心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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49話 初めての実習~紡績町パルム~②

 

 紡績用絹糸の配達の手伝い。

 調子の悪い水車の点検。

 それらが、カイトたちB班に与えられた最初の依頼だった。

 紡績町パルムにおける特別実習。内容は遊撃士の依頼、はたまた特務支援課の支援要請にも酷似している。町民や町の管理者などからの頼みごとだ。カイトたちはそれらを一つ一つ、確実に成し遂げていく。

 紡績用絹糸の配達の手伝いは、文字通りの配達業務である。パルムを管理するガラート元締めから依頼されたもので、町近郊の養蚕農家から預かった絹糸を各製糸場まで届けていく。預かった絹糸の量はそれなりにあり、カイトたちはやはり足を使ってパルムの町を歩き通すことになった。製糸場は大きな倉庫もあれば、個人で紡績を営む家もある。それはパルムの全域に点在しているといっても過言ではなかった。

 カイトやフィーは珍しい絹糸に目を輝かせ、マキアスとエマは製糸場の導力に頼らない大掛かりで風情のある機械を興味深げに観察していた。

 意外だったのはユーシスが蚕に対して少し距離をとっていたことである。さすがにそれを喜々として言及できる空気ではなかったが、中々自分を語ろうとしないユーシスの珍しい姿を見ることができた。

 調子の悪い水車の点検では、カイトとフィーが活躍する。水車となれば川辺や屋根の上に登らなければならないわけだが、身軽な二人が水に触れることなく水車の点検表を便りに、陸から指示する残りの三人に従って点検を続けていった。

 その際、スカート丈を気にせず動き回るフィーに対してエマが強めにたしなめ、それを許容していたカイトに対してエマの丸眼鏡が逆光の中で光ったのだが、悲しいかな誰もカイトをフォローすることはできなかった。

「さて、雑用の依頼は二つとも達成できたな。みんな、お疲れ様」

 例によって一同を引っ張るカイトは言った。依頼をこなすのは自分だけではないので主導しすぎないようにはしていたが、それなりにマキアスやユーシス、エマを助けようとした。その配慮が上手く行ったのか、時間を浪費せずに二つの依頼を終えることができたのだ。

 だが、ユーシスとマキアスはことごとく言い争いを続けていた。やはり売り言葉に買い言葉で、どちらからともなく煽れば片方が煽り返す。フィーは基本的に我関せずなので、カイトとエマが必死になだめることとなって心労も増すばかり。一応は実習の体裁を保てているのが奇跡だった。

 そんな努力を知ってか知らずか、少しの疲労をにじませながら、マキアスは言う。

「それで、残りは『アグリア旧道の手配魔獣討伐』だったか。このまま行くのか?」

「うん、行こうと思う」

 時刻を見ると、五時前だった。日の入りも近くなってきている。

 依頼書に記された手配魔獣は《クインクマンバ》、昆虫類型の手配魔獣だ。目撃地はパルムから二十セルジュほどの位置で、今から向かって順調に倒せば完全に日が落ちる頃にはパルムに戻って来れるはずだ。

「手配魔獣クラスは、旧校舎のイグルートガルムぐらいか、みんなで戦ったことがあるのは」

 当然ながら学院生活の中で、校内で魔獣と戦うことはないといってもいい。唯一例外の旧校舎は、最近訪れた面子は全員A班にいる。

 それと戦闘経験の浅いマキアスとエマも心配ではある。戦術リンクもこのメンバーでもっとも使いこなせるのはカイトとフィーのペア。カイト自身も、戦術オーブメントをARCUSに新調したばかりで高位アーツは使えない。色々と不安は残るが。

