「エリオットの姉の、フィオナ・クレイグです。皆さんには弟がとても良くしてもらっているようで……お会いできてとっても嬉しいわ」
緋の帝都ヘイムダル。アルト通りのクレイグ邸。
エリオットの隣に座るフィオナは、柔らかく微笑む。
女子を座らせ、エリオットを除く男子は後ろで話を聞く。総勢十一人はさすがに多かった。
カイトは記憶を巡らし、フィオナのことを思い出していた。エリオットと同じく、会っていたことがあるのだ。アリスと出会った時、音楽喫茶《エトワール》で。
なんて偶然だろう。クレイグ姉弟と、自分は一日で邂逅していたのだ。
それぞれ名前を明かして、フィオナと挨拶を交わすクラスメイト。ユーシスやマキアスの姓を聞いても変わらず笑顔を絶やさないあたり、エリオットのみならずクレイグ一家が図太いのだなと思わされる。
「ふふ、よろしくね。手紙に書いてあった通り、いいお友達に恵まれたみたいね」
「あはは、うん。そういえば姉さん、今日はピアノ教室の方はいいの?」
「ええ、今日はちょうどお休みよ。子供たちも来ていないからタイミングがよかったわね」
フィオナはピアノを嗜んでいる──さらに言えばそれで生計を立てている。エリオットが吹奏楽部の時間を真剣に過ごしているように。フィオナの腕前は一流らしい。
そして姉弟がそれだけ音楽に造詣が深ければ、気になってくるのは親のことなわけで。
エリオットは苦笑いを浮かべた。
「父さん? 父さんは音楽になんて縁のないような人だよ」
「ふふ、そうね。たまには家族でのんびり演奏会に行きたいけど、忙しくて家にも滅多に帰ってこられないもの」
フィーが聞いた。
「エリオットのお父さんって何をやっている人?」
「その、父さんは帝国軍に勤めているんだ」
初耳だった。だが察しが付いているクラスメイトもいるようで。
「オーラフ・クレイグだろう。エリオットの父親というのは」
ユーシスが言う。それでリィンやマキアスなどが驚いた顔をした。先月カイトが再会したゼクス・ヴァンダールと同じく、それは有名な人物だった。
人呼んで《紅毛のクレイグ》。帝国軍きっての猛将と知られる人物だ。彼──クレイグ中将が率いるのは第四機甲師団。帝国正規軍の中で最強の攻撃力を誇ると言われている。
「そうか、ナイトハルト教官は第四機甲師団の所属だったな。エリオットと親しげに話していたわけだ」
「あ、そっか。リィンは見てたんだ?」
リィンが話していた通りで、ナイトハルト教官はクレイグ家全体で付き合いがあるという。
「まあ、僕と父さんじゃさすがに結びつかないよね」
エリオットが乾いた笑いを浮かべた。その様子に少し引っかかるが、エリオットが強引にその話題を打ち止める。
「姉さん、このあたりにホテルとかはなかったっけ? 手配してもらった場所を探しているんだけど」
より、現地に詳しい人物に聞いてみよういうわけだ。
フィオナは、エリオットから聞かされた住所を見て合点がいったようだった。
「たぶん、そこは遊撃士協会があったところよ」
クラスメイトがカイトに目を向ける。
「え、オレ!? さすがにそこまではわからないって……」
ガイウスが聞いた。
「カイトからすれば懐かしいか?」
「いや、微妙な気持ちだ」
「父さんがなぜそんな場所を……」
「とにかく、自分たちで確認してみよう。エリオット、カイト、場所はわかるか?」
エリオットとカイトは頷いた。
「うん、家を出て通りに沿って歩けばすぐだよ」
「オレも覚えてる。といっても、もとの姿のままかはわからないけど」
エリオットが立ち上がり、それに女子陣も続く。
フィオナが困ったように笑った。
「ふう、本当ならもっとゆっくりして欲しかったけど、今回は仕方ないわね。でも、もしよかったら滞在中の食事くらいは用意させてもらえない?」
「あ、いいかもしれないね」
いい提案だ。だがⅦ組は十人だ。フィオナに全員分の食事を用意させるのも気が引けた。むしろシャロンの存在がより神格化されることになったが。
「むしろ十一人分だし、みんなで作ればいいんじゃない?」
