SIREN in Bloodborne   作:猫屍人

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火掻き棒

石炭などをかき分けるための道具

鈍器として扱った際は鉄製品としての重さはあるが、
細く本来の用途とはかけ離れているため頼りない
しかしありふれているが故に、緊急時に致し方なく振るう分には最適

子供の遊びとして、持ち手などから剣に見立てられることもある
だがまぁ、使えるならばそれでいいではないか


秘匿

 須田恭也は緩急のついたふいうちに弱い。というのも、羽生蛇村での一件に巻き込まれたその時から、彼は罠にかかって猟銃で撃たれたり、堕辰子と言われていた羽生蛇村の神に襲われ意識を失ったりと気を失う事態には事欠かない。

 

「恭也! 寝過ぎだぞ! おい!」

 

 そして気絶した彼を揺り起こすのは、いつだって彼女の役目だった。

 呼びかけはゆっくりと彼の意識を浮上させていき、最初に感じたのは冷たく硬い地面に指先が触れているという感覚だった。

 

「う……ん…?」

「よかった、起きてくれた」

「美耶子、ここは…?」

 

 ぴちょん、と雫が落ちる音が反響する。

 彼が辺りを見回そうと目を開くと、最初に目に入ったのはボロボロに錆び、ねじ曲がった檻だったもの。見渡せば、辺りには似たようなものが多く見受けられる。どうやら、牢屋のような場所に連れてこられたらしい。

 

「恭也、また不意打ちくらって気絶させられたんだ。その気絶させたやつが袋に入れて恭也をここまで連れてきた、みたい。わたしも、なぜか気絶しちゃってどうやってここに来たのかはわからないけど」

「美耶子も気を失ったって…」

「それから、横の人を起こして」

「え、うわっ!」

 

 美耶子の言葉に従い隣を見れば、自分よりも背の高い男性が横たわっていることに初めて気づいた恭也が驚愕の声を上げた。だが、よくよく見ればその男性は死体ではなく、呼吸で体が上下しているのがわかる。

 それに、身につけているのは狩装束。おまけと言わんばかりに血塗れで、意識すれば鉄臭さと生臭さがないまぜになった悪臭が恭也の鼻を刺激してきた。

 

「この人って」

「最初みたときと格好は変わってるけど、多分、あのときの狩人だと思う」

 

 目を引くのは背中に垂れる白い布だろうか。相も変わらず顔の全体像は見えないが、美耶子が人の気配をその程度で見間違えるはずもない。彼女は確信をもっていた。

 

「それって、美耶子の話を聞いて俺を運んでくれた人?」

「うん」

「……よし」

 

 意を決して、彼はそおっと、うつ伏せになった狩人の背中に手を当てる。

 

「狩人、さん?」

 

 ゆっくりと揺さぶると、それだけで彼の鋭敏になった感覚に刺激が伝わったのだろうか。ピタリと閉じていた瞳を、一瞬で覚醒させた狩人が、腰元の武器を構えて後ずさる。カッと見開いた目は警戒の色を宿していたが、視界に入ったのが見覚えのある異邦の少年だとわかるやいなや、大きく安堵の息を吐く。彼の目にはちゃんと()()()だと映ったのだろうか。武器をしまい込み、視線を横に反らしながら言葉を紡ぐ。

 

「貴公、よもやこのような場所で相見えようとは数奇なものだな」

「えっと、切りかかってきたりしない?」

「……すまなかった。この街では戦い続けで張り詰めすぎていた、問題ない、はずだ」

 

 謝ってくる狩人の姿に既視感を感じたのか、ぷっと美耶子が笑い声を漏らした。

 

「変わらないな、おまえ。でもよかった、獣にはなってないんだな」

「その声、やはり貴公も」

「美耶子だよ。教えたんだからちゃんと呼ばないとしつれーだぞ」

「む、そうだな。ミヤコ……これでいいのか」

「楽しそうだな美耶子。そりゃ、話せる人がいるってだけで嬉しいか」

 

 とにもかくにも、二人揃ってこんな場所に囚われてしまったのにも理由があるだろう。囚われた、とはいっても肝心の牢獄は歯抜けの檻となっているため、投げ込まれたと言ったほうが正しいか。

