SIREN in Bloodborne 作:猫屍人
異邦の民、須田恭也が身につけている不可思議な装身具
耳に当て、頭を挟んで装着できる
その実態は防寒具としての役割ではなく、防御力に秀でたものでもない
これより伸びる管を彼の者が持つ箱につなぎ、音楽を聞くためのものである
それは日常の象徴。そして外界との遮断
己に没頭するには、ちょうどよいではないか
「恭也! 恭也! こんなとこで寝ちゃだめ!」
肌寒いヤーナムには似つかわしくない、黒いワンピースの少女は声が届かないとわかっていても、倒れ伏した恭也へと必死に呼びかけることをやめなかった。たとえ言葉を交わせなくなったとしても、この永遠の不死身の呪いを与えてしまった恭也へと向ける感情には、死した後も変わることはないのだから。
そんな彼女の名は「神代美耶子」。須田恭也が神殺しを成し遂げた羽生蛇村の生贄の巫女である。先の死闘の折、彼女は宇理炎の異常にいち早く気づいていたのだが、視界を貸す以外のアクションを取れない美耶子は、みすみす恭也の危機を見逃してしまった悔しさに歯噛みしていた。
このような事がこれまでなかったわけではない。その度に無力感を噛み締めながらも、精神が幼いままの美耶子は、それでもこうして必死に届かない言葉を呼びかける以外のすべを持たない。
「恭也……」
涙を含んだ声色とともに、決して触れられない手を気絶してしまった恭也へと翳す。もちろんその半透明の手はすり抜けてしまう。たとえ神の復活がなされてしまっていても、こんなことになるのなら、恭也に血を分けなければよかった。もう何度目になるかもわからない後悔が、不変であり続ける彼女の感情を蝕んでいる。狂うことすら、許されないのに。
その時であった。
カツン、と硬質な音が恭也の進んできた方向から一定間隔で美耶子の耳に聞こえてきたのである。ハッとそちらを凝視した彼女は、橋の途中にある小さな門をくぐったところに、人影が立っているのを見つけた。
厚手の布地で全身を覆っており、目元以外は口元まで隠されたマスク。しかし厚手の見た目に反して動きやすそうなその人物が一歩を踏み出す度に、帽子に刺さる枯れた羽が揺れている。だが、特筆すべきはそんなところではない。その人物が腰元に吊るしている短銃。そして無骨な木製の持ち手に幾重に結んだボロボロの布、そして未だ血が滴るノコギリの刃。鋭利なナタのようなそれを、その人物が持っている。
当然、美耶子の警戒度は跳ね上がった。
「恭也! 早く起きて!」
新しい敵なのだろうか。両手をぐっと握り、聞こえていないとわかっていても警告のように彼の名前を呼び続ける美耶子。血塗れの恭也はその言葉に応える意識を取り戻しておらず、未だ塞ぎきっていない傷口から血を流し続けている。
そうして何度も呼びかけるうちに、ふと彼女は異変に気づいた。美耶子が叫ぶ度に、その厚手の服を着込んだ人がキョロキョロとあたりを見回しているのである。まさか、と美耶子が一つの可能性に思い至った直後、その人物はマスクを指で摩り下ろし、口元を顕にしながら低い男の声で喋ったのだ。
「誰だ、どこにいるんだ。この
「おまえ、聞こえてるのか」
目を見開き、確認のように訪ねた彼女の言葉に、その人物はためらいがちに頷いた。
「あ、あぁ。そうらしい」
確定だ。姿は見えないが、この人物は美耶子の声を聴くことが出来ているらしい。
「なぁ、おまえ。恭也を助けて! このままじゃあの化物に食べられちゃう!」
「キョーヤを助ける…この、異邦の服の少年か? だがこの傷では」
「わたしの血が混じってるから、もう傷は治ってる! だから安全なところに!」
畳み掛けるような物言いにこの人物も思うところはあるようだが、せっかく見つけた「まともな」生き残りだ。この人物はそう思えるだけの感性は持っているようで、一考の後に絞り出すように声を出す。
「安全な、所。なら、心当たりがある。だが貴公、なんだ? ヤーナムの、特別な血の提供者であるのか…?」
その質問に、美耶子はなんと表現すべきか思い浮かばず、声をつまらせる。
「いや、こんな街だ。不躾な質問を許せ。それより貴公、ともに来れるのか?」
「あ……う、うん」
「ならいい、少し待っていろ」
