心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

72 / 170
51話 立場と心②

 

 

 カイトを始めとしたⅦ組B班は、導力鉄道に乗り込み西へ南へ進んでいる。

「えへへ、カイトとフィーが一緒だなんて嬉しいや。よろしくね」

 エリオットは朗らかに笑う。ガイウスも続く。

「ああ。先月もパルム……鉄道もこちらの方向だったのだろう。頼りにさせてもらう」

 フィーとカイトは順々に答えた。

「ん」

「こちらこそ、だよ。ラウラもよろしくな」

 カイトは、最後の一人ラウラに向き直る。彼女は少し間をおいて、そして柔らかい笑みを固い相貌に取り繕って答えた。

「ああ」

 列車は規則正しく振動を伝えてくる。五月二十九日。二回目の特別実習だ。

 Ⅶ組B班のメンバーは五人。カイト、ラウラ、エリオット、フィー、ガイウス。前回の班分けから半数ずつを入れ替えた形になっている。

 カイトとしては、男子メンバーがあのユーシスとマキアスからこの二人に入れ替わったのは感涙を禁じえない程だ。それだけで、カイト個人としては先月の列車内よりも相当マシになっているというものだった。

 だがそれでも油断はできない。まだまだⅦ組には問題が山積している。

「そういえば、みんなはセントアークには言ったことはあるの? 僕はないんだけど」

 エリオットはなんとなしに聞いてみた。彼の場合は広い帝都で生活が事足りていたので、ほとんど他の都市に出たことはないという。

 カイトは過去の旅路に思いを馳せた。

「帝国東北部はそれなりに回ったけど、西南部はからっきしなんだ」

「入学するまでノルドから出たことはなかったな」

 ガイウスに関しては半ば誰もが予想していたことだ。彼の寄った都市に関しては全員言い当てられる。当のガイウスが不思議がっていることが微笑ましい。

「私は訪れたことがある。ハイアームズ侯爵との縁だ」

 ラウラが言った。彼女の場合も、それはそれで不思議ではない。貴族家だし、レグラム領とセントアーク市はパルムを中継して比較的直接的に行ける。

 そしてフィーが言った。

「パルムと同じく、一回だけ。団の遠征で侵入したことがある。猟兵じゃ入りづらい都市だからね」

 沈黙が走った。エリオットが生唾を飲み込む音がした。

「そういえばラウラ、オレたち男子組はパトリックってのと会ったんだけど」

「…………ああ、ハイアームズ侯爵家の三男だ。少し世間に疎いとも聞くが」

 長い沈黙の果ての言葉。ラウラはそれきり口を閉じてしまう。

 ラウラとフィーの間の緊張は現在も継続している。それだけなら暴言の応酬がないだけ先月の二人よりもマシなのだが、女子二人の無言の圧力はなんとも抗し難いストレスをカイトたち男子組にもたらす。

 フィーは先月の実習以降、度々猟兵時代のことを話すようになってきている。しかしそれは『語る』とはいえず本当にポツリと喋るものだから、やや無遠慮に放たれたそれがラウラの耳に届く度に、緊張は段違いで増している。それはそれで困ったものだった。

 気を使ったのだろう、ガイウスが話題を変えた。

「それにしても、ユーシスとマキアスは大丈夫だろうか」

「先月の実習でも中々酷いもんだったからな」

「結局、リィンも巻き込んで三人ともコテンパンにやられちゃったしね。心配だよ……」

 これに関しては自分たちのことは置いておいて、五人とも一緒の感想である。

 ユーシスとマキアスは先月と同じく一緒だ。A班の構成はリィン、アリサ、ユーシス、マキアス、エマ。特にエマに同情を禁じえない。こちらもアリサとエマにラウラとフィーのことを頼まれた手前、Ⅶ組改善の同志のようなものだが。

 カイトは思い出す。特別実習の組み合わせと行き先が発表された実技テストの時だ。

 もはや我慢がならないと抗議したユーシスとマキアスに、サラは実力行使を提案した。殺気の増したサラに対し、それでも彼女が言うところの男の子である二人は得物を構えた。その二人に力添えするよう命令されたリィンにも、エマと同じく同情を禁じ得なかった。

 そうして結果はサラの圧勝に終わった。リィンたち三人は戦術リンク一つ結べず、実力の高いリィンがいたのに連携もできず、サラのいいように転がされたのである。

 だが、カイトにはもう一つの思うところがあった。サラの攻撃──覇気と片手剣に纏う紫色の雷光を目にしたから。

 