 カイトは言った。

「フィー、頼りにしてるよ」

「ん、いいよ」

 フィーがこの場でカイトと同じくらい手練であることは、その場の誰もが理解している。カイトはそんな少女の目敏さを期待した。

「それじゃ、今から手配魔獣を討伐しに行く。たぶん、今日の正念場だ」

「フン、それで要領の得ない課題とやらも終わりか」

 あくまで無関心を貫き、ユーシスは吐き捨てた。

「精一杯ついていきます」

 そんなユーシスの言葉に思うところがありながらも、エマは四人全員を見渡した。体力面に心配のある彼女だが、マキアス以上に精神を振り絞って踏みとどまっていた。その意味で彼女は一番の功労者だ。

 五人はパルムを出て東へ。アグリア旧道の傾斜のある道を行く。

 道中の魔獣は、比較的順調に倒していく。本来は五人全員で戦うべきではあるが、エマとマキアスの体力を少しでも温存させたいがために、カイトとフィーが先頭に立って進む。

 歩きながら、カイトは手配魔獣と戦う時の作戦を四人に伝える。

「前衛はユーシスとフィー、後衛はマキアスと委員長で行こうと思う」

「ん、いいと思う。《クインクマンバ》は巨大化した虫型の魔獣だから、私とユーシスの剣戟が効く」

「カイトさんのポジションはどうするんですか?」

「オレは前衛と後衛の間に立つよ。攻守、足りないところをフォローするから」

 仮にも何度も手配魔獣との戦いを繰り広げたカイトだ。特にクロスベルでは、何度も単身で討伐している。そのカイトの理路整然とした戦術眼は、フィーの後押しもあってすんなりと他の三人に受け入れられた。

「それと……これはオレからの提案なんだけど」

 カイトは立ち止まった。パルムについた瞬間から今まで、依頼も含めてなんだかんだで四人を引っ張ってきたカイトの、若干の歯切れの悪さ。それを目の当たりにして、四人はカイトを注視する。

 意を決して、カイトは自分の考えを明かした。

「この手配魔獣戦では、ユーシスとマキアス、フィーと委員長で《戦術リンク》を繋げるべきだと思う」

『なっ!?』

 異口同音で声を上げる少年二人。お互いを見て苛立ちを顕わにするが、その怒りは当然カイトに向けられる。

 マキアスに向けるような態度以上の辛辣さで、ユーシスはカイトを見た。

「レグメント。それは本気で言っているのか?」

「……本気だよ」

「ぼ、僕は反対だ! なんで貴族なんかと……!」

 マキアスが捲し立てる。カイトはあくまで冷静さを装った。

「ユーシスが貴族だから、とかじゃない。実際適性を見ても、このペアのほうが都合がいいんだ」

 マキアスの得物は散弾銃。前衛との連携は欠かせない。かと言ってフィーと組むのは、銃使いと剣士の間の連携に乖離が生まれる。エマの魔導杖ではそこまで遠距離の攻撃はできないのだ。

「それなら僕が中衛でいいじゃないか! 君が後衛でそいつとリンクを繋ぐ! それでいいはずだ!」

「いや、中衛──攻守への補助はオレがやるべきだ。現状、オレが一番リンクができるし、銃にしても魔法にしても戦況に対応できる。違うか?」

「ぐっ……」

 言いよどむマキアス。珍しくフィーがカイトに便乗した。

「カイトの言う通り。単純な戦闘力なら私もユーシスも負けてないけど、戦略の操作にかけてはカイトは飛び抜けてる」

 次の戦いは手配魔獣だしね、とフィーはこんな時でも眠そうな態度を崩さなかった。

 それでマキアスは言葉を失うが、納得しない少年はまだ一人いる。

「解せんな。お前の言うことは間違ってはいないが、本心は別にあるだろう。回りくどいことを抜かすな」

 怒りを隠さないユーシス。彼の発言は本質を捉えている。

 カイトは二つの依頼で動いている間、どうすべきかを考えていた。ほとんど唐突に集められた自分たち。右も左も分からない学院生活。初めての実習で、反りの合わない者たちが組まされている。