 恭也と狩人は、簡単な自己紹介を済ませてここに来た経緯について話し合った。

 

「同じだな、私も袋を背負った男に不意をうたれ、気を失ったらここにいた。場所は医療教会の工房、その空洞を飛び降りた先だったが。しかしオドン教会のすぐ外に……獣避けの香があるとはいえ、近すぎる。教会へ向かわせた老婆や、先程話した娼婦たちが心配だな」

 

 腕を組み、不安そうに狩人が言う。

 近寄るな、というオーラを全身から放っていたあの老婆は、どうやらこの狩人が案内したらしい。おかげで近寄りがたく、故意にも避けてしまって喋ることも出来なかったが、少なくとも同じ街の住人であるアヴァならば、馴れ合いに関して多少はヤジが飛ぶだろうが、必要以上に邪険に扱われることもないだろう。

 一抹の不安は残るが、やはり問題となるのは恭也を気絶させた袋の大男だろうか。

 

「ここで話していても埒が明かん。幸いにも、二手に分かれている。薄暗いが、私には携帯ランタンがあるのでな、私はそこの階段から地下に降りよう。貴公は上を目指して部屋の外を見てほしい。行き詰まればすぐに合流しよう」

「わかった」

「ああ、それから貴公。もう一つだ」

 

 狩人の提案は妥当なものだ。

 とくに反対することもなく頷いた恭也が焔薙を構えて檻の外へ出ようとしたところ、何かを思い出したような狩人に呼び止められる。

 

「これを使い給え」

「え? わっと」

 

 狩人からどこからか取り出した其れを投げつけられ、思った以上の重さに彼は体勢を崩した。そして焔薙の炎で照らし出されたそれは、硬質で冷たい輝きを放つ長銃であることが判明する。

 

「これって…?」

「かつて、最初の狩人の一人、ルドウイークが使ったとされるものと同じ長銃だ。狩猟用の単発銃を使っていただろう? 工房で拾ったはいいが、私の戦い方には合わんのでな。貴公が持っていくといい」

 

 今まで使っていたものよりもずっしりと重たい感触はあるが、心強い遠距離武器が戻ってきたことへの興奮は彼の声を上ずらせた。

 

「あ、ありがとうございます!」

「狩人、おまえやっぱりいいやつだな」

 

 早速空っぽになった猟銃用のベルトにルドウイークの長銃を差し込む恭也。ヘンリックたちの使っていた短銃なども拝借することを考慮に入れていたのだが、これは本当に嬉しいサプライズである。しっかりと頭を下げた恭也は、焔薙を握る力を強くして元気いっぱいに部屋の外へと駆け出していった。

 そんな恭也たちの姿を見つめて、狩人はランタンの灯りを点けながら、ひとりごちる。

 

「似つかわしくない。が、必要な明るさだ」

 

 彼は思う。年相応であればこそであると。もはや忘れ去った過去にも、あのような時代があったのだろうか。今となっては最初の記憶は、獣に噛み殺される感触と、リベンジに燃え逆に狩り殺してやったという達成感。それが最も古い記憶だ。

 そんな陰鬱な近況しか無いからこそ、思い出すための楽しみが出来た。ああ、早く「青ざめた血」とやらを探し出し、記憶を取り戻すついでに狩りを全うしてやろう。そうして、これまでに重くなっていた気持ちを新たに、ほんの少しだが、引きずるものが軽くなったような錯覚にも満ち足りながら、彼は地下へとその足を向ける。

 足取りは軽い。人とは、やはり間を取り持ってこそ人間であるのだと。

 

 

 

 たん、たん、たん。軽快な足取りで捻れたような階段を登り、恭也は勢いよく地上に到達した。

 と、その瞬間である。恭也の眼の前に、赤い染みが滲んだ巨大な袋が振りかぶられた。

 階段を抜けた先の大広間、そこで出会い頭に出くわしたのは袋の男であった。袋の男が恭也の気配を感じ、先制攻撃を仕掛けてきたというわけである。地上に出たかと思えば、振ってきたのは月明かりではなく血が滲んだ重たい袋。恭也は苛立ち紛れにそれを躱した。

