心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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34話 少女が求めたもの②

 

 クロスベル市の南、ウルスラ間道の入り口を導力バスが走る。エルム湖からクロスベル自治州南方へと続く河に沿ったこの間道は、太陽光を反射する水面や自然の景観が美しいと、自治州人や外国の旅行者からも人気の観光スポットだ。

 導力バスの中は老若男女、それぞれいる。導力バス自体はその特性上高齢者に好まれる傾向にあるが、魔獣が現れる間道では若者も立派な利用者の代表格だ。

 今日、遊撃士ではあるもののバスを使って楽をしている若者の一人、カイト・レグメント。少年はバス内の後部列に座り込んで、十人程いる人々や窓の外の景観を眺めている。前部列座席に両肘をついて、口を半開きにしながらというだらけ具合は全開だが。

 少年は一度目を落として、自分の横を見た。といっても、隣にあるのは人ではなく荷物だが。

 大きめの紙袋に入っているのはアリオスのシズクへの誕生日プレゼントと、クロスベルを出る際に買った百貨店タイムズの菓子類が入っている。後者はカイトが選んだ親睦の証、お土産である。

 そして紙袋と共に少年が愛用する鞄もある。少年はおもむろに鞄を開くと、ここ一ヶ月手放すことのなかったクロスベル自治州観光向けパンフレットを取り出した。

「このウルスラ間道を行けば、星見の塔やらの先に病院がある」

 向かうは、聖ウルスラ医科大学。クロスベルよりも北方に存在するレミフェリア公国からの発展した近代医療技術が提携されている施設だ。

 ある程度の規模の診療科や七耀教会の療養施設は、リベール始めどの国にもある。帝国や共和国には、大国の規模に見あった広さをもつ病院もあるだろう。しかし近代医療という観点から見れば、これほど技術、知識、機器が充実した病院はないのだとか。

「ここにアリオスさんの娘さん、シズクちゃんが入院しているのか」

 シズク・マクレイン。アリオスはシズクが入院している理由を説明してくれた。数年前の導力車の事故によって、アリオスの妻サヤが命を落とし、そしてシズクは眼の光を失ったのだと。

 聞くだけでも痛々しい話だ。そしてその事故が帝国と共和国による工作戦の結果であることは、さらに許せない事実だった。話すアリオスも、普段の口調よりもやや感情が見え隠れしていた。十一年前の百日戦役の経験者としてその怒りの感情は他人よりは理解できるつもりだが、それでも自分にはわからない葛藤があるのだろう。

 ともあれ妻の忘れ形見である娘は、事故の後遺症を除けば健やかに育ってくれているらしい。父親としては喜ばしいことで、そのことを同僚に話すようになり、お見舞いもかねて同僚たちが娘に会いに行くようになったのは自然な流れであった。

 これは自分も何かせねばならないと、人知れず少年が気合いを入れる。

 やがて体よく導力バスが停止した。

「着いたか」

 運転手に挨拶を済ませ、利用者の中で最後にバスを出る。

 聖ウルスラ医科大学は文字どおり、病院と大学の併設施設だ。加えて医師や看護師のための宿舎や軽食店もある。街と言うには過大評価だが、それでも人の営みが感じられる。

 白を基調とした建物や歩きやすい床、エルム湖と繋がる池などは、どうやら多くの人の憩いの場所となっているらしい。

「静かだなぁ……療養にはもってこいだ」

 軽食店は帰りがけに利用するとして、少年はまず先にと院内へ行く。

 室内部も清潔な造りとなっていた。産まれてこの方健康な体を持つカイトは大きな病気にかかったことはなく、そして大病院に通ったこともない。だから多くの人が行きかう外来受付もまた、カイトにとっては初めての光景だった。

