心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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55話 鉄路を越えて~蒼穹の大地~①

 

 

 六月二十六日、早朝。特科クラスⅦ組は荷物を片手にトリスタを出発した。

 A班はノルド高原。B班はブリオニア島。ほぼ帝国本土周辺の真反対に位置する場所で、どちらも帝都近郊のトリスタからは八時間以上を要する長旅になる。始発列車での出発は必至だった。

 A班はルーレ方面、B班はラマール方面。どちらにしても帝都までの道のりを共にする。

 カイトは今月はA班となった。同じ班のリィン・アリサ・エマ・ガイウスとともにB班の面々と言葉を交わし、無事の再会を祈って別れた。

 ルーレ行き列車に乗り込む。しかしトリスタ-帝都間とは違い、帝都-ルーレ市間は相当に長い。会話もしなければ退屈に体が悲鳴をあげてしまう。

「しかし驚いたよ。まさかノルド高原が実習地に選ばれるなんてな」

 例によってボックス席で、リィンはガイウスに語りかけた。

「ノルドについてはあとで説明しよう。とにかく長旅になる。片道八時間以上は列車に揺られることになるからな」

「そ、それは大変ですね……」

 エマがわずかにため息を吐いた。

 帝国は大きい。ゼムリア大陸の三分の一程を手中に治める大国。その中心から外側まで移動しようというのだから、一日かかる長旅になるのも必然だ。

 どれだけ早く到着したとしてもその頃には夕方だ。夕食はともかく、朝昼は列車内で食べることになるのだが。

「本当、シャロンさんってスーパーメイドだよね」

 ハムとチーズを挟んだサンドイッチを頬張って、カイトはのんきにアリサに語りかける。アリサはその発言に対し気に入らないような態度で踵を揺らしているが、口元は同じくしっかりと咀嚼をしていた。

 この朝食弁当はシャロンが用意したものだ。第三学生寮の管理人としてすっかり馴染んだシャロンは──それもアリサとしては気に食わないことではあるのだが──A班・B班どちらにも列車で食べる朝食を作ってくれていた。

 サンドイッチとポットに入れたレモンティーだ。とてつもなく準備がいい。

「塗っているバターにもひと工夫してあるのかしら?」

「ああ、エマが食べてるそれはシャロン特性のジャムでね」

「ふむ、絶品だな」

「いつもシャロンさんには助かってるよ、アリサ」

「べ、別に私が何かしてるわけじゃないのだけれど」

 全員に絶賛されては、アリサも流石に不満は出せないらしかった。先のエマとは違う、諦めのため息を吐く。

「実際メイドとしては大したものだとは思うわよ。家事全般に各種接客はもちろん、RFグループ会長である母のスケジュール管理までやっているんだから」

 アリサ以外の四人が呆気に取られた。メイドとしての仕事の範疇を超えている気がする。

「それだけ忙しいのにどうして私の所に来るんだか。今朝の態度といい、どう考えても母様と一緒に何か企んでるとしか……」

 RF令嬢の疑念は晴れない。ブツブツと言葉にならない声を発しながら虚空を見つめている。それでも胃袋はしっかりシャロンに掴まれているので完食はする。体は正直だ。

「朝早くに用意するのも大変だったでしょうし、好意は素直に受け取っておきましょう」

 そんな風にエマが言って、五人はシャロンの好意を和気あいあいと頂いていく。

 朝食をのんびりと食べたとしても時間は有り余る。次は実習地の確認だ。パルムやセントアークとは違い、今回は案内役がいるので頼もしいことこの上なかった。

 ガイウスが言う。

「ノルド高原はエレボニア帝国の北東方面にある高原地帯だ。ルーレ市の北に広がるアイゼンガルド連峰を越えた先にある」

「アイゼンガルド連峰もかなり大きな山岳地帯よね。列車だとトンネルをたくさん抜ける必要がありそうだけど……」

 アリサも近郊のルーレ出身なので多少詳しい。というより、今回はガイウス・アリサ・リィンと地理的に近い出身の人間が集まっているのでその辺りの理解は容易かった。

「アリサの言う通りだな。帝国に来る途中、何度もトンネルを通ったものだ。そしてそこを越えると、一転して北の山々に囲まれた広大な大地が見えてくる」

 人を寄せ付けぬ山々を越えた先にある、それは特に帝国人にとっては秘境とも呼べる場所だろう。カイトの住んでいたリベール王国も山岳地帯はあったが、それでも一般人がなんとか踏破できる程度の規模だった。隔絶された大地、という感覚はわからない。

