アルカンシェルのプレ公演が始まった。カイトは正面玄関の受付前で歓声を耳にする。
「おっと、始まったのか。……学園祭を思い出すな」
既にロイドとエリィはチームになって巡回を開始している。カイトはバルサモ支配人に合図をしつつ、劇場の正面玄関内側に立った。ここからでも聞こえる喧騒。王立とは言え学生たちが作り上げた男女逆転劇と比べるのは可哀想な気もするが。ジルとハンスはどうしているだろうか。
今回の舞台演目は《金の太陽、銀の月》。イリアを主役《太陽の姫》、リーシャを準主役《月の姫》として行われる。
かつて存在していた古の国《ラ》は、古来より《姫》と呼ばれる舞手によって
芸としての主役は間違いなく二役の姫。練習でも見たようにその踊りは神がかっているの一言。でもそれだけではない、多くの俳優や舞台装置、それらを指揮する演出家、全てが渾然一体となって挑む超越的なものだった。
「個人的には観たかったけど……まあ、集中できないのも仕方ないし、楽しみは後に取っておくか」
カイトは警戒を怠らない。今の時間から出入りする人間もいないわけではない。その全てを見逃さないよう注視した。
「何よりのお言葉、ありがとうございます。レグメント様」
声をかけてくれたのは、受付に立っていたバルサモ支配人だ。
「オレも練習を観ただけでファンになっちゃいましたからね。いつかはわからないけど、きっと観に行きますよ」
「イリアやリーシャもきっと喜ぶ。特務支援課やレグメント様にはチケットを手配します。どうか楽しみにしていてください」
「ありがとうございます」
カイトは続けた。
「それよりも……支配人、一つ聞いてもいいですか?」
「私に答えられることなら」
「リーシャのことなんですけど」
バルサモの目が細くなった。
「準主役……その触れ込みが消え入るくらい、心から、本当に月の姫を演じているようでしたね」
「……気づかれましたか」
「といっても、やっぱり似たような人が近くにいたからだと思いますけど」
カイトはヨシュアのことを考えた。
リーシャの演技はロイドが励ましたように、イリアとは別のベクトルで観客を捉えて離さない。本物と言える。
ただ、ロイドと話していた時の言葉が気になった。それこそ本当に、大地にも届かず、太陽などとはもってのほか、絶対に触れることができないように、そう思い込んでいる節がある。
ロイドの朴念仁な励ましで少しは前を向けれたようだった。カイトと同い年の年頃の少女のようになっていた。だが、やっぱり同じように月を想起させる少年を思い出す。
バルサモは答えた。
「イリアの眼も本物です。間違いなくリーシャは才覚を持っている。ですが……」
言葉に表しづらい、不安を抱える何かを持っている。
「やはり遊撃士殿は、さすがですな。ですが、彼女も今回の件で貴方や特務支援課のような繋がりができた。我々劇団以外の繋がり……そうしたものが、きっと彼女を大成させてくれます」
「……そうですね」
きっと、それは彼女の回りの人たちが成し遂げてくれるのだろう。
はぁっと息を吐くカイト。それで話は終わったと思ったのだが。
「不躾ですが、進言させていただいても?」
「え?」
「貴方の本質をおいて、今だけはリーシャと同じもので悩んでいるように感じますが」
うっ、とカイトは一歩下がった。流石に業界のベテラン、畑が違ってもそう見えるか。
「悩んでいる、というより悔しさかなぁ」
クロスベルの地で、今自分はなすべきことをなしている。もちろんそれに後悔はないが、少しだけ寂しさもある。不良騒動、魔獣被害、脅迫事件。そのクロスベルの闇に直接手をつけられなかった自分がいる。
その意味で、カイトはリーシャに似ていると言われれば否定できなかった。
バルサモは続けた。
「ですが、貴方も今回の事件に尽力していただいたことは変わりない。特務支援課と立場は違っても、一人の遊撃士として……一つの環の中におられると思うのです」
「そう、でしょうか」
