心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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49話 初めての実習~紡績町パルム~④

 

 紡績町パルムは帝国南部サザーラント州に存在する。また()()存在する帝国都市としても方角的には最も南。実際のところ、帝国西武ラマール州の南──帝都から見て南西にも都市などはあるが、宣伝として有名になっているのはパルムに他ならない。

 そんな紡績町パルムのさらに南──名前にして《パルム間道》という街道を、B班Ⅶ組は歩いている。

「なんだか……昨日のアグリア旧道よりもさらに奥まってないか?」

 マキアスは学年次席入学という秀才。纏う雰囲気のように、どちらかというと理知的な性格だ。今までそれほど運動はしていなかったようで、それなりに疲労を伴っていた。

「ほら、遅いぞマキアス。フィーに遅れちゃうぞー?」

「そ、そうは言ってもだな……! 君とフィーが野生児すぎるんだ!」

「……」

 文句を言うマキアスに、先頭を行くフィーは何も言わなかった。

 帝国は西の覇権国とも言える大国だが、国土が広い分だけ辺境に行けば自然も多い。人が住まず魔獣が闊歩する丘陵や森林だってある。今カイトたちはパルムから南──帝国の南端に移動しているわけで、当然道も田舎のそれになっていくというものだ。

「……はぁ、はぁ」

「委員長も頑張れ。少し鍛えたほうがいいかもな」

「そう、ですね……今更ですが士官学院に入学したことを実感してます」

 襲いかかる魔獣は、五人全員で辛くも退けていく。戦術リンクは要所で使っているが、昨日ほどリスクのある組み合わせはしていない。

 エマとその他四人、フィーとカイト以外の三人、カイトとユーシス・マキアスのリンクはある程度出来てはいる。カイトはフィーに戦術リンクに対する考察を述べたが、まだフィーがカイトとリンクを繋げようとはしていなかった。

 B班は朝からパルムを駆け回って早々に依頼を達成した。それを促し、現在のパルム間道踏破を提案したのは言うまでもなうカイトである。

 ただ、それだけならユーシスとマキアスが却下している可能性もあるのだが、珍しくフィーもカイトの提案を希望したために行動に移すことになった。

 エマが『賛成』に対して、フィーは『希望』だ。そこには他の四人が驚く積極生があった。

 マキアスは困ったように言う。

「だから、カイト。もったいぶらないで教えてくれ。教官が乗り移ったみたいだぞ」

「まったく。留学生殿が何をしようとしているか、貴様には察しがつかないのか?」

 久しぶりのユーシスの発言は、やはりというべきかマキアスに向けられる。

「な、なんだと……!」

「毎日毎日追い詰められたように熱心に机に向かっているあたり、この程度も当然かと思ったが」

「こ、この……」

 カイトが割って入った。

「はい喧嘩禁止」

「……くっ」

「フン」

 それきり黙ってしまう男子たち。カイトも同じくで、彼は先頭を歩いていたが立ち止まった。留学生の奇行にそろそろ文句も疲れたようで、ユーシスとマキアスは尚も互いを見ずに先へ進んでいく。

 いたたまれないエマは、ほかの面々に届くように喋る。B班以外に通行人を全く目撃しない。才女の声が寒々しく響いていた。

「カイトさんの出身は、南のリベール王国でしたよね。ということは……」

 そんな一同を放っておいて、カイトは道中止まってある一点を見ていた。

(あれは……廃道?)

 舗装された道の縁が、一箇所だけ途切れていた。その先に目を凝らすと、今までも時々目にしたフェンスが合った。領邦軍や正規軍、公的組織の物資があるのは珍しくないが、そのフェンスとコンテナの下に、不自然な石造りの道があったのを見かけたのだ。

 よくよく見ると、そのフェンスの奥には広い空間が……

「カイトさん? 行ってしまいますよ!」

「あ、ごめん、今行く!」

 エマに急かされ、カイトは意識を直した。

(……まあいいか)

 一同はパルム間道を急ぐ。

 太陽が天を仰ぎきる前、腹の虫が鳴く頃に、カイトたちはその場所へたどり着いた。

「案の定の場所だったが」

「……大きいな」

 ユーシスが、マキアスが見上げる。その先にあるのは鉄の牙城。

「さすがに私も初めて来た」

「カイトさん、ここに私たちを連れてきたのは紹介のために?」

 フィーが、エマが言う。

「ああ。といってもオレだってここに来たのは初めてだよ」

 カイトたち五人の目の前にそびえ立つのは《タイタス門》。帝国‐リベール国境線の帝国側の関所だ。

「見せたいのは《ハーケン門》……ここから見える、オレが住んでたリベール王国の景色さ」

 カイトが先導する。関所によくある休憩所で軽食も済ませてから、カイトは観光客も利用するための壁上階段を発見した。兵士に士官候補生の身分であることを明かしユーシスたちを連れる。

