SIREN in Bloodborne 作:猫屍人
白痴の蜘蛛、ロマを撃破した狩人。彼は狩りを全うしたかと思えば、白く冷たい光に包まれ、聖堂街の一角に移動させられていた。何もかもが夢のようで不安定、突拍子もなく、しかし人のイメージしうる超常現象にあふれている。
だが現実として、未だ白い血液が滴っている己の獲物と狩り装束は、夢のような空間で行われた戦闘が少なくとも今に至る現実であったことを裏付けていた。
「なんだ、青い…空?赤い月?」
儀式の秘匿は破られた。悪夢の赤子を探せ。
明らかに雰囲気が変わった空に目を向け、そして地面に刻まれた薄暗く光るメッセージを読み取るとそのメッセージは溶けるように消えていく。
武器の血を払い、獲物を懐に収めた彼は空よりもなお青く、脳裏を刺激するゆらめきを感じて聖堂街へと目を向けた。すると、どこか懐かしさを感じる炎が燃え盛るオドン教会を発見し、深く被った帽子にも隠れられないほど目を剥き驚いた。
どこか、己の原動力のひとつである人を守るためという使命感。それらが合わさった結果、上手く誘導できた僅かな生き残りの人々。所感はどうあれ、彼ら彼女らが拠り所とし、ロマの討伐後に己がもっとも触れたいと思っていた人のぬくもりがあるべき場所が燃えている。
そう思う間にも、彼の足はオドン教会に向けてすでに走り出していた。
どこから湧いてきたのかも分からないが、大聖堂の周辺に蔓延る教会の服をまとった獣の病に侵された民衆共が、突破してきた道を再び埋めるように殺意を振りかざしてくる。彼はロマの狩りを全うしたあとの、呆けた頭に活を入れ、獣狩りの散弾銃を装填する。
振り上げた手と頭に散弾が当たるように一発。怯んだ輩を蹴り飛ばせば、大聖堂へと向かう階段の下へ向かって転がっていく。いくら獣の病で鈍感になっているとはいえ、所詮は人間の肉体の範疇でしかない教会の信者共は転がり落ちるうちに仲間(と言えるかも怪しいが)の大男たちを巻き込み、頭や手足がブサイクな針金細工のように曲がって痙攣した後、息絶えた。
はじめは大聖堂を目指し苦戦していた狩人であったが、こうして下る側になってしまえば容易いものだと倒した相手を一瞥することもなく彼は階段を駆け下りる。
「これは、何だ…?」
やたらと曲がりくねった街路を抜け、なにやら悲惨な肉袋と化した死体が放置されている聖堂街の広場へと到着すれば、彼めがけて走ってきた民衆が、獣のような悲鳴を上げながら彼を認識すらせず走り去っていった。
ごうごうと燃え盛るオドン教会の、外側に伝って生えていた植物の残骸だろうか。青く揺らめく火の粉がちらちらと広場を照らしながら舞い落ちる。その蒼炎はやたらと獣狩りの民衆を怯えさせているらしく、今もどこかの通路では、炎から遠ざかるように逃げていく慌ただしい足音が聞こえてきた。
どこか幻想的ではあるが、それがもたらす被害は許容できるものではない。なにせ、この蒼炎はレンガ造りのヤーナムであるにも関わらず実害を引き起こすほどの火災に発展しているのだ。
「皆、無事かっ!? くぅっ!」
ようやくオドン教会の入り口にたどり着いた狩人は、しかし傍目よりも燃え盛る教会内の炎に遮られる。わずかに露出した目元だけでも感じられる熱気は、近づけば己を燃やし尽くすであろう高温であることが伺い知れた。
こうなってしまっていては、もはや生存は絶望的。炎の前でたたらを踏み、拳を握りしめた狩人が完全に諦めようとしたときである。
「狩人様、狩人様なのですか?ご無事だったのですね!」
「その声はアデーラ! 君か!」
なんと、その教会の中から声が聞こえてきた。
それも以前感じた狂気を感じられない、はっきりとした理性のある声色のアデーラの声が、である。立ち直ってくれた喜びも今はさておき、炎の勢いに遮られないよう、彼はヤーナムに来てから一番に声を張り上げた。
「他の皆は!!」
「無事です!この炎は、我々を焼くことはありません!!アヴァが確認してくれました!」
「なに…?」
試しに炎に手を伸ばすが、駄目だった。
狩人の指先は瞬く間に炎で炙られ、酷い火傷を負う。
「ぐっ…」
「狩人様?」
「いや、なんでもない!だが聞いてくれ、獣の病に侵された者や、訳の分からないナメクジ共はこの炎が苦手のようだ!今ほど、外を彷徨く民衆が炎を嫌がり逃げていった。中がどうなっているかは分からないが、オドン教会は貴公らにとって今まで以上に安全なはずだ!」
「それは…でも……」
