僕は“キャラ”じゃない   作:■■

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人気そうだから続きます。
ていうか、人気でびっくりしました。

出来る限りご期待に添えるよう頑張ります。


転生者は、大抵変な異名がある

 

――ふと、意識が奥から起き上がってくるのを感じた。

 

薄く目を開ける。

掠れた視界に、側で立てかけていた鏡があって――今にも死にそうな青白い僕の顔と目が合った。

 

 

「ん……んぅ……?」

 

 

頭が朦朧とする。鈍痛が身体中から響いてきた。

身動き一つで、骨の何処かが軋むように小さく鳴るのが聞こえてきた。良くある小気味良いポキポキ音じゃない。どう聞いてもグルコサミンが足りてないヤバい音がミシミシと、痛みと一緒に鳴っている。

……まあ。いつもの事だからこれらはどうでもいいとして。

 

「……寝ちゃ、ってたのか」

 

……あの後から数日ほど時間が過ぎた、と思う。

 

なんだか記憶が曖昧だ。

 

必死で僕は僕なのだと言い続けてはいたろうけど……疲れて気絶するみたいに寝てしまったのが妥当な真相だろう。吸血鬼とはいえ、一カ月何も食べていない摂食ボーイな僕の身体だ。過度なストレスに耐えれる訳がない。

それから起きてはいるんだけどなんだかずっと意識は寝ていたような気がする。リアスさんとまた扉越しで話した記憶はぼんやりと頭に残っている。

つまり、今日になって何とか回復した、という事だろう。何も入れてない身体のせいかな。

 

のっそりと頭を持ち上げると、灯り取りの窓から朝日の輝きが差しこんでいた。未だ一度も役目を果たしていない目覚まし時計を掴めば、七時ちょいを指している。実に健康的な起床時間だ。

 

少しぼぅ……としていると、意識が段々とはっきりしてくる。脳裏に焼き付く数日前の事を、夢と思わないくらいには。

 

 

「………」

 

起きる気になれなくて――ていうか、起きる元気(カロリー)が僕の身体に無くて。

力が抜けるように布団の中に倒れ込んだ。日に干してすらない少しカビ臭い、そして安心する匂いに包まれながら――顔を顰める。

 

「やっちゃったなぁ……」

 

欲望に負けた結果があの様である。うかつに“決意”を使って、私に隙を見せてしまった。その隙が――取り返しのつかない事態に陥る事はもう知っているはずなのに。

僕は、いつになったら懲りるのだろう。

 

「はぁーあ………」

 

――僕が、神様っぽいナニカから貰った力は強大だ。

上手く使えばどんな事にも応用できる。

全教科テストで百点は余裕で取れるだろうし、エッチで最低な事をしたって自殺出来るメンタルがあれば問題無い。戦いだって……イカレた根性があればどんな奴にもいつかは勝てる。

 

――そんな力。

 

……端から見れば、誰もが欲しがる代物だろう。僕がなんで使わないのかと思う人はいるだろう。

強大な力は責任を伴うと色んな人は言う。持っている君は特別なんだ。その特別な君は皆の為に、平和の為に、戦わなきゃいけない義務がある!……なんて。昔の自分なら、感動した。

でも、今の僕からすれば――んな事知るかならこれ使って滅茶苦茶になったらテメェで責任取れんのか!って口汚く罵倒するだろう。

 

……()()()()()

感覚で分かる。ゲームで知っているから分かる。この力を使えば使うほど――()()()()()()()()()

 

そして完全に私になった時――どう、なるか。僕はそれを知っている。

 

 

「……まっさか、典型的な厨二病みたいになるなんてなぁ……」

 

ううっ!俺の右腕に封印された邪龍が暴れている!俺に近づくな!今近づかれたら俺は……俺はァ……!!――を、僕は素で行なっている。

もう彼らを見て笑えない。真顔だ真顔。君らほんとそうなったら僕みたいに笑えないぞ!マジで!