 

────

 

 

 実技テストが行われた日の夜。第三学生寮三階。

「失礼します、サラ教官」

「はいはーい、ってカイトじゃない。珍しいわね」

 ノックの後に扉を開けると、サラは机に向かい書類業務をこなしていた。暗い部屋、机に備えられた小型導力ランプ。今は酒は入っていないようだが、ところどころ散乱している酒瓶と匂いのせいで、真摯な教官風の態度が台無しである。

 サラは声だけでカイトの存在を判断し、見向きもせず朗らかに言う。

「なになにー、まさか夜這いに来たの?」

「失礼な、まさかオレをそんな自堕落な生徒だと思ってたんですか?」

「得た経験の数じゃ笑えないでしょうが」

「今回の班分け、またいろいろ波乱にさせる気満々ですね」

「ふふ、獅子は子を千尋の谷へってね。面白い組み合わせでしょ」

「えーえー、面白すぎて乾いた笑いが出ますよ」

 そんな軽口を叩き、カイトはサラの部屋の扉の縁に背中を預ける。追加の言葉はない。

 沈黙の後、サラは言った。

「何、ラウラとフィーの班分けのこと? もう文句は受け付けないわよ?」

 ユーシスとマキアスの影に隠れている──隠れきれていないラウラとフィーの関係だ。カイトにしてみれば二ヶ月連続で不和の種を当てられた形だ。

 文句があるのならユーシスたちと同じタイミングで話せというのがサラの言だ。当然といえば当然のこと。

 だが、カイトがⅦ組メンバー不在のこのタイミングで話にきた理由はそれではない。

「──紫電(エクレール)

 カイトは告げた。サラの眉間が僅かに動く。

「史上最年少でA級遊撃士となった帝国遊撃士協会のホープ。貴女のことだったんですね、サラ教官」

「なぁんだ、バレちゃったのね」

 サラは緩慢な動作で振り返る。「入りなさい」とサラはカイトを促した。カイトはサラの部屋の扉を閉める。

 やはり間違いなかった。以前トヴァルから聞いたA級遊撃士の話しの時に想起したものと、サラが戦闘中に見たものが同じだった。命を刈り取るおどろおどろしい稲妻でなく、闇夜を切り裂く白く細い雷光。

「でもちょっと薄情じゃない? 遊撃士で帝国入りするなら私の名前くらい覚えときなさいよ」

 どうやら、いつカイトが自分の前職に気づくかと思っていたらしい。サラからすれば、気づくのに時間がかかったということなのだろうか。

「でもトヴァルさんが教えてくれたのは二つ名だけで、教官の名前までは聞いてなかったですし」

「なるほど……今度トヴァルをシメなきゃならないわけね」

 トリスタで暴行宣言が下された。逃げてください、トヴァルさん。

 カイトは聞いた。

「でも、どうして遊撃士を辞めて教官に?」

「ま、頼れるお姉さんにもいろいろあるってことよ。あんまり詮索するのはなしよ~?」

 それ以上を聞こうとして、カイトはやめた。以前話したレイラのことを思い出したからだ。仮にサラに同じような過去があるのだとしたら、無闇に聴き込むのも憚られた。

 カイトは話題を変える。サラの正体が明らかになったことで、様々な依頼を通して帝国を見るⅦ組にふさわしい担当教官だというのを理解できた。だからこそ、カイトは気になることがあった。サラが狙っていることはなんなのか、という。

「オレを生徒会の依頼から遠ざけたのもわざとだったんですね?」

「ええ、貴方も学生として帝国に来たんだし、少しは今までと違うことをしなさいよ」

「でもリィンを生徒会にしたのはちょっと無理やりじゃなかったですか?」

「リィンは充実してるみたいだけど?」

「それはそうですけど」

 オリビエが生み出した特科クラスⅦ組。自分たちを導くサラ・バレスタインは、いったい何を望んでいるのか。

「《重心》……リィンに何を期待しているんですか? オレに何を求めているんですか?」

 この一ヶ月、サラはだらしない姿を生徒たちに見せつつもⅦ組を導いてきた。不和が生じている二組についてはまだ文句も耐えないが、それでもいろいろと狙いがあるのは理解しているつもりだ。

