が口火を切らせてもらおうと思ってね」

「ジンさん……リシャール大佐」

「……感謝しますわ。お二人とも、そういう気づかいにはホンマ助けていただきました」

 ケビンがそう言った。クーデター事件の時から、ジンは仲間内の年長者として一同を助けていた。その時から敵対していたリシャールは今、同じ場所に立っている。二人に助けられたことは、たくさんあった。数えればきりがないくらいだった。

 リシャールは笑う。憑き物が取れたように。

「私の方こそ……過去の経緯にもかかわらず、暖かく受け入れて感謝する。おかげで大切なものをこの手でつかむことができたようだ」

 リシャールがエステルたちに、真摯に笑いかける。こんな光景を、クーデター事件の時に想像できただろうか。

 リシャールだからこそ、影の国へ巻き込まれたことに戸惑い、レンを諭すことにも一役買った。なにより、彼がいなければカシウスに一矢報いることはできなかったかもしれない。

「また、お仕事を通じてお会いする機会もあるでしょう。その時はよろしくお願いしますね」

「もったいないお言葉です、殿下。ご用命の際はいつでも声をお掛けください」

 もう、彼の呪縛は解き放たれていた。

「……リシャールさん」

「カイト君も、感謝する。また会おう。皆と一緒に」

 そして、今度はジンが。

「俺の方はまあ……みんなと会えて嬉しかったぜ。こんな風に会える機会なんて滅多にあるもんじゃないしな」

 リベールの異変。中にはオリビエやミュラーにジョゼットなど、帝国出身も多かった。だが共和国出身の仲間は、ジン・ヴァセックただ一人だった。

「ふふ……そうね。私も一緒にお酒も飲めたし」

「あんたにはもう少し……稽古に付き合ってほしかったぜ」

「はは、また暇ができたらリベールに遊びに来るさ」

 異変終息後、ジンはキリカと共に共和国へ帰った。それいこう、仲間たちとは会っていない。彼にとっても、これほど嬉しいことはなかっただろう。

「よかったカルバードにもみんなで遊びに来てくれ。キリカ共々、歓迎させてもらうからよ」

「うん……! そのうち行かせてもらうね! ヨシュアと一緒に!」

「僕としてはいつでお遊びに行きたいんだがねぇ」

「お前は宿題を全部片づけるまでは許さん……!」

 遊撃士たちには先輩として。オリビエとは飲み仲間として。そうでなくとも、仲間たち全員に、かけてほしい言葉をかけてくれた頼れる兄貴分でもあった。

 それは、カイトにとってもだ。

「ジンさん、お疲れ様でした。それと……ありがとうございました!!」

 カイトは満面の笑顔で応えた。

クーデター事件の時から、オリビエとの心の葛藤で。帝国の旅路では、頼れる指導者として。異変の時は、カイトを支えてくれる相談役として。二人の絆は強固者となっている。

「結局ここじゃ、お前に教えてやれることはなかったなあ」

「男は背中で語る。何より大事なものを教えてもらいました」

「はは、それに」

 ジンはちらりと一人を見る。

「どうやら共和国方面には誘い損ねちまったようだからな」

「え?」

「何でもないさ。祝賀会でも言ったが……()()会おうぜ。これが今生の別れってわけじゃねえ」

「……はい!」

 彼は、再び共和国の地へ戻る。仲間たちとの絆を糧にして。

 ジンはリシャールを見た。

「……そんじゃ大佐、行くとしましょうか」

「まったく……君まで大佐呼ばわりか。直してくれているのはカイト君だけだな」

「おや、そうなんですかい? はは、まあカイトも直し切れていないでしょう」

「うむ、返す言葉もない……だが」

 リシャールは仲間たちを見た。とても優しい、満たされた顔つきで。

「君たちになら、そう呼ばれるのも悪くないか」

 二人は同時に背を向けて、光の階段を駆け上がる。

 もう迷いもなく、一瞬だった。そして、二人は天上門を潜ったのだ。

 全員がその姿を見届けた刹那……誰も予想できなかった人物から声が上がる。

「フフ……お次はボクたちかな」

 オリビエが、その後ろのミュラーが、前に出る。

「あまり長く居すぎると帰りたくなくなるからね。お先に失礼させてもらうよ」

 誰よりも軽薄で、酒池肉林だなんだとまくし立てていた帝国の皇子が、今こうして神妙な顔つきでいる。誰もが驚いている。ケビンがオリビエの名を呼んで目を細めれば、ヨシュアは「唐突すぎて戸惑う」と言う。それはカイトも同様だった。