 それはユーシスとマキアスだけではない。実習当日に改善したから事なきを得たが、リィンとアリサも同様の意図を持って組まされた。

 カイトは言葉そのものは落ち着けて、しかし語尾は強めに、同性の二人を見た。

「……オレたちはARCUSの試験運用のために集まったんだ。ユーシスもマキアスも、いつまでも言い訳をしてないで連携するべきだろう?」

 その関係の改善まで期待されているとは思わないが、何かしらの行動はしなければならないと思った。特にユーシスとマキアスの二人がいるB班はだ。

 帝国の実際の姿を知ることができる特別実習。二人を取り巻く問題に向き合うこと。それがB班にとっての帝国を取り巻く問題提起になるのではないか。

 だから、カイトはこれまでにない、明らかに挑発の意味を込めた態度で語る。

「リンクが繋げない……そんな()()()結果に終わったとしても、二人は協力すべきだよ」

 大貴族の御曹司に帝都知事の息子。少なからず立場のある親族がいたとしても、同年代の少年に煽られて黙っていられる二人ではなかった。

「カイト、君は僕たちを馬鹿にしているのか……!?」

「ああ、馬鹿にしているね」

 ユーシスがカイトの胸ぐらをつかんだ。

「貴様……自分が何を言っているかわかっているのか」

 エマが焦りだす。フィーはまだ我関せず。

 カイトは掴まれたまま、ユーシスを見返した。

「オレたちは曲がりなりにも覚悟してこのⅦ組に集まったはずだ。それで参加姿勢さえ見せないのは、オレたち三人に失礼だとは思わないのか」

 対するユーシスは言い返せなかった。

「……」

「ユーシス、マキアス。オレは貴族のことを知らないし、貴族に怒る理由を知らない。だからオレは二人のことをとやかく言えないけど……」

 ユーシスの掴む腕を強く開かせた。

「喧嘩上等、文句も結構。でも向き合わないことだけは、絶対に許さない。同じⅦ組のクラスメイトとして」

 沈黙。やがて、ユーシスとマキアスは大きく息を吐く。

「いいだろう。そこまで言われて動けないほど不抜けてはいないつもりだ」

「今回だけだ。協力はする。勘違いするな、貴族の傲慢さと君の暴言を許したわけじゃないぞ」

「……それでいいよ。二人共、ありがとう」

 それぞれ誰もいないところを見るユーシスとマキアス。カイトはほうっと息を吐いた。エマが言葉を出さず、けれど手を合わせて目を輝かせる。数日ぶりに彼女に活気が出てきたようだ。

「それじゃあ行こう、みんな」

 手配魔獣との接触は近い。

 

 

────

 

 

 夕暮れ。太陽はいよいよ赤みを増し、大地に長い影を作り始めていた。岸壁に囲まれた小広場で、手配魔獣《クインクマンバ》は獰猛な様子を顕わにしている。

 クインクマンバは巨大化した虫型の魔獣。三対六本の脚に複眼、二対の(はね)が在る。ただ異様なのは腹部と尾部で、それらが体部の四倍にもなるほど大きく、重力に逆らって反り立っている。全長は五アージュにも届き、強い生命力で暴走する様はまさに危険な存在だった。

 それを岩陰に身を隠して捉え、カイトたちⅦ組B班の面々は緊張の面持ちで得物を構えていた。

「……あれを、僕たちで討伐するのか」

 マキアスが汗を滴らせて言う。戦闘経験の浅い彼なら、初めての手配魔獣を前に緊張するのは当たり前だ。カイトは油断はせず、それでもお気楽に答えた。

「大丈夫、大きかろうが一個の魔獣であることに変わりないよ。確実に急所を付けば絶命させられる。落ち着いていこう」

 言いながら、カイトは不思議な感覚を覚えた。準遊撃士になる前から、カイトは頼れる先輩の後ろに付いて戦うことが多かった。それなりに強くなったとはいえ、今その立場が逆転していることが慣れないのだ。

