オル・ガディアの何度も放たれた縦一閃。斬撃ではなくもはや爆撃にも似た一撃を、カイト、リィン、クロウは跳躍して避けた。
リィンの容姿はもう異質なそれではない。黒髪に、紫がかった瞳に戻っている。代償として爆発的な力は失せ、むしろ疲労にまみれている。けれどそれで構わない。
着地して、リィンはふらついた。二秒かけて持ち直し、ようやく足に力が入るようになってきた。明日寝込むのは確実だが、そんなのは些細なことだ。
双銃の引き金を引いて、クロウは敵の注意を自分に向けつつ叫んだ。
「後輩ども、お前らがリンクしろ! カイトはとにかくリィンを守れ!」
「了解!」
カイトとクロウの間に繋がれていた光軸が途切れる。同時、カイトからリィンに向かって光軸が伸びる。
やや遅れて、リィンも光軸を伸ばした。
ぶつかり、閃く。
「ARCUS──」
『駆動!』
互いの意思が伝播されて、阿吽の呼吸が可能となる。まだ、リィンはじりじりと位置を移動させて動かない。
カイトが自身に琥珀の波を纏わせた。その間も、クロウとともに囮に動いては回避を繰り返す。駆動は保たれ、波が収束。アダマスガードが発動、いかなる衝撃をも阻む盾がリィンを包み込む。
カイトはそのままオル・ガディアに近づこうとして──しかし有利はそう簡単に続かなかった。最初の斬魔刀の一撃を避けたが、遅れてやってきた反対の手の殴打を受けてしまう。快打ではないが、まともに食らった。
「ぐぁ……!」
軽く宙に放り出され、地に激突。無様に転がる。
「後輩!」
「カイト!」
クロウが弾丸を放つ。今までの通常弾ではない。衝突した一発はオル・ガディアの腕を凍らせる。わずか、その甲冑の挙動が止まる。
カイトはすぐさま復帰した。
「大丈夫っ……この程度ぉ!」
実際のところ、鉄の体による殴打は発狂したくなるほど痛かった。それでも精神が昂っている。興奮しきって痛みを感じにくくなっている気がする。痛いのに動ける、そんな矛盾があった。体が熱い。
そのまま二度目の並戦駆動、蒼色の波を纏う。
「クロウ先輩、今の氷の攻撃もう一回いけますか!?」
「フリーズバレットか? 任せておけ!」
クロウが片方の拳銃に特殊弾を装填する。その間、カイトは決死の覚悟でオル・ガディアに相対した。
カイトにリィンの意思が伝わる。待たせた、もう人並みに動けるぞという意思。
リィンの孤影斬が遠方から飛んでくる。決定打ではないが牽制にはなる。
リィン一人だった序盤の攻防から、敵性反応が三人に増えた現在の状況。感情があるのかはわからないが、オル・ガディアはいらついたように動いた。
斬魔刀が地に叩きつけられる。衝撃波が襲い掛かる。カイトは退き、リィンは避け、クロウが身をかがめて衝撃を受け止めた。
今のは大振りな攻撃だ。確かに隙が見えている。この機を逃しはしない。
「先輩、行きます──!」
「おうよっ!」
駆動。カイトの正面に巨大な水塊が出現、飛沫を挙げながら濁流へと変貌しあらゆるものを押し流していく。ハイドロカノン、ENIGMAでも使える水属性の魔法だ。
水がオル・ガディアの斬魔刀を持つ手に直撃する。それだけでも多少の攻撃にはなるが、本命はそれではない。
「なるほど……な!」
クロウが快哉とともに再びのフリーズバレットを放つ。ハイドロカノンの飛沫も巻き込んで、最初の一撃よりも広範囲に、強い氷を生み出していく。クローゼとともにブルブランを氷漬けにしたことの応用だ。はっきりと、巨大な甲冑の動きが止まる。
リィン、今だ。
わかった。
剣士が動く。十分なためとともに走りこむ。狙うは関節。敵を断ち切るには、動きが止まった今が好機だ。より細く、強く、速く振り切るのみ。
