僕は“キャラ”じゃない 作:■■
――最初。
自分がクサイ創作物の使い古されたテンプレに遭遇したあの時。顔は素知らぬ顔をしていても――歓喜に震えたのを未だに覚えている。
『貴方は死んでしまった。しかし、それは予定には無かった。お詫びとして、貴方の世界とは違う異世界に転生させよう』
そう言ったのは女の人だったか、はたまた男の人だったか……それともそういう表現も出来ない人外だったか。細部はもうボヤけてしまった。……まあ、そんな事はどうでもいい事だろう。
彼かそれとも彼女は――そう言った。それだけで十分だ。
自分はそれに否応なく頷いたのを覚えている。
死んだ情景は忘れたが、死ぬ寸前までの生き方に――反吐が出ていたから。
何事も無い灰色のような単調な人生。友達はそれなりに、勉学も運動もそれなりに。恋人は居ないけど、代わりの創作物には事足りない――有り触れた誰か。自分の名前の所を、知らない誰かに変えたとしてもまかり通ってしまうような日常。
自分はそれが大嫌いだった。いつか人とは違う――有り触れない日々を過ごしたいと願っていた。
そうだからこそ――その提案は、自分にとって福音に等しかった。
自分が頷いたのを確認したその人は、様式美を弁えているとでも言うように『何か力を与えよう』と言ってきた。たとえアニメやゲームの登場人物の力だろうと何でも良いと。
此処で自分は直ぐに頭の中で欲しい能力をピックアップした。
黄金の王の財宝庫、無限の剣を内胞した男、それとも単に凄まじい魔力とか筋力とか――ああ、いっその事全て強い事にしてしまおうか。
あれにしようか、これにしようか………。
十数年生きてきた脳味噌の中から溢れ出る青少年の妄想に浸っていた自分は――ある事を思いついた。……
――それじゃあテンプレ過ぎではないか。そんな物、自分が大嫌いな物じゃないかと。
そう思った自分は直ぐに奇を衒った物を考えた。
考えて、考えて、考えて……そうだ――最近見つけたあのゲームの能力にしよう、と決めた。
日本での知名度は正直無いようなモノだが――海外では、大手RPGとタメを張れるような伝説的な個人製作のインディーズゲーム――その能力にしようと。
さて、そのゲームの登場人物の誰の能力にしようかと頭を捻る。どれも汎用性は抜群で、たとえどの異世界に飛ばされようとも大丈夫だ。
そこで、さらにズル賢い事を思いついてしまったのだ。そう、その人は――対象を限定していなかった。つまり、一言で纏めれるなら幾らでも良いんだ。
だから、そのゲームの説明を軽くしてから――こう言った。
「――そのゲームの
……間違いに気付いたのは、自分の言葉を快諾して――直ぐに能力を授けてくれた瞬間からだった。
自分じゃない――誰かの鼓動。耳の奥でくすくすと聞こえる嗤い声。囁くように身体全体に伝わってくるある衝動。
そして――何時の間にやら手に収められている、無骨で綺麗なナイフ。
そう、自分は馬鹿だった。
日ノ本語の難しさなど一時期ラノベ小説家になろうとした時に、良く知ったはずなのに。
自分は――僕は、
飛ばされる世界の名前や、『どうせなら色んな女の子に愛されるようにしてあげよう』とか、『オリジナルではつまらない。既存のキャラの誰かにしよう』とか優しい事を言ってくれているソイツの言葉など、どうでもいいので聞き流して、思った。
―――邪 魔 ダ カ ラ 殺 ソ ウ―――
――
………
……
…
ごぉ……ごぉ……と唸るモーター音を聞きながら。
自分は――
生前にあった2ちゃんねるに良く似たモノで、匿名の誰かと趣味の話や議論を交わしたりするコミュケーションサイトだ。
……いや、似たじゃない。むしろソレだ。やる夫とやらない夫が逆だったり、ゆっくりのキャラクターが違う作品のになっていたりと、違和感は所々あったが――それでも、生前と一緒で落ち着ける場所だった。