 軍の施設ではあったが、クロスベル‐共和国方面のガレリア要塞とは違って、国交正常化も果たして関係も改善しているリベール方面の施設だったことが功を奏した。カイトたちや一般人も含めて、現在は解放されている。

 門壁上はそれなりの高さだ。風が吹き、カイトたちの髪を揺らした。

「ふふ、風が気持ちいいですね」

「ピクニックにも最適。カイト、いい仕事した」

 四月の昼間であれば気温も暖かいし、天気も恵まれて晴天。リベール側の景色をしっかりと見ることができる。

「よかった。こっちからもハーケン門が見えるんだな」

「君なあ……見れなかったら無駄足だったのか?」

「いや、それだったら国境を超えればいいんじゃない?」

「だからその破天荒ぶりがだなぁ……!」

「あはは、ごめんごめん」

 マキアスがカイトを軽く叱る。なんやかんやで成績や態度のいいⅦ組の中で、カイトの存在は珍しかったりする。

 そこまでの疲れを見せず、黙っていたユーシスが。

「それで? 留学生殿は故郷の景色を見せて何をするつもりだ?」

 未だ心意の見せないリベール留学生に対して、ユーシスは対マキアスに負けずとも劣らぬ口の利き方だ。家名呼びであっても普通に喋っていた実習前が懐かしい。

 カイトはユーシスに促されても、リベール側の景色を見続けていた。いよいよ不審がる四人。

 唐突に口を開いた。

「十二年前、帝国軍はオレの故郷に侵攻した」

「なっ」

 口ごもるユーシス。

「百日戦役の始まりだ。オレたちは五歳くらい、フィーなんかは三歳か」

 沈黙する一同。

 百日戦役。帝国軍がリベール王国に侵攻し、リベール王国が対抗した近代を代表する国家間戦争。帝国にリベール、どちらの国でも知らない者はいないだろうというほどの出来事だ。

 リベール側にしてみれば一時国土のほとんどを占領されたし、帝国からしてみれば最終的に講和条約が結ばれたとはいえ、小国に盤面を翻され辛酸を味わった戦い。誰も無関心ではいられない。

 カイトが朗らかでⅦ組の中では破天荒で、笑顔と冗談が絶えない人間だったから、四人はすっかり忘れていた。カイトが自国を侵略した国の士官学院に来ていることを。

 エマ、マキアス、ユーシスは学院でも成績上位だ。頭も回る。フィーも決して鈍感ではない。百日戦役と、それに対するリベール人の感情も理解しているが、何よりもカイトの振る舞いによりそれを失念していた。

 そのカイトが、口調はともかく批難にもとれる言葉を出したことに、少年の意図を測り兼ねる。

「平原の向こう、見えるか?」

 カイトは指さした。そこにあるのは国境線の平原、そしてタイタス門と比肩できる造りのハーケン門だ。

 カイトとしては一年前、国境線でエステルやクローゼたちと共に帝国軍に立ち向かった時を思い出す。

「ハーケン門は今でこそタイタス門と同じくらいの規模の施設だけど、戦役前はそれほどでもなかったらしい」

 帝国軍の電撃侵攻の狼煙だった。開戦と同時、対戦の準備を整えられない王国に対し、帝国軍はハーケン門を破壊して王国に進み行った。

 カイトが話したのは大陸でも有名な《実録・百日戦役》にも書かれている一般的なあらましだ。

「マキアス」

「な、なんだ」

「二年前、リベール軍で軍事クーデターが起こったのは知ってる?」

「ああ。帝国時報で読んだだけだが。情報将校が部下とともに王城を占拠したんだったか」

 カイトは頷いた。

「オレの知り合いに、そのクーデターに参加してた人がいてね」

「んなっ」

「その人、自分の息子を百日戦役で……ハーケン門で亡くしてるんだよ」

 それは、カイトが二度──影の国も含めれば三度戦ったオルテガ・シークのことだ。

『あの戦争の日。帝国軍の侵略が始まった日。『沢山の国を知りたい』という息子は、ハーケン門に立っていた』

 オルテガの言葉だ。彼は怒りに囚われるほど若くはなかったが、それでも軍拡を狙う当時のリシャールに与することになった。

 カイトの言葉は、ある程度の生々しさを伴って四人に届く。

「オレはその人を何とか捕まえた。その人は戦争の是非をわかってるから、帝国のことはそこまで恨んではないと思う。でも……それで、リベールを軍事強国にしようとクーデターに参加したんだ」

