心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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第9章 絆の環〜有角の獅子たち〜
46話 新たな旅路~学院へ~①


 

 大陸横断鉄道。それは東西に長く広がるゼムリア大陸をまさに横断するように敷かれた国際的な鉄道網のことだ。西から数えれば、帝国西端の海都オルディスを始点とする。そこから帝都ヘイムダル、クロスベル市、共和国首都イーディス、それら大都市の他にも多くの中継駅を経て大陸東部へ続く長距離列車。

 七耀歴千二百四年三月三十日、夜八時前。カイトは大陸横断鉄道に乗り、西へと向かっている。クロスベル自治州から自治州-帝国の国境であるガレリア要塞。そこで帝国入りの手続きを経て再出発。帝国東部の要衝である双龍橋、交易町ケルディックを通り過ぎる。

 そしてこれからの拠点となる近郊都市トリスタも、今日のところは通り過ぎた。

 目的地は帝都だ。

「ん~……列車の旅っていうのも乙なもんだなぁ」

 故郷リベールには鉄道がなかった。クロスベルでも鉄道に乗ることはなかった。帝国での旅路以来の久しぶりの鉄道利用だが、今回は国を超えている。乗車時間も相応に長く、正しく旅と言えるものだった。

 クロスベル行政区の図書館で鉄道の特集誌も見たことがあるし、その筋に熱狂的なファンたちがいるのも知っている。確かに、地平線に山岳と渓谷、草原などを見ながら規則的な振動に体を委ねるのは、ずっと使っていた飛行船とはまた別の趣を感じられた。

 時間が許せば、大陸横断鉄道の西端から東端まで旅するのもいいかもしれない。その場合数日をかけて、経由駅を降りればさらに密度の濃い旅行となるだろう。実際、夜行列車なる宿泊機能のついた列車も数は少ないが運行されているらしい。

 そうして現在は夜だ。列車内の導力灯が光り、窓の外は暗闇で自分の顔の方がよく見える。そろそろ、自分の顔の疲れ具合を観察するのも飽きてきたところだった。

 夕食はまだとっていない。事前に軽食を用意することもできたが、今回はそうしなかった。

(……クロスベル、充実してたな)

 オリビエに誘われて帝国に来たこと。それに後悔はない。だがやはり、クロスベルという魔都で過ごした日々とその成長は、カイトに満足感を与え、そして『もう少しでもいたい』という感情を生んでいたのも事実だった。

 アリオスを筆頭とした先輩遊撃士たちとの日々。遊撃士としての自分の感性が磨かれた。感謝の念が絶えない。

 特務支援課との出会い。遊撃士として過ごしてきた自分の道筋を否定せず、それでいて自分の価値観に新たな風を与えてくれた。だからこそカイトはオリビエの誘いを受ける決心がついたとも言える。特に彼らとともにクロスベルの壁を乗り越えようとしたことは、遊撃士としての日々以上に充実していた。

(それ以外にも、いい出会いもあった)

 アリス・A・アレスレード。アルス・A・アレスレード。彼らとの縁も、不思議なものだった。アルスとはウルスラ病院でたくさんの話をするまでになった。アリスとは、まさか黒の競売会にともに参加して修羅場に巻き込まれるとは思わなかった。

 どうしてかわからないが、あの姉弟には放っておけない何かを感じた。それはクロスベルに後ろ髪を引かれる一つの要因でもあったが……。

(どうして、ここまであの二人に入れ込んだんだろうな?)

 ウルスラ病院で再会した時も思ったことだ。もちろん、自分がクローゼとの関係を思い出して微笑ましく思ったのは自覚しているが。

 病院で話すアルスに、黒の競売会を目指すアリス。その二人の心に違和感を感じていた。今まで出会った仲間たちとは、どこか違う心の揺らぎを。

 だが、それぞれの時点でカイトのできることがあるとは思えなかった。だからアルスとは友のような関係を築こうとした。アリスには、絶えず関わろうとする意思を伝えた。

(それこそ、こんな風に心根を語ったのなんて仲間たちくらいだ)

 エステル、ヨシュア、オリビエ、クローゼ。ジンにシェラザード、ティータ、ケビン、アガットやミュラー。その他リベールとの関わりの中で得てきた絆だ。

 不意に思い出した。自分が今反芻した言葉と、黒の競売会の最後に見た月を。

(……そうか、だからか)