 

 今回は得体の知れない場所ということで警戒していたこともあって、驚きはしたがそれだけだ。元々、戦い続けてきた恭也のポテンシャルは高いほうだ。少しずつではあるが、この地に跋扈する敵の素早い動きに慣れ始めているとも言えよう。

 そんな彼は、不敵に笑うと背中の華美なレリーフが彫られた長銃に手を伸ばした。

 

「早速試してみるか」

 

 そうして距離を取った恭也は、ルドウイークの長銃へと、いつものように焔薙の炎から分離した蒼炎を込め、撃鉄を下ろす。今まで使ってきた猟銃とどのくらい使い勝手が違うのか、という検証のためでもあったのだが、引き金を引いた瞬間、驚くべきことが判明した。

 それとも本来は水銀弾を込めるための機巧であったがためか、なんにせよ、今回発覚したのは―――

 

「オオォォォォ!?」

 

 放たれた炎の散弾は、より深く敵にめり込み、その接触箇所から全身を火で包むという強力な武器にとなっていたのだ。

 以前使っていた猟銃は、より遠くの敵を狙撃できる利点があった。比べ、この銃は狙撃こそできなくなったが、取り回しのよさが全体的に素早くなった敵への対処がしやすく、なるほど、この街で作られたがゆえの利点にあふれている。

 威力の高さと全体に広がる浄化の炎の衝撃は、今の恭也に必要な一手だったとも言えよう。

 

 そして彼が敵の隙を見逃すはずもなく、炎上した袋背負いに鋭い一刀を与える。火だるまどころか、焔薙の炎と相乗し、灰燼へとその身を変えてしまった袋の男の最期にあっけにとられるが、それにかまけている間に二体目の鋭い蹴りが恭也の意識を切り替えさせた。

 あの大橋で出会った巨大な獣に比べれば、十分に踏みとどまれる程度の威力。だが彼ののんきな頭を冷やすには十分な衝撃である。

 

 好戦的に笑った恭也は、お返しとばかりにそのやせ細った足を切り捨てると、もはや袋の男があがく暇すら与えず、焔薙の刈り取るような一閃でその首を跳ね飛ばした。飛び散った血液は焔薙の蒼炎によって焼き尽くされ、乾いた血の塊が細かな砂のように広間の床へと広がっていく。

 残心とともに大きく息を吐くが、気を抜いているわけではない。

 

「恭也、そこの柱の陰にも変なのがいる」

「ん」

 

 美耶子の助言の通り、視界をちらりと間借りした彼は、柱から機を伺っていた、老婆のような敵を見つける。見た目はともかく、何かをえぐり取るような器具を持つ老婆は、殺意に溢れたその姿勢であった。老婆を切り捨てることに躊躇いはあろうと、彼にとって命を脅かす攻撃対象だ。

 一抹の容赦もなく間を詰めて刀を振りかぶった彼は、気づかれるとは思っていなかったのか、呆けて焔薙を見たまま動かない目玉の収集婆をざっぱりと切り捨てた。

 

「うん、もういない」

「そういえば狩人さんは今頃なにしてるんだろ。ちょっと見てみるか」

 

 血糊を払い、蒼炎で浄化しながら彼は呟いた。

 そういえば、この地の人間に対してはまだ視界ジャックを試していなかったことを思い出す。ものは試しと美耶子以外のチャンネルを探した恭也は、外の階段をのぼる豚や犬の声など、混線する視界の中から地下牢を映した視界を見つけ出す。

 

「なんか行けそうって思ったけど、ほんとに繋がるのか」

 

 狩人の視界が縦に揺れながら、階段を登ってきているのがわかる。どうやら下の階の探索は終わったようだ。

 

 それはそれとして、いくつかの根拠もないのに理解できるという不思議な感覚が恭也たちにとっては不可解だった。あの巨大な獣や、ヘンリックの獣を見てから流れ込んできた不可思議な無意識下の知識。それが正解だけを恭也の頭の中で押し付けてくるような感覚だが、貯まれば貯まるほど、なんだか美耶子の声がクリアになって聞こえるような気もする。

 