カイトの提案に女子陣が手を合わせた。
「あ、いいわね」
「そうですね。最近、練習以外はシャロンさんに任せきりでしたし」
「ならば、たまには女子の気概を見せるとしようか」
「そだね。じゃあ男子には買い出しを任せようよ」
あれよあれよと決まる役割分担。十人全員の実習だと、こういうこともできるらしい。
「じゃあ、みんなで作りましょう。みんな実習を頑張って、お腹を空かしてきてちょうだいね」
そんなフィオナの女神のような微笑みで見送られ、Ⅶ組はクレイグ邸を後にする。
その後は宿泊地──遊撃士協会への移動だ。エリオットとカイトの誘導で数分も経たずに移動した。
「えっと、うん。やっぱりメモの住所はここで間違いないみたいだよ」
エリオットがそういう傍ら、カイトは仲間たちに目もくれずその建物を見ていた。
準遊撃士時代にカイトが来た時、ここは更地になっていた。目の前の建物は確かに各国の遊撃士協会にありそうな雰囲気の落ち着いた様式だ。
だが真新しい。遊撃士や依頼者が毎日扉を開けた形跡というものがない。
「……そっか。こういう気持ちなんだな」
サラやレイラたち、遊撃士を辞めた者の気持ちが少しだけわかった気がする。
十人で中に入る。内装もやはり遊撃士協会の建物そのものだ。一階は受付であり、よく見るフロントやホワイトボードにソファーがある。またフロントの後ろにはキッチンもある。さすがに大陸最大の都市の支部だけあって設備は十分だ。二階は本来であれば遊撃士や保護対象者が寝泊りする空間があるが、ニ部屋ありⅦ組が泊まるのも問題ない。丁寧に、男子部屋には六つ、女子部屋には四つのベッドがあった。
協会支部が閉じられた現在、この建物は帝都庁の管理下に置かれているらしい。レーグニッツ知事が用意できたのもそのためだ。
Ⅶ組はそれぞれ荷物を置き、得物を揃え、最低限の道具を持って一階に集まる。
必要があればメンバー間はARCUSで連絡が取れる。また、鍵は二つある。二班で使えということだろう。
時計を見る。現在、午前十時。そろそろ実習課題を開始する時間だ。
「さて、活動開始だ」
「そうね、お互い頑張りましょ」
リィンとアリサがお互いに声をかける。リィンはともかく、アリサは今回B班リーダーとなったらしい。
A班メンバーとB班メンバーがそれぞれ向かい合う。自然、前にいたクラスメイトに声をかけて激励することになる。
「エリオットさん、ではまた。夜、フィオナさんのご飯を楽しみにしています」
「うん。といっても委員長とか他の女子も作ってくれるし、僕も楽しみにしてるよ」
「じゃね、ラウラ。戦闘での連携は取れないけど、頑張ろ」
「うむ、フィーこそな。五月から培ってきた力を皆に返す時だ」
「ふん、やっとその顔と眼鏡を見る必要もなくなってせいせいするな」
「くっ、それはこっちの台詞だ。僕の故郷で君が何をするか、見せてもらおうじゃないか」
「それではな、カイト。留学生同士、実りある時間としよう」
「ああ。ガイウスも、人の多さに酔わないように気をつけてな」
カイトたちA班は、B班が導力トラムに乗るのを見届けた。笑顔で別れ、再会を願う。
残ったカイト、リィン、エリオット、ユーシス、フィー。それぞれ互いを見る。
リィンが手を挙げる。
「Ⅶ組A班、行動開始だ!」
「おう!」
「うん!」
「おー」
「いいだろう」
それぞれの特徴的な相槌が響いた。
帝都はとにかく広い。エリオットの案内をもとに、五人はまずは土地勘を付けることにする。同時に依頼の関係者に話を聞きに行きつつ、帝都東の様々な地区を訪ねる。
依頼はやはりバラエティ豊かなものだった。帝国時報からの業務の手伝いに、年代物のレコードの手配。毎度の手配魔獣に、落し物の捜索。まずは前者二つを行う。
特別実習も四回目だ。リィンやカイトだけでなく、他のメンバーも慣れて戸惑うこともなく課題をこなしていく。内容によって若干の違いはあったが、そつなく達成できた。それに対して遊撃士であるカイトがニヤニヤといい笑顔で仲間たちを見て、ユーシスが額に手刀をかましたのは、後々Ⅶ組においては語り草となる光景だった。
