心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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34話 少女が求めたもの①

 

 

「お疲れ様ですー……って、誰もいない?」

 夜、帰ってきた遊撃士協会は静寂に包まれていた。玄関口から見渡せる一階は見た通り、受付の裏の倉庫も二階の給湯室兼休憩室にもカイトが感じられる限り人の気配はない。

 一先ず少年は依頼が張られるボードから依頼箋をはがし、ミシェルがいない受付の机へと向き引き出しをまさぐった。

「依頼完了っと……」

 受付として裏方を担うミシェルがいないとはいえ、遊撃士はその業務ができないわけではない。大抵の遊撃士は経験を積むにつれ、そういった業務もこなれてくるものだ。例えば帝国遊撃士のトヴァルなどは、身辺の状況により自分一人で遊撃士協会の屋根を守らねばならない。だからこそ、彼は遊撃士としても受付としても一人前の能力を持っていると言える。

 カイトの準遊撃士時代はリベールの異変の激動の日々だったため、正直受付としての事務能力はジャンの下で手伝っていた程度の能力しかない。これはエステルも同様であったりする。その意味でも魔都クロスベルに来てからの日々は異常だった。ミシェルが依頼者対応などで忙殺されている時、先輩たちはさも当たり前のように自分で依頼完了報告をしていたのだから。カイトも慣れずにはいられなかった。

 直近の依頼報告を書き終えて、少年は別のボードを見やる。そこにはホワイトボードがあり、カイト含め六人の遊撃士の名札があった。カイトは自分の名札の隣の『市内巡回中』の文字を消して『待機中』と新しく書き込んだ。他の五人の名前を見ると、うち四人はすでに『退勤済』と書かれていた。

「なあんだ、もうほぼみんな帰ったのか」

 軽く落胆した。しかし依頼の多さに忙殺されるクロスベルの遊撃士にとっては早いほうの退勤時間だったりする。

 現在八時。

「あ、でもまだ昨日の依頼報告書もあるわ……」

 まだまだ自分は帰れそうにない。先輩たちに事務作業のコツを教えてもらえれば少しは効率よく終わるとも思ったが、残念ながら今夜は協会支部の二階で夕食を食べることになりそうだ。

「はあ、泣きそう。でもま、今日はいつもより少ないくらいか」

 すでにこのクロスベルのビジネスマンと同様の男の背中となっていることは、カイトは気づいていなかった。

 二階へ上がると、カイトは自分用に用意された机に座った。そして引き出しから筆記具と書類を用意すると、鞄を置いて黙々と作業し始める。

 依頼内容を反芻しつつ、遊撃士手帳を見ながら筆を走らせる。しかし日々の業務に少しずつではあるが慣れてきたカイトは、思考を止めることはしなかった。

(ジオフロントに放置され続けた手配魔獣。東通りでの商人イベントでの交通整理。西通りマンションでの家賃未納者への対応。アルモリカ村の農作物被害への対策。なんかこう、どれも……)

 今日のみならず、今までこなしてきた依頼の数々を思い出した。それらを思い浮かべてカイトが感じたのは一つのことだ。

(どれも……こう、しょうもない)

 決して悪口というわけではない。誰もが頭を悩ませる以来の数々だ。全てカイトはまじめに対応している。

 しょうもないと思うのは、それが自分たちが対応していることについてだ。手配魔獣などはともかく、いくつかの依頼は民間団体である自分が対応していいのかと思うグレーなものがあった。ちゃん行政が──警察が動いて対応しろと思うものも多い。

 そして、別の依頼もまた思い出す。

 スコット、そしてヴェンツェルと共に対応した導力車の交通事故。不良どもの抗争への対処。

 また、別のことにも思いを馳せる。エオリアとリン、二人の女性の先輩とは、とある依頼で帝国派議員の行動を調査したこともあった。その人物は歓楽街のグレーなキャバレーで夜を過ごし、カイトはその反道徳的な行為に怒りを覚えたが、しかし何もすることはできなかった。

 初日にダドリーとの邂逅でもあった、解決ではなく実態を把握する程度のことしかできなかった依頼が多かったのだ。

 依頼を出してくれた人は、それでも感謝をしてくれた。やはり遊撃士に多大な感謝をして、『警察は何も動いてくれない』と文句を言い、『真実を知れただけでも良かった』と終わるのだ。

 その原因はなんとなく判っている。

(倫理的にグレーだったり、あるいは非合法なものだったり。それは確かに遊撃士として注意をすることはできるけど……でも『裁けない』んだ)

