心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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54話 黎明④

 

 

「それではこれより、Ⅰ組代表とⅦ組代表の模擬戦を始める──構え!」

 視界の端には左右にリィンとガイウス。後ろには見えないがエリオットとマキアス。眼前にはパトリックをはじめとした五人の貴族生徒。

 突如として実技テストに乱入したパトリックたちによって始まったⅠ組代表とⅦ組代表の模擬戦。戦う以上真面目に取り組むが、どうしてこうなってしまったんだとカイトは心の中で嘆息を吐いた。

 なんとなく、予想していることはある。本来なら貴族クラスにいるはずのユーシスやラウラ、リィンがⅦ組にいることもそうだし、なにより《偉そうな貴族の坊ちゃん》に見えるパトリックがこうして食ってかかるのは自分たち平民がいるからだ。

 今までもそれらしい態度はあった。導力端末の授業もしかり、ユーシスに取り入ろうとする貴族生徒だっていた。Ⅶ組のカリキュラムに忙殺されてそれどころではなかったのだが、平民生徒が貴族生徒をいないものとして扱うのはまずかったのかもしれない。

 決定的なのは今日の午前中だ。今日は先日の中間試験の結果発表があり、それはⅦ組にとっては好ましい結果だった。

 まずエマとマキアスが同点首位。ユーシスが追随し3位。

 リィンが7位、アリサが8位と10位圏内。ラウラとガイウスも17位に20位と好成績。

 エリオットが36位とそれでも好成績。フィーは百人中72位と下位だが基礎学力を考えれば褒められる数字だ。

 カイトもそれなりに頑張った。713点を修め55位。マキアスにはくどくど言われユーシスには鼻で笑われたが、一応は面子を保ったつもりだ。

 何よりも大きかったのはクラス別の成績だ。Ⅶ組が平均858点と、843点のⅠ組を僅差で抑えて首位を勝ち取ったのだ。これはⅦ組としても誇らしかった。

 そして、結果としてこの首位という結果が貴族生徒たちの対抗心に火をつけたということだ。呆れるくらいわかりやすかった。

 試験では負けた。だが平民や外国人の集まりなどに帝国貴族が負けるわけがない、そういうことだろう。

 カイトは内心ため息を吐く。だがそもそもトールズは貴族生徒と平民生徒が争いながら絆を深めていくとオリビエが言っていた。だからこそカイトとしても、この模擬戦には全力をかける。

「──始め!」

 サラの号令が響き渡ると同時、十人がそれぞれ動き出した。

 Ⅶ組はカイトを、Ⅰ組はパトリックを中心に方陣を組んでいる。

 違うのはⅦ組が正方形、Ⅰ組が菱形ということだ。そして恐らく、リーダー格であるパトリックを守るためだろうけれど、こちらの意図とは違う。

 リィンとガイウスが果敢に攻める。左右の相手に迫り、それぞれの得物を振るった。相手の貴族生徒も負けじと、優雅に細剣を構える。

 カイトの後ろでエリオットとマキアスがARCUSを駆動させた。それを感じ、カイトはまだ大きく動かず戦場を睥睨する。

 縦一列に並んだ残る三人。彼らはリィンとガイウスに向かおうとしている。こちらと同様の戦術で一人ずつ倒すつもりだ。

「させないよ」

 対人戦といえば、直近ではガルシアに《銀》。一年前にはレーヴェやブルブラン。

 数々の強敵たちと矛を交えてきた。自分が強いわけではないが、落ち着いて対処ができすぎる。

 カイトは双銃を動き出した三人に乱射した。決定打ではないが、牽制の役目は十分に果たせる。

 続けて動き出し並戦駆動、緑の波を纏う。後方でエリオットとマキアスがそれぞれのアーツを駆動させた。氷の刃(フロストエッジ)石の槍(アースランス)がパトリックを除く二人へ襲いかかる。