その人物はまっすぐにとある場所へと歩みを進めると、目的の紫色のランプに向かって手をかざした。すると、そのランプにはより強い光が灯ったことが美耶子の目に見えた。
「これでいい、はずだ。抱えるぞ」
「お願い」
美耶子にとって、彼のランプを灯した行動がどういったものなのかはわからない。だが、やることはともかく、恭也を助けてくれるような人物であるということは確かであるらしい。その人物は恭也と共に焔薙、そして宇理炎をひろうと、どこからか取り出した革の包みにまとめて紐で縛り上げ、その肩に恭也を担ぎ上げた。
美耶子も会話ができたということの奇妙さになんとも慣れない感覚をいだきながらも、恭也を背負ったその人物を追いかけ、その近くを浮遊していく。
道中、マスクを再び鼻の上まで戻したその人物が無数の新鮮な死体を踏みしめながら複雑な作りの廃屋に身を忍び込ませた。暗いそこを抜けると、再び代わり映えのしないヤーナムの町並みが顔を覗かせる。
そんなときだった。突然、その人物がためらいがちに声を発したのである。
「それで、貴公。なんと呼べば?」
「わ、私は美耶子」
「ミヤコか。私は、そうだな…狩人らしい。名は忘れたが、そう呼べばわかる」
「え」
唐突な身の上語りにしては重い話題だ、美耶子の動揺は当然といえよう。狩人も少し振るにしては突然に過ぎたかと思い直したのか、恭也を担いでいない方の手で帽子のかぶりを直しながらも、謝るように言う。
「気に病むな。私も思い出すために青ざめた血というものを探してるんだが、聞いたことは」
「ごめん、わたしは知らない」
「そうか……ふ、まぁ、そうだろうな」
その人物は見た目に反して存外に気配りをしようとする人格であるらしく、ぎこちないながらも美耶子との会話を続けようとした。それに美耶子自身も現状「異界」とも呼べる場所でまともに話ができる人間と出会うのは稀なことだった。友好的であるのならば、と彼との会話を拒むようなこともしなかった。
「この童は、なぜここに? それにあの巨大な獣を屠るとは、このような細い武器で大したものだ」
「わたし達は、ぜんぶの化物を消すために渡り歩いてる。でも、ここは今までとぜんぜん違うんだ。あんな獣みたいなのなんて今まで見たことなかったし、恭也も苦戦してた」
己を狩人だと語る人物は、この声だけの少女と語り合うことに不可思議な縁もあるものだと感じていた。彼も、これまで経験した夢のこと、この街に訪れてから引き起こされる数多の怪現象に比べれば姿のない少女の声など、可愛い方だと思っていることもあるだろう。
そして幾度かの自己紹介が終わった頃、狩人たちは昇降機を抜け、また小さな橋を渡り、墓地へと辿り着いた。
「安全な場所はこの先だ」
狩人は、墓地の階段を登った先の開いた鉄の門を
「恭也は休めるかな」
「この先のオドン教会は赤いボロ衣の男が獣避けの香を絶やさず焚いている。はしごがあるから彼を背負っては登れないが、この墓地から先なら安全なはずだ」
「あの、ありがとう」
おずおずと告げられた感謝の声は、狩人がこの街で意識をはっきりさせてからは聞かなかった素直なものだ。面食らったように瞠目するが、よりによって姿も見えぬ相手に言われるとは、と小さく息を吐く。それでも隠しきれないものもあるのだろう。喜色の籠もった声色で告げた。
「まともな生存者が居るのは喜ばしいことだ。さて、私も少々やることがある。一旦失礼しよう。貴公らの旅路にも光明があらんことを」
そう言うと、狩人は階段の先の門のあたりに恭也と彼の武器を置くと、軽く手を降って美耶子にも別れを告げる。おもむろに階段を降りたかと思えば、墓地にもあった紫の灯りに手をかざした狩人の姿は霞むようにして消えてしまった。先程の大橋のランプにも同じようなことをしていたのだが、それはこのためだったのかと美耶子は納得する。
異界の不可思議な法則は物理法則を無視した出来事が多い。狩人もまた、その権能に順応できる側なのだろうと、彼女は当たりをつけていた。
「う、ぅぅん……? 俺は…?」
「恭也! よかった……」
それから間もなくして、すべての傷が癒えた恭也に意識が戻ってきたらしい。だが、なにやら様子がおかしい。自分の体の状態よりも気になることがあるのか、彼は目を見開いて固まっていたのだ。
彼女の感じた疑問は、次の瞬間氷解することとなる。
「…その声、美耶子なのか」