しかし、叶わない。
グギギ、と鉄の軋む嫌な音。爆発的な雷鳴が轟いた。序盤にリィンに向かったのと同じ雷だ。それが三人にだけでなく、当たりかまわずに降り注ぐ。カイトを、クロウを確実に痛めつける。
リィンもまた躱すことができなかった。アダマスガードが発動し、それはしっかりとリィンを守った。それでも帯電は辺り全体に撒き散らされ、人間たちの行動を止める。リィンも同様だ。痺れだけでも相当に負担が大きい。
それだけでない、雷はオル・ガディアそのものにも衝突した。少なからず行動を抑えていた、体表面の氷にも瞬間的な熱が伝わる。
それで動きがまた柔軟になっていく。たまらず、リィンは後退するしかなかった。
攻防は一度収まり、三人はまた距離をとる。
クロウが頭を掻いた。
「やべえな、あのデカブツ。純粋な生物じゃねえから並みの手配魔獣よりずっと厄介だ」
「そうですね……クロウ先輩が思ったより良く動いてくれてるのに、こっちの連撃が対して効いてない」
「おいカイトてめえ」
クロウがカイトの頭を叩いた。カイトは痛そうだった。
不真面目な先輩と、Ⅶ組でも冗談の多い少年。二人だからこそ生まれる戦闘中のやり取りに、リィンは思わず微笑んでしまう。
二人が真面目な世界に帰ってくる。
「実際問題、どうするよ後輩ども? こっちの武装は太刀と拳銃だ」
クロウの言いたいことはもっともだ。道端にいる魔獣ならともかく、目の前で猛威を振るっているのは鉄の巨像。ラウラのような大剣や火砲の中でも大威力の対物ライフルでもなし、相当に工夫しなければダメージは与えられない。
「対してあちらは掠めるだけでも大ダメージで、俺たちの攻撃力にも限界があります」
「動きも機敏だしね。オレの魔法もある程度は聞くけど」
カイトの強みである並戦駆動はあるが、辛うじて敵の動きを封じる程度のものだ。炎で炙ることも水で押すことも、大樹の根による攻撃もできる。だが、純粋に倒すには至っていない。
何よりも。
「そもそも相手は鉄の塊……何をどうしたら倒したってことになるんだよ!」
クロウが叫んだ。敵の無機質な気迫が、まったく消えていないのだ。
例えばイグルートガルムは石像が変化した守護者だったが、そこまで大きくもなかったこともありラウラの大剣の一撃で首ごとはねることができた。目の前の敵は金属。核と呼べるものがあるかは知らないが、例えば腕を片方切断したって止まらない気がする。斬魔刀を持つ腕を狙っているのも、ひとまずの攻撃手段を殺すためでもあった。
だが、こちらは理性なき獣でも、意思なき守護者でもない。状況を打破するための方法は必ずある。
「……熱疲労だ」
リィンが口を開いた。
「俺は焔の太刀を使える。先輩は氷結弾を持ってる。カイトは炎と水の両方を扱える」
その思考を読み取るカイト。リンクを繋いでないクロウが反復する。
「つまり、熱して冷やしてを繰り返してあわよくば金属ごとぶち壊しちまおうってわけか」
「俺の太刀もああいった敵には効きづらい。ラウラのような破壊力もない。一番堅実な方法のはずです」
リィンの案を反故にする者はいない。だが一つ、難点があった。
「オレたちは三人だ。もう何人か加えて陽動しないと、相手の隙をつくのは難しい」
これまでの短い戦闘の様子がすべてを物語っていた。カイトやクロウ一人の陽動では役割を果たしきれず、辛くも見つけた一瞬の隙は相手の大振りの前に掻き消えてしまう。
リィンの提案を実行するにしても、それぞれ銃弾装填・魔法駆動・気力ための瞬間がある。その間誰が背中を守る?
