まだ十代だというのに、こんな事をしていたらこの先どうしているのだろうか。
それに今はたまたま人がいないからいいが、側から見たら立ち止まって空を見上げてる変な人だ。
今更ながら少しの恥ずかしさを覚え、帰るかと一歩踏み出した時。
「──桜くん」
微かに、名前を呼ばれたような気がして振り返ろうとした瞬間。
何かが背中へとぶつかってきた。
確認しようにも頭の部分しか見えず、誰なのか分からない。
数秒も経っていないというのになぜかその時間はとてつもなく長いと感じた。
背中から離れていくのが見えたので振り向き、誰なのか確認すれば。
いつも構ってくれていた彼女が立っていた。
それも──血濡れの包丁を手に持って。
それを認識した瞬間に背中が熱を持ち始め、込み上げてくるものを我慢せずに咳き込めば血を吐き出し、足元に血だまりができる。
徐々に力も抜け、膝をつき体も倒れそうなところで彼女に抱きしめられた。
昔ならば特典のお陰で刃物でもかすり傷つけばいいような感じだったが、今の俺は一般人と変わらない。
意識して特攻、特防を発動することはできるが、こうなってからだと既に手遅れだ。
「なん…………で……」
「私ね、本当に桜くんが好きだったの」
刺されたところが太い血管にでも当たったのか、既に意識が薄れゆく感じがする。
絞り出すようにして出した問いの答えが返ってきたかと思えば、キスをされている。
「私のファーストキスだよ。……私も桜くんの初めてが欲しかった。でも桜くんを変えたのも、初めてを持っていったのもあの女。だからね、あの子がいなくなればいいって初めは思ったの。でもね? 考えたんだよ? そうしても桜くんは私に振り向いてはくれないだろうって。だから考えて、考えて、考えて、考えたの。一緒に堕ちていけばいいんだって」
濁った瞳で真っ直ぐに俺を見ながら休みなく言い切った彼女は何のためらいもなく手に持っている包丁で自身の頚動脈めがけて刃を立てていた。
「とっても、素敵だと思わない……? 私と、……桜くんの血が混ざって一つになってるの……」
血を失っていく彼女も俺を支えるどころか自身をも支えられなくなり、二人して血だまりの中へと倒れこむ。
「桜、くん……大、……すき……」
最後にそう伝えて彼女は事切れたようだ。
かくいう俺もその後を追うかのように意識を失った。
☆☆☆
最初は話を聞いた時、ただの冗談だと思った。
次の日もまたライブがあるというのに、桜くんが死んだなんて。
病院に行って顔を見てもただ寝ているだけのように見えた。
けれど今、こうして喪服を着て葬式に来ている。
だけどまだ、実感が湧かずにふわふわとした気持ちでいた。
彼の両親の願いで葬式はひっそりとやるようだ。
彼の家族、その親戚、私の家族、平塚先生、そして比企ヶ谷家。
なんでも最初に見つけて通報してくれたのが今日来ている兄妹らしい。
あの日、本来なら彼と帰り道が違うはずだった兄妹なのだが、走っていった女の人がどうにも気になったらしい兄が向かったところ、見つけたらしい。
もう少し早かったらと後悔しながら私に謝ってきた。
彼との接点はその少し前に数分会話しただけだというのに、なんとも義理堅いというか。
次の日のライブが終わった後にベースを譲る話をしていたらしいのだが。
「雪ノ下さん」
「比企ヶ谷、くん」
「あの、ベースは俺が持っているよりも……」
「ううん。彼が君にあげるって言ったんだもの。約束を守らないと私が怒られちゃう」
「……そうですか」
私は今、昔のようにうまく仮面をつけられているだろうか。
そうできている自信は──全く無い。
「たくさん練習して、上手くなったら聞かせて欲しいな。そう彼も願っているだろうから」
「……はい」
彼は一度頭を下げると家族の元へと戻っていった。
入れ替わるように雪乃ちゃんが私の隣に立って手を握ってくれる。
「無理はしないようにね」
「それは出来ない相談、かな」
「……そうね」
今だけは優しさが辛い。
胸にポッカリと穴が空いたような、自身の半身がいなくなったような。
そんな虚無感がある。
けれど──。
「姉さん、お腹が痛いのなら少し横になっても」
「ううん。大丈夫」
私はやっぱり子供なのだろう。
だけど今はその子供な自分に感謝している。
一度だけのイタズラだったつもりだが、こうして彼との繋がりを残せるのだから。
繋がりを残せるからこそ、私はまだ壊れないでいられる。
葬式が行われる中、泣かずにずっと微笑んでいる私は周りから無理しているように見えたらしい。
何度も心配そうな声をかけられたが、その度に大丈夫と返した。
最後まで彼を見届けられない方が耐えられない。
葬式が終わった後、彼の家族と私の家族には残ってもらった。
お腹にいる子を伝えるために。
世間体や家の事も考えず、死んででも産んでやると思っている私はすでに壊れているのだろうか。
けれど意外にもあまり反対はされなかった。
色々と大変なところはあるだろうけれど、両家族が手を貸してくれるそうだ。
私の家族が手を貸すのはおそらく、こうでもしないと私がどうなるか分からないからだろうけれど、それでも嬉しいと思ってしまう。
☆☆☆
「ねえ、お母さん」
「ん?」
「お母さんはお父さんの事が好きなんだよね?」
「今でもずっと好きだよ」
あれから十数年。
色々とあったけれども、無事に産まれた娘は明日から高校へと通い始める。
「私、人を好きになるって気持ちがよく分からないけれど、お父さんの写真を見て胸が温かくなるのがそうなのかな?」
「それはこれからもっと色んなことに触れて知っていけば、いずれ分かるよ。人の気持ちは誰かに言われて決められるものじゃないからね」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
愛おしさを込めて頭を撫でれば、くすぐったいのだろう。
身をよじっているが、嬉しそうだ。
純粋で頭がいい部分はおそらく私に似たのだろう。
けれど人の気持ちに、自身の気持ちに少し鈍いところは彼そっくりだ。
でも、彼は変わった。
ならばきっとこの子も素敵な出会いをして変われるだろう。
☆☆☆おまけ予告(続かない)
『私、先輩と会わなければよかったって今は思うの』
『陽乃。私はお前を軽蔑するぞ』
『あなたの腕前、プロと言ってもいいレベルよ』
『雪ノ下雪乃は俺を通して桜先輩を見ているだけだ。俺のことなんて見ていない』
『きっと彼はそう望んでいるはず』
『君、彼と真反対だけれどそっくりだよ』
『彼なら、彼ならって! もう彼はいないの!』
『この子のためなら──頑張れる』
桜が亡くなってから早二年。
雪ノ下雪乃と比企谷八幡は高校で再会を果たす。
すれ違う少年少女の思いはどのような結末へと向かっていくのか。
死ぬオチは安易ですが思いついちゃったので
予告も思いつきです。続きはないです
これで本当に終わります
こうなった経緯を箇条書きまとめ
やった子は六話で出てきた女の子です
自身が話しかけてもずっと変わらなかった主人公が陽乃と関わった事で変わっていき、あまつさえ、恋仲となるのを見せられてきた
トドメは学祭での歌
歌詞はモノクロの世界に色がつき世界はこんなにも鮮やかだったんだ。みたいな感じだが、女の子がその歌詞の意図を読み取った結果
自身と関わっていてもモノクロの世界から変わることはなかったと理解
歪んでやっちゃった
みたいな感じです