「やっぱり、恭也もヘンだけど大丈夫って思えてたのか」

「美耶子も?」

「うん、赤い水の影響もなさそうなのに、のぞき見もそうだけど。さっきから何度か宇理炎が使えなくなる瞬間が、なんでかわかるの」

「そっか。俺はなんか、宇理炎の発動は触媒が足りない、みたいな感じがするな。でも触媒ってなんなんだろ、ちょっと待ったらちゃんと使えるようになるしさ」

「それはおそらく、啓蒙の導きでしょう」

 

 うーん、と建物の入り口で頭をひねる恭也たちのもとに、ふたつの足音が近づいてきた。そのうちの片方は、恭也たちのつぶやきを聞いていたのか、そうである、という確信の籠もった声色で話しかけてくる。

 

「あなたが狩人様の仰っていた同行者様ですね。お初にお目にかかります」

「彼女はアデーラというらしい。我々と同じくここに囚われていた身で、オドン教会まで案内することを約束した相手だ。キョーヤ、護衛に手を貸してもらえると助かる」

「それはもちろんだけど、啓蒙ってなんだ?」

「辞典で読んだ事あるぞ恭也。何も知らない人にきちんと教えて、正しい知識を教えることだ」

 

 そう言った美耶子の言葉は聞こえていなかったのか、アデーラと名乗った黒い尼僧は恭也の問いにのみ応えるように言った。

 

「啓蒙とは、世界の真実を見る力。己が見聞きした曖昧なものを真実として捉えた時、我々の啓蒙は高まります。そう、医療教会の方が仰られました」

「真実を見るための力、かぁ」

 

 それを高めることができれば、いずれ美耶子の生きた姿も見られるのだろうか。少し楽しみであると同時、やはりあの時焼死体となっていた美耶子が、はたして体を持っているのかどうかもまだ恭也には分からない。楽しみであると同時、不安が彼を襲っていた。

 

 それはそうとして、語るわりにはアデーラには啓蒙とやらが訪れているわけではないらしい。それとも別の要因か、なんにせよ、美耶子の声が聞こえないともなれば、不用意に警戒させるわけにもいかない。

 

「うん、わかってる恭也。狩人も、私にしか見えないものならちゃんと言うから、ダイジョーブだ」

 

 美耶子の返事を聞いた恭也が狩人に視線を送ると、彼も理解したかのように頷いた。狩装束が顔を覆い隠しているが、その瞳からは謝罪の念も見受けられる。彼は一度相対した獣に対しては無慈悲で、また血を浴び取り込むことに酔い始めたよい狩人ではある。また人らしさというものを兼ね備えている。それが、彼の強さとなるのだろうか。

 恭也も美耶子も、狩人に対しては逆に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。こちらの都合に付き合わせてもらっているのだから。

 

「ありがとうアデーラさん」

「それから、医療教会の方々は神秘と見えた時、狩人の方と同じく水銀弾を使っていたと聞きます。獣に落ちた市民や、街のいたるところに未使用の弾薬が落ちているはずです。あなたの言うウリエンとやらがどのようなものかは知りませんが、きっと役に立つでしょう」

 

 アデーラはあくまで市民あがりの尼僧としての身分ではあるのだが、苦しみと共に血の調整を受けていた彼女は、医療教会と繋がりが強い。おそらく、この面子において最も神秘やヤーナムの文化において博識と言えるだろう。

 狩人もまた、彼女の語る知識を頭の中に叩き込み、これから先に待ち受けているであろう強敵のための対抗策として組み込んでいく。0からスタートしたと言っても過言ではない狩人は、使える手段なら屍肉漁りだろうが、なんでもやるつもりであった。

 

「私のような未熟者が、狩人様のお役に立てるのならば……おや? そういえばあなたは狩人ではなさそうですね」

「あぁ、でも俺もそれなりに戦えるからさ、狩人じゃなくたってこの異界…獣狩の夜を終わらせようと思ってるんだ」

「それは……異邦の民だというのに、どうして、そこまで?」

「異邦だろうがなんだろうが、石を投げられようが、人が死ぬ嫌な怪異を解決できるなら、するに越したことはないと思うんだけど…」

「……あなたは、高潔な方なのですね。ソレに引き換え私は」

「え?」

「いいえ、なんでもありません」

 

