心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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54話 黎明②

 

 

 西トリスタ街道入口まで戻ってきた。

 迎えてくれるリィンや先輩たちに手を振ると同時、クロウが操る導力バイクは停車する。カイトは慎重に地上へ降りた。

「お疲れ様、カイト君。鉄道にも迫る風の旅はいかがだったかな?」

「いやー……凄かったですっ」

 導力バイクから離れたにも関わらず、まだ振動が起きているような虚脱感。心地の良い疲労感だ。

 導力エンジンも停止させて、クロウもまたバイクから降りる。

「どうよ? いいもんだろ」

「ありがとうございました、クロウ先輩」

「ま、これが先輩の凄さってな。Ⅶ組女子たちにもちゃんと宣伝しとけよー?」

「それはお断りします」

 やいのやいのと言う間に、今度はリィンが導力バイクに跨がる。

「おっ、今度はリィン後輩だな。思い切って行けや」

「はいっ。カイト、感想を教えてくれ」

 カイトは逡巡する。

「この快感は言わないほうが面白いよ」

「……少しずるいな」

「先にバイクに乗れて? 残念でしたっ」

「まったく……それじゃあ先輩方、行ってきます!」

 再び重い振動を響かせながら、導力バイクが動き出す。

「リィン君、どうか思い切ってそいつを転がしてくれたまえ」

「どうか無茶はせずに。楽しんできてくれ」

「ま、エンストしたら盛大に笑ってやるよ!」

「もう、クロウ君! リィン君、頑張ってね!」

 クロウよりは慎重な動作で操作され、リィンを乗せた導力バイクは発進した。カイトのように声を上げて慌てることはないが、それでもリィンは固い挙動で座席に鎮座している。

 遠くなる彼の姿を見届け、カイトは笑った。

「我らがⅦ組リーダーの初陣だ」

「なんだい、リィン君はそんな風に呼ばれているのかい?」

「いや、生徒会の手伝いといい、普段の会話といい、だぶんⅦ組どころか知り合い全員からそう思われてると思いますけど」

「なるほど。まあそうでなくては私の愛車においそれとは乗せられないのも確かだ」

 今日も、リィンは依頼に精を出していたのだろう。マキアスとユーシスの一見についても、カイトのラウラとフィーに対するアプローチ以上に積極的に動いたはずだ。名実ともにリーダーと言って差し支えないだろう。当の本人がなんと言うかはわからないが。

「それで、カイト君。不肖のクロウの運転だが、跨る感覚はなんとなくでもわかったかな?」

「おいゼリカ」

「はい! 自分で運転するのが楽しみですよ」

「お前も少しは先輩を敬えよ」

 アンゼリカから操縦方法のレクチャーを受ける。導力器の延長であることが功を奏した。カイトでももなんとか運転はできそうだった。

「さてと。一通りを説明したし、あとはリィン君の到着を待つのみだね」

 あくまでテストはリィンとカイトの試運転だ。その間、残された者はこうして待ちぼうけとなるしかいない。

「そうだ、カイト君。魔導銃のことなんだけどね」

 ジョルジュが声をかけてくる。

「そうでした。直せそうですか?」

 カイトが壊してしまったZCF式の魔導銃のことだ。ティータに連絡する前に、直せないかとジョルジュに残骸を渡していた。

「残念ながら、今の僕の腕じゃ直せない」

「ええっ……そうなんですか」

 がっくりと肩を落とす。ジョルジュに落ち度は全くないが、少し残念だった。

「構造を見させてもらったけどね。やっぱりZCFの技術力は伊達じゃないよ。とても複雑な機構が備えられていた。学院の施設じゃ限界があったんだ」

「つまり?」

「君が当初予定していたように、ZCFに戻すしか手はないだろう」

 使用し始めて一年と少し。ようやく手に馴染んできただけに、少し寂しい気持ちはある。ARCUSのクォーツも揃ってきたので、決して魔法弾の代わりがきかないというわけではないが。

