二人だけが知る   作:不思議ちゃん

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十一話

 八月に入った最初の週。

 ようやく先輩と会う日がやってきた。

 

 もしかしたら先輩が来るかもしれないと淡い期待を抱きながら喫茶店に行っていたりもしたが、一度も姿を見ることはなかった。

 多少意図的ではあるが、半ば作った偶然で先輩と会えたなら話せると思っていたのに。

 

 モヤモヤとしながら確実に会えるこの日をずっと待っていたけれど、当日になると怖いものがある。

 

 ……自分に嘘をつき続けている人にはどのみち最初から勝ち目なんてないのだけれど、いい加減無視できなくなってきたこの気持ちが嫌だと訴えかけてくる。

 

 そろそろ家を出ないと待ち合わせの時間に間に合わないが、いろんな感情が混ざってその足取りは少し重い。

 

「姉さん」

「雪乃ちゃん?」

 

 玄関で靴を履いていると、声をかけられた。

 振り向けば雪乃ちゃんが部屋着のラフな格好で立っていた。

 

「恋愛は当たって砕けるものらしいから、考えすぎない方がいいらしいわよ」

「…………そんなのどこに書いてあったのさ」

「私よ」

 

 いきなりな話に一瞬ついていけなかったが、雪乃ちゃんなりに励まそうとしてくれているのだろう。

 

「……ふふっ。そうだね。今まで私にアタックして砕けてきた人たちがいるんだもの。ここでいかなきゃ雪ノ下陽乃じゃないってね」

「今まで告白してきた人と姉さんを一緒にするのはどうかと思うけれど……」

「……せっかく切り替えたのに、そういうこと言わないの」

 

 恐らくは素なのだろうけれど、いい感じにリラックスできた。

 先輩に会うまで持つかは分からないけれど、とにかく今は家を出ないことには始まらない。

 

「それじゃ、行ってくるね」

「ええ、行ってらっしゃい」

「雪乃ちゃん、ありがと」

 

 ドアが閉まる前にお礼を言えば、雪乃ちゃんの驚いた顔が見えた。

 どんなことを考えながら家で過ごしていたのか、帰ったら聞かないと。

 

 

 

 時間ギリギリになったけれど、待ち合わせ場所であるいつもの喫茶店へとたどり着いた。

 開けるときに一瞬ためらったものの、意を決して中に入ったが。

 お馴染みとなった席に先輩の姿はない。

 一応店内を見回してみるが、他の席に座っているといったわけでもないようだ。

 

 顔なじみになったマスターと店員さんに挨拶しながら席へと移動し、スマホを確認するも連絡はない。

 

 先輩は連絡するのに慣れてないからたまに忘れることがあるし、普段ならば気にしないのだが。

 今はなんともタイミングが悪い。

 いつ来るか分からない焦らしは精神的によく効く。

 

 取り敢えず頼んだコーヒー一杯分の時間は待ってみよう。

 集中できるかは分からないけれども時間つぶしは持ってきている。

 

 …………一応、遅れそうなのかだけメッセージを送っておこう。

 

 

 

 初めに決めたコーヒー一杯分が終わりそうなところでスマホに通知が来た。

 これまでも何度かきていたが、同級生や先輩のため既読をつけないでスルーした。反応したら長くなる。

 

 あまり期待をせずに確認すれば、そこには先輩の文字が。

 内容は『急用ができて行けなくなった。すまない』とだけ。

 

「…………」

 

 色々と複雑な心境であったが、先輩に会える今日を楽しみにしていたというのに。

 こんな仕打ちをされたのならば何か仕返しをしないと気が済まない。

 

 次会うときは先輩に全部エスコートをしてもらわなければ。

 先輩はもう少し他人についてよく考えるべきだと思う。

 

 これまでの不安は何処かへと飛んでいき、今は先輩をどうしてやろうかと考えるので一杯だ。

 ムカムカを食欲で抑えようとパフェ、コーヒーのおかわりを頼む。

 これで太ったら先輩に責任を取ってもらわないと。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 雪ノ下陽乃との約束をドタキャンしてしまった。

 前までの自分ならこんな感想すら浮かばなかっただろうが、今では申し訳なさを抱いている。

 

 現状、ここまで思うのは今のところ雪ノ下陽乃だけだが、誤差の範囲かもしれないけれど多少はクラスメイトにも感情が動くようになってきた。

 もらった特典のオンオフが多少なりとも出来るようになったということだろうか。

 

「桜くん、また考え事?」

「……そんな事ないさ」

「私にそんな嘘は通じないよ」

 

 ちゃんと私の相手をしろー、と言ってくる目の前にいる子は神宮秋。俺の妹である。

 今日が誕生日である事をすっかり忘れており、家を出ようとしたところ泣いて縋り付かれた。

 雪ノ下陽乃と同じ高校一年生なのにこの差は何なのだろうか。

 

 妹であるアキ、そして両親にも心揺さぶられることはない。

 ないのだが、話しにくい。

 《特攻》も効くのだが、その日の調子だかメンタルだかで効かない時もある。

 

 なので発動条件を考えるときは家族を別枠で考えなければならない。

 また深く考えていたら、アキに頬を引っ張られた。

 

「ただでさえここ最近は私に構ってくれないんだから。誕生日もすっぽかされたら泣いちゃうからね」

「すでに泣いていたと思うけど」

「そんな細かいことはどーでもいいの!」

 

 時間が経っているとはいえ、よく見れば目が少し腫れている。

 それほど泣いていたということなのだが、それを細かいことで流すとは。

 

「今日はキチンと私をエスコートするように!」

「やるだけやってみるよ」

「ダメ出しとアドバイスはするからね!」

「アドバイスだけ貰っとく」

 

 ……そういえば、雪ノ下陽乃の誕生日はいつなのだろうか。

 一緒に過ごす時間はそこそこあるけれど、互いに自身の事を話さないから何も知らない。

 

 …………。

 たまには……俺から話を振ってみるのも悪くはないか。


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