 

「……ふぅ」

 

――そろそろ起きようかな。

僕は軋む身体を無視しながら、布団から抜けだそうとする。二度寝してもいいんだけど――必ずって言っていいほど、朝に訪問者がやってくる。

引きこもりを外に出そうとする家族みたいに懲りもせず。……本当に優しい人達だ。

せめて、声を掛けられるまでは起きてないと。返事が無くて死んでるんじゃって思わせて、朝から不快にさせるのは僕の本意ではない。

よっこらせっ、と何とか上体を起こしていると、

 

「――むっ」

 

――視界の端に、ナイフが床に突き刺さっているのが見えた。

少ない朝日に照らされてピカピカと、実に鬱陶しく光っている。刃の腹がこっちに向いていて、不気味なくらい綺麗な刀身が僕の顔を映していた。

 

「……なにさ」

 

ナイフを睨み付ける。少しの迫力も無い三白眼が見つめてくる。

すると、映った僕の顔が――ニコリと、張り付けた満面の笑みを僕に向けてきた

 

 

「――ッッ!!」

 

 

反射的に側にあった目覚まし時計を投げつける。

ガッシャンッッ!!とぶつかった音が辺りに響く。ナイフはぶつかった拍子で倒れて、無機質な天井を反射させるだけになった。

 

「……まったく、まだ寝ぼけてるの……?」

 

――勿論そうではない事を僕は知っている。

白々しく呟いたのは単に、そう信じたいだけだ。

 

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

投げ付けた拍子に、スイッチが入ってしまったのか。

目覚まし時計が、騒々しい爆音を響かせ始める。一度も仕事をしていない腹いせか、伸び伸びとやかましく。

 

「……はぁ、もうっ……!!」

 

溜息もそこそこに僕は、目覚まし時計へと手を伸ばす。

しかし、腕を伸ばせば届くか届かないかという実に微妙な距離を保っている時計に中々届かない。その間にも、僕の脆弱な耳は、耳鳴りを起こしている。頭痛もキテる。早くしないと。ただでさえもう不快な僕の体調がさらに不快になる。

 

 

「んー……!」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「あとちょっ……とぉ……!」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「むむむっっ……!」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「…………ふぅ」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「…………――むり」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「………」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

「……もう、いいや。ほっとけばその内消えるでしょもう……」

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

 

僕は敗北した。時計に負けたのだ。

もう二度と目覚まし時計様には逆らうまい。長いものに巻かれろというがまさにその通りなのだ。初めて鳴らす事が出来た目覚まし時計様の歓喜の叫びを止めようとした僕が愚かだったのだ。だから出来ればもう少し音量を下げて欲しいですはい。

 

僕は、起きるのを止めて布団を頭から被る。それだけでだいぶ音が薄れた。

もう今日は厄日だから寝てよう。目を閉じる。幸いな事に万年栄養失調である僕の身体は、常に疲労困憊なのでいつでも寝る事が出来る。

 

直ぐに意識が薄れ始める。

 

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリリリリリリッッッ!!

 

――ジリリリリ「うるさいです」

 

 

カチッ。

目覚まし時計様の歓喜の叫びは、無慈悲な声とともに掻き消された。

なんて不遜な人がいたものだ。

 

「……狸寝入りなのは分かってます。さっさと起きなさい――ギャーくん」

 

僕をそんな風に呼ぶのは一人しかいない。

無駄な抵抗を図り、お饅頭になろうとする前に布団を引っぺがされ――琥珀色の綺麗な瞳と目が合った。

 

「……おはよう、小猫ちゃん。時計様のお怒りを鎮めてくれてありがとう」

 

必要な事しか喋らない僕にしてはウィットに富んだジョークはお気に召さなかったらしく、呆れた目をされて、溜息も吐かれてしまった。

解せぬ。

 

小猫ちゃんは、僕と同じく()()()()()()()()()()でリアスさんに拾われた眷属の一人だ。年が近いせいか他の人よりかは仲が良いとは思う。……僕に容赦が無さ過ぎるのかもしれないけど。

因みに僕の部屋の扉には、別に鍵とか封印とかは無い。何の変哲もないただの扉。だからこうして小猫ちゃんはノックも無しに入ってくる。リアスさんは僕が自発的に出てくる事に何かしらの幻想を抱いているらしく入ってはこない。……まあ、ありがたいけど。

