心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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48話 爽やかな陽射し①

 

 

 七耀歴千二百四年、四月十七日。春真っ盛りのこの時期、ライノの花が風に運ばれて、窓際の席に座るカイトの鼻先につく。

「──かつてエレボニア帝国は存亡の危機に瀕していました」

 歴史教官トマス・ライサンダーの授業に耳を傾けつつ、カイトは欠伸を噛み締める。

「その危機とは、二百五十年前の獅子戦役。時の皇帝亡き後、帝位を巡り有力な帝位継承者たちが数年にわたって繰り広げた内戦です。まあ、帝国に住んでいる人なら子供でも知っている逸話ですよね」

 エレボニア帝国帝都近郊都市トリスタ。トールズ士官学院特科クラスⅦ組。それが新たなカイトの所属場所だ。名門高等学校の一面を持つトールズは、帝国史の授業一つとっても一筋縄ではいかない。

「──カイト・レグメント君。君はリベールからの留学生でしたが、獅子戦役のあらましは知っていますか?」

 カイトは立ち上がった。

「──いえ。日曜学校でも習ったことはありません」

「結構。ではこれからの説明は、特によく聞いていてくださいね」

 トマス教官は丸眼鏡の奥の瞳を光らせ、優しげに黒板に向き直った。

「この内戦は長期化し、各地の有力貴族も巻き込んで泥沼の様相を呈しました。多くの傭兵は野盗化し、略奪を行う騎士団すら現れたのです。国土は荒廃し、人心は乱れました」

 カイトとしては、生まれ故郷ではない帝国史は難しい。だがカイトがずっと意識を向けていた帝国のことを知れるのは楽しみなことだった。同時に、それを知らずに怒りを向けていた自分も少し恥ずかしくなる。

「そんな中、民を顧みずに続けられた骨肉の争いに終止符を打つべく、ある一人の流浪の皇子が辺境の地で立ち上がりました。……ガイウス・ウォーゼル君、その皇子が誰か、君にはわかるでしょうか?」

「……ドライケルス・ライゼ・アルノール、でしょうか」

 ガイウス・ウォーゼル。帝国北東ノルド高原からの留学生。カイトからすれば同じ留学生ということで親近感があった。入学から二週間、比較的よく話しかけているし、勤勉な性格で頼りになる存在だった。

「その通り! 第七十三代エレボニア皇帝にして《獅子心皇帝》とも呼ばれる中興の祖。この学院の創設者でもありますね。ああ、ガイウス君。それ以上は大丈夫ですよ! ここから先は私に説明させてください……!」

 トマス教官は大仰に掌を突き出し、続けようとしていたガイウスを制止する。士官学院の教官だが、ユーモアにあふれている。

「挙兵当時、ドライケルス軍は非常に少数でした。しかし帝国各地で人心をつかみ、心ある実力者たちの協力を得ることで一大勢力となっていったのです。西の大国の内戦は各地に影響を与える。恐らく、各地の協力者にはそういった配慮もあったのでしょう」

 トマス教官の歴史授業は面白いものだった。まず各時代の大きな出来事を抑え、根を張るように順に詳細を、別地方の関連する出来事などを、順々に抑えていくのだという。

 内戦における各地への配慮。その内戦の影響は南のリベールの貴族制度廃止、東のカルバードの共和制移行にも及んだと、トマス教官は言う。その詳細はまた後日とのことだが、カイトにとっても興味深い。

「そのドライケルス皇子が最初に挙兵した辺境の地ですが……リィン・シュバルツァー君。その地がどこかご存知ですか?」

 少しの沈黙が教室を満たした後、リィンは答えた。

「ノルド高原──帝国北東に広がる高原地帯です」

「おお、よく知っていましたね。わざとガイウス君を外して意地悪したんですが」

 リィンは苦笑し、座った。その隣の少女アリサがほっと息を吐いたのだが、それはさらにアリサの隣の席であるカイトだけが理解していた。

(まったく、素直じゃないなあアリサも)

 カイトは頬杖をついて微笑んだ。アリサがノートの端に『ノルド高原』と答えを書いてリィンに見せるようにしていたが、リィンの優秀さもあり不要に終わった。

 アリサ・R。帝国北部ノルティア州ルーレからやって来た、という少女だ。リィンとは一悶着ありつっけんどんな態度が目立っているが、その実は優しい少女でもあった。

「当時、ドライケルス皇子は放浪の果てに異郷の地ノルドで遊牧民たちと共に暮らしていました。そして帝国本土での内戦を聞き、遊牧民たちの協力を得て挙兵したのです。ではそんな内戦の初期の様相ですが──」

