心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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48話 爽やかな陽射し②

 

 

 カイトがトールズ士官学院に入学して、初めての自由行動日がやって来た。

「うーん……陽射しが気持ちいいな」

 カイトは自室のカーテンを開け、太陽の心地よさに伸びをする。

 普段よりも少しだけ遅く起床し、朝食の前に少し部屋を片付けて、今日も今日とて赤い制服を身に纏った。

 貴族生徒は第一学生寮、平民生徒は第二学生寮がそれぞれ学院の近くにあるが、特科クラスⅦ組にはトリスタ駅近くに別の第三学生寮が用意されていた。Ⅶ組生徒と、そして担当教官のサラが寝泊りしている。

 他の学生寮と比べるとやや小ぶりだが、それでも元が集合住宅だったのかまだ空室もある。一階は厨房に食堂、それにシャワー室など。現在は二階に男子生徒、三階に女子生徒としている。

 Ⅶ組が発足して早二週間。最低限、寮の清掃などは役割分担や当番を決めてそれぞれ実施している。食事についてはトリスタ内のカフェレストランなどもあるので、各自勝手に外食したり、自炊したり誰かと一緒に作ったりとしている。

 カイトとしては以前も一人暮らしだったのでそこまで手間はかからなかった。エリオットやリィン、フィー、エマなどにも既に簡単な料理を振舞ったりしている。

 とはいえ、今日は自由行動日だ。既にⅦ組の多くが寮を出ているようだった。厨房は一人、カイトは静かに朝食を摂る。

「さてっと……」

 カイトもカイトで、今日はやるべきことがいくつかある。

 食器を片付け終えたころ、リィンが顔をのぞかせた。

「おはよう、カイト」

「あれ、おはようリィン。まだいたのか」

「ああ、ちょっと用事があってな」

 リィンは一冊の手帳を取り出した。

「これは?」

「Ⅶ組用の学生手帳、生徒会から預かったんだ。昨日のうちに他には渡したが、カイトに会う時間もなかったからな」

「ああ、昨日の」

 カイトとリィンは前日の放課後に学生会館を訪れていた。カイトは購買部に、リィンはサラの言伝によって生徒会に用事があった。

 サラの何かしらの意図によってカイトは生徒会に向かうことを禁止されたわけだが。

「で、結局はその手帳だけだったのか?」

 渡された学生手帳をめくる。どうやら校則などの通常の項目の他、ARCUSに関する説明書も付属しているらしい。

 カイトのぼやきを聞いたリィンは困ったように笑った。

「いや、それがそのまま生徒会の仕事を手伝うことにもなってさ」

 聞けば、手帳を渡したのはカイトも初日に出会った生徒会長のトワだが、彼女の手伝い──つまりは生徒会に回ってくる学生やトリスタ市民からの依頼を受けることになったのだという。

「え、それって」

 カイトは目を丸くする。その依頼内容は、聞けば聞くほど遊撃士が行う依頼に似通ったものを感じる。学生からの困り事相談もあるあたり、金銭が絡むものの方が少ないようだが。

「トワ会長もいい人だったし、断れなかったのもあるけどさ。でも決めたのは俺自身だ」

「そっか……手伝いが必要なら、いつでも呼んでくれ」

「ありがとう。それじゃあ、俺は先に行ってくるよ」

 リィンを見送り、カイトは顎に手を当てて考えた。

「生徒会の依頼の件があるから、サラ教官はオレを避けたのか……?」

 生徒会の仕事の手伝いを生徒に任せたのも、それをカイトではなくリィンに回したのもサラの思惑で間違いない。

 自分が遊撃士であるということを特に隠しているわけではないが、無闇に明かしてはいなかった。生徒の中で知っているのはラウラぐらいで、彼女も周りに広めるような性格ではないから恐らく他の誰も知らないはずだ。

 だが教官であるサラは、恐らく自分の素性を知っている。特別オリエンテーリングの時の言動を考えても間違いない。

 こういったことに慣れているはずの自分を外したのは、むしろリィンにその役を任せたかったのか、それとも。

「まあ、いいか」

 自分も、トールズに入学した目的がある。ここまで来て遊撃士稼業と同じ日々を過ごすのも少しもったいない気はする。リィンも嫌がっているわけではなさそうだし、気に病む必要もないだろう。