 マキアスが突っ込んだ。

「ちょ、ちょっと待て! 『捕まえた』……!?」

「レグメント……貴様は一体何者だ?」

「オレ、入学前は遊撃士だったんだ。クーデター阻止とかにも参加してたんだよ」

 実際のところクーデターの時カイトは遊撃士ではなかったが、面倒なので省いた。

 口をパクパクと開けるのはフィー以外の三人だ。

「ゆ、遊撃士だって……!?」

「お前がか……!?」

「おい男子二人、殴るぞ」

 絶対こいつらオレのこと舐めてるだろう。

「でも……改めて言われると、カイトさんの戦闘力や判断力にも納得するものがあります」

 エマが言う。導力学、医学、時事、報告書作成。カイトの能力は全てあの旅路を発端にしているといっても過言ではない。

「フィーは驚かないな。もしかして知ってた?」

「うん。()()()()の遊撃士と思考パターンが似てたから」

 若干含みがあるような言い方だが、今は気にすることでもなかった。

「クーデターとか、《リベールの異変》にも関わった。これでも一人前の遊撃士なんだぜ?」

 カイトはしたり顔で言ってのけた。大貴族に学年主席……色々と突出した生徒が多いⅦ組で、初めて自慢げに語れたかもしれない。

 エマが珍しく口を開けて驚く。

「《リベールの異変》……それってもしかして昨日も町の方々が言っていた……」

「ああ。王国中の導力が何日にも渡って一斉停止した。パルムにまで影響が出た事件だな」

 カイトは言う。忘れもしない、混迷の大地を駆け抜けた日々。あの現象は今まさにカイトたちがいるタイタス門や、昨日実習で歩き回ったパルムにも及んだ。二年前の出来事だから、住人が世間話で語ってくれたのは五人の記憶に新しい。

 思えばパルムの実習地の人選にカイトがいることも、ユーシスとマキアスも含めて計算の上だったのかもしれない。

「わからないな」

 ユーシスは憮然としていた。

「お前が遊撃士であったとして、なぜそれをここで話す? いや、その遊撃士がなぜ百日戦役の歴史を高説する?」

 何よりも、ユーシスは話の流れで生じたカイトの立場の話より重要なことを汲み取った。

「……リベールは被害者だと、帝国は加害者だと、そう言いたいのか?」

「いや? 開戦の顛末は未だ闇の中。どっちが悪いなんて、そんなレベルの話じゃないよ」

 もちろん、世の中には善悪の尺度が存在する。人間が法を持って自らを律し、愛を持って家族を育む以上、そこに善悪の介入は避けられない。

 けれど、帝国が悪だと、王国が善だと証明されたとして、怒りは解消されるのだろうか。失ったものが帰ってくるのだろうか。死んだ人々が蘇るのだろうか。

 善悪の証明は、決して全てにおいて優先されるべきものではない。

「ベアトリクス教官とも話したけど、もちろん帝国軍にも相応の死者が出たのは知ってるからさ」

 カイトが保健室の手伝いをすることになった、という話はⅦ組全員が知っている。そこで生徒と教師の間にもたらされた会話。当事者でない四人に想像はできなかった。

「で、長ったらしくこんな話をする理由だけどさ」

 カイトは笑った。次の言葉は、聞く側からすればそれは先ほどのカイトの知り合いの話よりも、抵抗感を示すものだ。

「開戦初日だったかな。オレ、両親を亡くしてるんだ。帝国軍の砲撃で」

 あの日。メーヴェ海道に出たカイトと、それに付き添った父親と母親。当時、まだ導力通信が一般化していなかったことも、避難が遅れた理由の一つだろう。

 まったく無警戒だったところに進軍の狼煙は上がり、砲撃は撃ち込まれ、そうしてカイトは独りとなった。

 カイトはマキアスを見つめて言った。

「だからオレは孤児院育ちなんだ。それに、それこそ初日のマキアスの剣幕以上に、オレは帝国のことを恨んで()()

「うっ」

 引き合いに出され、さすがのマキアスも強く出れない。

 エマが問う。 

「恨んでいた?」

「今はもう、恨みの感情も怒りの感情もない。もちろん、親のことは悲しいけどね」

 あの日々があったから、自分はクローゼと出会ったのだろう。エステルたちと出会ったのだろう。遊撃士となったのだろう。トールズに入学したのだろう。

 やはり、善悪では語れない。

「恨まなくなるまでの出来事はちょっと沢山ありすぎてすぐには話せないけど……でも、自分の想いと向き合って、自分が怒って、心を揺らす人から目を背け無かったからだと思う」

