心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

6 / 142
だいぶお久しぶりです。






33話 Crossbell Diary②

 

 襲い掛かる鎖付き木刀の連撃を、カイトは避け続けて双銃を乱射する。

 非殺傷に設定しているとは言え、決して油断できない手痛い銃撃。カイトが立ち向かうヴァルド・ヴァレス──不良集団《サーベルバイパー》のヘッドは、弾丸をいくつか受けながらも多くは躱してカイトに追随してくる。

「オラオラ、正義のヒーロー様が防戦一方とはずいぶん情けねぇんじゃねえかぁ!?」

「これが、オレのスタイルだっ」

 かつてグランセルの港でオルテガを相手取った時を思い出す。あの時も、カイトは序盤あえて逃走を選んでいた。 

 目の前の相手はカイトの尊敬する先輩にも負けない膂力の持ち主。体術や戦闘技術に秀でているわけではないが、決して油断はできない。

 けれど自分もそれなりに修羅場をくぐってきた。この程度の相手、負けはしない。

 一定の距離でヴァルドから避け続け、そうしてカイトは民家の壁際まで追い詰められる。

 追うヴァルドはそのまま突っ込み、大上段から木刀を振り下ろす。

 だがカイトはその一撃を避け、逆上がりの要領で宙を舞った。視界の上には、自分の下で構える鶏冠(とさか)頭。

「お前みたいな小手先野郎のやることなんざ、判り切ってるんだよ!」

 天から降り注ぐ銃撃を、しかしヴァルドは避けずに耐えきる。

 驚愕して、着地後すぐに距離を置くカイト。

 野次馬や舎弟どもが盛り上がる中、カイトは仏頂面で呟いた。

「不良のくせに何でそんな撃たれ強いんだっての。……って、アガットさんも元不良だったな」

「あ? ごちゃごちゃ何言ってるか知らねえが、てめえが知る不良はずいぶん軟弱なんだな」

「いや……そうだね、オレが知る不良は確かにアンタより弱いや」

 そういえばクロスベルに向かう前、ジャンに『レイヴンの三人が遊撃士を志望している』というのを聞いて驚いたことがあった。今頃ジャンやアガットの下で武者修行を受けている頃だと思うが、彼らは少しは性根を入れ替えているだろうか。

