心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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51話 立場と心①

 日々は忙しく過ぎていった。

 授業そのものは変わらず忙しい。最近では軍事学校特有の授業も始まってきている。

 中でも特徴的なのは男子と女子で別れての、別クラスとの合同授業。男子は導力端末基礎だ。

 例によってクロスベル支部の導力端末を扱っていたので、似たタイプの端末の操作は悪くなかった。

 Ⅶ組の中でカイト、ユーシス、マキアスの三人がいち早く慣れてきて、リィン、エリオット、ガイウスの三人が少し手間取る。

 だが、授業を終えたカイトの記憶に残ったのは内容そのものではなかった。リィンに声をかけた人物についてだ。

 授業はⅠ組──貴族クラスとの合同での実施だった。そんななかでリィンに声をかけたのはパトリック・T・ハイアームズ。帝国南部サザーラント州を治めるハイアームズ侯爵家の一子だった。彼はユーシスやラウラと比べれば貴族という態度を全面に押し出す存在で、そしてカイトが出会ったルーファスと比べても尊大な様子だった。リィンを同じ貴族として『付き合う相手は選ぶといい』といいという言葉を投げかけたのだ。

 その場にやって来たユーシスがリィンたちを助けたので事なきを得たが、カイトにとってはマキアスが嫌悪し、オリビエが警戒する貴族の一端を垣間見た気がした。

 ちなみに女子の方は家庭科の授業だった。彼女たちもそれぞれ目を引きやすい存在なので、Ⅰ組女子からいろいろと視線を受けることになったという。

 そうして一週間が過ぎ、再び自由行動日はやって来た。五月二十三日、次の週末には特別実習があるであろう、というタイムリミット目前だ。

 カイトは今日も今日とて保健室待機だった。各種運動系の部活が賑わっており、新入生も慣れてきただけあって学院に顔を出す数が増えている。

 窓越しの陽射しに癒されつつ、カイトは持ってきた雑誌類を広げる。

 まずは最新の帝国時報だ。見出しを読む。

 

『帝国領邦会議、開催される』

『オズボーン宰相、ジュライ特区視察』

『怪盗B、再び入国か』

『諸兄らに最高の釣具を』

 

 帝国領邦会議には注目せざるを得ないな。あのオズボーン宰相、やっぱり平民には人気なんだな。……怪盗B(あの変態)のことはどうでもいいよ。釣りか、エステル元気かな。

 それぞれ思うところはある。思いたくない見出しもあったが。

 そして、ある一つの見出しでカイトの思考が止まる。

 

『クロスベルで暴動事件発生か』

 

 東部クロスベル州にて暴動事件が発生したとの情報が入っている。深夜の街を暴徒が襲い、機関銃を乱射する場面もあったとのこと。カルト教団が引き起こしたと見られ、現在クロスベル警察が調査を続けている。

 読みきったカイトは驚愕するしかなかった。即座にクロスベルタイムズ──例によって最新号を取り出し、現地の情報を口に出して読みふける。

「クロスベル市内にて、警備隊による襲撃事件が発生。ベルガード門方面隊の彼らは市内に展開し遊撃士協会、警察所、市庁舎、IBCビル、特務支援課分室ビルなど各地を襲撃したぁぁ……!?」

 特務支援課は、エステルたちは大丈夫だったのか。どちらも個別に襲撃されている。

 自分が旅立った後のクロスベルで、いったい何があったのだ。

「真相としては、警備隊司令が違法薬物を隊員に摂取させたことによる精神行動異常と明らかにされている。事態を重く受け止めたマクダエル市長は厳正な調査・摘発を警察警備隊双方に命令……おいおいおいおい」

 カルト教団、違法薬物、警備隊の暴走。

 考えてみれば、カイトと特務支援課の面々は黒の競売会(シュバルツオークション)で大立ち回りを繰り広げた。半ば暴走と言ってもいいくらいだ。

 それはマフィア《ルバーチェ商会》やハルトマン議長の威信に傷をつける結果となった。クロスベルタイムズにはマフィアもこの事件で完全に摘発されることになったと書いてあるし、もしかしたらカイトたちの行動が発端となったのかもしれない。だとすればその場にいないで帝国で学生生活をしている自分に突っ込みたくなってくる。