 授業はその後も続く。数学、導力学など。日曜学校でも平均的な成績のカイトは知恵熱が出るような難易度だった。新しい知識を吸収することに対する意欲がなければ、早晩根を上げていたかもしれない。

「──起立。礼」

 最後の授業、戦術史論。帝国正規軍から出向しているというナイトハルト教官の授業だ。堅苦しいものではあったが実践的な内容を経て、授業は幕を閉じた。

 号令をかけたのはエマ・ミルスティン。丸眼鏡をかけた紫髪の少女だ。学年首席入学の才女でもあり、そのままⅦ組のクラス委員長を務めることとなった。学業に縁のなかったカイトや最年少のフィーにも勉強を教えてくれる。

 ちなみにⅦ組所属生の年齢としてはフィーが十五歳、エリオットが十六歳、その他全員が十七歳だ。

 ナイトハルト教官が教室を出て数分後、今度は担当教官であるサラ・バレスタインが部屋の扉を開ける。

「はいはーい。みんな、HR(ホームルーム)を始めるわよ」

 サラ・バレスタイン。既に彼女が担当する武術教練も始まっているが、個人としての戦闘指南はカイトにとっても舌を巻くものだった。軍人としての組織行動は戦術史論を中心にナイトハルト教官が受け持っているが、その分単純な戦闘能力も高いらしい。

 彼女自身の戦闘は見ていない。カイトとしてはその時が楽しみでもあると同時に、軍部出身とも思えない彼女の出自が気になるところだった。

「お疲れ様、今日の授業も終わりね」

 クラス担当教官として、このように夕方のHRで毎日顔を合わせている。Ⅶ組の導き手でもあるわけだ。

「前にも伝えたと思うけど、明日は自由行動日になるわ」

 寮生活であり士官養成学校でもある。その軍人の心得を学ぶ学院において、明らかな休日というのは設けていない。

 そのための自由行動日だ。厳密には休日ではない。しかし授業もなければ課題もなく、休息も含めて何をするも生徒の自主性に任されている、という名目である。

「帝都に遊びに行ったっていいし、なんだったらあたしみたいに一日中寝ても構わないわよ?」

 Ⅶ組全員が発言に困った。それは少し週に一度の自由行動日としてはもったいなさすぎる気がする。

 まだ入学して二週間だ。勝手がわからないことも多く。生徒たちは口々にサラに質問を投げかける。自由行動日も学院の敷地は概ね開放されるのだとか。また、クラブ活動も自由行動日に活動していることが多いという。

(クラブ活動か。それがあったな)

 そういえば、とカイトは思い出す。クラブ活動、生徒たちが自主的に授業外で活動を行うものだった。フェンシング部や馬術部のような運動系のものから、写真部に園芸部のような文化的な活動もある。

 必ず参加しなければならないものではなかったが、学生のほとんどは何かしらのクラブに所属している。

 カイトが悩む先、サラは話題を移した。

「それと来週なんだけど、水曜日に実技テストがあるわ。体調には気をつけておきなさい」

 サラは続けた。その言葉は、ここ数日の彼女の発言の中でもっとも重みが現れるものになった。

「その実技テストの後、改めてⅦ組ならではの重要なカリキュラム説明します。その意味で、明日の自由行動日は有意義に過ごすことをおすすめするわ」

 そう、Ⅶ組に所属して早二週間。だが実のところ、まだ他のクラスと差別化されたカリキュラムはなかった。通常の授業に、学生生活全体のオリエンテーリングなど。それは他のクラスでも同様に行われている。

 Ⅶ組ならではの重要なカリキュラム。未だその全容はわからない。今はまだ、英気を養っておくぐらいだ。

「HRは以上。副委員長、挨拶して」

「は、はい」

 副委員長、マキアス・レーグニッツが号令をかける。

「起立──礼」

 マキアスはエマに続く次席入学だった。Ⅶ組最初のHRでエマと同じく当たり前のように副委員長に抜擢された。生真面目で実直な性格だが、今は別の生徒との関係でⅦ組全体の雰囲気に影響を与えている。