そういう面で見れば、小猫ちゃんは――ありがたいけど迷惑な人だった。

 

「――で」

 

しょうがないからよいしょよいしょとあぐらの体勢になろうとする僕に、ひんやりと冷たい声が掛けられる。布団をはがされたからか余計にくる。

 

「……で、って?」

「外にあったカップケーキ。どうして食べなかったの?」

「………」

 

……また置いといてくれたんだ、リアスさん。

…………っ。

 

「……食べる必要がないからだよ」

「――八か所」

「……へっ?」

「部長が慣れない包丁で指を切ったのと、熱くなった生地とかチョコを触った火傷の数」

「………」

「朱乃さんに教えてもらいながら、ギャーくんが食べてくれるようにって頑張って作ってた。――それでも食べる必要はない?」

「……っ。無いね。そんなの、リアスさんが勝手にやった事じゃないか」

 

声とは裏腹に、僕の顔は自然と横にそれていくのを感じた。

――そんな僕の顔は小猫ちゃんの両手で挟まれて、強引に前を向かされる。グキリッと急な動きで痛む首が気にならないほど――真剣な眼差しが僕に突き刺さってくる。

 

「本当に?」

「………っ」

「朱乃さんは今のギャーくんでも食べられるような料理を練習しているし、祐斗先輩はギャーくんと趣味を合わせようとしている。部長もギャーくんの為に隈すら作って頑張ってる。なのに――必要ないの?勝手にやった事?」

 

――これだから小猫ちゃんは苦手だ。

 

リアスさん達は迂闊に僕の心に踏み込まないように気を掛けてくれている。僕から歩み寄って欲しいからだ。でも、小猫ちゃんは違う。顔を合わせる度にこうして――無理やり心を向き合わせる。

だからありがたいけど、迷惑なんだ。

 

「僕はっ……死ななくちゃいけないの。お願いだから分かってよ……」

「………」

 

僕はこれしか言えない。

申し訳無さと怒りと悲しみと色々。全部が混ざるとそれしか出なくなる。

僕だって――ほんとはそうしたいんだよ。だからこうして此処にいるんだ。僕だってわかってる。

 

「私はギャーくんの事が嫌い」

「………」

「手を差し伸べられてるのに受け入れないとこ。ほんとは手を取りたいのに取らないとこ。そのくせ本気で死のうとしているとこ。――そういうの全部ひっくるめて大嫌い」

「……そう言うけどほぼ毎日来――いたたっ、いたたっ!」

「そうやって気まずくなると茶化すとこも嫌い」

 

何とか和ませようとしたが、頬を引っ張られて中断させられる。

……でも、そうは言うけど――小猫ちゃんの苦しそうな顔と目が、それを僕以外にも言っているように思えてくる。

僕は小猫ちゃんの過去は知らない。どういう経緯でリアスさんの眷属になったかを。でもきっと――僕みたいになったんだ。一人になりたいけど手を差し伸べてくれた優しい人がいたんだ。

――過去の自分を見ているようで嫌なんだろう。

だから、無理やりこじ開けようとしている。それが一番早い事が彼女自身が知っているんだ。

 

パッ、と引っ張られた手が離れた。

顔がヒリヒリと痛む。これは数日は赤みが取れなさそうだ。

 

「今日はこれで許してあげる」

「……うぅ、なんて傲岸不遜」

「自業自得」

 

小猫ちゃんはすっと立ち上がると扉へと歩いて行く。

……確かにもうそろそろ始業時間が近い。時間に追われるなんて学生は大変だ。ある意味死刑囚みたいに暮らしてる僕とは大違いだ。

 

「……ギャーくん」

 

――不意に小猫ちゃんが立ち止まる。

変な事考えている事がバレたのかと思ったが――声色がそうではないと言っている。

 

 

「私はギャーくんの過去は知ってる。……だから、ギャーくんがこうしてるのも分かるの」

「………」

「でも……だから……っ、皆はギャーくんを助けようとしてる事はちゃんと理解していて。あれはギャーくんのせいじゃない。神器の暴走なんだからそれは――」

「――小猫ちゃん」

 