「……懐かしいな」
未だに慣れない鈴の音のような声を掠らせて呟きながら、カチカチとマウスを操作する。
僕が、生前に良く居たのはオカルト系のスレ。どっぷりホラーなのも好きだったが、ほんわかな話も好きだった。創作やら何やら興が削げるような事と言う人もいたが――それも含めて面白いというのが何故わからないのか。
人の想像力こそ超常現象なんだから、創作もオカルトの内に入るだろうと屁理屈を返すと――違うそうじゃない、なんてわんやかんやと返ってくる。
そんな当たり前の事。……何処か泣けてきてしまう。
ていうか、僕が
そうして数スレ巡っている内に――ふと、思い出した。
「ヤバイ……忘れてた……!」
今日は何処か夢見が悪かったからかボーとしてしまって――今の自分になった時から欠かさず行なっている日課をまだやっていない。
もう日は天辺だ。気付いた時にやらなくちゃ不安になってしまう。実際、もう……不安だ。
そう思って、直ぐに買って貰った綺麗な鏡を手に――
――コンッ、コンッ、コンッ。
そこで。
規則正しい、マナーも正しいノック音が聞こえた。二回ノックはトイレだもんね、流石色々変わってるとはいえ、貴族の淑女だ。
僕は鏡を取るのを中断して、ノックが響いた豪華な装飾のある扉の前に立つ。灯り取りの小さな窓以外に外を見る所が無い僕の部屋だけど――扉の外に立っている人の表情は容易に想像できた。
僕みたいなどうしようもない奴の衣食住を担ってくれている人だ。僕の力目的というのもあるんだろうけど、わがままを聞いてくれたりもするお人好しな人。
「……なんですか?」
僕のその問いに――少し怯んだような感じが外から感じた。
……そりゃあ、あまり声を出さないから擦れているってのもあるし、ちょっと演出で不機嫌っぽく声を出してるからしょうがないのかもしれないけど――声自体は人畜無害を形にしたようなおどおど声なんだから、もっと堂々とすれば良いのに。ちょっとこの人の将来が心配になってくる。
……少しして。
ようやく決心したのか、一歩足を踏み締めたかと思えば――
「ねぇ……その、一緒にお昼ご飯食べない……?」
そう不安そうに聞いてきた。
ついに追い出されるか、と内心ヒヤヒヤしていたが――なんだそんな事か、と安堵とも落胆とも言える溜息が出るのを堪える。……あの人は結構豆腐メンタルで、溜息一つで涙目になるから困る。
ともかく――僕の答えは決まっていた。
「今日、朱乃がね。美味しい日本の料理を持ってきてくれたのよ。最近凝ってるからって、手作りのお菓子も作ってきてるの。祐斗も小猫も待ってるわ。だから――」
「――お断りします」
「……っっ!」
僕は何の感慨も無いさらりとした言葉に、さっきよりも怯んだらしく――ゴトッと壁にぶつかる音が聞こえた。……後ろの壁にでもぶつかっちゃったのかな。大丈夫かな、頭ぶつけてないかな。
……いや、僕なんかが心配しても迷惑だろう。ていうか、元々僕のせいだ。
「たぶん、僕が行った所で皆さんに迷惑が掛かるだけです。お昼の憩いなのに、気を使わせたくありません」
「そんな事ないわ!私達はそんな……!!」
あの人の声が震えている。
それは怒りのせいか、それとも――図星だったからかも。
………傷つけるくせに、傷付きたくないなんて馬鹿な考えを頭から追い出して、僕は努めて大きく足を踏み鳴らして扉から離れる。
それを聞いたからか、扉越しからどんよりしたオーラが漏れ出してきた。
そうして――
「……朱乃のお菓子。扉のとこに置いておくから食べて」
「………」
「お願い返事をして……貴方、もう一カ月も何も食べてないでしょう?お願いだから……食べるって言って……」
「………」
なんか引きこもりの息子に対する母親みたいな言葉だな、なんて。他人事のような最低な考えが頭を過る。
