心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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44話 記念祭の喧騒③

 

 クロスベル創立記念祭四日目。

 遊撃士協会の依頼そのものは順調に進んだ。遊撃士たちはそれぞれ市の内外に出て依頼を達成していく。依頼の一つ一つを神速の勢いでこなし、なんとか予定以上の依頼をこなした。

 同時にミシェルを介してアリスと連絡を取り、忙しいながらもなんとか彼女と記念祭最終日についての作戦を立てる時間をつくった。

 さらに夜の時間も確保する。これはエステルとヨシュアと話し合うためのものだっだ。

「初めまして、アリスさん! 私はエステル! エステル・ブライトよ」

「僕はヨシュア・ブライト。よろしくね」

 例によってカフェレストラン《ヴァンセット》の机を一つ貸し切って、ブライト義姉弟、カイトとアリスは顔を合わせた。理由はもちろん、黒の競売会についてだ。

「初めまして……アリス・A・アレスレードといいます」

「なになに~、カイト、いつの間にこんな可愛い子と知り合ったの?」

「はいはい、御託はいいから」

 カイトは食事を食べながらにまにまと笑うエステルをたしなめた。クローゼのことでからかわれたりもしたが、その延長というわけでもないので恥を感じることもないような気がした。

「ごめんね、アリスさん。エステルって、自分のことを棚に上げるのが好きでさ」

 一方のヨシュアはリベールの頃から変わらずに丁寧な物腰だった。カイトやクラムのように年下相手にも優しく相手をする。それが男女関係ないあたり、エステル、クローゼ、ジョゼットを陥落させた天然二枚目は健在のようだった。

 しばらくは夕飯の時間だ。エステルはアリスとあっという間に打ち解け、カイトとヨシュアは久しぶりの男同士の時間に、やんちゃな空気にも戻る。

 途中、エステルとヨシュアから嬉しい報告もあった。『レンの行く末を捉えた』と、そう言っていた。

 アリスがいた手前多くは語れなかったが、二人はカイトに事の顛末を伝えてくれた。

 もともとレンは結社に所属する前、なかなか公にはできない非人道的な団体に捕らえられていた。レンの幼子ながら持っている天才という才能はそこから来ている。

 そして非人道的な団体に捕らえられた原因だが、レンの両親はレンを捨てた。そして娘を忘れ、新しい子を産んで幸せそうに過ごしていた。

 カイトも記憶の奥を引きずり出した。思い出したのは狂ったお茶会の時のことだ。あの時、レンはパテル=マテルを本当の両親としていた。機械に父と母の絆を見出す、世間体から見ての異常性。それがレンの身に起きた真実だった。()()()()()()()()()()()

 事実は違った。レンの両親ヘイワース夫妻は、レンが幼少の頃に貿易商で多額の負債を抱えていた。その借金を返すまでの間、レンを知り合いの家族に預けた。そこからの事実関係としては、レンの記憶と相違ない。団体にさらわれ預けられていた家族は惨殺され、やがては結社へ。

 とても不幸な行き違いがあった。レンは憎しみの目を向け、ヘイワース夫妻は今は空に還っている娘に懺悔をしながら、幸せになろうという義務を負っている。

 エステルとヨシュアがレンの足取りを掴んだ……そのきっかけは特務支援課だった。

 カイトがわずかな可能性として考えていたのだが、それでもすぐにロイドたちがエステルとヨシュアを手助けすることになるとは思わなかったから驚いた。

 特務支援課はいつの間にかヘイワース夫妻と面識を持っていたらしく、その伝で息子コリンが迷子となった時の捜索依頼を引き受けた。そこからロイドがレンと出会い──これもレンが前々からロイドと会っていたらしく驚いた──レンがどういう意図かコリン捜索に尽力し、そして迷子の捜索支援要請は達成された。

