心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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49話 初めての実習~紡績町パルム~①

 

 四月二十四日。

 トリスタから大陸横断鉄道まで西へ。帝都に到着したら、そこから帝国南部へ伸びるサザーラント本線を利用する。

 紡績町パルムは、その終点に存在する駅だった。

「ふぁぁああ……」

 カイトは生欠伸と共に目を擦る。眠っていた意識が覚醒すると、視界にはクラスメイトのエマとフィーが座っていた。

「あ、カイトが起きた」

「おはようございます、カイトさん」

 エマは笑顔で、フィーは変わらず無表情である。普段と変わらない様子なのはありがたかった。

「んん……おはよー二人共。今どの辺?」

「セントアークを過ぎたところです。あと一時間ほどで到着らしいですよ」

 身体を伸ばし、本格的に覚醒する。窓を見ると列車は変わらず線路の上を走っている。日は空高く昇っていて、時刻は午後二時頃だろう。

 カイトたちⅦ組B班、カイト、ユーシス、マキアス、エマ、フィーの五人は紡績町パルムに向かっていた。列車内のボックス席の一角を使っている。

「フン、我らが班長殿はずいぶんと余裕そうだな」

 カイトの左隣、窓際の席からユーシスの声が聞こえた。相変わらずの皮肉げな声。別にカイトにイラついているわけではないだろうが、その表情は固い。

「そりゃぁね。学院生活も忙しいし、今日も朝早かったじゃないか。さすがに寝不足だよ」

 カイトはのんびりと答えた。

「リィンたちA班が羨ましいよ。あっちはケルディックだよ? トリスタから三十分だ。今頃もう実習を始めてるだろうし」

 この場にいないA班の実習先は交易町ケルディックだ。カイトの愚痴の通り、あちらは急がずともすぐに到着する。対してこちらは帝国の南端近くまでの移動であり、始発列車に乗り込んだのだ。所要時間はおよそ七時間。

 羨ましいことこの上ない。これに関しては、カイト以外の面々も同じだろう。

 フィーが言う。

「でも、リィンとアリサもよかったね。仲直りできて」

 A班はB班のように始発列車に乗る必要はなかったが、お互いに初めての実習ということで、リィンたちは見送りに来てくれたのだ。その時リィンとアリサが仲睦まじげに話しており、早朝の駅構内はその二人に対する喜びで盛り上がった。

 そのフィーの安堵はカイトもエマも同様なのだが、この場でそれを話すのは少し気まずかった。フィーは自分の言葉の影響力をあまり気にしていないのだろう。『仲直り』などとは、想起させるのもまずい言葉だ。

 その理由は言うまでもない、B班の二人である。

「……それで、どうするんだ、カイト」

 カイトの右隣のマキアスが、久しぶりに言葉を発した。その表情は固い。カイトの向こう側にいるユーシスが影響している。

「ああ。事前に説明したとおり、まずはパルムの情報を復習しよう」

 カイトは今回の実習に限り、B班の暫定リーダーを任されていた。それはサラ曰くパルムについてから最初の目的地までの短い効力だが、それでもカイトは責任をもってその役目を果たす。

 パルムはフィーが一度訪れたくらいで、他の四人は初めてだった。どんな課題を渡されるかもわからない特別実習だ、情報は抑えておくに越したことはない。

 情報共有はカイトが提案したものだったが、それについて異論は出なかった。

「紡績町パルム。その称号の通り、昔から紡績業で栄えている町だね」

 帝国南部サザーラント州のさらに南部に存在する小都市。北には旧都セントアーク、東にはレグラム領が存在している。

 エマがカイトの説明を補足した。

「導力革命後は紡績機も発展していますけど、パルムは今でも水車を動力とした紡績機による伝統的な手法を用いていることで有名ですね。市内にも水路が引かれていて、水車がたくさんあって、観光名所としても魅了的なんだとか」

