ユーシス、マキアス、フィー。彼らに続く四番手として、カイトはダンジョン攻略を開始した。
学院旧校舎の地下区画。薄暗がりの地下一階は、僅かに冷気を帯びていた。
そして、ジェニス王立学園の旧校舎地下とは違った。通路が乱立する迷路のようではなくて、大きな空間と立体的な構造となっている。
いくつか分かれ道や隠し扉のようなギミックはあるが、それでもダンジョンとしての難度は低かった。はっきり言って、影の国の幻影城などと比較すると子供だましにも感じてしまう。
「おっ、魔獣発見」
とび猫、ドローメ、コインビートルにポム……カイトは止まることなく軽快に魔獣を屠っていく。
双銃は別に目新しくはしていないが、ティータから預けられた魔導銃は今も役立ってくれている。
そして、カイトは走りながらARCUSを駆動させた。赤い導力の波が体にまとわりつく。それ自体が炎のように揺らめき、散りゆく灰の燃えかすがカイトの前向きな意志に更なる熱を与える。
その煌きはものの数秒で収束し、カイトがかざす手のひらから巨大な熱が出現。
どの世代でも変わらず初心者の助けとなってくれるファイアボルトの火球が、同じく魔法を放とうとしていたドローメを燃やし尽くした。今ので最後の一匹だ。
「戦闘終了っ。それにしても……ARCUSとマスタークォーツか」
あたりに殺気がないことを確認してから、カイトは改めてそれを取り出す。
「軍事大国エレボニアが開発しただけあって、これまで以上に戦闘に特化した造りみたいだ」
サラはまだあるらしい新機能をはぐらかしていたが、新たに手にすることになったマスタークォーツの性能だけでも理解できる。
カイトは再度、マスタークォーツの説明書を取り出した。そこには、こう書かれていた。
・マスタークォーツ、《クリミナル》。
・駆動魔法が一定率で高火力化する。
・装備者の身体異常時に予備導力を駆動。
・装備者へ火属性魔法発動後の負荷減衰。
・初期より火属性初級攻撃魔法が使用可能。
・使用経験に応じた最適化が自動で施される。
一つのクォーツに対する説明としては長すぎる、その能力に驚いてしまう。
今までの戦術オーブメントでのクォーツも、面白いものはあった。純粋な能力の底上げを司るもの、自分及び他者に一定の影響を及ぼすものもあった。それらを組み合わせ、戦術オーブメント使用者は自分に見合ったクォーツを揃えて相棒とするのが多くの常だ。
だが、マスタークォーツと呼ばれる特別なクォーツとARCUSは今までの戦術オーブメントと一線を画している。この戦術オーブメントを作っていたであろう、RF社の一人の言葉を思い出した。
『言ってみれば、アーツはクオーツに込められているんだ』
マスタークォーツだけの特色ではないのだろう。恐らく他のクォーツも、ARCUS用の進化を果たしているに違いない。
何よりも気になるのは『最適化』の文言だ。これ一つで攻撃力だけでない、多くの身体機能が強化されている自覚はあった。それがさらに戦闘を続ける事に強化の度合いが高まり、果てはクリミナル単体で火属性の上級魔法まで駆動できるようになるのだという。
「トンデモ性能だな、これ……」
有り体に言って成長するのだ、機械が。与えられた情報という限定的な環境下ではあるが、それでも独自の進化を遂げる。
少なくとも、今までのカイトの常識ではありえないことだった。そのうち機械が人間のように話して考えて感情を顕にする時が来るのかもしれないと、そんな柄にもないことを考える。
そんな時。物陰から少女の声が聞こえた。
「ふぅん。やるね」
カイトは一瞬驚きつつ、すぐに平静を取り戻した。カイトが追いかけようとした人物だ。警戒をする必要もなかった。
「探したよ。えっと……フィー、だったっけ」
「ん。フィー・クラウゼル。そのままフィーでいいよ」