 カイトは体を椅子の背もたれに預けて天を仰ぐ。

 遊撃士手帳にも書かれる条項、市民の命が脅かされる時、遊撃士は何に変えてもその保護を成し遂げるという信念。それは人を守るということについて無類の強さを発揮するが、けれど。

「魔都クロスベルの闇が……邪魔をする」

 カイトは唸った。どうすればいいものかと、知恵熱を噴き上げる。

「どうしたカイト。手に負えない、と言った様子だな」

 突然の声に、少年は椅子に制御を任せた姿勢を自分から起こした。

 この支部が新人、ベテラン関係なく大量の仕事が入るということもある。加えて、ベテランの方は特に優秀な人物のため忙しく、カイト自身が会ったのは久しぶりだった。最初に出会ったときは親睦を深めることも兼ね彼も含めた何人かで食事に出かけもしたが、そこからはタイミングも悪くしばらく顔を合わせなかったのだ。

「お久しぶりです、アリオスさん」

 動きやすい肌色のズボンに、暗い赤のコート、そして男性としては長めの紺の髪に、物事を捉えて離さない強い瞳。何より長物の太刀を携えた武人としての雰囲気が、彼をクロスベルの守護神だることを告げている。

 クロスベルのA級遊撃士。《風の剣聖》アリオス・マクレイン。その実力は遊撃士時代のカシウスにも匹敵すると謳われるほどの実力者だ。

「共和国から戻って来たんですね」

「ああ。お前は市内や市街の村までの依頼――随分とミシェルにもまれているようだ。クロスベルに来て一ヶ月、調子はどうだ?」

 休憩用に用意された導力ポットに水を流してスイッチを入れ、アリオスは湯呑みに茶葉を入れる。棚に置かれた飲み物用の粉や茶葉、焙煎豆は各人がそれぞれの好みで用意したものだが、アリオスは東方由来の茶類を好むらしい。ちなみにカイトはココアやハーブティーの類を揃えている。

「……やっぱり、一番は遊撃士や市民を取り囲む環境が違うってのを感じます。少しだけいた帝国でも、それは思ったことですけど」

「……続けてみろ」

聞いてくる。アリオスからの、育成指導と言ったところか。

「クロスベルは遊撃士が人気で、それ自体はオレも嬉しいです。でもそれは逆に、クロスベルの自治の脆さを裏付けていることになる」

「そうだな」

 遊撃士が人気、と言うより過剰に奉られている感があるのだ。もちろんアリオスを筆頭とした支部の遊撃士は優秀だ。泰斗流のリン、医療術に長けたエオリア、帝国由来の意志の強さを持つヴェンツェル、百貨店に恋人がいることもあって市民との距離が近いスコット。カイトもまた、依頼を着実にこなす中で少しずつ市民との信頼を育んでいる。

 しかし、裏を返せばそれは、自分たちの領土を自治する組織が機能できていないことを意味する。クロスベル、特に市内においてはクロスベル警察が軍の代わりにその役割を担っているはずなのだが。

 しかしカイトがこの一ヶ月受け持った依頼で、おのずと答えは見えてきた。セルゲイ捜査官と話すことができたのも運が良かったのかもしれない。

「クロスベルは東西を帝国・共和国の二大国に挟まれている。だからこそその思惑、影響を強く受けることになる。両派閥が争うことになって、本来の役割である自治ができない」

「その通りだ。それはクロスベルの政治を受け持つ議会が顕著だろう。市長であるマクダエル氏はどちらの派閥にも属していないが、議員は帝国派、共和国派が常に己の利益を守ろうと躍起になっている。その影響は本来市民を守るための警察・警備隊にもおよび、両国の工作員が引き起こした事件・事故をまともに解決できない、というわけだ」

 先日カイトが遭遇した行政区の導力車事故も、その一端だった。幸いにも死亡者がいなかったとはいえ大怪我を負い人生を狂わされた者もいるのに、警察は最低限の現場管理や救護しかできなかったのだ。真相究明を求める人々は、憤りを感じずにはいられないだろう。

「だがその理不尽も、人々はどこかで受け入れてしまっている。そういった歪さが、この魔都にはある」

 遊撃士に対する感謝の言葉が、その表れだ。カイトはアリオスが発した単語を繰り返した。

「魔都クロスベル……」

 そして、国家に囚われず己の本分に従い活動できる遊撃士は、代わりに人気を上げていく。

「忙しい状況は、それだけを汲めば充実したものでもある。だが……俺たちにとってそれは、手放しに喜べるものではない」

「もちろんです」

 遊撃士が忙しいということは、市民が少なからず困っているということだ。荷物の配達や街道の護衛など、便利屋で終わればそれはいいのだが、現実として大きな悲劇や悪行と対面することが多い。