そうして時間は昼食時になる。正確に言えば二時、やや遅い時間だった。
ヴァンクール大通りの百貨店《プラザ・ビフロスト》の喫茶コーナーで帝都ならではのポテトやフレンチフライなどの軽食を頼み、六人席に座って食べる。
「にしてもなぁ」
「どうした? カイト」
「いや、なんか今回の実習、見知った人と会うことが多いような気がして」
カイトは、そういった食べ物を頬張りながらリィンに告げた。
課題である『夏至祭関連の取材の手伝い』は帝国時報から、ヴァンクール大通りにある各種店舗の夏至祭に向けたPRなどを回収するものだった。そこにはカイトとリィンがノルド高原で出会った記者ノートンがいた。
壊れたレコードの代替品を探す『琥珀の愛』は、アリスとカイトが出会うことになった音楽喫茶《エトワール》の主人ヘミングから出されたものだ。ちなみにヘミングが求めた《琥珀の愛》はカイトもよく知るあの曲だったので、カイトは微妙な気持ちで課題を達成することになったのだが。
帝都駅でクレア大尉。アルト通りでフィオナとヘミング。そして帝国時報ではノートンだ。すでに四人、カイトは知り合いと再会している。
二度あることは三度あるというが、すでに四度目。それが帝都三日間のうちのわずか六分の一の時間で発生している。
「それだと、僕は姉さんとクレア大尉、ヘミングさんの三人だね」
「はは、その場合俺はクレア大尉とノートンさんで二人だ」
「私は一人。クレア大尉」
「……」
無言でファーストフードを食べるユーシスは、それでも絵になっている。何も言わないのはカイトが言う四人の誰とも会ったことがないということの意思の表れでもあったりする。実は面白く思ってなかったりする。それを表に出したらカイトとフィーにからかわれるから絶対に言わないと決めていたりする。
フィーがちゃんと口の中のものを飲み込んでから口を開いた。
「ユーシス」
「なんだ」
「マキアスと離れて、実は寂しかったりする?」
「馬鹿を言え」
「話しやすいラウラとか、委員長とか、ガイウスがいなくて寂しく思ってたりする?」
「……馬鹿を言え」
カイトは思った。ちょっと思ってるな、これ。
というか、カイトとフィーがいるから少しめんどくさがっているのだろう。
エリオットが聞いた。
「ユーシスは、こういう庶民の食事は慣れない?」
「これは平民というより、帝都市民の食事と言ったほうがいいだろう。バリアハートの食事ともまた違うしな」
「そうだな……俺もユミルじゃ町のみんなと変わらないものだったし」
「……帝都って、ちょっと食事事情はアンバランスだよね。私は好きだけど」
一定していない、というのがフィーの意見である。帝国の中心であり多くの文化が入り乱れるし、皇帝のお膝元でもあるので豪華な場所では豪華な料理が出る。そして今いる軽食店は完全に庶民向けのものだ。
一足先に食べ終え、カイトは尋ねた。
「エリオット、帝都東の雰囲気はどう? 四ヶ月前と比べて、何か変化はないか?」
「うーん、人がいつもより多過ぎるのはあるよ。でも夏至祭の前だし、おかしくはないと思う」
パルム・セントアーク・ノルドは初めて訪れた場所だった。対して帝都は、二年前に遊撃士として訪れている。それだけでなく入学前に街をよく知る人間がいるのだから、その違いを聞かなければ損だと思った。
ユーシスも食べ終えた。そして鼻をならす。
「お前は帝都でアリス嬢と会ったと言っていたな。その時も遊撃士としてきていたのか?」
「うん。あ、そうそう、実はエリオットとも会ってたんだよ」
「へえ、そうなのか」
「えへへ、そうなんだ。カイトも、あの頃とは見違えたよねぇ」
「そこは『変わらず頼もしい』って言って欲しかったなぁ……」
「フッ……」
「鼻で笑うんじゃないよお坊ちゃんよぉ」
「じゃ、カイトに質問」
フィーも食べ終えた。
「遊撃士として、どんな理由で訪れていたの?」
カイトがユーシスとの睨み合いをやめ、フィーを見た。
