心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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56話 高原の火種④

 

 

 蒼穹の大地を護るべく立ち上がった若者たちが、その影で犠牲となった人間たちの眠る場所で、悪しき精霊(ジン)を討ちとった。

 完全に沈黙する魔獣。激昂することもないと、仲間たち全員が理解する。

 残心を解き、仲間たちは勝利を喜ぶと同時に緊張感を持ち続ける。魔獣を倒したても、まだ帝国と共和国の戦争という悲劇をまだ防げていないから。

 必要なのは、監視塔と共和国軍基地を攻撃したのがそれぞれの軍ではないという証拠だ。そのために、猟兵崩れを最後まで連行する必要があった。

 ミリアムやガイウス、カイト、エマで猟兵崩れを拘束しつつ、アリサとリィンが集落へ戻りグエンやゼクス中将に連絡を取る。

 そこからは順調に事が進んだ。高原故の情報伝達のもどかしさはあったが、できる最高の効率を持ってゼクス中将は装甲車両を派遣し、猟兵崩れを連れていく。

 Ⅶ組もそれを見届け、急いで集落へ戻る。グエンや長老、ガイウスの家族たちにひとまず無事である事を報告し、そうして当事者となったⅦ組たちは急いでゼンダー門へ。

 到着した頃には、もう時刻は十五時を大きく回っていた。

 

 

────

 

 

 ゼンダー門司令室。Ⅶ組A班とミリアム、ゼクス中将。そして中将の部下である青年の少佐が一人同席している。

 Ⅶ組はゼクス中将に同席を許され、少佐の報告をともに聞いていた。

「武装集団の拘束の報、確かに共和国軍に連絡しました。しかし『一文のみで信ずるわけにはいかない』と……」

 それは尽力したⅦ組にとって虚しく響く現実だ。

 ゼクス中将は、いよいよ深刻な顔つきとなる。

「……無理もない。被害はあちらの方が大きかったのだ。今更、こちらの一方的な主張だけを聞き入れるわけにはいかぬのだろう」

 軍には、というより組織には面子にかけて動かなければならない時もある。今はそれが最大限悪く働きかけている状況だが。

 リィンが尋ねた。

「……その、共和国軍のほうも既に出撃準備を?」

「うむ。監視塔からの報告だが、準備がつい先刻完了したらしい。事ここに至っては戦闘は避けられぬだろう」

 危険だとわかっていながら、それでも学生のために可能性を模索し続けたゼクス中将の、その決定的な言葉にⅦ組A班は悔しさと悲しさを感じる。

 この蒼穹の大地が、赤に染まる。そんな光景を見たくはない。

「中将、本当に交渉の可能性は潰えたんですか?」

「……カイト君」

「仮にも大陸の二大覇権国同士……ホットラインは本当にないんですか?」

 帝国軍との交渉は、カイト自身が成し遂げたことがあるのだ。それが出来レースであったとしても、大国相手であっても不可能ではないことはよく知っている。

 ゼクス中将は沈黙の後に言った。

「……ない、ことはない」

「あるんですか!?」

 ガイウスが一番に反応した。

「カイト君の言うとおりだ。帝国と共和国双方の間でその交渉ルートを構築しようとする動きはあった。だがそれは、今まさに構築中のもののはずだ」

 共和国軍基地の司令とゼンダー門の司令の思考が同じである以上、あちらも外部からの働きかけなしに引くことはできない。

 帝国側に原因がある。だとすれば、事情を知らない共和国側が戦争を止めるに値する働きかけは直接の交渉ルートしかないだろう。

 ゼクス中将は、Ⅶ組から視線を外した。そしてミリアムを見た。

「それについては君がよくわかっているのではないかね?」

「んー、どうかなぁ。もうすぐ来るとは思うんだけど……」

 ミリアムは頭を振った。

「ところで、捕まえた連中からは何か聞き出せたの? 逃げちゃった眼鏡の人とか」

「いや、大金で雇われただけで何も知らないようだ。そうだな、ライエル少佐?」

「え、ええ、その通りですが……」

「あ、あの……」

 リィンがおずおず手を挙げた。

「んー? どうしたの、リィン?」

「ミリアムも、ゼクス中将も、お互いのことを知っているのですか?」

 二人の会話は明らかに互いを認識した上でのそれだ。少佐の方は知らないらしいが。

 ミリアムは、テロリストであるGから《子供たち》、《白兎》と呼ばれていた。計画を知らない間に妨害していたらしいⅦ組は別として、彼女個人が警戒している時点で普通の少女ではないのは明らか。

 そしてゼクス中将が知っているのなら、ミリアムの正体も自ずと見えてくる。

 もっとも、リィンやカイトが問いただす前にその答えを教えてくれる人物が現れたのだが。

「やれやれ、東から北への大移動とかあのオッサンも人を酷使しやがるぜぇ」

 司令室の扉を開く音。Ⅶ組が振り返る。ミリアムの顔はぱっと明るくなった。

「あー、キタキタ!」

 赤髪の青年。ゼンダー門の司令室の扉を気さくに開けた人物だが、軍服とは違い政府付きの役人が着るような瀟洒(しょうしゃ)なスーツ姿だった。

 この状況で現れる人間が、ミリアムと同じく一般人であるはずがない。リィンたちは警戒する。そしてゼクス中将は警戒や安心とはまた違うため息を吐く。

 一方、カイトは目が点となった。

(……あれ?)

