心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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44話 記念祭の喧騒①

 

 

 七耀歴千二百四年三月十九日。ゼムリア大陸西部、クロスベル自治州。クロスベル市東通り。遊撃士協会支部の二階で、カイトは導力通信機を利用していた。

『そっか……お前さん、いよいよ帝国に来るのか!』

 通信機の向こうから聞こえて来るのは豪快な青年の声。カイトがエレボニア帝国で世話になった先輩遊撃士、トヴァル・ランドナーだ。

「はい。遊撃士としての活動じゃないですけど……」

『聞いたぜ、学生になるんだって? しかも、あの有名なトールズ士官学院ときた!』

「はい。知り合いのツテで、遊撃士じゃない活動方針を示してくれて……すみません、帝国だって遊撃士は忙しいはずなのに」

『気にすんなよ。帝国の情勢は厳しい。だからこそ俺たちみたいな正規の動きじゃない、新たな視点が必要なはずだ』

「トヴァルさん」

『胸を張れ。精一杯学んで来いよ。お互い力をつけて、また会おうぜ』

「……はい! また春からよろしくお願いします」

『そうだ、エステルとヨシュアにも……クロスベルのみんなにもよろしく言っておいてくれよ!』

 一通りを話して、カイトは通信を終えた。

 カイトは一階へ降りる。そこには大勢の人がいた。

 受付ミシェル。エステル・ブライト、ヨシュア・ブライト。

 スコット、ヴェンツェル、リン、エオリア。今、クロスベル支部に所属するアリオスを除く遊撃士が集結していた。その様子は壮観だった。

 早朝、七時半。既に東通りを中心に既に喧騒は強まり始めていた。

 降りてきたカイトにミシェルが話しかける。

「カイト、トヴァルとの通信は終わったのかしら?」

「はい。みなさんにもよろしくって」

「トヴァルさんか~。帝国じゃお世話になったわよね」

「うん。まだあっちは遊撃士が動きにくいのに……助かってるね」

 ブライト義姉弟が懐かしむ。

 帝国はリベールの軍事クーデターと同時期に起きていた遊撃士協会支部連続襲撃事件を受けて大幅に活動を縮小されていた。多くの都市部にある協会支部は閉鎖を余儀なくされ、

今や活動を続けている支部はほとんどない。

 カイトが連絡したのは帝国クロイツェン州レグラムにある協会支部だった。理由はもちろん、カイトの帝国入りを伝えるためだ。通常の遊撃士の事情とは大きく異なっているが。

 手を叩く音。ミシェルだ。

「さ、今日こんな早朝から集まってもらったのは他でもないわ。今日から《記念祭》よ」

 クロスベル創立記念祭。文字通りではあるが、クロスベル自治州の成立を祝う記念祭だ。リベールにおいては女王生誕祭に近い。

 記念祭は例年五日間行われる。そして今年はクロスベルが帝国と共和国の認可を受けて自治州として成立してから七十年の年だった。規模も大きくなり、例年以上の観光客の出入りが見込まれた。

 そうなると当然遊撃士の仕事量も増大する。立場は違うが警察も同様だろう。休憩もあるがこの五日感の忙しさは平時の比ではない。

 だからこその激励であり、ある種の脅しでもある記念祭初日早朝の集合だ。一部の例外を除いては、基本的に自治州内の依頼に集中するのが通例となっている。

 ミシェルは告げた。

「今年は七十周年、ミシュラムも開設されて新しく、アルカンシェルの新作もお披露目される。間違いく前後十年で一番忙しくなるわ。さあ、それぞれの予定を話してちょうだい。まずはスコット、ヴェンツェル」