「ええ。劇団も同じ。長、主役、脇役、舞台裏……様々な者がいて初めて舞台という生き物は成るものです」
バルサモの言葉を噛み締める。忘れられない言葉だった。
公演は順調に進む。太陽の姫の第一幕、月の姫の第二幕、出会いの第三幕。
そして最終幕。
「あれ、ロイドたち」
「お疲れ様、カイト。そっちはどうだ?」
巡回なので時折見かけてはいたが、ロイドとエリィが公演開始以降初めてこちらに話しかけてきた。
「こっちもちゃんと見張ってたけど、特に不審者はいなかった。そっちは会場内は?」
「問題なかったわ。やっぱり捜査一課の目もあるし、杞憂に終わるといいのだけど……」
そんな折、バルサモが声をかけてくる。しかし最初にカイトと話した穏やかな表情とは違っていた。かなり焦っているように見える。
「支配人、どうかしたんですか?」
「レグメント様! 特務支援課のお二人もご一緒とはちょうど良かった。少々、不審な動きをされるお客様がいまして」
カイト、ロイド、エリィの表情が強張る。
その人物は招待客リストの中にもいなかったという。ますます鼓動が跳ね上がる。
バルサモに正面玄関を任せ、彼が不審者を目撃したS席右奥階段へ。
だがそこにいたのは、カイトたちが乱暴にため息をつくような人物だった。
「グレイスさん!?」
「アンタどうしてここにいるんですか!」
「あれ、ロイド君とカイト君! 珍しい組み合わせじゃない!」
ある意味有名な記者グレイスだ。バルサモが招待客ではないと言った以上クロスベル通信社の席で来たわけではないだろうが。
「グレイスさん、どうしてここに? 招待されたわけでもありませんよね」
遅れてエリィが詰問した。
「あれ、エリィちゃんまで? あなたたち随分と仲いいわね~。捜査一課も二課も支援課も遊撃士もいるなんて~」
「グレイスさん、ダドリー捜査官に突き出しますよ。二度とオレやアリオスさんの取材書かせませんよ」
「……ハイ」
吐かせた。どうやら清掃業者に紛れ込んで侵入したらしい。ある意味正規のルートは踏んでいるが、とんでもない方法だ。社に来た取材用のチケットも案の定他の記者が利用しているのだとか。
「アルカンシェルのプレ公演よ? 絶対観なきゃいけないじゃない! それだったら誰だって潜入くらいはするわよ~」
ナイアルやドロシー以上に行動抑制のネジがぶっ飛んでいた。これでは呆れるしかない。
ロイドはかなり本気で怒った。
「本公演で見ればいいでしょう! それよりも、本当に理由はそれだけなんですか?」
「まさかグレイスさん、貴女が脅迫状を送ったとは言いませんよね?」
「え、脅迫状? なにそれ?」
違った。いくら記事のためにどんな行動を起こすといっても、流石に事件を造って金にしようなんて魂胆の人間ではなかったか。
「……まあ犯罪まがいのことはしかけてるけど」
「失礼なカイト君! 私がいつ何をしたっていうのよう!」
「いや現に忍び込んでるでしょう……」
空の女神も仰天のことだろう。
ロイドは詰めよった。脅迫状のことは知らないわけだが、場合によっては人命も関わっている。これ以上グレイスを相手にしている暇はないと、ロイドはそれこそグレイスを脅しかけた。
「グレイスさん、全て包み隠さず話してください。でないとこのまま突き出します」
「んな殺生な~! カイト君よりひどいじゃない!」
「今は少しでも手がかりが欲しいんです。だから教えてください」
「うう……わかったわ。でもエリィちゃんの前でか…」
「え? 私がどうかしたんですか?」
「ふう、気をしっかり持ってよね? あたしが追っていたのは、市長の第一秘書に関する黒い噂よ」
「マクダエル市長の……」
「第一秘書っつーと……」
男どもが揃ってお互いを見て、そして少女の方へ向いて驚きを顕にした
「アーネスト……さんが!?」
「そうそう、アーネスト。彼、相当やばいわよ。事務所の資金を勝手に流用したり、帝国派議員と密談したり。まさかそのまま市長を亡き者にって、それはないか、あはは──うぇ!?」
カイトがグレイスを押して口元を塞いだ。それ以上はいけない。