 そんな少年の思考を知ってか知らずか、ユーシスはぶっきらぼうに口を開く

「まるで何度も手配魔獣を相手に戦ったことがあるような口ぶりだな」

「……実際、戦ってきたしね」

 カイトも集中しつつあるので、発言が意図せずして含みある言い方になる。それを気にするユーシスたちだったが、カイトは少年二人に気を向けずにエマを見た。

「委員長は、急所を叩こうと思わなくていい。とにかく高威力の無属性魔法をぶっぱなして、魔獣の動きを邪魔してくれ」

「わかりました。……本当に、お気遣いをありがとうございます」

 それはエマ個人に対する気遣いでもあるし、ユーシスとマキアスへの対応も含まれていた。カイトがいなければ、不完全とはいえここまでの協力姿勢を引き出せなかったかもしれない。

 その時、カイトの視界にフィーが現れた。

「大丈夫、近くに他の魔獣はいなかった。暴れられるよ」

 彼女には周囲の偵察を頼んでいた。魔獣相手ではあるが、なるべく手配魔獣だけに集中したかったのだ。

「オーケー、そろそろ行きますか。仮に《リンクブレイク》を起こしても、オレがフォローする。だから二人共、思い切って行ってよ」

「同じことを言わせるな」

「僕たちの勝手だ」

 減らず口の少年二人だった。今だけは頼もしいと、カイトは笑った。そして静かに言い放つ。

「B班総員、行動開始……!」

 弾かれたようにフィーが飛び出した。一瞬遅れてユーシスが走り出す。

 フィーはユーシスと魔獣を挟むような位置を取り、魔獣の足元に双銃剣の弾丸を乱射する。突然やって来た生命の危機に、クインクマンバは激昂し甲高い絶叫を響かせる。それは声ではないが、明らかに怒気だと認識してしまう。

 クインクマンバがフィーにその獰猛な複眼を向けた時、ユーシスが大きな体部に油断なく騎士剣を突き刺した。地団駄を踏むクインクマンバと同時、戦闘の場に参加するカイトと後衛二人。

 同時、エマとフィーを、ユーシスとマキアスをそれぞれ繋ぐ金色の光軸が駆動音と共に現れる。それは七色に揺蕩う波として現れる魔法駆動ではなかった。直線的で機械的な、しかし力強い輝き。それぞれのペアが《戦術リンク》により繋がったのだ。

「レーグニッツ、足を引っ張るなよ」

「それは僕の台詞だ。事前の打ち合わせ通り行くぞ……!」

 ユーシスが大きく後退。その空間に向かってマキアスが散弾銃を放つ。

 クインクマンバの前脚が上がり、その鋭利な鉤爪が幼気な少女を捉える。それをフィーは容易に右へ避けた。フィーが居た場所にほぼノータイムでエマの無属性魔法のエネルギーが飛ぶ。

 これが《戦術リンク》の強みだった。よほど場数を踏んだペアでもなければ、阿吽の呼吸──前衛が後衛の予備動作を感知せずに避けるなどまず不可能。後衛も前衛の動きを予測した攻撃などできない。絶え間ない連携攻撃、戦術リンクの独壇場だ。

