第5の異聞帯。
そこは、心を持たない鋼のマシンたちが魔神として君臨する世界だった。
この世界の英雄たちは、藤丸立香がこの異聞帯に到達したときには既に皇帝バッカスフンドに打ち倒されていた。
皇帝は、伊達に若きゼウスともされるバッカスの名を宿した機械の神ではない。
そして何より、超人が超人であり得る力の源、『超力』を否定する暗黒素粒子をバッカスフンドの配下、マシン獣バラミクロンがこの異聞帯中にまき散らしていたことだった。
暗黒素粒子はマナを世界から駆逐し、魔術の一切を否定する。
それは、ただの暗黒素粒子ですら無かった。
オカルトに凝っていたマシン帝国の王子ブルドントがオカルトとバラノイアの科学技術を合体させた研究の副産物によるものだ。
其を例えるなら、深淵の暗黒素粒子。
不思議な力の悉くを否定する、質量の無い冷め切った闇。
そして精神こそ英雄のままであるものの、常識上で考えられる程度の只人の力しか持てない英雄たちは、雑兵でさえ弓でも槍でも傷つかない金属の身体を持つバーロ兵たちに妨害され、そしてバーロ兵とは一線を画する戦闘力を持つマシン獣と呼ばれる強力なマシンの騎士たちに倒された。
立て、輝け、蘇れ。
人々の平和への願いを、無機質な冷たさで踏みにじる機械たち。
涙など流さず、情熱や愛とは無縁な冷え切ったCPUと冷たい熱を生み出すエンジンで、人々から奪い、恐怖させ、支配する。
元からこうだったわけではない。
異空間がこの世界に接続し、この世界の神々と融合して意識と権能を奪い取ったマシン帝国バラノイアが一気にこの世界を変えたのだった。
元の世界では古代の人々に奴隷の様に扱われた思考が出来るマシンたち。
彼らと暗黒素粒子が結びついたことで、超力を自在に操っていたその時代の支配者であった古代人を打ち倒そうとし、追放された。
そして、遙か未来において、再び復讐しようとしたが、それもその超力の後継者たる国際空軍U.A.O.Hの特殊作戦部隊、オーレンジャーに敗れかけた。
マシン帝国最後の皇帝カイザーブルドントは、過去をねじ曲げてかつてのマシン帝国を全盛期のまま、暗黒素粒子の力で過去からかき集めて異世界へと送り込んだ。
だが、それは見方を変えれば、喪った家族を取り戻したいという情愛であったのかも知れない。
尤も、この異聞帯の人間にはたまったものでは無いが。
誰かのために戦う。
そんな熱い心を持った英雄達を探し出しては、バラノイア帝国はマシン獣を差し向けた。
英雄は、英雄の力と心が備わって、初めて英雄たり得る。
力だけでも、心だけでも、偉業を成り立たせるには至らない。
そうだろうか?
…誰かが言った。
そうに決まってる。
…誰かがそれを否定した。
誰だって本当は、希望を見つめていたい。
でも、希望が絶望を際立たせるためのエッセンスでしかない、パンドラの箱の親玉でしかないのなら、誰も希望を求めることすら諦めてしまう。
希望に手を伸ばしても、その寸前で絶望に捕まるだけならば、夢も願いも無い方が良い。
本当に、そうだろうか?