返事をする訳には行かない――これが僕の出来る、
……足音が聞こえて、それがゆっくりと遠ざかっていく。時よりそれが途切れるのは、扉を振り返っているのかもしれない。
でも、足音は直ぐに消えた。
「………」
あの人の気配が完全に無くなった事を確認した後。
僕は最近重くなってしまった扉を少し開けて――床に置いてあるソレを見る。
それは――とっても美味しそうなカップケーキ。二つ、綺麗なお皿に乗せられていた。
一つはまるで、料理本から飛び出して来たような精緻な一品だけど――もう片方は、正直上手いとは言えない。所々ポロポロしてるし、ちょこっと焦げてる所もある。不格好なモノ。
……なんでかな。泣けてくるくらいの温かみを感じる。
美味しさで言えば、前者の方が絶対に美味しいって確信を以て言えるけど、後者はきっと――お腹じゃない所が満たされるものだ。
そこで僕は――右手がケーキへと伸びているのに気が付いた。
「……ッッ!!」
誘惑を振り切るように扉を閉める。
バタンッ!と鋭い音が、僕を現実に戻すのに丁度良かった。
直ぐに胸に湧いてくるのは後悔と罪悪感。……きっとあんなの作った事も無いのに頑張ってくれたあの人の好意を踏み躙った僕への怒り。
でも、我慢しなきゃ。
僕は――
でも、自殺も他殺も駄目だ。緩やかに気絶にするように死ぬ必要がある。
それが――アンナモノをこの世界に持ち込んでしまった僕が、唯一出来る贖罪なんだ。
「………」
部屋に転がっていた鏡を手に取る。
そこに映っているのは――痩せこけた金髪の美少女に見える美少年とその胸に光るハート型のロケット。その後ろには埃の被った汚い部屋と、無造作に転がっているナイフ。
それを確認した後、僕は鏡に映る自分と目を合わせて、確固たる意志を持って呟く。
「僕は――ギャスパー・ヴラディ」
あの人――リアス・グレモリーさんの眷属。
悪魔だったり吸血鬼だったりする――
それ以上でも、それ以下でもないんだ。それが当たり前なんだ。僕は私じゃない。
――絶対に、それを覆させるもんか。
………
……
…
「……ッッ!!」
バタンッ!と叩きつけられるように扉が閉まる。
束の間垣間見えた『彼』の顔は、記憶よりもさらに酷く痩せこけていて、カップケーキへ伸びようとしていた手もまるで棒きれのよう。今でも折れそうだった。
そんな『彼』――ギャスパー・ヴラディの様子を、死角になっている所で見ていたリアス・グレモリーは泣きだしそうになるのを抑えていた。
緋色の髪で誰が見ているでも無いのに顔を俯かせ、口元を手で抑える。……その綺麗な手の指には数か所ほど絆創膏が貼ってあった。
――今日も駄目だった。
それが彼女の脳裏に駆け巡っていた。
何が駄目だったのだろう。自分よりも比較的に仲が良いあの三人が居ると嘘を吐いたからなのか?それとも今日は特段機嫌が悪かったのか、それとも言葉選びが悪かったのか。
それとも、それとも、それとも――
そんな彼女の堂々巡りは直ぐに収まったが、それでも後悔は引き摺っていた。しかし、少しでも気分を上向けさせるべく、勢い良く顔を上げる。
不意に、目に入った窓に反射する自分を見て――栄えあるグレモリー家の子女とは到底思えない顔だな、と苦笑した。
とはいえ。
リアス自身、絶対に諦めない。彼女は決意に燃えていた。
自分がノックした時に話に応じたという事は、今日は話したくないという日ではないのが分かるし、カップケーキに手を伸ばし掛けたという事はお腹が減ってないという訳でもない。
つまり――希望はあるのだ。諦める必要は毛頭ない。
『彼』は――あの子は、あんな顔をするべき人間……いや、悪魔……ああ、いや吸血鬼……?――もうなんでもいい。ともかく、あんな悲しい顔をするべきじゃないのだ。