銀髪の、恐らくⅦ組の十人の中でもっとも幼い少女だった。年齢を低く見られがちなカイトではあるが、目の前の少女は先のトワのような事情ではない。雰囲気からして、本当に年下のようだ。
「オレはカイト・レグメント。カイトでいいよ」
「ん、わかったカイト」
「……」
「……」
沈黙が若干痛かった。
「先にダンジョンを行ったみたいけど、もしかしてもう踏破したのか?」
なんとなしに聞いてみた。猫目の少女は、その相貌を僅かに開いてカイトに返した。
「へぇ、わかるんだ?」
「それなりに修羅場は潜っててね。少なくとも、フィーが強いのはわかったよ」
「ん、もう終点を見てきた。少なくとも、誰か死んじゃうなんてことはなさそうだよ」
物騒な言葉使いだ。
「ユーシスとマキアスは?」
「途中までは追いかけてたよ。特に眼鏡の人の方は見てて面白かった」
「おいおい」
フィーにとっては他人事のようだ。実際、自分たちはまだ友人でも仲間でもない他人たちではあるが。
「一緒に行くか?」
「いや、いいよ」
「教官のトラップを一緒に捌いた仲だろ。そういえば、教官とも知り合いだったみたいだけど」
「ん、ちょっとね。カイトこそどうして一人で?」
「先行組をフォローするためにだよ」
背後から魔獣の気配がした。フィーとカイトが得物をホルスターから引き抜いたのはほぼ同時だった。
カイトは体を半回転させて魔獣──とび猫へ速射。フィーは見もせずに引き金を引いた。結果としてとび猫は絶命する。
「とはいっても、確かにフィーには必要なさそうだな。不思議な武装だけど」
魔獣は一匹だけだった。フィーはこともなげに銃口から出る硝煙を息を吐いて散らしていた。
二丁拳銃という意味ではカイトと同じ武装だった。しかし違うのは、その銃の腹に剣身が備わっていることだ。単に突撃銃の先に着剣をしているのではない。
「
「わかった、フィーを心配はしないよ。けど年上として気にはさせてくれ。無茶はしないでな?」
「ん、了解」
それだけ言って、またフィーは動き出した。体を縮こませると、不意に跳躍して壁を蹴り、四足動物以上の身のこなしで上層に向かった。スカートの短さも気にしない奔放さだ。
その様子を見届けて、カイトはまた一人になったために呟く。
「これは、また異色の顔ぶれだな」
比較的幼年であること、それと矛盾する戦闘力。特異な装備。教官と旧知の仲。
カイトははるばるリベールから留学するような自分が、貴族だとかというものを覗いては出自として際立っているのではないかと思っていた。だが留学生は他にいるようだし、目の前のフィーもいる。
それにやたらと貴族を目の敵にするマキアス、そんな彼を煽るユーシス。さらにサラは眼鏡の少女を指して『学年主席』と呼んでいた。さらに帝国で縁のあったラウラにエリオット。色物を集めたと言われても否定できないクラス構成だ。
「さすがオリビエさん、期待を裏切らないよ。……皇子なのに」
困っていいのか笑っていいのか迷う。クーデターから影の国までの彼の所業を知っていれば、笑うのが正しいのだろう。ついでに言えば異変を解決した仲間たちに話してやりたいくらいには。
そういえば、シェラザードにはⅦ組のことは伝えているのだろうか。
カイトはまた歩き出した。そして、難題を押し付けられた気分で困るべきだった、と改めた。
「お前は……」
少し進んだ先で会ったのはユーシスだった。
「やっと会ったか」
「フン……」
貴族であるかは別にして、喧嘩の仲裁でユーシスの前に立ちはだかったのがカイトなのだ。おそらく、向こうもこちらのことはしっかりと認識している。
案の定ユーシスは鼻で笑って来た。煽り口調だ。それに、カイトがいてもおかまいなしで先へ行こうとしてしまう。
カイトはユーシスの隣に近づいて、歩調を合わせて歩く。
「どうした? 五月蝿い二人組がいなくなって、他の者たちからすれば清々したかと思ったが」
「そうは言っても、同じⅦ組だろう? 話しかけるくらいはいいと思うけれど」