 その喧嘩相手であるユーシス・アルバレアは、終礼が終わるなりいの一番で教室を出て行った。エマやマキアスほどでなくとも成績は優秀で、剣術にも秀でた文武両道。だが大貴族の御曹司かあるいはそもそもの性格故なのか、未だⅦ組の全員に対して辛辣な態度を崩してはいない。

 ユーシスを含みのある目で見た後、マキアスは教室を出た。アリサが、フィーがそれに続く。

 フィー・クラウゼル。Ⅶ組最年少の少女だ。自由気ままな態度で、授業でもたまに眠っているのが心配ではある。サラとは旧知の仲のようで、色々と謎も多い。

 エマなどはよくフィーを気にかけている。今もフィーを追いかけて出て行った。そんなクラス委員長をさらに気にかけ、青髪の少女ラウラが追いかける。

 ラウラ・S・アルゼイド。帝国南東レグラムの領主、ヴィクター・S・アルゼイドの一人娘だ。帝国二武門の双璧アルゼイド流を修め、現在も修行中。竹を割ったようなまっすぐな正確で、身分を問わずクラスの面々とすぐに話すようになった。学年最強と名高い一人だ。

 なんだかんだ適正として選ばれた十人全員がⅦ組に参加したわけだが、それぞれが信頼を語るのは早い。まだクラス内でも不和が目立つ状況だ。

 教室に残っているのは、リィン、エリオット、ガイウス、カイトの四人だ。カイトは現状誰とも不和は起こしていないし、他の三人は初日のオリエンテーリングで一緒に迷宮を攻略した間柄。自然こうして集まることも多くなっている。

「実技テストかあ……ちょっと憂鬱だなぁ。魔導杖もまだちゃと使いこなせてないし」

 ため息をついたのはエリオット・クレイグ。帝都出身、カイトとも以前会ったことのある少年だ。戦闘経験は入学までないに等しく、実技テストにやや後ろ向きなのもそのためだ。

 彼は彼で、エマとともに魔導杖──テスト段階の導力器の運用レポートを作成する日々だ。その忙しさは計り知れない。

 エリオットを心配したのは残る三人も一緒だが、最初に声をかけたのはリィンだった。

「そんなに心配なら、一緒に稽古でもしておくか? 修練場(ギムナジウム)もあるみたいだし、よかったら付き合うぞ」

 リィン・シュバルツァー。彼もまた優しく、頼りがいのある人物だった。細かいことにも気づき、それでいておおらか。カイトからしてみれば若干ヨシュアのような自戒的な性格が目立つのが気になるところではあったが。

 エリオットは、リィンの申し出をやんわりと断った。

「ありがたいんだけど……実はこのあと、クラブの方に顔を出そうと思っているんだ」

「へえ、もう決めたのか。どのクラブにしたんだ?」

「うん、吹奏楽部だよ」

 カイトは思い出す。エリオットと出会ったのは帝都のマーテル公園だ。あの時エリオットが何をしていたかといえば……。

「もしかして、バイオリンか?」

「うん、カイトもよく覚えてたね」

「へぇ、バイオリンなんて弾けるのか。趣味でやっていたのか」

 リィンは関心する。

「えへへ、まあね。ガイウスはどの部に入るか決めたの?」

「ああ、俺は美術部に入ろうかと思っていてな」

 意外なクラブ名に三人が驚いた。聞けば、故郷でも趣味で描いていたのだとか。

「ちょっと見てみたい気がするな。カイトは決めたのか?」

「いや……色々迷っててさ。そういうリィンは?」

「ああ、俺もだ。他のみんなも目当てはあるみたいだし、少し遅れてる気分だ」

 聞いた話では、ラウラは水泳部、マキアスはチェス部に顔を出し、エマは文化系を見てみると言っていた。ユーシスとフィーは教えぬ存ぜぬで、アリサには聞けていないとリィンが落ち込んでいた。