――それ以上は言わないで。

詳しい事を言わない僕が悪いのは分かってる。でも、あれは僕のせいなんだ。それは変わらない。私のせいでも、やったのは僕なんだ。

 

「…………それと」

 

小猫ちゃんは、ばつが悪くなると強引に話を変えようとしてくる。

言外に止めて、と言ったのが伝わって良かった。

 

「最近、新しい眷属の人が入ったから。部長が挨拶に来るだろうから、外行きの用意だけはしておいてね」

 

そう言うと部屋から出て行った。

 

 

しんっ……と部屋が余計に静まるのを感じる。

どうにも騒がしい後の静けさは嫌いだ。さっきの事を余計に考えさせられる。

 

「ふぅ……」

 

それよりも。

新しい眷属、か。いったいどんな人だろう。ていうか――何処で拾って来たんだろうリアスさん。

僕たちを拾った時はまだフットワークが軽い時期だったから分かるけど、今はあまりこの地を動けないはずなのに。

 

「あっ――」

 

そこで。

今は無かった事になっている、堕天使から庇った女の人を思い出した。

 

「………」

 

僕が途中まで通った道は、大体決定事項だ。そこに僕が居ないという前提で進んで行く。

つまり、僕に会わなかったあの人はあの後……。

 

「……でも、リアスさんが来たんだよな」

 

あれが死に際の走馬灯じゃなければ、たぶんアレも決定事項のはず。

とすると――

 

「………」

 

小骨が喉に突き刺さる。

どの道、僕が庇ったところであの人は殺されそうになるだろう。でも、あの後すぐにリアスさんが来たのなら――助かった、だろう。

僕が居なかったら、死ぬ時間は早まる。リアスさんが間に合うかどうかは微妙なとこで、リアスさんには――死んだ人を復活させるアイテムがある。

 

まあ、結局。時はもう過ぎて。

そうなっては僕にも私にもどうにも出来ないのは必定で。

 

「……よっこいせ」

 

僕はそれを忘れるように布団を頭から被った。

安穏な人生を送っていた人を救えたかもしれないという一縷の希望を掻き消すように、眠気は直ぐに僕を包みこんでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

――()()()()

 

兵藤一誠は、よく男じゃないかと言われる事がある。

 

だが――()()である。まごう事無く、生物学上、女性である。

 

 

男っぽい名前なのは、産まれるその瞬間まで男の子だと医者が勘違いしていて、そう聞かされていた両親が男の子の名前しか用意していなかったから。

……キラキラネームかと言われれば微妙なとこだが、一誠自身はこの名前を気に入っていた。何とは無しに身体に合っている気がするからだ。……自分の名前なのだから当然と言われればそうなのだが。

また男と言われる一因は、出るとこが余り出てないスレンダー体型である事と、女という事をカマ掛けて、他の女子にセクハラをかましていたというのもある。

 

しかし、それでも兵藤一誠は――()()である。これは自他とも認める事実だ。

 

 

 

そんな兵藤一誠――イッセーは、最近悪魔になった。

……いや、女性にセクハラをしまくる悪魔のような奴という意味ではなく、比喩なしに“悪魔”になってしまった。

 

経緯を言ってしまえばなんて事はない。綺麗な女の子にホイホイ付いて行ったのがこの様である。その女性は堕天使で、イッセー自身に眠っていた超常的な力を持つ武器――神器を発現される前に殺されたのだ。

まあ、これらは後から知った話である。

殺された時のイッセーは正直ワケワカメだった。ただ眠るように意識が落ち、二度を起き上がらないその瞬間――赤い髪をした女性、リアス・グレモリーに助けて貰ったのだ。

 

彼女は悪魔であり、自分の力になってくれるなら貴女を助けます、と言った。その文字通りの悪魔の誘いにイッセーは飛び付いた。余計な事を考えるまでもなく、生きたいという気持ちが強まったからだ。

ふと意識が覚醒して、慌てて起き上がると殺された傷はもう無くて。

 