カイトとリィンはパトリックを見た。彼の実力なら頼もしいのは確かだが、今はエリゼを任せている。何より運の悪いことに、今の彼は得物のレイピアを持っていなかった。その状態で前線に立たせるわけにはいかない。
ところがカイトも、提案した当のリィンでさえ難点はわかっていたのに、クロウだけが陽気に笑って見せた。
「うしっ、じゃあリィン後輩の案でいくか」
「……クロウ先輩」
「なんだ? カイト後輩。そろそろ敵さんも待ちきれなくて近づいてくるぜ」
「たった今難しいって言ったんですけど」
「ならこの三人の連携で何とか隙を見つけるしかねえだろ」
カイトとリィンはお互いの顔を見る。
連携ならば間を埋められる可能性はある。だが、例えばリィンとカイトが戦術リンクを繋げばクロウがあぶれてしまう。高度な連携を可能にする戦術リンクだが、むしろ三人での連携にずれが生じる可能性もある。
それはARCUS所持者なら当たり前に考え付く話だと思っていたのだが、どうやらクロウにとっては違うようで。
「いや、やればいいだろ? 三人での戦術リンク」
『……は?』
当たり前に言われて、思わず目が点になってしまう二人だった。
「思い出せよ。サラから聞いたぜ、特別オリエンテーリングで《多重リンク》をやってのけたんだろうが」
言われて思い出した。まだARCUSの機能すら知らなかった時だ。全員でイグルートガルムを倒す。その意志を共にしたとき、仲間たち全員の思考が繋がった。
あれは、今の戦術リンクの一歩先の次元だったのか。
「……できるんですか?」
「オレたちは個別なら十分にリンクできる。でも同時となると絶対的に難しいんじゃ?」
クロウが言い返した。
「じゃ、諦めんのか?」
カイトとリィンは揃って首を横に振った。即答だ。
「ククッ、だろ。やるしか道はねぇんだよ」
攻撃をしてこないと判断されたのか、オル・ガディアがとうとうこちらに向かってきた。もう時間は残されていない。
「いい表情だ後輩ども。それじゃ、やるぞ」
「はい……!」
「ああ、もう! やってやりますよ……!」
「堅苦しい手順なんざねぇ。大事なのはバランスだ」
立っている場所がオル・ガディアの攻撃圏内となった。斬魔刀が振り上げられる。
「なぁに、サラからクラスの《重心》と《重心の鏡写し》って言われてるお前さんらだ。必ず成功する」
大上段からの縦一閃。三人は散開する。
クロウが叫んだ。
「まず後輩ども、リンクを繋げ! 何があっても断つなよ!」
オル・ガディアと向かい合い、攻撃を避けながら、いわれたままカイトはリィンとリンクを繋げる。全く同じ瞬間に、同じ速度で光軸が伸び、二人の中心でぶつかって輝く。
オル・ガディアの二撃目がカイトを襲う。辛くも回避した。リンクにより意志が繋がり、リィンがカイトへの連撃を避けるための遊撃を放つ。
「今だ──
クロウから、同時に二つのラインが伸びていく。
《多重リンク》。複数人で同時に戦術リンクを繋ぐ、さらなる連携。
それを意識的にしたことは、カイトも、リィンも、Ⅶ組の誰もがなかった。だからクロウから生じた光軸が自分たちに到達するまで、リンクを繋げようとする意志は生まれなかった。
今、オル・ガディアを囲むように、カイト・リィン・クロウの三人に金の光の線が伸びている。それは正三角形を描いていた。
リィンの脳裏に生まれる言葉。心を重ねること。
カイトの脳裏に生まれる言葉。外と内を繋ぎ、その両の心を知ること。
それは学院生活で、ずっとやってきたことだった。リベールの異変の中で、理解しようとしたことだ。
──心を、重ねる。
三人の光軸がぶつかり合い、絡まり、結ばれる。
ここから先は先手必勝、ついてこい後輩ども。
先輩こそ、オレの並戦駆動に合わせてくださいよ。
間は俺が取り持ちます。だから──!
