心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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59話 再会と鼓動~緋の帝都~③

 

 

 午後二時三十分。Ⅶ組A班は実習活動を再開した。

 落し物の捜索という、帝都としては恐ろしく面倒な課題もなんとか乗り越え、最後の課題である手配魔獣討伐に着手する。

 場所は、カイトも馴染みある帝都地下道だ。網の目のように張り巡らされた、広すぎる魔獣の巣窟。クロスベルのジオフロント、セントアークの地下道といい、どうにも地下に魔獣の侵入を許しすぎている感がある。とはいえ放っておいてはいけない。定期的な掃討をしなければ魔獣が地上に現れるかもしれないのだ。

 魔獣討伐は順調に進んだ。帝都地下道は準遊撃士時代にカイト、ジン、アネラスの三人で探索したことがある。今はジンほどの実力者はいないが、しかし五人もいる。戦術リンクも有効に使えている。カイトやフィーなど、戦いになれた者もいる。

 何より、リィンの戦いが見違える程良くなっていた。四月のころ、ラウラが『恐れるあまり本気を出さない』と称した戦い。実力そのものは修羅場によって鍛えられているし、思いっきりも良くなっていた。それでも本当の本当に、ここぞという時に、少しだけ踏切が良くない時があった。仮によくなっても、それは自分を犠牲にしようとする空回りをしたものだった。

 オル・ガディアとの戦いの時、カイトの目にその弱さは見られなかった。完全に克服したリィンの姿があったが、それも実技テストの時にはまた戻ってきていた。

 そしてリシャールとの対話によって、リィンはまた少し動きに迷いがなくなったように感じた。

 手配魔獣グレートワッシャーは、驚く程あっさりと倒すことができた。

「ふぅ……こんなものか」

 戦闘終了後、太刀を収めリィンは一息つく。リィンを含め、誰も疲労はない。三か月前とは大違いの様子だ。

 カイトも銃を収め、乾いた笑いを浮かべることになる。

「まさか並戦駆動を使わないで、終始後衛にいるだけになるとは思わなかったよ」

「ふん、俺とリィンとフィーの前衛だ。魔獣ごときに遅れを取るはずがないだろう」

「……リィンに負けそう。ちょっとピンチ」

 しょんぼりというか、嬉しそうというか、微妙な表情のフィーがぼやいていた。

 最後に、リィンに負けず劣らず活躍したエリオットが興奮して捲し立てる。

「うん、リィンも吹っ切れたみたいだし、僕もちゃんと敵を倒せたよ。蒼の歌姫(ディーバ)とも話せたし……もう今日は言うことなしだよね!」

 帝都地下道に入る直前、Ⅶ組はホテル《デア=ヒンメル》でヴィータ・クロチルダという人気オペラ歌手と出会っていた。《蒼の歌姫》と呼ばれるドレス姿の美女は、これから手配魔獣討伐に向かうというⅦ組に興味を示したのだった。

 帝都に住んでいるエリオットは知っているどころか大ファンだったようで、彼としては珍しく興奮しきりだった。ユーシスとフィーがわずかに引く程度には。同じく帝都に住んでいるマキアスがこの場にいたら、また違った反応があったかもしれない。

 ともあれ、今日最後の課題も済ませた。五人はそれぞれ快哉の声を上げるのだった。

 すべての課題と用事を済ませた後。B班と連絡をとる頃には夕焼けも夜に切り替わろうかという頃合いだった。あちらも折よく課題を済ませたとのことで、Ⅶ組はヴァンクール大通りで合流する。

 そのまま女子たちは一足先にクレイグ邸へ向かい、男子は百貨店で買い出しを済ませる。男子は六人もいるので、フィオナを含めた十一人分の食材も苦しくはなかった。とはいえどちらも手配魔獣などと戦闘を繰り広げたので、疲労はしっかり襲いかかってきたけれど。