「きょう、や?」
「美耶子、美耶子なんだよな!?」
「聞こえてるの? わたしの声が」
震えた美耶子の声が、確かめるように問いただす。
恭也は大きく、その首を縦に振った。
「聞こえる。わかるんだ……わかるんだ!」
「あ、ぅ」
この数年間か、数十年間か、もう時間の感覚すらも狂っていた異界の殺し合い。すり減っていく恭也の心と、何度絶望を味わおうとも折れることすらさせない美耶子の心。それがついに通じあった瞬間であった。
だからこそ、美耶子が感涙しその場でむせび泣いてしまったのは仕方のないことだろう。それに慌てふためいたように慰めの言葉をかけようとする恭也だが、うまく声が出せない。
「あれ、なんで、なっん……俺、美耶子…美耶子!」
当たり前だ。彼もまた、心の震えが止まらなかった。
守ると誓って守れなかったあの少女が、もう聞くことも見ることも出来ないと思っていた、記憶の片隅で擦り切れていったあの姿が、この声だけで鮮明に蘇ってきた。かつての約束も、あの村の廃屋で誓った思いも。
それと同時に、恭也の中には希望も生まれた。きっとこの現象は、あの白い獣の怪物と対峙したときに流れ込んできた「なにか」の影響だと。感情に左右されがちな自分が、妙に頭を冴え渡らせたアレを何度か溜め込めば、美耶子を「見る」こともできるんじゃないかという希望だ。
それは煮詰めてきた絶望の中で探し出した、小さな光の粒。確証はなくとも、確信があった。それもこれも、あの謎の「知恵」のおかげだろうか。踊らされていたとしても、それでも手にできるのならば。
そこで恭也はふと気がついた。自分が倒れていた場所とは程遠い、墓地のような所に自分が横たえられていたことに。
「美耶子、そういえば俺、なんでこんなところにいるんだ? 死んだのか?」
「っ、ばーか。恭也は死んでないよ、狩人ってヤツがここまで運んでくれたんだ。そいつも、恭也みたいに話ができた」
「そんな人が居たのか。今度お礼を言わないとな。あ! 焔薙は!?」
「それも狩人が持ってきてくれた、右のそれ、あけてみて」
「あった!」
ひとまずは自分の最大の武器が無事なことにホッとする恭也。これがなければもしこの異界から出ることが出来ても屍人を殺し切ることは出来なくなるし、それに命の危機にあってきた以上、これまで信を寄せていた道具がなくなることには不安も大きかった。
ともなると、あとはもう一つだな、と恭也は背中をまさぐるのだが。
「あれ? 猟銃は?」
「えと。それはさっきの、戦いで」
「……叩きつけられた時か」
美耶子の言葉に思い当たるフシがあって、その時の痛みを思い出しながら恭也は肩を落とした。あの獣の巨大な手に握られ、壁へと投げつけられた時、恭也は背中に背負っていた2本の猟銃ごと叩きつけられている。神の武器でもない、ただの銃がその衝撃に耐えられるかと言われればそんな奇跡があるはずもないわけで。
「まずいなぁ。どうしよっか、美耶子」
頭の後ろを掻きながら迷う恭也に対し、美耶子はある考えに思い至ったらしい。
「あ! さっきの狩人、そういえば短いけど古そうな銃もってた。あいつも最近狩人になった、って言ってたし、聞いたらくれるとこ教えてくれるかもしれない」
「それだ。さすが美耶子。冴えてるなあ」
「恭也は考え足りてないこと多すぎじゃないか。前、羽根の奴に正面から突っ込んできりの向こうにいたヤツに撃たれたときも――」
グチグチとこれまでの危なかったシーンを語られて、恭也はムスッと表情を固くしたが、直後に嬉しそうに顔をほころばせた。視界ジャックを使っていなかったときも、美耶子はいつでも見ていたのだ。恭也が選んだその道を。それがなによりも嬉しくて、恥ずかしそうに恭也は言った。
「そっか、見ててくれたんだな」
「あ、当たり前だ! ケルブのほうが賢かったくらいだしな!」
「ひでぇ、それは言いすぎじゃないか」
真面目な話をしようとしては、数少ない思い出に話が戻ってしまう。平静を保とうとしても、どうしても気持ちが高ぶっているのは両人が自覚している感情だった。それでも、仕方ないじゃないか。こうして談笑していても、どうしても涙が溢れてくるのだから。
「それじゃ、行ってみるか。まずはそのオドン教会ってとこに」
「うん、この向こうに行ってハシゴを登れって言ってた」
