心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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50話 郷愁②

 五月十六日、自由行動日。

 朝食を取り、カイトは第三学生寮を後にした。

 今日は午前中、保健室に待機する当番だ。

 早朝のトリスタはやはり学生で賑わっている。学生都市トリスタに、閑静な日は存在しない。

「昨日はつっかれた……」

 朝からカイトは肩を落とす。昨日はリィン、アリサ、エマの三人にクローゼとの関係を聞かれ続けて精神的に参ってしまった。いくらクローゼが義姉のような関係だと豪語しても、カイトの反応が反応だったので解放してくれなかったのである。カイトが孤児だったというのもあって、特にアリサがクローゼとの関係をそういうものだと信じて疑わなかった。またクローゼの正体を言えなかったのも影響した。

「アリサめ……今に見てろよ」

 呪詛を吐きまくるカイト。今度リィンと一緒にいるところを目撃したら思いっきりからかってやろうと心に決める。エマに関してはまだ勝てる手がないのでやめておいた。この当たりとても弱い少年だった。

「あー、それにしても眠い」

 全員分の手紙を見る時間もなかった。若干寝不足だ。喧騒が少し嫌になる。

 ふと、視界にトリスタ礼拝堂が写る。

「ちょっと落ち着きたいな。時間もあるし……」

 カイトは祈りを捧げることにした。

 礼拝堂の中に入る。思い出したのは特別実習一日目の夜。

 あの時のように、建物内には先客がいた。ガイウスだ。

「おはよう、ガイウス」

「ああ、おはよう。カイトも礼拝か?」

「たまにはね。不真面目かな?」

「構わないだろう。信心は誰かに強制されるものではない」

 ガイウスはほとんど毎日欠かさずに礼拝に来ている。彼の故郷であるノルド高原の民は高原に根付く《風》を信仰しているが、同時に大陸全土に広まる空の女神(エイドス)も同じように信仰している。彼は敬虔かつ穏やかで、懐の深い好青年だ。

「ガイウスさん、礼拝は終わったんですか?」

 二人が話していると、シスター服をまとった金髪の少女が声を変えてきた。ガイウスは彼女とよく話す。親しげな様子だ。

 それを不思議がっていると、ガイウスが説明してくれた。

「ロジーヌだ。シスター服を来ているが、彼女も同じトールズの一年生だぞ」

「え、そうなのか?」

「Ⅴ組所属、ロジーヌです。初めましてですね、カイトさん」

 少女──ロジーヌは淑やかに笑う。

 聞けば、ロジーヌはクラブには所属せず奉仕活動としてシスター見習いをしているのだとか。カイトやリィンと同じ口だ。

 教会にいる時間も長く、逆にカイトはそれほど教会には脚を運ばないためほとんど面識がなかった。

 だが、逆にロジーヌはカイトのことを知っているという。

「私のクラスにも保健室を使った人がいて。ポーラさん、ご存知ないですか?」

「ああ、馬術部の」

「ガイウスさんやリィンさんにも、常日頃からお世話になっています。Ⅶ組の皆さんは本当にいい方々ばかりですね」

「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「そういえば、カイトさんもガイウスさんと同じくリィンさんの手伝いをしているんですか? ──あの、旧校舎を」

「え? ああ、時間があれば手伝うつもりではあるけど……」

 なんだ、今の発言は。少し含みがあるような気がしたが。

「そうなんですね。いつもありがとうございます」

「謙遜とかじゃなくて本当に感謝されるようなことじゃないけど……」

 ロジーヌとの会話は、不思議な時間だった。

 その後ガイウスと別れ礼拝を終えて、カイトは士官学院へと向かった。当初の予定通り保健室での待機だ。

 扉前の札を『開』に変え、帳簿やら書類やら必要な書類を揃える。薬品や消毒剤、救急キットなどの備品を確認。問題がないことを確認し、カイトは今日も今日とて普段であればベアトリクスの定位置である椅子に腰掛ける。