 見覚えがある。ありすぎる。整髪料で整えられた赤髪、けれどそこに短パンにバカンスルックのだらしのない青年の姿が重なった。

 カイトや他のクラスメイトも呆気にとられる先で、少女と青年の楽しげな会話は続いている。

「もーレクター、遅すぎだよー!」

「はは、すまんすまん。ちょいとクロスベル方面が忙しくてな」

(クロスベル方面……?)

「もしかして、あの怖い人たちの事務所を用意するってやつ?」

「おー、それそれ。あの都市はまったく刺激がすぎるんだよ」

(マジかよ……そう繋がるのかよ)

 一通りのスキンシップを終え、青年はⅦ組をかき分け、ゼクス中将の前に立った。

「帝国軍情報局特務大尉、レクター・アランドールであります。共和国軍との交渉ルートを担当するため、参上いたしました」

 敬礼する青年──レクター大尉。登場のインパクトはともあれ、しっかりと上の人間に対する態度だ。

「既に共和国政府とも交渉に入っています。再来月の通商会議を前に無用な対立は避けたい……宰相閣下の意向でもありますので」

「なるほど。色々と噂は聞いているが、任せてしまってもよさそうだな?」

「はい、この場は是非」

 第三機甲師団と同じ軍属。しかし堅苦しい空気は一瞬で、レクター大尉はⅦ組に向き直る。

「よ、少年少女。このガキんちょが世話になったみたいだなぁ」

「むー、ガキんちょってなんだよ~」

 さらに、Ⅶ組の中のカイトに目を向けた。

「それと……三ヶ月ぶりってとこか。久しぶりだねぇ、アランくーん?」

「あ、アハハ……お久しびりですね。レク・ターランドールさん」

 言うまでもなく、黒の競売会(シュバルツオークション)の一幕だ。あの競売会に参加する時点で只者でないのは明らかだったが、帝国と共和国の間に立つクロスベルの闇の真髄に帝国の軍人が紛れ込んでいたとは恐ろしい話だ。

(そういえばキリカさんもいたよな。え!? 二大国の諜報員がさも当然のようにいたってこと!?)

 二大国の諜報員、暗殺者《銀》、四大名門筆頭。数多くの国の、名も知らない重役たちがあの場に集まっていたのか。

 なんだ、あの魔都は。怖すぎる。

 そんな感情が体へと伝わり、無言のままカイトは悶えている。

 少年の行動は若干変態に近かった。Ⅶ組のクラスメイトは理解する。

(ああ、またか。ゼクス中将と同じく知り合いなのか)

 いよいよクラスメイトは驚かなくなっていた。

 レクターはニヤリと笑う。

「ま、そういうわけでここは情報局(ウチら)に任せておけ。行くぞー、ミリアム」 

「はーい! みんなもありがとうね!」

 レクター大尉に頭を小突かれたミリアムは、同じく軽い調子であっさりとついて行った。

 嵐のように去っていった二人組。

 未だ悶えているカイトを放っておいて、Ⅶ組はゼクス中将に向き直った。

 ゼクス中将は補足した。

「《かかし男》レクター・アランドール。《白兎》ミリアム・オライオン。どちらも帝国軍情報局に所属し……そして《鉄血の子供たち》と呼ばれる宰相殿直属の懐刀だ」

 かかし男(スケアクロウ)白兎(ホワイトラビット)。そして鉄血の子供たち(アイアンブリード)