 アルト通りに帰ってきて、旧協会支部へ。すでにフィオナも招かれ、女子たちはエプロン姿で仕度をしていた。調理班へバトンタッチである。

 男子部屋へ荷物を置き、あとは食事まで休憩だ。先にレポートを済ませる手もあるが、なんだか女子たちに申し訳ない気もした。

 Ⅶ組男子は一階に降り、フロント近くの来客用ソファに腰かける。

「うーん、みんなに作ってもらうのは役得だなぁ」

 カイトが一人呟く。もう今日は働くこともないので、首を持たれて足を伸ばして完全にだらけきっている。

 そんなカイトをマキアスがたしなめてくる。

「カイト、女子を邪な目で見るんじゃないっ!」

 少し顔を赤くする副委員長殿。意識してるじゃないか。

 男子の中で一番疲れている表情のエリオットが、それでも笑った。

「でも、カイトの言うとおりだよ。みんな美人だし、可愛いもんね」

「はは、そうだな。学院でも男子が放っておかないだろうさ」

 アリサが厨房から顔を覗かせた。

「リィン、聞こえてるわよっ!」

 そのまま顔は出さないが他の女子たちの批難の声が聞こえてくる。

「聞こえていますよ」

「聞こえているぞ」

「聞こえてる」

「な、なんで俺だけ……?」

 カイトとエリオットが左右から朴念仁の肩に手を置いた。

「あはは、御愁傷様」

「リィンが言うのとオレたちが言うのじゃ違うんだよ」

「理不尽っ……」

 ユーシスがガイウスと、一応マキアスに目を向けた。

「B班の方の進捗はどうだ?」

「課題内容は様々だ。俺としてはまず導力トラムに慣れることが必要だった」

「帝都出身の僕がいるからか、容赦ない難易度だったぞ。今更ながら父さんの采配が恨めしく思ってきた」

「そこは僕と分かれて良かったかもね。でもマキアスって、確か実家はオスト地区じゃなかったっけ?」

 カイトが首を傾げた。

「オスト地区って……オレたちが昼間行った地区だよな? 中古屋のある」

「へぇ、よく知っているな。地元民くらいしか使わないが」

「それこそ、前に帝都に来た時に──あれ?」

 アリスと一緒に帝都を駆け回った時の話だ。全てではないがよく覚えているし、その中古屋で老婦人やナージャという少女と会話したことは覚えている。

 そういえば、確かあの時店内には緑髪の少年がいたような──

「……帝都東側だが、確かにあそこが僕の地元だよ。昔から馴染みがある」

 思考の海に入ったカイトを気にせず、マキアスは少し懐かしむように言った。リィンが口を開く。

「そっか……。もし近くにあるなら、見てみたいな」

「父さんは官舎に住んでいるし、たまに帰ってくるだけの小さな一軒家さ。……まあ、気が向いたらな」

 神妙な面持ちだ。買い出しの時にエリオットがヴィータ・クロチルダのことを伝えて眼鏡が曇るほど悔しがっていたのが嘘のようだ。

 フィオナが厨房から顔を覗かせる。

「エリオット〜?」

「どうしたの、姉さん」

「みんなで腕によりをかけて作ってるからね、もう少し時間がかかるのよ」

「え、そうなんだ?」

「だから、そのソファだと狭いし……せっかくならエリオットのお部屋でくつろいでもらったら?」

「えっ?」

 カイトとマキアスが笑う。

「お、いいな、それ」

「エリオットの部屋か。ちょっと楽しみだ」

「うーん、そんなに見て楽しいものでもないと思うけど……」

「オレ、エリオットに演奏してほしい曲があるんだ。《星の在り処》っていうんだけど」

「あの曲? すごいね、カイト。帝国の往年の名曲だよ」

 エリオットは立ち上がった。

「わかったよ。みんな、着いてきて。案内するから」

 男子六人はクレイグ邸に向かう。そうして二階へ。奥の一室がエリオットの部屋だ。

 ようこそ、とエリオットが遠慮がちに開いた扉の中は、少なくとも退屈とは無縁の光景が広がっていた。

 机や寝具などは別になんてことのないものだ。だが壁に立てかけられてある楽器の数々は。

「これは……すごいな」

 リィンがため息を吐いた。そんな反応しかできなかった。他の男子も同じだ。

 カイトが言う。

「ピアノに蓄音機にフルートまで……エリオットって、部活じゃバイオリン担当だよな?」

「うん、その通りだよ。でもこの部屋にあるものは一通り演奏できるんだ」