「帝国軍の拠点を除けば人が住んでいるのは俺の故郷である集落のみ……人よりも羊の方が多いくらいだ」

「なるほど……まさに異郷の地って感じだな」

 リィンがしみじみと言った。

 ノルドと帝国を繋げる話題は他にもある。

「そういや、トールズを創設したドライケルス大帝ゆかりの地でもあるんだっけ?」

「ええ、獅子戦役の時に大帝が挙兵した場所です。試験勉強の成果が出ていますね、カイトさん」

「委員長にはほんと助けられたよ……それに、ユーシスにもしつこくねちっこく問題を出されたし」

「そのユーシスとも交えて話したかったんだが、ノルドは軍馬の育成でも帝国との関わりが深い」

「そうなの? って、確かにルーレを通る列車の中にそういう貨物列車もあったような……?」

「ああ。ノルドの民は馬とともに生きているからな。今でも帝国人向けの馬を育てることも生業としている」

 リィンの実家の馬も、トールズの馬術部の馬もそうだ。なによりエレボニア帝国の紋章である《黄金の軍馬》もノルド産の軍馬がモチーフとなっているらしい。

 とにかく、帝国とノルドの縁は深い

「高原の南端には《ゼンダー門》と呼ばれる帝国軍の拠点の一つがある。今回の旅で、列車で行けるのはそこまでになるな」

「まあ、滅多にない機会ですしのんびりと行きましょう」

 エマが笑った。

「そういえばクロスベルからこっちに来た時もそれなりに時間がかかったんだけどさ。大陸横断鉄道で文字通り横断の旅も面白そうだなって思ったよ」

「最初の実習の時も思ったけど、貴方も大概行動派よね……こういう旅は慣れてるの?」

「まあ、ね。一日くらいなら普通のことかなぁ」

 カイトは続けて聞いた。

「リィンとガイウスはともかく、アリサと委員長は国外に出たことはあるのか?」

「わ、私は今まで実家から出たことがなかったので……」

「私も基本はルーレに缶詰よ。でも小さい頃、帝都とか、ユミルとかには行ったことがあるわ」

 と、アリサが思いついたように手を叩いてリィンを見た。

「ああ、そっか。貴方はユミルの出身だったわね」

「来たことがあったのか?」

「ええ、家族旅行で。北の温泉郷ユミル……自然豊かでいいところよね」

「ああ……」

 リィンは列車の窓の外を眺めた。

「いい場所だよ。正直、俺なんかには勿体ないくらいだ」

 その表情に仄かなくらいものを感じる。

「リィン。実技テストの件、まだ引きずっていたのか?」

 カイトが聞いた。

「パトリックの言葉……気にしてたら持たないぞ?」

「ああ……そうだな」

 生返事だ。リィンの人柄を考えれば無理もないのかもしれない。彼は他人の傷に異常な程気が向き、相対的に自分を癒すことに無頓着なきらいがある。むしろ、そうあることを望んでいるかのような。

