心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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54話 黎明①

 

 

 中間試験明けの自由行動日。ここ数週間は勉強漬けだった生徒がほとんどで、全てのクラブ活動が久々の再開となる日。当然カイトたち特化クラスⅦ組のメンバーもクラブに顔を出す。そうでないリィンとカイトもそれぞれ用事はあるし、全員が午前中から外に繰り出す日だ。

 だが、朝八時。いつもは何人か《キルシェ》で朝食を済ませるメンバーもいるのだが、今日は全員が食堂にいる。それぞれ席に座り、驚きと感動が混じった視線を机の上に投げていた。

 並べられた食器の上、出来立てのトーストにひと欠片のバターが添えられ、食欲をそそる匂いがする。こんがりと焼いたベーコンに、新鮮なレタスとトマト。卵は片面焼き(サニーサイドアップ)で半熟に。そして湯気が立つコンソメスープ。加えてそれぞれの趣向に合わせた紅茶や珈琲がカップに入っている。

 それらを全て用意したメイド──シャロン・クルーガーは、優雅に微笑んだ。

「伝統的な帝国風の朝食スタイルになります。厨房に慣れていないため間に合せになってしまって申し訳ありません」

 帝国風(インペリアル)ブレックファースト。シャロン自身が言うように、カイトたちの眼前に並べてあるメニューは帝都の平民でも食べるようなよくあるものだ。カイトも、それ以外の面々もたまに《キルシェ》で食事を取ればこんなしっかりとしたメニューが並ぶ。

 カイトとフィーは涎がたれんばかりに朝食を見る。リィンやエリオットはただただ驚く。

 ユーシスやラウラは謝るシャロンに対して純粋な褒め言葉を伝えていた。

「謙遜をすることはない。私の実家で出されるものより豪華なくらいだ」

「……あり合わせでこれなら、腕は公爵家の料理人にも引けを取らないかもしれないな」

「ふふっ、ありがとうございます。珈琲、紅茶ともに揃えていますので遠慮なく仰ってください」

 マキアスはカップに一度口をつけた。彼は珈琲だ。

「……シャロンさん、ひょっとして焙煎も?」

「今回は中煎りでいくつかの豆をブレンドしています。マキアス様のお好みには未だ合わせておりませんが……」

「い、いえっ、そんな。いい香りです」

 マキアスは珈琲を好んでいる。焙煎も自分でするので、朝はよく厨房で用意をしていることが多い。今日ほどではないが、Ⅶ組ではマキアスが一番朝食に手を込んでいる人間だった。

 カイトは残念ながら珈琲はたまにしか飲まないが、彼のこだわりはわかっているつもりだった。そんなマキアスはただただ感動している。

「ふん、厨房で一人寂しく豆を挽いていた甲斐があったな」

「今回ばかりは君の悪口も霞むな。これはいい腕だ」

 ユーシスの煽りにも気を奪われないあたり、かなり上機嫌なようだ。

「ふふ、お褒めに預かり光栄です」

 そして、Ⅶ組は食べ始める。やはり美味しい。食事が捗る。

 ただ一人を除いて。

「……」

 その一人、アリサ・R──改め、アリサ・ラインフォルトは腕を組み瞑目してつま先を揺すっていた。かなり不機嫌そうだ。

(ご立腹だなぁ、アリサも)

 カイトはシャロンを見た。少年の目線に気づいたシャロンはすぐさまに優雅に微笑む。美人なお姉さん、といった様子には、カイトも少したじろいでしまう。

 前日、中間試験が終了したⅦ組メンバーはまっすぐ第三学生寮に帰ったのだが、そこでシャロンはアリサを含めたⅦ組と会った。そうして自己紹介の後に言ったのだ。

『今日から第三学生寮の管理人を努めさせていただきます。皆様のお世話をさせていただきますので、よろしくご指導、ご鞭撻ください』

 どういう経路で決まったのかは定かではなかったが、シャロンが第三学生寮に住み込むのは事実らしかった。旧知の仲のアリサも、それ以外の面々も驚くこととなったのだ。

 カイトの予想の通り、アリサの姓はラインフォルト。カイトも鋼都ルーレで訪れた、帝国を代表する重工業メーカーであるラインフォルト社を経営する一族の娘が彼女だった。つまりは社長令嬢であり、見たとおりシャロンのようなメイドを抱えるお嬢様だったわけである。ラインフォルト社といえば帝国内外を問わず有名で、リィンやラウラのような地方貴族よりも、下手をすればアルバレア家のような大貴族よりも名が広い。アリサが姓を隠すのも納得だった。