 男性遊撃士二人へ目を向ける。ちなみにアリオスはレマン総本部への出張が延びており、その関係でまだいない。

「僕らは市外はタングラム門だな」

「それと私は帝国への出張もある。他はほとんど市内だ。必要があれば連絡してくれ」

「次は私たちね」

 リンとエオリアだ。

「私たちはアルモリカ村に行く日があるわ」

「市内の時間を除いては他の応援は難しいかもしれないわね……」

 ミシェルが引き継ぐ。

「エステル、ヨシュア、カモーン」

「はいはーい。私たちは病院での依頼がいくつかあります」

「その他は基本的に市内活動です。何かあれば、遠慮なく声をかけてください」

 それぞれ市内、市外問わず大忙しだ。そんな中、カイトだけは。

「それじゃ、カイト」

「はい。オレは五日間、市内巡回を担当します」

 カイトのみすべての期間を市内に篭ることになっていた。それは役割分担としてもそうだが、別の理由もあった。

「それと……改めて。記念祭が終わって一段落したら、オレはクロスベル支部を離任して帝国へ行きます」

 全員を見渡した。

 クロスベルへ来て約一年。様々な闇を見てきて、リベールの外の世界を知った。払いきれない闇を見た。それを払う可能性を見た。

 オリヴァルトが帝国への道を示してくれた。そこに希望を見ても、迷いはあった。クロスベルで得た経験と絆の環が、迷いを払ってくれた。

 カイトはクロスベルに一時の別れを告げることにした。

「クロスベル支部はしばらくは大丈夫。少し恨めしいけど、まあ安心して行ってらっしゃいな」

 ミシェルが微笑む。エースと受付としてこの一年カイトの成長を見守っていた。カイトの正遊撃士としての心の成長を頼もしく感じていた。

「そうか……寂しくなるな」

「向こうでも私たちのこと、思い出してね?」

 普段は厳しい先輩方だが、今回ばかりは優しい女性陣だった。エオリアなどは可愛いものに対するような空気を少しだけ醸し出す。

 一方の男性陣は比較的淡白だった。ヴェンツェルは今も仏頂面。それをフォローするスコット。

「ふん、遊撃士を辞めるわけでもクロスベルにもう来ないわけでもないだろう」

「でもまあ、お疲れ様。僕たちも色々学ばせてもらったよ」

 エステルとヨシュアは明るい。またいつか会えると知っている、そのために笑顔で分かれるために。

「カイト! オリビエのこと、よろしく頼んだわよ!」

「僕らも追いつく。だから、その時まではね」

 言葉を受け取る。全員の言葉を。一語一句忘れずに。

「……はい! カイト・レグメント、最後まで精一杯頑張ります!」

 カイトにとってクロスベル修行の総決算。クロスベル創立記念祭が始まった。

 クロスベル自治州はそもそも近代的な金融都市にして交易都市なので、帝国や共和国の首都と比べれば少ないにしても人口密度はゼムリア大陸でもトップクラスだ。そんな都市に一斉に観光客がなだれ込めば、人が多すぎてカイトのような田舎者なら呼吸が詰まるに決まっている。

 少年はそんな理由もあって記念祭一日目はかなり疲れた。クロスベルに来たときの疲れが笑えるくらいには。迷子の捜索、落とし物の捜索、盗難などの犯罪者の捕獲、運送の護衛、人の流れの調整役など、語ればきりがない。

 とはいえいい加減忙しさにも体が慣れてきて、半分心を殺しながら依頼をこなしていた。

 一日目はひたすらに働いた。途中市長暗殺未遂事件解決の功績で一日休暇を得たらしいロイドとも会った。彼はセシルを連れてアルカンシェルの公演を観たようで、彼らとの世間話にも花が咲く。カイトは二人にクロスベルを離れることを伝え、セシルにはアルスに同様のことを伝えるよう頼んだ。

 二日目は一日目よりカイトのストレスを上げることとなった。事の発端は不良グループのテスタメンツとサーベルバイパーの迷惑行為だ。彼らは港湾くで喧嘩沙汰を起こしていた。それ自体は祭りを楽しむためのルールに則った交流戦のようなものだったのだが、港湾区は保養地との遊覧船があったり特設ステージがあったりとやはり人が多い。そのため仲裁にやっていたのが特務支援課の四人で、ほぼ同時にやってきたのがエステルとヨシュアである。

 結果としてエステルたちは不良の喧嘩という火に油を注ぐことになってしまい、そこをランディがチェイスバトルという勝負方式を提案したことで乱闘騒ぎだけは防ぐことができたのだが、仲裁しに来た支援課とエステルとヨシュアまでもが参加することになってしまった。カイトは疲労のあまり怒りが突き抜け、ロイドとランディとヨシュアを呼び寄せ鬼の形相を浮かべることとなった。