 

『此処に契約は成ったわ。私はリアス・グレモリー。今日から兵藤さん。貴女は私の眷属――家族よ。これから宜しくね?』

 

 

そう、ちょっとキメ顔で告げられた。

……その手にビニール袋が無くて、そのビニール袋からその日発売された美少女格闘ゲーの初回限定版が透けてなければもっとカッコ良かったのは秘密だ。

 

 

――そうして。なんやかんや数日が経てば、イッセーは悪魔としての生活に慣れつつあった。

その間に、堕天使をぶちのめしたり、堕天使に利用されていた美少女シスターであるアーシア・アルジェントを何とか助けたり、自分の持つ神器がドライグとかいうなんだか凄い奴という事を知ったり。

 

急速に流れる時間の中で、イッセーは“悪魔”としての自分を確立しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日が学校の廊下を照らしている。

悪魔になってからやけにまぶしくなった太陽の光に目を細ませながら、イッセーは少し古ぼけた旧校舎へと足を進ませていた。

旧校舎にはイッセーの主になったリアスが根城としている“オカルト研究部”がある。いつもは特に何も無くても足を運んでいたが、今日はリアス自身から「放課後に来て、会わせたい人がいる」と言われていた。

 

『そういえばよぉ相棒』

「――うわっ!なによ、ドライグいきなり話さないでよ、びっくりするじゃん」

『わりぃわりぃ。でも、人が居ねぇ時に話しかけてるから安心しろよ』

「……そういう問題じゃないんだけどなぁ」

 

ふと、いきなり左腕が――真紅の篭手に変わる。

それは“赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)”と呼ばれる神器の上位版である神滅具(ロンギヌス)の一つで、かなり強いらしいとイッセーは聞いていた。……らしいというのは、まだイッセーは非日常に足を突っ込んで間もないので、何出されても「すげぇー」としか言えない語彙力低下状態にあるからだ。

でも、そのおかげか“赤龍帝の篭手”に封印されていた二天龍の比翼として、多くの者を震え上がらせるドライグという赤き龍ともそこまで物怖じせずに接する事が出来た為、仲は結構良好になっていた。

 

イッセーはキョロキョロと周りを見渡して、本当に人が居ないか確かめる。

下手すれば、学校で仮面ライダーのオモチャっぽいものを付ける女だ。女性へのセクハラの為に、変な評判を定着させる訳には行かなかった。……もう結構手遅れな事はイッセーは知らない。

 

「で、どうしたのドライグ」

『いやよ。良くあのアーシアっていう女を助けられたよなって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、アレね……正直、良く身体が動いたと思った。なんでだろ、妙に胸騒ぎって言うか」

『あれじゃねぇか。火事場の馬鹿力ってやつ』

「そうかなぁ……」

 

思い出すのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

堕天使に攫われた、最近仲良くなったアーシアの下に向かう前。

何故だか――妙に胸騒ぎがしたのだ。こう……表現のしづらい感覚に。

早く行かないと、()()、目の前で誰か死んでしまうかもしれないと。

またもなにも、自分が死んだ事はあったが誰かが死ぬとこは幸いな事に見ていないのに――妙にその考えが頭から離れず。

 

イッセーは、行く手を遮る敵を――完璧に無視した。

悪役が良く言う戦う前の口上はガン無視で、とにかくアーシアの下へと走った。

 

おかげで、あのクソ堕天使がアーシアを殺すその瞬間に――ギリギリ。ほっんとギリギリで間に合った。

その後、アーシアを守りながらというハンデを背負いながら、後を追ってきた他の眷属達と、ひたむきに立ち向かった高潔な姿が気に入ったドライグが手を貸した事によって、堕天使を倒し、アーシアを()()に救出する事が出来たのだ。

 

イッセーの、人生の中でかなり無い胸を張れる出来事の一つだ。

 

 

「アーシア元気かなぁ。あっちでも元気にやれてるかな?」

『どうだろうなぁ。まっ、リアスとかいう悪魔が、信頼出来る所に預けたって言うから心配しなくてもいいんじゃねぇか?力は弱いが信用出来そうだぞ』

「……ドライグにとってはリアス先輩も弱いのね」

『ああ、激弱だね。アレが数十万居ても蹴散らせる自信あるぞオレ』

「ほんとぉ~?」

 