 向き合うことを止めなかったから。

「昔出会った帝国の人とも、散々喧嘩したよ。その人がまた、ユーシスの態度とかマキアスの喧嘩腰なんて目じゃないくらい、おちゃらけたスチャラカな自称帝国の天才演奏家だったんだけどさ」

 ユーシスが、怒っているのか困っているのかわからない口調で言う。

「な、なんだ、それは。そんな帝国人がいてたまるか」

 何を隠そう、オリヴァルト・ライゼ・アルノールその人である。

 オリビエのことはともかくとして。

「それで本題だ。マキアス、ユーシス」

『……』

「オレは二人のことを知らない。でもオレも、この一ヶ月自分のことを喋らなかった」

「だから俺たちにも、自分のことを語れというのか?」

「いや、さすがに無理やり聞き出そうとするほど馬鹿じゃないつもりだよ」

 誰だって、語りたくないことの一つや二つはあるはずだ。その意味では自分の方が異端かもしれない。

 話題作りが若干無理やりなので誤解されても仕方ないが、本当に無理やり聞き出すつもりはない。

「二人に対して色々出しゃばったことのお詫びと……教官が言った『問題に対してどうすべきか』を考えた結果だ」

 ARCUSの運用や特別実習の目的。色々ある。カイトとしては帝国に蔓延る問題を見たいという思いがあり、そして貴族と平民の争いという問題は今、目の前で生じていた。

「オレたちは同じⅦ組だ。これから何度も、沢山、一緒に過ごすことになる。好きになろうが嫌おうが、簡単には解けない縁だ」

 人は様々なものに影響を受けながら生きていく存在だ。逆に生きているだけで様々なものに影響を与えていく。それこそが縁であり、縁は深まれば絆となる。そして一度結ばれた絆は決して途切れることはない。 

 だから、カイトは仲間たちと絆を紡ごうと足掻く。それが自分の道を、Ⅶ組の道筋を作ると思うから。

 まだ、誰も彼もお互いの事を知らないのなら、自分がその先駆けになる。

「気の向いた時でいい。だからその時は、みんなのことを聞かせてくれ」

 いつか、その時の事を話してくれると信じて。

 

 

────

 

 

 小休憩を挟んで、カイトたちはタイタス門を後にした。

 B班は今日中にトリスタへ戻らなけばならない。そのためにはサラの言うとおり、午後三時にはパルムを出発だ。時間を考えればそろそろ急ぎ始める頃合だった。

 パルム間道の帰り道。魔獣は変わらずに襲ってくる。体力はそれなりに消費されつつあるが、この道を踏破さえすれば特別実習を終えるという状況。また、カイトの話を聞いて以降、ユーシスとマキアスの口喧嘩も若干減ったように感じる。とはいえ肝心の戦術リンクを組むことはなかったので、まだまだ問題は継続中だ。

 そんな中、変化が生じたのはユーシスとマキアスではなかった。

「カイト」

 定期的にやって来る魔獣を蹴散らしている中、やや強い魔獣の群れを前にしてフィーが言ったのだ。

「もう一回、全力の《戦術リンク》を挑戦させて」

 今まで実習を主導していたカイトでなく、他人の意見に適当についていくだけだった少女の希望。カイトとエマはもちろん、ユーシスとマキアスもまた断れずに賛成する。

 結果、カイトとフィーは戦術リンクを成功させた。それはカイトが仄めかしたより高度な戦術リンク──とまではいかないが、それでもリィン・ガイウス・エリオットの三組を超え、ラウラ・フィーのペアに並ぶⅦ組で最も連携の取れたペアとなった。

 そして、その戦いはフィーの全力を引き出した。ユーシス、マキアス、エマが驚き、カイトが予想いていたフィーの本当の全力だ。

 戦術リンクについて、フィーが望む結果を得られたことに祝福するエマ。やや思うところはあっても、『悪くない結果だ』と話すユーシスとマキアス。

 カイトも祝福しつつ、戦術リンクによって共有された思考に違和感を感じていた。それは今までのリンクでは見えてこなかった、より具体的な戦略思考。

 元々戦闘に慣れているのはわかっていた。だが、そればかりではなかった。徹底的に相手の弱点を突き、容赦なく勝利という結果を求める戦場の狩人。

 カイトが問うまでもなく、フィーは告げた。

「士官学院に入る前、私は猟兵団にいた」

 それが、Ⅶ組に新たな波乱を巻き起こすことになる。

銃剣(ガンソード)の扱いも……爆薬に手榴弾の使い方も、そこで全部教わった」

 

 









カイトというリベールの異変経験者による語らい。それにより変わらないものもあれば、変わるものもあります。

次回、第50話「郷愁」
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