黄金の鹿号は次なる島に向けて、大海原に乗り出していた。
甲板にいるドレイクの部下たちが世話しなく動いている。船長の指示に合わせて部下たちはマストや帆を操作するために必要な付属具を装備したり、外したりしている。
「すごいねぇ……俺たちのやることなんて全くない」
「寧ろ邪魔になるし、こうやってすみっコぐらしのようにするしかないよねぇ」
立香と詩奈、そしてマシュはそんな彼らの動きを只々見つめることだけしかできなかった。
普段は船長のドレイクに叱咤激励を受け、宴ではバカ騒ぎをしたり歌いだしたりして周囲を盛り上げる陽気な男たち。 しかし、海に出ると一転。普段の様子とは打って変わり、海の男となって甲板を駆け回っていた。
「見張り台! 何か見えるか!」
「現状何もなし、影も形も見えないっ! 何か見え次第、連絡する!」
「風の吹き具合はどうだ!?」
「今のところ変わりはない! 移動に問題なしっ!」
「船長! 今んとこ周囲に敵影等なしっ、異常ありやせん!」
「よしっ警戒を緩めんじゃないよっ!」
甲板で動き回りつつ、ドレイク船長に報告する部下たちを、改めて海に生きる人間であることを感じながら立香と詩奈、マシュは邪魔にならないように隅っこにいるしかなかった。因みにサーヴァントたちは霊体化している。
「やれやれ……航海は安全が第一なのは助かるんだけどねぇ。 こうまで何もないと逆に暇でしかないよ」
「あの、本来なら航海というのは常に死と隣り合わせなのでは? それを暇というのも少しばかり違うと思うのですが」
「かぁぁっ!? なんて頭が固いんだいっ、マシュは!? 航海ってのはねロマンとスリルが大事なのさっ、何もない状況は逆に不安に陥ってそれが伝染しちまうんだ。だからこそロマンとスリルが船乗りにとっていいスパイスになるのさ」
ドレイクは簡単に言うが、実際の航海はそれほど甘くはない。
航海は常に死と隣り合わせだった。海賊はいる、難破はしょっちゅう。しかも1週間もすると蛆がわいた肉を食べることもある、水も腐り、野菜はない。ビタミン不足から脚気にかかる。
故に「船乗りには悪態をつくな」と言われていた。もう二度と会えない人間になる可能性が高いからだ。
しかし、そんな時代に生まれても尚ドレイクがそう云えることは、彼女自身が海に生きる強い人間の証である。
「まっ、と云ってもヴァイキングの船にあった海図のお陰で次の行先も決まっている――あとは順調に航海していければいいさ。仮に敵が出たとしても、アタシらで薙ぎ払っていけば問題ないさ」
「よっカッコいいですぜ、姉御!」
「ボンベ、当たり前のことを言ってんじゃないよっ! それよかさっさと仕事をしなっ!」
「あいあいさぁ!」
航海自体は現状問題なし。次の島に到着まで、三人は甲板の片隅にいるか景色を見渡しているかと考えていたとき――。
『突然済まないっ! 今君たちの頭上に――!』
三人の眼前に立体映像が突然現れたドクターロマンが叫んだ瞬間。
後方から凄まじい爆音が響き渡ったのと、黄金の鹿号が大きく揺れ出したのは同時だった。
「っどうした! 何があったか報告しなっ!」
「っ大砲の弾丸が船にかすりやした! 損傷は特になしっ、弾丸の衝撃で揺れただけですっ!」
「見張りは何をしていたんだいっ!? 寝惚けた目で周りを見ていたのかい!?」
「いや、二人体制で見張っていやした! 報告じゃあそいつらによると、空から現れたらしいです!」
「はああ!? なんだいそいつはっ、とりあえず迎撃準備を整えなっ! こっちも大砲をぶち込んでやりな!」
素っ頓狂な報告を受けつつも、ドレイクは即座に指示出しを行う。
一気に甲板は騒ぎ立つ中で部下たちは迎撃準備の為に大砲に砲弾を詰め込んだり、それぞれの動きを確認しだす。
マシュは盾を構え、霊体化していたサーヴァントたちは即座に現界し立香と詩奈を護るように囲んだ。
「ドクター! 報告をお願いします!」
『あぁ、連絡が遅くなって申し訳ない! 突然君たちの空中から魔力と魔術反応があったんだっ、連絡を取ろうとしたけどドンピシャだったようだね!』
「おいおい、そんな大掛かりなことが出来るクラスは限られるじゃねぇか……」
「おそらくキャスタークラスでしょう。私との相性が悪い上に、今いるメンバーで最もよろしいのはアン殿とメアリー殿ですな。お二方を中心に戦況を整えてまいりましょう――よろしいですか、マスター?」
即座に戦況と状況を見極めたのはキャスタークーフーリンと黒い外套を羽織ったハサンだ。
その言葉に頷いた立香と詩奈は、アンとメアリーに声をかけようしたが……二人の様子がどうにもおかしかった。
驚愕と戸惑いの混じった表情で後方を見つめているのだ。
立香と詩奈たちもアンとメアリーの視線を追いかけるように後方に目を向けると、そこには一隻の敵船がいた。
その船の帆と旗が風によって大きく揺れ動く。
帆と旗に、黒地に刃が突き刺さった頭蓋骨が血涙を流し、その下には交差する二本の大腿骨——悪趣味と云える絵が描かれていた。
アンとメアリーにとって、決して忘れられない因縁深い相手の海賊旗だった。
「アン、あれって―――!」