 そして遊撃士にとって一番の苦痛は、悲劇一つ一つに対処できても根本を自分たちの手で解決できないところにあった。遊撃士協会規約に乗せていられる大原則。それをどれだけ都合よく解釈したとしても、民間人が傷つかない政治的犯行は見逃すしかないのだ。

「……難しすぎる問題ですね」

「そうだな、俺も随分長く悩んでいることだ。一朝一夕でどうにかできるものではない」

 沸いたお湯を湯呑みに入れ、出来上がった緑茶を一口喉に流したアリオスは、カイトと対角線上の席に腰掛ける。使い古され、そろそろ新しいものを発注するらしい遊撃士手帳を見て少年と同様事務仕事を始める。

 それでも、二人の会話はまだ途切れない。

「それでも遊撃士として、遊撃士なりにこの壁に立ち向かわなくてはならない。何より、お前はまだこの壁が存在することを知ったばかり……気負いすぎず、自分の出来ることを見つけていくのが重要だろう」

「……はい」

 正遊撃士となったが、それでもまだまだ少年は新人だ。慣れない環境に身を置くことで体調を崩すことだってある。だからこその、無表情には似合わないアリオスの労いだった。

 話はそこから世間話に変わる。

「忙しいことは変わらないが、たまの休暇も許されるだろう。ミシェルに相談してみたらどうだ。あいつのことだからきつく言われるだろうが、しっかり休みは取らせてくれるぞ」

「そうですね。一ヶ月に一度くらい、そんな日があってもいいかな?」

「国や自治州にはそれぞれ特徴があるが、クロスベル市は特に有名な場所だ。お前ほどの歳なら、楽しめるものもたくさんあるだろう。テーマパークがある保養地ミシュラム、自然豊かなアルモリカ村。歓楽街では、通りで芸事を披露する者もいるしな」

 多少ばかり固い人物だと思っていたのだが、実際そうではないらしい。カイトも噂で聞いた程度のミシュラムだったが、まさかアリオスから紹介されるとは思わなかった。

「案外詳しいんですね」

「フッ……それは半年ほど前にヴェンツェルにも言われたな。これでも十の娘がいるからな、観光名所の知識には事欠かない」

「アリオス、まだいるかしら?」

 アリオスに娘がいる。少年としては意外な情報を聞いた所で、一階から剣士の名前が呼ばれた。声の主であるミシェルは二階に上がってくると、二人の遊撃士を労ってくれる。

「お疲れ様、二人とも。カイトの方は、思ったよりも頑張ってくれて助かるわ」

「ははは、思ったよりも、ですか」

「それは当たり前よ。この支部にいるなら、もっと働いてもらわないとね」

「それよりも、どうしたミシェル? 新しい依頼でも入ったのか?」

 見れば、ミシェルは段ボールを抱えている。それを二人の近くに置くと、アリオスの問いに対して偉丈夫は首を横に振った。

「よっこらせっと……。いいえ、宅配よ。貴方と……シズクちゃん宛の荷物がね」

「そうか」

 短い返事ではあったが、アリオスの物腰が柔らかくなったように感じられる。アリオスは事務を中断し、一度緑茶を飲み干して湯呑みを隅に除けてから段ボールを開封する。

「えっと……シズクちゃんって?」

「娘だ。さっき言ったな。今は聖ウルスラ医科大学付属病院にいるが」

 興味を持って、カイトもミシェルと共にアリオスの様子を見ることにした。とくにアリオスは隠すようなこともしない。見えたのは男性用の衣服や目新しい食器。そして緑の綿の布地に白い毛皮がついた、所謂ポンチョが入っていた。正面には透き通った青色の石が留め金の役割を果たしていて、随分と小さい少女用の、可愛らしい衣服だ。

「あら、それが誕生日プレゼントのお返しってわけね。考えたじゃないアリオス」

「リンやエオリアに相談したのが幸いだった。……まあ、エオリアの豹変ぶりはいつ見ても驚かされるが」

 アリオスは珍しく、少々の苦笑いを浮かべながら返してくる。

 エオリアは優秀な遊撃士なのだが、支部に所属するものは全員知っているとある弱点がある。それは、『とにかく可愛いものに目がない』と言うことだ。最初にスコットから注意喚起を促されたカイトはアネラスを想像したが、その比ではなかった。狂人と呼ばれても違和感がないほど可愛らしいものを追い求める姿を見た時には、一度感じた信頼をいったん戻そうかと本気で悩んだものである。ちなみに彼女の可愛いものの対象は、概ね人である。察するに、アリオスの娘シズクはエオリアの眼鏡に適う愛らしさなのだろう。