 自由行動日であればクラブも活動していることが多く、必然保健室を利用する生徒も多くなる……とはいえ常に人が来るほどでもなかった。

 カイトはその時間を利用して帝国時報を読むことが多いが、今日は昨日読めなかった手紙だ。

「みんな、元気にしてるかな……」

 カイトは一通目に目を通した。

 

 カイトさんへ。

 お久しぶりです、カイトさん! お元気ですか? 私は元気でやっています。

 ツァイスは今日も賑やかで、ZCFではおじいちゃんとお母さんが頻繁に喧嘩もしているので、少し困ってしまいます。

 そうそう、アガットさんも今でもツァイスに来てくれています! 影の国の頃は月に一回だったんですが、今は月に二回は来てくれるんですよ! アガットさんも口悪く言っていますけど、カイトさんのことはしきりに褒めていますよ。

 エステルお姉ちゃんから、カイトさんは帝国の学院に入学したんだと聞きました。トールズ士官学院……どんな学校なんでしょうか!? 軍人さんの学校だから、カイトさんも卒業したらミュラーさんみたいに大きくなってしまうんでしょうか……。

 帝国といえば、先月もアガットさんが──

 

(はは、ティータは相変わらず可愛いなぁ、アガットさんが羨ましいもんだ。ARCUSのことも書いてやろう)

 ティータからだ。魔導銃に関する連絡もあり、定期的に連絡している。リベールで関わった仲間の中では大事な妹分。手紙でもアガットへの愛が隠せていないのは微笑ましい。

 二通目。

 

 カイトへ。

 一年ぶりくらいの連絡だね、カイト! 中々手紙をくれないから少しばかり寂しさを感じているよ。

 ルーアン支部は変わらず忙しさ満点さ。君は以前『クロスベルと比べたらルーアンなんて暇すぎる』なんて書いてたけど、言ってくれるじゃないか。最近は市長とも協力して街の警備に当たっているから遊撃士も大忙しだ。カルナも大きな怪我もなく過ごしているよ。君が大陸を渡っても、後輩も育ってきている。

 クロスベル支部のミシェルさんから聞いたけど、帝国に渡ったんだってね。君にとってはいろいろある国だろうが、拠点にして活動できるくらいに成長してくれたのは僕としても感慨深い。今の君なら、以前よりも多くのことを吸収できるはずだ。

 そうそう、この間ジル君とハンス君が卒業後挨拶に来てくれたよ。さすがに彼らにまで連絡はしてないだろうから、君の動向も伝えておいた。今後会う事があれば──

 

(……ジャンさんはまあいいか。ジルさんとハンスさん、会えるかなぁ)

 ジャンへの態度は以前から変わらない。変わらず手厳しいカイトである。それよりも、カルナやクローゼの同輩のことが気になった。

 三通目。

 

 カイトへ。お元気ですか? 風邪などで体調は崩してはいないでしょうか。

 子供たちは、変わりない様子です。あの子もメッセージを書きたいと言っていたので、まずはそちらを見てあげてください。

 

 兄ちゃん! おれはいま遊撃士をめざして修行中だ! ヨシュア兄ちゃんみたいに、毎日双剣を素振りしてるぞ!──クラム

 カイトお兄ちゃんへ。ぼくは日曜学校のテストで満点をとったよ。学校にいるって聞いたから、今度勉強教えてね──ダニエル

 今日もポーリィは元気だよ~! お勉強がんばってー!──ポーリィ

 私も、他のみんなも元気です。お兄ちゃんはどうですか? 学校生活、体に気をつけてください──マリィ

 

 みんな元気です。手紙を読んでいますが、貴方も変わらないようで安心しました。

 遊撃士とは違う高等学校での生活。それも軍事学校ともなれば、下手をすれば当時のクローゼよりも忙しいでしょう。無理はしないように。手紙も時々でいいので。

 数多くの同年代の子も沢山いるでしょう。その子たちは、今後の貴方にとってかけがえのない財産となるでしょう。一人一人との繋がりを、大事にしてください。

 今、孤児院の庭でハーブが咲きかけになっています。帝国へ送るには少し時間がかかるので、乾燥させて茶葉にして送ります。ぜひ、同級生の子たちと飲んでください。

 貴方の目指す道は厳しいものでしょうが、貴方を想う人は沢山います。時々は思い出して、体を大事に。

 そういえば、ルーアンでは──

 