双銃をしまい、カイトは言った。
「自己紹介くらいはさせてくれ。カイト・レグメントだ」
「教官殿が留学生と呼んでいたな。どこから来た?」
「南のリベールから」
「なるほど……」
ユーシスは手に持つ騎士剣を鞘に収めた。
「故郷じゃ、貴族制度は百年前に廃止されてる。だから貴族と平民ってものに疎くてさ。オレはユーシスにどう接すればいい?」
「頭を高くするも傾ずくも、好きにするといい。もっとも、吠える犬を近くに置く趣味はないがな」
「それって、マキアスのことか」
忌々しげに語るに、相応に頭にきているようだった。無理もない、あそこまで露骨な態度を取られれば苛立ちもする。
とはいえ火に油を注ぐのもどうかと思うので、ユーシスの肩を持とうとは思わなかった。
ユーシスに対してカイトが抱くのは、純粋な興味だった。あのルーファスとどういった関係性を持つのかという意味で。
ただ、恐らくは親族だろうルーファスのことをいきなり聞くのも憚られる。カイトは別のことに話題を移した。
「帝国の貴族と平民っていうのは、みんなユーシスとマキアスみたいな感じなのか?」
「さてな。仰々しく接する者もいる。あの犬のような突っかかり方も、お前のような奔放さを装って近づく者も珍しくはあるまい」
「む……」
「いずれにせよ、まだ俺とお前に縁などないに等しい。それなのにこうも聞いてくるのは、どういった了見だと知りたくはある」
アルバレア公爵家は帝国貴族の頂点に等しい存在。さすがになんでもかんでも答えてくれるお人好しではなかったようだ。
「わかった、参りました。ユーシスに興味があったのは確かだ。けど無闇に詮索はしないよ」
「それでいい。犬が二匹に増えるのはこちらとしても御免こうむる」
「まったく。それより、ユーシス。一緒に行かないか?」
「犬を連れる気はないといったはずだが?」
「好きにするといいって言ったのはユーシスだろう? お互い一人でもダンジョン踏破はできそうだけど……」
でも、とカイトはユーシスに、向き直った。
「同じクラスの仲間だ。少しぐらい、団体行動をとってもいいんじゃないか」
「……まあ、いいだろう」
そう言うと、ユーシスは隣を歩くカイトに歩調を合わせてきた。同行してくれる気にはなったらしい。
思った通りだと、カイトは考えた。ルーファスの血縁であろうユーシスが、表面上はともかくとして冷たすぎる態度だけだとは考えにくかった。
「それで? 順当に踏破するのか、レグメント」
「いや、カイトでいいんだけど……えっと、フィーっていただろう? 銀髪の子」
「確かにいたが。まさかあんな子供まで一人で行ったのか」
「ちっちゃい子だけど、あれで強いよ。あの子はもう終点まで見てきたってさ」
位置を簡単に聞いていた。現在地から考えると残り三分の一といったところか。
「オレとユーシスなら問題ないし……少し不安なのはエリオットだ。あと金髪の子と、主席の子とか」
マキアスについては、それこそ火に油を注いでしまいそうなので言わないでおいた。
「仕方なし、か。これも
カイトとユーシスはダンジョンを踏破する。
襲いかかる魔獣は、やはり簡単に対処できた。ユーシスは宮廷剣術を習っているようだ。帝国人は武を尊ぶと聞いた。ラウラもそうだが、貴族であってもそれは変わらないようだ。
(そういえば、ミュラーさんも貴族家だとか言ってたな)
むしろ、確立された武術体系としてはカイトよりもユーシスの方が研鑽を積んでいるように見える。
ユーシスの言葉数は少ない。少ない会話で要領をつかみ、カイトと意思疎通を行う。だがそれは居心地の悪さとは無縁の時間だった。
そうして、今度はフィー以外の女子たちと合流することになる。
「あ、ラウラ!」
「カイトたちか」
お互い問題もなくダンジョンを進んでいた。カイトたちは先行しているのもあって分かれ道を順に歩いたりと緩やかな進行具合だった。同じ場所を複数回通っていれば、別のメンバーと会うのもおかしくはない。