 それはいい、だが自分個人のことについてはやはり気になってしまうものだ。

「ふふ、リィンもそこまで話したか。いい関係性を築いてるじゃない、君たち」

 サラはおもむろに問うた。

「ねえカイト、《国》が存在する条件ってなんだと思う?」

「はい?」

「いいから答えなさい。どうなの? 難しく考えなくていいわ」

 簡単な言葉で考える。

「えーと、国土があって国民がいることだと思います」

 自分はリベールを、クロスベルを、帝国を旅してきた。他にも様々な国は存在する。

 もちろん法がなければ国の秩序は乱れるだろうし、治安維持組織がなければ早晩崩壊するだろう。だが『簡単に』と言われてカイトが思いつくのはその二つ。

「正解。でもこの場において君に挙げて欲しい要素はもう一つあるわ」

「それは?」

「それは、《外国》があることよ」

「──え」

「《国》と呼ばれる領域の内部だけで治安が解決するなら、国なんて称号は必要ない。支配者が必要なら、単に《王》を名乗ればいいだけ」

 国は、何よりその存在を外部に示すために存在している。国法は外国と差別化するために。軍隊はその内部を守り、外国からの干渉を逃れるために。

「それが、国に対する一つの考え方よ」

 サラの言葉を反芻した。今までにない考え方だった。今までそれぞれの国を知ろうとしていたが、それはあくまで単一の地域として見るだけだった。せいぜいが、国と国を見比べるだけだった。

「リベール、帝国、クロスベル。君は西ゼムリアを知っている。今後は他の国にも行くんですって?」

「あくまで希望ですけどね。共和国とか、レマン自治州とか、いろいろです」

「結構。フィーは一応諸外国を知ってるけど君の密度とは少し違うし、ガイウスは帝国との関わりが深い地域からの留学。やっぱり、君とは違う」

「じゃあ、オレはいったいなんなんですか?」

「君はリィンの鏡写しみたいな存在よ」

 リィンは重心。中心ではなく重心。そうサラに言われたと、言っていた。

「一見して同じ重心に見える、同じ行動を取る。けどその本質はまるで違う」

 そしてカイトは。

「Ⅶ組という帝国の縮図のような枠組みにおいて、外側(鏡の向こう側)にいる存在。でも君という外側がいなければ、Ⅶ組という内側はその存在を確定できない。そんな矛盾した事象こそが、私にとっての君の存在証明よ」

 もちろんカイトに限らず、Ⅶ組は誰ひとり欠けてもⅦ組ではない。

「外側の君は、重心でも中心でも先頭でも土台でもない。でも君自身が外側として、自分がⅦ組の何であるかを決められる」

 それは単なる特別扱いではなかった。自分のことを見て、自分の本質を見抜いている。

 カイトは思った。確かに、この人はA級遊撃士だ。ジンと同じ、誰かを導ける器量のある人物だ。

 サラは続けた。

「遊撃士はもちろん誇らしいでしょう。でもそれだけじゃない、貴方だけの何かを見つけてくれることを期待しているわ」

 期待されている。他のⅦ組メンバーと同じように。

 カイトは、班構成などで負っていたプレッシャーが少しだけ軽くなるのを感じた。

 いつも通りの快活な笑み。準遊撃士時代、あの時浮かべられるようになったそれを表して、サラに宣言した。

「わかりました。まずは特別実習、なんとか乗り越えてみせますよ」

 

 

────

 

 

「──いずれにせよ、我々のやるべきことは変わりあるまい」

 導力鉄道車内。ラウラの声だ。

「まずは実習先の情報を再確認しよう。カイト、構わないな?」

「ああ。よろしく頼むよ、ラウラ」

 目的地到着も近くなってきている。カイトは一番都市を知っているラウラに基本説明を任せた。

「《白亜の旧都》セントアーク。帝国南部サザーラント州を治めるハイアームズ侯爵が居られる都市だな」

 緋の帝都ヘイムダル、翡翠の公都バリアハート、紺碧の海都オルディス、黒銀の鋼都ルーレ。そこに続く帝国五大都市の一つ。人口約十五万人。他の五大都市と比べて多少劣っているが、その歴史的経緯や四大名門が治めていることも含めて重要な都市だ。

「私には縁がなくて恥ずかしい話だが、古くから『芸術の都』として知られている。音楽、絵画、彫刻……挙げればキリがない。エリオットとガイウスからすれば、いい機会ではないか?」