 孤児院の家族からだ。少しずるい。泣きそうになる。

 そして問題の四通目──。

「カイト?」

「うわぁっ!?」

 突如声をかけられて、カイトは慌てて手紙を隠した。自分に声をかけた人物を見る。

「えっと、すまない。驚かせてしまったか」

「リ、リィン……いや、ごめん、大丈夫だよ」

 彼は保健室の扉を開けていた。手紙に集中していて気付かなかった。こちらの落ち度だ。

「どうしたんだ? どこか怪我でも?」

「いや、そうじゃないんだ。例によって依頼で来た」

「依頼?」

「学院の備品の配達だ。この保健室にも届いてるぞ」

 リィンは自身が持つ段ボールを軽く叩く。

 確認すると、包帯や消毒液などの道具が入っている。確かに規定量が少なくなって注文したものだ。

「ありがとう、助かるよ」

「どういたしまして。……なあ、カイト。今、暇か?」

「え? まあ今は他に誰もいないし、時間ならあるけど」

「ちょうどよかった。座ってもいいか?」

「大丈夫だけど、リィンのほうは?」

「この依頼が最後なんだ」

 カイトは承諾した。以前ベアトリクスにそうされたように、リィンをもう一方の椅子に座らせる。

「なんか、リィンと一対一で話すのは久しぶりだな」

「はは、そうだな。クロウ先輩に始めて会った時依頼じゃないか?」

「あの時のか。というかリィン、クロウ先輩の名前を聞いたのか」

「ああ。まだ五十ミラを返してもらってないんだ……」

「それはご愁傷様」

 カイトは朗らかに笑って、続きを促した。リィンは言う。

「まずは気になったところから話すかな」

「ん?」

「カイト、泣いていたからさ」

「……ああ、これは」

 カイトは手紙を差し出した。さきほどは反射的に隠したが、リィンであれば問題ないだろう。

「知り合いからの手紙さ。少し感極まっちゃっただけなんだ」

「昨日のか。差し支えなければ、誰から?」

「んー、妹分に地元で世話になった人、それに家族。あとはまだ読んでないけど()()手紙ね」

 ()()手紙とは、昨日さんざんアリサたちに質問されたクローゼからの手紙だ。

「そっか、故郷から。いったいどれぐらい帰ってないんだ?」

 問われ、考える。

「んーっと、かれこれ一年半ぐらいかな」

「そんなにか……! もう学院二年分に迫るんだな」

「言ったろう、遊撃士だったって。以前は別の場所にいたから」

「なあ、カイトはどうしてトールズに来たんだ?」

 リィンやアリサなどのケルディック組は、実習中『士官学院の志望理由』について話したのだという。パルム組はカイトがリベールのことを話したりはしたが、それ以上深いことは話していない。

 リィンは、生徒会からの依頼で様々な人の相談に乗っているが、そもそも生来の性格として他人を放っておけない質のようだった。そして優しさもあって、人から相談されやすいし会話をしにいく。落ち着いて物腰が柔らかいという意味ではガイウスもそうだが、リィンの場合はそれ以上に相手の固さを解きほぐすような何かがある気がする。