 カイトは笑った。 

「まあ手紙もあるし、アリスとも会う機会はあるし、大丈夫か」

 そう一人呟いて、夜の帝国の景色を見る。アリスは今帝都にいるはずで、流石に今日会えるわけではないが、近い場所に知り合いが居るのはカイトとしても嬉しいことだった。なにせ、帝国で一番関わった人間は帝国皇子である。他はトヴァルなど忙しい人物だし、あとは一年半前で偶然の邂逅を果たした人たちくらいだ。クロスベルに来た時も人知れず考えたことではあるが、少し寂しかった。

 そんなことを考えていると、ちょうど、帝都の紅い街並みが見えてきた。

「うー、座りっぱなしも疲れた……」

 車掌のアナウンスが響き、列車は停まった。時刻は夜の八時。完全に暗がりではあるが、それでもゼムリア大陸西部最大の都市だけあって人の出入りもまだまだ活気あるものだった。降車手続きを済ませ、一泊分の持ってきた鞄を持ち、駅を後にする。

 久々の紅き帝都の街並みである。ヴァンクール大通りに繋がる帝都中央駅前の小広場。導力トラムが穏やかな夜光を動かしている。仕事帰りだろうか、スーツの男性が乗り込んでいる。他にも親子であろう子供と母親が歩いていたり、多種多様な人たちがいた。

 三月だが、夜なので風は少し冷たかった。仕事着として馴染んだ白いシャツが寒々しい。

「カイト君」

 身を縮こませていると、聞き覚えのある声がした。少しぶっきらぼうで堅苦しい青年の声。だがカイトは、その人物の心根というものを知っている。

 少年は振り返った。影の国以来の久々の再会に、心を躍らせた。

「お久しぶりです、ミュラーさん!」

 帝国正規軍、ミュラー・ヴァンダール少佐。リベールの異変や影の国で共に戦った仲間の一人。オリヴァルト・ライゼ・アルノールの盟友にして相棒である青年将校だった。

 変わらず帝国正規軍である紫の軍服をまとっている。それに長身なので多少目立っていて、彼の様子は変わらず堂々としたものだった。

「半年ぶりだな。あの時より、ずいぶんと見違えたものだよ」

「えへへ、ありがとうございます」

「伝えた通り、まだ夕飯は済ませてないかな」

「はい。もう、お腹ぺこぺこですよ」

「それはちょうどいい。行こうか、帝都の食事処を案内しよう」

 二人で導力トラムに乗り込む。だがそれほど時間はかからず、ものの数分で降りる。変わらずバルフレイム宮の幽玄とした様子が見えるヴァンクール大通り、その一役である喫茶店に入った。

 カイトとミュラーはぞれぞれ注文を頼む。本格的なレストランでもないので、人の数はそれほどでもない。世間話をするにはちょうど良かった。

「改めて……あいつの願いを聞き入れてくれて感謝する」

「いえ。ミュラーさんこそ、オリビエさんとの連絡役、助かりました」

 オリビエの正体、というより本職は帝国皇子である。他国の一遊撃士であるカイトがおいそれと連絡できる相手ではなかった。別にカイトもオリビエ自身も気にしないが、手紙も導力通信も簡単に出来たものではない。

 オリビエが独自に入手したらしい通信型の古代遺物(アーティフアクト)もあったが、カイトが個人端末としてのENIGMAを手にしたのはオリビエと最後に会った影の国の後である。そのタイミングも図るのは難しかった。

 そこでクロスベルでの市長暗殺未遂事件の後、帝国入りを決めたカイトが最初に連絡をとったのがミュラーだ。彼を通して帝国入りやトールズ士官学院への入学手続きなど、諸々の事項を踏んだのだった。

「あいつは自分で会うと言って聞かなかったがな。立場も立場だ、執務室にこもるよう言い含めておいた」

「ま、あの人にはそれくらいがちょうどいいですよね」

 オリビエに対してここまで辛辣な人間は珍しい。カイトにミュラー、あとはシェラザードが三強だろう。

 食事が運ばれてくる。カイトはにがトマトカレー、ミュラーはハンバーグの香草包み。

「クロスベルでの修行はどうだった? 確かエステル君たちも来たのだろう?」

「エステルとヨシュアは、ここ二ヶ月くらいですね。色々楽しかったですよ」

「充実していたようでなによりだ」

「一応、クロスベル市長暗殺未遂事件にも絡みましたし。そうそう、この間の記念祭の最終日なんて──」

 カイトやエステルとミュラーは、共に戦ったのは浮遊都市(リベル=アーク)以降だ。それでも中枢塔(アクシスピラー)や影の国の激戦などを経てきたので、やはり絆は強い。帝国の堅物軍人と成人もしていない少年が机を挟んで談笑する、というのは店員にとっては奇妙な光景に見えるのだろう。当の二人は世間話に夢中で気づいていなかったが、その店員と客の注目をそれなりに集めていた。