カイトが短い駆動のすえ、ハイドロカノンを放つ。威力はなくとも防げない。
リィンがすぐさま太刀を掲げた。炎が爆ぜ、太刀を振るうと矢のようにオル・ガディアに絡みつき、水に濡れた甲冑を高温に熱していく。
オル・ガディアは止まらない。熱せられる体を意に介さず、カイトに斬撃を放つ。しかしその予備動作は、クロウに視界に入ったことで動く前に理解されていた。
リィンとの感覚が共有され、カイトは殆ど動かずに受け流す。それは太刀の体捌きだった。
すかさずクロウが速射。一発、二発では氷結弾もリィンの炎を打ち消すに終わる。しかし三発目、四発目が逆に甲冑を冷していく。
固くなった鉄の体、リィンに向かって突進を仕掛ける。それはすでにわかっていた、だからカイトは再びユグドラシエルを発動させた。
大樹の根が、今度は突き刺すのではなく絡みつく。冷やし、熱し、再び冷やされて視界は白く霞んでいた。蒸気の向こうで、オル・ガディアは動きを封じられる。
見えなくとも、発動者のカイトの感覚は理解していた。だからリィンは寸分違わず、今度は焔の太刀でオル・ガディアの斬魔刀を狙う。
──斬魔刀を持つ右腕が、肩口から溶けるように切り裂かれる。
甲冑の重心が崩れた。たまらずオル・ガディアはふらつく。その瞬間をクロウは見逃さない。
「さあて、行きますか」
後先なんて考えない、弾倉に残るすべてを一斉掃射。回転しながら弾丸は飛んでいき、一部は跳弾。クロス・レイヴンの強烈な弾丸の全てが、たった今体重を支えた左膝に直撃する。
それで破壊とはならない。けれど今まで表面をなでるだけだった銃弾が、熱し冷やしを繰り返された金属に確かにひびを作った。
「全体重を支える脚だ。自分で破壊しちまいな」
ガラガラと、鼓膜を震わせる音響と共にオル・ガディアが崩れていく。
体部と残る手足は生きていた。甲冑
行け、てめぇら。使うのは──
はい。
わかってますって。
カイトは数秒前から灼熱の波を纏わせ、リィンも大胆にも呼吸を整え一刀を放とうとしていた。
カイトはサウザントノヴァ。地下は何度も炎が生み出され、温度も急激に上昇していた。最後の一撃、カイトは最大限に集中力を発揮して、これ以上ない威力の劫火を生み出す。地面に複雑な紋様が描かれ、溶岩が吹き出るようにオル・ガディアの全身をぐずぐずに溶かしていく。
リィンの一撃は疾風。もう焔の太刀は必要ない。あとは、一刀のもとに切り伏せるのみ。
熱が吹き荒れる地下第四層。カイトが魔法を収めても、溢れた熱の影響は大きい。安易に近づけば自身も燃えてしまう。一瞬、ただ一太刀でいいのだ。
剣士を見る者たち。リィンの動きがゆっくりと、はっきりと眼に写る。構え、駆ける。その動線はカイトが把握している魔法が生み出した熱、それに今のリィンが耐えられるギリギリの境界線を行く。
太刀はその境界線の内側にいた。熱波に触れ、自然現象として太刀が燃える。リィン自身も熱に当てられ、力が抜ける。それは幸いにも、理想的な力の発揮を実現した。
振り切る。オル・ガディアの真横をリィンは通過した。熱気も炎の残滓すらも断ち切った。橙赤色の世界に灰色の切れ込み、反転した一閃が刻まれる。
疾風の突進によって熱波に近づき、そして逃れたリィン。彼は悠然と、まるで血を払うように太刀を振るう。そして納刀。
同時に、リィン、カイト、クロウの戦術リンクの繋がりが消えていく。
圧縮された世界が戻ってくる。一瞬のためとともに、止まっていた衝撃が溢れ、オル・ガディアの身体が二つに割かれてはじけ飛ぶ。
もうオル・ガディアが動き出すことはないだろうと直感した。
戦闘は決した。けれど激しすぎる一戦、参加した三人は疲労が一気に襲いかかる。
「はぁ、はぁ……」
カイトは思わず膝をついた。握り締めていた双銃も、握力の限界が来ては放るしかない。
クロウも、得物を手放しはしないが同じように崩れ落ちていた。不真面目な彼が似合う、大の字で仰向けだ。目ざとい彼のその行動が、もうこの場に危険はないことを物語っていた。