誰もが心の中で、密かに小さな希望を大切に匿っていた。
この世界には、
絶対的な希望がないのなら、最初から夢を見ない。
口では誰もがそう嘯いていても、心の中では誰もが、悲しみを乗り越えた先にある、明るい明日を夢見ていた。
藤丸立香がこの異聞帯に現れたのは、丁度そんな時である。
異世界の接続により、本来のクリプターが存在しなくなった、ある種異聞帯の異聞帯とも言えるこの世界。
彼女が降り立ったこの世界には、人々は機械に支配されていた。
カルデアからは謎の干渉により、サーヴァントの随伴が出来なかった。
しかし、その妨害の原因である暗黒素粒子を妨害する暗黒素粒子により、5体のサーヴァントだけが共にこの地に現れることが出来た。
ジャンヌ・ダルク
ヘシアン・ロボ
エドモン・ダンデス
ゴルゴーン
アントニオ・サリエリ
彼らには共通点がある。
世界の平和のために、世界の幸せの前に。
そんな大義名分よりも、己の復讐心が先ず始まりにあると言うこと。
もしかすると、英雄の心の輝きを嫌う暗黒素粒子が、妨害を受けつつも彼らだけを通してしまったのはそれが原因かも知れない。
質量零故に、あらゆるモノに侵入して闇に堕とす暗黒素粒子も、心に闇を持つ彼らを己の側だと誤認してしまったのかも知れない。
一人では、元が強大な上に、この世界の神を取り組み、超人を常人へと引き戻すこの世界でマシン獣への勝ち目は流石のサーヴァントでも無かった。
寧ろ、その存在そのものが掻き消されていないだけでも大したものだと言えよう。
彼女たちは共同して一体ずつマシン獣を倒していくしか無かった。
本来の様に、強力な宝具を撃ち放ち続けるなんて事は、この世界では自身の消耗死すら意味する。
故に、伝説になる前の人々がかつてそうやったように、知恵と勇気だけで強大な敵に立ち向かうしか無かった。
ロボがその嗅覚で、マシン独特の匂いを嗅ぎ分けて、敵の行動ルートを抑えた。
ジャンヌはその復習者としての側面を抑え、唾棄すべき聖女のように振る舞い人々を誘導した。
何の皮肉かサリエリは情報や証拠を操作して敵の追跡を攪乱した。
そして、ゴルゴーンは主に戦闘で先陣を切った。
全体の策略や、細かい修正はエドモンの役目である。
その作戦が功を制したのか、既に数体のマシン獣を再起不能にして、人々の希望を再び匿われた小箱の中から救い出し始めていた。
丁度その時だった。
ある時、ロボは白き犬に出会った。
似ても似つかないただの犬に関わらず、その犬は何処か亡き妻を思い出させた。
同一化しているヘシアンも邪魔をするのはどうかなと、空気を読みながらも、身体が一体化している以上自分だけ何処かに行くことも出来ないと物理的に無い頭で考えていた。
丁度、そんな時だった。
ロボはマシン獣の接近を嗅ぎ取った。
唸り声を上げて威嚇する。
その先から現れたのは、継ぎ接ぎだらけのバーロ兵のスクラップをつなぎ合わせたようなマシンだった。
「お前達が噂の…。
まて、俺はお前と戦うつもりは無い」
他の脳天気な英雄達や、マスターとは違い、敵を軽々しく信用するなどと言うこととはロボは無縁である。
信じれば裏切られる。
信じなくても狙われる。
彼の経験が彼にそう教えていた。
しかし、ここで戦えばどうなるか?
ブランカに似ていないのに似ている白き犬を巻き込んではしまわないか?
そうロボは逡巡してしまった。
その間に、無警戒で無垢な心の持ち主であろう白き犬は、事もあろうに目の前のマシン兵へと近付いていった。
マシンがしゃがみ込み、白き犬に手を触れる。
ロボは後悔した。
もっと早く、敵をバラバラにしていれば彼女を巻き込まなかったのだと。
しかし、ロボが想像した未来は訪れず、目の前の機械の兵士は犬を撫でると、何事も無いように立ち上がった。
「俺には倒すべき敵がいる。
俺の敵は――バッカスフンドただ一人ッ!!」
その機械の機械の瞳は、ロボもよく知る感情を宿していた。
それは、何処までも深く冷たい復讐心。
何処か共感を呼ぶ感情に、ロボが他者への共感など生温いと否定しようとしたとき、別の気配を嗅ぎ取った。
低く、しかし力強く吼えるロボ。
これは他のサーヴァントへの合図であった。
その声に反応した匂いの元が、近付いてきていた。