 狩人が考え込んでいるうちに、恭也とアデーラの話し合いも終わっていたらしく、なにやら握手を交わしている。美耶子がそれを女性とデレデレしていると認識したのか、ふんっ、と面白くなさそうな声が虚空から響いてきた。

 

「キョーヤ、その獣狩の夜についての手がかりなのだがな、あの地下牢のあたりに有力なメッセージを見つけた」

「メッセージ?」

「我ら狩人にしか認識できぬ、使者を通じた別の夢の狩人へ送る助言だ」

 

 曰く、「悪夢の儀式は、赤子と共にある。赤子を探せ。あの鳴き声をとめてくれ」というなにやら儀式を行っている集団がいることを示唆した内容。そこの大広間にあったランプの近くにも「狂人ども、奴らの儀式が月を呼び、そしてそれは隠されている。秘匿を破るしかない」というメッセージがあったのだとか。

 

「狂人とよばれるような集団が赤子を用いて儀式を繰り広げ、なにかを隠している。まとめるならばこのようなところか…」

「狂人……もしや、メンシス学派のことでしょうか」

 

 狩人のこぼした内容に、またもやアデーラからの助け舟が出された。

 彼女も詳しくは知らないのだが、今の医療教会から考えを分つ集団であり、その考え方は異端の一言。また、裏切り者だ。アデーラは興奮しながら正統なる医療教会から離れるとは、と憤慨したが、はたと狩人たちの見つめる視線によって我を取り戻した。

 

「申し訳ありません、つい、頭に血が上ってしまい」

「いいや、有力な情報だ。となるとビルゲンワースを目指すべきか……」

「あの、狩人様、差し出がましいようですがビルゲンワースは医療教会にて禁域とされておりますが」

「だからこそだ。皆が口々に言う。今宵の夜は長すぎると。ならば秘密を探り、そこから原因を突き止めないことには倒す相手も見つからない、そうは思わないか」

「………」

 

 医療教会に対しては絶対の信頼を寄せているがために、アデーラは閉口することしか出来なかった。

 

「答えにくかったか、許せ」

「いえ」

 

 狩人の何気ない言葉であっても、今のアデーラには思うことがあるのだろう。俯き、視線をさまよわせながら彼女はなにかを考え込んでいるようであった。

 そう思っていると、何やら鼻孔をくすぐるいい匂いが漂ってきている。こんな、人がそのまま石化したような彫刻ばかりがずらりと並ぶ異様な町並みで、そんな日常的な屋台を出している場所などあっただろうか。

 

「おーい! 狩人さん! でっかい豚倒したぞー!」

 

 狩人たちの疑問に応えるように響いたのは、少年の朗らかな声だった。

 眼の前の階段を見てみると、青い炎を刀身に揺らめかせた不可思議な武器を持った少年が、巨大な豚の死体の前で脳天気に手を降っている。危険だろう、と注意しようと思ったが、狩人たちが話し込んでいる間に近くの敵は掃討し終えていたらしく、彼のいる階下には蕩けた瞳の民衆や、ケダモノと化した飢えた犬の死骸が転がっている。

 

 アデーラはその光景に大層驚いていた。それなりに戦える、という言葉を鵜呑みにして群衆一人を退けるのが精一杯だと思っていた少年が、これほど多くの獣を討ち取るなどと。

 狩人はまちきれなかったのだろうなと少年の性格から推測し、彼のいる場所に歩みを進めようと階段の手すりに手をかけた。

 そこで、ふと、狩人のために残されたメッセージが地面に輝いている事に気がついた。

 

「……青ざめた血の、空?」

 

 狂ったかのような汚らしい走り書きであったが、なんとか読むことが出来たその内容は、彼をして困惑を隠しきれないものであった。

 

 見たまえ!青ざめた血の空だ!