これまで話せなかった分、とまではいかずとも、美耶子も狩人から道中に教えてもらったこの街のいくつかの事情を聞いた恭也は、今回訪れたこの場所がただの異界ではないと感じていた。そして協力できるのならば人がいるところに行けばいいと思いたち、まずは「安全な場所」として紹介されたオドン教会の「赤いボロ衣の男」に会うと決めたらしい。
美耶子のアドバイスどおりに進むと、水路につながっていたらしく足元がびしょ濡れにさせられてしまったが、長く高いハシゴが目の前に見えてきた。
先程の狩人が置いていった革と紐で宇理炎と焔薙を背負うように固定した恭也は、触れるだけで痛いほど冷たいハシゴに辟易としつつも、カンカンカンとリズミカルに上を目指した。
「ねぇ恭也」
「どうしたんだ」
「この先はきっと、あの狩人みたいに聞こえる人は居ないかもしれないから、少しじっとしてるね」
「遠慮すんなよ。なんか気づいたことあったら喋っていいからさ」
「ううん、でも何となく分かるの。多分、声は聞こえないと思う」
「ふーん、そっか。わかった。美耶子がそう言うなら俺もちゃんとする」
やがて薄暗い階段と、小さな部屋を抜けた先に厚く頑強な木製の扉が見えた。扉はすでに開かれており、むせ返るような煙っぽさが漂ってくる。それでいて悪くはないと思える香の匂いが恭也の鼻孔をくすぐってきた。
「おお、あんたも避難しにきたのかい? ヒヒッ……よかった、ここは安全だよ」
恭也がその扉をくぐり抜けて数歩もしないうちに、赤いなにかがもぞりと動いたかと思うと、それは大きすぎない声で話しかけてきた。こちらを案ずるような内容だったが、恭也はその声の主を見てギョッとしてしまった。
骨のような細い体躯に、常人よりも長い指、極めつけは瞳すらも真っ白な目を醜く歪み、黒ずんだ顔にはめ込んだような形相だ。話し方もたどたどしいものであり、言葉に反して怪しい、という印象を抱いてしまうほどのもの。
だが、そんな感情を機敏に感じ取ったのか赤い衣のそれはいいんだ、と笑った。
「ヒヒッ、ごめんよ、俺の姿で驚いたのかい。いや、俺なんかが謝っても意味ないかもしれないけどさ」
「いやいや、こっちこそごめん。驚いちゃったんだ」
「……あんた、いい人だね。ヒヒッ。でも気をつけな。ここの先にひと足早く避難してきた御婦人がいるから、あんたは余所者の匂いがするから、ここの住人は突っぱねられるかもしれないからさ」
赤い衣の男は、恭也の想像よりもずっと優しげな物言いの人物であった。それどころか、気遣いすらしてくれるほど人間ができている。見た目だけでは判断できないといういい例であろう。
そして恭也は他の避難してきた御婦人とやらも気がかりだったが、この赤い衣の人は事情を聞くにはちょうどいい相手なのかもしれないと思い至った。
「もしかして、この街について詳しいのか?」
「あ、あぁ……この教会に居着いてそれなりに長い方……だと思う。そっか、そうだよな。ヒヒッ、あんた余所者だもんな。でも、俺でいいのかい?」
「うん。キミからならこの街について詳しく聞けそうだから。俺も少しこの街でやることがあるんだ。だから教えてくれると嬉しい」
恭也が言った直後、赤い衣の男は聞き取れないような小さな声で呟いた。
「そんな事言われたの……初めてだ」
「え?」
「ヒ、ヒヒッ。わかったよ、俺でいいなら何でも聞いておくれよ……」
美耶子から聞いた狩人の情報と照らし合わせながら、恭也はこのヤーナムという街に訪れる怪現象について、見立て通りに詳しく聞くことが出来た。
赤い衣の男は語った、この街は血の医療や血の技術のせいで人間が獣へ変化してしまう最悪の街に成り果ててしまったのだと。それだけではなく、不定期で「獣狩の夜」というまともな人間が狂い果て、獣になってしまう者が増える明けない夜が訪れるのだと。
それを終わらせるには、元凶となる獣を狩ることで次の夜明けが訪れることが一般的であること。そして、この現象を解決するための存在が「狩人」であり、狩人は夢を通して不可思議な力を使いこなすものだとも教えられた。
「ごめんよ、元凶については俺も知らないんだ。でも、い、今はもう廃れちまってるが、最初の狩人はそりゃぁ、すごいもんだった……俺も見たことはない、んだけど」