「けど、アンタには負けねえよ」

 そのうえでカイトは殺気を込めて双銃を握りしめる。

 一度距離を取って二丁を構え、正面切ってヴァルドへ駆けだした。そのまま、木刀の間合いの直前で跳ぶ。左足を下にしての右足の上段水平蹴り。

「望むところだ!」

 この場において、初めての体術。ヴァルドは驚くもすぐに笑いと共に迎え入れる。

 カイトの蹴りは木刀で受け止められる。衝突した反動で体を左回旋。右足より高い位置にきた左足での踵落とし。

 身を仰け反らせ避けられる。流れは止まらず着地して肉薄。そこでヴァルドは木刀を振りかざそうとして。

「終わり!」

 それより早く、カイトは拳を繰り出す。拳銃を持った拳での正拳だ。

 驚愕するヴァルド。真正面から突っ込んだことが正々堂々勝負するとでも思ったか。生憎と言われた通りこちらは小手先野郎だ。

 木刀を振り下ろすヴァルドだが、こちらの拳が早い。何せ双銃による超速打撃だ。この距離なら明らかに斬撃よりも早い。

 その十二発の弾丸が容赦なく打ち込まれようとして──

「甘いね、キミ」

 ヴァルドの声ではない。彼と対面していたもう一人の不良だ。

 それを理解する頃には、ヴァルド木刀とカイトの銃撃がそれぞれ腕から軌道をそらされる。

 今度はカイトが驚く番だった。カイトの視界には、至近距離で両者の攻撃を無力化して見せた碧髪の美少年がいる。

 カイトは慌てて跳躍し、距離をとる。そして口を開く前に激昂したのは鶏冠頭だった。

「おいワジ、邪魔すんじゃねえって言ったよな」

「そうは言ってもね、ヴァルド。少しは現実を見たほうがいいんじゃない?」

「ああ!?」

「僕が間に入ってなかったら、負けてたよ。君」

 美少年は不敵な笑みを浮かべていた。不良というには、今までの自分の知識にはあてはめられない妖艶さだ。というより、こんなタイプの人間に会った記憶がない気がする。

 一番近しい人間としては、掴みどころがない、という意味では漂泊の演奏家が近しいか。

「うぇ」

 思い出して意図せず嗚咽を漏らした。

 ともあれ、ワジと呼ばれた少年によって戦闘が止められたのは事実だ。どういう魂胆かを図りかねていると、ワジは視線をカイトに向ける。

「同じ不良として、やられっぱなしなのも癪だからね。助太刀させてもらおうってね」

「へえ、二対一でかかるの。それはオレが知る弱い不良みたいだ」

「所詮、僕らは旧市街のバッドボーイズさ」

 美少年は、どうやら体術を好むようだ。それに変に暴力的だったり荒々しさが感じられない、とても不良とは思えないような余裕差を感じる。

 それに、こんなことを言ってくる。

「でも、キミもキミだ。僕らが不良だからかい? 少し、舐めすぎてるんじゃないかな」

「なんだって?」

「本気じゃないってことさ。ヴァルド相手に本気を出さないのなら、二対一で戦うのも当たり前じゃないかな?」

「……」

 その言葉を聞き、ヴァルドの怒りが、ワジからカイトへ移る。戦い始めた時より強い怒りだ。

「いい度胸じゃねえか……」

(あ、まずい)

 これは遊撃士にもなっていない頃にアガットを怒らせた、その時のような理不尽な怒りを感じる。

 ワナワナと震えるヴァルド、半身に体を構えるワジ。

 カイトは双銃を構えた。

 来る。

「だったら本気、ださせてやるよぉ!」

 大跳躍。豪快な着地、そして振り下ろされた木刀がカイトの足元を抉った。

 後方に飛んで避けたところへ、今度は眼前に碧髪は閃く。

 襲い掛かる裏拳を避けると、続けざまの体を回転させた踵落としが顎すれすれを閃く。

 肘内でワジの背中を叩き、しかしカイトは遅れて来た二撃目の木刀に目を向ける。

 カイトは大柄なヴァルドに銃を向けようとして、けれど側方からの殺気に行動を遮られた。

 一度体勢を整えるために離れるも、しかし素早いワジが追随してくる。それを避けるために銃を乱射すると、余裕をもってヴァルドも向かってくる。

「アンタら……!」

「なんだい?」

「本当にさっきまで喧嘩してたのかよ!?」

 不良同士いがみ合っていたはずなのに、連携を難なくこなしている。本当は仲がいいんじゃないかと思えるほどだ。

「たりめえだ。てめえを嬲ってから決着をつけるんだよ!」

「そうだよ。同じ不良だ、シンパシーなんだろうね?」

 今度は均等に二人へ銃を打ち込む。ヴァルドには耐えられ、ワジには躱された。

 動きを止めたヴァルドより早く、ワジが来る。彼の体術を迎撃するのは二度目だ。

 カイトが拳を繰り出すと、ワジはその手首を掴んでいなして来る。それを見越して体を突っ込み、膝蹴りを繰り出す。

 それなりの威力の蹴りが直撃したのは、()()同時だった。

「ってぇー……」

「やるじゃん……」

 沈黙する二人を遮り、容赦なくヴァルドが特攻してくる。

「おら!」

 戦略などない、再三の振り下ろし。カイトは先のワジの攻撃に苦悶を覚え、それでも躱して懐に潜り込んだ。

 ヴァルドの顎へ拳を近づける。だが。

「ハ、ワジの攻撃は効いたかよ?」

 ヴァルドの左手に、カイトの拳は受け止められた。驚きに駆られる暇もなく。

「てめえの殴りこみなんざ痛くねえんだよ!」

 鳩尾へ膝蹴り。肺から空気がすべて消え失せるかのように声が出て、目の前の色彩が一瞬白黒に包まれる。

 どっしりと構えた両膝から力が抜けて、ほんの少し体が浮いた。

 姿勢が崩れ、腰から地へ落ちる。そのわずか二秒ほどが、とてつもなく長く感じた。

「……げほっ! が、ぐぅ……!」

 涙が滲み、思わず手から双銃が抜け落ちた。低くなった視界には、ワジとヴァルドが悠然と構えている。

 今のは決定打だ。カイトはまだ、動けない。

 さすがに二対一では勝ち目は遠くなる。

 ヴァルドが得意げな顔をしている中、ワジが近づいてきた。その顔に何か遠くを見つめるような違和感を感じながら、彼の声を聞き届ける。

「ねえキミ、街中だからっていつまで手を抜いているの?」

 先ほども言われた、本気を出していないと。

「だからオレは手を抜いてなんか……」

「使いなよ、魔法」

 そう言われて、カイトははっとした。自分は別に本気を出していないわけではなかった。それは本心だ。ヴァルドもワジも、二人とも地に伏せるつもりでかかっている。

 だが、自分は確かに魔法を使っていない。リベールの異変を戦い抜くとき、自分が強さの拠り所にしたものを、この不良二人には使っていない。

「魔法だとぉ?」

「オーバルアーツさ。遊撃士は大抵の場合、戦術オーブメントを持っているもの……。そして、クロスベルの遊撃士はみんな実力者ぞろい。なのに、君は銃と体術だけじゃちょっと弱すぎる」