あんな可愛い顔を痩せこけさせる必要は無いし、お日様から逃げるように部屋に籠る必要だってないのだ。
それを分からせたいのだ。
……ただ、笑って欲しいだけなのだ。美味しいモノ食べて、一杯のお友達に囲まれて、幸せに生きて欲しい。
リアスは直ぐに踵を返して、次の説得に備えるべく、英気を養うのだ。お昼ご飯をお腹一杯食べて、午後の授業中に説得の言葉をうんうんと考えるんだ。
今度こそあの部屋から自律的に出させるのだ。……もう、あの子の泣き顔は見たくない。
そうして、『彼』のいた――旧部室棟から出る。
お日様は今日も綺麗に輝いて、リアスの身体をジリジリと焼いている。……痛い。
さっさと教室に戻ろうとちょっと駆け足で校舎に向かう。キンコンカーン、と昼休みが始まる予鈴が響きだした。
………
……
…
……キンコーンカーンコーン……
くぐもったチャイムが聞こえた。
これでお昼のリアスさん襲来から二回目。もう今日の授業は終わった頃だな、と――僕はパソコンから目を背けずにぼんやりと思った。
……生前よりも時代が少し前なのか、デスクトップのディスプレイはブラウン管テレビ並みに分厚く、見づらいが――それでもリアスさんが「暇なのはいけないわ」と本と一緒に買い与えてくれたモノだ。大切に使うべきだ。
「………」
カチリ、カチリ、とネットの海を彷徨い続ける。
基本的な部分は生前と変わらないが、それでもやっぱり何処か違うこの世界は――娯楽面もその微妙な、喉に魚の骨が突き刺さったみたいな違和感がある。
たとえば大手RPGがあるのだが、その題名が一文字違いだったり、男主人公物のはずだったのに女主人公になっていたり、ストーリー展開が完全に逆だったりと。
気になるけど、そこまで……という何とも嫌らしい嫌がらせに満ちた世界なのだ。
……こんなのを考えているのはこの世界で僕だけだろう、たぶん。
そんな風にいつものように生前のゲーム内容と比較してツッコミを入れるという何とも不毛な作業を続けていると――あるゲームタイトルが目に入った。
それは生前には無かった格闘ゲームで、登場人物の凛々しさとか可愛さとかで結構気になっていたモノだ。
そのゲームの発売日――それが、今日だった。
「……えっ」
ちょっと待て。
これって発売日まで後一週間無かったっけ。
えっ、ちょっと待って嘘だよね、と調べてみると――どうやら早めにマスターアップが済んでしまったので早めて発売しますね☆みたいなムカツク文体で公式サイトに書かれていた。
「……どうしよう」
普通なら、それでもまあいいかと流してしまうとこだ。
しかし、このゲーム。初回限定版として発売前から気に入っていたキャラクターのフィギュアが同梱されているのだ。それでも値段は通常版と変わらない。ああ、何と言うお得か。
リアスさんにお小遣いを貰っている身なので、無駄遣いは憚られる僕にとってとてもありがたい。
しかし、問題がある。なんとその初回限定版は――発売日当日以降、販売されなくなる。当日を過ぎれば、たとえゲーム屋さんで在庫が残っていても処分するという徹底ぶりだ。
もし、今日を逃したらいつ手に入るだろう。オークションに流されたモノなど、きっと高くて手に入る事など叶うまい。
「…………」
いつもなら恥を忍んでリアスさん達にお使いを頼むのだが――お昼の誘いを断った手前、無理だ。流石にそこまで厚顔無恥な事出来る訳がない。
それにこのゲーム……その、結構萌え要素というか、少しエッチな感じのがあるのだ。R18という訳ではないが、それでもR17だ。
女の子にそんなモノ買わせるとか無理。てか、そもそも「えー、ギャスパーくんってこんなのやってるんだー」とか密かに思われるとか耐え切れない。死にたくなる。いや、死ぬつもりではいるんだけどね。
「……むっ、むっ……!」
欲しい、でも無理、欲しい、でも無理……!
