心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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43話 零から閃へ~舞姫たちの舞踏会~②

 

 

 星見の塔最上層。古の錬金術師の夢の跡。幻想的な光が灯る戦場で、《銀》はカイトたちに斬魔刀を向ける。

 残像を残すかのごとく、神速に迫る勢いで斬魔刀が振り払われる。ロイドの眼前でランディの斧槍と火花を散らす。

「……っ!」

「ほう、やはり貴様はなかなかやるようだ。赤毛」

「そいつぁどう……も!」

 弾く、後退。間髪入れずカイトが魔導銃で打ち抜くが、《銀》は霞のように消え入る。

「それと、俺の名前はランディ・オルランドだ! 赤毛呼ばわりするんじゃねえ!」

「了解した、オルランド。赤毛には色々とあるようだな」

 遅れてロイドが《銀》に突っ込んだ。

「エリィ、ティオは後方支援! ノエル曹長とカイトは遊撃! 俺とランディが叩く!」

 簡潔明瞭な指示。サブメンバーの特性も考慮した布陣。

 エリィとティオが下がり、それぞれ緑と青の波を纏う。

 その側方でノエルが忙しく動きながらサブマシンガンを乱射して牽制した。

 それで引いた《銀》だが、左手の鉤爪を振りかぶる。腕から鎖が飛び出てランディとロイドの得物に絡みつく。

「ぐっ!」

 そうして鎖が伸縮しロイドとランディを引き寄せる。必死でそれに耐える二人は、見る見る間に斬魔刀の射程内へ。

 だがその悪夢はカイトが防いだ。

「遊撃の役割知ってるか、《銀》!」

 カイトが銃撃を放ちつつ体を押し込み、そして体を回転させて踵落とし。まだまだ終わらぬ連撃。そこから至近距離で銃連弾。

 相手の都合など知るものか。その仮面を叩き割ってやる。

「なるほど。その武装で随分と無茶をする」

「無茶無謀はオレの専売特許だ!」

 前衛二人に向かう斬魔刀がカイトへ向けられる。その少し前にティオの導力魔法は放たれた。

 アクアミラージュ。揺蕩う水の光がカイトを包み込む。それは攻撃を防げずとも直撃を抑え、カイトの魔導銃を撫でた。

「負けるか……!」

 鎖を弾き、ロイドが何度でもと言わんばかりに前へ。《銀》の超速的な体術を真正面から受ける。ロイドの得物は特殊警棒(トンファー)……攻防一体、警察で運用されるものだった。

 戦闘としての実力が必ずしも特筆できるわけではない。ただあらん限りの熱意と負けん気が、《銀》の攻撃を防ぐ。

「俺も負けられねぇよ、リーダー!」

 ランディが導力エネルギーを斧槍に収束、爆発力を上乗せして斬魔刀を折にかかる。

 《銀》は簡単には捉えられない。だが避けられなかった。エリィの駆動させたENIGMAの初期魔法スパークルが《銀》の頭上でとどろき、その体を硬直させた。

 そしてそれは成せた。甲高い音とともに斬魔刀は二分され、周囲に散らばる。《銀》は飛んだ。懐からそれを取り出して投げつける。人には直接当たらず、その足元へ。《銀》は唱えた。

「爆雷符!」

 一瞬も立たず爆発。さすがの男たちも呻いた。戦場に空白が生まれる。

 再び《銀》の声、しかしそれは再び二重に聞こえる。

『なるほど、流石に六対一では分が悪い。ならば手を打とうか』

 そして放たれるもう一人。それは二人目の《銀》だった。

「なっ!」

「もう一人の《銀》……! 導力波異常なし、あれも本物です!」

 ティオが叫んだ。それは一度混乱を場に与えかけたが、カイトには見覚えがあった。

「分け身の戦技(クラフト)……! まじかよ!?」

 リベールで剣帝レーヴェが用いたものだ。並大抵の者ではまずできない。

 戦場に舞う二つの影。それは別個の的に狙いを定めた。カイトとランディへ。

 ランディと《銀》が鍔迫り合った。

「っ……俺とダンスでも踊ろうてか!? 年上の美女じゃないとお断りだな!」

「それは残念だ。イリア・プラティエの代わりでも努めようと思ったが」

 カイトに斬魔刀が迫り、それをいなそうとするが間に合わない。近くにいたロイドが辛うじて間に入る。

「……カイト、まずは引け!」

「ロイド!」

「ロイド・バニングス。貴様も随分と無茶をするな」

「それだけが俺の取り柄だからな!」

 拮抗する《銀》とカイト・ロイド。カイトはロイドの身体を利用し《銀》の死角へ。そして叫んだ。

「ノエルさんとティオはランディを援護! エリィ、オレとロイドを頼む!」

 分け身はどちらもが本物だ。戦力の分散は賭けでしかないが、他方は任せるしかなかった。

 ほんの数合だが理解できた。《銀》は執行者と同じ実力を持っている。たまたまこの戦いの目的が殺し合いでないだけで、そうでなければ今の六人など簡単に散らされてしまうだろう。きっとランディも気づいていると、そうカイトは考える。