 そして、Ⅶ組のみならずアリサもシャロンが来ることは知らなかった。アリサはケルディック実習で『自立したくて士官学院に入学した』と明かしていて、シャロンが現れたことにリィンの不可抗力の数倍は怒り狂ったのである。その後は第三学生寮のプライバシー対策に疑問を抱くほどのアリサの怒鳴り声が寮に響き渡り、シャロンがそれをなだめる一幕があった。

 そしてアリサのご立腹は現在も継続中である。シャロンがアリサの母親──社長らしい──の話を振ってもかえって突っぱねるばかり。それでもシャロンや母親に対しての心配が見え隠れするあたり、彼女も素直じゃない。

 そして極めつけは、シャロンの余裕のあるいたずらである。

「あ、お嬢様っ。大好物のアプリコットジャムをご用意しました。せっかくですからシャロンがトーストにお塗りしましょうか?」

「え、ほんとっ!?」

 アリサが満面の笑みでシャロンに振り返った。そしてすぐにまた顔を赤らめながら憮然とした表情に戻る。

「だ、だから子供扱いしないでってば! その、ジャムはいただくけど……」

 おいちくしょう。可愛いじゃねぇか。いや、アリサは控えめに見ても美人だが。

 そうしてカイトたちは朝食に舌鼓を打つこととなった。

 やはりほとんどのメンバーはクラブ活動に参加し、リィンも生徒会の依頼のため外に出る。

 カイトもカイトで用事があった。そのため自室で準備をしてから改めて学院に繰り出すのだが、そこでカイトを呼び止める声が食堂からかけられる。

「カイト様」

 シャロンだ。彼女はやはり献身的で、全員の食事の後片付けを請け負ってくれていた。カイトはシャロンに向き直る。

「シャロンさん、お久しぶりですね」

「ええ。その節は本当にお世話になりました。挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」

「いえいえ」

 彼女との出会いは鋼都ルーレでの一瞬だが、印象的でよく覚えている。

「それだけでなく、お嬢様のクラスメイトとして、隣の席で過ごされていることも」

「いや、オレもアリサに助けられて──隣りの席だなんて言いましたっけ?」

「うふふ」

「え?」

 なにこのメイドさん。怖い。何をどこまで知ってるんだろう。

「……それはそうと、朝食ご馳走様でした」

「お粗末様です。カイト様はリベールの出身ですし、帝国風ではお口に合うかどうかと考えましたが」

「そんなことないですよ。これから毎朝が楽しみです」

「まあ」

「それに、夕食も作ってもらえるんですね」

「はい。朝晩は私がお作り致しますので、必要がなければ都度ご報告頂ければ」

「わかりました」

「それに、構わないのでしたらお部屋の掃除に洗濯等々、家事全般もお任せください」

「……忙しすぎじゃないですか?」

 一人で十人分の家事を担当するわけである。第一・第二学生寮は住む人数が多いものの、同じようにメイドや管理人も相応にいる。

 だが、そんな意図を込めた労わりの言葉を送ってもシャロンはどこ吹く風だ。

「私はRF社のメイドでありますから」

「なんか前にも聞いたことがあるような……そうそう、ファストさん、元気ですか?」

 カイトはそれを聞いた。シャロンとカイトを引き合わせる原因を作った人物だ。元々カイトたち旅の遊撃士に()()()戦術オーブメント開発に関する協力を依頼した。それが、言うまでもなくARCUSである。

 その研究に熱中するあまり周りが見えなくなった研究員ファストを連れ戻したのがシャロンだった。

「はい。ご存知のようにARCUSを開発し、その後は皆様の運用報告を管理するとともに新たな導力器の開発にも着手しています」

「そっか。ファストさんも頑張っているんですね」

「そのファスト・ローレインが本日こちらに訪問しますので、どうぞよろしくお願い致します」

「へ?」

 来るのか、彼が。というか今日?