 ジョルジュも少し小さくなったような印象を受けた。男がふたり揃って気落ちしているのを見かけたからか、アンゼリカが声をかける。

「RFの技術者でも難しいかな? ジョルジュ」

「うーん、魔導銃は現在の導力技術の最先端だからね。やっぱりZCFには少し劣ってしまうと思うけど」

「ならば《武器》という観点から見たらどうだ?」

 ジョルジュは思案した後に返した。

「カイト君の武装、という意味でかい? それだったら悪くはない提案だよ」

「えっと……アンゼリカ先輩?」

「シャロンさんは知っているね? 妖艶で見目麗しいRF社のメイドさんだ」

「そりゃまあ。第三学生寮の管理人になったくらいですし」

「その彼女と縁あるRFの技術者がトリスタに来るんだ」

「もしかして先輩、ファストさんを知ってるんですか?」

「おや、君こそ彼を知っているんだね。それは僥倖だ」

 RFグループご令嬢の世話をするシャロンはともかく、一技術者でしかないファストのことをどうして知っているのか。

「私はザクセン鉄鋼山でアルバイトをしていたことがあってね。バイト帰りのバーでよく一緒に飲んだものだよ」

「ええ……」

 つくづく目の前のログナー家息女の規格外さに言葉をなくしてしまう。どこの世界に男たちに混じって汗水垂らすご令嬢がいるのか。

「あ、でも姉さんはフェンシング部だったか」

「こいつのお転婆さを今更驚いてるのか? やめとけ、どれだけ心臓があっても足りねえよ」

 クロウがぼやいた。絆で結ばれているクロウとアンゼリカだが、それを除けばクロウはなかなかアンゼリカに勝つことができないようだ。

「えっと、それはともかく……ファストさんに相談してみるといいってことですか?」

「魔導銃そのものは諦めるにしても、彼は優秀な技術者だ。実力者である君が満足する武器も、きっと提案してくれると思うよ」

 ファストとは、シャロンを介して元々会いにいくつもりだった。ARCUSや導力技術に関する造詣が深いことも知っているし、ついでに聞いてみるのもありか。

「ありがとうございます、アンゼリカ先輩」

「なに、可愛い後輩のためさ」

 そんな頃、リィンが快活な笑顔を浮かべて戻ってきた。

 その後はカイトもまた、リィンと同じように導力バイクを操縦する。

 しかしクロウやリィンほどにはセンスもなかったらしく、カイトはエンストを起こしたりと苦労を重ねた末になんとか発進することができた。

 そのままローギアでカイトは操縦する。クロウに乗せてもらったほどのスピードではなかったが、それでもカイトは初めての体験を楽しんだ。

 その後も実際の操縦の感想をアンゼリカとジョルジュに話す。初心者でも慣れれば扱えるという結論になって、ご満悦の二人だった。

 元々アンゼリカはアリサの実家であるRFグループとも関わりがあり、導力バイクに必要な部品も流してもらっているそうだ。利益を追求する企業だけに、採算の取れる見込みが経てば導力バイクの量産に動いてもらえる可能性は十分にあるらしい。

 だからこそジョルジュたちはこの導力バイクの汎用性を高めようと思考錯誤を続けている。

 夢の広がる話だった。それでも上手く乗りこなせない悔しさもあったので、カイトはリィン共々アンゼリカに導力バイクの練習を頼み、アンゼリカも快くそれを了承した。

 先輩たちと別れ、また旧校舎の探索をするというリィンとも別れる。

 そして、午後三時。カイトはシャロンと共にトリスタ駅の前にいるのだが……。

「どうしてアリサもここにいるのさ?」

「悪い? ファストさんを迎えに来てるんでしょうけど、シャロンに好き勝手はさせるもんですか」

「うふふ、まあ」

 カイトの右隣には慎ましい笑顔のシャロンが、そして左隣には腕を組み仏頂面となったアリサがいる。

 アリサもまた、ファストのことはよく知っている。RF社内でもファストは普通とは別の意味で有名らしい。

「オレは元々ファストさんとシャロンさんとはルーレで知り合ってさ」

「だから特別オリエンテーリングでルーレに来たことがあるって言ってたのね」

「もしかして、オレとアリサってニアミスしてた?」

 カイトはルーレを訪れた日付を明かした。

「かもしれないわね。私、その日はたぶんRF社の上層にある私室にいたと思うし」

「なるほど。エリオットとラウラに続いて三人目か」

「そういえばあの頃、ザクセン鉄鋼山で魔獣の死骸が大量に発見されたって聞いたんだけど」

 カイトはそっぽを向いた。

「ねぇ、こっちを向きなさいよ」

「オレは太陽を見ていたいんだ」

「そっちに太陽はないわよ」

 西から列車がやってくる。帝都方面からの乗客がまばらに降りてくる。

 その中から覚えのある青年が顔を出す。

「シャロンさん!」

 端正な顔立ちだが、少し気の抜けた顔が若干のだらしなさを加えている。やや丸みの帯びた眼鏡と目立たない程度にシワが見受けられる白衣。そして、数日分の荷物を入れた鞄を持った、ファスト・ローレインだ。