「ああっ、ヨシュア君にそんな風に言ってもらえるとは! このまま一緒に連れて帰りたいくらいだよっ!」

 そしてそのままずっこけるのも、オリビエに対する仲間たちの反応としてはいつもの通りだ。

 そして、そのままミュラーが彼を脅迫するのも予想できたのだが……今日はいつもと違う。

 仕えるミュラーはオリビエに語り掛ける……いや

「……オリビエ」

「…………ははっ」

 もはや名を呼んだだけ、それでもオリビエとミュラーにとっては、全ての意思疎通ができている。お互いのことが判りきっているから。

 そして。

「なんというか、こんな機会が再びあるとは思ってもいなかったものでね。ガラにもなく……少し胸に迫ってるみたいだ」

「あ……」

 エステルが言う。十七人の仲間たち。この全員が一堂に会すること。しばらくは絶対にない。遠い未来も、実現するかどうかも判らない。

 それはオリビエも判っていた。

 カイトと彼には、ジンに負けず劣らずたくさんの因縁があった。

「オリビエさん」

「カイト君」

「細かいことは言いませんよ。もう、話すべきことは話した」

 ミュラーほどではない。だが、オリビエは言ったのだ。カイトのことを友人だと思っていると。カイトも言ったのだ。友人だと思っていると。

 別に他の仲間たちとの会話を貶めるわけではない。だがそれでも、オリビエとはもう、それだけで判る気がするのだ。

「……ああ」

「だから、アンタは今。言うべきことを、言うべき人に言ってください」

「はは、判ったよ。本当に成長したね」

 オリビエは向き直った。その人物は、シェラザード。

「……シェラ君、あの話、本気で考えていてほしい」

「……オリビエ」

「自分でも図々しい話だとは思うんだが……そのくらいの楽しみを抱いて過ごすくらいは構わないだろう?」

「まったく、あんたって人は……まあいいわ、しばらくの間、返事は保留にしててあげる。だから……精々頑張りなさいよ!」

「……ああ。勿論さ」

 当然、仲間たちはこの会話の真意を知っているわけではない。だが、納得は言った。

 アネラスとエステルはわずかに赤面して、ケビンは安心したように笑う。

「は~、いつの間に。カイト君、判ってたん?」

「いや、予想外でした……」

 まだまだ未熟が否めない少年だった。

 一方で、ミュラーも仲間たちに声をかける。

「自分の方は……こいつ共々お世話になった。剣の方も、みんなのおかげでさらなる道が開けたようだ。感謝する」

 全体を通して、使える者としての立ち位置に徹していたミュラー。だがこの仲間たちは、そんなミュラーを放っておくはずがない。剣士として背を預け合ったアガットも、同じ立場として親睦を深めたユリアも。いがみ合ったジョゼットも。それぞれ労いの言葉をかける。