アーシアは、イッセーのように強い神器を持った人間だった。

リアスは「……出来れば眷属にしたかったけど……無理強いはしたくないわ」と言って、アーシアにこのまま私達と一緒に来るか、“教会”に戻るかを訊ねた。イッセーは出来れば一緒に来て欲しかった。“教会”はイッセーにとっては少女誘拐魔でしかなく、そんな奴らの下に行かせたくなかったからだ。

 

でも――アーシアは断った。

 

「イッセーさんの姿を見て、私ももう一度だけ頑張ってみたい」と強い意思を込めて、リアスに告げたのだ。

イッセーとしては残念だった。……でも、落ち込んでいた少女が自分のおかげで立ち直れたというのは気分が良かった。

 

リアスはその後、兄に頼んで、高名な天使の下に預けたという。……込み入った事情を知らないイッセーは信じるしかなかった。

 

 

――それにしても、アーシア結構胸あったなぁ。別れる前に一回くらい触っときゃよかった。

 

と、実に最低な事をイッセーが考えていると、

 

 

『――む?』

 

 

ドライグが小さく呻いた。

それに気付いたイッセーが「どったの?」と聞くと、

 

『んにゃ、部室……だったか?そこに知らない魔力を感じるぞ』

「知らない魔力?」

『ああ。結構あるのと、まあまああるのが一つずつだな。……ほら、そろそろ相棒もわかるだろ』

「んー……?」

 

部室の扉が見えてきた。

イッセーはそこで何やら騒がしく誰かと誰かが言い合っているのが分かった。

一人は知らない男の声。たぶんドライグが言っていたどっちかだろう。もう一人は……

 

「……リアス先輩?」

 

知り合う前からお淑やかで聡明、知り合ってからもそのイメージのままで親しみやすいお茶目な人……というか、悪魔っていう感じだった。それが廊下まで聞こえるほど声を荒げるとはよっぽどの事があったのかもしれない。

 

「……よっと」

 

いきなり扉を開けて入る事は忍びなく。

取り敢えず、扉に耳を当ててみると――

 

『ライザー!以前にも言ったつもりだけど、もう一度言うわ――貴方と結婚する気なんて毛頭ないわ!』

『リアス……それは君の感情だろう?だが、リアスじゃなくて、リアス・グレモリーとしてお家事情というのは理解するべきじゃないか?』

『余計なお世話よ!それに―――』

 

「うーん、お家事情?もしかしてリアス先輩ってこう、お貴族様的な?」

『そうじゃないのか?グレモリーってのは、オレの時にもあったしな』

「……ドライグ今何歳?」

『さぁ……三千は超えてる』

「ドライグおじいちゃん」

『やめろ』

 

――ともかく。

呼ばれた以上、入らない訳には行かない。

……でも、怖いので気付かれないくらいもそぉ……と開けると――

 

「――兵藤一誠様ですね」

 

――白銀の瞳と目が合った。

 

「うひぃ!?」

「お嬢様からお話は伺っております。どうぞ中へ」

 

遠慮無く扉は開かれる。開いたのはイッセーの知らないメイド美人。巨乳ランクA。中々の人だ。この人がドライグの言うどっちかのもう片方という事か。

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

というか、なんだこの状況は、とイッセーは瞠目する。

まあまあ狭い部屋にいつもの面子であるオカルト研究部の眷属である朱乃、祐斗、子猫、リアスの四人に、多種多様の美少女を侍らすスカした金髪男とメイド美人。実にカオスな光景だった。

 

急にイッセーが招き入れられたからか、口論を忘れてこっちを見る二人と……それに続くその他大勢。

イッセーはこういう場合、頭を下げればいいのか、自己紹介をすればいいのか、一発ギャグを披露すればいいのか、良く分からない。

 

「――さて。これで全員集まりました。お嬢様、ライザー様、一回冷静になりましょう」

 