そんな僕の頭の中で加速していった結論は――なんて事は無い。
――僕自身が、ゲーム屋に行って買えばいい。
……正直。
僕が外に出る事――それ自体、比喩無しにこの世界に危機が起こる可能性がある。これが厨二の妄想ならどれほど良かったか。
そしてこれは――過去、僕がやってしまった事で証明されている。もし……アイツが戯れじゃなかったら……。
「………」
買いに行くなんて駄目だ。
でも……でも――欲しい。あの子の可愛いコンボとか使いたい。なにあのPVのコンボ、見えそうで見えないスカートのヒラヒラ竜巻旋風脚とか舐めてんのかどれだけ購買意欲を刺激するつもりだ。
「………………………良し」
うん、決めた――今日ぐらい大丈夫だろ。うん、大丈夫大丈夫。ちょっと此処から出て買いに行くだけだ。ここから結構近い所にあるし、お金もある。
すっ、と買ってさっ、と帰れば――危険も無いはず。
うん、大丈夫。大丈夫。
僕は直ぐに支度に取りかかった。いつもの通りなら、リアスさんがお昼に襲来したらその日の放課後は天の岩戸宜しく色んな事を試しに来る。
その時までに帰って来なくては行けない。……だって、お昼にあんな事行った手前、普通に外出てるとこみられるとか恥ずかしくて死ねる。むしろそれで死ねるんなら堂々とリアスさんの前に出るけど、死ねないし。
冬の木の枝みたいになっている腕を隠すように制服の上に長袖のセーターを来て、スカートから見える足もブカブカのストッキングを履いて誤魔化す。
美少年なのに、女装をしているのは何て事は無い――僕の顔。女の子に見えるぐらい可愛いのだ。主観無しに客観的に。だから男の恰好の方が逆に目立つ。
男装している美少女に見えるぐらいなら、普通の美少女を選ぶ。
リアスさんからのお小遣いをコツコツ貯めたサイフ……良し。
ゲーム屋への脳内カーナビの準備……良し。
服も……うん、普通の美少女。
「大丈夫……大丈夫……!」
僕はそう自分に言い聞かせて。
直ぐに帰って来るだけと、危険は無いんだと――決意をして、扉を開けた。
「……あっ、と」
直ぐに勢い良く出ようとした所で、置きっぱなしになっているカップケーキを踏みそうになる。……時間が経ったからか少し表面がカサカサしている。
……少し動くし、栄養がいるかな?いや、此処で食べずに出かけた方が死ぬ可能性が上がるかな……んにゃ、直ぐに通報されてリアスさん達に迷惑が掛かるだけの可能性も……?
迷いは一瞬――僕は直ぐに二つのカップケーキの内の一つを手に取った。無論、恐らくリアスさんが作ったであろうちょっと不格好な方のだ。
これならまだ恰好が付く……はず。
味の感想は地平線の彼方まで投げ捨てて、僕は直ぐにコソコソと行動を開始する。
丁度良くホームルームが終わったからか、疎らながら帰っている人が見える。
「うぅ……この中を行くのか……」
僕も一応、この学校の生徒では……あるはず。
だからもしかしたらクラスメイトの人と鉢合わせして大変な事に……!
でも、でも……スカートひらひら竜巻旋風脚の為にも……この機会を逃す訳には……!