「オリビエの狙いも功を奏した。君は正規の入学規定とは異なるが、理事長からの《特別推薦》という形で入学することになった。もちろん、あいつが設立した特科クラスⅦ組だ」

「はい」

 影の国でもカイトとオリビエは多くのことを話していた。その中で、オリビエは士官学院の理事長職を勤めていることも聞いた。そして、カイトに『Ⅶ組の一員として帝国に来て欲しい』と言った。

「随分無茶なことだったんじゃないですか? 理事長の一存で人一人を追加するなんて」

「それが、実際の所そうではなくてな。君と同じく、規定外の形で入学している生徒もいるらしい。君が想像しているほど帝国も堅苦しくはないものだ」

「あはは、そうですね。昔はみんな軍人ばっかりだと思っていました」

 ミュラーとも色々話をしてきたカイトだが、最初の出会いの時は思い出したくないくらいには恥ずかしい。

「それで、オリビエさんと話したのは影の国が最後ですし……オリビエさん以外の関係者の設立目的とか、Ⅶ組が他のクラスとどんな違いがあるのかとか、大したことを知らないんですけど……」

 オリビエが学院長に進言し、特科クラスⅦ組を作った。平民と貴族の境はなく生徒は集められ、そして最新型の戦術オーブメントの試験運用という名目がある。

 だがオリビエの起こした行動の結果のⅦ組というのが、その程度のことで終わるとは思えなかった。カイトはそれを、できればオリビエ本人の口から聞きたかった。

 だが、とミュラーは首を横に振った。

「それが、君にはⅦ組のことを教え過ぎないように言われたよ。実際、俺もそう多くは知らなくてな」

「え、そうなんですか?」

「あのバカのいつもの繰言だ。『カイト君も、青春を共にする仲間のことは知らない方が楽しいじゃないか』とね」

「……相変わらずだなあ」

 発言自体は自分のことを考えてくれているのだろうが、どこまでも痴態を晒すような声色が聞こえてきた。空耳だが。

「あいつはこうも言っていた。『学院でのカリキュラムと仲間との青春は、きっとカイト君にとって大切なものとなる。だから、わからないまま飛び込んで欲しい』と」

 仏頂面が似合うミュラーとしては柔らかい顔をしていた。カイトはニヤリ、と笑った。

「……まったくあの放蕩皇子め」

 あの時もそうだった。導力停止現象下のリベール王国に帝国軍が蒸気戦車を用いた時、カイトたちリベールの仲間に対して、オリビエは帝国の皇子として本気で侵攻しようと振舞った。あの時、カイトとオリビエは舌戦を繰り広げた。

 少年と青年にとって、あの時間は自分の生き様をぶつけ合う壮大な喧嘩となったわけだが、それは形を変えて今も続いている。

 カイトはその挑戦を受け入れる。これから同級生となる者たちと同じように、自分も情報を知らない状態で行く。いや、正確に言えば特科クラスⅦ組の存在を知らないことで真の意味で対等になるが、カイトはトールズ士官学院についてそれほど多くは知らないのでそれで釣り合うようにするのだ。

 話は尽きなかった。久しぶりの再会、語るべきことはたくさんある。それでも、ミュラーは軍人として日々を過ごしている。カイトは明日から士官候補生となる。いつまでもそのままではいられなかった。

 夕食を食べ終えた二人はまた歩く。カイトにとってはありがたいことに、今夜泊まる宿もミュラーが手配してくれていた。ヴァンクール大通りからは少し離れている場所だが、少年が一人泊まるには十分な場所だった。