 カイトのようにリィンの性質を解釈しているのかはわからないけれど、エマも、アリサも、ガイウスも口にすることは一緒だった。

「たぶん、彼自身もあそこまで言うつもりはなかったと思いますよ」

「そうね。なんだか口をついて出たって感じだったし」

「リィンは俺たちにとってかけがえのない仲間だ。どうか自分を貶めないでくれ」

 ガイウス・ウォーゼルはどこまでも懐の深い男だった。

 他ならぬ仲間たちにここまで言われては、リィンも落ち込んではいられなくなったようで、

「みんな、ありがとう。少し元気が出たよ」

 と笑顔を浮かべていた。

「ふふ、世話が焼けるんだから」

 せっかくの列車の旅だ。旅愁に身を投じるのもいいが、せっかく仲間たちといるのだから賑やかな時間を過ごしたい。そう思ってカイトは薪をくべることにした。

「アリサもよく言うよ。自分の実家に近づく鬱屈さも忘れてリィンの心配をしてるんだから」

 とたん、アリサの顔が真っ赤になって慌てふためく。

「ちょ、ま、か、カイト……!」

 エマが笑い、ガイウスが窓を少しだけ開けた。

「うふふ」

「いい風が吹いているな」

「貴方たちも逃げないでもらえる……!?」

「はは、ありがとうアリサ。アリサも実家のことで大変なのに、気を使わせたな」

「ば、その、えっと、リィン……」

 完全に恋する乙女のそれだ。カイトはエステルを思い出した。

(ファーストコンタクトは最悪だったのに、変われば変わるもんだなぁ)

「カイト、貴方にも綺麗な紅葉を作りましょうか……?」

「あはは、冗談を──え? 今オレの心読んだ?」

「顔に出てたわよ正遊撃士さん?」

「ちょっと待って身を乗り出すなアリサそれグーだから! 紅葉じゃなくて青痣になるからそれ!」

 一分後。

「大丈夫か? カイト」

「ガイウス、慰めて……」

「……風と女神の導きを」

「……ありがとう」

 辛うじて肌の変色は防ぐことができたカイトだった。尋常じゃない疲労を負ったけれど。

 若者、同世代。モラトリアムの時期。少年少女たちは時に馬鹿騒ぎをしながら鉄道で北に進む。

 そうして正午直前にはルーレ市──《黒銀の鋼都》の街並みが見えてきた。

『本日はルーレ方面行き、特別急行列車をご利用頂き、誠にありがとうございました。次は終点、ルーレです。どなた様もお忘れ物のないようお願いいたします』

「到着か。あれ、『終点』?」

「ああ、ここからは貨物列車に乗っていくことになる。準備をしよう」

 やがて列車が停車する。荷物を持ち、カイトたちは歩き始めた。

 鉄道でルーレに寄ったことがあり、かつルーレ市内に寄ったことのないリィンとガイウスが素朴な疑問を浮かべる。ルーレについてだ。

「こちらに来る時は駅を通り過ぎただけだが、まるで鉄の塊でできたような大きな都市だったな」

「ああ、まさにそんな感じだったな。あの遠くに見える円錐状の建物はなんだ?」

 アリサが答えた。

「あれは工業プラント用の導力ジェネレーターになるわ。大規模な工場が多いからそこで必要な導力を大量に生み出す施設なの」

 知らないリィンとエマがその規模に呆然とした。ガイウスに至っては想像もできていないようだ。

「リベールじゃツァイス市も工房都市だったけど、初めてルーレに来た時は圧倒されたよ」

「あら、でもルーレ市はツァイスとZCFを参考にしているところも多いのよ。導力エスカレーターとか、まさに対抗心から作ったようなものだし」

「ああ、あの《動く階段》ね」

 世間話とともに歩を進める。ノルド高原に向かう貨物列車はやはり、駅の中でも目立たない路線だ。それゆえに帝都から来たカイトたちはホームを行き来するために階段を上り下りをしなければならない。

 カイトの腹の虫がなった。

「うふふ、そういえばもうお昼でしたね。どこかでお弁当とかを買ったほうがいいんでしょうか?」

 ノルドにつくのは夕方頃だ。食べ盛りはカイトだけでないし、昼食を食べれないのは侘しい。民間用列車はともかく、貨物列車では車内販売もなさそうだ。

 アリサが提案した。

「一度改札を出ましょうか。ランチボックスを売ってる駅の売店があるから」

「そういえば、シャロンさんが来てから外食は滅多にしなくなったな」

 リィンが言った。それはエマもカイトも同様だ。

「そうですね。帰宅時間がバラバラになっても、それぞれのタイミングを見計らって温かい食事を出してくれるくらいですし」

 カイトがぼやいた。

「ああ、シャロンさんの手料理が恋しいなあ」

「うふふ、それはとても光栄です。カイト様」

「オレ、シャロンさんの幻聴まで聞こえてきたぞ」

「いや、違うぞカイト。本当に聞こえている」

「え?」

 どういうことだ?