 貴族生徒がたたらを踏んだ一瞬の隙き。カイトは緑の残滓を尾に引かせて前線に入り込んだ。

「パトリック、君のお父さんには先月お世話になったよ」

 体術を叩き込んだ相手はパトリック。

「……お前は先月セントアークに行ったのか」

 カイトの掌底をパトリックは避けてみせた。それどころか反撃に細剣の刺突を繰り出してくる。

 速い。当たり前だが素人の動きじゃない。技術は本物だ。

 カイトはパトリックが細剣を持つ右手を抑える。そのまま肩からタックル、しかしパトリックも応戦する。赤と白の制服が負けじと競り合う。

「アルゼイドはともかく、何故父上がお前なんかと話す……!」

「さあね。ただ、パトリックのお父さんが『貴族か平民か』で人を見ていないのは確かだ」

「っ、黙れ……!」

「黙らない」

 カイトが重心をずらす。それでもパトリックは姿勢を崩さなかった。辛うじてカイトから離れると、クローゼにも負けない速度の連続の払いでカイトに攻撃の時間を与えない。これでは互角の状況を変えられない。

 だが。

「今は模擬戦だ。身分なんて関係ない」

 技術が同格なら、並戦駆動は両者に圧倒的な差を開かせる。

 カイトの周囲を取り巻いていた緑の波が渦を巻いた。突如としてスパークアロー、雷の弾丸が飛んでいく。パトリックは自身の横っ腹に迫るそれをすんでのところで避けたが、その大仰な挙動は正遊撃士に確実な一打を与える。

 カイトが裏拳を力の限り振りかぶる。パトリックは完全な回避ができなかった。利き手ではない左の肩だが、それでも鈍痛は響く。

「このっ……!」

「そもそもオレたちに身分なんて関係ないからな」

 カイトは拳を労り、そしてパトリックに双銃を向ける。

「オレたちはⅦ組だ。そう簡単にやられはしない……!」

 パトリックはカイトを睨んだ。今の攻防でお互い無視できない相手なのが理解できたからだ。

 だが、パトリックは笑った。

「僕たちはⅠ組──貴族だ。お前たちに勝ってこその存在だ……!」

 カイトの死角を縫うように、別の貴族生徒が突っ込んできた。

 直前まで気づけなかった。殺気は隠しきれなかったから直撃は避けたが、敵の侵入を許してしまう。

 カイトは今戦術リンクを使っていなかった。それが仇となった。

 戦術リンクの強みを理解した上で、そこからあふれた一人を確実に仕留めることにしたのか。さすがに修正が早い。

 カイトにパトリックともう一人の貴族生徒が襲いかかる。優れた身のこなしをもってしても、二対一で挟まれてはかなわない。

「カイト!」

 遠巻きにいるリィンが叫んだ。視界の端に八葉の剣士を捉える。彼の光軸は、どこにも繋がれていない。

「リィン!」

 それは了承の意味だった。弾かれるように金色のラインが迸る。

 

 パトリックは俺が抑える。

 任せたよ、リーダー。

 

 意志が閃き、カイトは弾かれたように後退した。単身であれば直後に硬直を突かれるその挙動は、リィンがカイトたちの戦線に割り込んだことで意味を成す。

「シュバルツァー……!」

「俺が相手だ、パトリック!」

 細剣と太刀、質は違えど秀麗さをうかがわせる二つの刃が鍔迫り合いを果たす。

 相手の鬼門であるパトリックだが、リィンは負けない。実習はまだ共に過ごしていない、けれど確信している。負けるはずがない。

 リィンの攻防を戦術リンクで理解し、同時にもうひとりの貴族生徒を銃弾で牽制し、さらにカイトは戦場を見渡す。

 ガイウスがリーチの長い十字槍で二人の貴族生徒を抑え、エリオットがその後方で魔導杖の無属性魔法を発動させて牽制していた。

 マキアスは一人を引きつけ、散弾を簡単には射たずに射線で威嚇することで相手を留めている。

 必死な表情、けれど三人とも実力の高い貴族生徒相手に食らいついている。

「ナイスだ、みんな」

 戦術リンクは確かに強力だ。だがそれ以上に必要なのは絆と連携の積み重ね。それがあって、意志の伝播はより効率的に、鋭く、核心を突いたものになる。

 ガイウスとエリオットが貴族生徒を相手に立ち回れているのは経験があってこそだ。マキアスとリィンもまた、前回の実習があってこそ繋ぎ時と切り替え時を理解している。リィンと自分がすぐに繋げられたのはお互いへの信頼の証。