「……あの協会支部、真新しかっただろう?」
「うん、僕も覚えてる。爆発事件で、建物ごと壊れちゃったんだよね」
「それ、帝国全土で起こった事件だったんだよ。その情報を再調査するために、帝国のいろんなところを回ったんだ」
言うまでもなく、帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件のことだ。現在遊撃士が帝国でほぼ休止状態であることにも関連している。
「一遊撃士としては、活動が停止した帝国のその後は不安だったよ。でもパルムにセントアークにヘイムダル……少し拍子抜けするくらい、遊撃士がいなくても代わりの何かが治安を維持してる」
本当に拍子抜けだ、とカイトは笑った。
そこに待ったをかける者もいる。
「だが、問題点はあるだろう」
「ユーシス?」
「遊撃士は民間人の安全を第一とする。そこに危険があれば、政治の駆け引きなど問答無用で押しのけて真実を解き明かす。そんな第三勢力が消え失せたからこそ生じていた衝突。それを俺たちは見てきたはずだ」
ケルディックでは大市での盗難事件が。バリアハートではマキアスの冤罪事件が。セントアークでは魔獣被害が。
その背後には、必ず二大派閥の衝突があった。遊撃士がいれば、防げずとも大爆発とはならない衝突の数々だった。
リィンの目が真剣なものとなる。
「……そうだな。帝国の現状は、必ずしも楽観視できるものじゃない」
「それこそ、この帝都でも何かが起こる可能性はゼロじゃないもんね」
「同感。やっぱり、遊撃士と国の治安維持組織が少し仲が悪いくらいがちょうどいいよ」
「みんな……」
別にカイトを励まそうとか、そういった意味で話しているわけではない。けれど、仲間たちの意見と態度は頼もしかった。
「俺は貴族として。カイトは遊撃士として。フィーは元猟兵として。エリオットは平民として。それぞれの視点から帝都を見る。それをリィンが具体的な形とする」
「うーん、やっぱり俺はそういう立ち位置か……」
「当たり前だ。いい加減認めるがいい」
若干優しい声色になるユーシスだった。
諸々話して英気も養う。そうして立ち上がろうとして、五人は──正確にはその中の一人は声をかけられた。
「失礼するよ」
順に振り向く。スーツにスラックスというビジネスマンの出で立ち。ビジネスバックを持っている。この夏らしく、わずかに滴らせた汗をハンカチで拭っている。
ガッシリとした体躯だが、男性の顔は若々しかった。ワックスで整えられた金髪もその雰囲気を変える。
男性はもう一度声を発した。
「久しぶりだね、カイト君」
その時点で、必然他の四人と知り合いであることを理解する。先ほど再会が多いなんていうからだな、というのは全員伏せたが。
そしてカイトの反応を待つ。
「リシャール大佐……!?」
「だから私は大佐では……はは、この問答も随分と懐かしいものだよ」
カイトを制し、リシャールは他の四人を見た。あくまで穏やかな言葉遣いだ。
「クラスメイトの諸君だね? カイト君とは旧知の仲だ。時間が許せば……少しわがままに付き合ってくれるかい?」
────
昼食の時間が遅かったこともあって、一同はすぐに動くつもりだった。けれど旧知の仲の人物と再会した、とあっては動こうとも思えなくなった。食後の休憩だと思ってⅦ組の五人は再び席に戻る。そこに、カイトの隣にリシャールも加えた。
「アラン・リシャールだ。リベールに所在地を持つ民間調査会社《R&Aリサーチ》の所長を勤めている。よろしく頼むよ、士官学院・Ⅶ組の諸君」
リシャールはにこりと笑う。それだけを見ればただの人当たりのいい男性に過ぎない。
だが、それだけではなかった。リィンとユーシスは武を尊ぶ者として、フィーは元猟兵として、エリオットはカイトの放った『大佐』という一言によって、目の前の人物が只者ではないことを理解した。だからこそ、こうして時間を設けている。
聞き馴染みのない言葉だったのだろう、フィーが首を傾げた。
「民間調査会社……?」