「結局、リィンはクラブ活動はしないってことなのかな……?」

 疑問は置いておいて、カイトも学生寮を出ることにした。

 トリスタの町はすでに活気にあふれている。入学式の日以上に学生が各施設で賑わっていた。公園やカフェで男女で楽しげに語らう姿、またブティックでバイトに勤しむ学生。カイトの気持ちも自然上向きになる。

 今日のカイトの予定はいくつかあったのだが、いきなり学院に向かうのではない。

 近郊都市トリスタの表通りから外れ、裏通りへ。カイトはその店の扉を開けた。

「いらっしゃ――なんだ、ずいぶんと久しぶりじゃないか」

「お久しぶりです、ミヒュトさん。オレのこと、覚えていてくれて嬉しいですよ」

 質屋ミヒュト。店主の壮年男性の名をそのまま冠する交換屋だが、遊撃士であるカイトは別の一面も知っている。

「トヴァルからお前さんがここ(トリスタ)を拠点にすることは聞いてたが……それが特科クラスⅦ組の制服か。中々様になってるじゃねえか」

「あはは。まだまだ未熟者だと思いました? これでもちょっとは成長しましたから」

「バカ言え、他と比べりゃまだまだチビ助さ。それで、今日はどっちできたんだ?」

 以前、準遊撃士時代に訪れた時は有益な情報をくれた。ミヒュトは優秀な情報屋でもあった。

「もちろん今は学生ですけど、遊撃士をやめたわけじゃないですから。リベールやクロスベルの情報もそれなりに渡せると思いますし、今後ともよろしくお願いしますね」

 ミヒュトも、この一年半の成長を感じてくれたのだろうか。少しニヒルな笑みを浮かべている。

「ま、他の遊撃士たちと同じだ。平等に扱ってやるよ」

「へぇ、トヴァルさんの他にも使う人がいるんですか。どんな人なんです?」

 そんなカイトの言葉に、ミヒュトは怪訝な顔をする。カイトとしては、帝国での活動が制限されている遊撃士の存在が気になって聞いてみただけなのだが。

「どんなってお前……知らされてねえのか」

「はい?」

「いや、なんでもねえ。くく、お前さんも難儀なもんだな」

「んん?」

 とらえどころのない会話だった。

 今日は挨拶だけだ。カイトはまた来ると伝えて質屋を後にしようとする。

 だがこれで終わるのも少し寂しい気がして、カイトは聞いた。

「そういえば、帝国時報だけじゃなくてクロスベルタイムズとかリベール通信とか、あとはタイレル通信とか、外国のニュース誌があれば欲しいんですけど」

 前日購買部を尋ねたのも同じ理由だったのだが、帝国時報しかなかったのだ。

「タイレル通信ならまだいいが、他のはさすがにそこまで大量に取り寄せちゃいねえし、質屋で扱うのも面倒な代物だな」

「ですよね~」

「それだったらこの町にはちょうどいい場所があるだろ。入学したばかりなんだし、表の施設も利用しろや」

 ミヒュトから伝えられた場所は案の定の場所だった。カイトは質屋を出た後、ケインズ書房を訪れた。

 ケインズはカイトを歓迎し、カイトの願いを聞き入れる。帝都の大百科店ではないが、留学生もいるトールズだけあって外国紙の需要もあったのだろう。敵国である共和国の通信紙だけはなかったが、他のクロスベルタイムズ、リベール通信などは取り揃えがあった。

 カイトはケインズにそれの定期的な取り寄せを依頼する。これで、少しは身体を置けない別の国にも注意を払うことができる。

 ついでに今月の分を買い揃え、カイトは喫茶《キルシェ》に向かった。紅茶を頼み、落ち着いて紙面を読んでいく。

 帝国時報、リベール通信、クロスベルタイムズ。西ゼムリア三国のそれは、カイトが旅してきた軌跡そのものだ。

「お、今年の女王生誕祭は武術大会を推しているのか……あれ、この創立記念祭のミシュラムの騒ぎってあれじゃん……へぇ、帝国領邦会議が今年はバリアハートで……うーん、行ってみたいなあ」