 沈黙。

「こういうことですわ」

 もう一度、シャロンの声。振り返るA班の面々。

 大きな包を持ったスーパーメイドがそこにいた。

「な、な、な……どうして貴方が先回りしているのよーっ!?」

 アリサの叫び声が駅構内に響き渡る。乗客や駅職員の注目を一手に集めたアリサだが、そんなことも気にしないくらい仰天しているのは他のメンバーも同じだ。

「それはもう、お嬢様への愛が為せる技といいますか……」

 朝にトリスタで朝食を作ってもらったはずだが。

「朝とは違い、腕によりをかけたお弁当を用意いたしました。どうぞ、貨物列車の中でお召し上りください」

「ど、どうも……」

 呆気にとられて弁当らしい包を受け取るリィン。画角が朝の第三学生寮の時とまったく変わらなかった。

 朝食を渡すシャロン。昼食を渡すシャロン。

 カイトは一つの《技》を思い出した。

「シャロンさん……分け身でも使えたんですか?」

 レーヴェとの戦闘を思い出した。そのうち第三学生寮の厨房で二人のシャロンが働いている姿がお目にかかれる気がする。

「うふふ、なんのことでございましょう?」

 とぼけられた。一体どういう絡繰りだ。

「実は定期飛行船に乗り先回りさせていただきました。お弁当は船内の厨房をお借りして拵えました」

 飛行船なら列車より高いが、断然早く移動することができる。朝早くに朝食を作り渡し、Ⅶ組と同じ列車で帝都まで行き、飛行船に乗り込む。理論的には可能だ。

 実際にこんなことをやろうとする人間などまずいないだろうが。

「ス、スーパーメイド……」

「まったく何か企んでると思ったら。このままノルド高原にまでついてくるつもりじゃないでしょうね?」

 アリサもいるし、なんだか本当にそうなりそうで怖い。そうなったらいよいよシャロンの思考が気になってくるカイトだった。

 だが、さすがにそれには否定をするつもりのようで。

「いえ、実はこの後別のお仕事が入りまして。トリスタに戻るのも少々遅れそうな見込みなんです」

「別の仕事?」

「私の仕事の手伝いをしてもらうことになったのよ」

 Ⅶ組でもシャロンでもない声。それが駅構内を再びざわつかせる。先の絶叫によるものではなくて、純粋に有名な人間を目にした群衆のそれだった。

 金髪ショートカット、丸眼鏡の向こうは釣り上がった瞳はきつそうな印象を与える。シワの見える顔だが、中年とは思えないスタイルと若々しい立ち振る舞い。

 その人物は──アリサの母親は、そんな視線など気にもせずにアリサを含めたⅦ組を見た。

「久しいわね、アリサ。そしてそちらがⅦ組の面々というわけね」

「か、母様……」

「アリサの母、イリーナです。ラインフォルトグループの会長を勤めているわ。よろしくお願いするわね」

 堂々とした立ち振る舞い。シャロンはいつの間にかイリーナの後ろに付いていた。

「こ、こちらこそ。リィン・シュバルツァーです」

 エマが、ガイウスが、順々に自己紹介していく。そして。

「初めまして、カイト・レグメントです」

 イリーナが目を瞬かせた。

「なるほど、貴方が。第四製作所の職員から話は聞いているわ」

「えっと、もしかしてファストさんから?」

 シャロンは無言で頷いた。

「ARCUSの開発も佳境を越えて、彼の腕を持て余してたところでね。TCSを物理的に組み込むことのできない拳銃で導力と火薬の切り替えを行う……いい着眼点だし、期待させてもらうから」