静まり返った場を仕切りだすメイド美人。

色々察しの悪いイッセーも、場を仕切り直させるダシに使われた事は理解した。

リアスと金髪男――ライザーは、白けるように溜息を吐いた。双方の顔には不満という字が見えた。

 

イッセーはまた注目される前に、そそくさとオカルト研究部の面々の下に行く。

 

「……ナイスタイミングですイッセーさん」

「……ナイスタイミングだったよ、イッセー」

「……ナイスタイミングでしたよ、イッセー先輩」

 

「うるさいですぅ。で、これはどういう状況?」

 

イッセーが尋ねると、オカルト研究部の三人はひそひそと教えてくれた。

リアスとライザーは婚約者同士。でも、親が勝手に決めた事でそこに本人達の同意は無く、ライザーはリアスの家の権力とリアス自身の美貌だけを求めているのが透けて見える為、リアスが断っている――という図だった。

イッセーは即座にリアス側に付く事が選んだ。ていうか、美少女達を侍らす輩など言語道断である。

 

「お嬢様。ライザー様。正直、こうなる事は両家の方々は予想しておりました。その為、いっそ“レーティング・ゲーム”で決着を付けるというのはいかがでしょう」

 

メイド美人(ひそひそと聞けば、リアスの義理の姉らしい)が何やら決闘らしきものを提案している。

なんなのそれ、ってイッセーが三人に目を向ければ、平たく言えば「自分達をチェスの駒に見立てて戦う」というものらしい。そういえば、自分が悪魔になる時に、駒っぽいのを埋め込まれたけどそれか、とイッセーは勘づいた。

 

問われたリアスは、少し考えるように沈黙すると、

 

「いいわ。やってやろうじゃない。どうせ、そうしなきゃ、お父様達も納得しないんでしょう?」

 

溜息混じり、しかし強い意思を込めたその言葉にライザーはふっ、と鼻で笑った。……いちいち鼻に付く男だとイッセーは毒づく。リア充は地獄に落ちるべきなのだ。

 

「まあ。リアスがそういうならいいが……良いのか?リアスと違ってこっちは数もいるし、場数だって踏んでいる。それに比べて数もないし、やった事すらない。痛い目を見る前に、諦めたらどうだ?」

 

「ふんっ……」とまた鼻で笑うライザー。もう勝ちましたよっと言っているような顔で、イッセー含めた全員の頬がひくついた。出る出ないはともかく、友人がコケにされているのは鼻に付く。

 

「三人は無名で、さっき入って来たのは“赤龍帝”だが――まだ成ったばかりの低級だろう?栄えあるフェニックス家である俺に敵うと思わないがなぁ?」

 

横の顔色を窺うと皆が皆、ぐぬぬという顔だった。事実らしい。

やってみないとわからない、というのはイッセーの持論だったが、成ったばかりなのは本当なので、あまり反論の言葉が見つからず、押し黙る。

リアスは平静を取り繕ってはいた。

 

そんな面々を眺めて悦に浸っていたライザーは「ん?」と首を傾げる。

 

「おい、リアス。そういえば、お前の所にもう一人居なかったか?」

 

「「「「………っ!」」」」

 

イッセーを除いた四人の顔色が変わった。

それに気付かないのか、ライザーは悦に浸ったまま、喋り続ける。

 

 

「そう確かぁ……“吸血鬼殺しの吸血鬼”――」

 

 

その瞬間をイッセーは見る事は出来なかった。

だが、メイド美人が一瞬でリアスの下に近づき、腕を掴みあげていた。リアスの手には形状しがたい魔力が渦巻いていた。

 

リアスが何かをしたのは、直ぐに分かった。

ライザーの顔の横、ほんの数センチにほどずれた所。その後ろの壁が――()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「お嬢様、落ち付いて下さい」

「離して」

「――リアス」

「………わかったわ」

 

義理の姉らしく、名を呼ぶとリアスは手に渦巻いていた魔力を消した。

 

「ライザー。貴方はいけすかないし嫌いだけど同じ悪魔のよしみよ。最低限の礼儀は尽くすし、レーティング・ゲームにも全力を尽くすわ」

 