 魔都の遊撃士の実力は不良にも届いていた。その考えからすると、カイトの実力は少しばかり物足りないらしい。

 ワジは、不良にしてはどうにも謎めいていて、そしてその聡明さはカイトの知る不良像とは似ても似つかない。だがそんなことを考えるよりも、ワジはカイトの思考を否定する不良らしいことを言った。

「お互いの意地を通すための喧嘩……それなのに、キミはキミの本気の魔法を使わない。それじゃ、腹が立つのも仕方ないよね?」

 本気を出さないことは負けることと同じか、下手をすればそれ以上に腸が煮えくり返ること。

 苦しさを未だ残しつつも、カイトはその意見に同調してしまった。

 遊撃士になってからリベールで感じてきた悔しさ。それをこの二人が感じているんだとすれば、確かに自分は失礼だったかもしれない。

「あー……くっそ。負けっぱなしに腹が立つんじゃ、オレも子供だな」

 いや、そもそも喧嘩の仲裁がいつの間にか本気の喧嘩に成り下がっている時点でまだまだ学ぶべきものは多いのだ。

 カイトはほんの少しふらつきながらも、目を強く開いてワジとヴァルドを見据えた。そのまま双銃を構え、しかし先ほどの軽いフットワークでなさく悠然と構える。

「約束通り、オレの強さを証明したら大人しく帰れよ」

 旧市街の広場で、少年は青色の波を纏った。

「ハ、おもしれえ」

「それでいいんだよ」

 好戦的な笑みと共に、ワジが拳を、ヴァルドが木刀を構える。

 ヴァルドが駆けだすのに沈黙や起点はいらなかった。

 ヴァルドが振りかざした木刀がカイトの頭に直撃する瞬間。

 青の波が収束するとともに長い長い水の槍が、ヴァルドの腕から木刀を弾く。

 驚いたヴァルトが理解する間もなく、波の収束と同時に振り上げたカイトの踵がヴァルドの肩を打ち据えた。

 蹴りは弱い、けれど得物のなくなったヴァルドに連撃はそれなりに効く。負傷こそ軽微だが勢いを削がれたヴァルド。その影からカイトに忍び寄るのは、案の定ワジだった。

「ただのブルーインパクトにしては、確かに強い。なるほどね」

 視界にワジが入ると同時、カイトに纏われる黒色の波は。

「でも……魔法使いは基本的に隙が多いよね」

「残念、伊達にこれで遊撃士家業やってないよ」

 ワジの想像よりもずっと早く発動した。時の波動はワジをその華奢な背中から叩き潰す。

「舐めるなやぁ!」

 復活したヴァルドが背後からカイトを襲い掛かろうとして、カイトは瞬時に逃れた。

 ヴァルドは発動後の動きの速さに驚くものの、激情が勝って思考の余地はない。だから再びカイトに青の波が纏われ、その色彩の鮮やかさに比して異常に早く収束したことにも眼を向けない。

「この不良め、いい加減……」

 背後の衝撃から逃れつつ脚を巧みに動かし方向転換。カイトの体は起き上がったワジへと一直線。

「頭を冷やせ!!」

 しかし産まれた特大の水球(ブルーアセンション)はヴァルドを包み込み、質量を保ったまま外側へ溢れかえる。カイトは目を向けなくても、ヴァルドが水の陰圧と爆散により膝をついたのが判った。