 他にも管楽器や打楽器まであり、これだけで展示会でもできそうな勢いだった。キャビネットには新しいものから使い古されたものまで、楽譜が大量に並べられている。

 ユーシスはある楽器群を見ていた。

「バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス……種類だけなら辛うじてわかるが」

「さすが、ユーシスだね。付け加えると、東方の(こと)、ハープ……ってところかな」

 エリオットはにこやかに言って、楽器のうちのいくつかを取り出して男子たちに見せてくれた。

「見て。これは《ハーディーガーディー》。見た目はバイオリンだけど、こうやってハンドルを回すとオルゴールみたいに弦を擦って音が出るんだ」

『は、はぁ……』

「これは《カリンバ》。小さいでしょ。指で弾けるピアノみたいなもので、すごい綺麗な音がでるんだよ」

『ふむ……』

 弾いてくれ、そうして出る音は確かに綺麗だ。しかしエリオットの立て板に水のような様子に驚いてしまう。

 それが一段落すると、エリオットはピアノの方に向かう列車椅子に座り、足元や鍵盤を少し弄ってから静かに穏やかに叩き始めた。

「あ、《星の在り処》……」

 カイトがはじめに気づいた。ヨシュアのハーモニカとは味わいが違うが、印象深いこの曲はいつ聞いても安心できる。

 楽譜も何もなく、エリオットは当たり前のように正確にそれを弾いている。

 やがて主旋律ではなく、伴奏に切り替わった。演奏しながらエリオットは男子たちに話しかける。

「あはは、さすがにちょっと引いた?」

 リィンやカイトを筆頭に、口々に返答する。

「引くわけないさ。ただただ、誇らしいよ」

「この驚きは、エリオットのすごさを見誤ってたオレ自身への当てつけみたいなもんだ」

「俺も美術部だ。芸術に身を置く者として、馬鹿になんてできるはずがない」

「俺の宮廷剣術やリィンの八葉一刀流と同じだろう。自分を卑下するな」

 マキアスが最後に言った。

「だが、さすがに趣味の範囲を越えているとは思ったな」

 なおも演奏を続けるエリオット。

「亡くなった母さんが結構有名なピアニストでさ。姉さんと僕はその影響を受けてるってわけ」

 エリオットの母親の話は初めて聞いた。ユーシスが聞く。

「……母親の事情と関係があるんだな? 夕方に出会った友人たちの言葉を考えれば」

 帝都地下道の手配魔獣を倒した後、A班は地上へ戻る際にマーテル公園を経由していた。帝都でも憩いの場所として愛される自然豊かな公園だ。

 そこでエリオットの友人たちと再会した。例によってカイトも会ったことがある。初めて訪れた帝都、エリオットと共に演奏をしていたロン、モーリス、カリンカの三人だ。

 三人は音楽院に在籍していて、今でもそれぞれの演奏に打ち込んでいた。

 そうして言ったのだ。悪い意味ではないが、純粋に惜しむように『エリオットも音楽院に進学すればよかったのに』と。

 そして、カイトはあの時エリオットが進路で悩んでいることを聞いていた。

 あの時感じたことはA班の全員が同じだった。お世辞にも軍人に向いていないエリオットが、友人たちと同じ音楽院に進まずにトールズに来た理由。

「あはは、別に母さんが原因じゃないけど。でも、遠因ではあるのかな」

 エリオットは演奏を止め、仲間たちに向き合った。

「みんな気づいてると思うけど。僕、士官学校を受けるまでは音楽院を志望してたんだよね」

 小さい頃から母のピアノに影響を受けていたエリオット。父上オーラフは根っからの軍人気質で音楽には疎かったようだが、家族仲は良好だったという。

「でも、その母さんが病気で亡くなって。姉さんは母さんと同じピアノの道を選んで音楽院に進学して。僕も当然のように音楽院を志望したけど……」

 そこで、父親がその道を阻んだのだという。エリオットがカイトを見る。

「前に、マーテル公園でカイトと会ったのはその頃かな。すごい、励まされたよ」

「本当のことを言っただけだよ。熱を入れられることがあって、それに悩むことができたんだから」

 エリオットの父は、趣味程度ならともかく、男子が音楽で生計を立てることを絶対に許さなかった。それどころか帝国各地の士官学院を勧めてきたのだという。エリオットと士官学院の接点は、その時にできた。