 だが、それでも自分たちは依頼者のためにここまでやってきて、そして真実を得るためにこうして戦っている。負けるわけには行かない。

「《銀》……本気で行くぞ!」

 カイトのその言葉。《銀》は微かに笑った。

 並戦駆動、開始。カイトの身体を黄土色の輝きが包み込んだ。それでもカイトは止まらない。残滓を揺蕩う軌跡として描いて共和国の魔人に向かう。

 それを後方から見て驚くエリィだが、それよりも魔法駆動を優先させた。再び緑色の波が彼女を包み込む。

 ロイドに襲いかかる《銀》、そしてその企みを牽制するカイト。二人で前線をなんとか保つ。

 トンファーの連撃、外す。カイトへの斬撃、庇う。魔導銃の炎弾、斬魔刀が斬り伏せる。そのまま斬魔刀を投擲。トンファーが弾き、銃弾が逸らす。

 琥珀の波が少年へ収束。前世代のタイタニックロアと比べると小規模だったが、それでも強かな地震がカイトの見据える《銀》に迫る。

 ぐらつく大地。書棚の本が落ちるがそれを気にする暇などない。カイトは揺れる大地を確かに踏みしめて、後方へ退きながら魔導銃を閃かす。今度は風弾、同時に緑色の波を纏わせる。

 カイトの武の者としての実力は、それほど大したものはない。あるのは執行者と戦うことで培われた第六感とも言うべき何かだけ。そんなカイトの戦法は一人でいながら確実に導力魔法を放つ並戦駆動にあった。しかし今、新調して間もないENIGMAではそれほど強力なアーツは設定されていない。だから一人で強敵を相手できるような、中枢塔で一時でもブルブランと競り抜いたあの時とは違う。今の彼は《銀》のような存在に対して決定力が欠けていた。

「さあ、見せてみろ、カイト・レグメント、そしてロイド・バニングス!」

 《銀》が跳躍した。並戦駆動を目の当たりにして少し興が乗ってきたか。連撃速度を上げ、どんどんカイトとロイドで捌ききれなくなる。ロイドは後退する。

 それでも。

「オレは……オレたちの武器は……」

「仲間との、絆なんだ!!」

 ロイドが吠えた。同時、カイトの波が収束し、スパークルが発動。至近距離で《銀》に衝突し再び動きを鈍らせる。

 カイトは思う。今までだって一人じゃなかった。今だって一人じゃない。

 ロイドは疾駆した。その後方で、決死の表情を浮かべていたエリィが銃を構える。その銃には、特注の弾丸が装填されている。

 弾ひとつで何が変わるわけではない。それでも、エリィは確かに昨日とは違っていた。政治の道を志しながら闇を知り、それを払うために別の道を模索したエリィ。現場だからこそ、体感した闇は大きかった。ルバーチェ、黒月、感じる人々。前を歩く遊撃士ですら払えない闇。

 絶望した。でも確かに希望もあった。夜、ロイドと話すことができたから。目の前の壁は変わらず大きい。それでも少しつまらない話を。つまらなくて暖かい話をしただけで、こうも目の前の壁が乗り越えられるかもしれないと思うのだから、人生はわからない。

 今もそうだ。自分は市長の孫娘。今まで戦ったこともないお嬢様。それでも、警備隊、遊撃士の仲間がいる。軟派で頼れる戦闘のプロが、冷静で知的な妹分が、優しくて諦めない人がいる。

 射線上にロイドが重なった。一瞬の迷いがあった。だが迷いはすぐに打ち払った。この人なら、きっと。

「行くわよ、ロイド!」

「ああ、まかせろ!」

 射撃。かつてオリヴァルトがリベールで使用したのとは別の高火力銃弾。それがカイトのスパークルと、ロイドの熱気を帯びた突撃と重なった。圧縮されたエネルギーがスパークを放ちながら拡散する。