 ぼうっと突っ立っているのも他の患者に失礼なので、カイトは早々に受付に声をかける。

「すみません」

「はい、どうなさいましたか?」

「オレは遊撃士協会クロスベル支部のカイト・レグメントといいます。シズク・マクレインさんのお見舞いに来て……アリオス・マクレインさんの紹介なんですが」

 自分の名前を出せばそれで通じると言ったのはアリオス本人だが、実際、この場においても有名人らしい。

「あら、ということは新人さんですね?」

「はい、先月からクロスベルでお世話になっています」

「わかりました。ご案内するので、少々お待ちいただけますか?」

 了承して、受け付け前の椅子に座る。

 クロスベル自治州自体が小さいということもあって、この病院は自治州全体の医療を担っているらしい。先ほど同じバスでやって来た人々以外にも、入院者の知人であれ外来患者であれ常に人が歩いている状況だ。

 そう言えば、エオリアはレミフェリア公国出身で、医師免許を取得しているという。知識があるということはその業界の理に精通してるとも言える。救急患者に対する処置を行えるというのは遊撃士家業においても重宝するはずだ。今度聞いてみようなどと、一人物思いに更けてみる。

「お待たせしました」

 ふと聞こえた女性の声は、自分に向けられたものだった。振り返ると、薄桃色の制服──ナース服に同じ素材のナース帽を身につけた、やたら豊満な胸を持つ女性がいた。

「カイト・レグメントさんでよろしいですか?」

「はい、そうです。……あなたは?」

 カイトよりいくらか明るい茶色の長髪をウェーブにかけたその人は、笑顔が優しげで母性愛に満ちているようだ。男の性か最初に眼に入ったのが胸部であることに哀しさを覚えたが、そこでなくても腰も細くスタイルもいい。

「セシル・ノイエス。ここの看護師です。シズクちゃんの担当をしているので、私がお部屋まで案内をさせてもらいますね」

 

 

────

 

 

「──それで、まだクロスベルには慣れなくて」

「そうなんですね。引っ越してすぐの人は街になれなくて体調を崩してしまう人が多いんですよ。カイトさんも気をつけてくださいね、遊撃士の皆さんは多忙なうえに体に負担がかかるから」

「はい」

 セシル看護師は柔和な面持ちの美人で、そのうえ接しやい雰囲気を持っていた。病室までの短い時間の中で色々と話すことになり、早々にカイトは打ち解ける。自然カイトも自身のことを語るようになった。

「まあ今日はシズクちゃんとは初対面だから、少し話して帰るかもしれませんけど」

「あら、そんなことを言わないで、よければたくさん話してあげてください。遊撃士さんでも年の近い人はいないから、きっと打ち解けられると思うわ」

「あはは、それはアリオスさんにも言われました」

「私にも弟みたいに思える子がいます。今はなかなか会えなくて寂しいの。人との触れ合いはその心の隙間を触れる……精神医療の論文でも証明されていることなんですよ」

「へぇ……」

 それは判る。孤児院の先生に子供たちに、義姉の存在。それは両親のいない自分を励ましてくれたものであったから。

「さあ、着きましたよ」

 別段特にいうこともない部屋の外装、どうやら個室らしい。

「シズクちゃん? 失礼するわね」

『はい、どうぞ』

 扉を開け、セシルの後に続いて部屋に入った。病室の白基調の部屋、物の少ない部屋は質素だが、それでも床頭台には年頃の女の子らしい調度品が並んでいる。陽の光が穏やかに当たる位置取りだからか、不思議と病室にいるような雰囲気は感じさせなかった。

 一つあるベッドは腰から頭部にかけてが挙上されていて、それを背もたれにして一人少女が本を開いていた。が、少女の目は閉じられている。

 髪色はアリオスと同じ紺色の髪。衣服は病院だからか薄青の病衣を着ている。顔つきは大人しそうな印象だ。

 一歩二歩、セシルとカイトは少女に近づいた。そこで二人が声をかけるより早く、少女のほうが先に声をかけてくる。

「セシルさん……と、どちら様ですか?」

「おっと、ばれちゃったか」

「シズクちゃん、お昼ご飯は残さず食べれたかしら?」

 セシルは言いつつ、仕事柄なのかテキパキとシズクの周囲の備品らしき諸々を動かし始めた。

「はい、今日のご飯もとても美味しかったです」

「うふふ、よかった」

 一通りのことを終えたらしく、セシルはシズクからカイトへ視線を移す。

「シズクちゃん、今日は新しい遊撃士の人が来てくれたわよ」

「え、お父さんの……?」

「うん、そうだよ」

 初めてカイトはシズクの横まで移動した。目が見えないという少女にとってどの位置に着くのが最善なのか。少し緊張はしたが、できる限り優しい声になるよう努めて口を開いた。