 フィーがクラブを選ぶかも気になるが、そうなると現状目星すらつけていないのはカイトとリィンだけということになる。

「カイトもリィンも、前からやってた趣味はないの?」

「うーん、知ってのとおり射撃とかなら……でもエリオットみたいに昔からやってた趣味はないかなぁ」

「釣りなんかはよくやってたけど……あとはボードなんかはな」

「へぇ……面白い趣味だと思うけど」

 聞けば、雪の日には同年代で集まってスノーボードという遊びをよくしていたらしい。カイトからすればソリ滑りを想像するが、もう少し技術のいる遊びなのだとか。

 リィンの故郷では雪が珍しくないのか。しかしそれを聞くよりも早く、教室の扉が開かれる。

「よかった。リィン、まだ残っていたわね」

 サラ教官だ。教壇に忘れ物をしたとかそういうわけではないらしい。むしろ言葉の通りリィンに用事があるようで。

「実は、貴方に手伝って欲しいことがあってね。生徒会で受け取って欲しいものがあるのよ」

「えっと、それは?」

「ふふ、学院生活を送る上で欠かせないアイテムってところかな。全員分を受け取ってきてほしいの」

 カイトの遊撃士根性に、およそ二週間ぶりに火が付いた。

「あ、それだったらオレが行きますよ」

 なにせ直前まで過ごしていたのは遊撃士界隈でも目を回る忙しさと名高いクロスベル支部。授業のレベルの高さは別にして、生活全体から見れば少し穏やかになっていたくらいだった。

 ところが、サラは真正面から断った。

「いや、リィンにお願いしたいの」

『はい?』

 カイトとリィンの声が重なった。

「カイト、アンタじゃなく」

『は、はぁ……』

 またも重なった。エリオットとガイウスから見れば少し奇妙な光景だった。

「アンタたち二人はまだ部活動も決めてないみたいだし、一緒に見学するのはいいけど、カイトが生徒会に行くのは禁止ね」

「……ちょっと理不尽じゃありません?」

 カイトはぼやいた。いったいどんな理由があるというのか。リィン一人に雑用を任せるのも忍びなくはある。この二週間でも、カイト以上にリィンが雑用を請負いやすい性格なのがわかっている。

 リィンはカイトに笑う。

「いいさ、カイト。生徒会という所に、この後行けばいいんですね?」

「ええ。生徒会室は学生会館の二階にあるわ。それじゃあ、ヨロシクね~」

 軽快な歩調とともに、サラは去っていく。その様子を見てエリオットは乾いた笑いを、ガイウスは穏やかな笑みをカイトとリィンに向けた。

「なんだか、ご愁傷様だね」

「お疲れ様だな」

「サラ教官の考えることがわかんねぇ……」

「俺もだ……まあいい、見学がてら行ってくるよ。カイトも学生会館までは一緒に行くか?」

「そうだなぁ。そういえば、学生会館って購買部もあったよな。行くよ」

 持つべきものは友というべきか。

 カイトとリィンは、クラブに顔を出すエリオットとガイウスと別れ、寄り道をしながら学生会館まで行くことにした。

「それにしても、カイトはリベールから留学に来たんだよな。今日の帝国史もそうだけど、授業の方は大丈夫そうか?」

「正直、ついていくのにやっとだ……けど、中身は新鮮で楽しいよ。はるばる来たけどさ、色々と充実してる」

 学院は広い。クラブも様々な場所で行われている。

 ギムナジウムには水泳部にフェンシング部などがあった。ラウラは水泳部を見学していた。熱心な様子で、少し顔を出した程度の二人には気付かなかった。

 グラウンドは馬術部とラクロス部だ。リベールではどちらも馴染みがないスポーツだったのだが、それよりも気になったのはラクロス部にアリサが、馬術部にユーシスがいたことだ。

「リィンの方は大丈夫か? アリサも中々意地っ張りだしなぁ」

「うっ、それを言われると……機会がなくてさ」

 特別オリエンテーリングから二週間。未だリィンとアリサの仲はぎこちない。カイトとしては帝国史の時のアリサの一幕も知っているので、どちらかといえば野次馬根性で気楽に眺めているだけなのだが。

 グラウンドから学生会館へ向かう途中、ギムナジウムの近くで花壇とそれを手入れしている貴族生徒の二年生を発見した。麦わら帽子をかぶった朗らかな様子の女生徒。だがカイトとリィンにも気づかず熱心な様子で、白の制服はところどころ土で汚れている。

 そんな様子を見守るカイトとリィンに光が当たって、二人は顔をしかめる。二人はすぐにその原因を理解した。本校舎屋上にいるフィーがいたずらで光を反射させていたのだった。二人が困ったように笑うと、寝ぼけ眼のフィーはそのまま校舎の陰に隠れる。