 

 つられて空を見る。大きな丸い月が輝く、赤い空。どんよりとした巨大な雲が流れるだけの夜の空。それだけだ。

 

「狩人さん?」

「いや、気にするな。まずは聖堂街へ戻る道を探そう」

「…? わかったよ」

 

 現状の情報交換はもう必要ないだろう。そう考えた狩人たちは、アデーラをオドン教会へと送り届けるため、この奇妙な街からの脱出経路を探すことにした。

 しかしまちなかを探しても、どの扉も固く閉ざされており、大通りから続く道は当てにできそうにもない。豚や目玉をえぐり出そうとしてくるヘムウィックの婆、そして凶暴化した犬や、人さらいの袋男。そんな常軌を逸した連中しかうろついていない異形の街をあるき回るが、まともな道は見つからなかった。

 

 そう、まともな道はなかった。

 だが狩人とアデーラは、地上の恭也たちと合流する前にとある場所を見つけていた。二体もの袋男が守るように立っていた、地下牢の壁に空いた巨大な穴。そして穴の向こうから漏れる月明かりを。

 

 恭也は土地勘はないが、こうした状況下においてそうした場所が活路になるだろうと思い、狩人にまずは自分が先行すると伝えてその壁の穴を抜けていく。そして穴から飛び降りた先には、やけに乾いた空気と冷たさが同居する、崖に隣接した小道が広がっていた。

 

「……崖に、一応は柵も付いてるけど誰が作ったんだこんな道」

 

 袋背負いたちが行き来している場所であるのなら、あれだけ警戒していてもおかしくはない。そう思っての先行であったが、恭也が思ったよりも道としての形を成していないがために唸らざるを得なかった。

 

 なんにせよ、巨大な門に続く光景もみえる。おそらくはここで間違いないだろうと、恭也は他の二人を階下から招いた。

 

「多分こっちだ。アデーラさんは降りられる?」

「私が抱えよう。貴公、おとなしくしていることだ」

「は、はい」

 

 アデーラを抱きかかえた狩人が、その人を逸する身体能力で危なげなく着地する。人間、1m以上の段差を降りるのにも足首を痛めそうなものだが、この狩人は人を抱えながらそんなそぶりを見せることなく優雅に降り立って見せている。これが、血の医療のなせる業なんだろうかと、美耶子からもいくつかの話を聞いていた恭也は、まだ見ぬ医療教会とやらへの不信感を抱いていた。

 

 アデーラの手を支え、反対の手には己の獲物を握りしめる狩人。そして恭也は狩人から一時的に譲り受けた松明を手に、道の先へ続いていた門の見える場所へと辿り着いた。

 

 しかし、遠目では闇夜で見えづらかったため気づけなかったが、門の前には恐ろしい番犬が存在していたのである。

 

「……これも、獣なのか?」

 

 恭也の手にもつ松明が、その夜に溶け込むような長い長い漆黒の体毛を照らし出した。まさしく骨そのものの体から、毛が直接生えている。生きているのか、死んでいるのか、傍目だけでは不確定にすぎる要素に満ちた「ソレ」は、生の息吹を身近に感じ、ピクリと身を震わせた。

 

「不味い…! アデーラ、岩壁まで下がれ!」

「あっ…!?」

 

 最初に対応したのは狩人だった。突き飛ばすようにアデーラを退避させた狩人は、その恐るべき膂力で壁際まで吹き飛ばされた彼女に謝罪の念を送った後、すぐさまその視線を黒黒とした体を持ち上げ、威圧感をマシていく獣へと回す。

 一瞬の遅れはありながらも、恭也も同じように焔薙を右手に、左手には宇理炎を構えて、四つん這いに立ち上がった巨大な獣へと敵意を向ける。

 

 獣は両者を己を脅かすものと認識し、咆哮を月に捧げた。

 月夜を照らす蒼き雷光を、その身に宿しながら。




遅くなりましたがエタってません
ランキングから落ちるのを待ってました。これでプレッシャーなく書けますね。載るとどうしても書かなきゃという強迫観念が体調を蝕む

それはそれとして、皆さんの感想は一つ一つちゃんと確認させていただいております
指摘や、SIRENのネタなどに乗せた感想は励みになっています。ありがとうございます。

しばらくはSIREN色の薄いブラボ展開が続きますが、堕辰子登場!!!!……まではいかずとも、SIREN特有のホラー感などのある展開も書けたらいいなーと思ってます。

そのための生存者


4/17追記 サブタイトル変更しました
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