「初めましてだね。カイト・レグメントだよ。挨拶も兼ねて、今日はお邪魔するね」

「こちらこそ初めまして。シズク・マクレインと言います」

 シズクは確かにこちらを向いて挨拶をし返してくれた。

 ファーストコンタクト、やや固いカイトの声だが、セシルが間を取り持つ。

「シズクちゃん、カイトさんもだけれど、今日はアリオスさんからのプレゼントがあるらしいって」

「わぁ、そうなんですか?」

 一度読んでいたらしい本を閉じ、シズクは手を合わせ喜んでいる。カイトは心の中で呟いた。

(さあアリオスさん。父親の腕の見せ所ですよ)

 セシルは退出した。二人だけになってから、カイトは自身の荷物を解く。

「話もしようと思うけど、まずは渡すものを渡そうかな。まずはオレのお土産、クロスベルの百貨店のだよ」

 そして次は、アリオスからのプレゼントだ。

「はい。アリオスさんからの、誕生日プレゼントのお返しだ」

 包みから取り出して、カイトは直接シズクに手渡した。シズクはポンチョの肌触りを確かめつつ、じっと瞼の裏の瞳を向けているようだ。

「これをお父さんが……」

「すごく悩んで決めたんだって。きっと気に入ると思うよ」

「カイトさん、どんな色をしているのか、教えてもらえませんか?」

 カイトはポンチョの色合いを教えていった。緑の布地、白い毛皮、青色の石の留め金。

「すごく、きれいなんですね」

「ああ。さっそく着てみるか?」

「はい」

 シズクはポンチョを羽織る。湖畔からの風が吹くこの病院では、どんな時期であっても一定の効果を発揮するのがよかった。

 何より父親が選んだだけあって、彼女によく似合っていた。これを最初に見るのが自分というのが、少し申し訳ないが。

 シズクはベッドから足を下ろした。依然目は閉じられたまま、しかし、やはりその挙動には迷いがない。それなりに長く過ごした部屋なら想いのままなんだろう。

「せっかくだから、少しお散歩してもいいですか?」

「ああ。一緒に行こう」

 カイトとシズクは外へ出た。念のためシズクと手を繋ぎつつ、そのシズクに案内されて病棟の廊下を歩く。

 その間も二人の話は続く。カイトは気になったことを聞いてみた。

「そういえば、セシルさんはともかく、声も出してないのにオレが初めてだってわかったんだね」

「はい、足音が初めて聞いた人のだったから判ったんです」

「それは……すごいね」

 下手な武人より鋭敏な聴力だ。当然の予想だが、目が見えない分だけ耳が発達したのか。あるいは、少なからず風の剣聖の血を引いていることの証左なのかもしれない。

「カイトさんはクロスベルの外から来たんですか?」

「ああ、リベール王国。判るかい?」

「はい。アリシア女王様が治めているっていう」

「正解。クロスベルからだと、南西にあるね。この病院ぐらいのんびりした国だよ」

 カイトはさすがに緊張が解けるのが早かった。そしてそれは、シズクも同様だったようだ。

 目が見えないのだから初対面には緊張するのだろうとか、案外そういった心配は杞憂らしい。そんな障害があったところで、人はそれなりに順応し適応する。

 少しだけ、余計な心配をしたものだと自分が恥ずかしくなった。心の問題も、体の問題も、その本質は似ている。そして自分と同じように、シズクもきっと自分なりに問題に向き合っているに違いない。