 スターブラストの一撃が、ついに《銀》を直撃する。

「やった!」

 カイトが快哉の叫びを上げる。ちくちょうめ、達人じゃなくたってやれることはあるんだ。

 同時、少し離れた場所でも爆発がした。ランディの斧槍が《銀》を吹き飛ばしたのだ。

 片方が分け身である以上、決して楽観視はできない。生命力は未だ健全のはず。

「なるほど。いいだろう、特務支援課たち。我が望みを叶えるに値する……」

 そうして、それぞれ相手していた二人の《銀》は消失した。残滓のような符だけが残り、声は再び階上から聞こえる。

 ランディは毒付いた。

「戦闘中に分身だけ残して、そこで高みの見物ってわけか。いい趣味とは言えねえな」

「ふふ……気に障ったのなら謝罪しよう」

 《銀》は、凶手というよりは街中に佇む若者のように、階段に座っている。そして笑う。

「ただ、そちらも全力とは言えない空気を感じたのでね」

「っ……」

 カイトが割り込む。

「それは……オレのことを言っているのか?」

「……まあ、お前の動きも見せてもらった。確かに、お前も全力とは言えないかもしれないが」

 《銀》は斬魔刀を収めた。ようやく認められたというわけだ。ロイドが疲れを隠せずに言う。

「やっぱり、あんたの強さは本物、だ。今の俺たちじゃよくて善戦……それでもいいならラッキーだな」

 目の前の存在は間違いなく《銀》だった。特務支援課も、カイトも、それはもう疑いようがなかった。

「勘違いするな。お前たちは軍人ではない。猟兵でもない。勝利は必ずしも必要ではない。我が名を騙る何者かを裁く……それが可能であればいい」

 そんな事を平然と言ってのける《銀》。つくづく試された気分だ。ランディは溜息をついた。

「……へいへい。それで、《銀》さんよ。改めて教えてもらおうか?」

 エリィもまた、前日までの迷いを感じさせないように凶手に話した。

「自分がイリアさんを脅迫していないと言う。それなのに私たちをこの場に呼んだのは何故なの?」

「よかろう」

 そして、核心が語られる。

「改めて、お前たちに依頼する。我が名を騙った何者かの企みを阻止してもらいたい」

 一同は沈黙。そして数秒遅れ仰天した。

「なっ!?」

「……ここまで色々やらかしてくれて、理由が依頼かよ!?」

「なんだ、レグメント。遊撃士は、民を守り支えるのではないか?」

「今自分で言っただろ! 対象は民間人だっつーの! なに一般人面してんだ!?」

「それは心外だな」

 ロイドがため息をついた。カイトと《銀》、どちらに対してなのかは本人にしかわからない。

「……何故あんたがそれを依頼する?」

「私の予想、と言ってもお前たちと同じ見解だがな。私の名を知る者は少ない。その限られた容疑者が何のために行動を起こしたのか……気になるとは思わないか?」

 黒月、ルバーチェ、警察、それらの関係者。それらが出す脅迫状が悪戯でないというのは明白だ。その意味で濡れ衣となる可能性は少ないが、確かに事が起これば《銀》の名にどんな影響があるかもわからないが。

 ティオが質問した。

「私たちが言うのもなんですが……貴方が依頼を出す理由は? アルカンシェルが公演を中止するという可能性は……」

「それはない」

「え?」

「脅迫状一つでアルカンシェルが新作の公開を中止するなど有り得ない」

 ロイドが詰め寄った。

「随分とイリアさんのことを理解しているんだな?」

「……そして、《銀》の名を知っていようといなかろうと、その何者かがイリア・プラティエを狙うと宣告したことも不可解だ」

 《銀》はロイドの質問に答えず続ける。

「お前たちの働きはともかく、結果的に捜査一課の介入を招き警備は万全の体制となった。それこそ舞台中に狙われても未然に防ぐことが出来るくらいにはな」

 ロイドが、カイトが考える。ならば、脅迫状の送り主は最初からイリア・プラティエの殺害など狙っていないのかもしれない。場合によってはアルカンシェルにすら興味はないのかもしれない。