 そして三日目。少しだけ記念祭の喧騒にも慣れてきたところで、カイトにとって疲労を生むわけでない別の出来事がやってきた。

「カイト……一緒についてきてくれないかな」

「エステル? ……えっとどこに?」

 昼、休憩をし過ぎたカイトの下宿先を訪れたのはエステルとヨシュアだった。彼らを椅子に座らせてココアを振る舞いながら、自身も身支度を整えて彼らの話を聞く。それはクロスベルにおいてはこの三人だけが理解できる驚きだった。

「レンの居場所がわかったのか?」

 クロスベルに来た二人の最大目標でもあるレンの捜索に関することだ。

 この都市が広いのもそうだが、それ以上にレンは天才と称される頭脳を駆使してエステルとヨシュアの捜索網から逃れている。実際のところカイトはレンの気配も何も感じ取れないので、エステルとヨシュアからこうして話を聞くにとどまっている。

 それが、今まで何も手応えがないという世間話から変化が生じたのだ。

 ヨシュアは言った。

「まだ可能性の話だ。ただ、結社の気配がほとんどないクロスベルだけど、一つだけあるんだ。関連施設が」

「それって?」

「マインツ山道の外れにある《ローゼンベルク工房》だ」

 リベールで起こした《福音計画》において、結社《身喰らう蛇》が見せた技術力は、導力技術先進国であるはずのリベールを圧倒していた。空間投影装置、龍脈刺激装置、導力停止現象妨害装置に精神操作装置、さらには多数の飛行艇に紅の方舟《グロリアス》、何よりも《ゴスペル》。カイトもその異常性は理解している。

 ヨシュアの説明をカイトは聞く。

 結社には《十三工房》という技術部門がある。それは古くから存在する十二の技術工房を合わせたものだ。結社に所属するというよりは連なる存在で、その技術力は世間一般に出るものをはるかに超えているという。

 ちなみにレンのパテル=マテルも十三工房製とのこと。

「ローゼンベルク工房……たしか、アルカンシェルに協力してるのも同じじゃなかったっけ?」

 カイトにとって印象深いのはそこだった。そういった事情を鑑みるに、やはりカイトもローゼンベルク工房を一方的な存在として見ることはできない。

「それで……工房を探索するのか?」

 この件に関してエステルたちがカイトを訪ねたのは、彼もまた影の国を通してレンとの縁を深めたからだった。エステルのような決意はないにしても、仔猫の心配をする仲間として。

「ううん……私はレンを家族にしたいと思ってる。そのためにとっ捕まえる必要がある。だけど卑怯なことはしたくないし、様子見だけね」

「カイトも結社と関わりを持った。ミシェルさんから許可は得たし、どうかなと思ってね」

 この記念祭の激務の中ではあるが、アリオスが昨日ようやくレマン総本部から帰ってきたのも幸いだった。

 身支度を終え、カイトは言う。

「わかった。オレも行くよ」

 三人はカイトの部屋を後にする。

 マインツ山道はクロスベル市の北側だ。文字通りの山道、標高のあるマインツ鉱山町までの自然豊かな道。

 帝国と共和国の国境線はそのほとんどが山岳で成されている。クロスベル自治州はその両者の間、山岳と山岳の間に存在する。ただ共和国側のタングラム丘陵のみが緩やかな地形ではあったが。

 交易地点として打って付けのエルム湖湖畔はクロスベル市として発展し、医療施設としてのウルスラ病院に七耀石採取の鉱山町マインツ、農村アルモリカと、各役割としての集落が形成された。だがそれ以外の場所はほとんど未開発地帯で、その意味でもクロスベルは歪な存在と言える。

 そんな人里離れたマインツ山道の一角、山々の間にローゼンベルク工房はあった。

「遊撃士としてそれなりに体力は付けたつもりだけどさ。ちょっと険しすぎない?」

 当たり前だが閑散としている。人の気配はない。山道を歩いた先、開けた場所に鉄製の格子門扉があった。その奥には古く、しかししっかりとした作りの屋敷がある。

「ここがローゼンベルク工房……」

 エステルもカイトと同じように呆然と見上げた。彼女自身もここへ来るのは初めてだ。同時に結社の関連施設を訪れるのも久しぶりだった。

 ヨシュアももともと結社の執行者だったが、そうなった経緯がゲオルグ・ワイスマンによる暗示と調()()によるものだったので、あまり情報は多く持っていない。ローゼンベルク工房に関する知識は数少ないそれらの一つだった。