 フィーがさらに加える。

「ん、結構綺麗な場所だよ。糸は近くの農家からとってて、(かいこ)も養殖してるみたい」

「へぇ。時間があったら町めぐりもしてみたいな」

 カイトは尚ものんびりと言った。そこにマキアスが突っ込む。

「……そんな遊び感覚ではだめだろう。曲がりなりにも班長なら、少しは自重したまえ」

「あ、ああ、そうだな」

 カイトはぎこちなく頷いた。

 ユーシスとマキアス、両側からの圧力が重いカイトだった。エマもそれを理解しているのだろう、カイトに対して申し訳なさそうな表情をしている。

 特別実習という詳細もわからない課題もそうだが、それ以上にB班が抱える問題はユーシスとマキアスの不和だった。

 彼らの小規模な紛争は、入学式初日から四週間が経とうとしている今も継続中だ。暴力沙汰にも大喧嘩にもなってはいないが、二人の無言の圧力は関わる者の胃を少なからず痛めている。カイト、エマ、フィーの三人も若干は辟易しているし、本人たちもいい気はしないだろう。

 そのうえで、カイトはサラからリーダーを託された。先の決意をすぐに返すようだが、教官に恨み節を唱えずにはいられなかった。

 カイトは強く出る。

「最低限必要な情報は暗唱できたかな。じゃ、サラ教官から言われた目的地を言うよ」

 カイトとリィンは、リーダーを任されたとはいえ結局のところ大した説明は受けていなかった。『実習地についたらどこそこの宿泊地に行き、その店主に挨拶してこい』という程度である。

「……それだけなのか?」

 マキアスが聞いてきた。カイトは頷く。

「嘘偽りないよ。サラ教官は本当に教えてくれないみたいだ」

 A班についても同じだろう。あちらは全員温厚なタイプだが、だからこそ目的地程度の情報では迷ってしまうかもしれない。

 そう思って、カイトは改めて全員を見た。

「実習内容はわからないけど二日間の長丁場だ。レポートも書かなきゃならない。疲れるけど、それぞれベストを尽くしていこう」

 その言葉に返事をくれるのがエマだけなのが、寂しいところだった。

 列車がパルムに到着したのは、それから約一時間後だった。

 始発列車から昼過ぎまでの長旅だ。さすがに疲れているのは全員同じで、こればかりは男女や身分の隔たりなく全員が体を伸ばした。

 駅を出ると見えるのは町並み──ではなかった。織物を売る露店が目に飛び込んでくる。

 町はトリスタよりもやや小規模ながら、活気に包まれていた。至るとことで露店が栄えているのだ。

「……すごいな、これ」

 カイトは初めて見る景色に、足が止まった。先頭のカイトがそんな調子だから、一同も止まる。

 エマが言った。彼女も、珍しく声が上ずっている。

「そういえば、四月には『染上げ』という行事があるらしいです。それで活気が出ているのかもしれません」

 正確には、毎年四月に行われる『春の染上げ』だ。繊維製品を製造する上で重要な染色も盛んであり、毎年染色に携わる職人達がその腕を競い合うのだ。

「……な、マキアス。少しくらいは寄り道するのも乙なもんだろう?」

 得意げにカイトは言った。マキアスは少し惚けて、そしてまごつく。

「……それが身になるならな」

「何を言っている。とっとと行くぞ」

 ユーシスが冷たく言い放った。それによって柔らかくなりかけていたマキアスの態度がまた硬化し、カイトがげんなりとする。

(……少しは謹んでくれよ、本当)

 とことん協調する気のない二人だった。

 カイトたちは町の中を進む。小都市なので、礼拝堂に宿酒場、雑貨屋などもそれなりに充実しているようだった。今が活気のある時期だから、というのもあるだろうが、それでも紡績の町並みは賑やかなものだ。

 パルムは町全体を東西に分けるようにトリシュ河が流れており、その川辺の家屋に紡績のための水車が存在している。

 そんな町並みを進み、カイトたちはパルムの宿酒場である《白の小道亭》を訪れた。言うまでもなく、サラが指定した目的地である。

「なるほど、君たちがトールズ士官学院の生徒たちか。サラさんから話は聞いているよ」

 訪ね、穏やかな笑顔で歓迎してくれたのは壮年の男性。店主のベルトランだった。

「よろしくお願いします、ベルトランさん。Ⅶ組B班代表、カイト・レグメントです」

 順々に自己紹介、とはいかなかった。相変わらず固い男子二人は黙っている。エマはしっかり名乗った。フィーは「フィーだよ」というだけだ。にも関わらず笑顔を崩さないベルトランは本当にありがたかった。