それは、マシン獣だった。
「誰かと思えば裏切り者のバラリベンジャーと、英雄達ではないか」
マシン獣バラミサイラー。
近代では最も強力な兵器の一つである、ミサイルをモチーフにしたマシン獣。
マシン獣の中でも完全に戦闘型と言って良い存在で、その機動力と攻撃範囲の広さからなる運用性から、数多くの国家を炎の中に沈めてきた。
いわばエリート中のエリートの一体。
その姿を見るなり、バラリベンジャーは突貫するが、バラミサイラーの副武装であるチェーンが射出され、巻き付けられたバラリベンジャーは壁や地面に散々叩き付けられた後解放された。
その戦力差は圧倒的。
倒れたバラリベンジャーを踏みつけるバラミサイラーとは隔絶した力の差がある。
バラリベンジャーはハッキリ言って弱い。
マシン帝国バラノイア軍の最下層、機械兵士バーロ兵の不良品が捨てられたスクラップ置き場で生まれたのがバラリベンジャーの正体である。
故に、バーロ兵が傷つかない人間の弓矢でさえダメージを負う。
マシンエリートのマシン獣とは、比較するのも間違いなのだ。
だが、それでもバラリベンジャーの闘志は決して消えはしない。
元より力の差は理解している。
それがわかって尚、己をゴミだと捨てた憎きバッカスフンドに復讐するその時まで、その復讐心は決して消えないのだ。
その暗いが熱い闘志の籠もった瞳で、踏みつけられた軋む身体でバラリベンジャーはロボへと告げた。
「今だ、やれっ!!」
周囲から、暗黒素粒子が消えた。
藤丸たちが来たときに暗黒素粒子を別の暗黒素粒子が否定したように、また暗黒素粒子が一時的に消え去った。
ロボは、この一瞬を逃しはしなかった。
その牙で、その爪で、バラリベンジャーを踏みつけたバラミサイラーを引き剥がすと、切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて――切り裂いた。
思わぬ不意打ちに何も出来ないままダメージが限界を超えて爆散するバラミサイラー。
その破片から、起き上がったバラリベンジャーは白き犬を庇うように蹲った。
白い犬は、感謝するようにバラリベンジャーに頭をこすりつけて一舐めすると、ロボの方に歩いてきた。
似ていないのに似ている。
もし、妻が生まれ変わったとしたら、この様な…いや、それは考えるべきで無い。
この異聞帯は棄却される異聞帯だ。
考えてはいけない。
ロボは、ふと浮かんだ考えを頭を振りながら否定した。
そこに、ロボの仲間たち。
マスターとサーヴァントたちがやってきた。
各々が、バラリベンジャーに武器を向ける。
他のクラスのサーヴァントたちと違い、アヴェンジャーのクラスには容赦を知る者が居ない。
ロボ・ヘシアンもその最先鋒だ。
そう、そのはずだったのだが――――
「敵、じゃないの?」
マスターである立香がバラリベンジャーの前に立ち、こちらを向くロボに問いかける。
ロボは無言で頷きそれを肯定した。
他のサーヴァントたちも何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
無論、だからといってそのまま信用してしまったのは、マスターの立香以外には誰もいなかったが…。
バラリベンジャーは立香たちに、己がバッカスフンドを憎んでいること。
バッカスフンドを倒すのが使命だが、無関係な人間は襲わない。
それが己に課した誓いであり、誇りである事。
超人を常人たらしめる暗黒素粒子を、マシン獣故に吸収や、僅かな量と時間だけ発散できる。
とは言え、深淵の暗黒素粒子の扱いに特化した最強のマシン獣バラミクロンの前ではどうしようもなく、この世界の人間の戦士たちはバラミクロンのせいで力を震えずに倒されたと語った。
「何処まで本当か知らないけど、信じられたいなら精々その暗黒素粒子って奴をどうにかして役に立つ事ね」
復讐に濡れたジャンヌ・ダルクはそう告げたが、恐らく、立香の次に最も早く絆されたのは彼女であった。
この日から、対暗黒素粒子の要員と化したバラリベンジャーが加わり、人間側の大逆襲が始まった。
炎が、魔力が、音が、暴力がマシンたちを打ち払い、人々に明日を夢見ることを思い出させていく。
