数々の思惑が重なって、狂瀾の宴となった
「行っちまったなぁ。んー、できればもうちょい本格的に遊びたかったけどなぁ……」
赤髪、ボサボサのスタイルにアロハシャツと短パンというフリーダム過ぎる格好。
「ま、このあたりで我慢しておくかね。それにしても、あれがあいつの弟分ってわけか」
「我慢もなにも、好き放題にやっていたのではなくて?」
「んお?」
後ろから声がする。女性の声だ。キャリアウーマン然とした黒髪の美女。
彼女は青年の隣に立った。
「何やってるのかしら?」
青年は釣りをしていた。波止場から離れていくボートを見ながら、無心にのんびりと。
「アンタもやるかい? 巷じゃ釣公師団やら釣皇倶楽部なんてもんがあるしなあ。正義の味方には必須のスキルだぜ?」
「断るわ。……なんだか昔の知り合いを思い出すもの」
「連れねえなあ。あ、別に『釣れねえなあ』とかけてるわけじゃねえぞ?」
「……鉄血宰相とハルトマン議長の間に作られたパイプ。その繋ぎ役としてはいささか不適切な言動が多かったような気がするけど」
「なんのことかな? 別に俺は誰かさんみたいに直接助けたわけじゃないけどな。いいのか、あれ? 知り合いがいたとはいえ、完璧に内政干渉だろう?」
「ああ、あの東方武具はなかなか見事だったわね。《銀》とかいう噂の凶手でも現れたのかしら」
「……そうきたか」
いまいち引き締まらない会話だった。お互いすっとぼけている。
「……それにしても、貴方とも知り合いだったのかしら? あの子、
「帝国皇子と共和国遊撃士と知り合いの子供の交友関係が狭いわけねえだろ。別に今日が初めてだぜ? ま、同じ忠犬ならぬ忠鷹と心通わせる同士だからな」
「なるほど……クローディア姫。やはり鉄血宰相というのは油断ならない相手のようね」
「……それに、奴さんもうすぐこっちに来るしな。挨拶しておきたかったんだ」
「そう」
「ククッ、おたくの兄弟弟子がもう少し二つ名にかまけなきゃ、そっちに呼べたんじゃねえか?」
「それについては同意だわ」
お互い笑った。青年は釣り糸を引き上げ、釣れた魚を擦り寄ってきた猫に与えてから女性を見る。
「今回の俺の主要任務はあんたに会うことだ。ロックスミス機関、キリカロウラン室長殿」
女性の名はキリカ・ロウラン。
「流石に耳が早いわね。帝国政府付き二等書記官……いえ、帝国軍情報局所属、レクター・アランドール特務大尉」
青年の名はレクター・アランドール。
互いに互いを知っている。
「そんじゃ、ホテルのラウンジあたりで話すとするか。クロスベルの諜報戦に関する今後の取り決め、不戦条約と導力ネットを視野に入れた新時代のルール作りってやつをな」
「ええ、始めましょう。破壊工作とテロリズムで状況を動かす自体は終わったわ。かつてのような不幸な事故をクロスベルで起こさないためにも、私たちは仮初とはいえ、新たな秩序を構築する必要がある」
────
「……なるほどな」
煙草をふかし、ボートを運転する。本来ならばそんな危険運転は許される所業ではなかったが。流石に今のセルゲイ・ロウにとって、部下の向う見ずな行動に流石には流石にため息をつかずにはいられなかった。
「ま、俺の忠告を完璧に無視しやがったことは一旦置いておくとして」
ロイドたちはセルゲイに事情を説明した。レンから招待状を譲り受けて参加したこと。その中でキーアを保護したこと。ルバーチェとの戦闘に至るまで。
「す、すみません……」
ロイドとしては平謝りするしかなかった。
「それにしても、お前さんまで潜入してるとはな。随分無茶をしやがるぜ」
セルゲイの言葉はカイトに向いていた。
「……そもそもこんなことになるなんて予想してませんってば。そうでなきゃ
「ククッ、違いねえ。それよりも問題はその子だな。事と次第によってはとんでもないことになるかもしれん」
言うまでもなくキーアのことだった。ルバーチェ側がどれほど否定しようと、その否定が真実であったとしても、現実としてキーアがトランクケースに閉じ込められていたことが事実なのだ。黒月と関係を持つ《銀》も情報としてしか知らないようだった。いかなる経緯で今の現状になったのか、嫌な想像ばかりが働いてしまう。
一同の目線を一身に受けて、しかしキーアはたじろぐこともなく朗らかでいる。
「キーア、とんでもないことになっちゃうの?」
ロイドが答えた。
「大丈夫、そんなことにはさせないから」