「サラさんには昔お世話になったからね。君たちの実習、できる限り協力させてもらうよ」

 ベルトランは、まずカイトたちに今日宿泊する部屋を案内してくれるのだという。

 だが、その説明の言葉にカイトたちは不安を煽られる。

「一応、当事者のサラさんもいないから念押しさせてもらうのだけど……」

 ベルトランは少し困ったようにカイトたちを、特にエマとフィーを見た。

「これから君たちに宿泊部屋を案内するけど、とても戸惑うと思う。でも、それは間違いじゃない」

 ベルトランの後を追い、五人は二階へ上がった。そして、用意された一部屋に入った。

 そしてベルトランは言う。 

「君たちの部屋はここだ」

 カイトがその部屋の内装を見て、冷や汗をかきながら聞いた。

「ベ、ベルトランさん……ベッドが五つありますけど」

「間違いないよ」

「まさか、男子と女子同じ部屋で寝るってことですか……!?」

 ベルトランが重々しく頷く。

 特に驚愕するマキアスとエマ。

「それが……サラさんにはこうするよう強く念を押されてね。僕もどうかと思ったが、その指示の通りにさせてもらった」

 開いた口が広がらないカイト。口をパクパクとさせている。

 着替え用のパーテーションはあるが、それ以外は何の配慮もない一部屋。

「……有り得んな」

 ユーシスがぼやいた。サラの行うことに対してユーシスはその返しが通常運転になってはいないだろうか。

 マキアスが動揺する。

「し、しかしベルトランさん! 一体どうして!? 僕たちはともかく……女子がいるんですよ!?」

「私はどこでもいいけど」

 どこ吹く風のフィーである。

「き、君はそう言ってもな! エマ君が……エマ君が!!」

「わ、私は……」

 エマの思考が止まっている。戸惑う学生たち。予想していたがなす術もないのか、ベルトランは困ったように沈黙している。

 ピシャリと言い放ったのはフィーだった。

「戦場じゃ男も女も関係ないよ」

 もっとも幼いとはいえ、フィーは十五歳で男女の違いを意識しないわけではないだろう。その彼女が当たり前のように現状を肯定したことに、他の生徒たちが驚く。

「雑魚寝なんて当たり前だし、着れる服と屋根があるだけで十分だと思う」

 その言葉にユーシスが唸った。エマを見て言う。

「……仕方なし、か。委員長、覚悟したほうがいい。レグメントも、それでいいな?」

「は、はい」

「あ、ああ……」

 カイトも頷くしかなかった。実のところカイトはマキアスやエマほどには抵抗感はない。ないが、それはあくまで血の繋がらない家族と共に寝る、という意味である。さすがに出会ったばっかりの同年代の男女が、というのは少し思う所がある。

「し、しかしな……」

 珍しくユーシスに平静に喋りかけたマキアス。ユーシスはいつもの調子に戻って言う。

「トールズは士官学院だ。クラウゼルの言うとおり、極限の状態に男女の違いは関係ない。最大限配慮するが、腹をくくるしかないだろう」

 カイトは言った。エマに少し気を遣う。

「委員長、大丈夫か? 本当にダメだったらどうにかするから」

「カイトさん、ありがとうございます……でも、フィーちゃんの言う通りですから」

「わかった。……すみません、ベルトランさん。お待たせしました」

「うん。まとまってよかった。それじゃあ、渡すものが──」

 ベルトランの話を聞きながら、カイトはそれと同時に、今のたった数分のやり取りの中に気になる発言を見出す。

 フィーの話は確かに納得するものだ。トールズ士官学院は一応は軍人を育てる学校で、自分たちは士官候補生である。将来その時が来た時のために、男女の違いを排除したこういった環境を経験しておくことは悪いことだとは思わない。

 だが、それは『軍人』『軍属』についての話だ。フィーの語った言葉は、少し違う重みがあったように感じた。

 カイトは疑問符とともに、その言葉を反芻した。

()()……?)