「あそこで昼寝でもしてたのか……とことん成長期だな」

「あの子も、本当にどういう経緯で入学したんだろうな?」

 二人は歩き続け、夕焼けも完全になったところで学生会館にたどり着いた。

「さて、俺は二階の生徒会室だ。カイトは購買部に用があるって言ってたか。何を買うつもりなんだ?」

「帝国時報とかね。あとは外国のニュース雑誌とかもあればいいんだけど……」

 と、そこでかけられる声。

「よ、後輩くんたち」

 後ろからだ。振り返ると、緑の制服を着た銀髪の青年が立っていた。

「お勤めゴクローさん、入学して半月になるが調子の方はどうよ?」

 気さくで馴れ馴れしい様子の青年。制服をだらしなく着崩しているあたり、二年生──つまりは先輩の可能性が高いか。

 カイトとリィンが順に答える。

「ええ……正直、大変ですけど今は何とかやってる状況です」

「といっても、授業やカリキュラムが本格化したら目が回りそうな気がしますけど。あれ……?」

 カイトが思考を巡らせる先で、青年は続ける。

「はは、わかってんじゃん。特にお前さんたちは色々てんこ盛りだろうからなー。ま、せいぜい方の力を抜くんだな」

 その気の抜けた声を聞いて、カイトは思ったことを聞いてみた。

「あれ……? どこかで会ったことないです?」

「カイト?」

 リィンの疑問符にも目もくれず、カイトは青年をじっと見た。どこか覚えがあるような気がしていた。

 だがカイトの目線を一身に受ける青年は面白そうに笑うのみ。沈黙を苦しく思ったリィン。

「えっと、先輩ですよね。名前を伺ってもいいですか?」

「まあまあ、二人共そう焦るなって。まずはお近づきの印に面白い手品を見せてやるよ」

『手品?』

 本日三度目の声の重なりである。

「んー、そうだな。ちょいと五十ミラコインを貸してくれねえか?」

 にこやかに笑みを貼り付ける青年。

「え、ええ」

 リィンは五十ミラコインを見つけて探した。青年の笑みにどこかいたずらめいたものを感じたので、カイトは黙ったままでいた。それはリィンを犠牲にすることでもあったが。

 コインを受け取り、青年は持っていた荷物を地に置く。

「サンクス。それじゃあ、よーく見とけよ」

 青年はコインを宙へ弾いた。カイトとリィンは注視する。

 スローモーションで頂点に達し、そして摂理に従って回転しながら落ちるコイン。

 そして、青年は両手を振りかぶって拳を握り締めた。地に音を響かせることなく消えるコイン。

「さて問題。右手と左手、どっちにコインがある?」

 問われ、カイトとリィンは青年の両手をじっと見た。

「これ、二人で別々に答えれば……」

「おいおい、そりゃねえだろ……」

「……俺は右手で」

「後輩一号は答えたぞ。二号も右か?」

「正直わからないんですけど……とりあえず左で」

「いや、だからなしだって言ってるじゃねえか」

 突っ込む青年をよそに、リィンが言う。

「でも、確か手品って……」

「お、気づいたか? こういうことさ」

 青年は両手を開いた。右も左も、どちらの掌にもコインは乗っていなかった。

「え」

「あれ? ない!?」

「フフン、まあその調子で精進しろってことだ。諸々の答え合わせはまた後日ってとこだな」

 青年は面白げに言い、床に置いていた袋を持つ。

「せいぜいサラのしごきにも踏ん張って耐え抜くんだな。そんじゃ、よい週末をな~」

 去る青年を見届け、カイトとリィンは二人してなにを言えばいいかわからなくなる。

「リィン」

「なんだ?」

「五十ミラは?」

「あっ」

 肩を落とす黒髪の少年。

「一本取られたな、リィン」

「カイト……もしかしてわかってたのか?」

「嫌な予感がしてさ。リィンには感謝してるよ」

「はぁ……どうやら二年生も結構曲者ぞろいみたいだな」

 学生会館に入る前に、いらぬ消耗を強いられた二人だった。

 

 

 







 本日、活動報告を「心の軌跡Ⅰとヒーローズ・ジャーニー」というタイトルで投稿させていただきました。

 最近呼んだ創作活動の本と、拙作心の軌跡Ⅰについて語っていますので、もしよければお読みいただけると嬉しいです!
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