 そしてレンはヘイワース夫妻と直接話さなかったが、それでも夫妻の本心を──ちゃんと愛情を受けていたことを理解したのだ。

「間が悪いことに、私とヨシュアがロイド君たちの分室ビルを訪ねたのが、レンが出てってからだったんだけどね」

 エステルとヨシュアも特務支援課と意気投合し、この場に来る前は龍老飯店で六人でリベールの異変や結社の存在も含め色々と伝えるべきことを伝えたらしい。

(また支援課には先を越されちゃったな。でも……良かったな、レン)

 リベールの異変では殺し合いを演じたが、影の国では穏やかなお茶会を開くことができた。レンの行く末を案じていた者として感慨も一入だった。

 そんな経緯があっての、目の前のエステルの上機嫌さだった。もう、エステルの道を阻むものはなかった。ただひたすらに進むだけだ。

(うん、心配ないな)

 数日前の二人に感じていた後ろめたさはもう消え失せている。これなら、安心して本題に移れる。

 カイトは話題を改めた。

「エステル、ヨシュア。相談したいのは黒の競売会のことなんだ」

 カイトはアリスにも手伝ってもらい、正直に明かした。エステルとヨシュアが噂程度でしか知り得なかったオークションの詳細を伝えた。そのうえで、カイトとアリスがオークションへの参加を考えていること。

「エステルとヨシュアが……いや、遊撃士全体が黒の競売会に対して並々ならない想いを持っているのは知ってる」

 いや、遊撃士だけではない。この都市にいる警察、警備隊、闇を知って闇を払いたいと想う全ての人間が、オークションの存在を知れば溜息をついて歯ぎしりをするような怒りを抱えるだろう。そして警察と警備隊は恐らく上層部に圧力をかけられている。それに記者も、弁護士も、多くの人間も。

「それでも、オレはアリスの想いを尊重したい」

 自分自身もエステルたちから聞いて興味を持ったが、アリスは遊撃士たち以上に知りたがっていた。クロスベルの闇でもあるし、それに付随する帝国の闇、貴族派に属する父親がそうなっていった原因を確かめたいという願い。その願いをカイトは叶えたい。

 ヨシュアはアリスを見た。

「……アリスさん。カイトは頼りになる遊撃士だ。とはいえ当然危険はある。何よりも、そこにある現実を目の当たりにしながら、受け止めて見逃さなければいけない。それができるかい?」

 リベールの異変、そして影の国でともに戦ってきたヨシュアは、カイトの可能性を信頼している。余程の事態でない限り今更心配はしない。カイトが事を構えるのではなく潜入するだけというのだから、止める気はなかった。

 ルバーチェ商会側もカイトが紛れ込んだとしても下手を打つことはないだろう、とヨシュアは考えている。カイトも下手をしなければ、報復はされない。遊撃士は政治腐敗やロンダリングの類の犯罪を叩けないし、ルバーチェも遊撃士を相手に戦わない。お互いの抑止力が働いている。その意味では、エステルとヨシュアが調べようが、カイトが一人で潜入しようが、極論アリオスが乗り込もうが変わらないのだ。

 だが、アリスの身に起こる危険とはそれではない。アリスの場合、競売会の会場にいるときの安全はある意味で保証されるが、その後の危険はわからない。つまり行動が露呈した後、少女が帝国へ帰った後、どんな影響が貴族社会や父親からもたらされるかわからないからだ。

 そして何よりも、『知ること』というのは一度それをしてしまえばその人間の認識を変える。カイトや他の遊撃士のようにある程度闇を理解している人間ではない。貴族令嬢とはいえ、何も知らなかった今までとは変わってしまう。

 誰とも違う、危機を乗り越えてこなかった少女がその重みに耐えられるのか。ヨシュアはそれを案じていた。

 アリスからしてみれば、エステルとヨシュアはよく知るカイトの同僚といったところだ。そしてカイトが自分に見せない少年らしさを見せているのを見て、その信頼関係を感じる。