全員でいたときはマキアスとひと悶着あったが、そうでなければユーシスはただ少しぶっきらぼうなだけの貴族の御曹司だ。女子たちへの改めての自己紹介は、ほぼほぼ問題なく進んでいた。
「エマ・ミルスティンです。サザーラント州出身で、学院の奨学金を狙って入学しました。よろしくお願いします」
紫髪に眼鏡の女子はそう答えた。学年主席の才女は、
「……アリサ・Rよ。ルーレ市出身。よろしくお願いするわ」
一方の金髪女子はアリサだ。彼女も彼女で黒髪の男子と一悶着あったわけだが、当の本人がいないせいか落ち着いている。この柔らかい雰囲気の方が素なのだろう。彼女は導力機構が備わった弓を携えていた。
カイトとしては、話題はあればあるほどいい。例によって家の──苗字のほうを聞くのは気が引けたので、出身地の方だ。
「ルーレか。前に行ったことがあるよ。RF社の本社があるところだよね」
「……ええ、そうよ」
即座に先ほどの空気感が戻ってきた。
(あれ? 別にオレ変なことは言ってないんだけど……)
何を踏んだのかもわからない。少々理不尽だ。
ユーシスが聞いた。
「お前たちは三人で大丈夫か? アルゼイドがいるから問題はなさそうだが」
「ああ。ユーシスの言うとおりだ」
ラウラは身の丈もある大剣を構えた。
帝国における武の双璧、アルゼイド流の代表とも言える大剣術。カイトは以前レグラムでその様を見たが、あの時より磨きが掛かっている。
「エリオットたち……男子組とは会った?」
「ああ、会ったぞ。マキアスを連れて四人でいたな」
「……フフ」
ラウラの言葉に、ユーシスが声を漏らす。その様子にカイトは引いた。
「ええ、ユーシスが笑ったよ……」
「いや、何。あれだけ吠えた割には殊勝な心がけだと思ってな」
「いい加減煽るのやめようよ……」
項垂れた。
この場における貴族はラウラとユーシス。この二人はお互いの家を知っているのか、平然と話し合っていた。公爵家と子爵家といえばそれなりに開きはあるだろうが、この二人としては関係ないらしい。
その間、エマがそそくさとこちらへ寄ってくる。
「あの、カイトさん」
「どうした?」
「ユーシスさんは……説得できたんですか?」
「ああ、意外とすんなり同行してくれたよ」
カイトはカイトで、エマともアリサとも語らう。若干アリサの態度が硬かったが、徐々に徐々に軟化していった。
現在、ダンジョンは中盤。そこで女子たちと合流した。フィーは恐らくもう少し先を行ったり来たりしているだろう。男子組も既に女子たちと会った。自分たちが最後尾にいる可能性もある。そろそろ行くべきだった。
ラウラたちとは穏やかな時間を過ごせた。曲者ばかりではなさそうで安心したが、カイトはその胸中を表に出すことはしなかった。
再び、カイトとユーシスは進む。男子組と会ったのはそれからすぐのことだった。
「あ、カイトたち!」
「エリオット、少しぶりだ」
相対したエリオットたちは四人だった。彼らの幾人は、カイトがユーシスを連れていることに驚く。
「フッ、それにしても中々殊勝な──」
「そ、そういえばエリオット! まだ名前も知らない人もいるし、自己紹介しよう、自己紹介!」
ユーシスの言葉をカイトが遮った。目線がマキアスを捉えていたので、マキアスに対して何をしだすかが手を取るように分かった。ちょっと喧嘩腰が過ぎないか。
カイトの意を汲んだらしいエリオットが笑顔を繕った。汗顔そのものである。
「そ、そうだねえ! みんな、自己紹介しよう!」
若干面白くなさそうな顔となるユーシスがカイトを見た。カイトはその視線を無視した。誰のためだと思ってるんだ。
ほぅっと息を整える。マキアスの方もひとまずは名前を名乗る余裕はくれるらしい。
「……改めて、カイト・レグメント。リベールから留学して来た。よろしくな、みんな」