「……申請だせば自由行動日でクロスベルに行ったりできるかなぁ? 帝都からの飛行船なら時間もかからないだろうし」

 まずはミヒュトから情報を聞き出さなければならないと思った。あとは少し心配だからアルスにも手紙を出さなければ。

 と、そんなことを考えたり呟いたりしていると、少女の声が聞こえた。

「カイト、クロスベルに行くの?」

「お、フィー……ってあれ、どこだ?」

 しかし声の主は扉付近にはいなかった。カイトが不思議に思っていると再び声が聞こえる。

「ここだよ」

「うぉ!? びっくりした……」

 聞こえたのは保健室のベッドからだ。フィーがうつ伏せで寝ていた。

「え、最初からいたの?」

「今だよ。カイトが集中してた隙に」

「ああ、フィーまたそんな格好で……」

 相変わらずスカート丈を気にしない少女だ。

「委員長にもリィンにも同じこと言われた」

「だから気にしなさいって」

「ん、頑張る。それで、クロスベルに行くの?」

 フィーはうつ伏せ姿勢のまま顔だけあげてカイトに問う。士官学院の生徒としてはその怠けっぷりもどうかと思うのだが、ベアトリクスも黙認しているのでいまいち怒る気になれなかった。

 というか、先週はリィンとこの場所で話に話した記憶がある。

「いや、冗談で呟いただけだ。たぶん行かないよ」

「そ」

「フィーはどうしてここに? 指でも切ったか、それともサボりか?」

「んー」

 フィーは枕に顔をうずめた。少し潜もった声が聞こえる。

「ちょっと暇つぶし」

「……そうか」

 カイトはそれ以上なにも問わず、ひとまずは残りの雑誌を読みふけることにした。

 学院は変わらず賑やかで、窓の向こうからくぐもった生徒の大声も聞こえてくる。

 フィーはベッドに突っ伏しているが寝るつもりはないようで、時折カイトに話しかける。カイトもそれに対してのんびりと答えるにとどめた。

 世間話だ。唐突に問題を出されたり、学院のことを話したり。普段のフィーよりも言葉数が多い気がする。

 カイトが気になったのは、フィーが明確に意図を持って話題を移したあたりからだった。

「カイトって、《リベールの異変》の時もリベールにいたんでしょ? どんな感じだったの?」

「いろいろあったぞ。変態に絡まれたり、変態に絡まれたり……変態に絡まれたり」

「いろいろ……?」

「ほ、本当にいろいろあったんだってば」

 直前に《怪盗B》の見出しを見ていたせいで頭がそれで埋もれてしまった。殴りたくて仕方がない。

 それよりも、とカイトは続ける。

「もちろん浮游都市の出現と導力停止現象も凄まじかったけど、実はそれより前から事件は起こってたからね」

 白い影の事件。狂ったお茶会騒動。四輪の塔の異変。カイトが居合わせなかったものでは、地震に濃霧騒動、古代龍襲撃もあった。

「大変だったんだね」

「それはもちろん。遊撃士や軍の協力でなんとか退けてきたよ」

「事件は解決して終わり?」

「そんなわけない。みんな必至だった。敵には因縁のある人もいた。仲違いする人も、好きな女の子から離れた奴もいた」

 いつでも思い出せる。あれは忘れられない旅だ。

「嫌いな人もいたって、パルムで言ってた」

「ああ、スチャラカ演奏家の件ね。今は友達と言えるけど──」

 そこで気づいた。フィーがどうしてこの場に来たのか。

 フィーはフィーなりに解決しようと悩んでいる。

「カイト?」

 急に黙るカイトに、フィーは起き上がって不思議そうな目線を向けた。

 特科クラスⅦ組が始まって一ヶ月半。まだまだお互いのことをあまり知らない仲間たちだが、少なくともカイトにとっては全員信頼に足る、いい奴らだというのは肌で実感している。仮にも混迷のリベールと魔都クロスベルをこの目で見てきたのだ。それなりに人を見る目は養っているつもりだった。

 それぞれ対立しているクラスメイトもいる。けれど、抱える問題を度外視すれば皆優しい。屈折した人物なんていやしない。

 フィーもそうだ。この年齢で過去猟兵団にいたというのだから、きっと物心がついたころから戦場にいたのかもしれない。そんな少女はラウラとの緊張を感じて、できることはないかと考えている。それで、慣れない会話を駆使してまで自分に過去のことを聞きに来た。