 単純な実力だけじゃない。オレたちは間違いなく、()()()()()成長している。

 笑みを漏らし、再びの並戦駆動。戦術リンクとは異なる、本来の金色の波。

「さあ、化物相手に鍛えられた戦い方を見せてやる……!」

 カイトは駆けた。向かうは自分の相対している貴族生徒一人。

 真正面から愚直に。金色の波動、しかし止まらない少年の足。初めて見る並戦駆動を警戒してか、貴族生徒は迂闊に動けず、カイトを注視するしかない。

 堂々と、カイトは跳躍して蹴り込んだ。左足での踵落としは空振りとなるが、その一打でわかる。パトリックより簡単に制することができる。

 勢いをそのままに体を半回転し、右足で押し蹴り。パトリックよりも容易くバランスが崩れる。

 倒すべきは今だ。

 金色の波が収束。出現する輝く光球。ゴルトスフィアが螺旋を描いてカイトの相対する一人を力の限り打ち据える。発動者である以上にアーツに慣れ親しんだ者として、近くにいてもカイトはかすりもしなかった。

 相手は沈黙。まずは一人。

「次!」

 すぐさまカイトはリィンを見据えた。パトリックとの攻防は未だ継続中。

 今は大丈夫だ。カイトはリンクを切断し、マキアスとその相手を見る。

 立ち止まり、双銃の片方をホルスターへ。残った一つを両腕で構え、一度呼吸。

 その相手に向けて引き金を引く。同時にリンクの光軸をマキアスへ伸ばす。

 貴族生徒が足元への跳弾へ反応したと同時、カイトの意志はマキアスへ届いた。

「そこだ──!」

 間髪入れずにブレイクショット。散弾が最も威力を発揮する中距離での速射。模擬弾だが腹を打ち据えれば当然堪える。

 マキアスはショットガンを丁寧に、しかし迅速に地に放った。散弾は一発ずつポンプアクションを要する。その時間が惜しい。そしてマキアスの体には、この二ヶ月納得がいかない状況でも愚直に学んだCQC(近接戦闘術)が染み付いている。

 ぐらついた敵。適切な間合い。学んだ通りの好機。Ⅶ組副委員長の真骨頂を引き出す独壇場だ。

「はぁ……!」

 腕を掴み脇を押し、渾身の足払い。白の制服が砂埃に塗れる。

 二人目撃破。

 カイトはリィンとリンクを繋げ直した。

 

 もう少しでそっちに行く。待ってろ。

 了解、カイト参謀。

 

 リィンは心の中で笑った。一緒に戦う仲間たちが、どこまでも頼もしい。

「ふざけるなぁ!」

 パトリックもまた戦況を理解していた。拮抗していた状況が揺らいでいる。

 細剣に力が入る。それは剣戟を通してリィンに伝わる。

 撃ち合い、隙を見て一合。その繰り返し。

 刹那。リィンが口を開いた。

「俺の妹も細剣を嗜んでいる。だからわかるよ、パトリックの剣は洗練されている」

 突きを太刀の平地でいなす。リィンのそれもまた、高等な技術だ。

 体勢を崩したパトリックを押し返し、それでも諦めないパトリックの細剣が動く前に、リィンは(きっさき)で制する。

「くっ」

「同じ学院生。でも今はどうしてか、こうして戦ってる」

「だから、お前なんかがそんなことを──」

「でもそれでいいじゃないか。貴族でも平民でも、同じ立場だって、違う考えがある」

 パトリックはまだ諦めない。大きく後退し、再び突貫。

 そう簡単には倒せない。けれど今、負けはしない。リィンは確信する。

「戦って、笑い合える道。俺はそれを見つけたい……!」

「その通りだな、リィン!」

 攻防の末、リィンとパトリックの立ち位置は常に変化していた。その結果、今カイトの位置はパトリックの死角にあり、その隙をカイトは見逃さなかった。

 パトリックも、冷静さを欠いていても技術として染み込んだ警戒は怠らない。カイトの突貫は先のそれとは違い単純だ。けれど今はリィンを含めた二対一の状況。

「勝つぞ、リィン」

「ああ──」

「くっ」

 パトリックが細剣を振るい、けれどリィンがいなしてカイトが掌底を叩き込む。そこから復帰したパトリックを追撃するカイト。その蹴りは外れるが、躱したところをリィンが斬り上げる。