会話を続けるが、相変わらずキーアはなにも覚えていないらしい。ところどころ軍用犬や遊覧船などへの反応から単語などは覚えているようだが、自身に関する記憶はさっぱりのようだ。
カイトが口を開いた。
「とにかく、セルゲイ課長。どうしますか? 事が事ですから、遊撃士協会は全面協力しますが」
「そうか、そうだったな」
アリスを送り返す必要があるのでカイトはすぐに動けないが、市民の保護などは遊撃士協会が全力で果たすところだ。父母も明らかにならずに孤児だと決まれば、七耀教会に頼る手もある。
「ただ、まあ……キーアはしばらくの間は支援課にいてもいい気はしますけどね」
「ん……? どういうことだ?」
「いやだって、キーア明らかにロイドに懐いてますもん。これでもちっちゃい子に好かれるのは得意なんですけど……」
カイトは息をはぁっと吐いて笑った。刷り込み効果なのか知らないが、ロイドに対するキーアの信頼が尋常でない。カイトは珍しく負けた気分だった。
カイトはキーアの目線まで頭を下げて言った。
「キーア。今日はお泊まりなんだけどさ。オレと、ロイドたちと、どっちと一緒にお泊りしたい?」
「ロイドたち!」
即答である。他の選択肢を許さない強い意志を感じた。
「くく……こりゃ役得じゃねえか、ロイド」
「か、課長……カイトも、大丈夫なのか?」
「別に協会が関わらないわけじゃない。こっちはこっちで情報網を当たるようミシェルさんたちに伝える。まずはキーアのしたいようにするのが一番だよ」
カイト自身は、あと一週間もしないうちにクロスベルを離れる。これ以上ロイドたちと関われないからという個人的感情もあった。
セルゲイが笑った。
「ま、全ては支援課に戻ってからだ。しばらくの間厳戒態勢になるから、覚悟しとけよ」
そう、まだ油断はできない。一旦は窮地を脱することができただけだ。まだルバーチェが報復をしてくるかもしれない。
今回の事件は、それほどまでの出来事だったのだ。直接・間接を区別しなければ帝国、共和国、周辺諸国、遊撃士、警察、黒月、ルバーチェ全てに関わるほどの。
それでも、特務支援課とキーアは笑っていた。まったく不安を感じさせない様子に、カイトもつられて笑ってしまう。
カイトは、一人集団から離れているアリスに近づいた。
「アリス、お疲れ様」
「……はい。カイトさんも」
色々あった。アリスの願いを受けて向かった
カイトは、頑張ったと思う、二人共が頑張った。
「納得いく景色は見れた?」
アリスは考え込む。
「うん……すごく、すごく大変な景色だった」
ロイドたちも、元はクロスベルのマフィアの実態を知るために潜入したのだ。それぞれ、この都市に潜む巨大な闇を目の当たりにした。
ここからなのだ。特務支援課も、カイトも、そしてアリスも。
「これからも、頑張ろう。こんな修羅場を駆け抜けちゃったんだから、オレたちもう仲間だしな」
「うん……そうだね」
わずかな沈黙が気になった。
「どうした?」
「ううん、なんでもないっ」
一瞬そっぽを向かれる。
「ま、いいや。仲間だから、一度繋がった縁はそう簡単には解けない。何かあれば、これからも頼ってくれよ」
「これからも?」
カイトは笑った。発言の意図を理解していないアリスは、キーアのようなあどけない顔をしていた。
「言っただろう、帝国に行くって」
アリスははっと目を大きくする。
「オレの拠点は、帝都近郊のトリスタになる。士官学院に入学するんだ」
「……私もね、編入できたの。聖アストライア女学院に」
「っと、そうなのか。そういや、そこで学びたいって言ってたもんな」
そうなると、アリスは帝都で暮らす事になる。帝国西方らしいイステットと比べれば、会いやすくもなるだろう。
あの父親をどう説得して女学院に編入できたのか。それは、また時間ができたら尋ねることにしよう。
「カイトさん」
「ん?」
ぼんやり月を見上げていると、アリスがカイトの名前を呼んだ。
アリスは正面からカイトを見ていた。雲が晴れ、アリスの顔がはっきりと見えた。
「私、今回のことで自分のことも知れた。まだまだ、ちっぽけな自分でしかないんだって」
「それは」
「でも、今までは自分のこともわからなかったの。どこにいるかも、自分が誰なのかも」
それは人間として大きな収穫だった。アリスにとって、何より得難いものだった。
そして、そんな自分を見つけてくれたのはカイトだった。
「だから、ありがとうっ」