 カイトは少しだけ安心した。同じクラスだから気にかけるし、もしもの時は動くのは当然だ。だが、案外何もしなくても事態は改善に向かうのかもしれない。

 カイトは、本気とも冗談ともとれることを話すことにした。

「教えてやろうか、フィー。オレとそのスチャラカ演奏家、リベールと帝国の国境線で大喧嘩したんだよ」

「は?」

「向こうは『君たちの国なんて侵略してやる』って。オレは『ふざけるな、帝国なんかに侵略されるほどリベールは弱くない』って言ってやった」

「……私のこと馬鹿にしてる?」

「してないよ。大真面目だ」

「もういい。次はリィンに聞いてくる」

「あはは」

 フィーは立ち上がった。スタスタと歩く。

 カイトは一瞬だけフィーの頭に手を置いた。手のかかる妹のようだった。

「いろいろ聞いてくるといいよ。リィンもアリサと喧嘩してたし、マキアスともちょっと壁があるし……ラウラとも、実習中にいろいろあったみたいだしね」

「……ん」

 フィーはそのまま出て行く。一人になってから、カイトは誰にも聞こえないように呟いた。

「頑張れ、フィー」

 カイトは嬉しくなる。今日はいい一日になりそうだ。

 そしてその十分後。

「カイト、少し時間はあるか?」

 ラウラが保健室の扉を開けた。カイトは嬉しくなるを通り越して笑った。

「あはは、今日は保健室が大盛況だな」

「む? 邪魔をしてしまったか?」

「いやいや。是非座ってくれ」

 ラウラが保健室を訪ねてくるのは始めてだった。カイトの予想通り怪我をしたというわけではないらしい。

 彼女を席に座らせ、カイトは待つ。

 開口一番、ラウラはカイトを凝視した。

「そなたに聞きたいことがある」

「うん」

「特別実習の時のフィーのことを、聞かせてくれぬか?」

 カイトの予想通りの内容だった。ラウラはフィーとの関係について、フィー以上に気にしている。

「すまない、そなたたちには迷惑をかけてしまう」

「いいんだ。何もなしにオレたちⅦ組が仲良くあるなんて、それこそないよ」

 ラウラの話を聞く。相談したいのだという、フィーとのことを。

 やっぱり、お互い気にかけている。カイトは笑った。

 ただ、フィーがいろいろなことを気にして言葉が少なくなるのに対して、ラウラの場合はまっすぐだ。ストレートな思考と感情の表現。それによって生じる問題すら、自分の責任として解決してみせようとする、上に立つ人間としての矜持が垣間見える。

 ラウラの胸中は、カイトとリィンが予想したところが概ね的を得ていた。ラウラにとってフィーという猟兵の存在は信じられないものなのだという。それはフィーの戦闘力についてもそうだし、猟兵という生き方についてもだ。

 そして、とラウラは言う。

「先月の実技テスト。私はそなたとフィーと組んで最高成績を出した。そなたをおいてすまないが、フィーとのリンクは最高の成果だったと思う」

「申し訳なく思わなくてもいい。オレも二人は最強のペアだと思う」

「あの時の心地よい高揚を覚えている。なのにだ。私はフィーを信じれないでいるっ」

 自分自身、戸惑っているのだという。立場と心のすれ違いに。自分がどんな答えを導き出そうとしているのか。

「その、リィンにも相談をした。恥ずかしいが、ケルディックで心をぶつけ合った仲だからな」

「リィンはなんて言ってた?」

「励ましてくれた。『自分たちは同じⅦ組だ』と。『俺とラウラにできて、ラウラとフィーにできないはずがない』と」

 リィンらしい言葉だった。ラウラを励まし、さりとて深く介入し過ぎない。サラが言った《重心》という言葉は、やはりリィンに似合っている。

「リィンにも言ったが、直接手を出すのはやめてほしい。これは、私とフィーの問題だ」

「それでいいのか?」

「うむ。自分のことには自分でケリをつけたい」

「わかった。あまり気負いすぎるなよ?」

「さすがリベールの英雄の一人。言葉にも重みがあるな」

「茶化さないでくれ」

 それで、とラウラが言った。

「改めて、私はそなたにフィーのことを聞きたい。私の知らない、そなたが知るフィーのことを」

「特別実習の時のことか」

「うむ。そなたはリィンとは別で懐も深いし。フィーも懐いているようだからな」

 ラウラの強い語尾。カイトは思い至った。

(ラウラ……少しオレに嫉妬してる?)