「君のお父さんには、いつもお世話になっているよ」

「こちらこそ……お父さんぶっきらぼうだから、きっと他の人にも迷惑かけてませんか?」

「そんなことないさ。頼りになるみんなのリーダーだよ」

 厳しくて新米にとってはとんだ登竜門だというのはここでは言わないでおくが。

 シズクから案内され、二人は外へ出るための扉までやってきた。開くと、カイトにとっては十数分ぶりの外、シズクは今日初めてらしい。

 聖ウルスラ医科大学の三階病棟から直接行ける、屋外庭園。造りとしては文字通り屋上の庭園それだけだが、院内の患者や彼らの見舞いに来た人々が楽しめるようにと設計されたものだ。長椅子や花壇、木々もある。それに方角によって見えるものも違う。エルム湖の湖も見えるし、湿地帯の森林も眺められる。

「へぇ……いい場所だね」

「私も……他の入院している人も、お気に入りの場所なんですよ」

 カイトとシズクは椅子に座って景観を眺める。それだけで、少しばかり心が穏やかになる気もしてきた。

 二人を繋ぐのは風の剣聖。主にその話が中心だが、クロスベルの遊撃士たちは少なからずシズクに会いに来てはたわいもない話をするらしい。それは初対面のカイトも同様だった。むしろ可愛いもの好きのエオリアを除けば、弟妹たちに接し慣れているカイトが一番シズクとの距離感を保ちやすい。すでに二人は最初の緊張をどこかへ置いてきていた。

「ところで、ヴェンツェルさんもここに来るのか?」

「はいスコットさんとヴェンツェルさんは二人で来てくれることが多いんです」

「あはは、そっか。っていうか、リンさんとエオリアさんは一人一人でも来るんだね」

「エオリアさんは、一番来てくれるんです。お菓子も買ってきてくれるし、人形とかもくれるんです」

 ヴェンツェルは仏頂面だという意味で笑ってしまう。スコットがいて初めてシズクと落ち着いた会話ができるのだろうか。反面エオリアはその習性を考えれば容易に行動が予測でき、アリオス以上に来ているとなるとこの少女の身の危険を考えてしまうが。

「ま、お父さんは仕事が忙しくてなかなか来れないけど、これからはオレも顔を出すからさ。寂しいだろうけど、少しは我慢してくれよな」

 今日も今日とて、アリオスは大陸北部のレミフェリア公国へ出張だ。遊撃士の筆頭たる彼は共和国へ行くことも多く、大陸中部、レマン自治州本部へ行くこともまれにある。

 とはいえクロスベルをおろそかにしているわけではない。クロスベルの守護神と謳われる彼は、やや固さはあるが公の場で恥ずかしくない態度と風格だ。丁寧な対応は市民からの受けもいい。それが市内に戻ってからも精力的に動いていることの証拠だ。これではシズクに会う回数が減ってしまうのも当たり前だろう。

「そんなこと……皆さんいつも会いに来てくれるし、セシルさんたち看護師さんはとっても優しいです」

 だが幸いにも、シズクはそんな父親の側面を尊敬できるものとして受け取れているようだ。それでも寂しさは変わらないだろうが、それもまた沢山の人の関りで彼女は健やかに育っている。

「最近は、病院の中に友達もできたんです」

「へぇ、そうなのか」

 まだまだ、話せることは多くある。そんな時、シズクの考えこんだような表情が少しばかり気になった。

「その……カイトさんに、お願いをしてもいいですか?」

 カイトは一も二もなく頷いた。今日受注している依頼はウルスラ間道の手配魔獣だけで時間に余裕もある。そもそも少年は遊撃士だ、聞かない理由はない。

「その友達も……家族の人とも、他の人ともあまり会えなくて。きっと、私なんかよりもっと寂しいんだと思うんです。なかなか、他の遊撃士さんにはいいづらくて。でもカイトさんなら、大丈夫じゃないかなって」

「どうして、オレなら大丈夫だって思うの?」

「その人は十三歳。私よりも年上の男の子なんです。エオリアさんや、スコットさんたちよりも、カイトさんなら年が近いから」

 それはカイトがアリオスに、「シズクとも仲良くやれるだろう」と言った理由と同じものだ。

 そういえば、骨折などの単純な外傷を除いては子供たちは文字通り幼いころから病院で過ごすことが多いとエオリアから聞いている。それは先天性の難病が原因で、高度な医療技術研究の場でもある聖ウルスラ医科大学であればなおさら顕著となっている。