「ジン殿のようにと行きたいが、帝国の方はこれから色々と騒がしくなるだろう。しばらくの間は、旅行なども控えた方が無難かもしれない」

 カイトほどではないにせよ、仲間たちはオリビエが成そうとしていることを知っていた。だから二人にそれぞれ激励の言葉をかける。

「このお調子者がうまく立ち回ってくれれば最悪の事態は避けられましょう。そうだな、こいつが女神から愛想を尽かされないよう皆で祈っていてくれると助かる」

「ま、女神に祈るんは俺らの専売特許ですし」

「そのくらいなら幾らでも祈らせていただきます」

 祈ること。思うこと。手を差し伸べること。誰もができて、仲間たちにしかできないことだ。

 いつまでも、どこまでも、半年前と変わらない会話だった。

 オリビエは背を向けて、たかだかと後ろ手を振る。

「それではみんな。いつの日か、また会おう!」

 皇子と従者は駆けていく。光の階段を、一歩一歩。激動の時代へ。

 ジンとリシャールが帰っていた。オリビエとミュラーが去っていった。

 次に手をかざしたのは……。

「ふふ、まったく……最後まで平気なふりをして……」

「あはは、でもよかったじゃないですか、先輩。私もごちそうさまです!」

 シェラザード・ハーヴェイ。アネラス・エルフィード。二人の女遊撃士だった。

「シェラ姉、アネラスさん」

「エステルちゃん、もうお別れだね……」

 シェラザードは、最も早くエステルと旅路を共にしていた。アネラスは、同性同年代、経験も大差ないエステルのライバルとして切磋琢磨した。

 エステルと共にいるヨシュアとも、縁は深い。

「ま、だいたいの人はその気になれば会えるとして。エステル、ヨシュア。気を付けて旅を続けなさいよ」

 シェラザードは言う。彼女は今、リベールの若手遊撃士のリーダーとしての立場を確立している。

「これでお別れだなんて残念だなあ。エステルちゃんもだけど、ティータちゃんやレンちゃんとも会えなくなっちゃうなんて……そうだ、リースさんとも!」

「わ、私もですか……?」

「そうですよ、せっかく仲良くなれたのに。今度は一緒に遊びましょうね! リベール中の美味しいアイスクリーム屋、紹介しちゃいますから!」

「それは是非とも。なんでしたら戻り次第、最優先でお付き合いします……!」

「あのなあ……」

 アネラスとリース、二人の様子に変わりはない。ケビンは呆れるし、カイトも同調する。

「さすが腹ペコシスター……」

  アネラスはアネラスで、生活そのものは異変の前後で変わりはない。だが彼女も帝国での旅路や、異変を駆け抜けたその心は大きく違うのだ。同じ旅路の中で、いったい何度カイトとアネラスは相談し合ったか判らない

「まあ、ティータちゃんはアガット先輩がいないときにでも可愛がりに行っちゃうとして……」

「ふぇえ!?」

「おい、何不穏なことを口走ってやがる」

「あはは、まあまあ。そうなると、心残りは一人だけかな」

 だから、こんな仲間内での朗らかな会話の中に、核心的な言葉が織り交ぜられるのだ。

 アネラスはレンを見た。

「ね、レンちゃん。エステルちゃんたちのこと好き? それとも嫌い?」

「え……」

「一番大事なのはそこだと思うんだ。これ、お姉さんからの忠告だよ?」

 いつもとは違う、慈愛のような声だった。だがカイトは、別にそのことを驚きはしない。アネラスの本質は、少年もよく知っているのだ。

 レンは《殲滅天使》。きっと今もアネラスはレンに戦闘能力では届かない。

 だが、それがなんだというのだ。仲間たちは、この影の国で共に戦った。影の国での勝敗を何よりも分けたのは、心の在り様だったのだから。

 だから、アネラスは戸惑うレンに、何のためらいもなく言った。

「うふふ、また会えたら今度は思う存分、ぎゅって抱きしめさせてね!」

 そんなアネラスを頼もしく笑って、シェラザードは言った。

「やれやれ……それじゃあ行きますか。みんな、お疲れ様」

「ええ……姐さんたちも!」

 二人は戻っていく。自分たちが護るべき心の故郷へ。

 その次は、アガットとティータだった。

「さてと……次は俺達が行くか」

「そ、そーですね」

 二人仲良く、そろって光の階段へ。始まりは一匹狼の遊撃士と、向こう見ずな力のない少女だった。だが、今は違う。

 アガットは護るべきものを得た。ティータは自分の力の可能性を知った。

「お姉ちゃん……お兄ちゃん。それから、レンちゃんも」

「ティータ……」

「わたしはアネラスさんみたいに何も言えないけれど。レンちゃんのことを追いかける力もないけど……でも、待ってるから。三人で一緒にリベールに帰ってくるのを。そう思うのはわたしの自由だよね?」