「……っっ!」
僕は「ぬぁああああ、今日も学校つかれたもぉぉあああん」とばかりにそれに紛れて、校門を目指す。……この美貌のせいか、やはり少し注目というかヒソヒソ声は耳に入るが、それでも直ぐに校門を脱出。
おおよそ半年か一年振りの外に繰り出す事が出来た。
「………」
空気が澄み渡っている。僕の部屋みたいにカビ臭くない。
夕日だって綺麗で、なんだか目に痛いくらいに清々しい。
ちゅんちゅんって小鳥が家に帰るのか仲良く空を飛んでるし、コンクリートに負けないで生えてるタンポポが僕の行く末を見守るように風に揺れている。
ありがとう、と思う反面――申し訳ない気持ちで一杯になる。
なんでだって?――道、迷ったからである。
「………………………」
完全な判断ミスである。
なんで僕は町の風景が半年か一年間、変わらずにあると思っていたのだろうか。アホなのだろうか、いや実際アホなのは生前のアレで証明されている。うん、僕はアホでトンマでドジマヌケだ。
見慣れない住宅だらけだ。空き地もあったはずなのに、僕の身体を覆うように家の影だけが支配している。
……サイフしか持ってきていない僕。ていうかケータイすらも無いのでメーデーを送る事も不可能。その辺の住宅に泣きつく?ふん、万年コミュ障を甘く見るな。そんな事するぐらいなら野宿した方がマシだ。そしてそのままのたれ死ぬ。
「………ぐずっ」
率直な話、泣きそう。
こんな事考えなきゃよかった。スカートヒラヒラ竜巻旋風脚とかどうでもいいじゃん。馬鹿なのだろうか、いや実際馬鹿なのは以下略。
ともかく、何とかして町の地図とかそういう……現在地が分かるモノを。
……そろそろ僕の貧弱フットが悲鳴を上げている。もう棒きれが針がねになりそう。
そう焦燥に駆られていると――
「ねぇ……?」
後ろから声を掛けられる。
ビクッッ!と背筋がピンッと張りつめてしまった。ヤバッ、笑われる……!
しかし、「あっ。驚かせちゃったかな。ごめんね」と後ろの人はさらに声を掛けてくる。
……誰だろうと振り向いてみると、
「あっ、えっと……うちと同じ制服着てるけど……迷子?だよね。たぶん」
茶色の髪をした同じ制服を着た女の子が心配気に見下ろしてきた。
……アレ。違和感しかない。どういうのかは分からないけど、まるで――
……あっ、不躾に顔を見るのは失礼だな。なんか、なんか言わなきゃ……!
「えっ、えっと、あの僕……その、あっと……!!」
「大丈夫、大丈夫だから落ちついて?」
……苦笑で返されてしまった。
ちくせう。こんなはずではないのに。生前の僕は一応女友達もいたはずなのに。コミュ障に近かったけど、まだ少しは話せたのに……!
「とにかく、迷子だよね。安心して?私だけじゃあ心細いかもしれないけど、さっき出来たお友達もいるから」
えっ、この期に及んでもう一人追加はもう僕は単に像とかになりますよ!?良いんですか!?迷子の迷子の子猫ちゃんじゃなくてモアイ像になりますよっ!?
女の人はたぶん顔にも混乱が書いてあったのだろう僕に安心させるように笑みを浮かべる。頭も撫でるのも追加だ。……この子、子供の扱い手慣れてんな。
そうこうしている内に、女の人の後ろから……足、音……が……
――えっ。
「もう、一誠ちゃん。いきなり走らないでよびっくりするじゃない!」
「あっ、ごめんね。夕麻ちゃん。やっぱり心配で……」
「…………そう。その子一人?」
「うん、迷子みたいなんだ」
「……………へぇ」
……えっ、なんで。
なんでこんな場所に――あっ、危ないッッ!
「なら、丁度良いわ――纏めて死んで」
僕は直ぐに棒きれ腕で、何とか女の人を押し退ける。
それと同じくらいに、そのお友達とやら――堕天使が投げてきた不浄を焼き尽くす光の槍が迫って来た。たぶん女の人もろとも僕も殺そうとしたんだろう。
でも、残念だったな。僕ぐらいなら――死んでも後悔ないんだよ!