「フィー、ユーシス! 魔法を放つぞ!」

 カイトが叫んだ。それほど時間を要さずに、カイトの周りに流れていた赤い熱気が収束した。ヒートウェイブ、魔獣の脚元から膨れ上がる熱波と小規模のマグマが翅を燃やす。

 怒れるクインクマンバが、その長い尾部を振り回した。一度全員が距離を取る。カイトが叫んだ。

「委員長は引き続き攪乱! フィーは浅い傷を作って失血させろ! マキアスはユーシスの後ろを守れ!」

 暴れる魔獣。おおよそ初めての場面を前に、顔を引きつらせるマキアスとエマ。

 動き始める魔獣を許すまいと、ユーシスは一人突っ込んだ。流麗な剣さばきを見せるユーシスだが、恐怖に飲まれるマキアスはすぐには動けない。

 とっさにカイトが動き、ユーシスの背後から襲いかかった前脚に双銃を乱射する。

 今のは必ずしもフォローを怠ったマキアスだけの落ち度ではない。リンクで繋がっている以上、それをわかっていながら動いてしまったユーシスの焦りもある。

 カイトの双銃だけでは魔獣の攻撃を流しきれなかった。

「ユーシス!」

 カイトは跳躍し、ユーシスの後ろに回った。鋭利な前脚がカイトを襲い、ユーシスごと吹き飛ばす。

 もつれ転がるカイトとユーシス。炎に燻る甲殻、しかし生命力の衰えない複眼が夕日に照らされて妖しく光る。

「ひゅっ……!」

 それを見て、即座にフィーは脚に力を込めた。スピードを活かし、双銃を吹かせながら刃で尾部を切り刻む。カイトがいなくなった空白を埋める。

 そんな子猫とリンクを繋いだⅦ組委員長は、辛くも意思疎通を成し遂げた。 

「回復アーツを使います……!」

 フィーの阿吽の指示に従い、緑色の波を纏う。数秒の待機は必至だった。

「くっ」

 ユーシスの焦燥が伝播し、焦りを増すマキアス。フィーとエマは囮と回復役から離れる訳にはいかなかった。

 倒れる少年二人の内、カイトはいち早く起き上がろうとしていた。

 マキアスは逡巡する。カイトとはリンクが繋がっていない。フォローしようにも、どこまでカイトが自分の動きを察してくれるかわからない。

 リンクを切り替えるか? そうしたらユーシスはどうなる?

 このまま散弾銃で牽制か? だがカイトといえど散弾銃を避けるのは。

 魔法駆動? 様子見? それでは魔獣の攻撃から彼らを守れない。

 慣れない思考に、無数に広がる選択肢。伝わるペアのかつてない焦燥。

 どちらが悪い、ではない。リンクで繋がる以上その意志は半ば同体なのだ。片方の焦りが、混乱が、恐怖が、片方へ伝わる。そしてそれは再び自分へ還ってくる。

 その現象は必然だった。

「ぐぁっ!?」

「何を!?」

 ユーシスとマキアスを繋いでいた光軸が儚くも霧散した。意思の方向がねじ曲がり、不快感と共に強制的に疎通が弾かれる《リンクブレイク》。ユーシスとマキアスは虚脱感を覚える。

 カイトの意思が烈火の如く燃え盛る。いけない、マキアスたちは限界だ。

「フィー! リンクを!」

 カイトは叫んだ。戦線は崩れた。力技を選ぶのは悔しいが、仲間の安全のためには仕方ない。現状もっとも戦力のある自分とフィーでリンクを繋ぎ、何とか魔獣を御する。

 だが。

「えっ」

 フィーの短い驚き。カイトから伸びた光軸はフィーに届き、そして儚くも霧散する。

(嘘だろ……!?)

 《戦術リンク》が発動しなかった。

 

 

────

 

 

 カイトが戦闘開始前に立てた布陣と作戦は、概ね正しかった。戦闘に慣れないマキアスとエマをフォローしつつ、状況判断に長けたカイトとフィーがフォローに回る。甲殻類に強いユーシスが絶命に至らせる。魔獣を実際に観察して戦力分析も行い、仮にリンクブレイクを起こしてもカイトとフィーが全力で戦い、辛勝を掴み取る。それはリスクとリターンを考慮した良案だった。

 ただ、誤算が一つだけ存在した。カイトが語らずとも理解したフィーの全力と、フィーが意識的に抑えた結果の戦闘力の乖離である。

 当然フィーも仲間の危機を前にして、力を発揮しないほど持て余してはいない。戦略を練る発想がⅦ組随一のカイトなら、正しい状況認識はフィーも持ち合わせている。それでも決定的な危機となるまで、自分の本当の戦い方や道具を隠すフィーは全力を取らなかった。