 ヨシュアの真意を考え、ゆっくりと咀嚼して答える。

「……知らない以上、ヨシュアさんの言うことはもっともだと思います。ある意味、私はカイトさんの想いを利用しているかもしれません」

 実際のところ同行を提案したのはカイトだが、それは関係ない。

「……でも、これが私にできる精一杯なんです。私が家族にできる、たった一つのことなんです。だから……」

 アリスの想いに偽りはない。説得の言葉は作れなかったけれど。

 そしてヨシュアが変わらず疑う役目をするのだとしたら、エステルはあくまで信じる役目を全うする。

「もう、心配するのはヨシュアの悪い癖なんだから」

 エステルがヨシュアの箸を奪い、無理やり食事をヨシュアの口に突っ込んだ。

「大丈夫よ、ヨシュア」

「ん、んぐ……!?」

「いや、急にいちゃつかれても」

 頬杖をついて笑うカイト。それは『二人してなにやってんだか』という呆れと、『変わらないな』という安心から来る態度だった。

 エステルは構わず続けた。

「あ、でもアリスさん。一つだけいただけないことがあったわ」

「え?」

「家族にできるたった一つのこと……そんなことない、弟さんにこうして会いにいくことは、とても大事なことよ」

 エステルは、心から思っていることをそのまま言う。

「私も弟がいる。カイトだって弟だし、気持ちはきっとわかってる」

「え、カイトさん、お姉さんがいたんですか!?」

「あれ、カイト。クローゼのことは教えていないんだ?」

「いや……別に言うようなことでもなかったし」

 ヨシュアの質問には、カイトは頬をかきながら答えた。

「ま、色々言ったけど、大丈夫よ。アリスさんなら大丈夫だと思うし、カイトに任せておけば問題なし!」

 エステルは箸を置いてアリスを見た。立ち上がり、アリスへ近寄って、その両手をそっと握り締める。

「だから、アリスさんもよろしくね! カイトの事を頼むわ」

 変わらない。エステルは今も太陽のような笑顔を浮かべている。

「カイトさんのことを……?」

「そうよ。カイトってもちろん頼りになるけど、大事な人が絡むとたまに暴走するからね。しっかり手綱を握ってて!」

 その言葉に思わず吹き出すヨシュア。机を揺らして焦るカイト。呆気にとられ、一秒をかけて笑顔が漏れてしまうアリス。

「おい馬鹿エステル! 何言ってやがる!?」

「だってカイト、そういうことでしょ?」

「だからなんのことだってば!?」

 エステルとカイトは昔のようにお互いをからかい合う。ヨシュアはそんな二人を懐かしく見る。それを知らないで嬉しく思うアリス。反応はそれぞれだった。

 ヨシュアもあくまで覚悟を聞いていただけで、止めていたわけではない。カイトとアリスは、改めて黒の競売会に臨むことを決める。エステルとヨシュアは、記念祭最終日できる限りカイトの受け持つはずだった依頼を引き受けると約束してくれた。

 時間は忙しなく過ぎていく。アリスと別れ、残りの依頼を片付ける。エステルはアリスのことが──カイトとの関係性込で──気に入ったのか、リーシャに続いてアリスを自室に泊めることになった。代わりにヨシュアはカイトの部屋に泊まることになる。ヨシュアと寝食をともにするのは久しぶりだった。

 たくさん話すこともあった。帝国で何をするのか、里帰りのリベールはどうだったか、エステルとの進展具合はどうなのか。男同士でも話題には事欠かなかった。

 そうして二人は、久しぶりに準遊撃士時代を思い出した。

 夜はふける。

 激動の舞台となる黒の競売会。クロスベル創立記念祭の最終日。

 幕が上がる。

 

 

 

 








閃の軌跡のアニメの続報が届きましたねぇ。
個人的にはすごく楽しみです。
また、しれっとノーザンブリア外伝なんかを書いていたので、あの地方の物語を見れて感慨深くもあります。



次回。第八章最終45話。
「私を、見つけて」
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