アリスは笑った。それは彼女を知るものにとっては、ひとりの少女の可愛らしい笑顔に過ぎなかった。
けれど、アリス自身にとっては違った。屈託なく笑うことができる。本当に久しぶりのことだった。
菫色の髪が月の光で揺れる。
カイトの目が見開かれた。
屈託なく、立場を忘れ。カイトだけに向けるような、そんな笑顔。
少女の顔は、カイトにとって懐かしいものだったから。
────
キーアを保護したロイドたち特務支援課は、彼女を分室ビルに匿いながらルバーチェからの報復に警戒することになった。
カイトとアリスは遊撃士協会に向かい、エステルたちと合流しつつミシェルたちに事の経緯を報告する。クロスベル支部のトップであるアリオスが不在の中ではあったが、キーアというある種の爆弾の存在は遊撃士協会にも衝撃を与えた。
だが、数日は特務支援課と同じく沈黙を貫くことになった。キーアの所在が警察に委ねられていることに加え、人身売買の疑いがあってもミシュラムの逃走劇で相当刺激しているマフィアに対して迅速な行動を起こすことは他の市民へ危害が及ぶことも考えられ、ひとまずは静観することになる。
アリスは競売会の翌日に帝国に戻ることとなった。カイトと共に競売会に参加していた経緯からカイトは動けなくなり、代わりにエステルとヨシュアが彼女を送り届ける。その間、カイトはミシェルにこっぴどく叱られることになる。
特務支援課や警察との連絡役は、必然遊撃士協会にこもることになったカイトが引き受けた。逐一ロイドたちと連絡を取り、警察本部に弁護士や情報屋の力なども借りながら、マフィアとハルトマン議長の動向に注目していることを聞いた。同時にキーアは記憶が戻らないにも関わらず、不安を見せることもなくあっという間に支援課に馴染んでいったとのことで、カイトもその点に関して安心して日々を過ごした。
そしてやがて、ロイドたちを介してルバーチェからの打診を受けた。すなわち『キーアが紛れ込んでいたのは全く身に覚えがなく、黒月や何者かによる陰謀によってトランクの中身が入れ替えられた』のだと。
本来出品されるはずだった人形の出処も不明。真偽は定かでないにしても、ルバーチェはあくまで被害者だという主張だった。
当然それを許せる警察や遊撃士協会ではないが、結論から言えば飲まざるを得なかった。カイトやロイドたちが関わったガルシアの反応がある意味でその主張を裏付けていたことと、カイトとロイドの
なにより、キーアの扱いについても不問にするというルバーチェの提案。市民を守る遊撃士としても、秩序を守る警察としても、これ以上の争いを未然に防ぐという選択をとったのである。
気に入らないことはあるが、
ロイドたちやカイトたちが外に出られるようになったのは一週間後。それは、カイトが入学する帝国のトールズ士官学院の入学式の前日。カイトが帝国へ向けて出発しなければならない、最後の日だった。
荷物をまとめ、学生寮に運ぶものは業者に任せる。最後の一週間が予定外のスケジュールになったので、相当に慌ただしくなった。特務支援課、遊撃士の面々、世話になった沢山の人とも最後の挨拶を交わす。遊撃士を辞めるわけではない。再開すればまたクロスベルに訪れることもあるだろうから、それは再会を約束する希望に溢れたものだった。
そうして、七耀歴千二百四年三月三十日、夕刻。
カイトはクロスベル駅へ向かい、列車に乗り込む。大陸横断鉄道を用いて国境を越える。大陸西方、カイトにとってはエレボニア帝国へ一年半ぶりの凱旋だ。
クロスベルへ来て一年。数々の出会いがあった。沢山の闇と光を見た。友人の誘いによって思ったより早く切り上げることになったクロスベルでの修行。それでも何よりも代え難い絆に、カイトは手応えを感じている。
忘れられない旅路と、壁を乗り越える意志を見つけた。なにもわからない子供だったあの時とは違う。
カイト・レグメントは、遊撃士でなく士官候補生として、帝国の大地に立つ。
クロスベルの闇を払う可能性を見つけ、その迷いを払って友人の誘いを受けるカイト。
記念祭、黒の競売会というクロスベルでの総決算も成し遂げ、また一回り成長したカイトは、今度は迷いや劣等感ではなく希望と意志を宿して帝国へ向かいます。
そしてそれは、数々の困難に立ち向かう彼らとの出会いとなるのです。
次回、第九章「絆の環~有角の獅子たち~」
第46話「新たな旅路~学院へ~」です。
また、更新頻度にも変更がありますが、よろしくお願いします。