 パトリックの細剣が弾かれ、空高く待った。

 もう勝負はついていた。カイトとリィンが強力してパトリックを制したように、ガイウス・エリオット・マキアスもまた残る二人を倒していた。

 回転して太陽の光を乱反射させる鋼を誰もが見上げる。

 長すぎる時間、カイトは思考を巡らせる。

(ユーシスはお坊ちゃんだけど、貴族の義務を果たしている)

 ラウラはフィーに対する器量の狭さを正そうと努力した。そしてリィンはまさに言ったように、貴族や平民も関係ない、ただ人のために動ける人だ。

(やっぱり、パトリックの言う気風とは違うよ)

 Ⅶ組の貴族は、こんなにも誇りに溢れている。

 それがパトリックにも伝わればいいと、カイトは思う。

 弾かれた細剣がリィンとカイトの中間に落ち、しかし地に突き刺さるより前に二人を結ぶ光軸は途切れる。

 カイトとリィンは両者を見た。ふっと、二人は笑った。

 

 

────

 

 

「そこまで! 勝者、Ⅶ組代表!」

 サラが高らかに言い放ち、模擬戦参加者たちの気迫が揺らぐ。

 戦闘を観ていた女子とユーシスは緊張の糸が途切れたように胸をなで下ろした。

「な、なんとか勝てたぁ……」

「どうだ、これが僕たちの力だ……!」

「俺たち全員の勝利だな」

 膝に手をつき、なんとか勝利を噛み締めるエリオット、マキアス、ガイウス。マキアスは得意げだが、彼の性格を考えればおかしくない。

 カイトとリィンは息を吐くだけに留まった。強い疲労はない。姿勢を崩さず、構えだけを解いて、緊張を緩める。

「ナイスファイト、リィン」

「ナイスファイト、カイト」

 拳を突き合わせる。実力のある二人は、技術で油断ならない相手に堅実に勝った。間違いなく成長している。

 そして、二人は貴族生徒たちを見た。

「こんな寄せ集めどもに……」

「く、くそうっ……」

「私たちが負けるはずが……!」

 一様に呪詛を吐くかのようだ。全員俯いていて顔は見えないが、確実に今の現実を受け入れられていない。

 声を掛けるべきか悩む。下手に慰めたところで、あそこまで傲慢さと自分たちの勝利を信じて疑わなかった彼らに何が響くだろうか。

 ふと、カイトはカシウスとリシャールを、エステルとレンを思い出した。彼らが交わした会話を思い出した。太陽の娘とその父親は、仲間や敵を問わず多大な影響を与えてきた。

 自分は彼らとは違う。一人の遊撃士に過ぎない。そして今は一人の学生だ。

 だが独りじゃない。仲間たちが、級友たちがいる。

 カイトはⅦ組の重心を見据えた。彼はどう言うだろうか。

 リィンはなおも俯くパトリックに手を差し伸べた。

「いい勝負だった。最後まで油断ができない戦いだったよ」

 どこまでもリィンらしい声音だった。先程までの確執も、向けられた敵意も関係なくする。どこまでも真っ直ぐにお互いの健闘を讃えている。

「機会があればまた──」

「触るな、下郎がっ!」

 ところが、リィンの想いは届かなかった。

 カイトが眼前の出来事に驚く。パトリックがリィンの差し出した掌を力の限り弾いたのだ。

 そして始まる罵りは、聞くに耐えないものだった。

 立ち上がり、動揺するリィンを侮蔑する。

「いい気になるなよリィン・シュバルツァー! ユミルの領主が拾った出自も知れぬ浮浪児ごときが……!」

 リィンは最初、自分の身分を貴族だと明かさなかった。養子という立場に引け目を感じていたのは、誰の目にも明らかだった。

 Ⅶ組のメンバーは今の言葉の意味するところを理解するのではなく、感じることによって哀しみに暮れる。

「貴方……!」

 リィンではなくアリサの叱責を、やはりパトリックは拒絶する。

 エマとマキアスを見た。

「他の者も同じだ! 何が同点首位だ! 平民ごときがいい気になるな!」

 アリサを見返した。

「ラインフォルト!? 成り上がりの武器商人風情が!」

 ガイウスとフィーを蔑む。

「おまけに蛮族や猟兵上がりの小娘まで……!」

 それはⅦ組の平民たちに向けた子供地味た罵り。

 フィーが「小娘?」と眉間にしわを寄せ、エマが「……ひどいです」とただただ目線を落とす。

 パトリックの取り巻きですら彼の変貌した様に戸惑っているくらいだ。明らかに、いつものパトリック・T・ハイアームズではない。だからこそ見過ごせなかったカイトは前に出た。