 そして、レンの横に並び立てる気概を得たのだ。

「シェラザードじゃねえが、お前らの方も気をつけろよ。特にエステル。もうベテランなんだからよく考えて行動するんだぜ」

「はいはい、判ってますって」

「カイト。お前もまあ新人の域はでた。だがここからだ、自分の力を過信すんじゃねえぞ」

「はは、了解しました!」

 ルーアンで出会ったときの扱いとは大違いだった。憎まれ口をお互い叩きつつ、もはや仲間としての絆は一級品ともいえる。

「次に会うときは同僚として戦えるよう、オレも精進します!」

「言うじゃねえか。どこで共闘するか判らんが……ま、その時を楽しみにするか」

 一匹狼のアガットと、彼ほどではないが単独行動も多いカイト。この二人が共に戦うときは恐らく、なみなみならない状況の時だ。 

「アガットこそ、ティータのお母さんとあんまりケンカしないのよ?」

「あ、あれは向こうが一方的に突っかかってくるだけだってーの! 今度の件だってどんな難癖付けてくるか……」

「はは、確かにエリカさんなら問答無用で締め上げてきそうですな」

「まったく……笑いことじゃねえっての。それはそうと、おい不良神父」

「へ……オレ?」

「最初会ったときは様に胡散臭いだと思ったが、今回は根性見せてくれたじゃねえか。上出来だぜ」

 エステルからアガットへ。アガットからケビンへ。誰と誰が言葉を交わしても、この仲間たちは飽きることがない。

 ケビンは口をパクパクと開いている。

「いや、まさか……アガットさんからそんな風に褒めてくれるとは思ってなかったわ。いったいどういう風の吹き回しなんです?」

「は、深い意味はねえよ。ただお互い道の途中、気張ろうぜってだけの話だ」

 カイトは思う。ケビンもまた今度の一件で目指すものができたし、アガットもレーヴェとの戦いで色々とあった。

 思えば二人の縁も、アネラスとカイト含めお茶会事件の時からだ。男同士、積もる話もある。

 アガットとティータは、挨拶もそこそこに階段を上る。二人仲良く、笑い合いながら。

 もう仲間たちも半数が現実世界に戻った。その度に少し寂しくなり、けれどそれぞれの絆を実感して嬉しく思う。

 そしてカイトにとって、次の人物との別れは、一層それが深く感じることとなる。

「ユリアさん、そろそろ行きましょうか」

「承知しました」

 クローゼが、ユリアが動く。その時、同じように後方からジークが飛んでくる。彼はユリアの腕に止まり……《三人》は残る仲間たちに向く。

「姉さん」

「カイト……また少し、お別れだね」

「うん。でも……会えて嬉しかったよ、すごく嬉しかった」

 もはや、二人の間に余計な言葉はいらない。それこそカイトとオリビエの間柄以上に。

 いろいろなことがあった。二人とも、どこかに後悔していることもあるかもしれない。あの時ああしていれば、と。

 けれど、その後悔をひっくるめた今は、間違いなく後悔していない。だから二人は笑い合っていられる。

「そして、お二人とも。このような形で再開できたこと、女神に感謝したい気持ちでいっぱいです。それに……ジョゼットさん」

 クローゼはジョゼットに向いた。

「え……ボ、ボク?」

「今回、一緒に過ごせてとても楽しかったです。また機会があったらおしゃべりでもしませんか?」

 影の国では、待機する仲間たちは共に話すことも多かった。ジョゼットは異変の時はエステルやヨシュアたち程度としか話さなかったが、こういった新たに生まれる縁もある。

「えっと、その。……うん、いいよ」

 ジョゼットは笑った。

「ありがとうございます。グランセルに寄るときは、また声をかけてください」

 そして。

「あの、始祖様」

「ふふ、私のことならどうか気にしないでください」

 そうだ。クローゼは彼女の末裔だった。彼女が興した王国の千年後を担う者の一人だった。

「私は影。本物のセレストの記憶を持つ仮想人格にすぎません」

「それでも、私はまだまだ未熟で。始祖様をがっかりさせてしまったのではないと……」

 エステルを前にして、カイトを前にして、そして仲間たちを前にして、クローゼは異変の中で殻を破った。

 だが、そしてクローゼは王太女となった。その重圧をわかるのは、一握りの人々だけになった。

 その不安を少しだけ顕わにして……不安を理解したセレストは笑う。

「ふふ……そういうところは、昔の私と本当にそっくりですね」

 驚くことはない。セレストもまた、一人の人だったのだから。

「大丈夫、迷いながらも自分の道を進んでいきなさい。翼は必ず……大きく羽ばたきますから」