「……脅迫状を送って、この状況を作ることこそが目的?」

「その可能性は高いだろう。だからこそ、そこから先は私にもわからない。捜査一課でさえ外す可能性がある」

 だからこそ特務支援課への、カイトへの依頼なのだ。別の可能性に対するイレギュラーという守備陣を配置するという。

 ランディが、ティオが悪態をつく。だが尽く痛いところをついてくる。

「……断る、と言ったら?」

「それでいいのか? 真犯人の狙いは私にも見当がつかないが……碌でもないことを企んでいるのは必然ではないか?」

「その可能性は高そうですが、そこまでわかっているなら貴方自身がやればいいのでは?」

「……こう見えてもそれなりに忙しいのでな。さあ、依頼を受けるか否か、答えてもらおう」

 《銀》の依頼は一応は筋が通っていた。カイトが悪態づいたようにどう見ても一般人ではないが、それを受けなければ何か危険がある可能性は否めなかった。

 特務支援課、遊撃士。立場は違っても人々のために動く存在。

 カイトは支援課を見た。ロイドたちはお互いを見て頷いていた。

「真犯人の企みの阻止には協力する。あんたの頼みに応じるわけじゃない、起こりうるリスクの排除だけだ」

「でも……実際問題どう対処する? オレだけじゃなくて、他の遊撃士も呼んでみるか?」

 カイトの提案はまったくどうすればいいかわからない中での提案だ。捜査一課に頼むのと似たようなもので、《銀》は一蹴した。

「対処方法には一考がある。真犯人がアルカンシェルに関することで仕掛けるならば、本公演初日かプレ公演だろう」

 本公演初日は一ヶ月後のクロスベル創立記念祭の初日だ。外国からの旅行客も多いので、劇場内外が相当に盛り上がるだろう。そしてプレ公演は国内外のマスコミや支援者への招待して行われるものだ。やはり事を起こせば混乱しやすい。

「お前たちに頼みたいのはその両日における警戒活動。捜査一課が裏をかかれた時のため劇場内を密かに巡回するというものだ。そしていざ何かあった時には迅速に対処してもらいたい」

 警戒活動、結局はそれ尽きた。当日も捜査一課が警戒している以上どう対処するかという問題はあるが、解決のためには行動するしかない。

「引き受けてくれて何よりだ。それでは私は、この辺りで失礼しよう」

「……オイオイ」

「冗談きついです」

「仮にも警察における重要参考人、このまま逃すとでも?」

 ランディ、ティオ、エリィが辟易した。実力的に止められないのはわかっているが、純粋な警察学校の出でない彼らにもその矜持が生まれつつあるようだった。

 捕まえられないんじゃないか、それでもなんとかしようと熱を持つロイドたち特務支援課。

 一方のカイトは意気消沈していた。

(あ、なーんか嫌な予感……)

 過去執行者たちと、帝国開放戦線と対峙した時を思い出した。幾度の遭遇の中で、彼らを捕らえることができたのはどの程度だったか。

「では……さらばだ」

「ま、待て!」

 《銀》は屋上に走る。特務支援課もノエルもそれを追いかけ、カイトも最後尾でそれに続いた。

 星見の塔の屋上は寒々しかった。最上には中央広場のクロスベルの鐘と同じ形状のものがある。人が入った形跡は皆無だった。

 そこに《銀》は既にいなかった。

 ティオが導力器を利用して周辺をサーチする。その時には既に塔を離脱していた。そのまま屋上から飛び降りたのだ。カイトはエステルたちから聞いた、痩せ狼が紅蓮の塔の外壁を削りながら降りていった話を思い出した。

 事の成り行きを見守っていたノエルが、ホッとしたような、怖がるような口調で言った。

「みなさん……とんでもない奴と相手をしていたんですね」

 そして、星見の塔でカイトたちが《銀》と交戦し依頼を受けてから数日間。カイトと特務支援課は日々の支援要請と依頼の合間、分室ビルに詰めてはアルカンシェル公演の警戒活動での段取りを詰めていった。

 セルゲイから捜査一課と二課を中心とした警戒網を聴取しつつ、それに見つからずかつ不審点を防げるよう警戒ルートを決める。それだけでなく、犯人が事を起こしたとして逃亡を防げるよう待機メンバーも想定する。

 結果、ロイドとエリィが劇場内での警戒活動、カイトが劇場裏口から正面入口の警戒、ランディとティオとついでにツァイトは劇場外で待機することとなる。

 特務支援課はセルゲイと口裏を合わせつつ、アルカンシェルにも事情を伝えて許可を得た。カイトはカイトでミシェルたちに結果を伝え、その日にカイトがアルカンシェルに行くことも決定した。

 そして、プレ公演当日、午後六時四十五分。開演十五分前。

 既に会場には、マスコミ、政財界、劇団への出資枠など多くの招待客が入る。その中には、ヘンリー・マクダエル市長とその第一秘書アーネストの姿もあった。

 劇団アルカンシェルの関係者専用通路。舞台袖につながる部屋の前には、《月の姫》の扇情的で美しい白装束を纏ったリーシャ。その衣装に目のやり場が困るカイトとロイド、そんな彼ら──特にその一方にきつい目線を浮かべるエリィ。