 帝国軍情報局とは、帝国政府直属の組織として帝国内外で動く諜報組織。カイトにとって、ある意味結社と並んで警戒すべきかもしれない相手。

 そして鉄血の子供たちとは、今の二人やクレア大尉のように、各組織に所属しながら鉄血宰相の意を直接に受けて動く存在。

 クレア大尉と面識のあるメンバーもいるとはいえ、Ⅶ組にとって想像もつかない国家の中枢の存在たち。

 だがノルドへの災厄を防ぐために動いていたⅦ組にとっては紛れもない朗報だった。

「これで……なんとか戦争は回避できるはずだ」

「本当ですか!?」

 ガイウスが普段の泰然さも忘れて前のめりになる。その少年らしさを珍しく思い、ゼクス中将はふっと笑みをこぼす。

「彼はこういった非公式の場での交渉を全て成功させてきた実績を持つらしい。宰相殿も動いているようだし、なんとか抑えられるだろう」

 ゼクス中将は立ち上がり少佐に声をかける。

「第三機甲師団、第二種警戒態勢に戻せ! 哨戒中の飛行艇は全てゼンダー門へ帰投させよ!」

 復唱した少佐はすぐさま指示を伝えるために駆け足で司令室を後にした。

 その様子を見て、今度こそⅦ組メンバーは自分たちが成し遂げたことを実感した。

「カイト、そろそろ戻ってこい」

「ぐぇっ」

 リィンがカイトの頭を叩いた。ガイウスも笑う。

「俺たち五人、全員で頑張った結果だ。お前がいなくては噛み締められないぞ」

「そうよ。ちょっとは見直してあげようって思ったんだから」

「ふふ、カイトさん。中将も呆れていますから、ね?」

「え、えっと……みんな?」

 カイトも前に立たせ、Ⅶ組A班は全員でゼクス中将の言葉を待った。

「ふふ……わかっているようだな。交渉をするレクター大尉がいたとしても、その決定打である犯人の拘束は君たちが成し遂げたものだ。感謝する。ノルドを戦禍から救った英雄よ」

 

 

────

 

 

 ノルドに平穏が戻った。帝国軍と共和国軍、両国のノルド方面隊は全て自陣へ戻ることとなった。

 夕刻、Ⅶ組A班は避難する必要のなくなったノルドの集落に戻った。

 もはや他人でも歓迎される客人でもなく、ある意味民の一員となったⅦ組A班の面々。ガイウスは家族に、他の男子女子は長老や集落民たちに喜ばれ、そしてカイトたちもそれぞれの無事を喜んだ。

 特別実習最終日、とんだ実習内容になったA班だが、そんな例外も含めての特別実習。充足感に満ちた少年少女は、昨日以上の宴会騒ぎとなった夕餉へと移るのだった。

 満天の星空の下、Ⅶ組A班は昨日と同じように青春のひと時を過ごす。カイトを中心に馬鹿話をしたり、リィンとガイウスが朴念仁になったり、アリサとエマが二人だけで内緒の話をしたり。

 ガイウスの弟や妹たちにグエン、たくさんの人物がひっきりなしにカイトたちに声をかけてくる中、サラとシャロンの二人も会話に紛れ込んできた。さも当然のように現れたので一度はリィンたちもアリサもそれぞれに対して普通に接していたが、十秒ほど遅れて天に響くほどの絶叫を響かせることになった。

 サラは戦争に巻き込まれかけたA班へのフォローのため、シャロンはイリーナの補佐業務の終了に合わせてグエンとアリサの顔を見るために、それぞれノルドの集落にやってきたのだ。相変わらず神出鬼没なお姉さんたちだった。

 翌二十九日。別れの日。

 早朝、ノルドの集落を後にした。リィンたちA班は最後のノルドの高原を馬で駆けることを選んだ。ラカン・トーマ・サラ・シャロンなどは二人一組で馬に乗りA班を追う。シーダやリリは運搬車の荷台に。グエンが操縦席、ファトマが助手席だ。

 目的地のゼンダー門に近づくほど、ガイウス、リィン、アリサが操る馬の駆け足は遅くなるけれど、誰もそれを急かすことはなかった。

 ゼンダー門にたどり着き、馬の頭を撫で、送りにも来てくれたゼクス中将とも言葉を交わす。

 本当に最後の別れの時。ぐずるリリ。アリサやエマと話して涙目になるシーダ。トーマは男子さん人と笑い合い、再会を約束した。

 ガイウスはラカンと、三ヶ月の学院生活で得て、そしてこれからも得ていくであろう知識や絆というかけがえのない財産を話す。

 高原の外へ飛び込んだ、そのガイウスの選択は間違っていなかった。もっと多くの知見を得て、強くなって戻ってくると家族に伝えるガイウス。

 アリサはグエン・シャロンと、ここ最近の衝突で迷った自分と、その上で決意した自分の覚悟を話す。

 ノルドに移り住んだ祖父の気持ちも知れた。けれどそれだけでは家族を理解したことにはならない。何よりも母親との対話のために、これからは逃げではなく向き合うための学院生活を送るのだと、アリサはグエンとシャロンに明かす。

 そんなクラスメイトを見守るカイトも、リィンも、エマも、二人と一緒に切磋琢磨していくのだと気持ちを新たにする。

 遥か蒼穹の大地での数日間。それは帝国の外から帝国を、自分の外側から自分を見つめる作業となった。

 誰にとっても、かけがえのない時間となった。

 忘れられない時間となった。

 いつかの再訪を夢見て、Ⅶ組A班はノルドを離れていく。

 

 

 

 









次回、57話「女学院よりの訪問者」
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