「はい……ありがとうございます!」

 オリビエに対するミュラーのように、ユリアが。

「ふふ……そろそろ参りましょうか」

「はい。それでは皆さん……いつまでもお元気で!」

 二人とジークが、光の門へ。カイトの初恋の相手もまた、別れの時を告げる。

 ジン、リシャール、オリビエ、ミュラー、シェラザード、アネラス、アガット、ティータ、クローゼ、ユリア。仲間たちは、次々に笑顔で分かれていく。

 残るはケビン、リース、エステル、ヨシュア、レン、ジョゼット、そしてカイト。

「さてと……そろそろボクも行こうかな」

「オレもだ。オリビエさんじゃないけど、これ以上は寂しくて帰りたくなくなっちゃうよ」

 ジョゼットと、カイトが光の階段の下へ。

「なんだ、ヨシュアじゃなくてカイトか」

「失礼な。これでも荷物を一緒に運んだ仲じゃないですか」

「それ……絆として数えられるの?」

「こうやって馬鹿な話で盛り上がる所、とかね」

 二人は仲間たちに向き直る。

 カイトとジョゼット。立場は違えど、二人のエステルとの縁はクーデターの時から続いていた。

 まず、ジョゼットが。

「不良神父とシスターも、巻き込まれはしたけど楽しかったよ。いろいろと大変そうだけど……ま、元気でやりなよね」

「はは、おおきに」

「あなたと、あなた方の船に女神の祝福があらんことを」

「あはは、ありがと!」

 ジョゼットはエステルに顔を向けた。エステルは少々気まずそうにしているが、それをものともせずジョゼットは声をかける。

「えっと、その……」

「あー、別に無理して何か言わなくてもいいよ。アンタからの湿っぽい挨拶なんて聞きたくないし」

「あんですって~!?」

「そうだヨシュア、このままボクと一緒にあの門をくぐって帰らない? ひょっとしたら同じ場所に戻れるかもしれないし」

 むしろ、ケビンたちと会話するときよりずっと生き生きしている。カイトもリベル=アークでの一件でジョゼットの想いは理解していたが、まさか直前に聞いていた帰還場所の法則を無視してまで誘ってくるとは、クローゼといい、ティータといい、恋する乙女の底力を思い知った瞬間だった。

 同じく恋する乙女の片方は、こめかみをプルプルと震わせているが。

「あ、あんたねえ……」

「えっと、その、二人とも落ち着いて」

「あ、ヨシュア、それ失言……」

『ヨシュアは黙ってて!!』

 カイトが言い切るまでもなく、乙女二人がヨシュアを怒鳴りつけるのもお決まりだった。ケビンもリースも、カイトも頭を抱えている。

 暴言と言う暴言と、非難という非難を浴びせまくり、少女不たりは酸欠状態となって「ハァハァ……」と膝に手を当てている。

 ひとしきり大きく息を吸って、そしてジョゼットはしんみりと言った。

「……でも、楽しかったことだけは認めてあげるよ」

「あはは、それはこっちの台詞よ」

 仲が悪い。確か、祝賀会でも喧嘩をして大食い勝負まで発展していたか。だがその勝負も結局は正々堂々としていたり、今の会話だったり。妙なところで気が合うのは確かだった。

 ……そして。

「ケビンさん、リースさん。オレも楽しかったです」

 カイトが、残る仲間たちに向き直る。ケビンに、リースに、エステルに、ヨシュアに、レンに。

「カイト君……ホンマ、ありがとうな」

「ケビンさんとの約束、無事果たせましたからね」

 思い出すのは、祝賀会の夜のことだ。

『オレも、エステルも、他の人たちも、みんなケビンさんのことは余所者じゃなくて仲間だと思ってます』

『だから、何かあったらオレやみんなのことを頼ってください。約束ですよ?』

『まあ、約束しようや。その時は正遊撃士になったカイト君を頼らせてもらうで』

 あの言葉は今、証明された。ケビンは余所者ではなく、この事件で本当の意味で仲間になった。

 あの約束は今、果たされた。ケビンはカイトや仲間たちを頼り……そして仲間たちは応え、ともに危機を乗り越えたのだ

「カイトさん、ありがとうございました」

「リースさんも。この少しの間とはいえ……オレたちはもう仲間ですから」

 ケビンとリースの言葉を聞けば、二人もまた道半ばなのだと判る。苦難と希望に満ちた道。姉が歩いてきたそれを、共に辿ろうとしている。

 《千の腕》ルフィナ・アルジェントの目指した場所。断片的にしか聞いていないが、カイトや、オリビエや、仲間たちが目指す世界と似たところはある。だから、自分たちはこれからも仲間でいられるし、頼り頼られるみんなでいられるのだ。