「正直、父さんを恨んだよ。争いは嫌いだし、戦争なんてもっと嫌いだ」

 ユーシスが言った。

「だが、僥倖だったな。トールズの特性を考えれば」

「うん、そうなんだ。音楽の授業もあるし、必ずしも卒業と軍入りは同義じゃないってわかって」

 トールズは軍学校と高等学校の性質を併せ持つ。軍人になるのは約半分だし、それも正規軍と領邦軍に分かれる。そんな軍学校として矛盾した性質は、多くの生徒にいい影響を与えている。

「それで結局、妥協したってわけ。えへへ、みんなと比べたらちょっと情けない理由でしょ」

 苦笑いを浮かべるエリオットに、ガイウスが力強く返す。

「情けないものか。父と自分、どちらの考えも妥協しなかったからこそ得られた今だろう」

「ガイウスにそう言われるのなら、少しは自信が持てるかな」

 エリオットの悩みは、そして時折浮かべる迷いはこれだったのかとわかる。

 けど、ここにいるエリオットはそんな後ろ向きで今を過ごしてはいない。カイトは試しに聞いてみる。確かめるように。

「……エリオットは、今後悔してるか? 士官学院に入学したことを」

 エリオットは笑った。

「カイトも意地悪だなぁ、そんなわけないってわかってるでしょ?」

「へ?」

 予想外だったらしく、マキアスが気の抜けた声を出した。

「忙しいけど充実してるし、放課後には部活で演奏もできる。特別実習なんていう変わったカリキュラムもあるから、視野も広げられそうだしね。漠然と音楽院に進学するより良かったと思ってるくらいさ」

 エリオットが、ある意味Ⅶ組でもっとも度胸があると言われる理由はそこにあった。はじめは庶民としてユーシスやラウラにさえ気後れていたのに、今は平然と話している。戦闘では後ろで怯えていたのが、平気で魔獣と相手どれるようになっている。

 Ⅶ組として帝国を巡ること。立場の違うクラスメイトと共に過ごすこと。

 そのなかで、彼は後悔のなかから希望を救い上げることができた。

 それは、エリオットの何よりの成果だろう。

「卒業後、音楽の道を目指すにしても、別の道を目指すにしても。今度こそ、僕は僕自身の意思で進むべき道を選べると思うから」

「さすがだな、エリオットは」

「まさかそこまで考えていたとはな」

 リィンが、マキアスが言う。

「あはは、買いかぶり過ぎだよ。必死で強がってるだけだから。今日、友達を見て羨ましく感じちゃうしね。でも……」

 リィンに始まりカイトまで、Ⅶ組の男子五人を一人一人見ていく。そしてエリオットは、あらぬ方向へ顔を向けた。そこにはきっと、女子たち四人がいるのだろう。

「士官学院に入ったことを後悔することだけはありえないよ。だって君たちと──Ⅶ組のみんなと出会えたんだから」

「ははっ」

 カイトが、思わず笑ってしまう。同じことを、エリオットは考えていたのだ。

 カイトもそうだ。迷いながら決めたトールズ入学を、後悔することなんて絶対にない。

 それを、リィンでもラウラでもなく、エリオットの口から聞くことになるとは。

 マキアスが慌てふためく。流石に台詞が臭かったらしい。ユーシスもわずかに口角を上げている。

「い、い、いくらなんでもそれは恥ずかしすぎだろう!?」

「どこぞの朴念仁の言動が感染ったか」

「あはは、そうかもしれないね」

「ガイウス、朴念仁って……?」

「ふふ、それだけリィンが俺たちにとって大事な存在ということだ」

 男子たちの真面目な話は、一転して馬鹿話にもなる。

 エリオットが話したことを、否定する人間なんてここにはいない。女子も同じだと確信できる。

 また一歩全身するⅦ組。

 階下から、フィオナの楽しげな声が聞こえてきた。

 

 

────

 

 

 七月二十五日。特別実習二日目。

 早朝、カイトは寝ぼけ眼をこすって一階に降りていく。

 夏場だから太陽の昇りは早いが、アルト通りもⅦ組のメンバーも寝入っている。と思ったのだが、一階ソファにはすでに先客がいた。

「あれ、マキアス?」

「カイトか。おはよう」

 すでにⅦ組の制服に袖を通しているマキアスは、いつもどおりの理知的な空気だった。だが、誰もいない協会支部で一人物憂げに耽っている様は、どこか神聖な空気も醸し出している。