 シズクが入院しているのは交通事故による失明──つまりは外傷だが病院で過ごす時間は長い。その中で自然知り合う子供たちの中には、きっと彼女以上に病院で長く過ごす子もいる。

 カイトは聞いた。まずはその少年に会わなければ何も判らないだろう。

「その子はどこに?」

「この病院の、特別病棟に」

「判った。それじゃ、看護師さんに連絡しようか」

 カイトはシズクと共に病棟のナースステーションまで歩く。ここからは主にシズクが看護師と話していく。面会にあたりやはりセシルが担当することとなり、そしてカイトはシズクと会うより多少難解な書類手続きを行うことになった。年齢、出身、職業、面会目的……まるでカイトのあらゆる情報を抜き取ろうとするその質問の数々。

 また、カイトにとってなおさら気になることがもう一つ。

「カイトさん、遊撃士だからきっと、戦術オーブメントを持っていますよね」

「えっと、はい」

「他にも、導力器(オーブメント)があれば一度こちらで預からせていただきますね」

「えっと、セシルさん?」

「必要な手順なんです」

 簡単な説明だが、特別病棟に入るにあたり、導力器の類はすべからく置いていくのが決まりなのだとか。

 その後はシズクと共に廊下の長椅子で待ち続ける。

「シズクちゃん? いつもこうなの?」

「はい。慣れるとなんてこともないですよ」

 彼女にとっては当たり前のことのようだ。その間にもシズクはテキパキと廊下に備えられたアルコール消毒剤を手に施している。カイトもそれに続いた。ここではシズクが先輩だ。

 待つこと五分。セシルが許可証を持ってきた。

 シズクの部屋に向かう時と同じように、セシルに看護師として案内される。目的の個室に向かう前にいくつかの部屋を通り過ぎるが、小児病棟、整形外科病棟や他の病棟と違い統一性がなかった。その統一性とは、置かれている機材の統一性だ。

「着きましたよ、カイトさん、シズクちゃん」

 カイトは、その部屋の前に立つ。その瞬間、感じる違和感があった。

「あれ……この部屋……」

「どうかしたかしら?」

「いや……少し、体が重いというか」

 カイトは遊撃士として、ほぼすべての時間において戦術オーブメントを所持してきた。それを外す瞬間は確かに体に違和感を感じる。例えばそれが戦闘中であれば余計に顕著で、過去にカイトの同僚エステルは身体の倦怠感を訴えたこともある。

 カイトは戦闘中でもなく、また戦術オーブメントを外した瞬間でもない。それでも、カイトは重くだるい感覚を、たった今、味わった。

「……いや、なんでもないです。行きましょうか」

 ノックの後、三人は扉を開いた。

 扉を開いた先にいるのは少年だった。が、彼よりも先に気になることがあった。

「こんにちは。セシルさん、シズクちゃん」

 部屋には窓があるが、その窓から見えるのは深緑。日陰に位置しており、少しばかり暗い雰囲気。シズクの部屋の光源と違い、人工的でやたらと明るい。

 部屋には床頭台やベッドの他に、キャスター付きの機材もある。それはカイトには判らない数字の羅列が並べられていて、それが患者のバイタル値を測定するためのモニターでだと後で知ることになる。

 そして一番気になったのは、モニターから部屋のスイッチ灯りに至るまで、各種機材全てに徹底的に配線が敷かれていること。こんな導力器は見たことがないと、カイトは不可解にも圧倒された。

 ベッドには、今日あった時のシズクと同じように挙上されたベッドに座る少年。少年は、今初めてカイトに気づく。

「二人とも……そちらの人は?」

 未だ声変わりを経てない、男の子らしい高い声。その声に引っ張られて、ようやくカイトは彼に目を向けた。

 菫色の髪の色、薄紫の瞳。痩せた体に白い肌。

 セシル、シズク、そして少年。遭遇に続く遭遇。それはこの因縁の自治州にて交差し、やがては思いもよらぬ縁となる。

「初めまして、オレはカイト・レグメント。最近このクロスベルに赴任した遊撃士だよ」

 少年は、笑顔を向ける。

「ボクは……アルス。アルスといいます」

 

 

 

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