「リィン・シュバルツァーだ。よろしく頼む、カイト、ユーシス」
「ガイウス・ウォーゼル。ノルドから留学して来た。帝国のことには疎い、色々教えてくれると助かる」
黒髪の少年──リィン。褐色の留学生──ガイウス。これで、カイトにしてみれば特科クラスⅦ組の全員の名前を知ったことになる。
貴族に平民に留学生。主席、幼子。随分広い顔ぶれだ。
「帝国出身じゃないのはオレも一緒だ。よろしく、ガイウス」
「同じ留学生がいるというのは心強いな。こちらこそ、だ」
ちなみにガイウスの得物は十字槍だ。故郷ノルドで愛用していたものらしい。様になっている。
そしてカイトはリィンにも向き直った。
「それで……リィンのそれは」
「ああ、これか?」
カイトが注目したのは、リィンが手に持つその武装だった。剣、しかし片刃であり反りがあり、それは東方に伝わる太刀と呼ばれるものだ。
クロスベルで遊撃士をしていたカイトにとって、その武器の存在を知らないはずがなかった。
「太刀。切れ味はちょっとしたものだ」
「ああ、わかる。頼もしいよ」
アリオスやカシウスが属しているのは《八葉一刀流》。カイトは東方武術に詳しくないし、八葉一刀流の流派もその体系などは知らない。リィンのその力もわからない。
だが、カイトにとってカシウスやアリオスというのは単なる知り合いでは当てはまらない。同じ太刀を扱うリシャールもアネラスも同様だ。
それは予感ではなかったが、楽しみな感情だった。
「よろしく、カイト」
リィンは掌を差し出した。カイトはそれを受けた。
リィン・シュバルツァー。茫洋とした眼の中には光が見える。
不思議な青年だった。カイトは笑う。
「こちらこそ、リィン。さて……それで」
カイトは向き直る。視界には右端にユーシス、左端にマキアス。それぞれ右を、左を向いている。綺麗に正反対だ。
カイトの言わんとすることはマキアスも理解している。カイトはマキアスの紹介を、リィンたちはユーシスの紹介を受けていない。
「……その、マキアス・レーグニッツだ」
形だけでもいい。その妥協がいいわけではないが、マキアスは答えてくれた。
「よろしく、マキアス」
「……よろしく、カイト」
不承不承、そして顔も硬い。自分がリベール出身だとわかった時点で貴族ということはないはずだが。
カイトとマキアスから少し離れた所で、ユーシスはリィンたちと会話していた。エリオットは平民らしいが、そのせいかユーシスに対して及び腰だ。リィンとガイウスはそれほど気にしてもいないようだ。
「マキアスは帝都出身? そっか、オレも帝都には一回行ったことがあるよ」
「そうなのか?」
「そうさ。はは、もしかしたら一度すれ違ったりしてるかもな」
「ああ、それより……」
「マキアスのそれは、導力散弾銃か。同じ銃使いだし、ちょっと親近感あるな」
「あ、ああ。それで……」
「ところで、マキアスも頭が良さそうだよな。よければ勉強も見てくれると──」
「カ、カイト!」
「お、おう……」
マキアスは切羽詰まった様子だった。
「カイト、君はどうして貴族なんかと……!」
「ちょ、ば、マキアス……!」
声が大きい。そもそも隠そうとはしてないのだろう。マキアスの声はユーシスの耳に届いてしまった。
リィンたちと話していたユーシスは、あからさまな態度でマキアスに向かう。
慌てふためくエリオット、先ほどとは違い静観するガイウス。リィンは対応をしようと控える。カイトは一足先に動いた。
「ユーシス」
強めに立ちふさがった。だが、ユーシスはそのまま進み続ける。カイトを前にしても止まらない。
「座して侮辱を受け入れろと? 立場もへったくりもない、これは純粋な返答だ」
「っ……」
「返す答えがないなら、お前に立ちふさがる義理はない。下がれ」
ユーシスはカイトの肩を押しのけた。
三度対峙するユーシスとマキアス。
「な、何だ……!?」
「貴様は先ほど俺を傲岸不遜と罵ってくれたな」