「珍しいな。一人?」

「ガイウスが起きて、散歩に行ったよ。リィンとラウラは今日も稽古だ」

「なるほど」

 つまりマキアスは高原育ちのガイウスの起床時間には起きていたということか。やはり珍しい。

 ちなみにエリオットは自宅に泊まることになったので、今男子部屋で寝ているのはユーシスだけということになる。

 カイトはマキアスの対面に座った。そこで、マキアスが机の上に広げていたものに意識を向ける。

「これって……チェス?」

 チェス盤だ。しかし第三学生寮のマキアスの部屋にあるチェス盤とは違って、小さく、駒も少し子供用のようにも見える。

「折りたたみのものさ。旅行先に持っていけるような」

「へぇ……こんなものが」

 手渡された駒を手に取り、まじまじと見つめる。それなりに使い古されているようだ。細かい傷も見えた。

「実習先にわざわざチェスを持ってきてるのか?」

「……パルムもバリアハートでも、ブリオニア島にだって持って行かなかった。今回が初めてさ」

「一人でやってたの?」

「慣れれば、練習や戦術を考えるために一人でチェスをすることはよくあるんだぞ」

「またユーシスに小馬鹿にされるんじゃない?」

「……その時はその時だな」

 マキアスに駒を返すと、彼は進めていたらしい駒を全て片付け、改めて駒を起きなおす。前線に兵士(ポーン)が並び、後ろに騎士(ナイト)僧正(ビショップ)(ルーク)……と続く。両陣営白黒に分かれる。それは対局開始の布陣だ。