 それぞれの時事を眺め、今まで歩いてきた場所に思いを馳せる。特に噂などもないし、直近で各地に事件などは起きてないようだった。

 そうして読みふけること十数分。

「あら、カイトさん」

「お、委員長」

 屋外の丸テーブルの席に座って目立っていたからだろう。エマは本をいくつか携えて、カイトの前に現れた。

「せっかくだし、座る?」

「では、お言葉に甘えて」

 エマは淑やかに座った。

「委員長は今日も予習か。偉いなあ」

「ふふ、導力杖の運用レポートも含めて、私の数少ない貢献ですから」

 エマもまた、店員に紅茶を頼んだ。

「ところで、カイトさんは?」

「情報集めさ。読む?」

 カイトは自分が持つ新聞紙を、少し自慢げに広げる。さすがに主席の才女に対してもこういった分野でなら少しは偉そうにできるらしい。

 新聞紙を受け取ったエマは興味深そうに見る。

「リベール通信……なるほど、カイトさんの故郷の」

「やっぱり、気になっちゃってさ」

 この年で新聞を欠かさず読んでいるというのは、珍しいのだろう。

「それに、クロスベルタイムズ。クロスベル州のものまであるんですね。いったいどうして?」

 それはエマからすれば当然の疑問だった。カイトは答えようとして、しかし疑問を持つ。

「ああ、それは──え、今なんて?」

「はい?」

 エマにも紅茶が運ばれてくる。それに目もくれず、カイトは言った。

「今、『()()()()()()』って言った?」

「え、ええ。何かおかしかったですか?」

 クロスベル()()()ではないのか。エマはカイトの言葉の濁りを理解していないようで、目を瞬かせている。

 カイトは息を弱く吐いた。

「いや、ごめん。何でもないよ」

「は、はい」

「クロスベルは……この一年くらい暮らしてたんだ。だから思い入れがあってさ」

 カイトは世間話を続ける。エマも答え、談笑はしばらく続いた。

「他にも新聞社はたくさんあるからね。レミフェリア公国《アーデントプレス》のニュース記事だったり、共和国アンカーヴィル市の《イートン通信社》のローカル誌。上げればキリがないくらいだよ」

「ふむ……中々興味深い、ですね」

「委員長には勉強もよく見てもらってるし、オレも少しくらいはお礼をしたいしね」

「ふふ、ならまたご教授ください」

「うん。それじゃ、そろそろオレは学院のほうに行こうかな。部活もそろそろ決めなくちゃならないし」

「ふふ、私は文芸部なので、もしよかったらいつでも来てくださいね」

「その時はよろしくね」

 エマと別れ、トリスタの町へ出る。目指すは学院だ。

 トリスタの賑やかな町並みを見ながら、カイトは考える。

()()()()()()……それが帝国人の認識なのかな」

 エマも才女だが、先の会話を考えても帝国の外のことはさほど知らないはずだ。

 帝国と共和国は、長年クロスベルの領有権を争ってきた。今は双方を宗主国とした自治州として成り立っているが、両国の体裁は尚も自国領であるのだろう。

 政治や時勢に詳しい者が事実を認識しているとしても、知らない者への伝え方はそうではないはずだ。クロスベルは、帝国人の殆どにとっては自治州ではなく自国の一州なのかもしれない

「……なんか、複雑な思いだな」

 自分の故郷が独立してるのか、それともどこかの属州なのか。それだけで人生の幸不幸を縛られるとは思わないが、心の有り様に影響を与えるのは間違いない。

 ロイドたち特務支援課だって、彼らに立ちはだかるルバーチェや黒月、それらや政治腐敗などの壁はクロスベルの創立に由来しているのは間違いない。

 もしクロスベルが最初からひとつの《国》であったならば、立ちはだかることのない壁だったかもしれないのだ。

 カイトは思う。

「もし、リベールが帝国の属州だったら。オレは、どうしてたのかな……」

 

 

────

 

 