エリィを見れない。公演前のふざけた理由とはまったく違う。
そして急速に回転する頭。全てのピースが繋がっていく。
「な、なあロイド。もしこの状況で市長に何かあれば……」
「目撃者さえ作らなければ犯人は《銀》だと偽装できる……それが狙いか!!」
ロイドは走り出した。エリィがそれに続く。呆然とした表情だが、足取りはしっかりしていた。
カイトもグレイスを開放して続く。
「え、ちょ、なになに!? どういうこと!?」
「グレイスさん、話は後だ! 安全を確保しておいて!」
廊下を行く余裕などない。貴賓席は今いる場所と反対、左手奥だ。S席を突っ切ったほうがいい。
熱狂的な演技が目を引く中三人は駆ける。もう舞台など気にしてられなかった。そんな中、ロイドが後ろを通ったことで控えていたダドリーが気づき、エリィがさらに駆け抜けたことで驚きをあらわにする。
そしてカイトが後ろから迫ったことでさらに驚愕。カイトの腕を掴んだ。
「貴様ら、一体何をしている!?」
今回ばかりは構っている暇などなかった。俊敏さと小回りを利用してなんとか彼の拘束を解き、ロイドたちに続いた。後ろからダドリーが追走してくる。
「レグメント、止まれ! 我々を愚弄して──」
「話は後だって言ってんだろ! 命が懸かってるんだ!!」
S席を飛び出して左手へ。さらに奥へ駆け上がり貴賓席へ。室内の扉前に警官が一人倒れている。
ぶち開けられた扉。そこからは舞台のクライマックスの音響が聞こえてきた。それに吸い込まれるように入った貴賓席。カイトがダドリーとともに突っ込むと、ロイドがトンファーで、まさにマクダエル市長の喉元に突き刺さろうとしていたナイフを弾いたところだった。
真犯人、今回の元凶だったアーネストは、ロイドの行動にも関わらず強引にマクダエル市長を起こして、今度は拳銃をこめかみに押し当てる。
アーネストは愉快げに笑う。凶行とは似つかわしくない狂気を感じる。
「くく……まさか君たちが邪魔しに来るとは、とんだ女神の巡り合わせだな」
ダドリーはここで状況を理解する。ロイドとカイトは冷静だった。
エリィが唯一、肉親の危機を前に混乱を隠せなかった。
「アーネストさん、どうして!? あれほどおじいさまを尊敬して支えてくれた貴方が……どうして!?」
ロイドやカイトたちにとっては、脅迫状の調査で邂逅しただけのわずかな時間。エリィや市長を慮っての言動の数々が、嘘と理解して怒りを表す。
アーネストはまるで壇上の役者のようだった。
「君と同じだよ、エリィ! 私もこの政治状況にはうんざりしていた! だから強い人間に従うしかない! そして私は行動した!」
「そのために《銀》の名を騙った。おおかた、名前は帝国派議員から聞いたのか」
「そしてイリアさんに脅迫状を送って俺たちや一課を攪乱させて市長の抹殺を図った……!」
ロイドが憎々しげに吐き捨てる。市長の暗殺にも、仲間の心を挫く所業にも、そのどちらに対しても。
ダドリーが、カイトが、それぞれの銃を構える。
「アーネスト・ライズ。大人しく銃を捨ててもらおう。今ならまだ未遂で済む」
「遊撃士協会も、警察もいる。その前で人を手にかける意味がわからないわけじゃないだろう?」
「それはこちらの台詞だ。自治州代表の一人でもあるこの老人の命……お前たちの目の前で散らしてやってもいいんだぞ!」
「やめて! もうやめて!」
「実の祖父がくたばる瞬間を孫娘に見せたいわけでもあるまい!?」
「……外道が」
怒りで銃身が震える。だが、一人の命を犠牲にはできない。アーネストは拳銃で扉から遠い壁際を指す。そこへ行け、という意味だ。
今回ばかりは搦め手も通用しない。カイトたちは下がった。
「いいだろう……それでは返してやる!!」
アーネストはマクダエル市長を思いっきり突き飛ばした。地面に転ぶ前に思わず抱えるエリィとカイト。驚く彼らをよそに、勢いそのままにアーネストは逃走を開始した。
「おじいさま!」
「待て!」
「逃がすか!」