そう告げるリアスの顔は、イッセーからは見えなかった。

だが、さっきまで余裕綽々だったライザーとその後ろにいた美少女達の顔が恐怖に引き攣っているのを見て、こっち側で良かったんだなと――現実逃避するしかなかった。

それほどまでに――怖い。

 

 

けど――

 

 

――次にギャスパーをその名で呼んだら殺すわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライザー達はほどなくして帰って行った。

というか、メイド美人に帰らされた、という方が正しいだろう。それほどまでにリアスの言葉は彼らを震え上がらせた。

その次に、メイド美人も帰った。リアスに「報告はしないが、自制を覚えなさい」と告げて。

 

 

「……ちょっと頭冷やしてくるわ」

 

 

客が居なくなった部室。

何を喋ったらいいのか分からずとまどっていたイッセー達に、リアスはそう言って立ち上がる。

 

「イッセー」

「へっ?……ああ、はいっ!」

「この部屋からもう少し奥に行った所にある扉の前で待っててくれないかしら。前に言ったと思うけど、会わせたい子がいるの」

「えっ、あっ、はい。わかりました」

「ごめんなさいね、十五分後くらいには私も行くから」

 

リアスはそのまま部室から出て行った。

重苦しい空気が、部室を支配する。イッセーは気が付いていた。リアスがライザーを一瞬殺そうとしたあの瞬間、三人も同様な事をしようとしていた事は。

 

「んっ、んじゃあちょっと私行ってきますね!」

 

この空気に耐え切れず、イッセーはリアスの言付け通りの場所に向かおうと足を向ける。逃げるのではない、戦略的撤退なのだ。

 

「……イッセー先輩」

 

――その背中に。小猫が声を掛けた。

声を掛けられるとは思わなかったイッセーは少し肩を震わせた後、おそるおそる「なっ、なにかな」と尋ねる。

 

「……どうか、ギャーくんの事を色眼鏡で見ないであげて下さい」

「えっ……?」

「イッセー先輩が訳分からないのは分かってます。でも……お願いします」

「……うん、わかった」

 

茶化す訳にも行かず、小猫の真剣な声色にイッセーは強く頷き返した。

 

 

 

 

「部室を出て奥、か。行ってみた事ないなぁ」

 

廊下に出て、少し。電灯がまばらで暗くなっている廊下を進むイッセー。

その頭にさっきの事でいっぱいだった。

 

『……“吸血鬼殺しの吸血鬼”ねぇ』

「ドライグ……居たの?」

『居たわ。余計な事になりそうだったから黙ってただけだよ』

 

今迄黙っていたドライグに、イッセーは少し、考え込むように口を開く。

 

「どう思う?」

『どう、ってぇ?』

「その、ギャスパーくんって子の事」

『知るか。だが、異名で大体わかる。同族殺しだ。忌み嫌われるのは人間も悪魔も一緒だろ』

「………」

 

同族殺し。分かりやすく言えば、人間で言う所の殺人だ。許されない、罪の一つ。

でも――リアスや他の皆があんなに過剰に反応するって事は、

 

「事情があるんだね、きっと」

 

……小猫が言った通り、その異名だけを聞くと確かに色眼鏡で見てしまう。

そういうのを無しにフラットに会おう、とイッセーを肝に銘じる。……もし、危なくてもリアスがいれば大丈夫というちょっとの保身もあるが。

 

 

ほどなくして着いた奥の扉。

それはずいぶん重厚だが、それ以上に何処か重苦しい陰鬱な雰囲気を漂わせている扉だった。

 

「………」

 

この中にギャスパー――“吸血鬼殺しの吸血鬼”が居る。

イッセーは努めて、その異名を頭の外に追いやりながら、リアスを待つ。

 

 

……時計も無く、まるで一時間くらい待ったんじゃないかってくらい重苦しい時間の中で。

 

ふと、

 

 

『……リアスさん?』

 

 

今にも消えそうな、小さく擦れた声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 




長くなってすいません。

感想は読ませて貰っています。
もう少ししたら、返信していきます。

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