 学院にやって来る。本校舎は授業日と比べれば静かなものだったが、それでも吹奏楽部の演奏が聞こえてきて趣を感じさせてくれた。

 どちらかというと、グラウンドとギムナジウムの方で喧騒がよく聞こえる。運動部は大体その二ヶ所で活動しているだろうし、当たり前と言えば当たり前だったが。

 学生会館には食堂もある。そこで昼食をとり、カイトは改めてクラブ活動を見て回ることにした。

 学生会館で、チェス部、文芸部、写真部、オカルト部を。

 本校舎で、調理部、吹奏楽部、美術部を。

 グラウンドで馬術部、ラクロス部を。ラクロス部は女子のみらしいが。

 ギムナジウムでフェンシング部、水泳部を。その隣で園芸部を。

 興味ある部活もあるし、それぞれ楽しそうだとも思う。けれどカイトはどれもいまいちしっくりこなかった。

 途中、学院を駆け回るリィンを見かけた。というより、何度もすれ違った。最初は話しかけていたが、だんだんお互いめんどくさくなって軽く声をかける程度に落ち着く。

 リィンも、学院を忙しそうに駆け回るのは性に合っているようだ。彼は彼でこのまま生徒会の手伝い、という立場に落ち着きそうだ。

「やっぱり、オレとしてもリィンみたいに動くのが性に合ってるんだろうけど……」

 カイトは本校舎の裏庭のベンチに腰掛け、そう独りごちた。

 実質一人活動らしい、二年生ジョルジュ・ノームの技術部もあるし、なんなら自分で新しい部活を創設することも可能なようだが。

「うーん……」

 やはり、それもいまいちしっくりこない。

 どうしようか、とカイトは目をつぶった。

 やはり、新たな旅路、新しい生活。自分の心が傾くものに意識を向けたいと、そう思う。

 木漏れ日が心地いい。穏やかな風が暖かい。

 自分は、どうすれば──。

「カイト」

「のわっ!?」

 不意にすぐ隣から気配を感じて、カイトは身体を起こした。すぐ近くから聞こえた声は、少女のもの。

「……フィーか、びっくりしたな」

「カイト、起きたんだ」

「ちょっといたずらしただろう?」

「……ぶい」

 指でピースを作られても困るが。

 フィーはカイトの隣に座っていた。

「私も見つけた昼寝の場所。気持ちいいよね、ここ」

「え、昼寝?」

 空を見上げる。夕暮れとまではいかないが、太陽がそれなりに傾いている。

「いつの間にか寝てたのか」

「ん、しばらく見てたけど面白かった」

「観察されてたの、オレ……」

 フィーはずっと隣にいたのか。それを聞くと、フィーは否定する。

「私の部活動の場所から丸見えだったから」

「ん?」

「園芸部。私、あそこに決めた」

 フィーが指を指した。ギムナジウムの隣、カイトとリィンが昨日見かけた花壇だ。

「へぇ、意外だ。けど、いい選択だな」

「そう?」

「そうだよ」

 フィーの年齢と見合わない戦闘力。またこの二週間の学院生活でも、彼女が年相応の少女とは少し違うのを理解するようになった。それはカイトだけではない、Ⅶ組の他の生徒全員だ。

 サラが連れてきた彼女がどういう存在なのかは、カイト含め誰も知らない。しかし、見守っていこうとは思う。エマやリィン、ガイウスも同じだろう。他の面々は色々と余裕がなさそうだが。

「しっかし、リィンも生徒会で落ち着きそうだしフィーも決まったか。いよいよオレだけになったなぁ……」

「サラにも聞いてみたら?」

「でも、あの人突き放しそうだしなぁ」

 サラがカイトを生徒会から遠ざけたことを話すと、フィーは「いつものサラだね」と驚くこともない返事だ。

「それにしても、本当にフィーはよく寝るよなあ。いったいどれだけ寝床を確保してるんだ?」

「ここと屋上と、あとは保健室とかかな」

「保健室?」

「ん、ベアトリクスがよく寝かせてくれる」

 ベアトリクスとは保健医の教官の名前だが、フィーは呼び捨てが当たり前なのでさほど驚かない。

 保健室、と聞いてカイトは反応する。

 必要ないといえば必要ないが、カイトは今まで保健室に立ち寄ったことはなかった。

 フィーが言う。

「そういえば、四月に入ったのもあってベアトリクスが忙しくなってきたって言ってたけど」

「ふーん……ベアトリクス教官って、オレまだ授業でしか会ったことないなあ」

 医学を担当している。その授業だけでも柔らかい物腰が印象に残っていた。

 そういえば、と思う。その授業は今医学の基本として人体の機能や構造から習っているところだ。カイトとしてはエオリアから簡単な医療知識の手ほどきを受けていたので、カイトがそれなりに成績上位を取れる数少ない教科でもあった。