 その挙動はパトリックの目に移り、その瞳に焦りと怒りが同居して、きつく見据えている。

「パトリック。今の言葉は見過ごせない。取り消してもらうよ」

「黙れ……! たまたま敗戦を免れただけの小市民が! 本当なら帝国の属州になってたって──」

 ふっと湧く怒りを抑える、努めてカイトは冷静に振る舞う。

「それで……? オレたちを馬鹿にして、非難して。それで満足か?」

「っ……! いつまでも猪口才な──」

「やめた。別に撤回しなくていい。でもこの質問にだけは答えてもらう。いったい何がしたかったんだ? パトリック」

「な……僕たちは──」

 『帝国貴族の気風を示す』こと。それが建前であることなんて明らかだ。

 ならなんのために? 模擬戦に負けてどうしてそんなに取り乱す? 暴言が本心でないなんてわかりきっている。謝罪もそうだが、何よりも本懐を考えなければパトリックはここで終わってしまう。

「……僕は……」

 数秒待って、ガイウスが前に出た。

「俺からも、聞きたいことがあるがかまわないか?」

 平民、しかも帝国人ですらない留学生二人の間髪を入れずの宣告。

 それは帝国貴族として育ってきたパトリックには異常なことだったのだろう。カイトの問いの複雑さもあって、二の句が告げないでいる。

 カイトはガイウスの目を見た。自分以上に、怒りが見えない。カイトは無言で頷いた。

「そちらの指摘通り、俺も外から来た身だ。故郷に身分はないため今でも実感がないのだが……貴族は何をもって立派なのか説明してもらえないだろうか」

 これは答えやすいものだった。パトリックは叫ぶ。

「……貴族とは伝統であり家柄だ! 平民には真似のできない気品と誇り高さに裏打ちされている! それが僕たち貴族の価値だ!」

「なるほど、ラウラやユーシスの振る舞いをみれば納得できる答えではある」

「ならば──」

「それでも俺の疑問は晴れない。誇りと伝統、家柄と気品。それさえあれば、先程のような物言いも許されるものなのか?」

「──な」

 何がしたかった? 何を持って立派なのか? 許されるのか?