 四人が立っていた。

「そうか、市長は今回の新作にも全面協力しているんだっけ?」

「ええ、もともとおじいさまはアルカンシェルのファンだから。リーシャさんのデビューもすごく楽しみにしてるみたい」

「あはは……期待に応えられるといいんですけど」

 リーシャははにかんだ。プレッシャーに負けているのではなくて、エリィが言う市長の期待に対してだった。

「それより、《銀》という人が言ったように本当に何か起こるんでしょうか?」

 アルカンシェル関係者、特にイリアを除いてリーシャ、劇団長には《銀》との遭遇したこと、話したことについても全て伝えた。 

 再三推理を重ねたことだが可能性の域は出ない。それでもやはり、可能性は高かった。アルカンシェルが何より心配するイリアに対しての謀殺の可能性は、捜査一課が出ることもあってほぼ零になっただろう。

「それよりも、リーシャ。イリアさんには伝えなくてよかったのか?」

 カイトは聞いてみた。結局、彼女に真相を伝えなかったことだけは、支援課側とアルカンシェル側でもめ続けたことだった。

 それは、劇団アルカンシェルの強い覚悟が示されている。

「いいんです。あの人には余計な心配をしないで輝いていてほしいですから」

 イリアへの熱意、公演の魔物に魅せられる。それがアルカンシェル劇団員の思いであったが……。

「君は本当に……イリアさんが好きなんだな。どうしてそこまで?」

 ロイドの言葉が放たれた瞬間、後ろに居たカイトとエリィは顔を見合わせ、険しく諦めの表情になった。エリィは数日前のとある会話を、カイトは遊撃士である黒髪の青年を思い浮かべていた。

「劇団には強引に誘われてしまいましたけど……でも私、嬉しかったんです」

「嬉しかった?」

 そこには、単に誘われて嬉しかったという感情は隠されていなかった。

「この街に来るまで、私は決められた道しか歩いていませんでしたから。そこでイリアさんの演技を見て、惹きつけられて……」

 こんな風にただ上を向いて力強く輝ける人がいる。決して手が届かないものだから、憧れてしまったのかもしれない。

 吐き出された独白は、今ここにいるロイドたちを見ていないようだった。リーシャとイリアの馴れ初めは、カイトたちにはわからない。

 カイトたちとリーシャだけではない、リーシャが見ているイリアに、まさに太陽と月を見た。

「手が届かないなんて、そんなことはないんじゃないか?」

 ロイドがリーシャの肩に手を優しくおいた。リーシャはロイドを見上げた。カイトとエリィはぎょっとした。

「確かに今回の君の役は月の姫。太陽の輝きを受けて映えるだけの訳かもしれない」

「は、はい」

(おいおい)

 たしか顛末を聞いた限り、ロイドはエリィとあの日()()()話したはずでは。

「でも素人目から見ても君とイリアさんの演技の良さは、別のものだとわかる。君は君自身として、いつかきっと輝けるはずだよ」

「そう、でしょうか」

(おいおいおい)

 カイトはロイドを凝視するしかない。エリィの顔が見れない。

「だからこそイリアさんは君を誘ったんじゃないかな。今回の事件、俺たちも壁にぶつかった。でもなんとかここまでたどり着いた」

「……ロイドさんっ」

(おいおいおいおい)

 エリィの顔が見れない。

「きっと、アルカンシェルも守ってみせる。事件も解決してみせる。だから君も、全力で頑張って欲しい」

「はいっ……ありがとうございます、ロイドさん!」

(エリィの顔が見れない)

 少し目が潤うリーシャ。

「それじゃ私、そろそろ行きますね! みなさん、どうか頑張ってください!」

 そう言って、励まされたリーシャはらんらんと、それこそスキップができそうな勢いで別れる。その姿を見送り、ロイドはほっと息をついて振り向いた。彼はエリィとカイトの前に立っていた。

「元気になってくれたか。それじゃ俺たちも別の場所で待機を……ん? どうしたんだ?」

 カイトは背中の冷や汗を感じながら笑顔を顔面に貼り付けた。

「……カイト君? どう思う?」

 エリィの声がひどく恐ろしく感じた。

「知り合いに一人似たのがいたけどそいつは彼女一筋だし……タチが悪い」

「へ?」

「そうよね。狙いがない故に乱れて自覚がなくて……タチが悪い」

「あの、エリィさん? カイトさん?」

『なにか?』

「何でもありません……」

 特にエリィの圧に敗北するしかないロイドだった。

 やがて会場の外でもわかるくらいの歓声が上がる。

 アルカンシェルの舞台が始まる。幕が上がる。

 

 

 

 

 

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