狩人が未だに声を張り上げている理由を察したアデーラ。確かに、夢を見る狩人はすべからく獣の病に疾患している。ならばもうこのオドン教会へ直接訪れる事はできないのだろう。訳の分からないナメクジ共、という耳新しい言葉は気になるが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
「アリアンナ、さん。それから、皆さんも。少し彼と話してきますがよろしいでしょうか」
「……ええ、アヴァは預かるわ。こちらに」
アデーラは再びの眠りについたアヴァを、入れ替わるように先程目覚めたアリアンナに託すと、自ら炎の中に歩み出た。建物や病を燃やすこの炎は、たしかにアデーラも、彼女の装身具も燃やすことはなくほんのりとした暖かさを以て迎え入れた。
ふわりと、炎の影から現れたアデーラを見た狩人は、今度こそ安心したように息をついた。炎の中から聞こえる声など、あまりにも現実的ではないからだ。そして、無事を確認してホッとした自分自身の良心にも、安心する。
「狩人様」
「本当に無事のようだな、貴公」
「ええ、狩人様もなにか手がかりは掴めましたか?」
狩人は、はじめにヤーナムを訪れていた理由にして唯一の記憶である「己の不治の病を癒やしたい」という願いに「獣狩りの夜を終わらせたい」という真っ当な価値観からくる使命感を忘れたことはなかった。
故にアデーラには嘘偽りなく、ビルゲンワースにて行われていたであろう儀式とその正体、最後に待ち構えていた秘匿の鍵が、蜘蛛のようにも見える訳の分からぬ化け物であることを話した。そして教育者の一人であろう、植物のような何かを生やしたミイラが居たことも。
「ビルゲンワース……放棄された学び舎。故にこそ、ヤーナム民が立ち入ることもなく秘匿という隠れ蓑のための儀式を行っていた、と。これは確かな前進です。狩人様」
「ああ、それにかの化け物を狩った後に……」
「なにか?」
一瞬だけ見えた、花嫁姿のナニカ。アレが見上げたからこそ赤い月に気づいた。
そしてこの夜もまた、秘匿されていた空に赤い月が昇っている。だがあまりにも情報が足りず、なぜか口が回らない。
狩人は少し間を置き、ここに来る直前のことを思い出す。
「…そう、そうだ。悪夢の赤子を探せと」
その赤子とやらがこの終わらぬ夢のような夜を続けさせているのだろうか。文字として、たしかに刻まれていた情報を出せば、アデーラも考え込むような素振りを見せるが、しばらくして首を振った。
「悪夢……赤子。ビルゲンワースには、思想の違いによる内部分裂があったとは聞きますが、申し訳ありません。その詳細は、私にはなんとも」
「いや、十分だとも。まだヤーナムを十分に探し回った訳では無いからな。…そういえばだ、キョーヤはまだ戻っていないのか?」
「いえ、この炎を授けて頂いてからというもの、貴方の後を追ったはずですが」
「少なくとも、ビルゲンワースに立ち入った気配は無かった」
「そうですか…彼には、改めて礼を言わせていただきたいものですね」
そうして、アデーラはオドン教会が燃え上がった経緯を説明した。
恭也が瀕死のアヴァを連れ帰ってきたこと、体を温めるために燭台の炎をあの東洋の剣から発せられる炎に移したこと、そしてその炎が燃え盛り、獣の病の初期症状が祓われたこと。
狩人が来るまで、その不可思議にして絶対である蒼炎をもたらした恭也は、あの偏屈な男にとっては崇められる一歩手前に来る程度には認められているらしい。さもありなん、不治にして凶悪極まりない獣の病を、精神が獣に変ずる前であれば癒やしきった実績は、このヤーナムに続く歴史の中では一度たりとも訪れたことがない奇跡だ。
それを目の当たりにして、この街に住む人間だからこそ抱く感情がある。
アデーラが一人で出てきたのは、医療教会がそこに至ることができなかったという彼女一人が負うには大きすぎる責任感と、熱に浮かれた彼らでは今訪れたただのよそ者でしか無い狩人とまともに会話できるかは怪しかったからだ。
そしてアデーラ自身、初対面の際には聖布の翻る教会の狩り装束をまとっていたこの狩人が、教会の狩人ではないことにも気づいていた。なんなら、今の狩人が別の装束を纏っていることからもそれは明白である。
だが、しかしだ。それでも人のためにと動いたこの狩人のことを、アデーラは黒い雷の獣を退けたあのときからずっと、信じている。いまや狂気的な熱を捨て去ってもなお、彼は病は治せずとも、夜を越える一手を必ずやうってくれるはずだから、と。
狩人もまた、黒き獣。名をパールと呼ばれていた雷の狩人証を落とした際のことを思い出す。あの時から彼が持つ武器が放っていた炎が、ここまでの事態を引き起こすとは予想外であったが。
燃え盛る青い炎の教会。火の粉をものともせず、アデーラは狩人の目を見据えた。