 ちなみに現状のカイトが得意とするところは、医学、導力学、武術教練である。

「ベアトリクスは帝国正規軍の元大佐だよ」

「まじ!?」

「現役の時は敵味方関係なく押さえつけてから重傷者を治療してたって。人呼んで『死人返し(リヴァイバー)』」

「なんだそりゃ……」

 とんでもない肩書きだ。

 だがカイトが思考にふけることになったのは、フィーの次の言葉だった。

「……百日戦役にも従軍経験があったんだって」

「え……ふーん」

「今の時間なら、ベアトリクスも保健室にいると思うよ」

 それは、まるでカイトの意識をそこに向けるような発言で。

 カイトは立ち上がり、フィーの頭に手を置いた。

「?」

「ありがとう、フィー」

「ん……別に」

 カイトは裏庭から入れる本校舎の扉を開ける。その様子を見届けながら、フィーは呟いた。

「サラと同じか……どんなことをするんだろうね」

 

 

────

 

 

 カイトは保健室の扉を叩いた。

『空いていますよ。どうぞ』

「失礼します」

 扉を開ける。左手にはベッドとカーテン、正面には大きな窓がある。

 だんだんと赤く染まる太陽を見る。窓際の机には、一人の老齢の女性が座っていた。

 彼女がベアトリクス教官だ。書類業務をしていたらしい彼女はカイトを目に捉えると、少しだけ目を見開いた。

「あら、貴方はⅦ組の」

「カイトです。カイト・レグメント」

「そうでしたね、レグメントさん。今日はどうされましたか?」

 保健室なので、当然診察をする環境と設備がある。そのもう一方の椅子を動かして、ベアトリクスはカイトを座るよう促した。

「具合が悪くなったわけではなさそうですが……お話をするのも、構いませんよ」

「はは、ありがとうございます」

 カイトは座る。授業の時と変わらず、ベアトリクスは優しげな様子だ。

「フィーからここのことを聞きました」

「ああ、クラウゼルさんから。入学早々、あそこのベッドに潜り込んでいましたよ」

「そ、それはすみません……」

「いえいえ、この保健室は喧騒と無縁でありたいですから」

 士官を育成する学校なのが不思議なくらいの寛容さだ。サラは奔放、ベアトリクスや美術を教えるメアリーは優しい。また導力学を教えるマカロフは不真面目で、帝国史を教えるトマスは少し不思議な空気を持っている。一番堅物なのが軍人としては当たり前な態度のナイトハルトなので、カイトが当初想像していた士官学院のイメージとは全く違っていた。

「貴方は医療知識を元から持っていたようですが……それもどちらかというと、救急時の臨床医学を」

「さすがにわかりますか。少しだけ教わったことがありまして」

「そうだと思いました。優秀な方から教わったようですね」

 カイトの知識欲もあったので、そこから話は発展する。授業の予習復習の話もそうだが、より実践的な話も。

 ベアトリクスはカイトが遊撃士であることを知っていた。それで気になって聞いてみると、担当教官は生徒の事情を知っていても不思議ではないと。ただⅦ組の設立は教官陣からしても特殊なようで、カイト以外の生徒にも注目している教官は少なくないのだという。

「……教官は、百日戦役にも従軍したことがあると聞きました」

「やはり、そこが気になりますか」

「はい。今更怒ってなんていません。けれど、色々気になってはいますから」

 ベアトリクスに、本当に気にしていないと笑いかけて、カイトは話した。

「わかりました。こんなお婆さんの話でよければ、是非聞いてください」

 百日戦役。カイトが今、トールズに行く遠因となった……遊撃士となると決めた始まりの出来事だ。

 ベアトリクスの昔語りに、カイトは耳を傾ける。

 

 

 

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