「へっ……?」
「うぐぁっっ!!」
投げられた光の槍は、寸分無く僕の心臓部分を突き抜けて行った。ポッカリと穴が空いた胸を見下ろす。その穴の中心に、首に下げているハート型のロケットがぶらぶらしていて、何となく間抜けだな――って思いながら倒れた。
ぐぼり、と喉の奥から血が溢れてくる。
「えっ、へっ……あ、夕麻ちゃん?」
「ちっ、ガキが。手間取らせて。でも勇気があるのは良い事よ?死んだら天国に行けるかもね、良かったわねぇ?」
茫然とする女の人を尻目に、堕天使は嘲るように僕を見下ろしてきた。
……どうやら僕をただの人間と勘違いしているらしい。きっと僕が悪魔だと気づいていれば、もっと何か言ってくるはず。お里が知れる。単に下級堕天使みたいだ。
これなら……リアスさん達も大丈夫、だ……ろう……。
「に、げて……」
僕、は……な…とか、そう言…………
「――ギャスパー!!」
リ…スさ……
――
「……あっ、と」
直ぐに勢い良く出ようとした所で、置きっぱなしになっているカップケーキを踏みそうになる。……時間が経ったからか少し表面がカサカサしている。
……少し動くし、栄養がいるかな?いや、此処で食べずに出かけた方が死ぬ可能性が上がるかな……んにゃ、直ぐに通報されてリアスさん達に迷惑が掛かるだけの可能性も……?
迷いは一瞬――僕は直ぐに二つのカップケーキの内の一つを手に取っ…て………………えっ?
これ――前も無かった?
注目されたけど、直ぐに外に出れて、迷って、助けられて――殺されて。
「あっ……」
綺麗な夕日。小鳥の声、タンポポ。迷子、女の人。その友達――堕天使、光の槍。リアスさんが駆け寄ってきてくれて――
「…あっ……あっ………あっ……!!」
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!
僕は≪決意≫なんて…………待って。もしかして――こんな、下らない事でも適用するの?こんな、馬鹿みたいな事で……?
あり得ない。ふざけるな、こんな事こんな事こんな事……!
――くすくすと、嗤い声が耳の奥から響いてきた。
「僕は、僕は、僕は僕は僕は私は僕は僕は……!」
部屋……部屋に戻らないと誰にも会わないようにしなきゃ、誰も見ないように、誰も考えないように!!
鏡を見るんだ。鏡を見ればあんなのと違う顔がある。僕はギャスパー・ヴラディだ。僕はギャスパー・ヴラディ僕はギャスパー・ヴラディ僕はギャスパー・ヴラディ僕はギャスパー・ヴラディアイツじゃないあんなのじゃない僕は私じゃないッッ!
「……ギャスパー……?」
声が聞こえた――獲物だ――リアスさんだ。信じられなさそうな顔をしてる。そりゃあ僕が出ていれば驚くかな――EXPだ――違うッッ!はっ、早く!早く戻らないと。
僕は手に持っていた何かを直ぐに手放して、急いで扉を閉めて鏡を手にベッドに潜り込む。落ちつけ、大丈夫。僕はギャスパーだ。ギャスパーなんだ……!私はギャスパー・ヴラディなんだ……!
「ギャスパー!ごめんなさい、驚かせちゃったわよね!これ、食べていいのよ!」
扉の外から何か音が聞こえてくる。
分からない。いや、そんな事どうでもいい。私は、抑えなくちゃ……!
「……あっ、その……良かったらちゃんと温め直すから!大丈夫よっ!一応、私の――じゃない!朱乃のお菓子の追加。さっき授業で作っ――いや、貰ってきたからね!」
私は――僕は、聞こえる雑音が収まるのを待ちながら、布団の中で鏡を見続ける。
その端に、ナイフがあって……それに反射されるはずの無い私の顔が――嗤いながら僕を見ているのをただ怯えるしかなかった。
くすくすと、嘲る嗤い声が収まるまで。
人気そうなら続きます。