「狩人様、獣避けの香よりも強力な守護の炎により、我々に時間は与えられました。どうか、どうか、貴方の狩りを全うしてください」
狩人は頷いた。彼女に抱いていた危うげな光は消え去り、ここを任せるにふさわしい教会の血の聖女としての立ち振舞を取り戻した彼女に任せておけば、もうここは安心だと。
「貴方がいずれ戻ってくる時に、こちらも集められた住民の意見をまとめます。それから、キョーヤ様も必ずあなたのお力になると思います。あの方が戻られましたら、あなたの後を追うようにと」
「ああ、ならば私は大聖堂の向かって右の道に進むと伝えてくれ。秘匿を破った際、私が移動させられていた場所だ。おそらく、なにかがあるだろう」
「大聖堂の……ええ、必ずや。どうかお気をつけて」
最後に一礼し、狩人が去らないうちにアデーラは燃え盛るオドン教会の入り口へと戻っていく。完全に姿が見えなくなったことを確認した狩人は、背中のノコギリ鉈を片手にもと来た道を戻っていった。
かくして、狂乱の始まりとなるはずの月は、異邦を受け入れた教会のものたちの運命を狂わせることなく終わった。だが辿るべき運命からは大きく狂わせた青い炎がこれ以上に何をもたらすのか。それを知るものは未だに誰一人としていない。
獣狩りの夜は秘匿されていた空を晒し、そして夜であり続ける。
夜明けへの一手は、遠い。
一方、ヨセフカ診療所を出立した恭也は、診療所の自分の名前が記された招待状、そして見知らぬ名前の招待状。2つの手紙を手に、上層にあるオドン教会を目指してヤーナムの市街地を駆け上がっていた。
診療所から見える巨大な橋は、一番最初に恭也が訪れた際に大型の獣に襲われた場所であると美耶子が言った。そこから恭也がどう狩人に連れてこられたのかは覚えている。ときには塀を登り、ときには屋根を飛びながら身軽な若者以上の身体能力は、この複雑な地形の街をものともしていなかった。
さて、なぜその場で手紙を読まずに引っ掴んでいったのかといえば、だ。彼は純粋な日本人であり、学生の頃にその身を異界へ投げ出した経緯からすればもはやお察しであろう。
「教会の誰かに読んでもらわないと…」
「恭也も私も英語読めないもんな」
「いやわかんないって!なんだったんだあの繋がった字、本当に英語?」
かろうじて大文字のC…から始まるであろう名詞らしき単語があるということは判明したのだが、片や一介の学生、片や因習村の箱入り娘とくれば、その言語の理解は不可能に近かった。ちなみに手紙に書かれていたのはドイツ語にも似た文体である上に筆記体だった故、英語にはない文字を見逃しこの二人は正解にすら辿り着いていないのが実情だ。
なぜ会話が通じているのかに関しては、異界を滅する側として幾度も渡った恭也にすら不明だ。以前に英語圏の人間であろうハワードという似た年の少年にあったことはあるが、そのときは彼が拙いながらも日本語を話してくれたおかげで会話が出来たパターンだった。ヤーナムのように明らかに外国人だらけの異界では、通じるときも通じないときもあった。
異界で何らかの法則があるにしても、理解しようとするだけ無駄でるとも言える。
「美耶子、次は?」
「エレベーターから出たし、次はあの橋の向こう……に」
「え、美耶子?」
「きょ、恭也!アレ!!」
そうしてなんとか教会の近くに来たとき、慌てた美耶子の視界をジャックした恭也は上空に昇っていた彼女が見た景色に酷く驚いた。なぜなら、見覚えのある炎がどこかおどろおどろしい気配だったオドン教会を神々しい蒼で埋め尽くしていたからである。
すぐさまジャックを切り、恭也は駆け出した。幸い、遥か以前に狩人が蹴散らしてからこの通りに民衆が迷いでて来ては居ないらしく、むしろ青い炎によって静寂が訪れていた。ヘンリックの黃装束の布片が残る広場を抜け、アヴァを引き上げてもらったハシゴから上を覗けば、あの本や家具が雑多に置かれていた部屋が燃え盛っているのが見て取れる。
焔薙の鯉口を切る。上の光を反射する刀身と鞘の隙間からは、全く同質の炎がわずかににじみ出ている。
「みんな、無事だよな…?」
すべてを燃やし尽くし、不死すらも灰燼と消し去る宇理炎とは違い、これもまた健常なる人を燃やさないことは知っていた。だが炎がもたらす二次被害は異界を削り、異界を殺す。それに人が巻き込まれたことで犠牲にしてしまったこともある。
逸る気持ちを抑え、梯子の取っ手に飛び移った恭也。
アヴァを搬送したときとは別の緊張とともに、彼は更に上を目指したのであった。
異界入りだったので…
文字書いたの久しぶりなので短めです