 初めてのクラスメイト、自分を深く知らない仲間たち。貴族と平民という立場で怒り合う男子たち。

 実技テストの時、心の表象だけ合わせて戦うならリンクできた。優しいカイトと、まっすぐなラウラとの意思疎通は、実力が近かったのもあって心地よかった。

 だが、今カイトとフィーとの間に光軸は繋がれていない。

 なぜ、なぜ。その言葉が頭を駆け巡る二人。

「っ! フィー、委員長を守るんだ!」

「……了解(ヤー)!」

 だが、それで遅れを取る二人ではない。

 エマの魔法が発動し、翡翠の清風がカイトとユーシスの傷を癒す。立ち上がったカイトは全力の蹴りを魔獣に見舞った。それでも魔獣は止まらない。

 動けなかったエマは、魔獣に接近されてしまっていた。間にフィーが割り込む。だが、フィーの体躯では純粋な防御を成し得ない。

 少女の軽い軽い身体が吹き飛ぶ。

「フィーちゃん!」

 仮にも戦場になれた少女、衝撃を受け流し無様な着地とはならなかった。だが、再び生まれるエマの窮地。

「委員長、引け!」

 今、ユーシスとマキアス、カイトとフィーの失敗によって《戦術リンク》はなくなった。

 動くエマ、戸惑うマキアス、焦るユーシス、たった今体勢を整えたフィーとカイト。

 カイトは悔しさをにじませる。一度、体勢を整えなくてはならかった。

 その時。

「お疲れ様、学生諸君」

 五人のものではない、力強い女性の声が聞こえた。

「及第点だったよ。ここから先は任せてくれ」

 戦場に散らばる五人の間を縫い、斬撃が飛ぶ。それで魔獣の尾部に深い溝が生まれる。

 ある程度魔獣から距離を取った学生たち。余裕を少しだけ持てたカイトは、突如現れたその人物を、多くの感情がごちゃまぜになった瞳で見た。

「貴女は……」

 女性は、カイトを見ていた。

 二十代後半の外見。金色の長い髪をポニーテールに纏め上げている。ベルトが多く装飾している機能性の高い黒の戦闘服とコートがはためく。

「安心してくれよ、もう大丈夫だ」

 女性は突貫した。魔獣──クインクマンバの獰猛な前脚と体当たりをわずかな挙動で交わし、懐に飛び込む。

 得物である、身の丈ほどもある大剣。深緑の刀身を器用に振りかざし、体部と頭部の境に深々と突き刺した。

「これで終わりだ」

 身震いする魔獣。末期(まつご)の咆哮。そして絶命。学生たちが注視するその先で、クインクマンバはゆっくりと倒れた。振動が疲労する学生たちに襲いかかる。

 少しの間の沈黙。フィーが一言。

「絶命した。もう大丈夫」

 突然の救い手よりも、少女の言葉によって膝を崩すマキアスとエマだった。

 それを見て、思う所があっても何も言わず、戦場だった場所を睥睨するユーシスは膝に手を当ててしまう。

 三人の様子を見て、フィーは黙りこくる。

 学生たち四人、嫌な静寂だった。

 カイトは、疲労にまみれながらも女性に向き合う。

「久しぶりだ、少年。頑張っているみたいじゃないか」

 再会の嬉しさ、唐突な登場の戸惑い、そして戦闘後の心苦しさ。

 全てを飲み込んで、カイトは弱々しく笑った。

「ありがとうございます。助かりました、レイラさん」

 覚えている。会ったことがある。初めて帝国に来た時、翡翠の公都バリアハートで。

 帝国の遊撃士、レイラ・リゼアート。

 彼女の赤い瞳が、夕焼けの中で揺らめいていた。

 

 








原作では色々と散々だった、といわれる第一章B班。
オリ主がぽんっと入ったからといって、そう簡単に問題は解決しねぇんすよ……

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