「エステルもヨシュアも、お互い頑張ろうな!」

「うん、カイトもね!」

「僕たちも、いずれクロスベルには寄るつもりだ。また、一緒に仕事をしよう」

 カイトがさらなる成長と目的のためにクロスベルへ飛び出した。それと同じように二人にも旅を続ける理由はある。

 エステルは父を超えることと、結社の動向に目を光らせる。ヨシュアはレーヴェに追いつくことと、贖罪のために。

 カイトが目指す世界に、二人は確かにいるのだ。変わらず二人でいて、敵を共に倒して、太陽のようなはじける笑顔と、それを支える優しい微笑みを作る二人が。

 だがら、きっと三人は再会する。それは誰かの標に、一緒に乗っかるときもあるだろう。

 けれど、きっと。三人は、それぞれの意志の下に、それぞれが標となる。三人の運命が、交わる時がある。

 カイトが声をかけるべきは、四人だけではなかった。

「……レンも、また会おうな」

「っ……」

 レンが、ビクリと肩を震わせた。

「レン、寂しいか?」

「そんな、私は寂しくなんか……」

 レンの呟きは、とても小さかった。ほとんど、まともに聞こえなかった。

 アネラスに声をかけられ、ティータにも焚きつけられた。その時は、まだ反抗する猫のように声を張り上げていた。

 だが今、ジョゼットとエステルの喧嘩でも、レンは反応すら示さなかった。少女の存在はあまりにも弱々しかった。この影の国で目が覚める前、エステルのことを『暖かい』と言ったように。

「レン……」

 エステルが、小さなお姫様の状態に気づく。カイトは続けた。

「いいんだよ、レン。寂しくても」

 でも、これだけは言いたいのだ。

 オレは、孤児院の子供たちと、シズクやアルスと、ティータと、共に日々を楽しんできた。

 レンとも、それがきっとできるのだと。

「楽しかったよ、レン。二人で小さなお茶会を開けたこと。敵だったレンと一緒にくだらないことで笑えたこと」

 レンは寂しがっている。仲間たちと同じように。でも別れ方は、いかな執行者でも子供だったようだ。少しだけ未熟だったようだ。

 ジンやリシャールのような博識な兄貴分たちと、シェラザードやユリアのような凛々しい姉貴分たちと、エステルやティータのような、同じ目線で笑える女の子たちと、カイトやヨシュアのような、お兄さんたちと。絆を深めた仲間たちと別れることが、つらい。