「えへへ、そうだね。ちょっと興味が沸いてきたかな」

「美術館などもあるらしいな。時間があれば寄ってみたいものだ」

 カイトが補足する。

「それと少し調べたんだけど、《旧都》っていう名称は中世の伝承から来ているものらしいね」

 時は獅子戦役を通り越して、暗黒時代まで遡る。当時、帝都ヘイムダルは暗黒竜という存在の瘴気によって死の都と化した。時の皇帝は生き残った民を率い、セントアークに仮の都を築いたとされている。その遷都から百年間の間、セントアークは帝国の首都だった歴史があるのだ。

「さすがに大国だけあって、歴史も深いなあ」

 リベールにだって歴史はあるが、いわくつきの都市の数が比較にならないくらい多い。一つの都市を調べるだけで歴史書を漁る必要が出てくるくらいだ。以前の旅路だけでは帝国を深く知るには足りなかったのだと、思わされる。

「ところでカイト。前のパルムの時は、こんな時間もとれたのか?」

 ガイウスが聞いてきた。それはユーシスとマキアスがいた緊張感の中で今のような会話ができたのかという意味でもあった。

「ああ、委員長とオレでなんとか協力してなんとかできたけど」

「ユーシスとマキアス、大丈夫かなぁ」

 エリオットがぼやいた。もはや何度考えたかわからないことだ。

「ラウラたちの先月の評価はAだったよな」

「ああ、そなたたちはCだったか」

 それは特別実習というカリキュラムにおけるⅦ組の評価だった。A班は高評価だったのに対して、B班はCである。落第とまでは言わないが、合格ラインギリギリだ。四月B班の面々は芳しくないスタートだ。学院にいる以上単位を落としては卒業ができない。挽回しなければならない。

 今回、リィンたちA班は《翡翠の公都》バリアハートが目的地だ。それはユーシスの故郷であり、アルバレア公爵家が治める帝国第三の都市である。やはり『貴族の街』としての色が強く、特にマキアスは相当苦労させられるはずだ。

 カイトは嘆息する。ユーシスとマキアスは、サラが言うところの『重心の鏡写し』であるカイトと四月に同じ班となり、そして今月リィンと同じ班となった。一方のカイトはラウラたちと同じ班に。理解しているが、サラの根回しには多少なりとも嘆息してしまう。

 ひとまずにはリィンたちに託すしかないし、自分たちも頑張るしかない。

「そうだね、頑張らないと」

「あはは、僕はまだ戦いにも慣れないから。頼むよ、フィー」

「任せて。手榴弾もワイヤーも準備万端」

「……」

 だからフィー、そういうところだ。まあ彼女なりの頑張りなんだろうけれど。

 凍りつくラウラ、カイト、エリオット。ガイウスが切り替えるように告げた。

「四人とも、見えてきたぞ。セントアークだ」

 窓の外を眺める。年月の経過によって灰色も混じった、褪せた白亜の旧都が見えてきた。

 午後二時。列車が停車し、B班はセントアークに降り立った。

 白亜の街並みは壮麗で、カイトは故郷リベールの王都グランセルを思い出す。同じような歴史ある白い街並み。それだけでも来てよかったと思った。

 人の数は多いが、道幅は広く穏やかな空気。都市とはいえ空気は澄みきっていて、点在する広場も貴族や子供が多く憩いの場所となっている。ラウラの言ったとおり、楽器を演奏する姿やイーゼルを携えた画家もいる。

 その街並みを少し歩くと、明らかに自分たちを待っている人物が一人。

「ようこそ、トールズ士官学院特科クラスⅦ組・B班の皆さん」

 彼女を見て、カイトたちは驚いた。

「初めましてはフィーさんだけですね。一ヶ月ぶりです、ラウラさん、エリオットさん、ガイウスさん」

「あ、貴方は……!」

 慌てふためくエリオット。その女性は、軍服を着ていた。しかし似合わぬ水色の髪とたおやかな顔立ちが目を引く。

「それに……二年ぶりでしょうか、カイト・レグメントさん」

 カイトは、どうすればいいかわからない様子で答えた。

「お久しぶりです。クレア中尉」

「ふふ……失礼ながら、改めて名乗らせていただきます」

 女性は笑う。

「帝国軍・鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です」

 一年前、帝国の旅路。あの時遊撃士として油断ならない空気の中で邂逅したクレア・リーヴェルトが、今はカイトに笑顔を向けている。

「今回の特別実習の協力者のもとへご案内します。参りましょう、ハイアームズ侯爵邸へ」

 

 








黎Ⅱのトレイラーが出ましたねぇ。
楽しみですねぇ。
楽しみですねえ!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。