「レン……ここにいるのかなぁ」

「どうだろう……私もヨシュアも確証じゃなくて状況証拠できたわけだけど」

 未だブライト義姉弟とレンは鬼ごっこを継続中。レンがそう簡単に情報を提供するとは思えない。

 カイトとしても歯がゆい思いではあった。エステルとヨシュアより半年以上長くクロスベルにいた。クロスベルは都市部が発展してる以上、あの仔猫は市内にふらっと来ているはずだが、見かけたこともない。

「レン……どうしてひょっこり顔を出してくれないんだろうな」

 あの影の国の時間で、レンとは確かに関係性を築けたと思っている。カイトがそうなのだから、エステルとヨシュアはそれ以上のはずだ。影の王を倒した後、カイトはエステルたちやレンよりも早くに現世への門を潜ったが、あの後何があったのかは想像に難くない。

 またエステルとヨシュアは、このクロスベルでレンとレンの()()()()の素性も調べていた。レンの家族はヘイワース家といった。つまり、この都市にいるのだ。レンがこのクロスベルに留まる理由もそこにあるのかもしれない。

「ヨシュア。どう? レンか、誰かが出入りした痕跡は?」

「誰か、というか一般人のそれはあるけどね。さすがに、レンや執行者のようなそれはなさそうだ」

 ヨシュアは一人で屋敷に潜入することも提案したが、エステルがそれを断った。今は結社と事を構えているわけではない。

 三人は屋敷に背を向ける。カイトは前を歩く二人を見た。心なしか消沈しているようにも見えた。

「エステル、ヨシュア」

「ん、なに?」

「気づいたことでもあったのかい?」

 思うところもあって、カイトは二人に話した。

「追いかけっこだけどさ。オレや二人だけだと、きっと正攻法じゃ捕まえられない。なんたって相手は仔猫だし」

「そりゃ、ねー……一応情報網を利用して各地を追ってはいるけど、限界はあるし」

「僕も……こんなことなら隠形の方法を教えなければよかったよ」

「だから、さ。これは一つの提案なんだけど、鬼を増やせばいい」

 エステルとヨシュアはカイトを凝視した。

 別にレンの素性や、エステルたちとの関係性とか、そういったものを全て暴露させるわけじゃない。明らかにしなくてもいい。

 ただ、少し他の人間を頼る視点を持ってもいいのではないかと思った。これまでもエステルたちがリベールでの危機を乗り越えてきたのは、仲間や多数の協力者と力を合わせてきた結果だ。個人や少数の力ではない。

 エステルとヨシュアは、レンの事だけについてはなかなかこだわりが捨てきれないようだった。カイトを同行させたことはその殻を破っているとも言える。

 それでも、共に戦う仲間だけではない。協力者だけでもない。違う道を進んでいても、同じものを見るような、同志もまた信頼できるのではないかと思う。

(例えば、特務支援課とか)

 そこまで突然には言わなかったが。

 カイトもまたエステルの影響を受け、そしてそのエステルに受けた影響を返したわけだ。

 これにははっとさせられたエステルも、エステルのことをよく理解しているヨシュアも笑ってしまう。

「わかった。それじゃあ、手伝ってくれる人を探すわ!」

 エステルのその号令が、マインツ山道の空に響き渡る。

 三人はクロスベル市に戻り、各々の依頼を再開する。エステルとヨシュアはもともと、ア依頼にかかることが多い。個々で依頼に当たることもあるが、実際二人で対応したほうが二人分以上の成果を上げている。

 対してカイトは一人で対応することが多かった。とは言っても他の遊撃士や協力者と共に当たることは頻発しているが。

 そうしてカイトは二人と別れ、市内を歩く。時間は四時。夕刻も近い。遊撃士手帳を確認し、対応すべき依頼に当たるところだ。

 だが今は記念祭の真っ最中。不測の事態は常に発生し、少なくとも前日もチェイスバトルなんて騒動に巻き込まれた。

 そして、今日も巻き込まれる。

「カイトさん、どうしてですか?」

「なっ……アリス!? どうしてここに──」

 アリス・A・アレスレード。菫色の髪を持つ帝国の少女が立っていた。

 

 








クロスベル創立記念祭開始! 支援課もエステルたちもそれぞれの軌跡をたどっている。
カイトも例外ではありません。三度目のアリスとの出会いがもたらすものとは。
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