「へぇ、ヒーローみたいだな」
「ヒヒッ! そうだな、憧れたチビどもも、多かったみたいだよ」
そうして、もはや形骸化しているとはいえ医療教会という不治の病すら治療するところがあったこと、街の各所には狩人の工房という狩人を支援するための組織があったこと。そしてこの夜はそれらが完全に廃れた後に発生してしまい、解決のための狩人も先程美耶子の出会った異邦人の新人狩人しか居ないであろうということが語られた。
「そぅか、あの狩人さん、初めてきた街なのに、お、俺のお願いを聞いてくれたんだな」
「俺も協力するよ。まともな人がいたらここまで連れてくる。それに、俺もそれなりに戦えるしな」
「ほ、本当かい? ヒヒッ、嬉しいなあ。嬉しいなぁ。こんなに優しい人に1日で会えるだなんて、俺は幸せだよ……」
「あはは……」
見た目通りの扱いを受けてきたんだろうなぁと、苦笑しつつも呆れる恭也だったが、
「でも」
途端に声色を真剣なものに変えた男の言葉に、彼は気持ちを切り替えた。
「俺、ある程度は匂いでわかるんだ、あんた、その、狩人さんじゃぁないだろ? だから無理はしたらだめだ。ヤーナムはもうおしまいだ…ヤーナムに囚われていないあんたが、無理をして死んじまったら、おれ、俺は…最低なお願いをしたことになっちまう。そうなるのは嫌だし、逃げても、いいんだぜ…?」
「いや、大丈夫だ。俺もそれなりに修羅場はくぐってきたさ。それに言ったろ、やることがあるって。だから安心してくれ」
「……ほんとに、ほんとにいい人だなあ、あんた。ヒヒッ、気をつけておくれよ」
聞きたい話も聞けた。そして何をするべきかも理解した恭也は、終わらない夜なのだからと、まずやるべき目標を掲げた。今はまだ了解を取っていないが、おそらく美耶子も同意してくれるだろう。
「まずは人を探してみるよ。なんか他の家は狂ったように笑ってるやつばかりだし、ここに連れてこれそうな人の心当たりってないかな?」
「そ、そうだ。それなら、狩人さんに聞いたんだ、ガスコイン神父が獣になっちまったんだけど、確か娘さんが居たはずだよ。獣狩の夜の日、まともだったガスコイン神父がここに来てたときは、たしか、そう、下水の匂いが染み付いてた。ここを戻ったら、下水道だ。そこから家にいって、娘さんと、奥さんがいれば……」
盲目ながらも、その嗅ぎ分ける力は凄まじいものだった。そして必死に頭をガリガリと掻きながら思い出し喋る彼の必死な姿は、どう見ても献身的な善人だった。もう恭也にとって、彼の頼みを断る理由はない。それにこの街はおしまいだとしても、人が生き残れば別の場所でもきっとやり直せる。
恭也は彼の触れるだけで折れそうな筋張った手を優しく包むと、安心させるようにしっかりとした声で言った。
「わかった。まずはそっちだなありがとう!」
「あ、ああ。気をつけて……ヒヒッ」
しゃくりあげるような笑い方は、これまで以上に喜色に溢れたものだ。彼ならば、そう思わせるだけの強い意思を感じた赤い衣の男は、手から離れていく温かさに少しばかり後ろ髪を引かれつつも、こんなところに留めおくべきではないと彼を優しく見送った。
そして再び墓地へと戻った恭也は美耶子、と彼女の名を呼ぶ。
「美耶子、いいよな」
「もちろん。後ろはしっかりと見てるからな!」
「それ3つ前の異界で不意とられたこと言ってるだろ」
「ふん、恭也が情けないからだぞ。いつもいつも―――」
恭也たちも、これまでの異界を巡ってきたときの余裕の無さはどこにもなかった。これは、新しい幕開けだ。この異界が特殊なものだからこそ、二人はこの異界の先に待ち受けるものがどんな絶望だろうが、必ずその中にある希望を掴み取れると信じていた。
恭也の手に握られた焔薙が、大きく蒼い炎を迸らせる。その刀に宿った異邦の神のちから、「木る伝」もまた、二人の感情に呼応するかのように。
「ああ、楽しみがふえちまったなぁ…あの二人のために、ちゃんと思い出しとかないとなぁ……ヒヒッ」
頑張ったので続きかけました
ここまでオドン教会の男と話した小説ってどこまであるんだろ
須田くんは行動力の化身
なので休日前になんとか書きました。力尽きました。
美耶子をツンデレオペ子として書きたいだけの人生だった……(SDKに対してはデレデレ
4/17追記 サブタイトル変更しました