 カイトもラウラとフィーはⅦ組最強のペアだと思う。だが、特別実習の最後にその最強の座を、カイトが奪った形なのだ。

 その後もカイトとラウラは言葉を重ねた。二人はレグラムで面識もあったし、世間話には事欠かない。カイトのリベールの話しに、ラウラの父ヴィクターの話し。二人の生徒は他の生徒が保健室に訪ねてくるまで笑い合っていた。

 ラウラが部屋を出て、包帯を求めた生徒にも対応し、今日の保健室業務は終了した。

 ラウラとフィーの今後は明るそうだ。もちろん今は二人共緊張状態にあるしⅦ組全体に波及しているが、今カイトたちができることは見守ること。

 そして同時に、カイトはため息をつく。

「どうすんだ、男子二人……女子二人に仲直りレースで負けちゃうぞ」

 

 

────

 

 

 五月二十六日。五月の実技テスト実施日。

 今日の実技テストは例の戦術殻も利用しつつ、対人戦にも重きを置くことになった。

 すなわち、二人ずつでペアを組むことだ。

 カイトとエリオット。リィンとエマ。アリサとガイウス。ラウラとフィー、そしてマキアスとユーシス。

 案の定の人選に、平和組の六人がため息をついた。

 まず、カイト組とラウラ組の戦闘、リィン組とマキアス組の戦闘。結果は言うまでもない。

 その後も何度か組み合わせを変えたり、余ったペアが戦術殻と戦闘をこなしたりで、かなりの疲れを要することとなった。

 サラはそれぞれのペアに評価を行っていく。淡々と評することもあれば、おちゃらけて突き放す時もある。いつもと変わらないサラ・バレスタイン教官だ。

「……上々のペアもあれば、まるで言葉もでないペアもある。私が誰のことを言っているのか、わかるわね」

 それこそ言葉もでない二組である。

「今回の実技テストは以上。それじゃ、今週末に行う特別実習の発表を行うわよ。受けとって頂戴」

 例によってプリントを配るサラ。リィンを先頭に受け取る。そこには次なる波乱の場所が書かれていた。

 

『五月特別実習』

・A班:公都バリアハート

 班分:リィン

    アリサ

    ユーシス

    マキアス

    エマ

 

・B班:旧都セントアーク

 班分:カイト

    ラウラ

    エリオット

    フィー

    ガイウス

 

「じょ、冗談じゃない……!」

 マキアスが怒鳴った。ついに副委員長の堪忍袋の尾が切れた。

「サラ教官、いい加減にしてください! 何か僕たちに恨みでもあるんですか!?」

「……茶番だな。こんな班分けは認めない。再検討をしてもらおうか」

 珍しくユーシスがマキアスに同調している。あからさまな班分けにさすがに嫌気が差したか。今までにない怒り具合だ。

「うーん、あたし的にはこれがベストなんだけどな。()()()は反対意見もないみたいだけど?」

 マキアスとユーシスがとある二人を見た。彼女たちは終始無言、それぞれ反対を向いている。それでもマキアスたちのような苛烈な発言は何もない。

 マキアスとユーシスの主張は至極単純だ。お互いに別の班にしろと。それがⅦ組にとって適する形だと。

 だが、少なくともユーシスはA班から外せない。翡翠の公都バリアハートはユーシスの故郷だからだ。

「だったら僕を外せはいいでしょう! セントアークも気は進まないが誰かさんの故郷より遥かにマシだ! 《翡翠の公都》……貴族主義に凝り固まった連中の巣窟っていう話しじゃないですか!?」

「確かにそう言えるかもね」

 マキアスの、ユーシスを逆撫でする言動は、しかしサラによって肯定された。もちろんそれは主観を『ある意味で』と認めているだけ。それはサラも譲る気がないからだ。

「だからこそ君もA班に入れてるんじゃない」

 特別実習の目的。全てが明らかになったわけではないが、Ⅶ組に様々な経験をさせるという道筋。立ちふさがる問題を前に、主体的にどう行動するか。

 マキアスがA班に入るということは、その経験を蜜にすることに他ならない。

 サラは続けた。

「ま、あたしは軍人じゃないし? 命令が絶対だなんて言わない。でもⅦ組の担任として、君たちを適切に導く使命がある」

 サラは、休憩場所としてる木の根元まで歩いた。そこにあったのはⅦ組が各自の得物を収納するケース群だ。それは十一個ある。つまり最後の一つは──サラ自身の得物。

「それに異議があるなら、いいわ。力ずくでいうことを聞かせてみる?」

 サラは言った。凄みのある笑顔だったが、マキアスとユーシスは引かなかった。騎士剣と導力式散弾銃を改めて持ち直し、十人の群衆から一歩前に出る。

 リィンやエリオットの制止も聞かず、完全に臨戦態勢だ。

「ここまで言われたら男の子なら引き下がれないか。そういう可愛いところ、お姉さんは嫌いじゃないわ……!」

 そして取り出す。赤黒い色合いが目を引く、大型の片手剣と導力式軍用拳銃。

 サラ・バレスタインが、殺気を帯びた瞳を彼らに向ける──。

 

 

 

 

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