 マキアスはカイトに提案した。

「せっかくだ。相手をしてくれないか?」

「オレ? ルールは何となくわかるけど、細かいのも知らない素人だよ?」

「いいんだ。別に勝敗なんて気にしない。コミュニケーションの一環さ。リィンが時々みんなを釣りに誘うようなものだ」

「そんなもんか?」

 カイトは、適当に真ん中のポーンを前へ前進させた。

「A班の調子はどうだ?」

 マキアスは右端のポーンを前進させた。それが戦略的に合理性があるのか、それとも初心者に合わせた動きなのかはカイトにはわからない。

 戦略を考えてないし、そもそも戦略を知らない。一手一手はお互いゆっくりと進む。

「上々だよ。帝都を回るのは二度目だけど、再発見の連続だ」

「そのうえ蒼の歌姫と喋れるんだからな。まったく羨ましいことこの上ないぞ」

「マキアスって結構ミーハー?」

「あのな……その言葉は元々興味がないのに流れで熱中する奴に使う言葉だ」

 カイトがルークを動かす。マキアスがクイーンで対抗する。お互いの駒が倒されるようになってきた。

「……マキアス、今日の雰囲気ちょっと違うよね?」

「故郷での実習だぞ。少しくらい感傷に浸ることもある」

 マキアスはそんな風に返した。

「エリオットもそうだったもんな。ガイウスも、あとはアリサとユーシスもだ」

 カイトは思い出す。ユーシスとは同じ場所にいたわけじゃないが、アリサもガイウスもノルドで自分のことを少なからずさらけ出していた。

「君、アリサの話を盗み聞きしたんだろう? あくまで冗談でだが、冗談抜きに怒っていたぞ」

「それ、どっちに捉えればいいの?」

 マキアスがルークを大きく前に。カイトがクイーンで応戦する。段々と、殴り合いの様相を呈してくる。

 数手無言で指し続けた後、おもむろにマキアスが口を開いた。

「ユーシスも、バリアハートでリィンに親兄弟のことを話していたよ」

「……そういえば、マキアスも盗み聞きしてたんじゃないか」

「僕の場合、ユーシスの奴が勝手に僕のいる場所で話しただけだ」

「あー、まあ、そうだったね?」

「君も、故郷に近いタイタス門で自分のことを話したな」

「うん」

 いつになく、マキアスの表情が真剣だった。真剣なのに、心ここにあらずといった様子だった。

「……みんな、そうなのか? 自分のことを話せば、何かが変わるのか?」

「マキアス……」

 カイトが苦し紛れに動かしたクイーンが、マキアスのクイーンを打ち負かした。

「目に見える何かが変わるわけじゃない。オレは、ただオレのことを知って欲しかったんだ」

「……他のみんなもそうなのか?」

「わからない。気まぐれだったり、元から秘めていた答えだったり、決意だったりすると思う」

 カイトがルークで相手のルークを制圧する。

「でも確かなのは、みんないろいろな縁があって悩みを、わだかまりを抱えてた」

「ああ……あのユーシスもそうだった」

「一人じゃ──大変なんだよ。怒りも悔しさも抱え込むのは」

 マキアスがついにキングを動かした。そこにカイトのビショップが迫る。

 カイトがマキアスを見る。

「だから仲間がいる。それに長い道の道中だ。楽しいじゃん、仲間や友達がいたほうが」

「……仲間が増えればその分、守るものも多くなる。個人の負担を軽くしたいのなら、それは筋違いじゃないか?」

「どうだろうね。仲間は守るべきものだけど……オレのことも守ってくれるんだよ。自分の弱いところも」

「《リベールの異変》の時、カイトはそうやって仲間を作ったのか? そうやって、守りたいものを守ったのか?」

「あのさマキアス。オレは異変当時はまだ未熟者だったんだ。そんなオレがちゃんとやれてたと思う?」

「だろうな。思わないぞ」

「即答は正遊撃士の心に響くなあ……」

 少し顔を俯かせるカイト。

 けれど唐突に顔を上げ、ニヤリとマキアスを見た。

「マキアスはどう?」

「……」

「吐き出す準備は、できたか?」

「君やリィン……頼んでもないのに守ってくれるお節介がいるからね」

「へへへ……ん、あれ」

 カイトはチェス盤を見た。マキアスがポーンを動かしたのだ。カイトのキングが倒されていた。

 チェックメイトだ。

「うぐ……」

「カイトもまだまだだな」

「そりゃ、さすがにマキアスには勝てないよ」

 階段が軋む音が聞こえる。

「んー……二人ともおはよ」

「フィー、おはよう」

「まったく……ふらふらじゃないか。寝巻きもはだけてるぞ」

 カイトとマキアスの視線の先には、まともに目を開いてないフィーがいた。ほぼ寝ながら階段を降りているので転げ落ちないか不安だったが、そこは彼女の身体能力なので問題にはならなかった。

 そのままマキアスの隣に座り、そして頭から倒れた。

 マキアスが呻く。

「はぁ!? フィーっ」

「む~……おやすみー」

「あー、こいつまだ寝たりないみたいだな」

 カイトが考えを巡らせた。そもそもが成長期で、暇さえあればどこでも眠る猫少女だ。

 マキアスの膝を枕にして、すぐさまフィーも寝入る。マキアスは迂闊に動けなくなって慌てふためいている。

 微笑ましい光景だ。カイトはマキアスの代わりに駒を片付けつつ、マキアスに言う。

「マキアス。フィーだって同じだよ」

「なに?」

「猟兵は戦場の狩人だ。当然自分が返り討ちに遭うことも多い。そんな環境で当たり前に過ごしてきた女の子が、マキアスの膝の上で爆睡してる」

「これも……フィーが自分のことを話したから?」

「まあフィーにしたらそれだけじゃないだろうけど」

 カイトの語りに最初に感化されたのはフィーだった。そのままラウラとの間で生まれた確執は、全力でぶつかったり悩んだりして、最初から喧嘩していたマキアスとユーシスよりも遥か前に進んでいる。

「ぶつかってみなきゃ、わからないんだよ。相手が自分を拒絶するかも、許してくれるかも」

「カイト……」

 協会支部の扉が開かれる。ラウラとリィンが汗を拭きながら戻ってきた。その後ろにガイウスも続いている。

「おはよう、カイト、マキアス、それと……?」

「おはよう。というよりもフィーは寝ているではないか、マキアス」

「いやラウラ、なぜ僕だけを責める……!」

「あはは。二人とも朝稽古はどうだった?」

「ああ。昨日の疲れも少しは流せた気がするよ」

 フィーを除けば、五人が起床している。全員が起床して簡単な朝食を取れば、またⅦ組は課題に従事することになる。

「リィン、ラウラ、ガイウス、カイト」

 マキアスが起きているメンバーを呼んだ。

 カイトのそれ以外の三人も、朝起きた時のマキアスの雰囲気を感じ取っていた。

 その真剣な様子を理解していたから、言葉を出さずに眼鏡の少年の次の言葉を待った。

「A班・B班ともに付き合ってほしいんだ。今日の昼時……うちに招待させてくれないか?」

 

 

 

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