「もしかして、ARCUSの運用経過を確かめに?」

「はい。会長へのレポートの提出は私でも行えますが、是非皆様に──特にカイト様の話を聞きたいと」

「あはは……いつ来るんですか?」

「本日の三時にはトリスタ駅に到着するとのことです。カイト様にお会いできること、随分と楽しみな様子でした」

「シャロンさんとファストさん、すごい仲良しでしたしね」

「……うふふ」

 カイトは上体を伸ばした。学院の用事に、ファストの来訪。今日もまた忙しくなりそうだ。

「それじゃ、行ってきます」

 シャロンは、いつかのルーレの時のように淑やかに頭を下げた。

「お気をつけていってらっしゃいませ、カイト様」

 

 

────

 

 

 カイトはケインズ書房で雑誌を買ってからトールズ士官学院に訪れる。午前中に短時間の保健室待機を行った後、技術棟へ向かう。

 中間試験前の試験勉強も含め、何度か寄っていることもあってカイトは気楽に技術棟に入れるようになった。棟内にはすでにジョルジュがいて、彼の勧めもあり時間まで椅子に座って待ちぼうける。

 そのうちにクロウが顔を出し、アンゼリカが訪れた。さらにはトワもやってきて、技術棟はにわかに騒がしくなった。

「にしても、お前さんも真面目だねぇ。毎号毎号、帝国時報を読みふけるとはな」

 カイトと同じように机に座り、クロウはカイトが買ってきたクロスベルタイムズを読んでいる。普段の彼はもっぱらゴシップ誌や帝都の競馬雑誌を買う程度なので、彼のその姿を見るのは珍しいのかもしれない。

 ちょっとしたからかいの意図を含んだクロウの笑い。それを受けつつも対して気にしない少年は、目の前に広がるミートボールや卵焼き。美味しそうな食べ物を突っつきながら答えた。

「ま、すっかり習慣になっただけですよ。それよりも、返してくれません?」

「ちょっと待てよ。まだ読み始めたばっかりなんだからよ。お前も帝国時報読んでんだろう? これだけの事件だ、そっちにも載ってるだろが」

「とは言っても、大事件です。現地雑誌(クロスベルタイムズ)じゃないと詳細は載ってないでしょ」

 話す二人に笑顔のトワが近づいてきた。

「クロウ君が新聞を読んでるなんて……! カイト君に触発されたのかな?」

「あ、トワ会長。お弁当美味しいです」

 この昼食はトワが第二学生寮で作ってきたものだ。シャロンのような美しさと手際のよさというよりは、慣れ親しんだ素朴な家庭の味だ。唐揚げをつまみ、カイトはトワに笑っいかけた。

「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな。それよりも、私も雑誌の内容が気になっちゃって」

「帝国時報はもう読みましたから、そっちでよければ読みます?」

「うん、ありがとう。どこに載ってるのかな?」

 トワの言うそれは、カイトとクロウが話した、クロスベルタイムズで大々的に報じているニュースだ。

「《教団事件》の詳細と、クロスベル政界の大スキャンダルです」

 それは先月のクロスベルで生じた暴動の顛末と、その揺れおこしの詳細だった。

 先月報じられていた警備隊の暴動。その精神感応に使われた違法薬物は、その以前からクロスベル市内で出回っていたものだった。創立記念祭が終了した──カイトがクロスベルを出立した時だ。

 クロウがぶつぶつと呟く。

「なになに……? 『違法薬物は首謀者である《教団》が開発したものだが、市内及び警備隊に蔓延させたのはマフィア《ルバーチェ商会》である』か。やっぱマフィアってのはゲスいもんだねえ」

「……」

 それ、たぶんオレと支援課のせいです。カイトは心の中で苦笑いの感情を噛み締めることとなった。

 《教団》は知らないが、記念祭前に流通していなかった違法薬物にマフィアが関わっている。十中八九黒の競売会(シュバルツオークション)で潰された面子を取り戻そうとした結果なのだろう。後悔はしていないが、思うところはある。