「なにぶん、所長の私も出張が絶えない零細企業でね。潰れないためにこうして国を出て走り回っているのさ」
カイトが、再会に驚いていた表情をようやく落ち着かせて聞いた。
「またまた、何言ってるんですかリシャール大……リシャールさん。色々と忙しいのは充実してるからでしょうに」
「ふふ、さすがにカイト君にはばれてしまうか」
エリオットがおずおずと問う。
「それで、リシャールさん。僕たちに用があったんですか?」
リシャールは笑った。
「なに、見知った顔がいたからね。カイト君がⅦ組という興味深いクラスに所属していることは聞いていた。たまたま会えたから、こうしてお邪魔しただけさ、エリオット君」
「え、まだ僕まだ名前言ってないですよ?」
というか、リシャール以外まだ誰も名乗っていない。
「なるほど、元情報将校の肩書きは伊達ではないらしい」
さすがにユーシスはリシャールのことを知っていたか。マキアスも、パルムでの話を通して調べているかもしれない。
「ああ、その通りだ。君たちのことも一通りは把握している。アルバレア公爵家の御子息殿」
「ふん……」
「カイト、この人に教えたの?」
「いやいや、さすがにクラスメイトの詳細までは話さないって」
フィーの問いにカイトは首をブンブンと振った。
「まったく。リシャールさん、あの人から頼まれてオレたちのこと調べたんでしょ? 人が悪いんだから……」
「はは、すまないね。ただ、准将も君には期待しているということさ」
リシャールは民間調査会社として商業・民間事業問わず様々な分野に関しての調査業務を請け負っている。元情報部のメンバーが在籍しているし、そのノウハウを十分に活用しているのだろう。
ただリシャールの存在が存在だし、カシウスも王国軍や遊撃士協会とは別のパイプとして色々と活用しているらしいので、その流れで自分たちのことを調べたはずだ。さすがにⅦ組の活動内容や、どこで何をしている、というところまで調べられないだろうから、今日の再会は本当に偶然だろうけれど。
「今日は本当にどういった用で? まさか帝国の情勢を調べるために来たとかじゃあ……」
「それは興味深いが、本当に夏至祭期間の市場調査のためさ。第一、私のような元犯罪者がそんな理由で帝国入りできるわけがないだろう」
「まあ、そりゃそうですけど」
人知れず『元犯罪者』というワードにエリオットが怯える。
それよりも、今の話を聞いて確かにリシャールがここにいることに若干の疑問を呈するカイトであった。
「君の元気な顔が見たかった。リベールの翼は今も羽ばたいている……安心したよ」
そうして、リシャールはカイトのみならずⅦ組の面々を見た。
「ただ、そうだな。実習の邪魔をしてしまったお詫びだ。何か、君たちの実りになるようなことを話せればいいが」
フィーが問う。
「なら、元情報将校さんに聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「この帝都……どこが
帝都実習一日目。まだⅦ組A班は、帝都の現状を知ることに努めている。けれど過去の実習のことを考えれば、何かが起きる可能性は十分に考えられた。Ⅶ組の危機意識は良くも悪くも鋭敏になっている。
「なるほど」
リシャールはⅦ組のメンバーを見渡す。
「臆せず君たちに、カイト君ですら持ち得ない私の視点を頼るか。エステル君たちに負けず劣らず、頼もしい仲間たちじゃないか」
「はい、毎日が刺激的ですよ」
フィーは猟兵だが、それは現場の人間としての目線だ。リシャールに現場の人間を動かす黒幕としての意見を聞こうというわけである。その魂胆は確かに図太い。
リシャールは続けた。
「夏至祭手前というのはどうしても人が多くなる。必然有象無象のトラブルは増える。鉄道憲兵隊や帝都憲兵隊、要人警護者の警戒は跳ね上がる」
エリオットが頷く。
「そ、そうですね……毎年、この時期は軍人や憲兵隊の人が目立ちます」
「そんな状況で、仮に私がなにかの計画か犯罪を犯すなら──リスクは取らない」