 まず、シャロンが親しげに声をかける。

「お待ちしておりましたわ、ファスト様」

「数日ぶりだね。シャロンさんもお疲れ様」

 彼が手に持つ鞄を、シャロンは半ば強引に預かった。ファストは次に、アリサに目を向ける。

「アリサお嬢様もお久しぶりですね」

「ええ。貴方のそういうところも、相変わらずね」

「はは、色々な人に言われますが、僕は変われませんよ」

「まあ母様も強くは言わないし? そのままでいいんじゃないかしら」

 RF社はラインフォルトの一族経営だ。現在はアリサの母であるイリーナ・ラインフォルトが会長として指揮している。アリサと社員の距離も近いのだろう。

 そして、ファストはいよいよカイトに向き直った。

「やっぱり、空の女神の思し召しだね。僕が開発に携わったARCUS。君はその開発企画だけでなく、試験運用にまで関わってくれているんだから」

「そこまで言われると、確かに偶然じゃない気はしますね……お久しぶりです、ファストさん!」

「うん! 再会できて嬉しいよ、カイト君!」

 ぐっと握手を交わす。身なりに似合わない強い力が少年の掌に伝わった。

 

 

────

 

 

 カイト、ファスト、アリサ、シャロンの四人は喫茶《キルシェ》に立ち寄った。丸テーブルの四方に座り、思い思いの飲み物を頼んで喧騒に混じる。

 ファスト・ローレインはRF社に所属する技術者だ。会長直属の開発部で導力器開発に従事していて、特に最近ではARCUSの開発に関与している。そんな彼がトリスタにきたのはⅦ組への試験運用の聴取なわけだが、両者の中継役であるシャロンと再会するのが、今日のファストの予定だった。シャロンはどうやら今日の夕食時にⅦ組メンバーに伝えるつもりらしい。

 だがファストを知るカイトとアリサの意向もあり、二人はこうして事前に会うことになった、

「改めて、カイト君。君には二年前も今の運用レポートも、すごく助かっているよ」

「クラスメイトと同じように、定期的な感触を書いてるだけですけどね」

「それでも、さ。やっぱり実力のある遊撃士の意見はとても参考になるんだ。ARCUSは開発の経緯からして、現状遊撃士には出回っていないといっていいからね」

 軍事大国エレボニアが開発したARCUSはまだ実用に至っていない。だからこそこうしてⅦ組が試験運用をしているわけだし、その関係者が所持しているに過ぎない。遊撃士が今所持している戦術オーブメントはもっぱらENIGMAなわけで、その意味では確かにカイトは貴重な存在と言えるかもしれなかった。

 カイトは先輩遊撃士を思い出して腕を組む。

「うーん、帝国の遊撃士でオレ以上に戦術オーブメントに詳しい人がいるんですけど……やっぱりだめなんですか?」

 ファストは困ったように笑った。

「現実的には困難だね。RF社は開発部毎に独立してるし、割と別グループの社員が個人用に用意したりすることはあるんだけど、それが出回るかっていうと怪しいしねぇ」

 あの超速駆動を使いこなす先輩であれば、どこからかARCUSを調達していてもおかしくないと思うカイトだった。

 ところで、とアリサが男二人の話に割って入った。

「カイトが遊撃士だったっていうのはパルムの時の話で聞いたけど。リベールから帝国に来るぐらい実力があったの?」

 特別実習は二回あった。カイトとアリサはまだ同じ班となっていないので、特別実習という非日常でのお互いの姿を見たことがない。隠し事をする気のないカイトの素性は四月の終わりにはクラスメイトに知れ渡ったが、特にアリサは実感しにくいのだろう。