 別に悩みがあるわけでもないが、せっかく級友が話しかけてくれるのだ。さきのテレサからの手紙もある。抵抗なくカイトは話した。

「遊撃士としての目標のためさ」

「遊撃士の? そういえば、最近は遊撃士をあまり見ないが」

「帝国では、遊撃士はしばらく前からあまり活動してないからなぁ」

 リィンはⅦ組としてカイトの両親のことを知っている。

「帝国のことを知りたかったからだ。帝国と、すべての国のすべての人たちを守るために」

 《リベールの異変》の経験を通して、自分がそんな途方もない目標を持ったこと。そのためにリベールの外へ飛び出したことを語る。

 聞いていたリィンは、口をポカンと開けていた。

「すごいな、カイトは」

「笑っちゃうだろ? 子供っぽくて」

「笑うもんか。いい目標だと思う」

「ありがとう」

「それだったら、確かにⅦ組はカイトにとって最高の場所だな。帝国のいろいろな場所にいけるんだから」

「──ああ、そうだね」

 オリビエの思惑に関わる部分は、言わないことにした。そのほうが、リィンたちにとっても糧になるのだろう。他ならぬⅦ組の生みの親の意向だから。

「寂しくなるくらい大切な人がいて、その人たちや他の人を守りたい、か。カイトの原動力がわかった気がする」

「オレはまだまだ道半ばなんだ。『自分の道を見つける』リィンと同じように」

「……俺こそ自分で言ってて恥ずかしくなってきたな」

「あはは、それこそ笑うもんか。一緒に頑張ろうよ」

「ああ、カイト」

 改めて、リィンは手を差し出してきた。カイトも手を合わせ、固く握る。

「よろしく、リィン。差し当たっては、Ⅶ組の問題を解決しよう」

「そうそう、俺も元々そのために来たんだ」

 納得した。リィンが今考えていることがなんとなくわかってきた。

 カイトもリィンの意を汲んでため息を吐いた。

「マキアスとユーシス、ラウラとフィー。どうすればいいんだろうな……」

 Ⅶ組で現在問題になっている二組のことだ。

 マキアスとユーシスについては表象の理由は単純だった。マキアスが貴族のことを嫌悪しており、その苛烈な発言にユーシスも煽るように反論する、ただそれだけ。以上。

「少なくともラウラについては、マキアスもなにも言わないのにな。リィンはちょっと壁がある?」

「ああ。知っての通り、俺が貴族だと話してからだ」

 ラウラとフィーについては男子組より難解だが、一応手がかりはある。

「フィーが先月の実習で自分が《猟兵》だったって話したからだ。ラウラについては、リィンの方が詳しいだろう?」

「ああ、俺も説明させてもらうよ」

 リィンとラウラは、ケルディックでの実習でちょっとした仲違いを起こしていた。それは一日も経たずに解消されたのだが、つくづく衝突の多いクラスである。

 ラウラは武の名門アルゼイド家の娘。そして自らも大剣術を修めている。竹を割ったような性格で誰とでも正直に話すし、カイトとも仲は良好だ。貴族というよりは、騎士道精神を体現しているといったほうが近い。

 そんなラウラはリィンに対し一つの疑念を抱えていた。『なぜ本気を出さないのか』という問である。

 リィンはカイトも知る《八葉一刀流》の初伝である。武の世界にはいないカイトにもわかるくらい剣技は無駄がなく美しく、その実力は高いと考える。だが、ラウラに迫る実力を秘めておきながら今まで本気ではなかった。そこに生まれたラウラの疑念とリィンの諦観。

 リィンも某かを抱えているようで、本気を出せないのは事実だった。だがリィンも真摯な性格だし、手を抜いているわけではない。ラウラとリィンは、お互い本心を明かしてすぐに普段の関係性に戻った。

「そのラウラは、実直な性格だろう? きっと、猟兵っていう存在に戸惑ってはいるはずだ」

「まあ、フィーのことは俺も驚いたけどさ」

 猟兵。ミラ次第でどんな依頼でも受け持つ高位の傭兵団に当てられる称号だ。田舎の国では存在自体を知らない人もいるし、平和な日常を過ごしていればまず縁のない存在。だが、現実にいればそれは恐怖の存在だ。