リィンはやはり太刀を手放さず、納刀した鞘を杖がわりにして辛うじて上体を起こしていた。
突然の戦闘。常軌を逸する出来事が多すぎた。それでも、カイトの脳裏に焼き付くのはリィンの姿だ。それも最初の変貌した姿などではない。
(もちろん……さっきのリィンもすごい気になるけど、今は──)
その破滅的な状態を忘れるくらい、最後の一閃は凄まじい一撃だった。武の道にいないカイトですら惚れ惚れするような剣さばきだった。
リィンの実力が高いことは理解している。だがそれはあくまで学生の中ではという話だったし、彼は自分で「八葉一刀流の初伝だ」と話していた。ノルド高原でともに戦った時のリィンと、エステルやヨシュアたちリベールの仲間たち。両者を比べてもその実力には差があったはずだ。全員を知っているカイトだからこそそれを理解できる。
しかし、カイトの目に映った最後の攻撃はそんな
影の国でカシウスを前に道を切り開いて見せたリシャール。彼のような、理を理解する数歩手前にいるような佇まい。
それは、戦術リンクによって紡がれた連携故のものだとしても、賞賛されるべきものだった。リィンの力そのものだ。
激昂し、その身を変え、平静を取り戻し、妹を守ろうと奮闘したリィン。この短い時間の中で、何かを掴んだのだろうか。いや、元々何かを掴んでいたことに気づいたのだろうか。
(どちらにしても……やっぱりすげえや)
八葉一刀流の流れを汲む少年。カシウスやアリオスにリシャール、カイトが尊敬する達人たちと同じ血脈にいて、未ここまでの力を発揮できる少年がいる。
「オレは、すごいやつのすごい瞬間に立ち会っているのかもしれない」
冗談抜きで、そう思った。もう、リィンはただの妹想いの少年にしか見えなかったけれど。
「エリゼ!」
パトリックに支えられ、エリゼは座ったままではあるが体を起こしていた。憔悴しているが、命に別状はないらしい。
リィンがエリゼに駆け寄る。
あ、後ろのパトリックを除けた。
「兄様……?」
「大丈夫か!? どこか痛むところはないか!?」
「ええ、地響きに足をとられただけです。それに……兄様が守ってくれましたから」
状況はある程度分かっているようだ。混乱はないらしい。
「あの日みたいに……ううん、あの日とは違う形で。そうですよね?」
「ああ……なんとか乗り越えられたよ」
完全に二人だけの世界だ。後ろで所在なさげにしているパトリックが少し可哀想に思えてくるカイトだった。
クロウがカイトの方に近づいてくる。
「ククッ、妬けるねぇ」
「はい、本当に」
「こっちにも王子様が二人もいるってのに」
「先輩……それはちょっと寒くありません?」
クロウはカイトの頭をガシガシと雑にさする。
「言いやがるな、カイト後輩。あのデカブツを倒せたのは誰のおかげだっての」
「あはは」
カイトはクロウに向き直った。
「先輩、ありがとうございました。三人での《多重リンク》……オレたちにはない発想でした」
「おうよ。ま、お前らならできると踏んだからやったんだがな」
さすが、試験班として一年早くARCUSを使っていただけはある。
しっかりもののトワ、破天荒なアンゼリカ、穏やかなジョルジュ。彼らと絆を繋げるクロウだからこそできたのだろう。
おかげで、Ⅶ組に新しい可能性が広がった。リンクひとつを繋げることに苦心した四月と五月、紡がれた絆を確かめた六月。
少しずつ、仲間たちのことを知ることができてきている。きっと、これからの日々も──
「……先輩、その、リィンのあの状態は」
「放っといてやろうぜ。少なくとも今はよ」
クロウがようやく双銃をしまった。その折、昇降機が重い音を響かせる。Ⅶ組かそれとも他の誰かが来たのだろうか。
「報告することはごまんとある。妹ちゃんのこと、閉じたはずの旧校舎の鍵……何よりもあのデカブツ。あいつのことは、あいつ自身に任せろよ」
「……はい」
カイト自身が四月に言ったことだ。無理に聞き出すことはない、と。