「ま、まあ協力できるのならオレとしても嬉しいですけど」

 級友の母親とこんな形で話すことになるとは思わなかった。しかもあちらはこちらを個人として認識している。

「ARCUSの件に限らず、今後ともご贔屓にね」

「は、はい」

「他の方々も。せいぜい不肖の娘と仲良くしてやってちょうだい。仕事があるので私はこれで失礼させてもらうわ」

「え」

 声、というより単なる音が出たのはアリサからだ。

 それだけ言って、イリーナはカイトたちから離れようと踵を返す。シャロンも付き従う。

 RFの会長。アリサもシャロンがスケジュール管理をしていると言っていたし、多忙であることは仕方ない。

 しかし、数ヶ月ぶりに再会した娘に目もくれず、いっそクラスメイトの方にしか話しかけないその態度は。

 そう思ったのはカイトだけではなかった。アリサは、シャロンが現れた時の何倍も大きな声で叫んだ。

「い、いい加減にしてっ!!」

 群衆のみならず、イリーナが振り向く。そこから始まるのは勤勉な母娘の舌戦。

「いつもいつも、そうやって仕事ばかり優先して! 勝手に家から飛びだした娘に何か一言くらいはないわけ!?」

「貴女自身の人生、好きに生きればいいでしょう。ラインフォルトを継ぐことを強制する気もないし、勝手気ままに生きるのも悪くはないでしょう」

「だ、だからって……家族の今を知ろうとするくらい──」

「あら、学院からの報告で貴女の学院生活も把握しているけど」

「行動してみたらどうなの……って、え?」

 リィンが復唱することになった。

「は、把握している?」

 考えてみれば、イリーナは今『学院生活』と言った。アリサは以前『家出同然で入学した』と言っていたのに、何故学院生活と断言できた? というより、どうしてシャロンを第三学生寮の管理人として派遣することができた……?

「シャロンが母様に報告するのは覚悟してたけど……その学院からの報告って?」

「ああ、言ってなかったかしら。貴女たちの学院の常任理事を勤めさせてもらっているから」

「オレたちの学院の……」

「常任理事」

 常任理事。その言葉を聞いたのは先月だ。ユーシスの兄ルーファスがそれを勤めていると言っていた。

 驚愕でアリサが口をあんぐりと開けた。整った可憐にな顔立ちには似合わない不格好な表情だった。

「ARCUSと魔導杖についても関わっているわ。特別実習も含め、期待させてもらいましょう」

 今度こそ、イリーナは振り返って去っていく。シャロンが一礼だけして彼女に追って行った。

 力が抜けてへたり込むアリサを気にかけるのは、Ⅶ組の面々だけだった。

 

 

────

 

 

 ルーレ発、ノルド行きの貨物列車。その中に用意された休憩スペースは、一応は乗客を想定したものだ。

 そこに座っても、アリサの表情は優れなかった。

「だ、騙された……せっかく家を出たと思ったのに掌の上だったなんて……」

 当然ながら、先の母親との一幕が原因だ。実習はまだ始まってすらいないのに疲れた様子のアリサは、エマに窓際席を譲られて呆然とした表情で笑っていた。これにはカイトたちも同情するしかない。

「どうやら、お母さんとはうまくいってないみたいだな?」

「ええ、見ての通りよ。なんというか、昔から折り合いが悪くてね」

 以前も実習関係で聞いたことだが、アリサの入学理由は自立したかったからだ。その結果実の母親が理事をしている学院に入学することになるとは。果たして言わなかった母親に苦言を呈するべきなのか、それともしっかりと調べなかった娘に呆れるべきなのか。

「すごい母さんだったもんなぁ。そもそもRFグループ自体、調べたことあるけど相当な規模のものだろ? なんとか採算性、だっけ」

「《独立採算性》、ね。母様があえて各開発部に自由にさせて、競合させることで利益をあげているの。どこまでも《会社》なのよ」

 ラインフォルト社。大陸企業の総資産高ではIBCに次いで第二位の地位を持っている大企業だ。ラインフォルトグループの特徴として独立採算制を取り入れている事が挙げられ、四つの製作所や開発部が存在している。