 クロウは続けてぼやいた。

「『操られた警備隊やマフィアの隙を突いて、クロスベル警察《特務支援課》が教団の本拠地へ潜入。遊撃士協会とも協力し首謀者を討伐した』か。お、この女警官美人じゃん! 胸もでけぇ……!」

「もう、クロウ君!」

「……」

 エリィのことか。まあ、胸は、うん。

「クロウ先輩、そろそろ返して下さいよ……!」

「へへ、今いいところなんだよ」

「これ以上オレの友達を毒牙にかけないでくださいよ、はぁ……」

「ん、友達? なんのことだ?」

「あ」

 クロウは気にせず続きを読んでいく。

 ルバーチェ商会を起点とした汚職は次々に明らかとなっていった。警察局長に始まり警備隊司令、そしてハルトマン議長をはじめとする数々の有力議員の犯罪が明らかとなり、前代未聞の大スキャンダルへと発展したのだ。政界の汚職は帝国派議員のみならず共和国派議員にも及んだ。彼らのルバーチェ商会や《教団》とのコネクションが洗い出され、何人もの逮捕者が出るに至って、クロスベル政界に対する市民の不信感は頂点に達した。

「驚くのはここからだぜ……極めつけは『マクダエル議長の引退と、ディーター・クロイス総裁の市長選電撃当選』だ!」

 ディーター・クロイス。クロスベル国際銀行(International Bank of Crossbell)──IBCの総裁を務める男性だ。カイトは名前しか聞いたことがなかったが、財政界では有名な人物らしい。実際IBCは金融都市クロスベルに本拠を構えるだけあって大陸最大の銀行とも言える。

 そのディーター総裁が最近次期市長選の出馬を電撃表明し、これに当選したのだ。新市長はマクダエル元市長の理念を継いで健全な政治体制の確立を公約に掲げている。そのマクダエル元市長もまた、クロスベル議会長に就くこととなった。ハルトマン議長のいた頃の体制と比べると天と地ほどの差だ。

 《教団事件》とディーター新市長。これらはクロスベルを様々な意味で震撼させることになった。クロスベルタイムズのみならず、各国の代表誌でも大々的に報道されるほどの事態なのだ。

 カイトとしては、何よりも特務支援課が事件を解決したということに誇らしさを感じていた。彼らと出会って感じた予感が証明されたような心地だった。

 クロスベルの大陸における地位が向上したわけではない。むしろ、この事件も何かしらの尾を引くことはあるだろう。それでも、ロイドたちは確かにクロスベルの闇を一つ払うことができたのだ。

(おかげで、こっちも心おきなく頑張れそうだ)

 技術棟の扉が開く。リィンが現れた。

「失礼します。お疲れ、カイト」

「リィン、そっちこそ……なんか疲れてない?」

 シャロンの朝食を一緒に食べた時は晴れやかな顔をしていたはずだが、この数時間で随分とやつれているように見えた。午前中の依頼がそれだけ大変だったのだろうか。

「いや……カイト、《グランローゼ》って知ってるか?」

「ん?」

「いや、知らないならいいんだ」

「……ああ」

 眼を見て理解できた。詳細はわからないが、恐らく依頼に関わったのが随分癖のある人間だったのだろう。あれはそういう眼だ。

 ジョルジュと話しているアンゼリカが近づいてくる。

「来たね、リィン君」

「アンゼリカ先輩、遅れましたか?」

「いや、君には他の依頼もあるだろう。ゆっくりしてからでいい」

「そうだよリィン君、遠慮しないでいいからお昼ご飯、食べていって!」

「トワの愛の結晶を食べたら始めようか。『導力バイクのテスト運転』を」

 カイトとリィンがこうして技術棟に来た理由は、アンゼリカの台詞が物語っている。もっともリィンが依頼としてそれを引き受けたのに対して、カイトは手伝いをありつつもアンゼリカが中間試験前に言っていた『お詫び』によるものだった。

 トワの弁当を平らげた後、一同は移動する。目的地は西トリスタ街道入口だ。

 《導力バイク》とは、導力車や導力列車と同じく移動を主要目的とした導力器だ。まず異なるのは車輪の数と乗車人数。導力バイクは二輪車とも言われ、基本的に一人ないし二人の少数を目的としている。