「あの時のカイト様は、帝国遊撃士協会で発生した事件の再調査のために帝国入りされていたと存じています」

「だからシャロンさん、なんでそんなことまで知ってるんですか?」

 カイトはルーレでの一幕を思い返した。あの時も、シャロンは自分やジン、アネラスの素性を見透かしていたようにも思う。

 カイトはアリサに向けて笑った。

「まあ、いろいろあったんだよ」

「気になる言い方じゃない」

「それじゃ、アリサもいろいろ教えてくれる?」

「っ……」

「カイト様、それは酷い言い草ですわ。お嬢様がそれを語るのは、意中の方と思わせぶりな場所でなければなりませんもの」

「シャロンっ!」

「へぇ、カイト君、そうなのかい?」

「そうみたいですよ? 特に入学式のなんてとある男子と──いてぇ!?」

 身を乗り出したアリサに思いっきり頭を叩かれた。話題にしようとしたリィンの被害より酷い。

「アリサァ……頭が割れる……!」

「さすがに貴方も自重しなさいよっ!」

 湯上がりかと疑う程に赤面となるアリサ。微笑ましいが、被害を受けるのは御免被る。

 周囲の人間が何事かと様子を伺う。それでようやくカイトとアリサは身を縮めた。

「いてて……ともかく、ファストさん。使い始めたばかりのARCUSですけど、オレも毎日刺激されてますよ」

「あはは、うん。君と話し始めると止まらなさそうだし、せっかくだから先に話を聴こうと思ってね」

 改めて、カイトは自分の持つARCUSを取り出した。そのまま回復魔法(ティアラ)を発動させたい衝動に駆られたが、頭を自分で(さす)る程度に留めておく。

 アリサもまた、ARCUSを取り出す。彼女もⅦ組の中では導力器に詳しい人間だ。気になるものはあるだろう。

 ファストもまた自前のARCUSを取り出した。カイトは目を見開いたが、考えてみれば開発者なので持っていてもおかしくはないか。

「前は遊撃士の視点からの新アーツの考案を手伝ってもらったね。今回は君に、ENIGMAとの違いを聞きたいんだ」

 問われ、カイトは思案する。

「アーツは世代が進む度に進化してますから、それはそれで刺激されますけど……やっぱり一番はアーツ構成のアーキテクチャが今までと全く違うところですよね」

 戦術オーブメントの恩恵は結晶回路(クォーツ)による身体強化と魔法構成だ。通信や戦術リンクという新機能はあるが、やはり戦術オーブメントといえば前者二つの恩恵は大きい。

 そして使用できる魔法は、クォーツに込められた属性値によって変わる、というのが戦術オーブメントの常だった。それと使用者に応じて変わるライン構成と属性縛りを考慮しながら、自分の戦闘スタイルを確立するためのアーツを組むのがENIGMAや第四世代でカイトが苦心していたところであり、同時に楽しんでいたことでもある。

 ところがARCUSは違う。属性縛りやライン構成の違いは同じようにあるが、スロット数が増えたこととマスタークォーツの存在もあり、戦術オーブメントに特徴的だった『個々人の特性の違い』が感じづらくなってきている。代わりにアーツはファストが以前言っていたところの『クォーツにアーツが込められる』ことによって、本来アーツが不得手な者が組みにくいはずの高位アーツが組みやすくなっている。

 そこから感じるのは、やはりARCUSは軍人や特殊部隊という『機械化された組織に汎用化した効果を求める』ための機械だということだ。ひとりひとりの遊撃士や剣士に向けてその才能を拡張させたENIGMA以前の世代とは、開発コンセプトがまるで違う。

「私もそれは感じたわ」

 説明するカイトの口が閉じたところで、アリサもまたその立ち場からの意見を答えた。

「私は旧型の戦術オーブメントをスペックでしか知らないけど、概ねカイトと同意見よ。これを開発した母様が、いったいARCUSをどこに流そうとしているのかもね」

 現行のENIGMAが正統進化として今まで通りの顧客に行き渡っている以上、ARCUSがそのシェアを奪い取るとは考えにくい。むしろRF社はARCUSを国外流通させる気などさらさらなく、帝国軍を狙い撃ちするのではないか。カイトとアリサが真っ先に思い至った可能性だ。

 ファストが目を瞬かせて、少し慌てて取り繕った。

「はは……まさかそこまで行き着くなんて。イリーナ会長も喜ぶだろうなぁ」

「茶化さないで頂戴」

「つまり、オレたちの考えは正解なんですね?」

 今しがた紅茶に口をつけたシャロンが、カップをソーサラーの上に置いた。音もなく、淑やかな所作だった。

「それについては私がお答えいたします。訂正の余地なく、《是》でありますわ」

「やっぱりですか。別に恨みはもうないんですけど、リベール人としては気にしちゃいますね……アリサ?」

「……なんでもないわ」

 少女は、頭痛に耐えるようにこめかみを抑えていた。

 シャロンがそれには言及せず付け加える。

「お嬢様には、納得のいかないことでもあるでしょう」

「そうね。もういろいろと壊されるのはこりごり……」

「アリサ」

「ごめんなさい、カイト、ファストさん。話の腰を折っちゃったわね」

 そう話すアリサには、どこか鬼気迫るものを感じる。

 ケルディックの実習で、アリサはトールズの志望理由を『自立したかったから』と説明していたのだという。帝国最大の技術メーカーであるRF社からの自立とは、いったいどういうことだ。