開かれたリィンの匣は、カイトの過去の怒り、ユーシスの出自、フィーの過去……それらとは異質なものだった。触れることすら一瞬憚れるような。異質なものを知っているカイトですら、一瞬迷ってしまうような。
それでも、一緒に戦った瞬間、カイトはリィンをどんな風に見たのか。
「そうですね、任せます。リィンはオレの、オレたちの仲間ですから」
それがすべてだ。ただ、一緒に乗り越えるべき壁がひとつできただけだ。
Ⅶ組の面々が、サラやトワたち試験班の先輩とともに降りてくる。そこにはユーシスに連れられたアリスもいた。
「……さ、もうひと踏ん張りだ」
────
そこから先は、落ち着きながらも忙しく日々が過ぎ去っていった。
Ⅶ組にサラに、トワ、アンゼリカ、ジョルジュ、そしてアリス。大勢がエリゼ捜索に関わっていたおかげで、リィンやカイトたち負傷者を運ぶのは容易だった。
仲間たちが目を引いたのはやはり破壊されたオル・ガディアと開かれた緋色の扉だった。
エリゼが旧校舎に迷い込んでしまったこと、第四階層に現れた扉とオル・ガディア。不明点は多い。一時の危機を避けることはできたが、守護者の強さが上がっていることを考えてもこれからも危険は増していく可能性は十分にある。
リィン、クロウ、カイト、エリゼ。彼らはそれぞれ保健室に運ばれ、ベアトリクスの診察を受けることになる。とはいえ、幸いにも重傷者はいなかった。どちらかといえば疲労の方が強く、リィンを筆頭にカイトもクロウも数日程度の安静を告げられることになった。
エリゼも体調は問題なく、戦闘から数時間後には完全に元の調子を取り戻した。しかし騒動に巻き込まれた気疲れもあり、エリゼとアリスは揃って第三学生寮に泊まることとなったのだった。もちろん、リィンにカイト、ユーシスという知己の人物がいるからだった。二人はⅦ組の面々と親交を深め、翌日リィンとカイトを心配しつつも帝都に帰っていった。
そのエリゼだが、旧校舎に迷い込んだのは全くの偶然だったらしい。正確にはリィンと喧嘩しパトリックと接触したあと、行くあてもなく彷徨っていたところで気のまま野良猫を追いかけたら旧校舎にたどり着いて──という経緯だそうだ。結局、閉じたはずの鍵がどうして開いていたのかもわからなかった。『旧校舎には不思議がつきもの』と言ってしまえばそれまでなのだが、どうも腑に落ちない第四階層攻略組であった。
また、リィンとカイトに聞こえ、クロウとパトリックに聞こえなかったらしい謎の声。ほぼ同じ時間に、
カイト、クロウ、パトリック、そして家族であるエリゼが心配したリィンの様態なのだが、意外にも大事には至らなかった。カイトよりも数日長く寝込みはしたが、その後はむしろ調子がよくなり数日後の実技テストでも快調な様子を見せてくれた。
リィンは、仲間たちに少しばかり内容をぼかした形で伝えることになった。自身の中に《何か》があること。それが精神を昂ぶらせ、自分を自分でなくしてしまうこと。そのおぞましい力を制御するために《八葉一刀流》の開祖であるユン・カーファイに師事したこと。
Ⅶ組の中ではその姿を見たカイトしか実感はわかなかった。きっと、ユーシスとマキアスの問題に全員で立ち向かったように、どこかでまたそれを考えることになるのだろう。
あのリィンの姿がなんだったのか、現時点でカイトの脳裏に思い当たるものはなかった。レンのような天賦の才でも、ヨシュアのような埋め込まれた異能でもない。ケビンのような聖杯騎士のような『紋様という型に嵌まる』聖痕でもない。まだ、自分の目的のためには知らなければいけない謎がたくさんあるのだろう。
自分にはまだ知らないことがある。
だからそれを知りに行く。まずは帝国の姿を知るために動くのだ。
『七月特別実習』
・A班:帝都ヘイムダル東
班分:リィン
カイト
エリオット
ユーシス
フィー
・B班:帝都ヘイムダル西
班分:アリサ
ラウラ
マキアス
エマ
ガイウス
七月の特別実習が始まる。
約2年前の帝都訪問は「出会いと予兆〜緋の帝都〜」
次回、59話
「再会と鼓動~緋の帝都~」