 

 

────

 

 

「さて、と。それでカイトさん、どうしましょう?」

 ようやく落ち着いたエマは、少し疲れが見えている。だが自分を律する力は強く、普段と変わらない様子でカイトに語りかける。

 Ⅶ組B班の実習が始まった。一泊分の荷物を部屋に預け、得物や学生手帳、バックパックなど簡単な道具だけを持って、五人は《白の小道亭》の前で輪になって向かい合う。

 部屋を決めた後、ベルトランから一つの封筒を受け取った。士官学院の校章が貼られており、それは間違いなく特別実習の課題だった。

 改めて、カイトは五人を代表してその封筒の中身を取り出した。ちなみに、この時点でカイトのリーダーの役は一応解かれている。

 姿を出したのは四枚の説明書だ。

 

『アグリア旧道の手配魔獣討伐(必須)』

『紡績用絹糸の配達の手伝い』

『調子の悪い水車の点検』

『(必須)と記入のものは必ず実施すること。その他の依頼は検討のもと実施すること。実習範囲はパルム周辺三百セルジュ以内とする。なお、一日ごとにレポートをまとめて後日担当教官に提出すること』

 

「これって……」

 その文面を読み込んで、カイトは考え込んだ。

「ど、どういうことだ?」

「どういうことでしょう」

 委員長と副委員長が揃って首を傾げる。

「フン、面倒な」

「めんどくさいな」

 ユーシスとフィーが揃って悪態をつく。

 再びマキアス。

「わ、わけがわからないぞ……! これが特別実習の課題ということなのか?」

「そうみたいですね。でも、この『必須』というのはどういうことでしょう?」

「それ以外はやらなくてもいいんじゃない? めんどくさいし、手配魔獣だけでいいよ」

「だが、『やらなくていい』というのは不可解だ……レグメント、貴様も意見をだしたらどうだ」

「あ、ああ、ごめん」

 思わず無言となってしまったが、カイトには心当たりがあった。

「これ……やるかやらないかって判断も含めての特別実習なんだよ」

 他の四人がカイトに注目した。続きを促している。

「この間の自由行動日の時、リィンがしてたことを覚えてる?」

 カイトは四人に聞いた。エマとマキアスは知っていたが、ユーシスとフィーは知らないという。

 リィンは自由行動日に生徒会を経由した学生や町民からの依頼をこなしていた。それはカイトにとっては遊撃士稼業を思い出すもので、リィンから聞いた限り単純な内容が多かったが、それでも学院やトリスタの町を肌で感じ、知ることができたと言っていた。

 それに加え、カイトは言わずとも思い出す。オリビエがカイトに与えた『帝国を知る可能性』を。

「この依頼を経ることで、実際に足を使ってこなすことで、オレたちは帝国の中の紡績町パルムを実際に知ることが出来るんだ」

「それが……特別実習の内容だというのか?」

 ユーシスの問いかけに、カイトは正直に答えた。

「確約はできないけど、オレはそう思う。ともかく、動いてみるしかない」

 明確な指示がない中での実習。与えられた時間は平等だ。少なくともカイトは、能動的に動きたいと思う。

「できるだけ、依頼は全部やりたいと思う。みんなはどう?」

 四人を見渡した。

「せっかくの機会です。是非」とエマ。

「僕も同意見だ。教官の鼻をあかしてやる」とマキアス。

「めんどくさいけど、まあいいよ」とフィー。

「……いいだろう」とだけユーシス。

「決まりだな」

 カイトは学生手帳に依頼内容を書き込見ながら考える。

 やっと、少しだけでもまとまって来た五人だった。だが油断はできない。マキアスとユーシスも、恐らくこの特別実習の非日常感に当てられてなりを潜めているだけだろう。列車の旅に宿泊騒動に、不明瞭な課題が続けば少しは素直にもなる。

 二人の問題は解決したとは言えない。先送りになっただけだ。

 だから依頼をただ萬膳(まんぜん)とこなすだけでは、きっと自分たちの糧にはならない。帝国を知ることが出来るのは嬉しいが、まだやれることがあるはずだ。

 この依頼を、この時間を通して、どんな風に過ごすのか。どんな風に仲間たちと過ごすのかを、考えなければならない。

「頑張ろう。Ⅶ組B班、行動開始だ」

 力強く声を上げて、カイトは気持ちを切り替えた。

 

 

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