 気にはなるが、それを聞ける空気でもなかった。自分の家の技術に対する理解と、相反するような方針に対しての態度。

 カイトは息を吐いた。アリサもまた、何かを抱えているのかと。

 ファストが、少し鬱屈した空氣を切り替えるように言った。

「もちろん、そういった懸念はあるよ。技術者としては技術の負の面を忘れることは許されない。けれど戦術オーブメントの可能性は、今まさに拡大しようとしているんだ」

 ファストはこうも付け加えた。

「カイト君は、『共和国でも戦術オーブメントが開発されている』という噂を知っているかい?」

 目を見開く。驚かずにはいられない。

「そうなんですか?」

「噂レベルだけどね。でも他ならぬ帝国(僕たち)がARCUSを作っているくらいだ。何も不思議まじゃない。ARCUSと同じように、独自の進化を遂げていたとしてもね」

 その噂が正しいかどうかはわからないが、どちらにせよ戦術オーブメントの可能性は拡大している。導力灯に導力コンロ、導力車という日常の機器。導力銃に導力砲から導力戦車という兵器群。それらと戦術オーブメントは明らかに一線を画す代物だ。

「戦術オーブメントは、今間違いなく最も汎用に『人と機械を繋げて』いる。エプスタイン財団が開発しているHuman Machine Interface(ヒューマンマシンインターフェース)つまり《HMI》。それに果てはBrain-machine Interface(ブレインマシンインターフェース)──《BMI》。それらに財団以外の技術が介入出来る一つの可能性だと思うんだ」

「ヒューマンマシンインターフェース……? ぶれいん……?」

「人間と機械が情報をやり取りする機構。そのための装置や規格の総称のことね」

 思考が止まるカイトをよそに、アリサはよどみなく答えた。

 カイトが知らないのも無理はない。それは技術界隈でも高度かつ最新の概念だ。

 人間が感じ取った五感を基に、あるいは脳の思考を基に、手足を駆使して直感的に機会を操作する。それは導力端末のキーボードであったり、ENIGMAの通信ボタンであったり。現在は単純な操作を行うための機器に過ぎないが、それが拡張していけばやがてはカイトのような一般人が理解できない領域に行き着く。

 現状のボタンのようなものではなく、手で機械の《手》にあたるものを、《足》で《足》を操作する。声で操作する。思考で操作する。そんな直感的な操作は、どこまでも機械の可能性を広げるのだ。

「実際のところ戦術オーブメントはまだその様相を見せてはいなかった……けれど《戦術リンク》は戦場だけじゃなく、導力だけでなく、技術概念そのものの進化の始まりなんだ」

 高揚した様子で語るファスト。確かにそれは技術革新の黎明なのだろう。辛うじてだが、カイトもファストの興奮を理解できた。

 だが、それよりも。

「……《激動の時代》、か」

「え?」

 ファストの生返事も無視してしまう。

 視線を落とした。カイトの脳裏には、ARCUSという戦術オーブメントとその後継が、百日戦役のような戦場で使役される未来が見えた。

 導力革命が生じて恩恵を受けたのは技術と日常生活だけではない。軍事転用、それがやはり一番の目玉と言わざるを得ない。

 もし、そうしたARCUSのような進化した兵器が戦場に出回ったら。オリビエが夢想し拒絶した黄昏や、カシウスが断言した言葉そのものになるではないか。

 一使用者として、ARCUSの技術に関する好奇心はある。だが、それだけではいられないらしい。少し背伸びする感があるが、自分は使命がある。戦術オーブメントの可能性をそれなりに引き出せる人間として、レーヴェの後を継いで魔法を駆使する者としての、力に対する責任がある。

 カイトは顔を上げた。

「ファストさん、ありがとうございます。やっぱり、貴方とする話しは本当に楽しいですよ」

「はは、二年前を思い出すよ。こんなに嬉しいことはない」

 触発されたカイトと、意気揚々と話すファスト。男二人は楽しげに語らう。

 そんな様子を微笑ましく眺めるシャロンだが、一方でRF社のメイドは目を細めて隣を見た。

 カイトが《激動の時代》という言葉を漏らした時。先のカイトと同じように俯くアリサに気づいていたのは、この場ではシャロンだけだった。

 カイトが独自の思考でARCUSの先を視ていた時、アリサもまたRF社の令嬢として別の景色を視ていたのだ。

 それが、なんなのか。今はまだ、少女にしかわからない。

 

 

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