「ま、そのあたりは君たち二人も知っていそうだな。今回の依頼でやってもらうのはズバリ、導力バイクの操縦だ」

 アンゼリカは言った。

 実のところ、導力バイクは理論上の名称であり、どこの会社も作っているわけではない。その開発の第一人者

がジョルジュ・ノームその人であるからだ。文字通りの開発というわけである。

 ジョルジュは導力バイクのハンドルを握り、引きながら移動する。

「まずこのマシンの概要を伝えておくよ。この導力バイクは元々ここにいるアンの依頼で組み上げたものでね。ハンドル周りからブレーキ設定から導力エンジンの性能から……それこそ何から何まで、全ての要素が彼女(アンゼリカ)に合わせたセッティングになっているんだ」

 カイトは導力バイクを見る。大柄なジョルジュでさえ、学院前のトリスタに続くこの下り坂をバイクを制御しながら歩くのは大変そうだ。それほどに、紫色に光る導力バイクは大柄で機械的だった。

 カイトは言った。

「導力器は小さくなるのが常ですが……これはこれで味がありますね」

「確かにね。小型化は洗練の証だが、大きな機械もロマンというものだろう?」

「はい、知り合いに見せたら涎でもたらして飛びつきそうですよ」

「はは、私の愛車を汚せるのは愛くるしい女の子だけさ。男の涎などゴメンだね」

「いや、その知り合い可愛い女の子なんですけど」

「なにっ!?」

 疲労するジョルジュ、発狂するアンゼリカ、二人の相手をするカイト。導力バイクを挟んだ彼らの反対側で、リィンはトワとクロウに質問していた。

「それで、どうしてお二人も? トワ会長たちが仲がいいのは知っていましたけど」

「アンちゃんたちから今日の話は聞いてたから。仕事の息抜きがてら、応援しようかなって」

「俺は冷やかし半分だ。お前さんには前も言ったが、そいつの完成には俺たちも噛んでるんでな。後輩二人にプレッシャーをかけに来たわけだ」

「もう、クロウ君ったら」

「あはは……二人は乗ったことが?」

「操縦経験は俺とゼリカの二人だ。とは言えこいつはゼリカ専用の暴れ馬……乗りこなすのはセンスがいる」

「私は二人の後ろに乗せてもらったくらいかなぁ。でも、風がすっごく気持いいんだよっ!」

「なるほど……察するに、今回の俺とカイトは初心者として乗れるかどうかというテストですね?」

「その通りだ、リィン君」

 ジョルジュが汗を滴らせながら言う。

「クロウもアンも事の経緯やマシンのスペックを理解している経験者。そうでない君たちに乗ってもらうことで、このマシンを客観的に分析したいのさ」

 一同は下り坂を後にする。トリスタ中央の公園までくれば、自然老若男女問わず導力バイクに目を向ける人々も増えてくる。

 カイトは尋ねた。

「それじゃあ、オレもその導力バイクに乗せてもらえるんですねっ?」

「ああ。楽しみかい?」

「そりゃもう! リベールは飛行船文化ですし、初めて列車や導力車に乗った時も興奮しましたから」

「それは重畳だ。ところで、二人は乗馬の経験はあるのかい?」

 リィンが返した。

「まあ、それなりには。父の狩りにも同行したこともあるので」

 カイトも返した。

「オレはからっきしです。そもそも、リベールとクロスベルじゃ馬を見たことがないんですけど……」

 リィンは地方貴族の息子だ。本人は平民同然の暮らしをしてきたというが、その辺りの経験はあるのだろう。一方カイトは山道も多いリベールの、しかも海沿いの孤児院育ち。経験はない。