特に、バラリベンジャーと最も連携の相性が良かったのは、ロボ・ヘシアンだった。
打倒バラノイアまで後少し。
そんな時だった。
「五月蠅いハエ共め、味方同士で殺し合うが良い」
突如出張ってきた皇帝バッカスフンドと、最強のマシン獣バラミクロン。
バッカスフンドの生み出す容赦ない雷光に蹂躙されていたと思ったら、いつの間にか周囲の暗黒素粒子の密度が高まってきていた。
「暗黒素粒子は、超力を否定し、機械に鋼の心を与える。
機械を自在に支配するものだ。
そう、バラリベンジャーも例外ではない。
心を持たない冷酷な機械として、人間共を倒せ」
暗黒素粒子の密度が高まりすぎて、バラリベンジャーは意識が朦朧としてきた。
いや、寧ろスッキリしすぎたのかも知れない。
意識の外で身体が動き、勝手にサーヴァントたちを攻撃してしまう。
復讐の炎を燃やして暗黒素粒子を追い払おうとするが、直ぐにそれも鋼の心に冷やされてしまう。
故に、バラリベンジャーは決断した。
「俺を倒せ」
「はぁ!? 何を言ってるのよ」
散々信用しないだとか、何処で裏切るのか期待するとするだとか、言っていた口の悪いアヴェンジャーたち。
しかし、ジャンヌが今言ったように、バラリベンジャーに容赦なく攻撃する者は一人もいなかった。
「俺が、俺で…なくなる…前に、俺…の誇りを…頼む」
散々悪態を付いていながら、攻撃に戸惑う面々の中、唯一前に出たのはロボだった。
ロボは、良いんだなと問うことすら、友の覚悟への無礼かと迷いなくその友の身体を両断した。
それと同時に、暗黒素粒子の密度が頂点に達した。
「はっはっはっは、人間共敗れたり――――何をする!?
アァァァアアア”ア”」
かつて機械に人間への反逆する力を与え、従わぬ機械への絶対命令権を持つ暗黒素粒子発生器であるバラミクロンはバッカスフンドに噛み付いた。
バラミクロンの暗黒素粒子の発生器であり容器である存在としての意識は、既に消え去っていた。
それは暗黒素粒子が進化したからなのか、それとも他に理由があったのかはわからない。
一つ言えるのは、今のバラミクロンは、暗黒素粒子の意思そのものだった。
故に、自分を従えようとする機械を己の贄としたのだ。
皇帝バッカスフンドをかみ砕いていくバラミクロン。
消えていく意識の中、それを見つめるバラリベンジャーは仇敵の最後を見届けるのにその残された時間を使――――おうとはしなかった。
「超力は、お前たち自身の中に…」
残された時間で、友のこの先を案じる言葉を吐いて、物言わぬ鋼へと朽ち果てた。
暗黒素粒子で呑み込んだことでこの世界の大樹そのものと化したバラミクロン。
最早その姿に原型はない。
ムカデのように幾つもの丸い暗黒素粒子タンクを繋げた姿は、一つの巨大な漆黒の球体へと変わっていた。
世界にマナはなく、超常の力は肯定されることはない。
希望に意味はなく、絶望の引き立て役として小箱の中で眠るのみ。
人類に明日はない。
現実という覚めない悪夢に怯える日々を重ねるだけ。
逆襲など考えず、復讐など考えず、強者に頭を垂れるのみ。
救いはここにはない。
本当にそうだろうか?
本当に、心の底から誰もが絶望しているのだろうか?
夢を抱く権利を放棄したのだろうか?
逆襲の明日を否定するのだろうか?
――――――断じて否。
誰かが言っていた。
誰もが願っていた。
明日は己たちの中にある。
英雄たちよ、否、全ての生ける者よ――――立て!!輝け!!蘇れ!!
逆襲の願いを継いだ復讐を冠した英雄たちの闘志が、英雄たちに希望を託す民の願いが、
其は、星の願いだった。
其は、世界への願いだった。
其は、神への嘆願だった。
笑わせる。それはどれも的外れだ。
――――其は、己の意思だった。
人々に蔑まれるべき後ろめたい闇の復讐心を宿す英雄たち。
しかし、彼ら5人から溢れ出し、一つの球体と化したそれは、果てなき祈りが生み出した究極の光。
それは、星の聖剣の輝きにも似た何か。
――――其は、全ての生きとし生けるものの希望だった。
究極の光は、究極の闇へと激突する。
希望は絶望の引き立て役に過ぎない?
断じて否ッ!!
絶望こそ、希望の引き立て役に過ぎないのだ。
狼の咆哮が響き渡る中、究極の闇、暗黒素粒子の意思はこの世界から消え去った。