 ユーシスはパルムでフィーの素性を聞いたとき、信じられないと口にしていた。『死神と同義だぞ』と。ただ『自分は死神なのか』と聞くフィーにユーシスは謝罪していたが。

「カイトだって、遊撃士だったら猟兵とは敵対していたはずだろう? こう言うとフィーに失礼だが、警戒はしなかったのか?」

「え? ああ、確かに猟兵と戦ったことはあったけど……」

 ジェスター猟兵団の残党との戦闘と、ガルシアとの戦闘だ。どちらも命を狙われたので、確かに警戒して然るべきだが。

 だが、カイトは元猟兵だったというランディを知っている。それどころか元結社の執行者であったヨシュアのことも知っている。

「なんだかんだ気にならなかったな」

「……カイトがⅦ組にいてくれて助かったよ」

 自分は少し異常な経験をしすぎているのではないかと疑い始めるカイトだった。

 それはさて置いて。

 騎士道精神のど真ん中を行くラウラと、戦場で敵を屠ることのみを追求していたであろうフィー。確執の理由は、恐らくそこにある。だが……。

『どうすれば四人の仲を改善できるんだ』

 カイトとリィンの言葉が重なった。問題はそこだった。

 カイトはうなだれ、頭を抱える。

「月末には二回目の特別実習だろ。このままじゃまずい」

「えっと、カイト。それって……」

「先月はユーシスとマキアスが、リィンとアリサが一緒の班だった。少なくともラウラとフィーは一緒の班になる」

「そ、そうか? さすがにサラ教官もそんな鬼のようなことを──」

「しない、って言い切れるか?」

 カイトの言葉にリィンは押し黙った。絶対にする、という確信がリィンにも生じる。

 それ以外の班分けがどうなるかはわからないが、どんな形にせよ何かしらの波乱はあるはずだ。

「先月の実技テスト、オレとラウラとフィーで組んだじゃないか。傍から見ててどうだった?」

 実技テストの際、一足先に《戦術リンク》の経験をしていたリィン組を抑えて、カイト組は最高成績を叩きだした。

「カイトは経験でラウラとフィーに合わせていただろう。だがラウラとフィーの場合はそれ以上の……女神が微笑んだようなペアだった」

 その少しくさい例えは、カイトにしてみても同じだった。最初からそうあるべきだと定められているような、Ⅶ組のアタッカーだ。ラウラはフィーの素性を知らなかったとはいえ、その頃からお互い違和感を感じていた可能性はある。