逃すわけない。逃がしてはならない。
「エリィ、この場は頼む!」
ロイド、ダドリー、カイトが走る。
だがアーネストは異常な速さだった。彼が剣術を修めているというのはエリィから聞いたが、それにしても三人の誰も追いつけないのは明らかにおかしい。
走りながら息を切らして、それでもロイドはENIGMAを手にした。
「ランディ、ティオ! そっちに市長の秘書が行く! 真犯人だ。足止めしてくれ!」
『お、おお……!?』
『よくわかりませんが、了解です』
ロイドの剣幕で察したか、スピーカーから二人の冷静な声。
なおも先頭のロイドが正面玄関へ到達。その時にはアーネストは既にバルサモやスタッフを突き倒し、劇団を飛び出た。
「おらよっ!」
その向こうで、ランディの息を吐く声。
「それっ!」
ティオも魔導杖で応戦。アーネストにとっては不意打ちだっただろう、二人の攻撃は直撃し、膝から崩れ落ちた。
「まだだぁ……!」
それでも立ち上がるアーネスト。ランディの拘束すら解き放つ。
「野郎……!」
しかしそうは問屋が卸さない。飛び込んできだ白狼が、その巨体でアーネストに飛び込んだ。そのまま四肢を拘束。今度こそ完全に捕らえる。
数秒遅れて合流するロイドたち。
「よかった、捕まえてくれたか」
「ああ。銃を持ってたから思わず気絶させちまったぞ? ……ま、ツァイトのお手柄だけどな」
「それでいい。よくやってくれた、二人共、ツァイトも!」
「それで……どうしてロイドさんたちが一課のメガネスーツさんと?」
「誰がメガネスーツだ! お前たち、これは一体どういうことだ!?」
ダドリーが悪態をついた。アーネストが沈黙したからか、我慢の限界だったらしい。だがカイトがダドリーのメガネスーツ呼びに笑うよりも早く。
「バックアップに遊撃士との共闘……一体何を──」
「はぁ、はぁ……追いついた!」
女性の声。グレイスだ。
「これはシャッターチャーンス!! 誰にも渡すもんですかっ!」
これ以上ないくらい無粋な飛び入りだった。もはや特務支援課もカイトも怒る気にはなれない。
その時、会場から一層大きな音楽と拍手と歓声。公演が終わったのだ。
「離せ……私は、私は絶対に……」
「終わったな」
カイトは独りごちる。アーネストの抵抗も虚しく響く。アルカンシェルの誰も欠けず、マクダエル市長も死ななかった。
事件は解決したのだ。
「絶対に次期市長になるんだああぁぁあああ!!!」
銀色の月が、歓楽街を照らしていた。
────
アルカンシェルのプレ公演から一週間後。
「カイト……貴方何かある度に受付で頬杖をつくのが習慣になってない?」
ミシェルに突っ込まれた。実際、何度か覚えがあるから反論できない。
「ま? 独断専行が過ぎる貴方だけど、結果的には脅迫状事件解決に貢献した。いいんじゃない? 大した活躍ぶりだわ」
「……あの、ミシェルさん、なんか怒ってます?」
「これっぽっちも怒ってないわよ」
ミシェルは笑った。
「貴方といい、誰かさんといい……規格外な結果を出す遊撃士は行動も規格外って思ったのよ」
それは誰を想像したのか。
「やっぱり怒ってるじゃないですか、ちょっとは」
カイトは苦笑した。
アルカンシェルの新演目《金の太陽、銀の月》プレ公演は大盛況のうちに幕を閉じた。クロスベル自治州のみならず、諸外国にも知れ渡るアルカンシェル。炎の舞姫イリアと、そして期待の大型新人リーシャによる幻想的な舞の世界は革新的な芸術作品だった。記念祭における目玉の一つとして、多くの人々を魅了するだろう。
それが最新のクロスベルタイムズで報じられた内容だが、記事はもう一つの目玉ニュースを大々的に報じていた。マクダエル市長の第一秘書アーネスト・ライズによる市長暗殺未遂事件のあらましである。
事件の結果はカイトの知るとおり。スキャンダルここに極まれりだ。もちろん全てが明らかになったわけではなく、アーネストと繋がっていた帝国派議員は謎に包まれている。
クロスベルタイムズを見ながらミシェルは言った。