 そのままワジと対峙。ヴァルドがすぐに立ち直ってくる以上、両者は同時に倒さなければならない。そしてその時は今だ。

「アーツ、駆動……!」

 今までで最も透き通って蒼い波を纏い、ワジと対峙。多少ふらつくワジはそれでも不敵な笑みを浮かべている。

「ふーん、判ったよ。キミが強いこと」

 そんな様子のワジを見てカイトは思い知ったかと笑う。

 でも油断はしない。もう終わりだ。

「いくぞ不良美少年!」

「詠唱中でも動けるんだ。いいね」

 駆動詠唱を保ったまま肉薄し、体術の嵐をお見舞いする。しかしそこはワジも不良に似合わない力量の持ち主だ。

 体術勝負は互角だった。カイトもここまで肉薄すると銃術を使えず、本気の殴り合いと蹴り合いと化す。

「上等!」

 もはや、この場のほぼ全員が喧嘩の理由を忘れていた。

 そしてカイトの波が収束し、ワジの金の瞳が一層増した瞬間。両者の蹴りが交錯しようとしたまさにその瞬間、

「そこまでだ」

 太陽を爛々と反射する坊主頭が、あまり背丈の高くない少年二人の間に割って入った。

「なっ」

「アッバス?」

 熱気に包まれていた取り巻きどもも、いつの間に増えていた一般人の観客も、突然の乱入者に静寂を作らされた。

 大抵の出来事では邪魔されないほどの集中力を保つ並戦駆動だが、さすがに戦闘行為そのものが止められては駆動も止めざるを得ない。

 乱入者はサングラスをしていた。カイトからして巨人のような大男。記憶の限りでは確かにワジの後ろにいたような気がするが。

 ワジにアッバスと呼ばれたその大男は、威圧感のある声でカイトでなくワジに向けて口を開く。

「ワジ。こんな旧市街の真ん中で何をしようとしていた」

「ちょっと本気(ほんき)を出そうとしただけさ」

「それは止めておけ。体に障る」

「了解。君がボクに意見するなんて、ずいぶんと珍しいね」

「ちょ……おい、お前ら」

 カイトはすっかり取り残されてしまっていた。上がった熱気の落としどころが判らず、弱弱しく地団太を踏む。

「おい……俺をおいてくんじゃねえ!」

 遅れて復活したヴァルト・ヴァレスが木刀の鎖を鳴らしながらやってくる。

 ワジ、ヴァルド、カイト、そしてアッバス。騒動の中心で、四人は各々睨み合う。

「おい坊主頭! てめえヘッドを差し置いてなに注文してやがんだ!」

「聖戦であれば、私は何も言わないがな」

「うふふ、いつもだったら『ワジの意見に従おう』の一点張りなのにね」

「てめえも何で納得してやがるんだワジィ!」

「君はちょっと血気盛ん過ぎるんだよ」

 やいのやいのと、大人もいる筈だが下手な少年よりやかましい両チームのヘッド。

 完全に置いてけぼりのカイトはついに爆発した。

「ちょっとはオレの話を聞きやがれ不良ども!」

 三人が振り返る。

「ああ? なんだてめえは。まあいい、多少やり合えたから十分だ。帰っていいぞ、お前」

「な、この鶏冠頭……!」

「うん、楽しかったよカイト、気に入った。今度僕たちのバーにおいでよ、歓迎するからさ」

「って、ヴァルドに勝ちかけたところで焚き付けたのはアンタだろうが!?」

「貴様の目的は騒ぎの鎮静化だろう。今日は各々の陣まで返る。本当の聖戦はこの先だから今日の所は帰るといい」

「え? あ……」

 そういえばそうだった。

 目的は人の家の前で騒がしている不良どもを黙らせることだった。が、こちらも熱くなっていつの間にか魔法まで使ってしまっていた。

 そうこうしているうちに、不良どもはヘッドの指示に従ってわらわらと移動していく。自分が文句を言うよりも統制が取れていた。

 どうにも収まりのつかない感情だが、一応目的は達成しているわけだ。

 少なくとも不良らしいと言える程度の諍いだったし、精々が近所の騒ぎになる程度だったので最優先で動くほどの優先事項ではなかったのも事実だ。血気盛んなヴァルドも落ち着いている様子だし、ワジは不用意に迷惑をまき散らさない気がする。

 蓋を開けてみれば、クロスベルのことをよくわかってない自分がただ現場を焚き付けただけのようにも見えてきて、カイトは何ともやるせない気持ちになった。

「……おい!」

 だから、カイトは疲労を感じる体に鞭打って最後にこれだけ言っておいた。

「サーベルバイパーのヴァルト、テスタメンツのワジ! 覚えたからな! もう変なことやるなよ!」

 振り向かない背中、けれどヴァルドは中指を立てた手を挙げ、ワジは優雅に手を振って返してくる。

 まだまだ時間は昼間。感傷的な夕方ではないこの時に、カイトが放った感想はこれだった。

「アガットさんよりも手に負えないような不良を放置しておくとか……なんだよこの街は!?」

 これでさえ旧市街の一騒動。これからの忙しすぎる日々を予見して、カイトは盛大に嘆いて見せたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。