 それでも、ラウラとフィーが模擬戦終了後に見せたあのお互いへの笑顔は本物だったはずだ。

 マキアスにしたって、ラウラを見て、リィンを見て貴族への印象は確実に変わっているはずだ。

 四人ともそれぞれ抱えるものはあるのだろう。特別実習の二日目に戻ってしまうが、結局自分たちは仲間たちのことを知らないのだ。

「そう、だな。それでカイトの言葉に感化されて、フィーは自分の言葉を伝えた……」

「リィン?」

「カイト、フィーのフォローは任せるよ」

「その心は?」

「やっぱり、先月の特別実習の縁だ」

「そりゃもちろん。でもリィンも頼むぞ」

「ラウラのことか?」

「ああ。リィンならラウラに喋ることもあるかも知れない」

 差し当たってはそれぞれ実習を組んだ同士との関わりだ。ちなみに男子二人は話題に出した先から機嫌を悪くされそうだが。

 けど、それだけではない。

「オレはラウラを入学前から知ってる。リィンはフィーの世話を焼いてる」

 結局は誰の相談にも乗るべきだと、カイトは言っているのだ。

 リィンは謙遜した。

「あはは、俺がそこまでできるなんて思わないけど」

「いや、まだ一ヶ月だけどリィンは間違いなくクラスの中心だよ」

 カイトが淀みなく言った。リィンは一瞬固まった。

「え」

「いや、《中心》ってのも少し違うか? うーん、なんと言ったらいいか……」

 リィンは、カイトの次の言葉を待てなかった。《彼女》に問われた言葉の意味を理解していて、同時に真意を少し測りかねていたから。

「……サラ教官には、《重心》なんだって言われたよ」

「重心? そっか、その言葉があったか、重心だ!」

 リィンを表す言葉。これ以上ないくらいにはまる。

「いや、でも俺のようなやつなんて……」

「何言ってんだよリィン。貴族だからユーシスと同じ。剣士ならラウラ。平民を理解するのはエリオットにマキアス──こんなにも重なってる」

 それぞれの身の内を知れば、重心の例えはもっと確信に変わる。

 それに、とカイトは笑った。

「オレたちは出自不明の同士だしな」

「あ……」

 場合によってはリィンを貶める可能性もある言葉選びだったが、それでもリィンがカイトの本意を理解してくれると信じた。

 自分とリィンは同じなのだと。自分たちとⅦ組は変わらないのだと。

「……ありがとう、カイト」

「どういたしまして、リィン」

 備品の配達から始まり、カイトの涙を話題にし、Ⅶ組の問題を語り合ってはお互いから元気をもらう。

 とっちらかった、それでいて瑞々しい、青春のひと時だ。

 リィンは立ち上がった。

「前言撤回だ、カイト。四人への対応はみんなで。それぞれできることをやっていこう」

「了解だ、リィン。依頼お疲れ様」

「カイトも、お疲れ様」

 リィンは保健室を出て行く。その足取りは軽く見える。

(頑張れ、リィン)

 カイトは自分以外いなくなった保健室を見渡し、改めて最後の手紙の封を切る。

 クローゼからの手紙だ。

 

 カイト・レグメント様

 お元気ですか? なんて、最初から他人行儀だと少し気まずいね。

 手紙や遊撃士協会、エステルさんとヨシュアさんとの連絡……色々なところから、貴方の活躍を聞けると安心します。

 私の方は、女王生誕祭に出席することへの打ち合わせかなぁ。それと各国大使館への挨拶。帝国も共和国のダヴィル大使とエルザ大使、二人を知っていなければ絶対緊張してたなぁ。

 

(はは、変わらず公務で大忙しか。でも元気でやってるみたいだ)

 

 そうそう、オリヴァルト殿下の誘いを受けて《トールズ士官学院》に入学したことも聞いたよ。入学して一ヶ月くらいがたったけど調子はどう? 忙しさに目は回っていませんか?

 カイトにとってはいろいろ思う所がある帝国だけれど、あの旅を一緒に過ごした仲だから、カイトが怒り出しそうとか、そんなことは心配はしていないよ。

 だけど、当然同じ年頃の同級生がいるわけだし、その意味では少し気になるかな。男の子に女の子、いろんな人といろんな経験をして欲しい。

 

(姉さん……オレの祝賀会の夜の頑張りを忘れてないよな?)

 若干心配になるカイトだった。カイトは封筒に二枚目があることに気づき、それを見る。

 

 私はジェニス王立学園にいたから、学年的にはカイトの先輩を名乗れるのかな。学校の人間関係には少しは知ってるつもりだから、アドバイスを書きます。

 一、生徒会関係者に不真面目な人がいても、他の人が真面目ならどちらも問題ないよ。

 一、寮生活では女子の聖域があります。踏み込んだ男子は死んでしまいます。

 一、喧嘩が起きてしまっても、その後気まずいなら心配しないで。お互い、仲良くなりたいと思ってる証拠だから。

 忙しいだろうから、すぐに返さなくていいけど、時々は返してくれると嬉しいかな。ユリアさんもお祖母さまも、ジークも貴方のことを気にかけています。

 軍事学校だから帰る暇もないかも知れない。帰れるにしてもまずはマーシア孤児院だから、寂しくないように次会えるのは卒業後、だと思っておくね。また一回り大きくなったカイトに会えるのを、今から楽しみにしています。

 貴方の学院生活に、女神の加護を。

 ──クローゼ・リンツ

 

(ありがとう、クローゼ姉さん。ところどころわからないところもあったけど……)

 生徒会関係者の行と、女子の聖域のくだりは明らかに個人的な体験に基づくことの気がした。

 カイトは目元に手を添える。今度は泣いていない。

 この上ない、励ましの手紙となった。ちょうど、Ⅶ組にピッタリのアドバイスだ。

 クローゼとの確執が起こった時を思い返す。あの時も、最初のきっかけは行動からだった。

「……そうだな。まずは動いてみよう。もっとバカ正直に、恐れずに」

 自分は、特科クラスⅦ組の一人なのだから。

 

 






リィン→カイトの絆イベントであり、同時にカイト→リィンの絆イベントでもあったり。

リィン「カイトがⅦ組にいてくれて助かったよ」
しかしカイトがいなければラウラとフィーの問題はもう少し先のことだったのである。


次回、51話「立場と心」
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