「そ、そうだ! 君たち貴族は、僕たち平民のことを見下しながら──」
「貴様にそれを言われる筋合いなどない。帝都知事の息子が」
マキアスの言葉を否定もせず、ユーシスが出した言葉は誰にとっても予想外だ。
「帝都ヘイムダルを管理する初の平民出身の行政長官、カール・レーグニッツ帝都知事。それがお前の父親だ、マキアス・レーグニッツ」
「ああ!? そういえば聞いたことがあるよ、レーグニッツって!」
帝都で過ごしていたエリオットとしてが、逆にどうして気付かなかったのかと自省する程度には有名なものだ。カイトはエリィの祖父に驚愕したいつの日かのロイドを思い出した。
リィンは帝都出身ではなく、ガイウスに至っては辺境の留学生。平民であるというエリオットが、大貴族の子息であるユーシスと同程度の認識を持つ帝都知事という肩書き。カイトはその意味を図る。
「そこのクレイグの態度が全てを物語っているだろう。ただの平民というには……少しばかり大物過ぎる気がするが?」
マキアスはすかさず反論した。
「だからどうした!? 父さんが知事だろうが平民なのは変わりない! 君たちのような特権階級と一緒にするな!」
「別に一緒にしてはいない。ただレーグニッツ帝都知事といえばかの鉄血宰相の盟友でもある革新派の有力人物だ」
止まることのない舌戦。まるで水と油、いや火に油だ。決して混ざり合わないのではなく、合わさり燃え盛ることを宿命づけられたような関係性。単に反りが合わないだけではないような隙間がある。
(それよりも……革新派の名前をここで聞くなんて)
帝国の政治体系を二分する勢力、革新派と貴族派。オリビエはその双方、わけても革新派の盟主ギリアス・オズボーンと敵対しているという。
革新派筆頭の鉄血宰相、その盟友である帝都知事レーグニッツ。その息子であるマキアス。いったいどんな因果が巡りあえば、大貴族の御曹司と革新派有力人物の息子が同じクラスになるのか。あるいは以前出会った大貴族の弟と遊撃士が。はたまた第三の風を吹かそうとするオリビエの友と鉄血宰相の盟友の息子が。
やはり一筋縄ではいかない。そのことを強調するかのように、ユーシスは続ける。
「そして革新派と貴族派は事あるごとに対立している。それを考えると、お前の露骨なまでの貴族嫌悪は……随分安っぽいと思ってな」
今までの意趣返しもあったのだろうか。それこそ露骨なまでの煽りよう。マキアスの堪忍袋の尾が切れる。
「こ、この──!」
例によって、ユーシスを止めたのはカイトだった。そして、本格的に血を見せようとするマキアスを後ろから羽交い締めするのはリィンだった。
「な、何を──!?」
「気持ちはわかるが落ち着いてくれ! そちらも度が過ぎているぞ!」
「売られた喧嘩だ」
リィンが抑えるマキアスを、ユーシスは冷ややかな目で見ていた。決して自分から拳を振り上げようとはしないが、手はわずかに騎士剣に触れている。
「もういい! わかったから! わかったから……離してくれっ」
やがて、マキアスから力が抜ける。いたたまれなくなったのか、マキアスはその場の誰も見ずに一人で歩き出してしまう。
「……少し、頭を冷やしてくるよ」
そんなことを言うマキアスの背中は、みるみる間に小さく、遠くなっていく。
ユーシスとマキアスは不和のまま。女子たちとは違ってぎこちない男子グループ。
こうも仲が悪いのは困る。カイトは業を煮やして動き出す。
「……ユーシス! ああ、もう!」
リィン、ガイウス、エリオット。話したいことは色々あったが、どうも悠長なことは言ってられないらしい。
「オレがマキアスに付くから! ユーシスはもうちょっと愛想の一つでもよくしとけ!」
三人へ小さな謝罪を。そしてユーシスに少しの怒りをぶつけてから、カイトはマキアスを追いかける。
順調に見える特科クラスⅦ組特別オリエンテーリング。一階にたどり着くのは、もう少し先になりそうだ。