 重ねる度に言葉での返答の難易度は下がっていく。だからこそ、事の本質をついている。

 答えることが何を意味するのか、パトリックにもわかっているようだった。だから言葉が出てこない。

 緊張感のある沈黙だった。少なくとも、先のガイウスの問いかけに条件反射で唱えたものより、ずっと意味のある沈黙だった。

 手を叩く音。サラだ。

「パトリックに限らず、誰に対しても、いい問題提起になったわね」

 ガイウスとパトリックの間にサラは立った。それ以上の言い争いを抑止するために。

「模擬戦は以上。Ⅰ組の協力に感謝するわ。けど自習中だからといって勝手に外に出ないように」

 模擬戦を許可した教官の発言とは思えなかったが、この場でそれを指摘する蛮勇のある人間はいなかった。

「あと、明日の武術教練は今日の反省会にするわ。どこがまずかったのかみっちり教えてあげるから、自分たちで考えておきなさいね」 

「くっ……」

 苦虫を噛んだ表情のパトリック。しかし反抗はしない。

「……了解した。失礼する」

 パトリックが去っていく。彼の名を呼びながら、他の貴族生徒もついて行く。

 嵐が去ったような虚脱感があった。

 各々息を吐いたり安堵したりしている。共通なのは怒りよりも悲しさの方が強かったということ。こういうことにはよく反応するマキアスでさえ、今は神妙な面持ちでいる。

 そんな中、リィンがカイトとガイウスに歩み寄った。

「ありだとう、カイト、ガイウス。なんというか…色々と助けられたよ」

 リィンは笑っていた。先の問答での動揺は隠せていなかったけれど、カイトとガイウスの行動は無駄ではなかったらしい。

 ガイウスはいつもどおりの泰然とした様子で疑問符を浮かべていたが。

「礼を言われるようなことはしていない。まあ、お前の役に立ったとしたら何よりだ」

「パトリック自身の課題だよ。嫌に巻き込まれちゃったな、リィン」

 カイトはリィンの肩を叩いた。

「はは……そうだな」

「はいはい、仕切り直す! 今回の実技テストは以上! 今月の特別実習の目的地を発表するわよ!」

「サラ? 私たちまだ何もしてないよ」

「今はそんな気分でもないでしょ?」

 フィーの疑問をサラが一蹴した。サラの言う通りなのだが……少し微妙な空気が流れた。

 例によってⅦ組はサラからプリントを受け取った。

 

『六月当別実習』

・A班:ノルド高原

 班分:リィン

    カイト

    アリサ

    エマ

    ガイウス

 

・B班:ブリオニア島

 班分:ラウラ

    エリオット

    ユーシス

    マキアス

    フィー

 

 ノルド高原とブリオニア島。どちらもトリスタから遠い場所だった。

 ブリオニア島は帝国西部、ラマール州の沖合にある観光地としても知られる島だ。

 対してノルド高原は外国である。帝国北東の先、以前カイトが立ち寄ったルーレ市のさらに先にある、古くから遊牧民が住む高知として有名な場所だ。

 そして気になるメンバー内訳である。マキアスが言った。

「……サラ教官」

「何かしら、マキアス君?」

 それはもう、素晴らしい笑みだった。

「今更文句を言うつもりもないんですが……やっぱり僕たちに恨みがありますね?」

「あらやだぁ、全員愛すべき自慢の生徒よ?」

 サラがウィンク。Ⅶ組メンバーがため息をついた。

 ユーシスが毒を吐く。

「この眼鏡を見るのもそろそろ飽きてきたぞ」

「僕だって君の仏頂面にはうんざりだ」

「あらあら、過去二回の実習が活きてるじゃない。仲のよろしいことで」

『よくないっ!』

 お互いを見てマキアスとユーシスは舌打ちをした。舌打ちまで同時だった。

「ま、冗談は置いておいて。前回の実習で色々と覚えのある二組も及第点にはなったわ」

 マキアス、ユーシス、ラウラ、フィー。四人に挑戦的に口角を釣り上げる。

「今回は最初からいい結果を出してみなさい。それが出来たら、開放してあげるわ。これは保証する」

「ふむ、私はずっと同じ班でも構わないのだが」

「ね」

「君たちと一緒にするな……!」

 先月の確執が信じられないラウラとフィーだった。

「そこに僕が入るんだ……」

 もう不和はないとはいえ、若干気が重そうなエリオット。

「頑張れ、エリオット」

「貴方も災難ねぇ……」

 カイトとアリサが励ます。マキアス・ユーシスと同じ班になるのは初めてだが、以前よりはマシになっているだろう。口喧嘩は増えているかもしれないが。

「ところで……ノルド高原は確か、ガイウスの故郷だったはずだよな?」

 リィンが会話の間を見計らってガイウスに聞いた。

 それで一同が思い至る。メンバー内訳の件で忘れていたが、ガイウスの故郷は。

 先にサラと話は通していたのだろう。特に驚く様子もなく、けれど少年らしい笑みを浮かべて、ガイウスは言った。

「ああ、そうだ。A班には実習中、高原の集落にある俺の実家に泊まってもらう」

 先のパトリックとの対話でも見せた懐の深さ。その精神を育てた帝国外の故郷を見ることが出来るのだ。

「よろしくな、みんな」

 北東の高原に、西端の孤島。

 雄大で壮大で、神秘的な自然の世界に、Ⅶ組は飛び込んでいく。

 

 








カイトとガイウス。南と北からの留学生。そんな縁もあって、結構気があったりしています。
次回、いよいよノルドへの実習。
そしてユーシス、すまない。


55話「鉄路を越えて~蒼穹の大地~」

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