「で、事件当時のアーネストはなんか様子がおかしかったんでしょ? 特務支援課から続報はないの?」
「はい。ロイドたちとも連絡はとってるんですけど、結局埒があかなくて、拘置所送りになったみたいです。完全に解決したわけじゃない」
とはいえ、マクダエル市長を狂気から守ることに成功したのだ。特務支援課は大金星だった。記事の発行以来、遊撃士の仕事をしていて市民からも特務支援課を評価する声が聞こえてきた。ミシェルが少し不機嫌に見えるのもそれが原因からかもしれなかった。
ちなみに報道にはカイトの存在は書かれていない。カイトやミシェルがグレイスに働きかけたためだった。
「ま、あのヒヨコちゃんたちも少しはやるようになった。今回はそれで良しとしましょうか」
結局のところ、今まで遊撃士協会クロスベル支部は警察に対してある種の諦観があったのだ。上層部に腐敗がありながら自浄できない警察組織。そのために現場もまた現実の前に潰れかかっている。遊撃士の本質はあくまで民間人を支えることにある。それが本質であり国に依存しない。だからこそ国境を越えて振舞うことができて、例えばリベールの軍事クーデターのように民たる国を救うことができても、腐敗たる政治を変えることはできなかった。
そんなもどかしさがあるから、遊撃士は警察に対して怒れず、諦めるだけだった。だからこそのミシェルの微妙な対応だった。カイトに多少の意地悪を働いたことも含めて。
それが、特務支援課が大金星を挙げた。恐らく一部の腐敗そのものを除いては誰もが支援課の活躍を好意的に受け止めている。
カイトはそれが嬉しかった。遊撃士協会の中で、恐らく早期に特務支援課に興味を湧いていた一人として。
ミシェルは、意地悪でもなんでもなく、頼もしげに言う。
「カイト、貴方もお疲れ様。クロスベルに蔓延る闇の一つ……様々なしがらみのせいで遊撃士が動けない領域に、貴方は手を突っ込んでみせた。貴方にとっても、手応えはあったんじゃないかしら?」
「はいっ、ミシェルさん」
クロスベルに来た日、そして脅迫状の調査を開始した日に問われた、クロスベルにおける遊撃士の一人前たる条件。この街に蔓延る闇に対して、遊撃士として一定の答えを得ること。
カイトがそれを成せたことを、ミシェルはわかっていた。カイトの雰囲気が今までと違っていた、抱えていた迷いが晴れていたのを理解したから。
だから、ミシェルはカイトの次の言葉を待った。
「ミシェルさん、報告があります」
「聞くわ。今ならエステルもヨシュアもいる。ヒヨコちゃんたちも育ちつつある。遠慮なく言えると思うわよ?」
「はい」
遊撃士の信念は誇りに思う。自分が決めた決意を体現するには、遊撃士としての立場は必要だ。でもリベールで決めた目標を大陸で叶えるには、遊撃士の世界だけでは足りない。遊撃士以外の立場から物事を見ることも必要なのだろう、と思った。
そして、その仮説は今、自信を兼ね備えている。特務支援課という遊撃士でない存在がクロスベルの闇を払おうとしている姿を見た。彼らは闇を払う、壁を乗り越える力を持っている。遊撃士でなくても、自分の信念を貫くためにできること、すべきことがある。
特務支援課がいれば、きっとクロスベルは大丈夫だ。そしてバルサモ支配人が言ったように、決して自分は特務支援課と他人ではない。もう、クロスベルを思う人の一人だ。
だから。
「今月末……記念祭を最後に、カイト・レグメントはクロスベル支部を離任します」
全ての人を救うという目標を叶えるために。道を示して、頼ってくれた友人のために。
「四月より……遊撃士としての活動を休止し、エレボニア帝国のトールズ士官学院に入学します」
気持ちを新たに、零に返って。光が閃く未来へ。
零から閃へ──
壁を乗り越えるひとつの可能性を見たカイト。これで、彼の誘いの前に立ち塞がる岩はなくなった。
戦う人は自分たちだけではない。それを理解できたのが、カイトのクロスベルでの最大の成長かもしれません。
次回、44話「記念祭の喧騒」です。