 聞くところによると、カイトが知る限り仕事人間であるアリオスも休暇はしっかりと取るらしく、その多くは病院に長期入院しているというシズクとの時間として使っているらしい。たまたまアリオスの誕生日に休暇が取れたつい先日、シズクは父に向け精一杯の誕生日プレゼントを渡すことができたそうだ。そのためアリオスが父のお返しとして悩み、渡そうとしているのが、目の前にあるものであるらしい。

 詳しく聞いてみると中央広場の百貨店タイムズの子供用衣服の場にて時間たっぷり悩んだ挙句、意を決して目当ての商品の在庫を訪ねてみれば丁度売り切れとなり、店舗の隅でそそくさと注文用紙を書いたのだとか。そんな庶民すぎる風の剣聖には少し親近感を覚えた。

「普段から病院の屋上や池の畔に出るそうだからな。夏場とは言え風邪を引かないよう、といった程度のものだが」

「でも、これは可愛らしいですよ。会ったことないけど、シズクちゃんも喜ぶと思いますよ」

「そうか、ありがとう」

 真面目人間の彼のことだ、こういったことには多くの時間をかけて悩んだのだろう。言葉の端々からも娘を大事に思っているのが分かる。そんな父から贈られたものなら、娘が喜ばないはずがない。

 自分も、マリィやポーリィの誕生日プレゼントには常々頭を悩ませたものだ。当時はそれほどミラもなかったから、贈り物に限らず様々な方法で誕生日を祝ったことを覚えている。

「けれど困ったわね。アリオス、あなた明日からレミフェリア公国へ出張でしょ? すぐに渡せないというのも、中々酷な話よ?」

 しかし和やかに進んでいた会話も、ミシェルの言葉に現実へ引き戻される。共和国から戻って来た次の日にまた出張とは。いくらなんでも忙しすぎな気がした。

 しかし当のアリオスは、微笑を浮べてカイトを見る。

「それなら心配はないだろう。目の前に適任者がいるからな」

「……へ?」

 最近は少しづつ、少年も会話の内容から全容を把握することに長けてきている。だからこそ、これには驚きを隠せない。

「カイト。これを俺の娘に届けてほしい。頼めるか?」

「い、いやでも、せっかくの贈り物ですよ!? アリオスさんが渡した方がいいですって!」

 それはカイトのみならず、多くの人が賛同してくれる意見だと思うのだが、このクロスベル支部に至っては違うらしい。

「確かにそれが最善だろうが、レミフェリアでの依頼は他の者に回すわけにもいかないものだからな。すぐに届けるというなら、誰かに頼むのが早い」

「で、でも……」

「それに、お前が行ってもシズクは喜んでくれるはずだ。元々シズクはクロスベル支部の全員と面識があってな。その意味で、新人であるカイトを紹介したいという理由もある」

「あ、そうなんですか」

 堅物二号のヴェンツェルまで小さい少女と会っているとは。先輩に対して失礼だが、少し笑えて来る。

「俺の同僚と言うことで、病院にいるシズクにはいい刺激を与えてくれるからな。加えてお前は十六歳。年の近い兄が増えれば、シズクも喜ぶだろう」

「う、うーん」

 実際、兄貴分としての心得は多少は持っているつもりだが。

「無理を承知、と言うこともあるがな。明日の依頼をウルスラ病院のものに変えることもできる。何より訪れたことがない場所なら、一度地形を把握するのは遊撃士として重要なことだ」

「そこまで言うなら……」

 何より大先輩の頼みだ。簡単には断れなかった。

「分かりました。明日にでも、病院に行こうかと思います」

「感謝する。ミシェル、そういうことだ。カイトの依頼内容を変更してくれないか」

「わかったわ。それなら、明日の依頼はウルスラ間道の手配魔獣だけにしましょう。シズクちゃんにプレゼントを渡して、彼女のためにのんびり時間を過ごしてきなさいな。行きは導力バスで向かって、魔獣は帰りがけに思いっきり暴れて倒してきてくれればいいから」

「ははは、了解しました」

 休暇とはいえないだろうが、明日は少しばかりのんびりとできるらしい。

 明日の目的地は聖ウルスラ医科大学。レミフェリア公国と技術提供を結んだ、近代的な医療施設である。

 

 

 








いざ、ウルスラ病院へ。
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