 第一は貴族派、第二は革新派、第三は両者の中立派。そして第四は会長直轄となっている。

 そんな上下関係と帝国を支えてきた武器工房という歴史から、軍需関連の兵器を多く開発している。正規軍・領邦軍問わず関係も深い。

 導力革命以降は導力製品の製造と開発を生業とし、その製造分野は導力拳銃から豪華客船まで多岐に渡る。

 そんな大企業を取りまとめるのがアリサの母親、イリーナ・ラインフォルト。

「昔からいろいろあってね。仕事人間のくせに私には変に干渉してきて、口では好きにしろとか言いつつ、今回みたいに手を回してきて」

 入学にあたり祖父から受け取った学費口座もまったく減っていなかったという。それはつまり、イリーナが理事の立場を利用して娘の学費を図ったというわけで。

 精神的にはともかく、経済的にはまったく自立できていないアリサ・ラインフォルトだった。

「そういえば、カイトとガイウスは推薦入学だったわね……? 学費ってどうなってるの?」

 アリサはまだ不貞腐れている様子だ。感情をぶつけるわけではないだろうが、発散の矛先が留学生二人へ向く。

「推薦という手前、学費は融通されていてな。もちろん、残る幾分は両親に助けられている」

「オレは遊撃士の稼ぎが多少なりともあったから。あとは推薦した人が『払うよ』って言って聞かなかったから」

 オリビエは皇族であるし、経済面の心配はまるでない。推薦入学で学費の幾割はエマと同じ奨学金となり、それどころか残る実費のほとんどをオリビエが負担している。全額出させなかったのはカイトの意地だった。

 アリサがジト目で聞いてきた。

「……カイトの推薦人って誰?」

「え、えーっと、帝国人の知り合いでさ。遊撃士稼業……《リベールの異変》の時に知り合ってさ。その人お偉いさんで、『帝国で勉強したい』って言ったら紹介してくれてさ」

「……ふーん」

 嘘はない。カイトは迅速に話題を転換させた。

「ガイウスの場合は?」

「一年ほど前に帝国軍の将官と知り合ってな。その縁があって、推薦を受けられることになった」

 ゼンダー門の管理を任されている機甲師団の将官らしい。

 つくづく、このクラスは何かしらの形で大物と関わっていると思う。

 ふと、貨物列車の中を照らしている太陽の光がなくなった。夜ではないのに導力灯だけというのは少し寂しいものだ。

「トンネルに入ったか。しばらくは山間部を出たり入ったりするはずだ」

「とりあえず、みんな。シャロンさんからもらった弁当をいただくことにしないか?」

 リィンの提案は、カイトやエマにも伝わっていた。アリサもだいぶ疲れているし、下手に会話をしても実家のことに繋がってしまう。そもそも弁当もシャロンのことに繋がるが、食事を取れば多少の気は紛れるだろう。

「……わかった。慣れない飛行船の厨房で味付けに失敗してたら後で嫌味を言ってやるんだから!」

 食事の後、アリサはとても満足そうな顔をしていた。

 ガイウスの言った通りトンネルの数を数えるのも飽きる程度にくぐり抜け、ガイウスが帝国入りするときに習慣を教えてもらったという整備員と話をしたりと、時間は過ぎていく。

 そして夕刻、四時を過ぎたころ。

「最後のトンネルも終わりのようだな」

 鉄路の先。蒼穹の大地が見えてきた。

 

 










その頃のB班

ラウラ「目的地は帝国有数の保養地ブリオニア島か……楽しみだな」
フィー「ね。海沿いだし、ラウラと一緒に泳ぎたい」
ラ「いい案だが、この時期では少し寒いぞ」
フ「西の海だと、《銀鯨》護衛船団ってのもいる。今回の実習も飽きはしないと思うよ」
エリオット「保養地かぁ……そもそも帝都からほとんど出たことがなかったし、僕も楽しみだよ」
ユーシス「女子共は羨ましいな。こちらは眼鏡を見るのにうんざりだというのに」
マキアス「な、なんだと……」
ユ「これでも心配してやっているのだぞ? 通り過ぎるとは言えカイエン公爵の治めるオルディスへ向かう。お前のその眼鏡が粉砕されないかと慮っているのだ」
マ「それは心配ではなく愉悦というんだ……!」
エ「ねえ二人共……本当に仲直りしたんだよね?」

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