 受付と話し手続きを済ませ、ひと時の再会も終わりの時間となる。

「さあ、最後にこれを渡そう」

 ミュラーは持っていたトランクケースを渡してきた。

「これは?」

「今日の最大の目的と言ってもいい。学院の制服だ。他にも入学案内、入学式の予定表、備品などが入っている。部屋で確認するといい。明日は早い」

「わかりました」

「ところで、カイト君。あいつもトールズの出身だったとは聞いているか?」

「え、そうでしたっけ?」

 学院の理事を勤めているとは聞いている。それ以外になにか言われただろうか。引っかかるものがあったが、思い出せなかった。

「俺もトールズの出身だった。君は俺たちの後輩になる、というわけだな」

 自分が、オリビエとミュラーを追うことになる。一年前には想像もできず、そして感慨深いことでもあった。

「良い学院生活を送れるよう祈っている。女神の加護を」

「はい。ミュラーさんも、女神の加護を」

 ミュラーは宿を後にした。軍人であるからか、彼の足は早くあっという間に帝都の闇に消えた。

 カイトは階段を上り、トランクケースを新たに加えて部屋に入った。本来は二人用の部屋なのだろう、片方のベッドに荷物を放り投げ、カイトはもう一方のベッドに身を投げた。

 天井を見て、しばらく思考を放棄した。時刻は十時。クロスベルではこの時間に家に帰宅するのは珍しくなかったが、普段と違う列車の旅はまた別の疲労を少年にもたらした。

 いい加減身支度を済ませようと思う。上着を脱ぎ、寝巻きに着替える。

 ふと思い至って、カイトはミュラーから受け取ったトランクケースを開けた。彼が説明したとおり制服が数着分入っている。

「へぇ、綺麗な色だな」

 深紅の色だ。オリビエが影の国に巻き込まれた時に着ていたコートを思い出した。そういえば、帝国皇室は紅色を象徴の色としていた。帝都にしても緋の帝都と呼ばれているほどだ。そういった関係性もあるのだろうか。

 お披露目は明日の楽しみとしておこう。どのみち、嫌でも毎日着ることになる。

 制服を取り出し、その底に隠れている備品を見る。入学案内に目が留まった。明日の出発時間とも関わるので、予定は確認しておかなければならない。

「……あれ?」

 トランクケースの中身をまさぐっていた手に硬い感触が触れた。取り出すと、やはり紅い外装の機械が顔を出す。

 二つの意味で、見覚えがあった。

「これって、戦術オーブメントじゃないか」

 装飾品や色を除いた、機械としての造形が今も持っているENIGMAと似ていた。

 そして、オリビエが語っていった特科クラスⅦ組の目的は、帝国式新型戦術オーブメントの試験運用だった。

 それだけではない、実物を見て思い出した。帝国を旅した時、ラインフォルト社の研究員から、一つの試作型戦術オーブメントを渡されたことを。

 全て、繋がっている。カイトはそう思った。

「帝国を代表する導力技術メーカーが開発した戦術オーブメントか」

 中を見るとボタンがあった。どうやらENIGMAと同じ携帯通信端末としての用途も合わせているようだ。

 蓋を外すと、クォーツ盤が見える。装填できるクォーツの数が九つとかなり増えている。それだけではない、中心のスロットはほかと比べて大きい。

 前世代(第四世代)とも現第五世代(ENIGMA)とも違う、軍事大国エレボニアが満を辞して送り出す、分岐された第五世代型戦術オーブメント。

「……よろしくな、新しい相棒」

 オーブメントのチェーンを握り締める。冷たいその感触は今までの相棒と変わらない。そこに安心感を覚えた。

 明日は早い。明日になればまた早朝に起き出す。制服を着て、身支度を整え、近郊都市トリスタに向かう。そこからはもう、世界が違うけれど。

 根幹の思いは変わらない。エステルとともに旅をして、クローゼへの想いと向き合って、そうして巡り巡ってまたこの帝国へやってきた。

 迷い、迷い疲れて必死に体を振り絞ったあの時とは違い、今のカイトには明確な目的がある。

『このリベールだけじゃない。全ての国の全ての人々を守りたい』

 途方もなく果てしなくて不可能に近くて、でも絶対に曲げたくない。そんな決意を果たすために、ここにいる。

 ここから、また始まる。

「どんな奴らが来るんだろうなぁ……特科クラスⅦ組」

 新しい出会いはすぐそこだ。

 明日への希望を胸に、カイトは微睡みに心を委ねた。

 

 

 





ついにここまできました()
閃の軌跡、学院編……開始ッッ!!


一応考えていた「閃Ⅰ」のあらすじを、載せてみようかと思います。


 七曜歴1204年3月。カイト・レグメント、二度目の帝国来訪。
 理由は仲間、そして友であるオリヴァルト・ライゼ・アルノールからの誘いだった。
「君に助けてほしい。君に帝国に来てほしいんだ、特科クラスⅦ組の一人として」
 トールズ士官学院への入学。遊撃士という肩書きを一度しまい込み、カイトはかつての仇国を、帝国の人間という立場から知ることを決めた。
 学院で出会うかけがえのない友人たち。かつて出会った人々との再会。高まる明日への鼓動と裏腹に、激化する二大派閥の対立と思い出される陰謀。
 帝国人ではない学院生として、カイトは大いなる焔に立ち向かっていく。
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