「えぇそうですわね、メアリー。 あの趣味悪い旗を掲げるのは一人しかおりませんわ」
アンとメアリーは忌々しそうに黄金の鹿号に向けて前進している敵船を睨みつける。
『あれは――もしかして、もしかしなくてもだっ! 皆、あの旗は——伝説の海賊旗だっ! 海賊黄金時代において【もう一人の海賊王】と言われ、彼の死がその黄金時代に終焉をもたらしたあの!』
「そこから先は言わなくてもいいよ、ドクター。 あの船の持ち主は僕とメアリーがよく知っているからね」
「えぇ、あのクソッタレ野郎の顔と目は一度見たら忘れられないですわ……何度殺し尽くしてやりたいと思ったことか」
二人が同時に言葉を紡ぐ――生前に何度も戦ったことがある怨敵の名前を。
『ウィリアム・フライ(だよ/ですわ)』
* * * * *
「はっ、ははっ、がぁはははははははははっ! 見慣れない船がいるからご挨拶にと思ったら、懐かしい顔がいるじゃねぇか! えぇ、アン・ボニー、メアリー・リード!」
黄金の鹿号と敵船が対向する。
敵船の甲板にはパイレーツコートを纏う金髪と髭を生やす筋肉隆々の男が嘲る笑みを浮かべていた。腰には二本の海賊刀(パイレーツサーベル)と短剣と短銃がこれでもかという程に差し込まれている。
男——ウィリアム・フライと、その傍らには場違いな虚ろな目をした可憐な少女のメディアリリィもいた。二人の背後にはウィリアムの部下である海賊たちが全員そろっている。
「なんだい、いきなり喧嘩吹っ掛けてきていったい何の用だ!」
「がははは、単なる暇つぶしだ。航海してから海と化け物しか見ていなかったからな、新しい奴隷メディアの力で空飛んでいたら、丁度お前らを見つけて今に至るって話だ……よくやったぞ、メディア」
ドレイクの言葉を軽く受け流したウィリアムはメディアリリィの肩を掴んで引き寄せた。
「お褒めに頂き、ありがとうございます。ご主人様」
「がははははっ、後で褒美としてたっぷりかわいがってもら――やっぱり今からもらっとけ」
そう言って、ウィリアムはメディアリリィを後ろに押しのけると――海賊たちは一気にメディアリリィに群がった。
メディアリリィの未発達の柔らかい身体に興奮し、無造作にその身体に触れたり、揉みしだいていく――まるで甘味に群がる蟻のごとく。
『っ!』
メディアリリィが受ける仕打ちを見て恥ずかしさと苛虐さに目をそらしてしまうのは、立香と詩奈、マシュ。
まだ精神的に未熟である彼らにとって目の前の光景が過激で、受け入れられないのだ。
対するドレイク、アンとメアリー、他のサーヴァントたちは舌打ちをしたり、蔑む目をウィリアムと部下たちに向けていた。
「相変わらず下種な奴で僕は安心したよ……容赦なくお前を殺せる」
「おいおう、ずいぶんと嫌われたなぁ俺も。 まっ、元々お前らとは敵対関係だったから別にいいがよ……しっかしなんでお前らなのかねぇここにいるのは」
ウィリアムは顔を俯かせて大きなため息をつくと同時に、顔がゆっくりと上がる――その両目に宿っているのは軽蔑と嘲りだった。
「なんで、ここにティーチがいねぇんだ? お前らのような置いてけぼりがいてよ」
「っ」
その言葉にメアリーは掌を強く握りしめ、アンは唇を噛み締める。
「どうせだったら、彼奴が来てくれればよかったよ……もう一度奴と決着を付けたかった――お前らなんてお呼びじゃねぇんだよっ」
そんな二人の反応を気にも留めないウィリアム。
だが、目に宿る軽蔑と嘲りは決して消えていない。そして、徐々に口調が荒くなっていく。
「お前らがなんでいるっ、なんであいつがいないっ!?」
歯軋りがアンから聞こえ出し、メアリーからは掌から血が垂れ流れる。
アンとメアリーの様子が可笑しいと感じ取った立香と詩奈は声をかけようとしたが、それよりも早くウィリアムの口が動いた。
「てめぇらは本当に役立たずだったよなぁっ! 海賊王エドワード・ティーチを助けられず死なせちまった無様な女海賊どもよぉ!」
ウィリアムは怒声を上げ、アンとメアリーに浴びせた。
「お前らがもう少し早く動けていればっ、奴は死なずに済んだ! クソッタレ野郎どもに殺されずにっ、海の王として君臨出来ていた――なのにてめぇらの所為で!」
「黙れぇえええええええええええええええええええええええええええええ!」
ウィリアムの言葉を遮るかのように、メアリーが怒声を上げながら跳躍しカトラスを振り下ろす。
「おまえが、お前なんかにぃ、言われる筋合いなんかぁぁぁぁぁぁ!」
その刃をウィリアムは海賊刀を抜いて、刀身でそれを防いだ。
「いい機会だっ! てめぇらをこの場で殺してやるよっ、野郎ども! 男は殺し、女は略奪しろっ! 今よりこいつらは俺らの敵だっ!」
「舐めてんじゃないよ! それはこっちの台詞だ、うちの同僚を侮辱した罪は重いよっ! 全員、戦闘準備だっ!」
今ここに、世界一周を生きたままなし得るフランシス・ドレイクと二人目の海賊王ウィリアム・フライの対決が始まった。
※ウィリアム・フライ
歴史上では彼の処刑が海賊黄金時代の終焉となった。
この小説設定では、黒髭エドワード・ティーチとはライバル関係であり、もう一人の海賊王と謳われていた。