 カイトは心の中で笑う。自分も気持ちはレンと同じだ。まったく変わらない。

 だから、その寂しさを紛らわすために、どうすればいいのかをレンに教えることもできるけど。

「エステル、ヨシュア。あとはよろしく頼むよ」

 カイトはその方法を伝えることはしなかった。それは何よりも、彼女の役目なのだから。

 エステルは言った。

「あはは、了解!」

 ヨシュアも言った。

「ありがとう、カイト」

 襷は繋げた。もう、何も言うことはなかった。

「みんな、また会おう!」

「それじゃあ、またね!」

 カイトとジョゼットが、それぞれ言葉をかけて光の門へ向かう。

 たかだか、数十段の階段。だが、この影の国の全ての道程がのしかかる数十段だった。

 カイトが体感した時間にしても、数日分。ケビンたちが最初に迷い込んでからも、一週間にも満たないだろう。

 だがそれだけの旅路の中で、いろいろなことがあった。過去の葛藤と向き合った。絶大な壁を乗り越えた。新たな絆を見出した。

 異変の時の半年間にも匹敵する、本当に濃密な時間だった。

『ふふっ……でも、旅ってそういうものなんじゃないかな?』

 刹那、聞き覚えしかない誰かの声が聴こえた気がした。

「え?」

 もはや駆け上がる足は止まらない。その中で、カイトは確かにその声を聴く。

『ああ……多くの出会いと経験が一回りも二回りも成長させてくれる』

 続けて聞こえる、青年の声。

 どうして、今。どうして、彼らの声が聴こえるのか。

 それは判らないけれど、迷うことはなかった。

 彼らは今、ここにいる。自分は今、ここにいる。

 もうすぐだ。もうすぐ、光の門を潜ることになる。

 束の間の再会、しばらくは会えない者もいるだろう。

 でも、標はいつか重なる。きっと会える。

 だから、こんな言葉を、置き去りにした。

「さようなら、影の国」

 またいつか会うために。

 

 

────

 

 

 光が治まる。少しだけあった浮遊感は消え失せ……そしてカイトは頭から地面に激突することとなる。

「──のわっ!?」

 何とか、カイトは自分の体の状況を把握した。どうやら突っ伏しているようで、すぐさまカイトは顔をあげて辺りを見回す。

 遊撃協会クロスベル支部の二階だ。場所も以前と変わりない。ただ、カイトが座っていた自分用のデスクではなく、部屋の隅っこだが。

 そうこうしているうちに、階下から階段を駆け上がる音が聞こえる。忙しく、二人の女遊撃士がこちらに向かってきた。リンとエオリアだ。

「よかった、無事だったかカイト!」

「大丈夫!? どこか、怪我してない!?」

 普段はやたらと厳しい先輩たちだったが、彼らの目線から見ればどう考えても異常事態だった。有事に備えての意識の切り替えはさすがと言える。いずれにせよ、戻ってきたのだと実感がわく。

「……まあ、ところどころ痛いですけど、大丈夫です。問題ありません」

 カイトは体を起こして、肩をぐるぐると回した。言った通り、本当に問題ない。影の国のことを知らない人からすれば仰天もののの状態だろうが。

「まったく、人騒がせな」

「エオリアから物騒な連絡が来たから《ガランテ》から飛んできたよ……」

 ヴェンツェルとスコットも来た。見ると、窓の外は漆黒に包まれている。

(もしかして、あれからほとんど時間が経ってない?)

 カイトはひとまず、立ち上がる。

 影の国と言う異世界での事件。終わってみれば一瞬なのだとしたら、それが本当にあった時間なのかも少しだけ心配になる。

「えへへ……すみません、心配かけたみたいで」

 けれど、あの時間は本当だったと、理解できた。と言うより、偽物なのかという疑いは一秒で晴れた。自分自身、先ほどまでは激戦の後。その体中の痛みと、ところどころ傷ついている衣服もある。

 何よりも、曖昧ではない、はっきりとしたこの記憶があるのだから。

 遅れてミシェルがやってきた。彼はすでに退勤していたはずだが……どうやらカイト失踪の窮地にきてくれたらしい。少しだけ嬉しく思う。

「貴方が光にのみ込まれてから一時間……あやうく協会本部とクロスベル警察に駆け込むところだったわよ」

 一時間。あの濃密な時間が、現実ではわずか一時間。つくづくどういう絡繰りなのか判らない。

「いったい、何があったの?」

 遊撃士四人と、そしてミシェル。今自分がいる魔都で頼るべき、頼もしい先輩たち。

「報告すべきことは、沢山あります。長い話になる……ただ、これだけは最初に言わせてください」

 影の国の異変は去った。輝く環という女神の至宝から端を発した事件は、完全に決着を迎えたのだ。

 クロスベルにきて数か月も経つのに、今が新しいスタートラインだと感じる。

 だからカイトは、満面の笑みを浮かべたのだ。

「何の心配もありません。カイト・レグメント、無事に帰還しました……!」

 新しい軌跡が、ここから始まる。

 

 

 

 










影の国編、終了。同時に、本当の意味で空の軌跡編は終了しました。
様々な伏線を残した影の国編。
それでも、ゼムリア大陸の異変は始まったばかり。さらなる激動の時代を、英雄も市民も、本物も偽物も、関係なく歩んでいく。


次章、8章「絆の環~壁を超える者たち~」
次回、40話「特務支援課」です。
舞台一新のためプロットの再確認などをしてからですが……次回以降もよろしくお願いします。


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