「え?」
「帝国は大陸最大の軍事国家。真正面から後ろ盾もなしに動くのは考えなしの行動だ」
カイトは軍事クーデターの時、王城の晩餐会でリシャールが話したことを思い出した。彼は各地方の長に、帝国と共和国の国家規模を説いた。そして、それに対抗するために強大な力が必要なのだと言っていた。
だが、とリシャールは真剣な目つきとなった。
「ただし狼煙は上げる」
「狼煙……だと?」
ユーシスが反復した。頭の回る彼でも、理解には少し時間を要するか。
「ああ。あらゆる動きを見る。正規組織に要人保護の対処、討つべき敵が何を捨て何を守ろうと動くのか」
リシャールはⅦ組を、とりわけカイトを指し示して続けた。
「そして、イレギュラーが起こり得るのか」
《狼煙》という言葉に、一同は言い知れない不安を覚えた。
「この人の多さだ。地下道もあると聞く。立体的な地形に飛行船や鉄道もある多次元的な脱出路……攻め手はリスクを負わず攪乱に動くのが現実的だ。守り手は相手の正体も攻撃手段もわからないのだから」
夏至祭前の帝都で何も起こらない、という意見ではない。むしろ最大限工夫を凝らした何かが来るかもしれないとう可能性を示唆している。
「そうして本命を討たずとも現場を最大限惑わし、次なる行動の布石とする。それが最大限の効果を発揮するようにね」
リシャールが立ち上がる。ビジネスバックを持ち、颯爽と用意を済ませた。
「さて、楽しい時間を過ごすことができた。私はそろそろ行くとするよ。縁があればまた会おう、Ⅶ組の諸君」
「あ、送りますよ」
「ありがとう、カイト君」
カイトもまた立ち上がって、返答も待たずに行こうとするリシャールの後を追う。残るⅦ組の四人は続こうとして、しかし二人のリベール人を見送るに留めた。
ユーシスが呆れ声となる。
「《リベールの異変》やクーデター阻止に参加したと思えば、帝国の中将や王国の元大罪人と面識があり、クロスベル方面にも通じている……いよいよあいつのことがわからなくなってきたぞ」
「うーん、本人はどこにいてもおかしくない感じなんだけどねぇ」
「真面目な時とそれ以外のギャップが激しい。……色々優しいけど」
フィーはテーブルに残っていた布巾を弄る。そうしてリィンに語りかけた。
「どしたの? ずっと黙ってたけど」
「あ、いや……」
こういう時、率先して他者に話しかけⅦ組としての指針を示すリィンが、最初の挨拶以降は終始無言でいた。
リシャールがカイトの知り合いだからというのもあるだろうが、それでも仲間たちにとっては珍しさを感じるものだ。
「あの人……八葉に連なる人だ」
「それって……」
「お前の兄弟弟子か?」
「正確に言えば甥弟子さ。けれど……恐らく俺とは比べ物にならないほどの実力者。サラ教官も恐らくは手も足も出ないほどの」
リィンの声が、珍しく震えている。それはリシャールの強さに恐怖しているわけではない。だが迷いはあった。
仲間たちには思い当たる可能性があった。
「お前の悩みが何かは知らんが、少しは自分に正直になったらどうだ?」
「ユーシス?」
「カイトを見てみろ。お前はあれのリーダーシップを信頼しているらしいな。だがそれは見込み違いだぞ」
ユーシスは顎でリィンの視線を促した。その先のカイトは今はリシャールに追いつき、何かしら話を続けている。
「あれが俺たちのリーダーに相応しいと思うか?」
エリオットは笑う。
「カイトはリーダーっていうより、ご意見番だよね。色々知ってるし」
「私にとってはお兄ちゃん、かな。たぶん、他の人にはカイトの別の一面が見えると思う」
「カイトからお前が見習うべきことは、他にあるということだ」
色々と言われるリィン。少なくとも、励まされているのは理解できる。
あの時、呑み込まれそうになった時に思い出したⅦ組の絆。それを感じているのは自分だけではない。
「ユーシスも不器用だよねぇ。カイトのこともリィンのことも、信頼してるのに」
「マキアスと同じ。ツンデレ」
「黙らんか」
変わらない様子のⅦ組。リィンは足取りが軽くなるのを感じた。立ち上がる。