 アンゼリカは思案する。

「なるほど。もちろん操縦方法は二人に指南するが、カイト君には先に『跨る』感覚を知ってもらったほうがいいかもしれないな」

 聞くところによれば、乗馬と感覚は違うが、ノリや雰囲気は同じだという。

 クロウが笑った。

「なら、まずは俺に任せろよ。女子じゃねえのが残念だが、後輩の一人くらい連れ回してやる」

 一同は西トリスタ街道入口についた。そのままジョルジュとクロウがテキパキと導力エンジンを操作し、すぐさま内燃機関にも似た重い駆動音が響く。

「おし、カイト後輩。後ろに乗りな」

「は、はいっ」

「頑張ってね、カイト君!」

「いや、最初はただ後ろに乗るだけじゃねえか」

 クロウが導力バイクに跨った。トワの激励を受けてカイトはその後ろに乗り、クロウの腹に手を回す。

 まずはクロウがカイトを後ろに乗せて導力バイクを操縦する。その間リィンがアンゼリカから操縦方法のレクチャーを受けることになった。

 それが終わったら終われば選手交代だ。リィンが試運転し、カイトはアンゼリカから操縦方法のレクチャーを受ける。

 そして最後にカイトが操縦だ。

 アンゼリカが笑う。

「ではカイト君、風となってきたまえ」

「な、なんか不穏じゃありません?」

「楽しんでこいということだ」

 リィンも楽しげに笑う。

「はは、行ってこいカイト!」

「お、おう……!」

「へへ、それじゃあ行くぜ!」

「お願いします、クロウ先輩!」

 クロウがハンドルを握る。左手のクラッチレバーを徐々に緩める。右手のスロットルグリップを回してエンジン開放。

「久々の運転だ。ちょっと荒っぽくいくぜぇ!」

「え、ええ!?」

 ギアチェンジ。タイヤが摩擦熱を産みながら回転数を上げていく。

 急発進。唸りを上げて導力バイクが風を切った。

「う、うわぁぁ……!?」

 思わず目をつぶってしまう。鼓膜に響く轟音に、股下から腹の底に響く振動。

 そして、クロウの身体を回避して顔に感じる風。

 導力バイクが発進してからおよそ十秒後、後ろから聞こえる先輩やリィンの声も聞こえなくなってきた頃。クロウが軽快に叫んだ。

「おい、カイト後輩! そろそろ目は開いたかよ!?」

 その言葉に応じ、カイトはクロウに腕の力を強めながらなんとか目を見開く。

「これは……!」

 切り裂く風の音、みるみる変わる視界。晴天の下、太陽の暖かさと風の涼しさを感じた。

 爽快だ。

「最っ高です!」

「お! やっぱそうでなくっちゃな、行くぞ後輩!」

「はい!」

 街道を突っ切っていく。トリスタの西は帝都までの一本道だ。鉄道が発達した現在では人の往来はほとんどまばら、魔獣もいるが導力バイクの速度の前には取り残されるのみ。

 中間試験で鬱屈としていた感情がみるみる間に晴れていく。この時間だけで気分転換になる。

 だが、クロウの運転は少し荒々しい。ハンドルを激しく切って、轍を不規則に揺らしている。必然カイトは振り回される。

「おいおい、男子に抱きつかれるのは趣味じゃねえんだ!」

「だって、そうじゃないと吹き飛ばされる!」

 不意に思い出した。自分の台詞に呼び起こされるものがあった。

 景色と、目の前に広がる大きな背中。そして銀髪。

「そういえば何かに乗るのは初めてじゃないです」

「あん? この手のモンは初めてじゃねえのかよ」

「前もこうやって人の後ろで機械に乗っかっただけで、状況も全然違いますけど!」

「なんだよ、はっきりしねえなぁ。俺みたいに頼りがいのある先輩か?」

 クロウは前を見続けている。カイトが懐かしさに微笑んでいることには気づかないだろう。

 あの時、カイトは同じようにレーヴェにしがみつき、揺れるトロイメライ=ドラギオンの上に乗っていた。

 状況は全く違うけれど、銀の髪は同じだった。

「ふふ、前の人のほうがずっと頼れる人でしたよ!」

「ははっ、減らず口の後輩だぜ!」

「でもありがとうございます! クロウ先輩!」

 そのカイトの感情に嘘はない。カイトの学院生活の大切な一頁となる。

「いいってことよ! さあ、そろそろ戻るぜ!」

 この先輩もまた、他の人たちとはまた違う頼れる先輩なのだ。

 

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