「少し、リシャールさんと話がしたい。待っててくれるか?」
仲間たちから否定の言葉が出ることはなかった。
リィンは少し駆け足となる。流行る気持ちを抑えきれず、口を開いた。
「リシャールさん……!」
力に呑まれまいとするために八葉の道に進んだ。そんな自分が本当に正しく進めているのかを確かめたくて。
リィンの声に、カイトとリシャールは同時に振り向いた。
「リィン?」
カイトとリシャールは、今まさに百貨店《プラザ・ビフロスト》の出入り口にいた。再会の喜び、簡単な近況報告。それらを経て、二人はまた道を違える瞬間だった。
「どうしたんだい、リィン君?」
「あの……」
リィンはまごついている。対してカイトは、先の仲間たちと同じ感情を抱くことになった。
ただ、仲間たちと違うことはたったひとつだけあった。リィンが悩む謎の力──旧校舎地下の一戦をともに経験しているということ。
自らの化け物めいた力を制御するために太刀を手にとった。そんなリィンなら、自分の一歩先にいる剣士たちを目の前にして、黙っているはずがなかったのだ。
そして、自らを犯罪者というリシャールなら、尚更。
リシャールはリィンを見やる。やはりⅦ組の一人ということで、少年のことを知っていた。男爵家で、ユン・カーファイに師事していたこと。それだけだ。
しかし目の前の少年の迷いの見える瞳は、少年の心境を察するに余りあるものだった。かつて国に牙を向けたリシャールにとっては。
「私もだよ」
「え?」
「私も迷った挙句、護るべきものへ刃を向けてしまったことがある」
「リシャールさん……」
その過去を知るカイトが少し心配そうな表情をとなった。影の国でリシャールと一緒にカシウスと戦ったこともある。その心根も知っている。
そんなカイトをリシャールは腕で制した。その微笑みは柔らかいものだった。
「カイト君を斬り裂いてしまったこともあったな」
そして柔らかい口調で恐ろしい事を言う。リィンの顔が引きつった。
「そういえば、水練の授業の時にカイトの胸に線があったのって……」
「リィンは思い出すな! リシャールさんも、その話はいいですってば!」
「ははは」
逆に、祝賀会の時とは違ってリシャールの方が過去を受け入れているように感じる。昔はカイトを傷つけたことも引け目に感じていたのに。
「君と私は同じではない。しかし、過去の自分に迷いや後悔を、おぞましいものを抱えている。その意味では近い。アドバイスになるかはわからないが……」
リシャールは後ろを見るよううながした。カイトとリィンは振り返る。そこには、少し遅れてやってきたエリオット、ユーシス、フィーがいた。
「君のその目に写るカイト君や仲間たちは、どう見える?」
「……とても、信頼できる存在です。俺にはもったいないくらいに」
「そうだ。
仲間たちが、建物の影から太陽の下へと現れる。
「そのままの姿を見ること。そのままの自分を掴むこと。過去も今も未来も、
「観の眼……」
「機会があればルーアンに来るといい。カシウス准将は忙しいだろうが、私なら地稽古くらいは付き合える」
今度こそ、リシャールは振り返らない。
「……また会おう、トールズ士官学院Ⅶ組。また、縁が絆に変わる頃に」
リシャールが人ごみに消えていなくなるまで、リィンはその後ろ姿を見続けていた。
閃の軌跡NWをDMMで見ているのですが、たまたま閃の軌跡3Dミュージカルも配信されているのを発見したので、見てみました。最初30分くらいの感想として……
・原作BGMに歌が入っているのがいいね
・いきなりギャグ専と化してくれたパトリック
・リィンがいい意味で俗っぽくてほっこり
・エリオットがイケメンだと……?
・ラッキーすけべの時、フィー「やわらかかった?」リィン「ああ、とても……って何を言わせるんだ!?」
・ユーシスとマキアス君たちどこの次元でも変わらないねぇ(安心)
ミュージカルって特に縁のない世界だったんですけど、知ってる作品なら楽しめる時もあるかもですね。